女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話 作:二本角
「む、終わったか・・・どうしたのじゃ、紬?」
どういうわけか恥ずかしがる椎葉さんを宥めていると、トイレに逃げていたアカギが戻ってきた。
だが、途中経過を知らないアカギからすると椎葉さんがどうして顔を赤くして縮こまっているのは不可思議な光景だったようだ。
それも無理はない。
なにせ、一から十までの過程を知るオレでも椎葉さんがここまで恥ずかしがっているのは理由がわからないのだから。
「おい小僧。お前、紬になにをした?」
「いや、それがオレにもわからないんだ。オレはただ、椎葉さんは可愛いからへりくだったことばっかり言ってると周りからやっかみを買うって言っただけなんだけど・・・」
「~~~~~っ!!」
「・・・はぁ。まあ、紬に害がないならどうでもいい」
オレがひとまず何があったか教えると、椎葉さんはビクッと震えてますます顔を赤くしてうずくまってしまい、アカギは呆れたような眼をオレに向けてきた。
アカギとしては、椎葉さんが単に恥ずかしがっているだけならとやかく言うつもりはないみたいだ。
「アカギ、お前も気をつけておいてくれよ?一応、椎葉さんにはお守りを渡したからいざとなったらオレが駆けつけるけどさ」
「ふん。そこまでは面倒みきれんな。だいたい、あっちにだってあっちの用事がある。いつでもお守りなんぞできるか」
アカギはカラスのアルプだ。
鳥類のアルプは契約者の魔女を見ていることが多いと先生に聞いたことがあるから、アカギにも椎葉さんの護衛を頼んだのだが、アカギはそこまでする気はないらしい。
オレの傍から椎葉さんを引き離そうとしたときや、ついさっき椎葉さんを泣かせてしまったときを見るに、椎葉さんのことを結構大事にしているようには見えるのだが。
まあ、椎葉さんと会ってしばらくしてからアカギがやってきたのだから、アカギにも外せない用事があるのは本当なのだろう。
(因幡さんに魔法をかけた魔女と契約していたのがアカギだったのなら、アカギが椎葉さんの傍から離れていたのはそれが原因か?)
初対面でのオレへの態度や、今の椎葉さんへのぞんざいな言い方など、ところどころで印象の悪いアカギだが、アカギに付いていた残穢から因幡さんに魔法をかけた魔女と契約していた可能性が高い。
そうなると、あれほどのプラスの感情がこもった魔法に関わったアカギも悪いアルプではないということで、疑ったことへの負い目もあってなんとなく憎めない。
もしかしたら、アカギの言う外せない用事というのはその魔女に関わることかもしれないし。
(まあ、椎葉さんのいるところで聞くようなことじゃないか。アカギも素直に答えてくれるかわからないし)
因幡さんの友達だったという魔女のことは気になるが、さっき綾地さんのことを軽く話しただけで椎葉さんをだいぶ混乱させてしまったばかりだ。
それに、一方的に事情に感づいているオレと違って、アカギからすればオレは先生の弟子というだけで信頼できるような存在ではないだろう。
ならば、ここでその話をしたところでいいことはない。
・・・いや、そういえばアカギには言っておくべきことがあったか。
「そういえばアカギ。お前は相馬七緒っていうアルプを知ってるか?」
「なぜ小僧が七緒のことを・・・いや、そうか。お前が縛りを結んだ魔女と契約していたのが七緒か。姫松はアイツの縄張りだからな」
相馬さんがアカギのことを知っていたように、2人は知り合いのようだ。
ただ、アカギは眉をしかめて嫌そうな顔をしているし、思い返せばアカギの名前を出したときの相馬さんも微妙な反応をしていた。
仲がいいというワケではなさそうだが・・・まあ、それはそれとして昨日名前を出したことは言っておいた方がいいだろう。
相馬さん経由で後から伝わったらオレへの態度がますます硬くなりそうだし。
