女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話   作:二本角

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書きたいとこまで書こうとしてできなかったので、最後は次回予告風です。


椎葉さんは可愛いんだから

 今日ここにオレが来ているのは、いつも通り椎葉さんに趣味を楽しんでもらい、そのときに発生する感情を味わうためだ。

 いろいろとあったが、やるべきことはやろう。

 そう思って、いつものように帳を下ろし、椎葉さんに着替えてもらったのだが・・・

 

「ど、どうかな保科君!!」

「う、うん、すごく似合ってるよ」

「えらく気合いが入っているのじゃ・・・」

(・・・何なんだ?今の椎葉さんから感じるこの味は?)

 

 今日の椎葉さんが着ているのは、白いブラウスと黒のカーディガンに、丈の長いキュロットスカート。

 未だ残る涼しさと来る夏の暑さが混ざり合う初夏の季節に似合う組み合わせであり、女の子らしさはやや控えめだが、それでもオレの言葉通り、椎葉さんにはとても似合っているように見える。

 しかし、アカギが少々引き気味に零したように、椎葉さんから感じられる気迫がスゴかった。

 一昨日会ったときのように、感謝の感情は質、量ともに極上であったが、今の椎葉さんの感情の中には別の何かが混ざっている。

 それによって、ピリリとした辛味のような風味がするのだが、決して不快ではなく、むしろ良いアクセントになっている感じだ。

 もっとも、その感情が何なのかはわからなかったが。

 

(辛いっていうのは、怒っているときにする味だけど、オレが知ってるのとは少し違うような気がする。それよりもマイルドというか、爽やかというか・・・)

 

 基本的に、辛味や苦み、酸味といった感情はあまりよくないマイナスの感情によるものだ。

 オレはそういった感情の味が苦手であり、なるべくそういう感情を放出する人には近づかないようにしているのだが、椎葉さんの感情は辛味こそ感じるが、全然苦ではない。

 まあ、オレの術式によるとその感情が向いている相手がオレではないようなので、それでちょうどいいレベルになっているかもしれないというのはあるかもしれないけど。

 

(でも、一体誰に?なんならアカギでもないみたいだし)

 

 椎葉さんがその謎の感情を向けている相手が誰かはわからない。

 しかし、あの真面目な椎葉さんがオレにプラスの感情を向けながらも意識している相手だ。

 関わりの薄い複数の人間に、同時に違う種類の感情を向けることは難しい。

 だから、恐らくオレにも関係ある人だとは思うのだが・・・

 

(ひょっとして、綾地さんに対して?でも、名前を知らない人への感情はかなり弱くなるし、それにしては感情が大きすぎるような)

 

 人間が感情を向けるとき、直接会ったことがない、あるいは名前を知らない相手に対しては、かなり感情が弱まる傾向にある。

 例外として、凄まじいほどの感情を抱いている場合はその限りではないが、椎葉さんがそこまでの感情を綾地さんに向ける理由などないだろう。

 そもそも、オレは名前を教えていないし。

 と、そんなふうに椎葉さんを見ながら考え事をしていると。

 

「むっ・・・保科君。ちゃんとワタシのこと見てる?」

「え?うん、見てるけど・・・」

「・・・本当に?目だけ向けてて、別のこと考えてない?」

「・・・そ、ソンナコトナイヨ」

 

 突然、椎葉さんがじっとりとした視線を向けながらそう言った。

 ・・・もしかして、椎葉さんもオレと似たような術式を持っているんじゃないだろうか?

 誤魔化そうとするも、なんだかカタコトになってしまった。

 案の定、椎葉さんにはバレバレのようだ。

 

「やっぱり!!なんか上の空って感じがしたもん!!」

「ご、ごめん・・・」

 

 バレてしまっている以上、言い訳をしても仕方がない。

 それに、考え事に気を取られていたのは事実である。

 だから、オレは正直に謝った。

 

「むぅ~・・・」

 

 しかし、椎葉さんは腕を組みながら不満げな顔である。

 ・・・椎葉さんが腕を組むと、一部分が強調されてしまうのでなるべく止めて欲しいのだが、今ここでそれを言えばさらに火に油を注ぐことになるのは明らかなので、オレは若干目をそらした。

 

