女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話   作:二本角

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このたびは本作を多くの人が読み、評価していただき誠にありがとうございました。
串かつ様、Nanahosi様、ドッペルドッペル様 蝋燭様 待雪草0様 sspelform様 音速サウナ様 しばし様。 AYT様、そして本作を投稿してから評価をしてくださっている方がたすべてに深くお礼申し上げます。
おかげで、総合ランキング12位にまで本作が昇ることができました。
本当にお礼を申し上げます。


また、DX鶏がらスープ様に14話のラストのシーンイラストを描いていただきました!!
今話と14話。そしてあらすじの方にURLを添付しますので、是非ご覧になってください!!
https://www.pixiv.net/artworks/130744668


そして、今回のお話はややきわどい描写とグロい描写、そしてキャラ崩壊?が含まれます。
本作の椎葉さんはこんな感じでいきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

R7年6月9日 ミスティ様にこのお話の椎葉さんのイラストを描いていただきました!!!
https://www.pixiv.net/artworks/131364491


椎葉紬の愛と猛毒

「明日は、何を作っていこうかな・・・」

 

 放課後。

 寧々は、商店街を歩きながら食材の吟味をしていた。

 一人暮らしをしている寧々にとって、食材や日用品の買い出しはルーチンワークだが、今日はいつもよりも少しテンションが高い。

 だから、珍しく独り言を呟いてしまっていることにも自覚がなかった。

 そして、どうして寧々の機嫌がいいのかと言えば。

 

「保科君、とても美味しそうに食べてくれてましたけど、好物を聞いておけばよかったですね・・・」

 

 その日の昼休み、オカ研で寧々が用意した弁当を柊史に振る舞った際、柊史からの反応がとても好意的だったからだ。

 いたく感心したように目を輝かせながら箸を動かしていた柊史曰く『すごい美味しい!!』とか、『オレも料理はするけどレベルが違う』とか。

 寧々の主観でしかないが、柊史はあまり派手な褒め言葉やお世辞は言わないタイプだと思っている。

 それはそれまで柊史のことをそれとなく観察していたときの印象でもあったが、柊史の術式のことを聞いてまず間違いないという確信に変わっている。

 人間、心にもないお世辞を言っても逆に反感を買うものだ。

 あの術式を持つ柊史が進んで悪感情を買うようなことをするはずがない。

 もしもどうしても褒め言葉を言わねばならない状況になったのなら、もっと当たり障りのない言葉を選ぶだろう。

 それが分かっているからこそ、昼休みの柊史の反応は本心であったとわかるのである。

 まあ、柊史が小声で呟いていた『これは、椎葉さんと同レベルだな』とか、『このお弁当もらったのが他の男子にバレたら袋だたきだな』といった台詞は聞き取れていなかったが。

 ともかく。もともと手料理を誰かに美味しく食べてもらえるというのは誰であっても嬉しいことだが、これまで危ないところを度々助けてもらい、この先もいたくお世話になる柊史にはまだまだお礼をし足りないと思っている寧々にとっては大いにいろいろなモノが満たされる一時だったのである。

 これが柊史に空いているという心の穴を埋める一助になればいいと心から思った。

 唯一心残りなのは、もっと喜んでもらうために柊史の好物を聞いておかなかったことくらいだ。

「~~♪」

 

 軽く鼻唄を歌いながら、歩く寧々。

 見目麗しい上に本人は気付いていないが歌の上手い寧々がそうして歩いていると、すれ違う通行人が老若男女関係なく・・・特に男性は100%振り返る。

 

(? 今日は、なぜかいつもより視線を感じるような?)

 

 もっとも、自身の容姿や声の美しさにも自覚のない寧々はその理由にも気付いていないが。

 柊史がいれば、紬にそうしたように『綾地さんはもっと自分の魅力に自覚を持った方がいい』と説教をしていただろう。

 しかし、その人目の引きやすさに反して、寧々はあまり大勢に注目されるのは得意ではない。

 元より、本人の気質として静かなところが好きなのもそうだが、今は非常に厄介な代償を抱えているから尚更だ。

 代償を柊史が何とかしてくれているような気はしていたが、それはあくまで学院内の話。

 学外では依然としてその厄介さは健在であり、むしろ学院内が安全圏となったことで学外に出る不安や恐怖が大きくなったような気すらしていた。

 ここ最近は代償が突然起きるのを恐れて、こういった買い出しに出るときも人目に付かないように時間帯を変えたり、地味目の服装に着替えたりといった努力を重ねていたのだが、それでも尚目を引く容姿のために大なり小なり注目を集めるのは避けられず、そんなときは逃げるようにその場を去るしかなかった。

 だが、今日からはそんな心配をする必要もない。

 

(今の私には、保科君がついていますから!!)

