女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話   作:二本角

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遅くなってしまい申し訳ありません。
また、改めて宣伝をば。
ミスティ様@ 減産中様に前話のヤンデレ椎葉さんのイラストを描いていただきました!!素晴らしいイラストですので、ぜひご覧になってください!!
https://www.pixiv.net/artworks/131364491

そして、最初に言っておくと、私は決して綾地さんが嫌いというわけではありません。
でも、イラストの依頼は前話と今話の冒頭とでどちらのシーンにするか少し迷いました。


綾地寧々の悪夢

「ん・・・、ここは」

 

 綾地寧々はふと周りを見渡した。

 寧々が立っている場所は、姫松学院に向かういつもの通学路。

 制服に身を包み、鞄を持った、これまたいつも通りの自分。

 しかし。

 

「あれ?私、いつ家を出たんでしたっけ?」

 

 どこか頭がぼんやりしている。

 記憶も曖昧で、いつ目が覚めて、いつ服を着替えて、いつ玄関を開けたのか定かでない。

 だが、こうしていつもの格好でここにいるということは、自分は登校中なのだろう。

 そこまで考えついたときだった。

 

「あ・・・」

 

 道の前方に、誰かが歩いているのが見えた。

 背がひょろりと高く、細身だが、足取りはしっかりしていて、身体を丹念に鍛えた者の歩き方。

 荒事とは無縁の寧々にそのようなところまではわからないが、その後ろ姿には見覚えがあった。

 思わず、手に持った鞄に目を向ける。

 記憶はないが、その中には彼に渡すための弁当箱が入っているはずなのだから。

 寧々は、前を歩く背中に向かって駆け出しながら声をかけた。

 

「保科君!!」

 

 寧々の恩人にして、異能の世界を知る同類。

 声をかけられた保科柊史は、ゆっくりと寧々に向かって振り向いて・・・

 

『初めまして、綾地さん』

「え?」

 

 寧々は、そこで初めて柊史の隣に誰かがいたことに気が付いた。

 その誰かが、自分に挨拶をしてきたということに気が付くまで少し時間がかかった。

 

「え、え~と、初めまして?」

 

 どうにか挨拶を返したが、寧々の頭の中は疑問符で一杯だった。

 

(誰でしょうか?初めて会うのは間違いないみたいですけど、こんな子が姫松学院にいたでしょうか?というより・・・)

 

 寧々に挨拶してきたのは、小柄な少女だった。

 同じ女性の寧々から見ても美しいと思える、腰まで伸びた亜麻色の髪。

 背が低い割に、姫松学院の指定の女子用ブラウスを押し上げる胸。

 快活で、聞いている方も元気が出てくるような声音。

 第一印象はどこか地味なのだが、一度会えば覚えるのに苦労はしないであろうくらいに可愛らしいとわかる少女だった。

 だが、気にかかる点が二つあった。

 

(顔が、見えない・・・?それに)

 

 どういうわけか、少女の目元だけが暗い影になっていて見えなかった。

 だが、見えている部分だけでも少女が整った顔立ちをしていることはわかる。

 そして、寧々にとって一番気になるポイントは。

 

(保科君と、とても距離が近いような・・・?)

 

 謎の少女と柊史の距離が、いやに近いのだ。

 少女がいたことに気が付かなかったことが不思議なくらい、柊史と少女の間に隙間がない。

 具体的に言うと、2人はギュッと手を繋いでいたのである。

 寧々はよく知らなかったが、俗に言う恋人繋ぎというヤツだ。

 どうしたことか、寧々の胸の中でナニカがザワリと蠢いた。

 

「あの、保科君。こちらはどなたなんでしょうか?」

『ああ・・・』

 

 少女は何故か寧々のことを知っているようだったが、寧々は少女のことを知らない。

 だから、どんな人物なのか聞いてみた。

 少女に直接ではなく、柊史にむかって問いかけたのは無意識のことだったが。

 しかし、少女はそこを気にした様子もなくニコニコと柊史と手を繋いだまま微笑んでおり、柊史もそれが当たり前のようにいつもと変わらぬ口調で寧々の質問に答えた。

 

『この子は、■■ ■。オレの彼女だよ』

「・・・え?」

 

 寧々の脳が、一瞬フリーズした。

 柊史が口にした少女の氏名が何故か聞き取れなかったが、そんなことはどうでもいい。

 今、柊史はなんと言った?