「ああ。お前の思ってるとおり、昨日会った魔女と契約していたアルプが相馬さんだったんだけど、オレが他のアルプと付き合いがあるのに気が付いていたみたいだから、お前の名前を出したんだ。そのことは言っておこうと思って」
「なんだと?七緒に?・・・一応聞いておくが、七緒以外のアルプにはバレていないだろうな?」
「ああ。それは大丈夫。オレが会ったことのあるアルプはお前と相馬さんだけだ」
「そうか・・・むぅ、小僧と契約しているのがバレたか・・・しかし、七緒とは。いけ好かない猫だが、みだりに言いふらすようなヤツではないか」
『せっかく七緒を出し抜いて先に人間になってやろうとしたのに』と何ごとかをブツブツと呟いて気に食わない様子だが、相馬さんの口が硬いのは信用しているようだ。
「名前を勝手に出したのは悪かったよ。でも、お前と相馬さんって何かあったのか?ずいぶん仲が悪そうだけど」
「なにかあったのか、じゃと!?ありもありの大ありじゃ!!あっちがこの姿になれるようになったばかりのころ、あの猫に膝を逆方向に折り曲げられてクドクドと説教をされたのじゃぞ!!ちょっとくらい先にアルプになっただけで偉そうに!!」
「ああ、そういや一昨日そんなこと言ってたな。でも、膝を逆に折り曲げるって、そんな暴力的なことを相馬さんがするのか?」
「されたから言っておるのじゃ!!人間で言うところの、正座じゃったか?カラスのあっちには拷問と変わらん!!」
「なるほど、そういうことか・・・」
年若いアルプに人間の常識を教えるのは先輩となるアルプの仕事らしい。
その慣習に従って、アカギも相馬さんに色々と教わったのだろうが、アカギの性格上お説教にならざるを得なかったのだろう。
考えてみれば、アカギは鳥類だったのだから、正座するとなれば膝を鳥だった頃では曲がらないところまで折り曲げることとなる。
アカギからすれば、まあ拷問と言えるかもしれない。
あまり同情する気にはなれないけど。
「まあ、七緒のことはもういい。だが小僧。七緒以外のアルプにはお前がアルプに心の力を渡せることは絶対に言うなよ?」
「ああ、わかってるよ。オレは誰が相手でも早々負けないけど、周りの人は違うからな。余計な敵は作らないようにするさ。相馬さんの場合は、魔女の代償を肩代わりしてればそのうちバレるし、相馬さんも気が付いていたみたいだから言っただけだよ。相馬さん、姫松の周りにいるアルプとも付き合いがあるらしいし」
「ふん!!それは七緒が調子に乗って顔役だと勝手に思っているだけだ。いらぬ苦労を自分から背負うなどバカなヤツじゃ」
オレがアカギの名前を相馬さんに教えたのは、相馬さんが周辺にいるアルプと繋がりがあり、彼らからオレのことを聞いていなかったことから、『遠方のアルプと付き合いがあるのでは?』ということに気付いていたからだ。
綾地さんに椎葉さんのことを教えなかったように、本来ならアカギの了承を得ていないのに勝手に名前を出すのはマナー違反だが、相馬さんならアルプどうしの情報網を辿ってそのうちバレそうだからこちらからリークしたのである。
さすがに椎葉さんと綾地さん以外の魔女と縛りを結ぶことはないだろうが、この先他のアルプと会っても易々とこちらの情報を教えるつもりはない。
条件付きとはいえ、心の欠片を作れる上にアルプに必要な感情のエネルギーを流し込めることが知れ渡れば、短絡的な行動に出る魔女やアルプが出るかもしれない。
・・・まあ、そのことに思い至ったのは椎葉さんにさっき言われたときだったけど。
「ところで、小僧。紬からプラスの感情とやらはたっぷりもらったじゃろう?さっさと分け前を寄越すのじゃ!!」
「ん?ああ、そうだな・・・椎葉さん、悪いんだけど、一旦着替えてもらってもいい?そのままだと代償の肩代わりができなくなるかもしれないから」
「え?あ、うん!!すぐ着替えてくるね!!」
