女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話 作:二本角
この世界では、まず仮屋さんの世界線のようにチカラを取り繕おうとはしなかったけど、そのうち椎葉さんルートのようにどうにか周りに馴染もうとしたって感じです。そのあと、夏油と出会って術式に目覚めます。
オレが一番乗りで、綾地さんが二番手で入ってきた教室も少し時間が経つと続々とクラスメイトたちがやってきて、賑やかになっていく。
人が多いところは術式の関係であまり得意ではないのだが、綾地さんが現在進行形でオレに送ってくれている感謝やら心配やらのおかげで辛さはまったくない。
だが、周りの感情に関係なく、オレは少々不安を感じていた。
(さっきの綾地さん、何だったんだろう・・・?)
チラリと綾地さんの方を見ると、さすがはクラスどころか学年一の人気者ということもあってか、他のクラスメイトに囲まれて何事かを話している。
淀みなく話し続ける綾地さんはいつも通り如才なく見えるのだが、ほんの少し前の綾地さんは様子がおかしかったのだ。
それがどうにも気にかかっていた。
(不安、悲しみ、あとは恐怖か?他にもなんかドロドロした感じの感情があったけど、なんでいきなりあんな感情が出てきたんだ?)
オレと綾地さんしか教室にいない中、昨日の代償の肩代わり失敗について報告と対策を済ませることができたのだが、突然綾地さんにマイナスの感情が溢れた理由に心当たりはない。
確かに、綾地さんは昨日のことで後悔や罪悪感を抱えているようだったが、オレが心の欠片を作れることを教えたことでしっかりした対抗策があることはわかってもらえていたし、その心の欠片を作るには綾地さんの高純度のプラスの感情が必要と伝えたときにはそれらのマイナスの感情を払拭するようにやる気に満ちていたはずだ。
そう、そこから・・・
(今日の昼休みにオレに先約があるって伝えたけど・・・まさか、たったそれだけで?)
オレが言ったのは、精々がそれくらいだ。
そうなると、それしか考えられないワケだが、いくら何でもソレはないだろう。
綾地さんは責任感が強い人だから、昨日のことを気にしてオレに埋め合わせをしたいと考えてはいるかもしれない。
その機会が潰れたことを残念に思うことは・・・まあ、あり得ないとは言わない。
しかし、だからと言ってオレにもオレの予定があるわけで、そのことを理解できないハズがない。
・・・まさか、オレを常時見張っていないとまた厄介ごとに巻き込まれると考えているとか思ってるのだろうか?
(まさかまさか、オレが変な目に遭う悪夢を見たからとか?・・・ははっ!!そんなわけないよな。オレも綾地さんもそんなことを気にする年じゃないし)
子供じゃあるまいし、怖い夢を見たから一緒にいたいとあの理知的な綾地さんが思うなどあり得ない。
オレは自分で考えた馬鹿げた可能性を鼻で笑い飛ばす。
(それにしても、あのドロドロした感情は何だったんだろう?)
考えても理由はわかりそうになかったので、別のことに思いを馳せる。
綾地さんから感じた感情の中で、気になるモノがあったのだ。
オレがこれまで感じたことのない、粘り気を帯びた感情について。
いや、違うか。アレを感じるのは二回目だった。
(量は全然違うけど、昨日の椎葉さんから感じたヤツと同じだったような・・・)
--例え、ワタシが魔女でなくなったとしても
昨日、オレが自分を許せなくなるくらいのやらかしをして、椎葉さんからしばらく距離を置きたいと言ったとき。
そんなオレを押しとどめるように抱きしめてくれた椎葉さんから感じた何か。
オレが離れたいと思っても、椎葉さんから会いに行くと。
例え魔女じゃなくなって結んだ縛りが無効となっても関係ないと言ってくれたときの、マグマのように熱くて粘りを帯びた感情。
量や温度は椎葉さんの足下にも及ばないが、綾地さんから感じたソレもよく似ていたと思う。