 

「ほ、保科君?今、なんて・・・?」

『ワタシは■■ ■。柊史くんの恋人だよ』

 

 答えたのは柊史ではなく、少女の方だった。

 さっきの柊史と同様に、その名前は聞き取れない。

 だが、そのあとは嫌味なくらいはっきりと聞こえた。

 少女が、柊史を下の名前で呼んだことも。

 突然の衝撃的なカミングアウトに呆然とする寧々に向かって、少女は続ける。

 

『ワタシはね、綾地さんにお礼を言いに来たんだ』

「お、お礼・・・?」

『うん。だって・・・』

 

 脳が情報を処理できずオウム返ししかできない寧々。

 柊史の恋人を名乗る少女が一体全体どういう理由で自分にお礼を言いに来たというのだろう?

 そんな疑問を思い浮かべるのが精一杯であった。

 そして。

 

『ワタシは、綾地さんのおかげで柊史くんと恋人どうしになれたんだから』

「は・・・?」

 

 意味がわからなかった。

 何がどうなって、自分がこの少女と柊史が結ばれるきっかけとなったのか。

 

『オレが、綾地さんの代償を肩代わりしたでしょ?そのときに、その代償を中和することができなかったんだ。完全にオレのミスだったんだけどね』

「え!?そ、それじゃあ、保科君は・・・」

 

 記憶は曖昧だが、それでも昨日に柊史に肩代わりしてもらった代償の激しさはそう簡単に忘れられるものではない。

 慣れている寧々ですら意識が飛びかけたのだ。

 それを丸ごと引き受けた上に鎮めることもできないとなれば、柊史を襲った苦痛は相当なモノだったろう。

 柊史から望んだこととはいえ、自分が押しつけてしまったモノの重さにめまいすら感じる。

 

『うん。柊史くん、獣みたいだったよ。とっても苦しそうで、でも必死で耐えてて、見ていられなかったよ。だから・・・ワタシが柊史くんを慰めてあげたの』

「な、慰める?それって・・・?」

『あれ?意味が通じなかった?それとも、わかった上で認めたくないのかな?なら、別の言い方をするね』

 

 己の罪を悔やんでいたところに、少女は柊史が苦しんだということを事細やかに、聞き逃すことは許さないと言うかのように伝えてくる。

 だが、それに続く言葉の意味はわからなかった。

 いや、もしかすれば、寧々が無意識にわかりたくなかったのかもしれない。

 そんな寧々に、少女は現実を突き付けるように言ってのけた。

 

『ワタシね、柊史くんとエッチしたんだ』

「・・・・・」

 

 絶句。

 寧々は、あまりの衝撃にただただ呆けることしかできなかった。

 しかし少女の口は止まらない。

 

『柊史くん、とても興奮してたから、すごく、すごく激しかったんだ。ワタシも初めてだったからちょっと痛かったけど、柊史くんだから、全然平気だったよ。むしろ・・・』

 

 そこで、少女は上気して恍惚とした表情を浮かべて。

 

『とっても・・・気持ちよかった』

「あ、ああ・・・」

 

 柊史と繋いだのとは逆の手で己の腹を愛おしそうに撫でる少女の前で、寧々の口からはうわごとのような音しかでてこない。

 そんな寧々に、少女はクスリと嘲笑うような、憐れむような笑みを浮かべる。

 そうしながら少女が蛇のように腕を絡ませ、柊史に肩を預けると、柊史はそれが当然だというかのように、少女の腰に手を回して抱き留めた。

 

『柊史くんもたくさん気持ちよくなってくれてね?ワタシの中にいっぱい出してくれたの。それでね、きちんと責任もとってくれるって。ワタシはずっと前から柊史くんのことが好きだったから、そんなに気にしないでくれてもよかったんだけど、柊史くん、そこは譲れないって言うんだ』