 

 その自信の理由は、その手の中にあるベースのキーホルダー。

 今まで自分を救ってくれた実績のある柊史がくれた、インチキでも気休めでもない本物の効果のあるお守りである。

 ・・・実のところ、このお守りを最初に渡されたとき、寧々に使うつもりはそこまでなかった。

 ただでさえ迷惑をかけてばかりだというのに、自分がいないところでまで己の代償を背負わせるなど、申し訳なさしか感じない。

 だが、当の柊史は『気にしないで欲しい。いや、むしろこっちが実験に付き合わせてしまっているようなモノだからこっちの方こそ申し訳ないくらい』と、頭を下げてくるほどで、『使ってくれなきゃ渡した意味がないから、オレを助けると思って困ったら使って欲しい』と頼み込んできたのだ。

 寧々としては、柊史からそのように頼まれると弱い。

 『あんなに頼まれたのに使わないのもどうなんだろう?逆に保科君に悪いでしょうか?』と思ったのである。

 なお柊史にとって、寧々に渡したお守りは言葉通り試作品であり、術式の遠隔発動実験のためのもので、将来的に改良版を作るにせよ寧々に使ってもらわなければ話にならないが故の懇願であった・・・その胸の内には寧々の代償によるトラブルへの懸念と心配も含まれていたが。

 なんにせよ、その時点では両者のメリットが一致していたのだ。

 そのため、寧々は柊史からの贈り物ということもあって、昨日からことあるごとに代償に備えてキーホルダーを取り出しては握りしめたり、ハンカチで磨いていたりしていたりする。

 そうしているうちに、これまでのように柊史が自分を守ってくれているように思えてきて、外を歩くのに不安や恐怖がなくなって今に至っているというワケだ。

 そんな風に自信満々で雰囲気が明るくなっているのも人目を引きつける要因になっているのだが、やはり寧々が気付くことはなかった。

 

「保科君、今日はすぐにお弁当を食べちゃいましたし、もう少し量を増やした方がいいでしょうか。お肉とお魚ならどっちが好きかな・・・」

 

 柊史は食べ盛りの男子だ。

 今日も、昼時という一番食欲のあるタイミングで寧々お手製の美味しいお弁当を出されたために、それそれはいい食べっぷりを披露していた。

 弁当の中には塩鮭や唐揚げといった定番のおかずを入れていたのだが、どちらもあっという間になくなってしまったので、どちらが好みなのかはわからない。

 しかし、量を増やすことは確定だ。

 そう思いながら、ひとまず商店街の肉屋に向かって歩こうとしたときだ。

 

 

--ドクンッ!!

 

 

「っ!?」

 

 突如、下腹部から燃え上がるような熱を感じるとともに、身体のすべての血管が脈動したかのように大きく心臓が鼓動した。

 

「あ、うぅ・・・」

 

 それまで平静だったにも関わらず、一瞬で熱に浮かされたように視界が揺らぎ、思考がぼやける。

 

(代償・・・今)

 

 対象を強制的に発情させる寧々の代償。

 夕方の商店街というもっとも人通りの多いタイミングを見計らったかのように、それはやってきた。

 

(今日の・・・大きい)

 

 紬の代償がどれほど女の子らしいことをするかで増減するように、寧々の代償にも多少の波がある。

 なんとか我慢できるものから、初めて柊史が意識したときのように立っていることが辛くなるほどのものまで。

 もっとも、波があったとしてもコントロールはできず、小さいものでもキツイことに変わりはないのだが。

 そして、今襲ってきた代償は、これまででも五指に入るほどに大きいものだった。

 

「ほ、ほしな、くん・・・」

 

 当初、寧々は代償が始まったときは柊史に連絡してから肩代わりをしてもらうつもりだった。

 だが、今は代償が大きすぎてその場で立っているのが限界だ。

 

「ちょ、ちょっと、君?大丈夫か?」

「おい、あの子マズいんじゃね?」

 

 もともと人目を引いていた寧々が、顔を赤くして息を荒げ、脂汗をかいて心ここにあらずといった状況に陥ったことで、周囲の人間がまずます寧々に注意を向けた。

 その中には善意かはたまた艶めかしく喘ぐ寧々に下心があるのか、寧々の体調を心配するような声もある。

 だがそれは・・・

 

(ひっ!?)

 

 寧々の脳裏に、教室でとびきり大きな代償が降りかかってきたときの記憶が蘇る。

 あのときは柊史が助けてくれたが、もしもそうでなかったらどうなっていたか・・・

 あれからふとした時に思い浮かぶ想像が、すぐ近くのの現実として迫っているかのような錯覚すら覚えた。

 さすがにこんな衆人環視の場で妙な行動に出る者はいないだろうが、代償の影響とトラウマじみた恐怖もあって、そこまで思い至ることはない。

 だから。

 

(ごめんなさい、保科君っ!!)