「あ!!今目をそらしたでしょ!!ダメだよ保科君!!人と話すときはしっかり目を見なきゃ!!」

「も、申し訳ない・・・」

「・・・はぁ、厄介ごとはごめんじゃぞ」

(あ、逃げたなコイツ)

 

 オレが怒られているのを見て、巻き込まれては溜まらないと言わんばかりに、アカギは座っていたベンチから降りてトイレの方に歩いて行く。

 オレは、そんなアカギをずるいと思いながらつい目で追ってしまい・・・

 

「あ、また!!保科君、どこ見てるの!!」

 

 今はオレへのお説教がメインだからか、椎葉さんはアカギの行動にいちいち突っ込む気はないようで、アカギがいなくなってもスルーしている。

 むしろまたも椎葉さんから意識を外したオレへの叱責が飛んできた。

 これは、ちゃんと椎葉さんの言うことを聞かないと埒があかなそうだ。

 

「わ、わかった。ちゃんと目を合わせるよ」

「う・・・そ、そんなにじっと見なくてもいいから!!」

「ええ・・・」

 

 見ても見なくても椎葉さんが怒ってしまったので、オレは椎葉さんの強調された胸を見ないように、椎葉さんの顔をガン見したのだが、それはさすがに恥ずかしかったようだ。

 とはいえ、オレとしてはそうするしか選択肢がないので、椎葉さんには我慢してもらうしかない。

 

「と、とにかく!!その、保科君は誰の・・・コホンっ!!な、何を考えていたの?」

 

 どうやら、椎葉さんはオレがガン見するのは諦めることにしたようだ。

 仕切り直すように、若干顔を赤くしながらも問い掛けてくる。

 ・・・まあ、確かにせっかく椎葉さんがオレに女の子らしい姿を見せてくれてるのに、他のことを考えるのは失礼なのは間違いないことだし、ここは素直に白状しよう。

 

「えっと・・・なんか、椎葉さんから伝わってくる感情に違和感があったんだ」

「え!?そ、そうなの!?大丈夫!?代償の中和ができてる!?」

 

 さっきまで怒っていたのが嘘のように、心配そうな顔になる椎葉さん。

 その心はオレへの心配で満たされており、少しばかり酸っぱいが、フルーティーでこれはこれで美味しい。

 

「大丈夫だよ。味も量もすごくよかったから。でも、その・・・椎葉さん、オレ以外の誰かのことを考えてなかった?」

「ふぇっ!?」

 

 この反応、恐らく図星だろう。

 

「いや、オレに気持ちを向けてくれてるのは分かってるよ?けど同時に、他の人にプラスの感情とは別の感情が向いてるような気がしたんだ。オレに向いてる感情じゃないから、よくはわからなかったけど」

「そ、それでもそんなことまでわかっちゃうんだ・・・でも、うん、そうだよ。ワタシの方こそ、さっきまで別の人のことを考えてたんだ」

「・・・それは、誰のことを?もしかして」

「うん。保科君が昨日契約したっていう魔女のこと」

「やっぱりそうだったのか・・・」

 

 まあ、消去法で考えたら綾地さんのことしかない。

 だが、さっきも思ったが、あれほどまで強い感情を持つ理由についてはよくわからない。

 

「・・・ちょっと、不安になっちゃったんだ」

「え?」

 

 オレの考えを見透かしたワケではないだろうが、椎葉さんはポツリポツリと理由を話しだした。

 

「その魔女がどんな代償なのか、ワタシは知らない。でも、ワタシの代償は、すぐに中和できても保科君に絶対に苦しい思いをさせちゃうから・・・ワタシの代償より軽くて、それでもワタシよりももっと保科君にプラスの感情をあげられるような子だったらって考えたら、なんか、『負けたくない』って思ったんだ」

「椎葉さん・・・」

 

 当然と言えば当然なのだが、オレは綾地さんの代償について椎葉さんに話していない。

 綾地さんの名誉は勿論、椎葉さんに、『教室で他の女の子の発情を引き受けてムラムラしてるの?保科君気持ち悪いよ』なんて思われたら、オレはもう生きていけない。

 代償の内容を話すだけで、椎葉さんの感じている負い目をなくすことができるだろうと確信があっても、話す気にはなれない。

 だから、オレは何も言えなかった。

 

「ごめんね、保科君。どっちがプラスの感情を渡せるか競争なんかしたって、保科君には迷惑なだけなのに」

「そんなことないよ」

 