あれは一体何だったのか。
(・・・わからない。あんな感情は初めてだ)
オレは術式に目覚める前から感情を五感で感じ取るチカラを持っていたが、そんなオレでも経験のない感情だった。
オレが感じ取る感情は、温度が高いほどそこに込められた想いが強い傾向にある。
その点で言うと椎葉さんも綾地さんも、そのときに並々ならぬ想いに満ちていたのだろうが・・・オレはどうにも不安だった。
(アレは多分マイナスの感情じゃない。でも、なんか不吉な感じがした)
温度が高い感情は、怒りや憎悪などの一部を除くとプラスの感情であることが多い。
そして、怒りや憎悪はひどい辛味やえぐみを感じるのですぐにわかるが、昨日のアレにはそんな味はなかった。
だから、マイナスの感情ではないだろう。
だが、あの粘り気の強さが気になる。
あの一度付いたら離れないとでも言うような感覚・・・捕まったら終わりと言われているような粘着質が不気味に思えて仕方がなかった。
まあ、結局考えてみたところでその正体がわかる気がしないのだが。
それに。
(まあ、あの椎葉さんと綾地さんから感じるモノだしな。あの2人なんだから、悪いモノじゃないだろ。不吉に思ってるのもオレが勝手にそう思ってるだけだし)
感情を読み取れるオレからして、『心が綺麗』と太鼓判を押せる2人なのだ。
不吉だの不気味だのはオレのイメージであり、あの2人がオレに危害を加えるハズがない。
そう考えれば、いちいちクヨクヨと悩むのは時間の無駄である。
そうしてオレが思考を切り替えようとしたときだった。
(やめやめ。考えるのはやめよう。それより他のことを・・・)
「保科~~!!なんかいいバイト紹介してぇ~!!」
「おわっ!?」
突然後ろから声をかけられて、思わず変な声が出てしまった。
「び、びっくりした・・・いきなりなんだよ仮屋」
「そんなに驚かれるとアタシの方がびっくりなんだけど・・・珍しいね。保科っていつも後ろから近づいてもすぐ気付くのに」
「ああ、ちょっと考え事しててさ。それで?仮屋は何の用なんだ?」
朝に綾地さんの接近に気が付かなかったが、またもやらかしてしまったみたいだ。
やはり昨日のことでメンタルのコンディションが悪くなっているのだろうか?
「いや、保科って割のいいバイトしてるんでしょ?それって、やっぱりアタシには紹介できない?」
「またそのことか・・・何度も言ってるけど、無理だよ。オレのバイト先は守秘義務が厳しいから」
「う~・・・どうしてもダメ?すっごい欲しいギターがあるんだけど、手が届かなくて」
「ダメなモノはダメだ」
「やっぱダメか~・・・」
仮屋の頼みごとは、オレがやってるバイトの紹介だった。
これは、今回が初めてではない。
実は、仮屋とオレは小学校でクラスが同じであり、オレは姫松学院で仮屋と再会したときにはわからなかったのだが、仮屋の方はすぐにオレだとわかったみたいで、そこから交流が始まった、もとい再開している。
そして、そのときにオレのバイトの話をしてからことあるごとに紹介して欲しいと頼んできているのだ。
「っていうか、もう普通のバイト見つけた方が早いだろ。学院で会った頃にバイト始めてたらもう買えてたんじゃないか?」
「そ、それはそうだけどさ・・・」
「?」
普通のバイトをオレはしたことがないから相場はわからないが、二、三十万円くらいなら一年もバイトすれば溜められるハズだ。
仮屋がオレにバイトのことを聞き始めてからそれくらい経つし、普通にバイトをしていれば稼げていると思う。
普段の様子を見るに生活が苦しいワケでもないだろうし、単に切羽詰まってお金が欲しいならバイトを紹介してと言うのではなくお金貸してと言うのが普通だろう。
そう思って聞いてみると、仮屋はどこか後ろめたそうだった。
同時に、オレの術式には何かを誤魔化すときの薬臭さと・・・
(ん?なんで、オレのことを心配してるんだ?)
