女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話   作:二本角

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4/18は椎葉の日ということで投稿。
とはいえ、内容は綾地さんメインですが・・・


綾地寧々の決意

「そんなことが・・・」

「ああ」

 

 綾地寧々は相馬七緒から話を聞いた後、思わずと言うように呟いた。

 邪悪なアルプとはいえ、拷問じみたやり方で殺した後に人の生首と動物のパーツに分けて持ってくる。

 これまでの人生で荒事などニュースで耳にすることでしかなかった寧々にとって、心許せる間柄の七緒から聞く生の感情が伴った体験は衝撃的だった。

 そして、七緒の行動にも納得がいった。

 

「このこと、保科君は知っているんでしょうか・・・」

「わからない。だが、どちらにせよ保科君には聞かれたくない話だとはわかってくれたかい?」

「はい・・・」

 

 もしも柊史が夏油の危険性を知っているのなら、それでも夏油を先生と慕う柊史にとって、逆に夏油を危険視する七緒たちは疎ましく映るかもしれない。

 逆に、柊史が夏油の裏の顔を知らないのならば、師弟の間に亀裂を入れかねず、そうなれば切っ掛けとなった七緒に夏油が報復に来る可能性もある。

 どちらにせよ良い結果に繋がらないことが考えられるのなら、聞かせないのが正解だ。

 

「私としては、夏油氏に関わる人物とは縁を結びたくはなかったのだが・・・」

 

 七緒は夏油の危険性を目にした後、念のため伝手を辿って噂の裏取りをしたのだが、情報の確度が高いことは確かだった。

 現に、標的となったアルプと契約していた魔女はそのほとんどがアルプと同時期に亡くなっており、魔女を手にかけたことに関してはまず間違いないと言っていい。

 確証が持てたことで、七緒としては夏油からはこの先も距離を置きたいと思っていたのだが、まさかその弟子が自らやってくるとは予想外だった。

 

「寧々からの電話で夏油氏の名前を聞いたときは肝が冷えたよ。正直、寧々が殺されていてもおかしくないと思っていたが・・・幸いなことに、電話で話しただけで察することができるくらいには保科君は善人のようだからね。ならば、良い関係を維持することに注力した方がいい。あまり好きな考え方じゃないが」

「それはそうですよ。保科君とは、そういう打算的なことを考えて接するようなことはしたくないです」

 

 寧々はまだまだ若く、その心は柊史が認めるほどに純粋だ。

 それ故に、七緒の言うような下心を抱えて接するようなやり方には辟易してしまう。

 七緒もそれは分かっているらしく、そんな寧々を見て苦笑していた。

 

「ああ、寧々はそれでいい。保科君の術式ならば、裏があるのは察知されてしまうだろうしね。ただし、寧々。これだけは覚えておくんだ」

 

 一転して、七緒はそこで表情を引き締めた。

 

「私がこの話をしたのは、夏油氏の危険性を知ってもらうためだ。いいかい、寧々。保科君と関わりを深めるのはいい。でも、夏油傑はダメだ。もしも彼が近づいてくるのなら、保科君に頼み込んででも守ってもらうんだ。あの男と関わってはいけない」

「は、はい」

 

 寧々にこんな血なまぐさい話をした真意。

 それは、夏油傑の危険性を伝えること。

 柊史と険悪な関係になるのも悪手だが、夏油傑と直接繋がりができることだけは避けなければならない。

 寧々の代償のせいで柊史と関わることが避けられないのなら、仲良くしておくのはいざというときの保険となる。

 それだけはしっかりと伝えておかなければならないと思ったのだ。

 

「まあ、保科君は本当に善人のようだし、寧々の代償によるトラブルを防いでくれるのは素直にありがたいから、夏油氏のことがなくてもしっかりお礼をした方がいいとは思う。例え、本人が寧々の感謝の感情だけで満足しているとしてもね。これまでのこともあるわけだし・・・それにしても本当に、どうしてあの男の弟子なのにあんなに真面目そうなのやら」

 

 未だに、七緒は柊史が夏油の弟子であることを完全に信じられないでいる。

 柊史からは、夏油から感じたプレッシャーであったり、どこか自分たち(アルプ)を嫌悪ないしは下に見ているような空気を感じなかったのだ。

 もしかしたら、本当に夏油の内面に気が付いていないのかもしれない。

 あるいは、夏油と違って内心をまったく表に出さず役者顔負けの完璧な演技ができている可能性もあるが、それならばもうお手上げだ。

 さすがにそれはないと思いたい。

 