 それでも、椎葉さんが自分を責めるような言い方をするのは見過ごせなかった。

 

「そりゃ、競争そのものには意味はないよ?でも、オレに『プラスの感情を渡したい!!』って思ってくれるのが迷惑な訳ないよ」

「保科君・・・」

 

 競って勝者と敗者が決まったところでオレにとって何の得もない。

 むしろ、負けた方の心にダメージがあれば、それはオレへの悪影響にすらなるだろう。

 だが、その根幹にあるのがオレへの恩義や感謝だと言うのなら、それを嫌だと思うはずがない。

 

「椎葉さんがオレにくれる感情は、本当にすごく質がいいんだ。あや・・・昨日契約した魔女だって同じくらいプラスの感情をくれるけど、それでも椎葉さんからの感情をもらえなくなるのは嫌だし、なにより」

 

 オレは、椎葉さんに嘘は付きたくない。

 綾地さんの代償のことで不義理は働いてしまっているが、だからこそ、オレはここにいる理由は正直に本当のことを言う以外あり得ないと思っている。

 だから。

 

「オレは、椎葉さんに可愛い服を着せてあげたい。それで喜ぶ椎葉さんが見たいんだ。例え、感情がもらえなくたって」

「っ!!」

 

 そうだ。

 『嬉しそうな椎葉さんを見たい』。

 それこそが、オレが毎日ここに通っている理由なのだ。

 それで感謝の感情をもらえなかったとしても。

 それでも、穴の空いたオレの心そのものが、それで満足できるに違いないのだから。

 

「わ、ワタシ・・・ワタシねっ!!」

「椎葉さん?」

 

 自分自身の言葉にしっくりと来ていたオレだったが、突然椎葉さんから火山噴火のように熱い感情が伝わってきて、オレは驚いてしまった。

 そんなオレに、椎葉さんは。

 

「ワタシ、もっと可愛くなるから!!」

「え?」

「ワタシ自身が可愛いって思えるような服で、絶対に保科君に喜んでもらうから!!だから、見ててね、保科君!!」

「う、うん。楽しみにしてるよ」

 

 『別に今のままでも椎葉さんは十分に可愛いけどなぁ』とは思ったが、せっかく椎葉さんがやる気に満ちているのだから、それに水を差すのはよくない。

 そう思ったオレは、素直に椎葉さんを応援するのだった。

 

(か、考えてみたら、オレ、すごい恥ずかしいこと言っちゃったなぁ)

 

 ・・・椎葉さんの可愛い姿を見たいのは本心だが、もう一度言うのはさすがに恥ずかしいと思いながら。

 

 

-----

 

 

(もっと、可愛いくならなくちゃ!!)

 

 紬は、心の中で決意を新たにした。

 ついさきほど柊史が言ってのけた言葉が、紬の中で燃えているのだ。

 

 

--椎葉さんに可愛い服を着せてあげたい。それで喜ぶ椎葉さんが見たいんだ。

 

 

 柊史は、心にもないお世辞などを言えるような性格でないというのは、もうすぐ一ヶ月になる程度の付き合いしかない紬にもよくわかっている。

 だから、さっきの柊史は本心であったということに疑いはない。

 前にも同じようなことを聞いたことがあったが、あのときだって柊史は吐き気を堪えながら必死な様子だったし、二度目だからと言って色あせることだってない。

 それが本気だとわかっているのなら、そういう台詞は何度聞いても嬉しいのだ。

 

「お、オレ、何気にとんでもないことを・・・?」

(遅い!?今更遅いよ保科君!!)

 

 現に、自分が言った言葉の重みに今頃気付いたのか、柊史が小声で呟きながら挙動不審になっていた。

 それに対して突っ込みをいれようか少し迷ったが、自分にもカウンターが返ってきそうなので止めることにした。

 何気に、自分だって結構他人に聞かれたら恥ずかしいことを言ってしまったような気がするので。

 でも、柊史と同じように、それは紛れもない紬の本心だ。

 

(保科君が見たいって言ってるんだもん。ワタシが可愛くなった姿、しっかり見せてあげなくちゃ!!)

 

 そう、柊史がそうやって言ってくれたように。

 そして。

 

(それに・・・)

 

 もう一つ、頑張ろうと思える理由があった。

 それもまた、柊史に言われて紬自身が気付いたことだが・・・

 

(綾地さんって子がどのくらい可愛いかわからないけど、そっちでだって負けたくない!!)