どういうわけか、オレを心配するような感情が伝わってくる。
こと心配の感情についてはここ最近椎葉さんと綾地さんから頻繁に受け取っているため、間違っていることはあり得ない。
仮屋がオレに何かを隠しつつ、オレを心配しているというのは確定だ。
とはいえ、隠しているモノが何かはわからないが、オレのことを気遣っているのだから悪いことではないだろう。
まあ、一般人で術式のことを知らない仮屋にそれを問いただすことはできないが。
そして、それらの事情を置いておくにしてもだ。
(そもそも、オレのバイトの紹介なんか絶対無理だ)
もとより、オレのバイトと言うのは先生に紹介されるモノであり、オレの術式を活用するものだ。
(オレの術式、自分で言うのもなんだけどコントロールできるなら戦闘以外でもかなり便利なんだよな)
まず、魔女の願いを使って成り上がった大企業のお偉いさんやたまにテレビで顔を見るような政治家・・・そういったいわゆる海千山千の人たちのオカルトに関わるトラブルや占い(先生やオレがストックしてる呪霊を使った情報収集をしてからお告げという形で知りたいことを教える、もしくは逆にお告げしたことを起こす感じ)の相談を受ける。
しかし、魔女に選ばれるだけあって人格的に悪い人に当たることはそうはないが、バカ正直ではやっていけない世界に身を置いている人たちだからか、隙あらば一度の依頼でこっそり色んな厄介ごとを解決させようとしてきたり、面倒な人間関係に絡みつけてしがらみを持たせようとしたりと腹に一物を持っている人ばかりなのである。
そして、そういう人たちを相手にするときにオレの術式は非常に役立つのだ。
オレと先生なら思念を介してコミュニケーションを取る呪霊を使って口に出さずやり取りすることができるので、オレが読み取った感情の中身を先生に伝え、相手の腹の中身の推移を見ながら交渉を行うことができる。
相手の要望にきっちり応えつつ、余計な欲をかかないように釘を刺しておく。
そうすることで、オレたちは表向きは経営コンサルタントを名乗りつつ『本物』の霊能者として面子と信用を保っているのである。
(まあ、先生からしたらただの暇つぶしみたいだけど)
もっとも、先生からすればそのようなことを始めたのはアルプ関係の揉め事に首を突っ込んだからであり、以降は術式の運用を錆び付かせないための練習兼小遣い稼ぎ(相手が相手なのでかなりの額だが)兼暇つぶしだったらしい。
オレを見つけてからは術式の運用は実戦形式のトレーニングができるようになったので、今は本当に小遣い稼ぎと暇つぶしのためにやっているとのことだ。
--私の最近の楽しみはね、柊史。キミの成長を見ることなんだよ。なにせ、私の唯一の教え子にして同類だからね。
(それにしては、最近は先生仕事ばっかりなんだよな。まあ、真面目な人だし受けた依頼は断らないよな)
とはいえ、今の先生は仕事で全国を飛び回っている。
オレも自分が鈍っていると思うくらいには先生とトレーニングをしていない。
もしかしたら、先生に新しい目標ができたから仕事に集中しているのかもしれないが、次に会うときに秒殺されないように勘を取り戻しておくようにしておくか。
(・・・まあ、なんか余計なことを考えちゃったけど、ともかく)
色々今は関係ないことを考えてしまったが、そういうわけでとてもじゃないが他人に紹介できるようなバイトじゃない。
そもそも、紹介したところでできることはない。
それは魔女である椎葉さんや綾地さんであっても同じことで・・・
(いや、待てよ?)
そこで、オレはふと閃いた。
「・・・なあ、仮屋。ちょっとテストしてみてもいいか?もしそれで結果が良ければ、直接は無理だけど、バイトの手伝いは紹介できるかも」
「へ?ど、どういう風の吹き回しなのさ?これまでは何度頼んでもダメだったのに」
「こっちも色々事情が変わったんだよ。それで、どうするんだ?」
「勿論受けるよ!!」
「よし・・・じゃあ、このペンを握ってくれないか?」
「いいけど・・・これがテスト?」
「ああ。まあ、心理テストみたいなもんだと思ってくれ」
「ふ~ん?」
オレはあることを思いついて、予想通り乗り気の仮屋に向かってシャーペンを突き出して握らせる。
そして、オレは仮屋が握った方とは逆側を握る。
これで、オレと仮屋の物理的な距離はかなり縮まった。
ここからが重要だ。
「それじゃあ仮屋。正直に答えてくれ。オレがバイトを紹介したら、嬉しいと思うか?ありがたいって思うか?」
「え?そりゃあ、嬉しいし、ありがたいけど・・・?」
「本当にか?本当にそう思うのなら、強くそうイメージしてくれ」
「ええ~?何ソレ・・・?コレ本当にバイトのテストなの?」
「言ったろ?心理テストみたいなもんだって。ほら、イメージできなきゃ不合格だぞ」
「わ、わかったてば。ちょっと待ってて」
オレの要求に訝しげな顔をする仮屋だが、バイトのことをちらつかせると真剣になってくれたようだ。