アカギから催促され、オレはアカギへの感情の受け渡しと、椎葉さんへの心の欠片を作ることにした。
万が一のために、椎葉さんには元の男装に戻ってもらうことにする。
恥ずかしさに悶えていた椎葉さんも落ち着き始めていたのか、声をかけるとすぐに帳に向かって走り、着替えに行ってくれた。
「じゃあ、椎葉さんが戻ってきてからな」
「なんじゃ、すぐにはできんのか」
「術式反転は高等技能なんだよ。ただでさえ難しい反転術式を使わないとできない。椎葉さんの肩代わりをしている最中だと、途中で代償がいきなり椎葉さんに戻っちゃうかもしれないんだ」
先生が言っていたが、反転術式は呪術師の中でも上澄みにしか使えない難易度の高い呪力操作だ。
術式反転はその反転術式を使わないと成立しない、さらなる高等技能。
先生も、使えるのは1人しか知らないと言っていた。
『私も、術式反転が使えるようになったのは一度死んで・・・いや、死にかけたときからだね』とのことだ。
それもあって、椎葉さんの代償を肩代わりしながら行うのは危ないと判断したのである。
「術式反転だの反転術式だのなんでそんなややこしい名前なんじゃ。どっちがどっちだかよくわからん」
「・・・まあ、それはオレもそう思う」
オレも先生から初めて聞いたときには混乱したものだ。
「反転術式っていうのは、マイナスのエネルギーである呪力を反転させる術式だから反転術式。術式反転は術式を反転させるから術式反転って言うんだけど、まあ、言われればわかるけど正直覚えにくいとは思う。でも、反転術式はすごい便利なんだぞ。骨が折れようが内臓を吹き飛ばされようが、失血死寸前でも反転術式があれば治せるからな」
「小僧、お前・・・そんな目に遭うことがあったのか?」
「まあ一応。先生との訓練のときにな。一応言っておくけど、オレがそうなることを覚悟した上でのことだぞ?」
「むぅ・・・」
オレがそう言うと、アカギがドン引きしたような眼をしていたが、事実なのだからしょうがない。
先生と出会った頃、訓練では重傷を負わせないという縛りを結んでいたが、オレが呪術師として成長し、一時的とはいえ反転術式を使えるようになってからは両者合意の上で縛りを破棄。
『相手を殺さない。お互いの呪霊を祓わない』ことのみを縛りとして訓練をするようになったのだが、まあ、何度も比喩表現なしで死にかけた。
おかげで、オレは反転術式に関してはかなりの練度を積めたので、よほどのことがなければ死なないという自負がある。
とはいえ、オレも先生に何度か手傷を負わせることはできたが、殺しかけるところまではいけなかったし、今戦ったとしてもやはりオレでは勝てないだろう。
プラスの呪力の乗せた反転グラニテブラストを解禁すればわからないが、それは縛りに抵触してしまう。
もっとも、先生も呪霊を祓わないという縛りのせいでオレの手持ちを倒せないからお互い様ではあるけど。
「・・・傷を治すチカラか」
「ん?」
先生との戦いのことを考えていると、アカギがポツリと呟いた。
見れば、アカギはどこか遠い眼をしていて、何事かを考えているようだった。
そして。
「なあ、小僧。その反転術式とやらは、どんな傷でも治せるのか?」
「何でも治せるってワケじゃないな。当然だけど死んだ人間を生き返らせることはできないし、病気や毒の解毒も難しい。でも、それ以外なら人体の知識があれば大体いけるんじゃないか?あと、怪我だけじゃなくて、かかっている呪いを中和することもできるな」
反転術式は高度な呪力操作を要求される上に呪力消費が2倍になるが、その見返りはとても大きい。
まず、それが普通の怪我なら欠損レベルの大怪我でも治せる。
病気の治療や毒物の解毒は難しいが、それもその毒物や医学の知識があって、どうやって毒を分解するのかわかっていればできないこともないらしい。
まあ、オレには無理だが。