 

 持っていたお守りを、勢いよく二回握りしめる。

 その瞬間。

 

 

--フッ

 

 

 それまでのぼせたように思考がまとまらなかったのが嘘だったかのように、一瞬で頭の中がクリアになる。

 

「おい君。大丈夫か?救急車を・・・」

「だ、大丈夫です!!お騒がせしました!!」

「あ、ちょ、ちょっと!?」

 

 いつの間にか自分を取り囲むように形成されていた人の輪を押しのけるように駆け抜け、寧々は人目の付かないところを目指した。

 ちょうど大きめの書店があり、その中の女子トイレの個室に飛び込むようにして入り、すぐに鍵をかける。

 そして、スマホを取り出した。

 

「あんなに大きな代償、早く元に戻してもらわないと・・・」

 

 事前に連絡するつもりがそれをする余裕もなかったので、もしかしたら柊史にとって都合の悪いタイミングで代償を肩代わりさせてしまったかもしれない。

 使って欲しいと頼まれたのもあって代償の遠隔肩代わりをお願いするつもりではあったが、寧々としても柊史にこれ以上迷惑をかけるような真似はしたくない。

 そのため、代償を処理できるような場所にまで来れたので、柊史が引き受けた分を元に戻してもらうべく電話をかけたのだが・・・

 

「繋がらない・・・?」

 

 スマホはツーツーと無機質な機械音を鳴らすだけで、繋がることはなかったのであった。

 

 

-----

 

 

 突然、声が聞こえた。

 

『保科君っ!!』

「っ!?」

 

 綾地さんに渡したお守りは、まだまだ改良する必要のある試作品だ。

 昨日シュヴァルツ・カッツエで交わした縛りも簡易的なモノであり、当座はまず学園内で代償を引き受けてから調整をするつもりだった。

 だから、今この事態はオレの想定の甘さが招いたことだ。

 

(このタイミングでっ!?)

 

 まさか、姫松から遠く離れたこの街で、しかも椎葉さんからもらったプラスの感情が尽きた上に集中力を欠いた今になって来るとは。

 これは、『放課後ならば大丈夫だろう』と気を抜いていたオレが悪い。

 だが、縛りを結んでいる以上、オレに拒否権はない。

 

 

--保科柊史は綾地寧々から合図を受け取った場合、対応できる際には必ず肩代わりを行わなければいけない。

 

 

(今のオレのコンディションは悪い。でも、対応できないワケじゃない・・・だから、オレは肩代わりを『しなければいけない』。一応、出力は下げられるけど・・・)

 

 他者と交わした縛りを破った場合、そのペナルティーに何が起きるのかは分からない。

 だが、先生は他者との縛りは絶対に破ってはいけないと口を酸っぱくして言っていた。

 そのため、綾地さんとの縛りはそもそも強制的に遂行されるように設定していたのだ。

 綾地さんからの合図を受け取ったオレは、次の瞬間には代償の肩代わりをすることになる。

 

(あの綾地さんが肩代わりを自分から頼んでくるなんて、よっぽどだぞ)

 

 綾地さんの性格からして、オレに代償の肩代わりを頼むのならオレへの確認を取ってからだと思っていた。

 やるのなら、直接オレの様子を見れる教室内。例え多少距離があってもスマホで連絡を取ってからだろうと。

 だが、事前連絡なしに今こうして合図が来ているということは、はよほど切羽詰まった状況であるに違いない。

 ならば、ここで手を抜くのはマズいかもしれない。

 

(それで綾地さんに何かあれば、絶対に後悔する・・・)

 

 今の綾地さんがどこにいるかはわからないが、少なくともオカ研の部室で1人だけというワケではないのは明らか。

 もしかしたら、街中の可能性もある。

 学園で一番と言っても過言でないくらい美人な綾地さんが、学園よりも様々な種類の人間がいる場所で発情していることがバレれば・・・それこそ一生モノのトラウマを背負う事態になるかもしれない。

 そして、綾地さんに渡したキーホルダーに憑いているのは蠅頭であって、悪意のある人間から綾地さんを守ることはできないのだ。

 

(・・・術式全開!!)

 

 ここまで、思考を走らせたのは一、二秒程度。

 それでも、オレは自分の術式による肩代わりを100%にしていた。

 そして。

 

 

--ドクンッ!!

 

 

「うっ!?」

 

 瞬時に血液が沸騰したかのように身体中が熱くなる。

 下半身に異様な熱が籠もり、頭はボンヤリとしてくる。

 

「はぁっ、はっ、はっ・・・!!」

 

 先ほど椎葉さんと手を繋いだときと同じように心臓がうるさい。

 けれどもあのときとは違い、胸が高鳴るような高揚感はない。

 己の理性が薄くなるような、暴力的な衝動だけがそこにあった。

 

(なんだ、これ・・・デカい)

 

 これまで綾地さんの代償は何度も引き受けたことがあったが、その中でも今日のものは特大だ。

 しかも。

 

(感謝の・・・プラスの感情がまったく伝わってこない?)

 

 昨日の綾地さんからは、非常に質のいいプラスの感情をもらうことができた。

 しかし、今はそれらをまったく感じることができない。

 

(まさか・・・遠隔発動だとプラスの感情の受け渡しはできないのか!?)

 

 考えてみれば、この遠隔発動の要はキーホルダーに憑けた呪霊である。

 呪霊とはマイナスの感情の塊だ。

 呪霊をストックできているオレ自身が反転術式を使えているから問題はないと考えていたが・・・少なくともこの形ではプラスの感情を伝達することはできないようだ。

 そこまで考えたときだった。

 

「ほ、保科君?どうしたの?」

「小僧?腹でも下したか?」

 

 突然オレの様子が変わったのを不思議に思ったのか、椎葉さんとアカギが声をかけてきた。

 オレは反射的にそちらを見て。

 

「保科君?」

「っ!!」

 

 

--ドクンッ!!