目をつぶり、集中を始める。
そして。
(・・・驚いたな。思ったよりかなり質がいい)
オレの術式に温かい感情が伝わってくる。
オレの術式でプラスの感情を感じ取る際、感情の強さと向きのかけ算が質に直結する。
その点で言うと、仮屋の感情は椎葉さんや綾地さんにはさすがに及ばないが、それでも中々の質の高さだった。
オレにしっかり感謝をしてくれている証拠である。
これならば・・・
「仮屋、合格」
「へ?」
オレは、すぐに仮屋に合格を告げていた。
「え?本当に今のだけで合格なの?」
「うん。正直オレも驚いてる・・・とりあえず、オレが担当してるバイトの下請けみたいになると思う。内容はここだとアレだから、また今度手伝ってもらいたいときに言うよ」
「・・・今更聞くのも遅いかもだけどさ。保科のバイトって本当に何してるのさ?」
「それは言えないな。さすがに企業秘密。でも、さっきの気持ちが続くんならしばらくはバイト代払えるよ。あ、あと、このことは他の人には広めないで欲しい」
「言われなくても、こんな変なテストのことなんか他の人には言わないって。なんかいかがわしいことに巻き込まれてるって思われそうだし」
「・・・まあ、そうしてくれると助かる」
合格したことを嬉しく思うより、こんなテスト内容で合格したことそのものを訝しく思っているような仮屋。
テストを課したオレが言うのもなんだが、当然の反応だとは思う。
しかし、断る気はないみたいだ。
(よし、これで、短い間だろうけどプラスの感情の収入を増やせる)
オレが閃いたことは、プラスの感情の買い取りだ。
普段、オレは椎葉さんや綾地さんの代償の肩代わりをすることでプラスの感情をもらっているワケだが、別に魔女相手でなくとも、バイト代を払うことで感謝してもらえるのでは?と、仮屋からバイトの話を聞いて思いついたのである。
正直ダメ元どころか半ばジョークのつもりだったが、まさか本当にうまく行くとは。
(今は、少しでもプラスの感情を稼いで、心の欠片を持っておきたいからな)
昨日の失敗は、本当に堪えた。
二度と、あんなことは起こしたくない。
オレ自身にまだ誘惑を断ち切れるかという不安はあるが、また椎葉さんに襲いかかりそうになるよりはマシだ。
そう思って、いざというときの心の欠片を増やすためにダメ元でも提案してみたのである。
(とりあえず、仮屋にはバイト内容をでっち上げとかないとな。まあ、バイト代出すって言ってもさっきくらいの質の感情なんて長続きしないだろうし、適当でいいか)
とはいえ、よほどの理由がない限りプラスの感情が長続きしないことは経験上よく知っている。
仮屋からプラスの感情を受け取れるのもごく短い間だけだろう。
別にオレの懐具合ならプラスの感情一回につき数万円支払うのを一年続けようが問題はないが、オレの方に問題はなくとも仮屋からの供給が枯渇するのが先になるのは確実。
バイトの内容は適当に怪しまれない程度のことを考えておけばいい。
「保科?どうかした?」
「・・・いや、なんでもない。あと、オレのバイトは回せるにしても少しの間だけだろうから、欲しいモノがあるなら普通のバイトも探しておいた方がいいぞ」
「・・・まあ、それはそうするよ。とりあえず、よろしくね」
「ああ。こっちこそよろしく」
下請けとはいえ、これまで何度も頼んできたバイトに受かって嬉しいのか、笑顔で感謝と喜びを向けてくる仮屋。
オレもまた、予想外の臨時収入に笑顔で応えて・・・
--チクリ
「ん?」
一瞬、針で刺されたような感覚がした。
「保科?さっきから本当にどうしたの?」
「いや、誰かがこっちを見てたような気がして」
今の感覚は、誰かの視線が突き刺さったときのモノだ。
それも、あまりよくない感情が乗った。
一体誰がそんな視線を送ってきたのか探ろうとしたときだった。
「っとぉおおおお!!間に合った?セーフか!?」
「わっ!?海道ギリギリじゃん」
「ギリギリってことは、間に合ったってことだな。よかったぁ~・・・はっ!?いや、これはもしかして遅刻したことによる佳苗ちゃんからのお叱りを受けるチャンスを棒に振ったということでは?」
「お前は今日も相変わらず気持ち悪いな」
「そんなこと言ってる時点で久島先生なら叱ってくれるんじゃない?知らないけど」
「おいおいキミたち・・・そんなに俺を褒めるなよ」
「「褒めてないから」」
「お~い、お前ら席付け!!座ってないと遅刻扱いにするよ!!」
遅刻寸前のタイミングで海道が教室に飛び込んできた。
今日もいつも通りのキモさを醸し出してせっかくの外見の良さを台無しにしている友人である。
そして、そんな海道の痴態に突っ込みを入れていると担任の久島先生がやってきて、HRが始まる。
そうこうしている内に、オレは視線のことなど気にならなくなっていたのだった。
(・・・保科君、仮屋さんと何の話をしてたんでしょうか?)