 

 柊史にプラスの感情を捧げることでは勿論だが、女の子としての可愛さでだって、負けたくない。

 紬は自分の感情を吐き出したときに、己の中に燃え盛る対抗心に気が付いたのだ。

 

(そのためには、もっと頑張らなきゃ。とりあえず、どうしよう?)

 

 しかし、可愛くなると言ってもそう簡単にできるものではない。

 今も、女の子らしい服を着るだけで柊史は可愛いと言ってくれているが、さらに上を目指すのならばそれだけでは足りないだろう。

 柊史が下手なお世辞を言うような性格ではないというのは百も承知だが、それはそれとして『可愛い』ということへの敷居が低いような気がするのだ。

 可愛さに対してこだわりのある紬と、男子でありその術式から他者との交流が乏しかった柊史とでは、その辺りに大きな差があるのは仕方がないと言えばその通りだが、それでは紬が納得いかない。

 

(保科君は、可愛い服を着て喜んでるワタシが見たいって言ってた・・・なら、やっぱりワタシ自身が納得いってなきゃ意味がないよね)

 

 紬が喜ぶ姿を見たいのなら、現状に満足しているだけでは足りないと考える今の紬ではダメだ。

 紬自身が『これだ!!』と思えるような姿でなければ。

 

(・・・『あの服』は、今の季節だとちょっと外れちゃってるかなぁ)

 

 まず思いついたのは、紬が魔女となる切っ掛けとなった服だ。

 まるで紬のためにあつらえられたかのようだと、紬本人が思っているくらいの服なのだが・・・少々残念なことに、着るべき季節が外れてしまっている。

 着れないワケではないが、ここから暑くなるというのにあの服を着て、それで汗だくになってしまったら本末転倒だ。

 

(クーラーをよく効かせた場所で着替える・・・う~ん、人の多い場所で女の子の服を着るのは、もし同じ学校の人に見られちゃったら・・・)

 

 空調の効いたショッピングモールなどの試着室で着替えるのはアリだが、それで万が一学校の知り合いに見られたら、普段の雰囲気を考えるによくないことが起こりそうな気がする。

 今この公園にいるのだって、ここが人気のない場所だからというのもあるのだ。

 そうなると・・・

 

(他の人の目がなくて、季節に関係ない服を着れる場所・・・あ、そうだ)

 

 そこで、紬は閃いた。

 

(ワタシの部屋なら大丈夫だよね!・・・あれ、でも待って?本当に大丈夫?)

 

 自分の家ならば、何の問題もない。

 空調をガンガンに効かせても文句は言われないし、服を外に持ち出す手間もない。

 なにより、今通っている学校の知り合いに見られる心配がない。

 完璧なアイデアである。

 そう。

 

(それって、保科君をワタシの部屋に呼ぶってこと、だよね?・・・~~~~!!)

 

 柊史を自室に呼ぶということに目をつぶれば。

 

(ど、どうしよう!?お父さんとお母さんになんて説明すれば・・・いっそ、2人には黙って、いない隙に呼んじゃう?でもそれって、なんだかすごくイケナイことをしてるような気が・・・って、何を考えてるのワタシ!?)

 

 魔女やら呪術師やらと常識外のことが関わるのもあって、紬は柊史のことを両親に話していない。

 最近、『前に比べると明るくなった?何かいいことでもあったの?』と母親に聞かれたが、そのときははぐらかしている。

 それなのに柊史を部屋に上げるとなれば、両親に説明をする必要があるだろう。

 別に異能に関わることを言わずに誤魔化せばなんとかなるが、それでも柊史はいわゆる『お年頃』になってできた初めての男友達だ。

 紹介するのはなんとなく気恥ずかしい。

 かと言って、両親がいない隙に柊史を自室に招くというのは、なんというか、インモラルな感じがしないでもない。

 しかも、その場で着替えるのである。

 普段から帳の中で着替えているし、そのときだけ柊史に部屋から離れていてもらえばいいが、それにしたって両親がいないときに家の中に男の子を呼んで、その上で一つ屋根の下で着替えるとなれば、それはなんというか、もう。

 

(そ、『そういうこと』するために呼んだみたい・・・ダメ!!これ以上は考えちゃダメ!!保科君にバレちゃう!!)