『当たり前だよ。オレだって、もうずっと前から■のことが好きでしょうがなかったんだ。あんな形で告白するのことになったのはちょっと後悔してるけど、でも、■が受け入れてくれたから、今はあれでよかったと思ってる。きっかけがなければ、オレは前に進めなかったから』

『ワタシもだよ、柊史くん・・・ん』

『■』

「・・・・・」

『ぷはっ・・・だからね?』

「・・・・・」

 

 寧々の目の前で、2人の距離がゼロになる。

 交わされる愛の言葉は寧々の頭の中を素通りしたが、2人の間に架かる銀色の橋は2人を繋いだまま寧々に言葉を送り届ける。

 

『だからね、ワタシは今日お礼を言いに来たの。綾地さんの代償を柊史くんが肩代わりしなかったら、ワタシたちは結ばれていなかったから。本当にありがとう、綾地さん』

『オレからもお礼を言わせて欲しい。綾地さんのおかげで、オレたちは恋人になれたから』

「・・・・・」

 

 それは寧々への感謝の言葉だった。

 しかし、感謝を告げる少女の唇はつり上がっていて、頬にはヒビが入ったような笑みが浮かんでいた。

 まるで少女の顔に紅い三日月が昇ったかのように。

 欠けた月のように、少女の言葉は空っぽだった。

 

『じゃあ、お礼は言ったから、ワタシたちはもう行くね』

『それじゃあね、綾地さん』

「あ・・・ま、待って!!」

 

 立ち尽くすばかりの寧々に背を向けて、2人は手を繋いだまま歩き出す。

 少女は勿論、柊史も用は済んだとばかりに一切の未練なく。

 そんな柊史に、寧々は手を伸ばし・・・

 

『オレには■っていう恋人がいるんだ。もう、オレには関わらないでくれよ、綾地さん』

「え・・・」

 

 一瞬だけ振り向いた柊史の眼。

 道ばたのゴミでも見るような冷え切った眼差しは、寧々の動きを止めるには十分だった。

 糸が切れた人形のように、寧々はその場に崩れ落ちる。

 それでも。

 

「待って・・・待ってください。お願いだから・・・」

 

 それでも、寧々はその背に向かって叫んだ。

 

「待ってください、保科君!!」

 

 

-----

 

 

「保科君っ!!」

 

 寧々の視界に映るのは、見慣れた天井と見慣れた家具。

 寝汗がびっしょりと染みこんだパジャマは昨晩風呂上がりに身につけたものだ。

 

「あれ?」

 

 どういうわけかバクバクと脈打つ心臓を落ち着かせながら、寧々は記憶を反芻するも。

 

「私、さっきまですごく嫌な夢を見ていたような・・・」

 

 さきほど見ていた夢の内容は思い出せない。

 しかし、それでいいと思っている自分がいる。

 思い出せはしないが、それがとても悪い夢だったということだけはわかるからだ。

 ただ。

 

「保科君に、会いたい」

 

 どういうわけか、無性に柊史に会いたかった。

 いや、理由はわかっている。

 

「保科君、昨日は本当に大丈夫だったんでしょうか」

 

 昨日の代償の肩代わり。

 寧々をして『マズい』と思えるほどの発情を肩代わりさせてしまったのだ。

 すぐに連絡を取ろうとしたが繋がらなかったときは本当に焦った。

 通話は応答がなく、ならばと鬼のようにメッセージを打ちまくったが既読は付かず。

 とんでもないことになってはいないかと焦ってしまった。

 なにせ。

 

「もしかしたら、私のせいで保科君を大変な目に遭わせてしまうかもしれない・・・ひょっとしたら、取り返しの付かないことになっていたかもしれない」

 

 

--ワタシね、柊史くんとエッチしたんだ

 

 

「っ!!」

 