「お、お礼ですか・・・」

 

 一方の寧々は、お礼という言葉に痛いところを突かれたような顔をしている。

 七緒がやってくる前に考えていたオカ研への勧誘のことを改めて意識したからだ。

 

(ただでさえ私の方がいろいろもらいすぎてるのに、その上で頼み事をするのは・・・でも、オカ研がなくなってしまうのは困りますし・・・一体、どんなお礼をすれば)

 

 オカ研は、綾地寧々にとって重要な場所だ。

 悩みを抱えた者の相談に乗るという形で心の欠片を集めやすいというのは勿論だが、こんな代償を背負った自分にとって、いざという時の避難場所にもなる。

 そんな場所がなくなるのを指をくわえて見ているのはさすがに勘弁願いたいところであるが、かと言って柊史以外に部員に勧誘できそうな生徒に心当たりはない。

 だが、これまでの借りの積み重ねからただ頼むだけというのは、いささか欲張り過ぎなのではないかと思ってしまうのだ。

 七緒に関しては、本来得るはずだった感情を横取りされたことと、契約者である寧々の身を守ったということは等価であると言っていいかもしれない。

 それに対して、寧々、柊史、七緒の3人の中で寧々のみがメリットを享受していたのは事実なのだから。

 そうなると、これまでのことも含めて相応のお礼をすべきだと考えるのが綾地寧々という少女の善性だ。

 しかし、そんなお礼など一体なにをすればいいのかまでは中々思いつかなかった。

 

「・・・七緒。こういうときにはどんなお礼をすればいいと思いますか?」

「それをアルプである私に聞くのかい?自分で言うのもなんだが、その辺りの機微には私も疎いのだが・・・」

 

 一瞬、『年頃の雄が相手なのだから交尾すればいいのではないか』と動物らしいことが脳裏によぎったが、それを口に出さない程度の分別が身についていたことに、七緒は自分で自分に感心した。

 

「・・・そうだな。ここは保科君が言っていたように、素直に心から感謝するのが一番かもしれない」

「心からの感謝、ですか?」

「ああ。保科君には他人の感情を吸収できる魔法、いや、術式がある。寧々が本当に保科君に報いたいという気持ちがあるのなら、必ず伝わるはずだ」

 

 少々考えてから、七緒は『特別なことや奇をてらったことはせず、ストレートに感謝すればよい』と返した。

 なにせ、柊史には他人の感情を読み取れるチカラがあるのだ。

 本当にお返しをしたいと思っているのなら、ごちゃごちゃと思い悩むよりよほど真っ直ぐその気持ちをわかってもらえるだろう。

 

「・・・それでいいんでしょうか?感謝するだけなんて、誰にでもできそうなことで」

 

 しかし、そんな答えを聞いた寧々は浮かない顔だ。

 ただ感謝するだけならば子供にだってできる。

 本当に、そんなことでお礼になるのか?と。

 だが、それはあくまでかなりの善人である綾地寧々だからこその考え方かもしれない。

 

「いや。これは人間には相当難しいお礼だと思うよ」

「え?」

 

 現に、七緒はその難しさを柊史から聞いた話で察していたのだから。

 

「さっきも言ったが、保科君には感情を読めるチカラがある・・・つまり、どんなに高価な物を送ったところで上辺だけの感謝の気持ちだったり、その場だけのモノだったらすぐにバレてしまうということだ」

「あ」

 

 そこで、寧々も気が付いたようだ。

 

「そうですね・・・本当に、心からの気持ちでなきゃ意味がないんだ。しかも、その気持ちをずっと保たなければいけない」

 

 人は、良くも悪くも慣れる生き物だ。

 どんなに美味な食事でも、何度も食べれば飽きる。

 公序良俗に反することでも、慣れてしまえば常態化する。

 同じように、どれほどの恩を受けたとしても、いつまでも感謝の念を抱き続けることは難しい。

 命を救われたとして、救われた直後と10年経った後に残る感謝では比較にならないだろう。

 そして、保科柊史の持つ術式は、その『劣化』も読み取ってしまうのだ。

 例え、そのときだけ『ありがとうございます』と本気で思っていたところで、次に会ったときにその気持ちがなくなっていたとしたら、それは本当に感謝したと言えるのだろうか?