 

「う、うう~~~!!」

「し、椎葉さん・・・?大丈夫?」

 

 つい、『そういうこと』を連想してしまうも、柊史の術式のことを思い出して必死で脳内からピンク色の思考を追い出そうとする。

 しかしそれまで己の言動を振り返って密かに悶えていた柊史からみれば、突然うなり声をあげた紬に『何事!?』と言った感じであり、紬が抱えていたモノは幸か不幸かバレることはなかった。

 

(あの服のことをこれ以上考えるのはやめよう。少なくとも、しばらくは見せられないだろうし・・・でも、それならどうしよう?別の服を探すのはいろいろ難しいし)

 

 あの服こそが自分に最も似合うと思うが、時期的な関係やら何やらで見せるのは難しいという結論に至った。

 秋になってから見せるのはアリだが、それまでに何もしないのは件の綾地さんに負けるような気がするのでそれも却下だ。

 かと言って、新しい季節にあった服を見つけるというのも難しい。

 まず、あの服に並ぶレベルの服など早々ないだろうと言うのが一つ。

 そしてもう一つは資金の問題だ。

 

(あの服だって、買うためにバイトを始めたくらいだし・・・それに、今のワタシにバイトをしてる時間はないし、そもそも雇ってくれるところもなさそうだしなぁ)

 

 可愛い服というのは相応に値が張るものだ。

 紬が魔女となる切っ掛けになった服にしても、購入のための資金をバイトで貯めたという経緯がある。

 そのときに貯めた資金は魔女の願いで店頭に並んだ服を買うために使ってしまったからもうない。

 さらに紬の両親は共働きであり、今の生活費の管理は紬がしているが、半ば居候と化したアカギのために費やしているのもあって、十分な金額を渡されているにも関わらずあまり余裕はない。

 その事情を説明できないのに両親に催促するのはさすがに心苦しい。

 ではもう一度バイトができるかと言えば、魔女としての、そして柊史との契約もあって時間的に厳しく、そもそも女子の格好ができず、些細なことが原因で体調が悪くなりかねない自分を雇ってくれるところなどそうはないだろう。

 そうなると・・・

 

(小物・・・ううん、お化粧とか?)

 

 服以外のところで努力をするのはアリかもしれない。

 小物や化粧品もそれなりのお値段だが、服に比べればまだ手が届く。

 そして、化粧というのはまだ柊史の前で見せていない手札であり、中々悪くないように思えた。

 問題があるとすれば・・・

 

「椎葉さん?お~い、椎葉さん?」

「あ、ごめんね、保科君。返事できてなくて」

「いや、大丈夫だけど、さっきからどうしたの?」

「うん。ちょっとこれから先のことを考えてて・・・それで思ったんだけど、お化粧ってワタシの代償からしたらポイントが大きいと思う?」

「お、お化粧?・・・う~ん、ごめん。ちょっとわからないな。でも、可愛い服を着るのより軽いんじゃない?」

「そっか・・・それなら、次に会うときには家にある道具を持ってくるね」

 

 化粧というのは、世間一般には女の子らしい行いであるが、どれほど紬の代償に反映されるかは未知数だ。

 ソレすなわち、柊史が肩代わりする負担もわからないということだが、柊史の言うとおり、紬から見ても可愛い服を着ることよりはまだ軽いような気がする。

 服と組み合わせたらどうなるかは要検証だが、選択肢が増えるのはいいことだろう。

 と、紬はそのように思ったのだが。

 

「でも、化粧か・・・う~ん」

 

 柊史が、なんとも微妙というか、ピンときていない顔をしていた。

 

「あ、やっぱり問題がありそう?ならやめるけど・・・」

「いや、そういうんじゃなくてさ。オレはこれまでまったく縁がなかったから分からないんだけど、今の椎葉さんってお化粧はしてないんだよね?」

「う、うん・・・」

 

 今の時代、学校では教師の目があるために派手なモノはできないが、高校生どころか中学生でも流行に関心がある女子は化粧をするのが普通である。

 しかし今の紬は、代償のせいでナチュラルメイクすらしていない。

 不幸中の幸いと言うべきか、眉やまつげなど、男子でも気にする者がいるような箇所の手入れはなんとかできてはいるが。

 それでも女子の目線から見れば紬のしているのは最低限であり、それがまた女子から厳しい目を向けられる理由の一つになっている。

 紬としても頭の痛い問題なのだ。

 しかし。

 