 不意に、寧々の中で誰のモノかわからない声がしたような気がした。

 その声が何を言っているのかはわからない。

 だが、不思議と今は心の中に真っ黒なナニカが入道雲のようにムクムクと膨らんできていた。

 そう。

 

「保科君が加害者になってしまうかもしれない。被害者になる人も出てきてしまうかもしれない・・・」

 

 『保科君は発情していても女の人にひどいことなんかしない!』と信じたい気持ちが薄れてくるのだ。

 柊史に散々救われて、その上で迷惑をかけて続けているこの自分が。

 自己嫌悪で反吐が出そうだった。

 

「・・・私、最低です」

 

 恩人を疑ってしまう自分に自己嫌悪する寧々。

 だがこれは、寧々にしては実に珍しい考え方だった。

 寧々は間違いなく善人であり、どちらかと言えば性善説を信じることができる人間だ。

 柊史のことだって、大変だろうけど自分と同じように自分で何とかできるだろう、他の人を襲うなんて絶対にしないと思うのが普段の綾地寧々である。

 しかし、今はそれを信じられないでいる。

 どうしてそう思ってしまうのかは、わからない。

 もしかすれば、無意識に『寧々が考えたくない未来』を想像してしまっているのかもしれないからか。

 あるいは、自分だけが苦しむのではなく、自分のせいで柊史とその被害者となってしまった人物との2人分の人生を台無しにしてしまうかもしれないということに対して危機感が働いたからなのか。

 それは誰にもわからない。

 確かなのは、そうなってしまえば柊史の心の穴は確実に広がってしまうということ。

 ソレすなわち、自分が柊史を壊す引き金となってしまうかもしれないということだ。

 その未来が実現することがあれば、そのとき寧々は耐えることができず潰れてしまうだろう。

 そうならないようにするためにも。

 

「早く、学園に行かなきゃ」

 

 今の寧々にできることは、一刻も早く家を出て、柊史の様子を己の眼で確かめることだけだ。

 それがわかっている寧々は、いつもよりもずっと早く支度をして、家を飛び出すのだった。

 

 

-----

 

 

「どうにかしなきゃいけないな・・・」

 

 なんとなく少し早くに目が覚めてしまったオレは、人通りの少ない通学路を歩いていた。

 昨日のこともあって気分がいいとは言えないが、人が少なければオレに意識を向ける人も少なくなるので、考え事をするには都合がいい。

 そして、今のオレが考えるべきこととは。

 

「遠隔での代償の肩代わりを中和する方法」

 

 昨日のオレの失敗は、今でもメンタルに響いている。

 綾地さんの代償をどうにかしたいだとか、綾地さんの身に何かあっては困るだとか、さっさとデータを取って学園での状況がよくなさそうな椎葉さんにお守りとして渡したいだとか、急ぐ理由はいくつもあったが、もう少し慎重にやるべきだった。

 それでも結局やってしまったのは、それらの理由よりも『オレならば大丈夫だろう』と無意識に考えていたからなのだろう。

 反転術式も、術式反転もオレの尊敬する先生曰く上澄みの中の上澄みにしかできない高等技能。

 それを使える自分ならば、己の呪術に関することでできないことなどそうはないという驕り。

 

 

--柊史なら、向こう側に届くかもしれないね

 

 

--向こう側?それって、どういう意味ですか?

 

 

--ん~、とくに深い意味はないよ。ざっくり言うと、柊史には呪術師の才能が溢れてるってことさ。

 

 

「・・・・・」

 

 つい、昔のことを思い出してしまう。

 先生に呪術の才能を褒められて喜んで。

 

 

--これは、驚いたな・・・柊史が魔法という形でチカラを引き継いでいたからか?まさしく、魔法じゃないか。

 

 

----は、はは・・このチカラがあれば、オレにできないことなんてない!!

 

 

 手に入れたチカラの凄まじさに調子に乗って。

 

 

--柊史って、お前がバカにしている人間の、その次ぐらいにはバカだから

 

 

--甘えんだよ、クソガキが!