そして、反転術式のもっとも特異な点はプラスの呪力ともいうべきエネルギーを生成できることであり、このプラスの呪力はマイナスのエネルギーである呪力を中和できる。
この中和という現象が強力であり、呪力と極めて近い性質を持つ呪霊に対して特効を持つのだ。
また、呪力で構成、操作されたモノを打ち消すこともできる。
もっとも、反転術式は消費が大きいので、単純に相手の呪術による攻撃を防御したいなら他の方法を使った方が安上がりなことが多いのだけど。
なお、反転術式は普通は自分にしか使えないらしく、先生もそうなのだが、オレは術式の関係か、他人にも反転術式のアウトプットができる。
出力は自分に使うときよりも若干落ちるが、それでも先生曰く『柊史の反転術式は、硝子・・・いや、私が知る反転術式のアウトプットができる術師よりも出力が上だね。術式のおかげかな?』とのことだった。
将来医者になれば名医になれるだろうが、オレは病院が嫌いなのでその道を選ぶ気はないが。
「呪いを中和する?それなら、もしや・・・」
「アカギ?さっきからどうしたんだよお前?」
急に反転術式のことを聞いてきたので答えたが、さらに考え込むアカギ。
オレの中でアカギは常に口やかましい印象なので、そうやって静かに考えにふけっていると違和感がある。
だが、反転術式のことを知って何を考えているのだろう。
「小僧。お前のそのチカラがあれば、代償で失われた・・・」
そうして、アカギが何かを言いかけたときだった。
「保科君!!アカギ!!お待たせ!!」
「あ、椎葉さん」
「っ!!」
帳の中から、男物のブレザーに身を包んだ椎葉さんが走り寄ってきた。
「ん?お前、何か言いかけてなかったか?」
「・・・いや、別に。なんでもないのじゃ」
「まあ、お前がいいならオレは構わないけど・・・」
椎葉さんが声をかけてきたときから口をつぐんだアカギだったが、もう話す気はなくなったようだ。
何を話すつもりだったかわからないが、かなり真剣に悩んでいたようだし、話さなくてよかったのか気になったが、アカギがそれでいいというならオレから言うことはない。
「保科君?アカギ?どうかした?」
「ふん。なんでもない。お前が来るのが遅いと思っておっただけじゃ。ほれ小僧。紬が着替えてきたのだから、もういいじゃろう?」
「・・・ああ」
アカギが言いかけたことは、椎葉さんのいる前では都合の悪いことだったのだろうか?
少なくとも、椎葉さんは知らなそうだが・・・まあ、オレはオレの仕事をするとしよう。
「じゃあ、アカギ。手を出せ」
「うむ」
「・・・・・」
オレに対して思うところのありそうなアカギだが、メリットがあるとなれば握手をするのに抵抗はないみたいだ。
オレはアカギの小さな手を握り、椎葉さんからもらったプラスの感情を使って呪力を反転させ、己の術式に流す。
そのまま、握った手を介してアカギの中に感情のエネルギーを流し込んだ。
「おお、これは、なんとも・・・!!」
「? なんだ?なにかマズいことでもあったか?」
「いや、問題ない。むしろ、気分がいいと言うべきか?ふむ、最近の人間風に言うと、『てんしょんが上がる』というヤツかの?」
「あ~、まあ、元になったのがプラスの感情だからな。それはあるのかも」
「・・・・・」
マイナスの感情を流した場合悪影響があるかもしれないので、オレがアカギに流しているのはプラスの感情だ。
だが考えてみれば、魔女の代償というのは魔女に精神的な嫌がらせを行って感情を吐き出させるようなものであり、相馬さんもアカギも受け取っているのはマイナスの感情のはず。
プラスの感情を受け取ったことで、なにか良い影響があったのかもしれない。
オレといるときはツンケンしているアカギも、今はウキウキとした様子で、オレへの態度も幾分か素直だ。
普段からこんな感じなら、オレもやりやすいのだが。
アカギの手を握りながらそんな風に思っていたときだった。
--ピリッ!!
(ん?なんかピリッとした痛みが・・・?)