 

 

 不思議そうに、そして少しだけ心配そうにオレを見る椎葉さんを視界に収めたとき、身体の疼きが噴火寸前のマグマのように激しくなったがわかった。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 オレの身体のことなどどうでもいいのだ。

 今、オレにとって、保科柊史という『雄』にとって、大事なことは。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・椎葉、さん」

「ほ、保科君?どうしちゃったの?」

「待て紬!!様子がおかしい!!」

 

 困惑と、不安。そしてわずかな恐怖を映しているが、その整った顔立ちはやはり可愛らしい。

 守ってあげたくなるような小柄な身体は男物の服に包まれているが、それでも男を誘うのに十分なほどには実っている『雌』の身体である象徴は隠せていない。

 オレのことを心配する慈愛に満ちた声は、普段ならばオレを落ち着かせてくれるのだろうが、今はオレの中の熱を滾らせるだけの燃料でしかない。

 そうだ。

 今のオレにとって重要なことはただ一つ。

 

(椎葉さんを・・・抱きたい)

 

 目の前の魅力的な雌(椎葉さん)と交わりたい。

 オレの中の雄としても本能が、オレの理性を引き裂くように暴れ回っていた。

 ただただ、『椎葉さんをオレの雌にしたい』という欲望だけがオレを支配している。

 

 

--その柔らかそうな乳房を好き放題に弄り回したい。

 

 

--その男物の服を引き剥がして、生まれたままの姿を見たい。

 

 

--その身体の一番深いところに、オレという存在を刻みつけたい。

 

 

--オレのモノだという証を刻んで、オレだけが独占したい。

 

 

 もはや頭でモノを考えられる状態ではなかった。

 もしも普段のオレがこんな穢らわしい思考を椎葉さんに向ける男を見かけたら、一切躊躇わずに呪い殺している。

 だと言うのに、薄汚い欲望は溢れて溢れてどうにもならず、オレを急き立てるばかりだ。

 

「はっ、はっ、はっ・・・!!

 

 下半身に火がついたような熱さが籠もると同時に、ドクンドクンと何かが脈打つ。

 今、オレの雄としての本能が、オレに子孫を残させようと全力で稼働している。

 雄としての身体の仕組みが生々しく動いているのが、オレにははっきりとわかった。

 

「はぁっ、はぁっ・・・ふぅ~、はぁ~・・・!!」

「ほ、保科、君・・・」

 

 息が苦しい。

 身体が熱い。

 椎葉さんが欲しい。

 オレの頭の中にあるのはそれくらいで、後は本能だけがオレを突き動かしていた。

 オレは、怯えた目で立ちすくむ椎葉さんに向かって一歩を踏み出し・・・

 

 

--サァッ!!

 

 

「っ!?」

 

 突然、目の中に大量の砂が入り込み、オレはその場で怯んでしまった。

 

「逃げるぞ紬!!今の小僧は普通ではない!!」

「で、でも、保科君が・・・」

(アカギ、か・・・?)

 

 視界が塞がるが、声は届く。

 どうやらアカギがオレに向かってそこらの砂を投げつけてきたようだ。

 オレには椎葉さんしか見えていなかったために、アカギの行動に気が付かなかったのだ。

 目の中に異物が入り込んだことで、痛みを感じるとともに涙が溢れてくる。

 だが。

 

(オレは・・・オレは、何をしようとしていた?)

 

 驚いたおかげか、少しだけ冷静さを取り戻すことができていた。

 未だに身体の疼きは続いている。

 しかし、椎葉さんの方に向かっていた足は止まった。

 そして、オレは自覚する。

 

(椎葉さんに、オレは何をしようと考えていた?オレは・・・)

 

 

--ああ、あの雌(椎葉さん)が欲しい。

 

 

 自分がいかに浅ましく、穢れきった本能と欲望に振り回されていたのかを。

 その衝動に乗せられて、こんなオレを助けてくれる椎葉さんに口にするのもはばかれるような真似をするところだったのを。

 あの慈母のような椎葉さんを、ただの性欲のはけ口()としてしか見ていなかったことを。

 オレが、『また』間違える寸前であったことを・・・否、アカギがいなければそうなっていたことを。

 それがわかって、オレは。

 

「がぁああああああああああああああああああああっ!!!」

 

 オレは叫んだ。

 オレの本能はまだ、椎葉さんを求めて荒れ狂っている。

 だが、その昂ぶりを押さえつける・・・いや、殺してしまいそうなくらいの怒りがわき上がっていたのだ。

 その怒りの矛先は、当然このオレ自身。

 前にも間違えた癖に、プラスの感情欲しさに安請け合いをして、こんな最低なオレと仲良くしてくれている女の子を最悪な目に遭わせかけた。

 オレは、そんなオレが許せなかった。

 許せるはずがなかった。

 だから。

 

 

--ガブッ!!