 

 

 己が描いた素晴らしい理想を叶えようとして、現われた醜悪な現実に打ちのめされて。

 

「・・・・・オレは」

 

 結局、オレは前に失敗したあの時と変わっていない。

 自分の力を過信したまま、また間違えた。

 子供だって、もう少し賢く学習するだろう。

 ガキどころか、それ以下なのだ。保科柊史という人間は。

 

「・・・あ、もう着いてたのか」

 

 自己嫌悪に浸っていると、いつの間にか学園にたどり着いていた。

 自分を責める思考はいったん途切れたが、心は陰鬱なまま、オレは廊下を歩いて階段を上り、教室を目指す。

 開いた教室のドアの向こうには誰もいなかった。

 本当に珍しいことに、一番乗りだったようだ。

 だからどうしたという話だが。

 

「保科君!!」

「っ!?」

 

 そのとき、後ろから声をかけられた。

 

「あ、綾地さん?」

「はぁっ、はぁっ・・・ふぅ、おはようございます、保科君」

「う、うん。おはよう」

 

 品行方正な綾地さんだが、もしかしたら廊下を走ってきたのだろうか?

 その息は少し乱れていた。

 同時に、その荒れた呼吸のように焦りと不安に塗れた感情が伝わってくる。

 ・・・こんな状態の綾地さんが後ろから近づいていたのに気が付かなかったとは、オレはずいぶん鈍っているようだ。

 先生に知られたらそれはそれは厳しい訓練を課されることだろう。

 

「あ、あの、保科君。昨日は、その・・・大丈夫でしたか?」

「っ!!昨日のことか・・・うん。まあ、なんとかなったよ」

「・・・・・」

 

 やはりと言うべきか、綾地さんの感情が乱れていたのは昨日の代償の肩代わりのことがあったからか。

 椎葉さんと別れたあと、家に帰ってスマホを見たらおびただしい数のメッセージや着信が届いており、綾地さんがどれだけオレのことを心配していたのか見せつけられたようだった。

 確かに昨日の発情の大きさはオレが肩代わりした中でも飛び抜けていて、それは張本人である綾地さんにもよくわかっていたに違いない。

 だというのにその代償を初めて行う実験として引き受けた上に連絡もないとなれば、綾地さんならば不安になってしまうのも当然だ。

 一応、オレも『大丈夫だった』と返しはしたが・・・今の綾地さんを見るに、その言葉を鵜呑みにするつもりはないようである。

 自分で言うのはなんだが、オレは腹芸が得意ではない。

 昨日がなんとかなったというのはあくまで結果論であるし、そもそもオレとしては本当は、『なんとかなった』などとは思っていない。

 そうした部分が表に出てしまっているという自覚はあって、実際綾地さんもそうした部分を感じ取っているのだろう。

 

「保科君、私の代償の肩代わりなんですけど・・・」

「止める気はないよ」

「え?」

 

 術式がなくとも、綾地さんの申し訳なさそうな表情から何を言おうとしてるかは察しが付いた。

 

「前にも言ったよね。綾地さんが代償で苦しんでいると、回り回ってオレも困る。だから、綾地さんから頼まれてもオレは代償の肩代わりを止める気はない・・・まあ、今は縛りを結んでるから綾地さんから合図をしてくれないと肩代わりはできないんだけどさ。あと、昨日は正直に言うとかなり大変だったけど、それでもなんとかなったのは本当だよ。少なくとも取り返しの付かないことにはならなかった」

「保科君・・・でも」

 

 あくまで打算的な目的であることを強調しておく。

 そうでなければ、綾地さんなら本当にオレが肩代わりする隙を見せないようにするだろう。

 今、オレが綾地さんの代償を肩代わりできるかどうかは、綾地さん次第なのだから。

 当の綾地さんからは、複雑な感情が伝わってくる。

 罪悪感、感謝、後悔、喜び・・・プラスもマイナスも色々な感情が混ざり合って、正確に何を想っているのかはわからない。

 だが、『本当に今の関係を続けていいのだろうか?』という迷いがあるのはわかった。

 

(本当に、綾地さんはいい人だな。もっと早くに知り合っておけばよかった)