 そして己への感謝や善意が段々と薄れていくのを感じ取ったとき、柊史は何を思うのか。

 そのことを考えてしまうと・・・

 

「・・・保科君は、とても重い代償を背負っているようなものなんですね」

 

 柊史から聞いた話を思い返す。

 他人の感情を五感で感じ取り、エネルギーとして吸収するチカラ。

 ただし、相手の苦しみまで引き受けてしまう上に、感情を吸わないでいるとどうしようもないくらいの飢餓感に襲われる。

 しかも、マイナスの感情はひどく味が悪いという。

 だが、それ以上に。

 

(私の代償も嫌ですけど、私の場合は願いを叶えれば消える。でも、保科君は違う。生まれてからずっと、そんなチカラがあって、この先も続いていく・・・私だったら、耐えられるかわからないです)

 

 他人の持つ苦しみを味わわなければならないのも辛いだろう。

 だがそれ以上に恐ろしいのは、他人の感情を読めてしまうことそのものだと寧々は思う。

 親しそうに接してきた人の中身が醜悪なのがわかってしまったら?

 あるいは、本当に仲のいい人ができたとしよう。その人と幸せな時を過ごせたとしよう。

 しかし、一度幸せな感情を味わった後で、その感情が少しずつ消えていく様を見せつけられることになるかもしれないのだ。

 その方が、自分だったら辛い。

 

(私に同じチカラがあったなら、お父さんとお母さんの気持ちも、読めてしまっていたのでしょうか)

 

 寧々が魔女になった理由となる出来事。

 そこに至るまでの過程において寧々の両親が抱えていた感情を、幼い頃の寧々が感じていたソレよりももっと克明に感じ取らなければならないとしたら。

 

(そんなの、あんまりです・・・!!)

 

 それは、どんな拷問にも勝る苦痛だろう。

 ともすれば、自分だけが苦しい思いをする己の代償よりも。

 

「私はアルプだ。だから、軽々しくその意見に同意はできないが・・・彼の術式が彼を苦しめていることだけは間違いないと言い切れる。だからこそ、心からの感謝の気持ちを向けることは彼にとってとても得がたい贈り物になると思ったんだ。プラスの感情は美味しいというし、ご馳走を振る舞うようなものなんじゃないかな?」

「ご馳走を振る舞う・・・そう。そうですね!なら、やってみます!!」

 

 子供でもできるような簡単なことだと思っていたが、本気で取り組もうとすれば途方もなく難しい。

 だからこそ、精一杯のお礼になる。

 そう思った寧々は、柊史に全力で感謝することを決意する。

 自分がお世話になりっぱなしなこともそうだが、それ以上に柊史の事情を知った上で放っておくことなどできそうになかったのだ。

 

(それに、本当に料理をご馳走するというのも悪くないかもしれません。保科君、ここ最近は学食ばかりみたいですし)

 

 同時に、感情だけでなく実際に料理を作ってあげることも。

 寧々は一人暮らしをしており、家事全般は得意だ。

 当然、料理もかなりの腕前であり、手料理を振る舞うというのはお礼としても中々良いのではないかと選択肢にあげられる程度には自信があった。

 昼休みに入ったとき、柊史が友達と話している内容が聞こえていたのも要因だが。

 

「ああ、それがいいだろう。そうして寧々がプラスの感情を供給し続ければ、保科君の心の穴も埋まるかもしれない」

「心の穴?それは?」

 

 そうして改めて気を引き締める寧々だったが、そこで七緒が耳慣れない単語を口にした。

 会話の流れから柊史に関係があるようだが。

 

「ん?ああ、そういえば言ってなかったか。心の穴というのはね・・・」

 

 寧々に心の穴について言ったことがなかったので、いい機会だとここで説明することにした七緒。

 心の穴とは、心が深く傷ついた人間に発生する現象であり、文字通り心の中に穴が空く。

 浅い穴ならばそのうち勝手に埋まるが・・・

 

「保科君の心の穴は、極めて大きい。どうして心が壊れていないか不思議なくらいだったよ」

「え?心が、壊れる・・・?」

「ああ。これは比喩表現ではない。本当に心が壊れるんだ。そうなれば、二度と元には戻らない。一生を廃人のように過ごすことになる」

「え・・・?」

 

 七緒が何を言っているのか、一瞬理解ができなかった。

 一拍置いて、ことの重大さが頭に入ってくる。

 