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仮屋和奏は、一限目の授業を受けつつ、一瞬だけ視線を保科柊史に向ける。
このとき、気付かれないようにするコツはほんの一瞬しか見ないこと。
和奏が気になっている相手は昔から異常に勘が鋭いのか、背後から見ただけでも見られていることに気付いたりする。
だから、相手のことを見たいと思っても、見ていいのは一瞬だけなのだ。
これは、和奏が昔に編み出した柊史の観察法である。
「・・・?」
(・・・ちょっと危なかったかも?)
柊史は誰かに後ろから肩でも叩かれたように振り向いたが、そのとき和奏は視線を机の教科書とノートに向けている。
少しの間、柊史は不思議そうな顔をしていたが、授業中ということもあってすぐに顔を前に戻す。
どうやら気が付かれなかったようだと、和奏は心の中で胸をなで下ろした。
そんなに安堵するくらいなら最初から見なければいいじゃないかと思うかも知れないが、気になってしまうモノは仕方がない。
なにせ・・・
(・・・まさか、今日になっていきなり進展するなんて思ってなかったなぁ。でも、せっかく掴んだチャンスなんだから逃がさないよ)
ずっと前から気にかかっていた秘密に食い込めるチャンスが、こんなにも急に迫ってくるとは思ってもいなかったのだから。
そう、仮屋和奏という少女は。
(もう、アタシは後悔なんてしたくないから)
ずっと昔から、保科柊史という少年のことが気になってしょうがなかったのだ。
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--前々から、放っておけない人だとは思っていた。
それが、小学生の和奏が柊史に抱いていた印象である。
というのも、その頃の柊史は周りから孤立気味だったからだ。
ふとした時に『変な味がする』だとか、『気持ち悪い感触がする』だの言ってよくわからない理由で騒ぐ少々不気味なところがあったということもある。
だが何よりも、子供にとって『致命的に空気が読めない』ということが柊史を避ける大きな要因であったろう。
例えば、クラスでテストでいい点を取った子が、『大したことないよ』と口だけは謙遜していたとする。
普通なら、『ああ、テストの結果が良かったから自慢したいんだな』と察するが、よほど仲が良くなければ正直に指摘はしないだろう。
『それとなく』何かを自慢したいということは誰にでも経験があることであり、直球ど真ん中で『自慢したいんだろ?』と言うのは相手に悪く思われると感覚的に理解できるからだ。
何もかも正直に言ってもいいことはない、言わない方がいいこともあると学ぶ年頃でもある。
だが、保科柊史という少年は、『どうしてそんなに自慢したいと思ってるのに正反対のことを言うんだ?』と空気を読むとか察するだとか、小学生ですら身につけている気遣いをどこぞに放り投げたような物言いをするのである。
フォローするのならば、柊史はその頃自分のチカラというモノがよくわかっていなかった。
柊史からすれば他人の感情がわかるのは当たり前のことであり、周囲の人間も同じ能力を持っていると思っていたのだ。
当時の柊史にとって感情は隠せるモノでなく、どんなに言葉で取り繕ったところで意味のないモノであった。
故に、『自慢したいのはみんなわかってるんだから正直に言えばいいのに』と言ってしまうのである。
そんなことばかりするモノだから、柊史が孤立するのは当然であると言えた。
孤立で済んでいたのは、なんだかんだ言って周囲もまだ幼く言ってはいけないことを我慢できない子がそれなりにいたことや、柊史のチカラがいい方に働き、実は助けを求めている相手を手伝ってあげることもあったからだ。
『どうしたの?なんか忘れ物?』
『え、ええ?い、いや、そんなことないから!!』
『でも、すごく困ってるじゃんか。なんで正直に言わないんだ?・・・教科書忘れたなら見せてやるけど』
『う、うう~・・・じゃ、じゃあ、お願い』
『わかった』
かくいう和奏も、そうして柊史に困っていたところを助けられたクチだった。
とは言っても大したことではなく、教科書を忘れてしまったことに授業直前に気づき、なんだか恥ずかしくて誰にも言えなかったところをたまたま席が隣だった柊史の方から声をかけてきたおかげで助かったというだけの話だが。
そのあとすぐに席替えがあって、柊史に深く関わることはなかったけども。
ただ、それから保科柊史のことがなんとなく気になるようになった。
学年が上がって、柊史も少しは学習し、以前よりはバカ正直に他人がどう思っているのか言うのは控えるようになった頃も。
授業中、これまで通りなら奇行に走っているであろうタイミングでも、何かを我慢するようになった頃も。