 

 綾地さんの代償は一見馬鹿馬鹿しくしょうもないが、実際は非常に危険なモノであるということは、何度も肩代わりしたオレだからこそよく知っている。

 いくら叶えたい願いがあると言っても、そんな物騒な代償を他人に押しつけられるとなれば、そうしたいと想うのが普通だろう。

 なのに、綾地さんはオレに代償を肩代わりさせることを本気で躊躇っている。

 強い感謝の気持ちを向けてくれることといい、綾地さんはそれこそ椎葉さん並みのいい人なのだ。

 オレが一方的に避けていなければ、もっと早くに綾地さんの心の清さを深いところまで知ることができていただろう。

 そうなれば、椎葉さんより先に綾地さんと縛りを結んでいたに違いない。

 椎葉さんと縛りを結んだときのオレは、プラスの感情に飢えていたのだから。

 まあ、そうなっていれば遠出してストレス解消しようなどとは思わず、椎葉さんに会うこともなかっただろうから結果オーライだけど。

 ともかく、綾地さんに言ってのけたように、オレが今後も綾地さんの代償を肩代わりしたい・・・いや、しなければ困るというのは確かだ。

 というか、いくら人間嫌いの自負があるオレといえど、綾地さんが代償のせいでトラブルに巻き込まれるのは周囲への影響を除いて考えても見過ごせない。

 世の中、マイナスの感情を放つ人間だらけなのに、そんな連中を差し置いて椎葉さんや綾地さんのような心の綺麗な人の方がひどい目に遭うなど、我慢ならない。

 そして、そんな綾地さんを説得するのは打算であることを強調し、オレの利益のためにと訴えるのも効果的だろうが・・・それを押し通すにはしっかりとした『保険』を見せる必要があるだろう。

 

(まあ、しょうがないか。アカギ、早速で悪いけど約束破るぞ)

 

 本当は、遠隔での代償の肩代わりの中和など、最初から対策など見つけていた。

 ただ、驕って失敗したばかりのオレがそれをもう一度やるのにためらいがあっただけで。

 しかし、オレだけが困るのならば論外だが、綾地さんの身の安全を考えるならそうも言っていられまい。

 

「少なくとも、綾地さんがすぐ近くにいるときなら、綾地さんが感謝さえしてくれれば肩代わりは問題なくできる。それに、遠い場所にいても肩代わりをリスクなくやる方法もあるんだ」

「リスクなくやる方法、ですか?」

「うん。これも綾地さんの協力がいるけどね」

「?」

 

 疑問符を浮かべつつオレに疑わしい視線を向けてくる綾地さん。

 『そんな方法があるのなら、昨日も問題なく切り抜けられたのでは?』と眼が語っている。

 優しい綾地さんだからこそ言葉にしないのだろうけど。

 そんな綾地さんの前に、オレは拳を突き出した。

 

「今からやることは、他の誰にも伝えられない。言葉は勿論、文字でもね。ただし、相馬さんに伝えたい場合は事前にオレに報告して、オレが許可を出せば良しとする・・・この縛りを結んでくれるなら、その方法を教えるよ」

「え?そ、そんな縛りを結ぶくらい、すごい方法なんですか?」

「うん。自画自賛になるけどオレは強いから軍隊が襲ってきてもどうとでもなる。でも、これが他の魔女やアルプにバレたら、オレの周りの人間を人質にしようとするのが出るかもってくらいだね。この縛りは伝えられなくなるのを強制するから、うっかり破ってしまうことはないけど、他人との縛りっていうのは破れば死ぬよりひどい目に遭うこともある。それを結ぼうって思うくらいには」

「・・・わかりました。その縛り、受け入れます」

「わかった」

 

 改めて他者と結んだ縛りを破るリスクについて念押ししたが、綾地さんはすぐに覚悟を決めたようだ。

 その気持ちの強さを見るに、例え縛りがなくとも教えても他の人に言いふらすようなことはしないだろうという確信を持てる。

 

「いくよ。術式反転」

 

