女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話 作:二本角
(・・・女の子、だよな?)
オレの目の前にいる女の子(?)。
なぜ断定できないかといえば、その格好だ。
(男物のパーカーに、男物のジーンズ・・・服装は完全に男だよな)
ゴールデンウィークも終わって夏の気配が近づく最近。
目の前の子が着ているのはそんな季節に備えるかのような水色の半袖パーカーに、ジーンズ。
ただし、少しサイズが大きいように見えるそれは男物だ。
その一方、整った顔立ちは女の子のもの。
長い亜麻色の髪の毛を首の後ろ辺りで一つ結びにし、両耳の辺りから一房胸まで伸ばしている髪型も女の子らしい。なぜか、右耳側だけが三つ編みになっていて、可愛らしいリボンが結ばれているが。
さらに・・・
(胸、あるよな・・・)
その地味なパーカーを押し上げる、豊かな山。
つい目を向けてしまったその存在が、その子を女の子であると証明していて・・・
--ピリッ
「う・・・」
肌にピリリと痛みが走る。
「・・・あの、さっきからどうしたんですか?」
見れば、女の子が警戒したような目でオレを見ていた。
言葉にもどこかトゲがあり、さっきから立ち尽くして女の子を見つめるオレを不審に思っているのが文字通り肌で分かった。
ジリジリと少しずつ後ずさりして距離を取ろうとしているのが地味にショックだ。
(・・・もしかしたら、さっき胸を見てたのがバレてたのかも)
女の子がそういった視線に厳しいことを、オレはよく知っている。
ここは素直に謝るべきだ。
「すみませんでした。あ~、その、個性的な格好をしてたので・・・」
「ワ、ワタシは女です!!」
「ご、ごめんなさい・・・」
謝ったのだが、余計に怒らせてしまったようだ。
肌に感じる痛みが強くなった。
だが・・・
(・・・?なんだ?なんでこの子、こんなに元気なんだ?)
さっきから感じる『吐き気』。
それはオレが肩代わりしているものだ。
だが、目の前の女の子は特に病気のようには見えないし、ぷんぷんと怒る姿は健康そのものだ。
普通、オレが吐き気を感じるレベルで体調が悪いのなら、ある程度は見た目でも分かるのだが。
「・・・あの」
「なんですか!?」
ここでこの子が本当に危険な症状になっていたら寝覚めが悪い。
そう思い、オレが意を決して口を開くと、女の子は刺々しい口調ながらも反応してくれた。
「・・・その、体調とか、大丈夫ですか?オレ、なんかえずくような声がしたから気になって来たんですが・・・」
「あ・・・」
オレがそう言うと、女の子はハッとしたように胸を押さえ、ばつの悪そうな顔になった。
同時に、オレの肌を刺していた痛みが霧散する。
「そ、そうだったんですか。あの、ごめんなさい。心配してきてくれたのに、失礼な態度をとっちゃって」
「いえいえ。オレも不躾というか、失礼なこと言っちゃったし・・・」
ぺこりと頭を下げて謝ってくる女の子。
心配して来たのはそうだが、自分の胸をガン見した見知らぬ男に素直に謝れるとは、どうやら、かなり人がいいようだ。
オレも罪悪感に駆られて、ついもう一度謝ってしまった。
「それで、体調は大丈夫ですか?その、気持ち悪いとか、吐き気がするとか」
「って、そうだよ!!なんでワタシ、気持ち悪くなくなったんだろ?・・・さっきまで、あんなに気分が悪くなったのに」
「?」
ペタペタと自分の胸をなで回す女の子。
正直、目の毒だから止めて欲しい。
「なんでかわかんないけど、今ならいけるかも!!試してみよっと!!」
「え?あ、ちょっと?」
また胸を見ていると思われたら困るので視線をそらしていると、女の子がトイレに向かって駆け出していった。
とはいえ、入り口近くの鏡に用があったみたいで、声は聞こえてくる。
「さっきは片側だけ結んで気持ち悪くなっちゃったけど、今ならこっちも・・・」
そんな声が聞こえてすぐ。
「う゛っ!?」
オレの中にこみ上げる吐き気が一気に強くなった。
「な、なにが、起きた・・・?」
この場にいる人間があの子しかいない以上、この吐き気は間違いなくあの女の子のものだ。