突然、静電気でも流れたような痛みが走った。
その直後。
「ね、ねぇ。保科君。感情を流すときって、どうしても手を繋がなきゃいけないの?」
「え?」
さっきから黙ってオレとアカギを見つめていた椎葉さんが、そんなことを言ってきた。
そういえば、言ってなかったか。
「できなくはないけど、効率が落ちるんだよ。プラスの感情は貴重だから、ロスは減らしたいんだ。オレの術式は相手との距離が近ければ近いほど効果が大きくなるからさ」
「そ、そうだったの!?なんでそれを教えてくれないの!?」
「えっ?ど、どうしたの椎葉さん?」
オレの術式は、相手との距離が近いほど効果が大きく、吸える感情も渡せる感情の量も増える。
なお、マイナスの感情については感度がいいからか、ある程度の距離に近づけばそれ以上近づいてもそれほど変わりはないので、これは主にプラスの感情の話になる。
だから今、プラスの感情については勿体ないと思ったのと、相手が子供の姿をしたアカギというのもあって手を繋いで術式反転を使ったのだ。
だが、どういうわけか椎葉さんはそれを教えなかったことを怒っているようだった。
「だって、それがわかっていればワタシも保科君と手を・・・じゃなくて!!もっと保科君にプラスの感情を渡せたってことでしょ?」
「それはそうだけど・・・でも、いいの?」
「? 何が?」
確かに椎葉さんの言うとおり、椎葉さんと距離を縮めて術式を使えばより多くの感情を吸収することはできる。
だがそれには・・・
「いや、それだと、オレと手を繋ぐとか、すごい近づかなきゃいけないよ?椎葉さんはそれでもいいのかなって」
その場合、オレと手を繋ぐ。ないしは超至近距離にまで近づく必要がある。
恋人でもない男を相手にそこまでするのは椎葉さんも嫌だろうと思っていたから黙っていたのである。
ただでさえ、オレと椎葉さんの初対面はゲロをかけた加害者と被害者という関係だったり、椎葉さんを男と疑って怒らせたりとで、あまりいいものではなかったのだから。
そう思って、オレはやんわりと椎葉さんに警告を出したのだが。
「・・・・・」
「し、椎葉さん?」
椎葉さんの顔が険しくなっていた。
まさに『ムッ』としたような顔で、怒っているように見える。
一体どうしたと言うのだろう。
そんな風にオレが動揺しているうちに、椎葉さんはツカツカとオレが座るベンチにまで近づいてきて・・・
「こ、これでどう!?」
「し、椎葉さん!?」
アカギとはオレを挟んで反対方向になるように座った椎葉さんが、アカギとは繋いでいない空いた手を掴み取った。
その顔はさっきのように、いや、さっきよりも真っ赤で、繋いだ手は少し震えている。
だが、それでも椎葉さんから嫌がっているような感情は一切伝わってこなかった。
代わりに感じるのは、身体がかゆくなるような羞恥心と、ほんの少しだけピリピリする怒り。
そして、身体の芯から温まるようなオレへの思いやりの気持ちだった。
「ワタシ、前にも言ったよね?『保科君と一緒にいて、嫌だとか気持ち悪いなんて思わない』って。だから、こうやって保科君と手を繋ぐくらい、ぜ、全然平気なんだからね!?わかった!?」
「は、はい・・・」
全然平気と言いつつも声が震えているが、それはオレも同じだった。
なにせ、椎葉さんと手が触れただけで頭が真っ白になってしまったのだ。
心臓が痛いほど鼓動を刻んでいて、比喩ではなく口から飛び出してしまいそうだと思ってしまう。
(や、ヤバい!?手汗が!?)