 オレは、今も綾地さんから向けられている感謝や慈しみの感情を吸収し、術式反転を使った。

 手の中に、固い感触が伝わってくる。

 成功したのがわかったオレは、そのまま手を開いた。

 

「はい。これ、心の欠片」

「え?心の欠片?・・・ええっ!?」

 

 何を言われたのかわかっていなかったような綾地さんだが、オレの手の中に見慣れた心の欠片ができているのを見ると、心底驚いたように声を上げた。

 

「え?え?え?心の欠片が、どうして・・・?」

「詳しい説明は省くけど、オレはプラスの感情を大量に取り込んで、心の欠片に変えることができるんだ。効率はあんまりよくないけどね。この欠片を持っておけば、オレはいつどんなときでも代償を中和できる」

 

 プラスの感情を固めて作った心の欠片を携帯しておくこと。

 これが、もっとも簡単な遠隔での代償の中和対策である。

 

「・・・確かに、心の欠片を作れるなんて、魔女にとってはお金を作ることができるようなモノですもんね。誰にも言えないようにするのも納得です」

「でしょ?・・・まあ、と言うわけでこうやっていつでもどこでも代償の肩代わりはできるから、綾地さんは本当に心配しなくてもいいんだ」

「それは、そうなのかもしれませんが・・・」

 

 綾地さんは、オレと違って心の欠片を作れることの重要性にすぐに気付いたようだ。

 厳重な縛りを結んだことにも納得してくれているみたいだが、それでもまだ迷いはあるといった感じか。

 いや、というよりも。

 

「こんな方法があるなら、昨日も、その、大変なことにはならなかったんじゃないですか?この欠片を用意するのも、何のリスクもなくできることなんですか?」

(やっぱり鋭いな・・・さすが頭がいい)

 

 対策があるならどうしてやっていなかったのか?やっていなかったのではなく、できなかったのではないのか?それか、その対策そのものに何らかの代償を払う必要があるのでは?

 そうした懸念にすぐ気が付いたのだ。

 だが、これに関しては綾地さんの考えは外れだ。

 

「心の欠片を作るのにリスクはないよ。でも、そもそも作るのが難しいっていうのはあるね。心の欠片を作るには、純度の高いプラスの感情が必要だから」

「あ・・・」

(まあ、それだけが理由じゃないけどね)

 

 オレのように他人の感情が感じ取れるわけではないだろうに、プラスの感情を得るのが大変ということにすぐに気付いてくれたのは意外だが、それでも納得はしてくれたようだ。

 確かに、心の欠片を用意するのが難しいというのも理由の一つではあるが、それはメインの理由ではない。

 

(オレがいつでも術式反転を使えるようになること・・・正確に言うと、『本来の使い方』で術式反転を使ってしまうかもしれないこと)

 

 結局は、オレの忍耐の問題だ。

 

 

----は、はは・・このチカラがあれば、オレにできないことなんてない!!

 

 

「・・・・・」

 

 魔法のごとき万能のチカラを手に入れて、それを私利私欲のために使わないでいられるほどオレは清廉潔白ではなかった。

 過ちをもう一度繰り返すのが怖かった。

 ただそれだけなのだ。

 

「保科君?」

「あ、ごめん・・・」

 

 少しの間、オレはぼーっとしていたらしい。

 綾地さんが不安そうな顔でのぞき込んでくる。

 

「ともかく、心の欠片を用意することに何のリスクもない。そして今は、綾地さんって言う極上のプラスの感情をくれる人がいる。もう、昨日みたいなことにはならないよ。それこそ縛りを結んでもいい」

「・・・わかりました。保科君を信じます」

 

 オレが己に戒めるように力強く言い切ると、綾地さんも信じてくれたみたいだ。

 普段の感謝とは違う種類の温かい感情が伝わってくる。

 そこには多少の不安は混じっているが、それでもオレを信じる気持ちの方が強い。

 

(ほっ、よかった)

 

 オレは内心胸をなで下ろした。

 なんだかんだ、綾地さんの代償を肩代わりできないと困ることになるのはその通りなのだから。

 同時に、綾地さんの感情に『欲』が混じっていないことに軽く驚いた。

 