「う~ん、椎葉さんがお化粧する必要ってある?今のままでも、男の子の格好をしてても可愛いと思うけど」

「・・・・・」

 

 実に反応に困る台詞であった。

 

(保科君がかわいいって言ってくれるのは嬉しいけど・・・お化粧できてないときとか、男の子の格好をしてるときを褒められてもなぁ)

 

 本日何度目かだが、今の柊史の言葉も本心からだろう。

 しかし、紬からすればノーメイクの、あるいは男子の格好をしている自分というのは『可愛くない』のである。

 そこを褒められても、素直には喜べなかった。

 

「・・・例えばの話だけど、保科君は明日から女装して学校に行かなきゃいけないってなったら嫌だよね?」

「それは嫌だけど・・・」

「でしょ?でもそのとき、『女装似合ってるね』って言われたら、保科君はどう思う?」

「・・・あ~、なるほど。確かにそれは嬉しくないね。ごめん、椎葉さん」

 

 少しその場面を想像してみたのだろう。

 柊史は嫌そうに顔をしかめた。

 

「ふふっ・・・ううん。大丈夫だよ。男の子からしたら気付きにくいと思うし、保科君に可愛いって言ってもらえることそのものは嬉しくないワケじゃないから。でもね」

 

 紬も、男子の制服を着た自分の隣で、女子の制服を着た柊史が立っているのを思い浮かべてみたが、そのちぐはぐさについ笑ってしまった。

 まあ、柊史に自分の複雑な気持ちがわかってもらえたのならそれで十分だ。

 

「でも、わかってくれたよね?ワタシも、男の子の格好をしなきゃいけないのは嫌だし、それを褒められるのは結構微妙な気分になるんだよ・・・そのときのワタシは、可愛くないから」

 

 それは、紬の心の底からの声だった。

 自業自得ではあるが、この代償を背負ってからの自分は可愛くない。

 そんな思いが、ずっとついて回っているのである。

 

「椎葉さん。それはダメだよ」

「え?」

「そういう考え方は、ダメだ。よくないよ」

「保科君?」

 

 しかし、柊史の反応は想像とは違っていた。

 ついさっき、今の姿を褒められることが微妙だというのには納得してくれたはずなのに、今はむしろ、紬のことを咎めるような眼をしている。

 柊史からそんな目を向けられるのは初めてで、紬はつい戸惑ってしまった。

 その間に、柊史は続ける。

 

「椎葉さんが自分のことを可愛くないなんて思うのはダメだよ。いや、思うのはまだいいけど、態度に出すのはダメだ」

「ど、どうして?保科くんも、さっきは分かってくれたよね?」

「うん。でも、それはオレに女装が似合わないのがわかりきってるからだよ。椎葉さんとは違う・・・日頃思ってることって、言葉にしなくても案外行動に出るものなんだ。誰かを軽く見てるヤツが、外面を取り繕ってるつもりでも無意識にその誰かにだけ態度が悪くなるみたいに。椎葉さんのその考え方は、すごく危ないと思う」

「?ど、どういうこと?」

 

 柊史は紬に注意を促し、心配すらしているようだが、その理由が紬にはわからなかった。

 

「あ~、例え話に例え話を返すようでアレなんだけど・・・椎葉さんがテストで頑張って80点を取ったとするでしょ?」

「う、うん」

「それで、クラスで全然勉強もしてないで遊んでいる人が100点を取ってるのに、自分のことを『自分は頭が悪い、バカなヤツなんだ』なんて言ってたら、あまりいい気はしないよね?」

「うん。そういう人は見たことあるけど、ちょっと関わりたくなかったな」

 

 俗に言う、『自分全然勉強してないんだけど~』と言いながらクラスでトップを取るような人種である。

 それで勉強してないバカだと言うのなら、頑張ってもそれより低い点数しか取れなかった自分はなんなんだと、少し惨めな気分になった記憶がある。

 

「それと同じなんだよ」

「? ごめん保科君。どういうこと?」

 

 例え話の状況はよく理解できた。

 しかし、それが自分を注意することにどう繋がるというのか、まったく見えてこなかった。

 柊史はその答えを予期していたのか、『はぁ』とため息をつくと。

 