しかし、ここまで急激に体調が悪化するなど、オレとしても初めての経験だ。
「あの子、そんなに身体が弱そうに、見えなかった、ぞ・・・うう」
一歩でも歩けば、その場で吐きかねない。
吐き気に慣れているオレですらそう思うレベルで気持ち悪くなり、オレはフラフラと座り込む。
しかし、トイレの中にいる女の子はオレの様子に気がつかず、嬉しそうな声を上げていた。
「やったぁ!!なんでか分からないけど、今なら可愛いものを付けられるんだ!!『代償』って、たまになくなる時があるのかな?そんなのあったらアカギだって教えてくれても・・・アカギだと忘れてそうだなぁ」
(だ、『代償』?それって・・・う゛ぅ)
ふと聞こえてきた単語が引っかかったが、それがどうでもよくなるくらい気持ちが悪い。
それでもなんとか吐き出さないように、腹に力を込めて耐えるが・・・
「そうだっ!!他に買った小物も付けてみよっと。ふふっ!!服はダメでも小物ならいけるかもって思いつけてよかった」
そして。
(あ、これダメだ)
その瞬間、吐き気がオレの許容限界を超えた。
「うぉお゛ぇぇぇえ゛え・・・」
「ふぇえええっ!?」
両手を地面に突き、その場で嘔吐する。
オレの汚らしい声とともに、ツンと胃液の臭いが鼻を突いた。
「す、すごい声が聞こえたけど大丈夫です・・・って、本当に大丈夫っ!?きゅ、救急車呼ばなきゃっ!?」
オレの声を聞きつけたのか、女の子がトイレから飛び出してきた。
さっきとは違い、両側のお下げが三つ編みになっていて、前髪にはピンク色のヘアピンが付いている。
どうやら、女の子は本当にオレを心配してくれているようで、オレを労るじんわりとした甘い熱と、突然のことに混乱してしまったのか、少しの辛さとともに身体を揺すられたような感覚が伝わってきた。
そして、それが最後の一押しになった。
急に、さっきまでオレを襲っていた猛烈な吐き気がフっと消える。
(・・・埋まったのか)
それは、オレの『穴』が塞がった証拠だ。
オレの術式は任意で発動できるが、オレの中の『穴』が塞がると、いったんマイナスの感情、すなわち呪力の吸収が強制的にキャンセルされる。
埋まった後も『身体的苦痛の肩代わり』と『定期的な飢餓感』の縛りによって、オレ自身の限界を超えて呪力をため続けることはできるが、このキャンセルの隙というのは先生と訓練をしているときなどは結構な弱点だ。
まあ、今は関係ないが。
(いや、待て。呪力の吸収が途切れたら、肩代わりも・・・)
「だ、大丈夫!?立てる!?無理ならそこに横になって・・・う゛っ!?」
「ちょ、待っ!?」
パニックになりながらも、オレのことを心配してくれたのか、ゲロがすぐ近くにあるというのに駆け寄ってきてくれた女の子。
その気遣いは素直に嬉しいが・・・往々にして、良かれと思ってやったことが裏目に出ることはままある。
「え゛ろ゛え゛ろ゛え゛ろ゛え゛ろ゛え゛ろ゛え゛ろ゛っ!?」
呼び止めたのもむなしく、女の子にあるまじき濁点まみれの声とともに、オレの頭に灼熱の液体が降り注いだのだった。
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「・・・・・」
「・・・・・」
寂れた公園のベンチ。
そこに、オレと女の子は座っていた。
「・・・・・」
「・・・・・」
オレたちの間に会話はない。
代わりにあるのは、深海の底のような重苦しい空気だけだ。
「・・・・・」
「・・・・・」
あのあと、地面に吐瀉物をはき続ける女の子が窒息してしまわないか不安になったオレは、ゲロまみれになりながらも術式を使用し、吐き気を『半分』肩代わりした。
そして、すぐ傍のトイレで頭を丸洗いし、肩代わりによって動けるようになった女の子と2人分の吐瀉物の後片付けを開始。
近所の自販機から水を買ってきて押し流したり、オレが呪力で強化した腕力でその辺に穴を掘って埋めたりしたのだが、その間もオレたちは一切無言だった。
途中、女の子がヘアピンやリボンを外した瞬間、またもいきなり吐き気が消えるなど、聞いてみたいこともあるのだが・・・
(だ、だめだ。耐えられない!!)