あまりにも突然に訪れた緊急事態に緊張して、手汗が滲み始めたのがすぐにわかった。
「ご、ごめん椎葉さん!!オレ、汗が・・・」
「手を離さないで!!」
椎葉さんを不快にさせたくなくて、オレは手を離そうとしたのだが、強い口調で止められるとともにギュッと手を握りしめられた。
「え、でも、オレ、汗が出てるし・・・」
「そ、そんなのワタシだって同じだよ!!」
顔を真っ赤にしたままの椎葉さんが叫ぶようにそう言った。
女の子らしくあることを是とする椎葉さんにとって、汗をかいたことを声高に叫ぶなど不本意極まりないことだろう。
それでも、そんなことをしてでも、椎葉さんはオレと繋いだ手を離そうとしなかった。
「でも、それでも・・・今手を離すのは、嫌だよ」
「椎葉さん・・・」
手を握りしめる力は強く、かるく痛いぐらいだ。
けど、そんなことは気にならなかった。
椎葉さんから伝わってくる温かい感情がオレを満たしてくれているからだ。
その温もりが、すべての痛みを洗い流してくれるかのようで。
そして同時に、椎葉さんからだけでなく、オレの中からも何かが湧き上がってくるような感覚があった。
それが何なのか知りたくて、オレもまた、椎葉さんの手を握る手に力を込めて・・・
「おいお前たち・・・あっちがいることを忘れておらぬかえ?」
オレの隣から、呆れたような、少し怒っているような声が聞こえてきた。
「あ、アカギ・・・そ、そっか、アカギもいたんだよね」
「スマン。ちょっと意識から外れてた」
「お前たち・・・というか、小僧!!心の力が流れてくるのが止まったぞ!!どういうことなのじゃ!!」
「ああ。術式反転と順転は同時に使うのが難しいんだ。椎葉さんからプラスの感情を受け取るので切り替わっちゃったな」
どうやら、知らない間に術式を順転に切り替えていたらしい。
術式反転自体が超高度な技術だが、順転と反転の両方を使うのはとてつもなく難易度が高いのだ。
それで、アカギに使っていた術式反転を中断してしまっていたみたいだ。
まあ、先生によると順転と反転を掛け合わせて都市を一撃で滅ぼせるほどの威力の攻撃ができる術師もいるみたいだけど。
「っていうか、お前には結構感情のエネルギーを流したと思うんだが」
「そ、そうだよアカギ!!手を繋いでる時間が長過ぎだよ!!」
「紬もさっきから小僧と手を繋いでおるじゃろうが!!」
「こ、これは・・・か、感情を渡すためだもん!!アカギに感情のエネルギーを流すためにも、溜めなきゃいけないでしょ!?」
両隣からオレを挟んで言い合う椎葉さんとアカギ。
だが、その間も椎葉さんからは感情が流れ込んできて、満たされていくのを感じる。
そして。
「あ、埋まった」
「保科君?」
「む?」
一瞬、術式が中断された。
オレの心の穴が満たされたのだ。
しかし。
「これは・・・すごいな。プラスの感情で埋まったのは初めてだ」
オレの人生の中でも、プラスの感情で心の穴が満たされたのは初めてのことであった。
オレの中で、温かいチカラが喜ぶように駆け巡るのがわかる。
恐ろしいほどの全能感・・・かつて先生との訓練の最中に黒閃を出したときに匹敵するほど自分がハイになっていく。
今ならば・・・
「椎葉さん。椎葉さんにも心の欠片を渡さないといけないよね」
「え、うん・・・でも、そんなに無理をしなくても」
「いいや。今は、オレが欠片を作りたい気分なんだ。オレの心を満たしてくれた椎葉さんに、お礼をしたくて溜まらないんだよ」
「そ、そうなの?」
「小僧がこう言っているのならいいではないか、紬。もらえるモノはもらっておけ」
「もう、アカギ!!そうやって図々しいのはよくないよ!!」
再び椎葉さんとアカギが言い合うのを尻目に、オレは2人から手を離し、集中した。
術式反転を使うのにはかなりの集中力を要するのだが、今は簡単にできている。
(なんだろう?黒閃を決めたワケでもないのに、プラスの呪力の操作精度と出力が上がってる?)
どういうわけか、プラスの呪力の出力と操作性、いわば反転術式の精度が上がっていた。
確かに、ここ最近は椎葉さんと会っていたから反転術式を使う機会も増えていたが、今になってその成果が出たのだろうか?
まるで、プラスの呪力を流す回路が整備されたような、細かった線が太く丈夫になったような感覚がするが・・・まあ、今はそれすらどうでもいい。
それよりも。
(今なら、椎葉さんにとびっきりの心の欠片を作ってあげられそうな気がする!!)