「た、大変じゃないですか!!ど、どうしよう!?保科君が廃人になるなんて・・・こ、このことは保科君に急いで伝えるべきでしょうか!?」

「落ち着くんだ、寧々。恐らくだが、保科君はもう自分のことは知っているはずだよ」

「そうなんですか!?」

 

 まるで身内に重い難病があったかのように慌てる寧々。

 だが、そう慌てる必要はないと七緒は考えている。

 なにせ・・・

 

「保科君も言っていただろう?自分の術式の名前を『心喰呪法』と。心の穴のことを知らずに名付ける名前じゃないだろう」

 

 柊史が告げた術式の名前である心喰呪法。

 まず間違いなく、心の穴の存在を知っているはずだ。

 術式の効果である、『他者の感情を吸収する』というのも心の穴を持つ者に見られる現象である。

 そして、保科柊史が知っているということは。

 

「夏油氏も必ず知っている。そして、あの男が弟子が廃人になるのを見過ごすはずがない」

 

 七緒は、夏油と過去に接触したアルプや、元魔女あるいは元アルプにも情報の裏取りをしたことがある。

 その結果、夏油が柊史をいたくかわいがっているのは事実であると分かっていた。

 元魔女やその親族の中には夏油に付いていた柊史に会ったことがある者もおり、2人とも実に気心の知れた様子だったと証言している。

 七緒自身、自分が夏油と出会った際、弟子のことを話すときだけは夏油の雰囲気が変わったのを覚えている。

 そのように弟子を気にかける夏油が柊史の心の穴を放置しておくことはあり得ないだろう。

 

「実際、普通ならもう心が壊れていてもおかしくないほどの大きさの穴が空いているのに、保科君に問題はなさそうだった。術式という形で心の穴が存在しているからなのか、常時エネルギーを吸収しているからなのかはわからないが、今日明日で心が壊れるということはないだろう」

「でも、心の穴が空いているのはよくない状態なんですよね?」

「それは間違いないね。心の穴が空いているということは、心に強い負荷がかかり続けている証拠だ。心の穴を埋めるには、短期的でいいなら心の欠片を吸わせるという方法があるが、根治療するなら心にかかる負荷を取り除いた上で本人が心を癒やす必要がある」

「心を、癒やす・・・」

 

 基本的には病気の治療と同じだ。

 原因となるモノを取り除き、本人の自己回復力に任せる。

 もっとも、柊史の場合には原因を取り除くことが難しいのだが。

 

「彼に術式がある以上、周囲の感情のせいで心に負荷がかかるのは避けられない。ならば、癒やす方向を重視すればいい。そして、保科君を癒やすために必要なのは、結局は」

「心からの、感謝」

「少なくとも、私はそう思うよ」

 

 傷つくことを避けるのが難しいのなら、傷つく傍から癒やせば良い。

 アルプである七緒に人間の機微は完全に理解できていないが、心の穴が埋まるのはその人物が幸せな気分になったときだというのは経験として知っている。

 そして人間が幸福を感じるのは、上等な食事を摂ったときや、誰かから認められたとき、感謝されたときだと言うことも、人間社会に紛れて喫茶店を経営するマスターだからこそ直接目にしてきた。

 その経験が、そのためには結局寧々が決意したことこそが一番の早道だと告げているのだ。

 

「七緒、教えてくれてありがとうございます。おかげで大事なことを知ることができました」

「いや、礼には及ばないさ。保科君のことが心配なのは私も同じだが、私の場合は打算もあるからね」

 

 最初に言ったように、夏油と万が一揉め事になった際、愛弟子の柊史に仲裁を頼めるようにしておくことは大きな保険となる。

 勿論、打算抜きでも柊史のことは心配であるし、そもそもその保険を使うような事態など来て欲しくないが。

 

「それじゃあ、今日はもう帰りますね。明日から頑張らないといけませんし・・・お弁当の仕込みもしないと」

「わかった。私から話しておきたいことももうないしね。結構時間が経ってしまったが、送っていこうか?」

「いえ、大丈夫ですよ。まだまだ明るいですから」

 

 柊史がいた時間も含めてかなり話し込んでいたが、初夏の季節である故に外はまだまだ明るい。

 人通りもそこそこいるので、これなら危険もないだろう。

 

「では、また来ますね」

「ああ。待っているよ」

 

 そうして、寧々もまた家路につくのだった。

 心の中に大きな決意を燃やして。

 七緒は、そんな寧々を笑顔で見送った。

 そして、夜の営業の準備をすべくバックヤードに戻り・・・

 