女の子の前でゲロを見せつけてしまったオレ。
オレの頭にゲロをかけてしまった女の子。
口を開いて会話するには、両者の関係はあまりに歪だった。
(こ、こんなときどうすればいいんだ!?何から話せばいいんだ!?ただでさえ女の子と話したことなんてあんまりないのに!!と、とりあえず、そんなに気にしないでって言うか?普通に言ったら無理してるのバレるだろうから、ここは冗談めかして『君のゲロ、中々よかったよっ♪』とか・・・ダメだ、ゲロをかけられて喜ぶ変態だと思われるっ!!)
これまで常人では体験しないだろう出来事を多く見聞きしてきた自負はあるが、さすがにこんな状況は初めてで、オレの頭の中で思考の濁流が荒れ狂う。
だが、この沈黙に耐えるのも中々にキツく、なんとか言葉をひねり出そうとして・・・
「・・・ごめんなさい」
「え?」
先に口火を切ったのは、女の子の方だった。
「その、キミの頭に吐いちゃって、本当にごめんなさい。服とか、汚れてたら弁償するから・・・」
「だ、大丈夫だよ!!服にはかかってなかったから!!う、運が良かったよ!!日頃の行いが良かったからかなっ!!ははっ!!あはは、はは・・・」
「・・・・・」
口の中いっぱいに広がる酸っぱさは、吐瀉物ではなく女の子の罪悪感だろう。
オレは努めて明るく、気にしていないように笑い飛ばしたが、慣れていないからか声は震えているし、顔も引きつっていると思う。
オレが無理をしているのが分かったのか、女の子はそれきり黙り込んでしまった。
(め、目が死んでる・・・)
術式のこともあって色々と心にダメージを負いやすいからか、よく『死んだ魚の目』と言われるオレだが、今の女の子の目はまさしくそんな感じだ。
目に光が灯っておらず、どこを見ているかも定かではない。
そのまま一生喋らないままでいるんじゃないかと怖くなるほどだ。
「あ、あのさ、オレ本当に気にして・・・」
「う・・・」
「え?」
「うっ、うっ・・・うわ~~~んっ!!」
どうにかこうにか励まそうと、なんとか声を出そうとするも、その声は女の子の泣く声にかき消された。
「うっ、ど、どうしてっ!!どうしてワタシっ!!あんなバカなこと・・・あんな契約、しちゃったんだろう・・・初めて会った男の子に吐いちゃうなんて、そんなのっ!!・・・うっ、うぅ~~~っ!!」
そのまま、しくしくと泣き続ける女の子。
オレは完全に固まってしまっていた。
(ど、どうしよう!!本当にどうしたらいいんだこれっ!?)
泣いている女の子がいたら励ますべきだ。
けれど、励まし方が分からない。
オレは被害者で、女の子は加害者。
ゲロをかけられた方と、吐いた方。
こんな状況をどうにかするなど、先生でも難しいのではないだろうか・・・
(いや、そうだ、先生だ!!確か、あの時も、怒った父さんを止めるために・・・)
オレが心の底から信頼している大人であり、オレの同類である先生。
そんな先生を思い浮かべた瞬間に蘇った、ある記憶。
そして、この女の子に覚えていた『違和感』。
それらが、すべてオレの中で繋がったとき、オレは言葉に出していた。
「あ、あのさ!!君って、もしかして、『魔女』?」
「えっ!?」
オレがそういった瞬間。
女の子は思わずというように泣き止んで、大きく目を見開いたのだった。
続きが気になる方へ。
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