 

 

「ぐ、グぅぅぅうううううううううううっ!!」

「保科君!?」

「小僧!?」

 

 

 オレ自身への憎しみと呪詛を込めて、オレは自分の人差し指に噛みついた。

 そのまま、全力で顎を閉じる。

 呪力を込めた上での全力の噛みつきだ。

 当然の結果として・・・

 

 

--ブチリッ!!

 

 

「え・・・?」

「なっ!?」

 

 

--ペッ!!

 

 

 オレは、噛み千切った指を吐き出すと、今度は中指を見た。

 オレの中の発情はまだ収まっていないが、もはやどうでもいい。

 食いちぎった人差し指の付け根からボタボタと血が垂れているが、それもどうでもいい。

 ポケットの中でスマホが振動しているが気にならない。

 ただひたすらに、オレという存在が憎くて憎くてたまらなかった。

 そのまま、中指も千切ってやろうとしたときだ。

 

「だめっ!!」

「っ!?」

「紬っ!?」

 

 温かい手が、オレの血まみれの手を押さえつけた。

 

「だめだよ保科君!!何をしようとしてるか分からないけどもうダメ!!ダメだから!!」

「紬!!早く離れろ!!今の小僧はおかしいのじゃぞ!!」

「アカギも邪魔しないで!!」

「この状況でそんなことを聞けるはずがあるか!!」

 

 涙を流しながら、椎葉さんが必死な様子でオレを止めていた。

 アカギがそんな椎葉さんをオレから引き剥がそうとしているが、オレの手を握る力は強く、離れない。

 そして、その手から伝わってくるモノがあった。

 

「あったかい・・・」

 

 不安も、恐怖も、悲しみもある。

 だが、それ以上にオレへの慈しみがあった。

 完全な自業自得なのに、怪我をしたオレにもう傷つかないで欲しいと願う気持ちがあった。

 その感情が流れ込んできた途端、オレの中の昂ぶりが収まっていく。

 肩代わりした代償を、反転術式で中和できたのだ。

 本来、反転術式は頭で回すモノなのだが・・・どうして勝手に発動したのかはオレにもわからなかった。

 

「ふぅ・・・」

 

 なんだか気が抜けてしまい、オレはその場に座り込んでしまった。

 

「ほ、保科君?大丈夫・・・なワケないよね。早く病院に行かなきゃ!!えっと、救急車を・・・」

「・・・小僧。お前、何があった?」

 

 オレが落ち着いたのがわかったのか、怪我を見て救急車を呼ぼうとする椎葉さんと、オレに疑るような鋭い目を向けるアカギ。

 

「椎葉さん、救急車は大丈夫だよ」

「え?そ、そんなワケないでしょ!?こんなにひどい怪我をして・・・」

「もう、血は止まったよ」

「え?」

 

 ひとまず、これ以上大事になるとマズいので椎葉さんを止める。

 オレがやせ我慢をしていると思ったのか、叱るような口調の椎葉さんだが、オレが人差し指の付け根を見せると目を丸くした。

 そこにもう血は流れておらず、肉が盛り上がって傷を塞いでいたからだ。

 

「反転術式は、欠損や失血も治せる。ちょっと時間はかかるけど、元通りにできるんだ」

「そ、そうなんだ・・・よかった」

 

 ホッと安堵したように息をつく椎葉さん。

 だが、隣にいるアカギの顔は険しいままだ。

 

「おい、小僧」

「わかってる。ちゃんと説明するよ」

 

 こうなってしまった以上、しっかりと説明しなければいけないだろう。

 とはいえ、すべては話せないが。

 

「ざっくり言うと、代償を遠隔で肩代わりするのに失敗したんだ」

「遠隔で肩代わり?」

「昨日契約していた魔女の代償か?」

「ああ」

 

 さっきまでのオレは、綾地さんの発情の代償を肩代わりして、その中和に失敗していた。

 端的に言うとそれだけだ。

 

「オレの見込みが甘かった。遠隔でも代償の中和ができると思ったんだけど、プラスの感情は伝えられなかったみたいだ・・・椎葉さん」

 

 マイナスの感情の結晶である呪霊では、プラスの感情を伝達できない。

 考えてみれば当たり前だが、それに気が付かなかったオレにすべての責任がある。

 綾地さんを恨む気持ちはなかった。

 なにせ、すべてオレが悪いのだから。

 だが、悪いことをしたのなら、その責任を取らねばならない。

 

「しばらく、オレたちは会わない方がいいと思う」

「え?」

「少なくとも、遠隔で代償の肩代わりの中和が安定してできるように・・・」

 

 さっきまでオレを突き動かしていた欲望。

 アレは確かに綾地さんの発情の代償を肩代わりしたが故のモノだ。

 だが、そのすべてが綾地さん代償によるものだったのだろうか?

 オレにはその確信が持てなかった。

 ならば、綾地さんのことがなくとも、さっきのように暴走することがあるのではないか?