それでも、どうしても我慢できないことがあったりしてそれまでと同じような言動をしてしまうことで柊史がどんどん孤立を深めているときも。
和奏は、柊史のことを見ていたのである。
(やっぱり、ちょっと心配かも。このまま放っておくのはよくないと思うけど、でも・・・)
放っておけない、心配だと思いつつも、柊史と関わることで自分も孤立することを恐れて何もできないまま。
・・・なお、柊史に気付かれないような観察法はこの頃に編み出したモノだったりする。
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ここまでは、細部に違いはあれど『原作』と大きな違いはなかった。
仮屋和奏が保科柊史が孤立するのを気にしているうちに異性として惹かれていくという流れに変わりはない。
だが、本来ならば、この先で和奏が転校したことで距離が離れてしまい、柊史に後悔にも似た想いを抱きながらも、柊史が他の4人のうちの誰かと親密にならない場合にしか想いは再燃しないはずだったのだ。
それがどうして、『原作』が始まる前の時期であるにも関わらず柊史に執着するような面が露わになっていたのか?
それは、柊史がこの世界に偶然紛れ込んだ『異物』に触れてしまったことで、和奏もまたほんの少しだけとはいえ、常人が見るべきでない世界の存在を知ってしまったからだ。
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ある日のことだった。
その日も、和奏は少々憂鬱な気分を紛らわせるために街を散歩していた。
どうして憂鬱なのかと言えば、地味に気になっている柊史がここのところずっと入院しているからである。
(・・・お見舞い、行った方がいいのかな?でも、アタシ、保科が入院してる病院知らないし)
もう一週間ほど、柊史は学校に来ていない。
友人と呼べるほど親しくはないが、クラスメイトなのだしお見舞いに行った方がいいとは思うが場所がわからない。
かと言って、学校の先生に病院の場所を聞くほどの行動に移る勇気もない。
迷っているのにいまいち踏ん切りが付かず、そんな情けない自分にイライラしていたのである。
そんなときだった。
(あれ?あそこにいるの、保科?)
たまたま、人気のない近所の住宅街を歩いているときだった。
やや遠くに、見覚えのある男の子が歩いていた。
少々距離はあるが、ずっと気になってみていた相手であるからして、見間違えることはない。
その男の子は確かに保科柊史だった。
見たところ、その歩みはしっかりしているし、普段は浮かべないような笑顔をしていることから元気そうである。
そのことに、和奏はひとまず安堵した。
だが、次に和奏の心に浮かんだのは不審である。
それというのも・・・
(保科の隣を歩いてる男の人、誰?保科のお父さん・・・にしては若いような?お兄さん?でも、顔が似てない。っていうか、変な格好)
他人との関わりが希薄なはずの柊史が、見知らぬ青年と歩いていたからだ。
ただまあ、それだけなら和奏も不審に思うところまではいかなかった。
柊史が珍しくも笑顔で話していることから、柊史が心を開いている相手だとはわかったので。
問題は、その青年が男性の中では滅多にいないくらい髪を伸ばしているのにお寺のお坊さんが着るような袈裟を身につけていたことだ。
世間では、普通の人がしないような格好で街中を歩く人物を不審者と呼ぶ。
別に気にしている相手でなくとも、知っている顔が不審者と一緒に歩いていれば不審な気持ちにはなる。
だって不審者なのだから。
(保科・・・変なことに巻き込まれてないよね?)
不審が心配に変わるのはあっという間だった。
そして、和奏は肝っ玉の太い少女でもあった。
故に。
(後をつけてみよう・・・)
こっそりと、2人を尾行することに決めた。
(・・・保科、全然アタシに気付いてない。今はありがたいけど、なんかムカつく)
尾行を始めてしばらく。
柊史と不審な青年は談笑しながらゆっくりと歩いており、遮蔽物の多い住宅街ということもあって後をつけるのは思いのほか楽だった。
普段ならば勘が鋭くて盗み見ることすら難易度の高い柊史も、青年と話すことが楽しいのか尾行されていることに気付いていない。
自分が話しかけたときは笑顔など欠片も浮かべなかったくせに不審者なんかに楽しそうにしているのがついイラッとするくらいには、和奏も余裕を持てていた。
そうして、そのまま歩き続ける2人と1人だったが・・・
(あ、曲がり角)
柊史と青年が、曲がり角に差し掛かった。
柊史の勘の良さを警戒して距離を取っていたので、見失わないように和奏は小走りになろうとして。
『やあキミ。柊史の友達かい?』
「っ!?」
『背後から』声をかけられた。
慌てて振り向くと、そこには笑顔を浮かべる青年が立っていた。
(な、なんで!?保科もこの人も、結構遠くにいたのに!?どうやってアタシの後ろに!?)