「あ、そういえば」

 

 一つ、寧々に言い忘れていたことがあったのを思い出した。

 もっとも、確証のあることではないが。

 

「保科君は、他の魔女と関わりがあるのか?・・・本人にも聞いておくべきだったな」

 

 柊史と話しているとき、こちらを騙そうとしているようには見えなかった。

 だから、柊史が言っていた『アルプとあまり関わりがない』というのは事実だろう。

 七緒の知るアルプの中にも、柊史と会ったことがある者はいなかった。

 それは、現在の七緒の縄張りと隣接しているアルプたちも含まれる。

 

「夏油氏の危険性については、周囲のアルプにも伝えてある。弟子の保科君が関わってきたとなれば、夏油氏と会ったことのある私に連絡する可能性は高い」

 

 押しつけられたとはいえ、七緒は周辺のアルプの代表として夏油に依頼をしたのだ。

 もしも自分の契約している魔女と柊史が関わることがあれば、夏油と一応は面識のある七緒に相談に来るだろう。

 というより、自衛のために夏油関係の情報は入り次第伝えて欲しいと頼んであるくらいだ。

 なのに、その様子もない。

 つまり、周辺にいるアルプと柊史には特に繋がりはないということになるが・・・

 

「それならば何故、魔女の代償を肩代わりしたとき、アルプが受け取る感情を横取りしてしまうことを知っていたんだ?」

 

 今日、柊史がここに来たのは寧々の代償をこれからも肩代わりしていくこと、そしてその分の補填を七緒に対して行うことを伝えるためだった。

 つまり、自分の術式がアルプに損をさせることを知っていたということだが、どうやってそれを知ったのか。

 

「さらに言うなら、タイミングもおかしい。始めから知っていたのならもっと早くに来たはずだ。なぜ今になって私に会いに来たんだ?」

 

 七緒が寧々の代償による感情の供給に違和感を覚えたのは一ヶ月ほど前からだ。

 わざわざ謝りに来るような柊史の性格を考えれば、それこそ一ヶ月前にここに来てもいいはず。

 今日になって会いに来たということは・・・

 

「つい最近になって、寧々以外の魔女の代償を肩代わりすることがあったのか?それをその魔女と契約したアルプに抗議された?」

 

 柊史が、ごく最近に寧々以外の魔女と接触したということだ。

 それも、その魔女とアルプが同時にいるときに。

 

「だが、一体どこの魔女と?それならば、やはり私に知らせが来ないのはおかしい」

 

 通りすがりで偶々その魔女と出会って肩代わりしただけという線は薄い。

 出会い頭に肩代わりしただけならば、お互いがお互いの正体に気付くこともないはずだからだ。

 そうでなければ、魔女側はどうして自分の代償が一時的にでも消えたのか知ることはできない。

 つまり、柊史が己を呪術師と名乗り、魔女もその正体を明かしたということ。

 そして、アルプも柊史の正体を知りつつ自身のことを話したということになるが、この辺りのアルプには呪術師=夏油傑の関係者ということは知れ渡っている。

 アルプといえど電話やメール、メッセージアプリだって使えるのだから、例え昨日会ったとしても伝えることはできるはずなのに。

 

「とりあえず、こちらからも連絡をいれてみるが、それで空振りだったとしたら保科君に聞くか」

 

 万が一、七緒も把握していない新参のアルプが柊史にちょっかいをかけていれば、そのアルプの命が危ういかもしれない。

 邪悪なアルプと契約した魔女ならば偶然柊史と出会うこともできないであろうことから、そのアルプは普通のアルプなのだろう。

 ならば、同じアルプとして同胞の命を助けたいと思うのは当然の帰結だ。

 幸い、柊史の連絡先は先ほど交換してあったので、聞こうと思えばすぐにでも聞ける。

 ・・・この後、周辺にいるアルプと手早く連絡が取れた七緒が聞き込みをしたものの柊史の情報はなく、直接聞いてみたところアカギという少々厄介な性格のアルプの名前が柊史の口から飛び出してきたことで、七緒の不安が少し大きくなるのだった。

 

「アカギか・・・馬鹿とまでは言わないが、少々感情の抑えが効かないところが不安だな。保科君もそこのところは大目に見てくれているようだが。それにしても、アカギの縄張りは今はかなり遠くのはずなのに、簡単に行き来できているとは・・・特級呪霊とは凄まじいな」