 そう思ったら、オレは怖くてたまらなくなったのだ。

 そうだ、悪いことをした責任を取るなどという立派な理由ではない。

 単に、オレは椎葉さんを傷つけることが怖くなったのだ。

 そもそも、さっきまでのオレは客観的に見ても相当怖かったはずだ。

 いくら椎葉さんでも、あんな姿を見ては幻滅しただろう。

 そう思っての提案で・・・

 

「保科君」

 

 オレの思考を断ち切るように、どこか冷たい声が椎葉さんの口から飛び出した。

 

「それ・・・その魔女に何か吹き込まれたの?」

「・・・え?」

「つ、紬?」

 

 思っても見なかった返しに、俯いていたオレは思わず顔を上げて・・・ギョッとした。

 

「ねぇ?どうなの?」

 

 喜怒哀楽がクルクルと動いて、オレの心を癒やしてくれる椎葉さんの可愛らしい顔。

 その顔が、能面のような無表情だった。

 

「い、いや、違うよ。でも、さっきみたいなことがあったら・・・」

 

 

--ギュッ!!

 

 

 椎葉さんが光ったと思ったら、すぐ目の前に魔女の姿に変身した椎葉さんが立っていた。

 そして、座り込んだオレを包み込むように抱きしめてくる。

 柔らかく温かな感触といい匂いが瞬時にオレの脳髄を満たし、思考が止まった。

 

「え、えっと、椎葉さん?なんで・・・」

「この姿なら、一番代償に耐性がありそうだって思ったから・・・保科君が耐えられないほどじゃないよね?」

「う、うん・・・」

 

 オレが聞きたかったのはそういうことではないのだが、聞き返すのがなんとなく怖かったので、オレはスルーすることにした。

 そのままそうしていると椎葉さんから、いつものように温かい感情が流れ込んでくる。

 椎葉さんの代償による吐き気を若干感じたが、プラスの感情の方が多く、中和に支障はない。

 そして、そのまま食いちぎった人差し指も再生する。

 

「・・・本当に、ちぎれた指も治せるんじゃな」

「ああ・・・」

「保科君、指治ったんだ。よかった」

「うん・・・」

 

 少し怯えていたようなアカギが感心するように呟いた。

 それを聞いた椎葉さんが、嬉しそうな声でオレの耳元で囁いた。

 けれども、椎葉さんがオレから離れる様子はない。

 

「ねぇ、保科君。これで証明できたよね?」

「え?」

 

 唐突に、椎葉さんがそう言ってきたが、何のことかわからなかった。

 

「証明?何の・・・?」

「保科君がさっきみたいになっても、こうやって抱きしめてあげれば治せるってこと」

「で、でも!!それは危ないよ!!」

 

 さっきは偶々アカギの不意打ちが決まっただけだ。

 もしもオレがあれで理性を取り戻していなければ、邪魔をしたアカギを殺していた可能性すらあり得る。

 

「じゃあ、さっきみたいになった保科君を放っておけって言うの?ワタシから離れたとしても、その魔女の代償の肩代わりに失敗したらああなるのに変わりはないよね?そうなったら、そのとき近くにいる人を保科君が傷つけちゃうかもしれない。でもワタシなら、こうやって保科君を治すことができる。それなら、ワタシの近くにいる方がいいよね?違う?」

「そ、それは、そうかもしれない、けど・・・」

 

 遠隔での代償の肩代わりが安定しない限り、椎葉さんが傍にいなくても周りに女性がいたらそうなってしまう可能性はある。

 そう考えれば、事情を知っていてオレにプラスの感情を送ればいいと対処法を知っている椎葉さんの傍にいるのは対抗策として有効ではある。

 しかし、それでも危険なことに変わりはない。

 やはり、止めるべきだ。

 

「でも、やっぱり・・・」

「保科君は、姫松に住んでるんだよね?その学ランも、姫松の学院の制服なんだよね?」

「え?」

 

 オレが椎葉さんを止めるべく口を開いたのと、椎葉さんが脈絡のないことを言い出すのは同時だった。

 確かに、オレが姫松に住んでいることはいったし、今着ている服も姫松学院の制服だ。

 だが、それがどうしたと言うのだろう。

 

「ワタシね、会いに行くよ」

「え?」

「保科君が身体を張ってワタシの代償を肩代わりしてくれたみたいに、ワタシだって保科君が苦しんでいたら癒やしてあげたいの。だから、会いに行くから」

 

 

--例え、ワタシが魔女でなくなったとしても。

 

 

「・・・・・」

 

 椎葉さんはオレを抱きしめていて、オレの背中側に顔が向いているからその表情は見えない。

 だから、どんな顔をしているのかはわからない。

 けど。

 

(何だ?この感情・・・?)