ほんのついさっきまで、目の前の青年は自分の前方にいたハズだった。
それがどうして、後ろから声をかけられているのか。
『・・・キミは、見たところただの猿だねぇ』
「え?さ、猿?」
混乱する和奏を笑顔のまま眺めていた青年が、ボソリと呟いた。
これまでの人生で猿呼ばわりされたことなど一度もなかった和奏は、その暴言としか思えない言葉に、ついまじまじと青年の顔を見てしまい・・・それに気が付いた。
(この人、眼が全然笑ってない・・・)
にこやかな笑顔こそ浮かべているが、青年の目は氷のように冷え切っていて、自分のことを家の中に侵入した害虫でも見るような眼で見ていることに。
『困るんだよねぇ・・・せっかく見つけた同類なんだ。乙骨憂太のときみたいになるのはゴメンだからあからさまなマネをする気はないけど、猿ごときに余計な茶々を入れられたらさ。あの子は優しいから、下手に猿に手を差し伸べるようなことをして・・・浅ましい連中に集られるとか、普通にありそうで怖いんだよね。だから』
--ザリッ!!
「っ!?」
(な、なにっ!?今の音!?)
青年が和奏には理解できない独り言を言うのと同時に、奇妙な音がした。
まるで、『大きな何か』が地面を這いずり回ったような音。
だが、和奏の目には何も変わったモノは見えない。
目の前にいるのは青年だけのハズなのだ。
なのに。
『なるべく、猿には柊史に関わって欲しくないんだ。わかるよね?』
--シャァアアアアア・・・・
(いる!!見えないけど、いる!!何か、怖い何かが!!)
地面を擦る音が、振動が、湿り気と熱を帯びた空気の感触が。
和奏に生々しい感覚を伝えていた。
本能が、悲鳴を上げていたのだ。
すぐそこに、自分などあっという間に殺せるような『何か』がいると。
「あ、あんた・・・人間、なの?」
『ほう?』
恐怖のあまりその場にぺたんとしゃがみ込んでしまった和奏の口から、嘘偽りない本音が飛び出した。
和奏には、目に見えない何かだけでなく、青年も同じ人間だとは思えなかったのだ。
そして、和奏のつぶやきを拾った青年はニヤリと、それまでの取り繕った笑みとは違う形に唇を歪めた。
『キミはただの猿みたいだけど、ソレがわかるだけ猿の中では優秀だね。うん、よし。そんな優秀なキミに一つアドバイスをあげよう』
青年が軽く手を振ると、それまでその場を支配していた重苦しい圧迫感が消える。
そのまま、和奏に背を向けつつ。
『
そう言って、青年は一度も振り返ることなく去って行った。
・・・その後、和奏はもともと柊史と関わって孤立することを恐れていたことに加え、命の危機を感じたことで本来の流れのように柊史から距離を取ることになる。
だが、それは青年の、夏油傑の思惑とは真逆の作用を及ぼすこととなった。
(保科、あれから大丈夫だったのかな・・・アタシが怯えた『せい』で、ひどい目に遭ったりしてないかな)
和奏が、柊史を見捨ててしまったような形で別れてしまったことを悔やむのは原作通り。
だが、この世界の仮屋和奏は『保科柊史が想像もできないような恐ろしい何かに巻き込まれている』ことを知ってしまった。
そして、自分だけがソレを知っていながら、恐怖のせいで柊史のために何もできなかったという原作よりも遙かに深い後悔を抱くこととなったのだ。
その後悔は、柊史への執着心を強く育てることに繋がった。
(保科に姫松学院で会ったときには本当に驚いたけど、安心したよ)
時は進み、和奏が転校した先から姫松に戻ってきて、姫松学院で柊史に再会したとき。
あのとき、和奏は心の底から安堵した。
--ああ、よかった。ちゃんと生きててくれた
小学生のときよりも、周囲に取り繕ったような顔をしていることは気にかかる。
それでも、柊史は元気にしていたのだから。
しかし。
(でも、保科はまだあの男と繋がりがあるみたい)
昔、同じ小学校で同じクラスだったという縁から話すようになり(余談だが、このとき柊史の方は和奏のことを忘れており、和奏は軽くキレた)、柊史がバイトのことを口に出したとき、柊史が未だにあのときの青年と関わりがあることを和奏は察した。