(それにしても、綾地さんはすごいな。心の欠片をいくらでも手に入れられる方法が目の前にあるのに、オレの欠片が欲しいって感情が伝わってこないなんて)

 

 椎葉さんもそうだが、やっぱり綾地さんもにわかには信じられないくらい心は綺麗なのだ。

 代償の肩代わりを遠慮したこともそうだが、そもそも代償を被ることから逃れる手段を目の前にしてもそれを奪おうと少しでも考えないなど、オレからすれば驚きである。

 そう思うのは決して、オレがスレているというだけではないはずだ。

 そんなことを考えていると。

 

「・・・あんなことがあっても私は、保科君にちゃんと感謝の気持ちを伝えることができているんですね。よかった」

「?綾地さん?」

「あ、いえ!!ごめんなさい!!」

「いや、大丈夫だけど・・・」

 

 綾地さんから伝わってくるのは喜びだとか、満足感だとか、そういったプラスの感情だ。

 昨日も、綾地さんのプラスの感情は質がいいと言ったら喜んでいたが、何かあるのだろうか。

 まあ、オレとしては都合のいいことしかないからいいのだが。

 

「そうだ、保科君!!私、今日もお弁当作ってきたんです。今日も、お昼休に・・・」

「待った!!綾地さん!!」

「え?ど、どうしたんですか、保科君?」

「しっ!!少し静かに・・・」

「は、はぁ・・・」

 

 オレも綾地さんも、今日はかなり早くに学園に来ている。

 そのおかげで教室にはオレたちしかいないし、今まで呪術や魔女の話をしていたわけだが、それらの話は最悪聞かれてもゲームや漫画の話と言えば誤魔化せる。

 だが、綾地さんから弁当をもらったなんて万が一他の男子に聞かれれば、オレは凄まじい悪感情の嵐に襲われることだろう。

 幸い、術式で辺りを探ってみたが近くに人はいなかったので事なきを得たが・・・

 

(どうしよう。綾地さんに弁当を作ってもらうのはもういいって言うか?でも、すごい気合いを入れて作ってくれてるみたいだし、下手に断るのも、それはそれでなぁ)

「?どうしました?」

 

 昨日、椎葉さんに『自分の魅力に対する自覚が足りない』とガラにもなくお説教をしたばかりだが、綾地さんにも言っておくべきだろうか。

 だが、男装している自分は可愛くないと卑下していた椎葉さんと違って、綾地さんは至って自然体だし、ことさらに他の女子から悪感情を向けられているワケでもなく、オレが男子からのマイナスの感情を耐えれば済む問題である。

 というか、弁当にしても気合いを入れて作っているのは見た目や味ですぐにわかったくらいだし、それをオレの問題で断るのも情けないような気がする。

 

「保科君?」

「あ、いや、ごめん。なんでもないよ・・・あ、そうだ」

 

 結局、オレは綾地さんにお説教するのは止めることにした。

 そして、同時に思い出したことがあった。

 そう、そういえば今日のお昼休みは。

 

「ごめん、昨日言っておけばよかったんだけど、今日のお昼は他の『子』と食べる予定が入ってたんだ。せっかく作ってくれたんだし、お弁当はありがたくいただくけど、オカ研には行けないかな」

 

 今日は、因幡さんとお昼にゲームする約束をしていたのだ。

 さすがに、先約があるのに綾地さんとオカ研に行くワケにはいかない。

 そう思って、申し訳なく思いながらもお昼のお誘いをお断りしたのだが。

 

「え?」

「・・・綾地さん?」

 

 どういうわけか、まるで昔のトラウマを掘り返されたようにひどくショックを受けた様子の綾地さんに、オレは困惑することになるのだった。




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また、↓のXでの読了報告なんかもお待ちしております!!

なお、次あたりでそろそろ仮屋さんを絡ませようかなと思っています。

この作品をご存じでしょうか?①ダークギャザリング、②死印、③東方Project

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