 

 呪霊や呪術のことは初めて夏油に依頼をした際にも耳にしていたが、具体的なスペックについて聞いたのは今日が初めてだった七緒は、『やはり、保科君と夏油氏を敵に回すようなことはしてはいけないな』と改めて警戒を強めた。

 そうして、『まあ、わざわざ電話してまで伝えるような情報でもないか。そこまで重要な情報でもないしな』と判断した七緒は、結局寧々に『保科柊史が別の魔女とも縛りを結んでいる』ことを伝えずに店の準備に取りかかる。

 ・・・実際、この情報はアルプに伝手を持つ七緒が知っていればそれで十分ではあるのだが・・・基本的に報連相がしっかりしている七緒にしては珍しい怠慢でもあった。

 なんだかんだ言って、七緒にとっても情報量の多い日だったということだろう。

 自分の中で状況の把握に努める必要があったために、些事とも言えることが頭から抜け落ちてしまった。

 これについては寧々も同様であり、普段ならば七緒と同じ経緯で柊史が別の魔女とも契約している可能性に気が付いたであろうが、熱意が燃えたぎるその日の寧々がそこに思い至ることはなかった。

 これにより、綾地寧々が自分以外の魔女の存在を知ることになるのはしばらく先のこととなる。

 

 

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 翌日の姫松学院にて。

 

「それで綾地さん。話って何かな?」

「は、はい。えっと、ですね」

 

 オレは、昼休みにオカ研の部室に招待されていた。

 朝、『これからは突然社会的に死ぬ危険に襲われなくていいんだ』と久方ぶりに爽やかな気分で登校したのだが、そこでちょっとモジモジとした綾地さんに『ちょっとお話したいことがあるのでお昼休みにオカ研に来てもらってもいいですか?』と言われたのである。

 あの綾地さんに、クラスメイトがたむろする教室の中で。

 

『『『お前、綾地さんと何があった!?』』』

 

 驚愕、嫉妬、怒り。

 当然の如く様々なマイナスの感情がない交ぜになった視線をぶつけられ、普段のオレならば辟易としていただろう。

 しかし、そのときはオレ自身が驚いていたせいで、そんな周りの感情などどうでもよくなっていた。

 

(なんだ!?綾地さんから伝わってくる、この感謝の気持ち!?)

 

 昨日シュバルツ・カッツエで会ったときと比べても、異常なほどにプラスの感情の質が向上していたのだ。

 それこそ、つい一昨日に会ったときの椎葉さん並み・・・いや、もしかしたら越えてすらいるかもしれない。

 濁流のように流れ込んでくるプラスの感情により、勝手に反転術式が発動して周囲のマイナスの感情による悪影響など欠片も残さず消えてしまっていた。

 だから、綾地さんからの問い掛けにも、『あ、うん』と言うことしかできなかったのである。

 昼休みになるまでに、海道や仮屋からも『綾地さんと何があったの!?』と質問攻めされたのだが、まさか『痴女みたいな格好をした綾地さんと遭遇して、これから綾地さんが発情したら代わりにオレがムラムラする契約を結ぶことになりました』などと正直に言えるはずもない。

 どうにかこうにか誤魔化して、昼休みになったのをいいことに綾地さんと急いで教室を脱出して今に至るというワケだ。

 幸いなことに、因幡さんは川上君や前田さんを筆頭にクラスでモン猟をする友達ができたらしく、今日のオレはフリーだから時間はある。

 

「えっと、その・・・」

 

 一方の綾地さんはなにやら緊張しているようだが。

 

「ほ、保科君!!オカ研の部員になってくれませんか!?」

「え?部員?」

 

 若干のタメを挟んでから綾地さんが言ってきたのは、なんと言うこともない部活の勧誘だった。

 

「実は、生徒会からすぐにではないんですが、部員が入部しなければ部室を没収すると言われてしまっていて・・・私としては、オカ研は心の欠片を集めるためにも大事なところなので、部室がなくなったら困ってしまうんです」

「心の欠片を集めるため?オカ研が?」

「はい。私はここでお悩み相談みたいなことをしているんですが、心の欠片を持った人が来ることがあるんです。それか、うまく相談しに来た人の悩みを解決できたときに欠片ができることもありますね」

「ああ、そういう理由か・・・お悩み相談室か。考えてみればすごい効率的だな。やっぱり頭いいんだね、綾地さん」

「そ、そんなことないですよ・・・」

 