「椎葉さんはね、客観的に見て可愛いんだよ。それこそ、テストの点数で言うのなら、男の子の格好をしてても90・・・いや、すごく厳しく見ても85は固い」

「ふぇっ!?」

 

 至極まじめな表情で、冗談としか思えないことを言ってきた。

 いくら柊史がまじめだからと言っても、少々信じがたい。

 

「ほ、保科君!!ワタシのことからかってるの!?」

「そんなことない。むしろ、今すごく椎葉さんのことを心配してるよ」

 

 だが、柊史の顔は真剣そのもの。

 とても嘘を付いているとは思えない顔だった。

 

「さっき、椎葉さんもテストの点数で謙遜してる人には関わりたくないって言ったよね?それと同じで、椎葉さんが自分のことを可愛くないなんて言うのは、敵を作ると思う。男の子の格好をしてても可愛いっていうのは、勉強しないでもテストでいい点を取っているようなものだから」

「そ、そうかなぁ・・・?」

 

 理屈は分かる。

 これが自分のことでなければ、すんなりと受け入れられただろう。

 だが、自分が可愛くないと思っている普段の姿でそこまでのことになるとは、にわかには信じられなかった。

 

「・・・これはオレの勘だけどさ。椎葉さん、女子には冷たくされるけど、男子からはそこまで風当たり強くないんじゃない?」

「なんで知ってるの!?」

「やっぱりか・・・」

 

 しかし、柊史は紬の周囲の状況を言い当てて見せた。

 当の本人は予想が当たったにも関わらず渋い顔をしているが。

 

「オレ、今の術式が術式になる前から他人の感情がわかる体質だったから、そうやって敵を作っちゃう人もよく見てきたんだ。オレにとっては死活問題だし」

 

 柊史は、生まれたときから他人の感情を感じ取ってしまうチカラを持っていた。

 そのために、さきほどのテストの点数のようなことでクラスの中から悪感情をもたれてしまう人が出てくるのを何度も見てきたのだ。

 他人の感情を強制的に味わわされる柊史にとって、そうした人間がいるクラスの空気は毒と変わりない。

 紬からは『思ったことをすぐに言ってしまう性格』と言われているが、テストの点数やバイトで稼いだ金額など、他人からのやっかみを買いそうなことは極力言わないように心がけているのである。

 ・・・もっとも隠しておきたかった『学年一の美人である綾地寧々と深い繋がりができた』ということは、他ならぬ張本人にバラされてしまったけども。

 ともかく、そんな柊史にとって今の紬の言動はとても危険に思え、その上で案の定だったのだ。

 だから。

 

「いい?椎葉さん。もう一度言うけど、自分のことを可愛くないっていうのは思うだけならいいけど、絶対に態度に出しちゃダメだ。無駄に敵を作ることになる。椎葉さんは、男の子の格好をしててもすごく可愛いし、並みの女子なんか足下にも及ばないんだから。もしも妙なことがありそうなら、さっき渡したぬいぐるみでオレを・・・」

「わ、わかった!!わかったよ!!わかったからちょっと静かにして!!少し落ち着かせてよぅっ!!」

(く、口説かれてる!?もしかして保科君に口説かれてるの!?ワタシ!?)

 

 どこまでも真剣な顔つきで紬に警告する柊史。

 そんな柊史を、紬は必死で押しとどめる。

 そうして、『お化粧を試すって言っただけなのに、どうしてこうなるのぉぉぉおお!?』と心の中で叫びながら、熱くなった頬とバクバクと鳴る心臓をどうにか宥めるのだった。

 

 

-----

 

 ・・・だがこのときの紬は、想像さえしていなかった。

 

-----

 

 

『ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・し、椎葉さん、椎葉さん!!』

『ほ、保科君・・・?』

『紬、小僧から離れろ!!なにかがおかしい!!』

 

 

 それからわずか数十分後、獣のように血走った眼をした柊史に睨まれ、恐怖を覚えることになるなどとは。

 

 




ゆずソフトヒロインどうしの修羅場って、どこまでなら許されるんでしょうかね。
髪を掴んで顔面にグーパンするのはナシにしても、言葉のナイフで滅多刺しするくらいはOKですかね?やるかどうかは別として。

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この作品をご存じでしょうか?①ダークギャザリング、②死印、③東方Project

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