前に渡した欠片は、とても小粒だった。
術式反転は難易度が高いためにまだオレも上手くできているとは言えないからしょうがないと言えばしょうがないが、それでもオレの中にある椎葉さんへの感謝がこれっぽっちだと見せつけられたようで、実は悔しかったのだ。
だが今ならば、一昨日よりもずっと大きな感謝を伝えられそうだった。
「おお?これは・・・?」
「アカギ?何かわかるの?」
「うむ。小僧から温かい何かが溢れておる。さっきあっちに流れ込んできた心の力と似ているが、それよりもずっと濃い」
アカギがオレの方を見て何か言っているが、集中しているオレの耳には入らない。
そして。
「術式反転」
「ひゃっ!?」
「むおっ!?」
カッ!!と眩いほどの光がオレの手溢れた。
椎葉さんとアカギが思わずと言うように小さく悲鳴を上げる。
そして、光が収まると・・・
「・・・できた!!」
オレの掌には、ピンポン球くらいの大粒の欠片が乗っていた。
ここまで大きいなら、欠片ではなく塊と言っていいかもしれない。
「はい、椎葉さん」
「え、ええ!?一昨日よりもすごい大きくなってない!?」
「むぅ・・・ここまで大きい欠片はあっちも見たことがないのじゃ」
椎葉さんにできた欠片を渡すと、椎葉さんもアカギもその大きさに驚いていた。
「こ、こんなに大きいの、本当にもらっていいの?」
「うん。もらってよ。これは、オレからの感謝の気持ちなんだから」
「・・・もう。感謝してるのはワタシの方なのに」
「紬!!紬!!なにをしておる!!こんな大物、小僧の気が変わらないうちにもらってしまえ!!」
「いろいろ台無しだよ、アカギ・・・」
ため息をつきながらも、椎葉さんは欠片の入った瓶を取り出した。
「それじゃあ、保科君。これ、もらうね?」
「うん、どうぞ」
椎葉さんが瓶の蓋を開けて欠片に近づけると、欠片は吸い込まれるように瓶に収まった。
すると、瓶のカサが目に見えて増す。
「わぁっ!!こんなに中身が増えたの初めてだよ・・・保科君、本当にありがとう!!」
「いや、オレがしたくてやったことだからね。でも、うん、どういたしまして」
椎葉さんから、またも溢れんばかりの感謝の感情が伝わってくる。
・・・実はさっきの欠片を作るときにプラスの感情をすべて吐き出してしまったため、軽く飢餓の気配がしていたのだが、それがじんわりと薄まっていく。
「ふぅ・・・少し疲れたかも」
反転術式および術式反転は繊細な呪力操作が要求される。
さっきは何故だかハイになっていたが、今はその反動のようにどっと疲れが出てきていた。
欠片を渡せたことで気が緩んだのもあって、オレは力を抜いて、ベンチにもたれかかった。
「ほ、保科君大丈夫!?」
「ああ、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。ちょっと疲れただけだから」
心配そうな椎葉さんに、オレは手を振って応える。
実際は少しキツイが、せっかく一仕事したのだから最後まで格好つけたかったのである。
「これほど大きな欠片が手に入るのなら・・・よし紬!!小僧とさっさと手を繋げ!!小僧も早く次の欠片を作るのじゃ!!」
そんな気も知らず、アカギは現金なことに椎葉さんにオレと手を繋ぐように言ってきた。
・・・格好つけといてアレだが、さすがに二連チャンであれほどの欠片を作るのはかなり厳しいな。
オレの内心を知ってか知らずか、椎葉さんはオレを庇うように立ち上がって、アカギに詰め寄った。
「アカギ!!保科君は今すごい疲れてるでしょ!!そんなに急かしちゃダメ!!」
「だが紬!!さっきくらいの欠片が毎日手に入るのなら、お前が魔女でなくなる日は遠くないぞ?そうなれば、小僧に頼らずとも好きなだけ雌の格好ができるではないか!」
「「っ!!」」
その瞬間、オレと椎葉さんの動きが止まった。
「・・・そ、それでもダメだよ。保科君。さっきみたいに大きな欠片を作るのって、すごく疲れるんだよね?」
「う、うん」
ややあって、椎葉さんが少し震える声でそう言った。
オレも、反射的に椎葉さんに追従する。
・・・すごく、というほどでもないが、さきほどのような欠片を作るのには相当量のプラスの感情と集中力がいるのは確かだ。
最後まで格好を付けたいのなら、ここでは『そんなことないよ。余裕余裕』と言うべきなのだろうが、オレにはそのように言うことはできなかった。
オレの中で、何かがそのように振る舞うことを許さなかったのだ。