 少し照れくさそうに謙遜してみせる綾地さんだが、オレがすごいと思ったのは本心からだ。

 前に、プラスの感情を求めてボランティアをしてみたことがあったが、結局耐えきれずに辞めてしまったことがある。

 しかし、綾地さんのように困っている人が来るのを待ち構えて解決する形なら、単なるボランティアよりも無用なトラブルは起こりにくい。

 なるほど、心の欠片を集めるために重要というのも頷ける。

 

「でも、綾地さんならわざわざオレを勧誘しなくても新入部員なんて・・・あ、いや、そんな簡単に入れる訳にはいかないのか」

「はい。私には、その、代償がありますから」

 

 欠片を集める集積装置となり得る部室がなくなるのは綾地さんにとって死活問題だ。

 だが、代償のことを考えれば気軽に新入部員を入れるというワケにはいかない。

 男子は当然として、女子でも厳しいだろう。

 だが。

 

「でも、保科君ならその辺りの問題をすべて解決できちゃいますから」

「あ~、そうだね・・・うん、自分で言うのもなんだけど、オレはすごく都合のいい部員だな」

「だから、なんです」

 

 綾地さんの代償や魔女の存在を知っているばかりか、その代償の解消までできるのだ。

 オレにとって椎葉さんが理想的な契約者であるのと同じように、綾地さんにとってはオレは非常に都合のいい人材と言えるだろう。

 

「保科君には、これまでのことも含めてたくさんお世話になっています。その上でこんなお願いをするのは申し訳ないんですが、オカ研に入ってもらえないでしょうか?私にできるお礼なら、なんでもしますから」

(なんか、既視感あるなぁ。っていうか、綾地さんみたいな子が『なんでもする』なんて言っちゃダメでしょ)

 

 オレに向かって頭を下げる綾地さん。

 そんな彼女から伝わってくるプラスの感情は、朝よりも強くなっている。

 なんでもするという言葉に嘘偽りはないようで、その言葉に相応しい熱意を感じる。

 ・・・一瞬。ほんの一瞬だけ、『なんでもってどこまでありなんだ?』と少々危ないことを考えそうになってしまったが。

 

 

--いいよ!!ワタシにできることならなんでもするから!!

 

 

 同じような台詞を口にした椎葉さんのことが思い浮かび、すぐに浮ついた思考は消し飛んだ。

 出会う前から色々と手遅れかも知れないが、オレは椎葉さんに顔向けできないことはしたくない。

 だからこそ、綾地さんにも誠心誠意応えるべきだ。

 ・・・決して、脳裏によぎった椎葉さんの目が絶対零度の如く冷え切っていたのは決して関係ない。

 

「わかったよ。でも、オレも放課後には用事があって、毎日部室に通うのは無理だと思う。だから、基本的には名前だけ貸して、本当に必要なときだけ来るようにするっていうのはダメかな?その代わりって言ったらなんだけど、お礼とかは気にしないでいいから」

 

 例え術式反転で取り込んだプラスの感情が消えてしまうにしても、椎葉さんに会うのを止める理由にはならない。

 それは、極論栄養さえ取れていれば何を食べても一緒だと知っていても、美味しい食事を食べるのを止められないのと同じようなモノだ。

 なにより、椎葉さんが今でも女の子らしい姿をしたがっているのは確かなのだし、それならばその願いを叶えてあげたいという想いがある。

 だから、綾地さんに誠実に対応するにしても、綾地さんだけに時間を割くわけにはいかないのだ。

 例え、プラスの感情を得るだけなら今の綾地さんの近くにいる方が効率的だとしても。

 正直、ここまで質のいいプラスの感情をくれるとなると代償の肩代わりだけで釣り合うのか不安になってくるレベルだ。

 そう言う意味で、綾地さんの側からお願いをしてきてくれるのは助かると言えるかもしれない。

 

「・・・わかりました。それで大丈夫です。よろしくお願いしますね、保科君」

「うん。こちらこそ」

 

 ほんのわずか、本当にごく一瞬だけ、綾地さんから伝わってくるプラスの感情に陰りが見えた気がしたが、すぐにその違和感は消えた。

 オレの心の中に流れ込んでくるのは、質、量ともに極上と言ってもいいほどの感謝の気持ち。

 それを感じて、綾地さんのお願いを完全に受け入れられなかった後ろめたさが、オレの口を開かせた。

 