 

 それまで感じていた温かい感情の流れの中に、『何か』が混ざるのがわかった。

 その何かが何なのか、初めて感じるオレにはわからない。

 感情には温度があり、熱意があるほど、本気の言葉であるほど熱くなるのだが、その感情からは煮えたぎったマグマのような熱気が伝わってきた。

 ただし。

 

 

--ドロリ

 

 

 これまで椎葉さんから感じたことがないような、ひどく粘着質なその何か。

 どうにも、それが不吉なモノに思えて仕方がなかった。

 ここでオレにわかることはただ一つ。

 

「・・・うん、わかった。これからも、ここに来るよ」

「本当?嬉しいな」

 

 例え魔女でなくなっても、オレに会いに来る。

 その言葉が、椎葉さんの心の底から出てきた本音だと言うことだ。

 椎葉さんが、魔女でなくなってもオレのために会いに来たいと思っている。

 その言葉が、嬉しくないハズがない。

 だと言うのに、どういうわけか、素直に喜ぶことができなかった。

 

 

--今の椎葉さんに逆らってはいけない。

 

 

 つい先ほどまで荒ぶっていたオレの本能が急に怯えたかのように、そう囁いている。

 オレにできたのは、椎葉さんの言うことを肯定するだけであった。

 

「つ、紬・・・?」

 

 椎葉さんの横顔が見えていたであろうアカギが、怯えた表情をしていることがやけに印象に残った。

 

 

----

 

 

「・・・・・」

「・・・・・」

 

 夕暮れの街の中を、紬とアカギが歩いて行く。

 だが、いつもならばそれなりに話す2人だというのに、今は会話がない。

 その原因は、紬の纏う雰囲気にあった。

 

「・・・・・」

(あ、あっちの野生を生きてきたカンが囁いておる・・・今の紬に下手なことは言ってはならん)

 

 まるで、抜き身の刃のような、ひどく冷たく、殺伐とした空気。

 紬とはそこそこの長さの付き合いがあるアカギからしても、紬がそのようなオーラを出しているのは初めてのことであった。

 

「保科君、これからも会いに来てくれるんだって。よかったよね、アカギ」

「う、うむ、そうじゃな」

 

 ポツリと、いきなり紬がそう呟いたので、アカギはすかさず追従した。

 いつものアカギならそんな真似はプライドが許さないし、アカギとしては今日の柊史を見た後なのでもう柊史自身が言っていたようにもう関わらない方がいいと思っているのだが、それを許さない空気がそこにあった。

 

「ねぇ、アカギ」

「な、なんじゃ?」

 

 ただ相づちを打っただけのアカギだったが、紬は会話を続けるつもりらしい。

 一体何を言うのかと、アカギは戦々恐々とした気分だったが・・・

 

「アカギは、保科君が契約した魔女のアルプを知ってるんだよね?」

「あ、ああ。七緒のことじゃな。知っておるぞ。あっちとしてはいけ好かないヤツじゃな」

「ふぅん、アカギは気に入らないアルプなんだね・・・でも、そのアルプの居場所も知ってるんだよね?」

「七緒はアルプの癖に喫茶店なんぞをやっておるからの。簡単にねぐらは移せんはずじゃ。じゃが、それが・・・」

「じゃあ、保科君と縛りを結んだ魔女がどんな人なのか・・・あと、やろうと思えば保科君のお家も探せるよね?」

「つ、紬?・・・ヒッ!?」

 

 不可解な問い掛けに思わず聞き返したアカギだが、不意に顔を向けた紬の顔を、その眼を見て小さく悲鳴を上げた。

 その瞳には光がなく、ただただ漆黒の闇が広がっている。

 

「ねぇ、どうなの?」

「で、できる!!できるが・・・こ、小僧に直接聞けばいいではないか!?」

「ダメだよ。保科君、結局教えてくれなかったでしょ?」

 

 公園での一幕の後、紬とアカギは柊史を見送っている。

 だが、その前に紬は聞いたのだ。

 

 

--保科君があんな風になっちゃう代償って、何なの?

 

 

 その質問に、柊史はただただ申し訳なさそうに、何かを強く悔やむように『ごめん』と謝るだけだった。

 結局、柊史が肩代わりした代償が何なのか、答えることはなかったのだ。

 

「きっと、魔女のことを聞いても、教えてくれない・・・ううん。教えられないんだと思う。その魔女は、悪い魔女だから。保科君は、脅されてるんだよ」

「は、はぁ?」

「だって」

 

 柊史が邪悪な魔女に脅されて縛りを結んだ。

 それを確信しているかのような紬に、アカギは面食らった。

 そんなアカギに諭すように・・・いや、まるで自分に改めて言い聞かせるように、紬は続けた。

 

「魔女の代償は、願いと魔女自身の資質で決まるんでしょ?保科君が肩代わりしてる魔女の代償は、絶対にマトモじゃないよ」

「そ、それは、そうじゃが・・・」

 

 魔女の代償を決めるのは、魔女でもアルプでもない。

 その魔女の願いと魔女自身の資質から、この世界の『何か』が決めるのだ。

 すなわち、魔女の代償にはその魔女の本質が現われる。

 可愛い服にこだわりのある紬が、代償で女の子らしい姿になれなくなったように。

 その理屈に当てはめれば、先ほどの柊史の様子を見るに、柊史が縛りを結んだ魔女は確実に悪い魔女だ。

 

「人を傷つけたくて我慢できなくなる・・・そんな感じの代償なんじゃないかな」

 