(・・・オレと椎葉さんの縛りは、椎葉さんが魔女でなくなった時点で終わりだ。心の欠片を渡すことは、それだけ早く椎葉さんを魔女の代償から解放してあげることができるってことだけど、でも)
椎葉さんが魔女でなくなることは、祝福すべきことだ。
そして、そのときがいつか来ることはオレもわかってはいた。
遠隔で術式を使えるようにすることを考えたのも、ゆくゆくはそうなると分かっていたからこそ、それに対する心構えのためでもあったのだから。
だが、そのときが早まるとなると、素直に喜べなかった。
(・・・今のオレには、綾地さんもいる。椎葉さんとの関係が終わったところで、プラスの感情の供給にはしばらく困らない。でも、それで椎葉さんと関わる理由がなくなるのは、嫌だな)
自分でも女々しい考えだと思う。
しかし、それを抑えることはできなかった。
そして、それは恐らく。
「だ、だったらやっぱり催促するのはよくないよ!!欠片をもらうにしても、あんなに大きな欠片は作らなくてもいいからね、保科君!!」
「わ、わかったよ」
どこか焦ったように、少し早口でそう言ってくる椎葉さん。
伝わってくる感情も、焦りがほとんどで・・・少しの悲しみや寂しさも混ざっている。
もしかしたら、もしかしたらだが、椎葉さんもオレとの関係が終わることを遅らせたいのだろうか?
・・・オレの希望的観測も込みの予想に過ぎないけども。
「ふん。なんじゃ、ぬか喜びをさせおって。そんなに疲れるというのか?」
「もう、アカギってば!!そんな言い方しちゃダメでしょ!!・・・保科君も、アカギの言うことは聞かなくていいからね?今の保科君、本当にちょっと顔色が悪いよ?」
アカギの言い方が言い方なので、お説教のように叱る椎葉さん。
さっきからずっとこんな感じだが、見ているとアカギの方がアルプで年上のはずなのに椎葉さんの方がお母さんのようだ。
しかし、椎葉さんからはオレを心配するような感情も伝わってくるので、本当にオレの顔色は悪いのだろう。
欠片を一気に吐き出したことや、それで飢餓感が多少あるのも関係しているのかもしれない。
「う~ん、オレとしてはそこまでヤバい感じはしないんだけどなぁ」
「ワタシからは、結構調子が悪そうに見えるよ?・・・えっと、反転術式って身体の悪いところも治せるんだよね?ワタシがもう一度感謝の気持ちを送ればよくなるかな?」
「え、いいの?」
「当たり前だよ!!ワタシのせいでこうなってるって言ってもいいくらいなんだから!!ほら保科君、手を出して!!」
「う、うん」
一日に何度も感謝の気持ちをもらうのは悪い気がしたのだが、一気に怒り気味になった椎葉さんを見て、素直に言うことを聞くことにした。
そうして、オレは椎葉さんが差し出した手に向かって己の手を伸ばそうとして。
『保科君・・・!!』
「っ!?」
--保科柊史は綾地寧々から合図を受け取った場合、対応できる際には必ず肩代わりを行わなければいけない。
「保科君?」
「む?」
綾地さんの声が聞こえたと思った瞬間、オレの心臓がドクンと脈打ったのがわかった。
なんか最近脳への連続破壊攻撃を受けてるので、脳を回復させるためにもガチで評価とか感想お願いします!!
皆さんの応援で私の挫けそうな心と脳をさせていただければ幸いでございます・・・
二次創作書いてる身で言うのはあれですが、本当になんでよそ様の作品のキャラでアレな感じのイラストやらを作品名検索しただけでわかる場所に置くかなぁ。
pixivの方もブクマやいいねお願いします!!
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24821478
X(旧twitter)での読んだ報告もお待ちしております!!
この作品をご存じでしょうか?①ダークギャザリング、②死印、③東方Project
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すべて知っている
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①と②を知ってる
-
①と③を知ってる
-
②と③を知ってる
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①だけ知ってる
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②だけ知ってる
-
③だけ知ってる
-
すべて知らない