「ところで、綾地さん、オレが帰った後に何かあった?」

「え?どうしてそう思うんですか?」

「いや、綾地さんから伝わってくる感情が、昨日よりも、っていうか、オレの人生の中でもトップクラスで良くなってるから」

「・・・人生の中でもトップクラス、ですか。うん、ちゃんとできてるんですね。よかった」

「綾地さん?」

 

 小声で何事かを素早く呟く綾地さん。

 呪力で耳を強化する間もなく、何を言っているのかは聞こえなかったが、綾地さんから感じる感情の中に安堵が混ざったのはわかった。

 

「あ、ごめんなさい保科君。昨日、あれから七緒と少し話して、保科君にはしっかり感謝しなくちゃって思ったんです。これまでもお世話になっていて、私のせいで迷惑をかけてしまったこともありましたから」

「そ、そうなんだ・・・えっと、ありがとう」

 

 なんとなく照れくさくなって、お礼を言いながらもオレはつい目をそらしてしまった。

 さっきも言ったが、綾地さんのプラスの感情は極めて質がいい。

 つまり、綾地さんの言葉には一切の嘘がないということ。

 ここまでストレートにプラスの感情をぶつけてもらったことなど、父さんか椎葉さんくらいだったから、どう反応していいかわからなくなってしまう※。

 これまで綾地さんに対しては代償のことで苦手意識を持っていたが、これだけでそんな蟠りが吹き飛んでしまいそうで、我ながら現金なものだ。

 しかし、綾地さんにはオレの不躾とも言える反応でも十分だったらしい。

 

「いえ、どういたしましてです。むしろ、私の方がこれからもお礼を言わなきゃいけない側ですから。改めて、これからも、よろしくお願いしますね」

「う、うん。こっちこそ、改めてよろしく」

 

 ニッコリとオノマトペが付きそうな笑顔でそう言う綾地さんに、今度はオレも真正面から応えた。

 こんなに真っ直ぐ気持ちをぶつけてくれる人に、これ以上失礼な真似はできないと思ったのだ。

 

「あ、ところでなんですが」

「うん?」

 

 そうして、しばらくして。

 驚くべきことに綾地さんが用意してくれていた弁当をご馳走になっているときだった。

 『すごいクオリティだ。料理の腕も椎葉さん並み・・・この弁当を教室で受け取ってたら、綾地さんのプラスの感情でも周りのマイナスを消しきれなかったかも』と二重の意味で戦慄していると。

 

「さっき、保科君は放課後に用事があるって言ってましたが、どんなことをしているんですか?」

「あ~、それはね・・・」

 

 正直、来ることは予想できていた質問ではある。

 だから、オレは用意していた答えを返した。

 

「うん。呪術師としてのアルバイトみたいなものかな。あんまり詳しく言えないけどね」

「そうなんですか・・・そういう事情なら、あまり聞かない方がよかったですね。ごめんなさい保科君」

「ううん。気にしないで。オレから言っておけばよかったんだし」

(わざわざ遠くまで、女の子のために毎日通ってるってのは、ちょっと言いにくいしなぁ)

 

 オレと椎葉さんの契約は双方得をするのだから、『女の子のために身体張ってるぜ』などとアピールするようなことではない。

 かと言って女子である綾地さんに正直に言うのもなんとなく気恥ずかしい。

 オレは呪術師ではあるが、まあ、一応は思春期の男子でもあるのだから。

 なにより、綾地さんにこちらの事情を話したのはつい昨日だ。

 まだ、椎葉さんと相談も何もしていない状態で椎葉さんのことを話すわけにはいかないだろう。

 それに綾地さんに言った答えだって、話していない内容こそあるが、嘘は付いていない。

 だから。

 

「じゃあ、今日の放課後も頑張ってくださいね。保科君」

「うん」

 

 オレは、綾地さんに別の魔女(椎葉さん)と契約していることを告げなかったのであった。

 

 

 

※ 夏油が保科君に向けるプラスの感情もクソデカですが、呪力の制御が完璧なので保科君の術式で感知できてません。




綾地さんがチョロインと化してしまっているようで口惜しい。
この世界線でも綾地さんの事情に勝手に足を踏み入れるのはどうか?と思うので。

よろしければ、PiXIVの最新話にもブクマお願いします!!
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24553082

この作品をご存じでしょうか?①ダークギャザリング、②死印、③東方Project

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