 他人を傷つけたくなるのか、それとも傷つけるのは自分でもいいのかはわからない。

 だがさきほどの、極上の獲物でも見つけたかのような、肉食獣のような眼。

 そして、己の指を食いちぎるなどという信じがたい行為。

 暴力衝動なのか、自傷衝動なのか。いずれにせよ紬の代償が可愛く見えるくらいの危険な代償だ。

 そんな代償を背負う魔女の危険性もまた、推して知るべし。

 

「そんな悪い魔女と縛りを結ぶなんて、保科君が脅されてるんでもなければあり得ないよ。そうじゃなきゃ、あんなに必死になってワタシに代償のことを隠して庇う必要だってないんだから」

「む、むぅ・・・しかし、あの堅物の七緒がそんな魔女と契約などするか?そもそも、あの小僧を脅すなどどうやって・・・」

 

 だが、アカギとしては疑わしい話だ。

 アカギにとって七緒が気に食わないアルプなのはその通りだが、それは七緒があまりに堅物だからだ。

 人間に友好的な者が多いとはいえ、元が動物のアルプの中で七緒ほどの人間のためにルールを守るアルプは珍しい。

 仲があまりよろしくないからこそ、アカギは七緒が邪悪なアルプではないと言い切ることができたし、そんな七緒が悪意に染まった願いを叶える手助けをするとは思えなかった。

 そもそも、その気になればアカギと紬の2人どころかこの街の人間を皆殺しにできるであろうほどの力を感じる柊史を脅せるような魔女がいることも信じられない。

 紬が何か勘違いをしている可能性の方が遙かに高いだろう。

 だが。

 

「アカギ。ワタシはね、保科君を助けたいの」

 

 アカギの内心を知ってか知らずか、紬は闇を湛えた瞳のまま己の想いを口に出した。

 そう、思えば今日、柊史が別の魔女と縛りを結んだと聞いた時点で紬の心の枷にはヒビが入っていたのかもしれない。

 その枷が、壊れた。

 

 

--ああ、そうだ。綾地って人(その魔女)が何か吹き込んだんだ。

 

 

--そうじゃなければ、あり得ない。

 

 

--保科君が、ワタシから離れようとするなんて。

 

 

--ワタシは、保科君にとって理想の契約者のハズなんだから。

 

 

 椎葉紬という少女は、今の荒んだ世の中では信じられないくらい綺麗な心を持っている。

 困っている人を放っておけず、助けようとする善性。

 苦しむ人を救おうとする献身と優しさ。

 身内や親しい相手にはさらにその傾向が強くなる。

 柊史が縛りを結んだ魔女(綾地寧々)のことにしても、柊史と出会う前にその人柄を知っていれば大いに共感と同情を抱き、親友となれたことだろう。

 だが、そんな彼女も黒い感情を持たないワケではない。

 特に、親しい相手の中でも己が『守ってあげたい。救ってあげたい』と想う相手のことでは。

 まるで、母親が我が子を傷つける相手に強い敵意を向けるように。

 あるいは・・・己のつがいを他の雌から守ろうとする一部の鳥類のように。

 紬は情の深い少女だが、その強い愛情はその相手を脅かす敵への猛毒になり得る。

 その毒を抑えつける枷が、壊れたのだ。

 傷つく柊史の姿と、己から離れようと訴える言葉。そして、紬の想いを知ってもなお件の魔女の代償を隠し通したときの、苦悶に満ちた顔を見たことによって。

 そして、そんな毒に塗れた心の底にあってもなお輝くのは、強い想いだ。

 

 

--ワタシが、保科君を助けてあげなきゃ。

 

 

 『保科柊史を助けてあげたい』という純粋な願い。

 だがそれは、誰かを想う願いであるにも関わらず、まさしく呪いのようだった。

 もしも、ここではない別の世界の、どこかの誰かが知ればこう言っただろう。

 『愛ほど歪んだ呪いはないよ』と。

 そうして。

 

「だから・・・その魔女のことと、保科君のお家のこと。お願いできるよね?アカギ?」

「・・・う、うむ」

 

 『あ、これは何を言ってもダメだな』と悟ったアカギは、さきほどの柊史のようにそう言って頷くことしかできなかったのであった。

 

「ふふ・・・よく考えてみればワタシもバカだったなぁ。別に、魔女じゃなくなっても保科君とは会えるのに、もう会えないなんて思ってたなんて。そのためには、ちゃんと保科君のお家の場所は知っておかなきゃね。ねぇ、アカギ?」

「あ、ああ」

(・・・恨むぞ、小僧)

 

 紬をすっかり恐ろしい存在に変えてしまった柊史に心の中で恨み言を呟きながら。

 




椎葉さん覚醒回でした。
なお、本作で保科君を最初に下の名前で呼ぶのは椎葉さんではない予定です。

ところで、反転術式は頭で回すとのことですが、秤は無意識に使ってるみたいなんですよね。
今回、保科君が勝手に反転術式を使っているのも秤と同じように無意識に使えたということでお願いします。

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