あの男が柊史に非常に強い親近感を持っているのはわずかな間でも理解できていたが、同時にあの男の危険性も時折夢に見るくらいには覚えていた和奏である。
つまり、柊史はまだ危険な世界の中にいることを知ったのだ。
それから、和奏は勘の鋭い柊史に気取られないように、己の中で育て続けた後悔に背中を押されながら、遠回しにバイトの紹介をねだって情報を集めようとしたのである。
そして、これまで空振りだったのが今日になって急に道が開けた。
(もしかしたら、アタシは勘違いをしてるのかもしれない。保科は、別に危ない目には遭っていないのかもしれない。でもソレを確かめるまでは止まらないから)
柊史が危険な場所にいるかもしれないというのは、あの男という非常に有力な証拠はあるものの、和奏の勝手な推測である。
それでも、和奏に立ち止まる気はなかった。
胸の中で今も自身をさいなむ
(あとは、もう一個気になることができたんだよねぇ・・・)
さらに、ここ最近になってもう一つ別のことが和奏を駆り立てる燃料となっていた。
あのとき、柊史の近くにいたのはあの男1人だけだったが・・・あの男には仲間がいたりしないだろうかと。
ちょうど、その仲間に心当たりがでてきたのだ。
(綾地さん。もしかして、あの男の仲間だったりするの?)
このクラスどころか、学年、いや学院一の人気者と言っていいほどで、同性の自分すら見蕩れてしまいそうな美少女である綾地寧々。
そんな、男なら誰でも傅くような寧々を、柊史は異様なまでに避けていた。
まるで、特大のトラウマでも植え付けられたように。
・・・和奏は、あの男が言っていたように、柊史には普通の人間とは違う部分があることを知っている。
そして柊史の反応を鏡として見ると、綾地寧々にもまた、奇妙な点があることに気が付いた。
(このクラスになってから、保科が授業中に変な反応をするようになって・・・綾地さんも、保科のことを見てた)
柊史とは学院の一年の頃から交流を再開した和奏だが、今のクラスになってから柊史が昔のように奇妙な言動をするようになったのはおかしいと思っていた。
最初の頃は柊史も訳がわかっていないようだったが、そのうちに寧々の方を何かを堪えるような顔で見るようになり、さらには寧々も柊史のことを観察するような素振りをするようになったのである。
ときには、2人同時に突然体調が悪くなったようになることもあり、その頃には寧々もまた、柊史と、ひいてはあの男と同じ世界にいるのではないか?と疑念を持ったのだ。
極めつけに、昨日のアレである。
(一昨日までは保科、綾地さんのことをすごく警戒してるみたいだったのに、昨日から全然態度が違う!!綾地さんの方も!!なにより!!)
これまで男の影など全くなかった寧々が、寧々の方から柊史を昼休みに誘ったのだ。
これにはクラスどころか学年中、いや、先輩後輩含めた学院中で騒ぎになった。
当然、和奏も気になって柊史にどうしてそんなことになったのか聞いてみたのだが、そこで言われたのだ。
--いや、オレのバイト先がさ。綾地さんのすごい親しい人と契約を結ぶことになったんだ。その関係だよ。
(怪しい。すっごく怪しい!!)
隠し事の苦手な柊史の目が泳いでいたので、その言い訳は嘘だろう。
だが、同じく質問攻めされていた寧々も同じ釈明をしていたことから、すべてが嘘ではないのではないだろうか。
柊史のバイトのことを2人でカバーストーリーに使うのなら、少なくとも食い違いでボロを出さないようにするために寧々もそのバイトの概要くらいは知っていると見ていい。
(アタシが何度聞いても教えてくれなかったバイトのことを教えられているなら、やっぱり綾地さんも・・・)
柊史のバイトに、あの男が関わっているのは確実。
そして柊史と寧々がいきなり親しくなったのも、件のバイトが原因だと言う。
これで寧々のことを怪しむなと言われても無理というモノだ。
(とにかく!!保科のバイトのことを調べる。そうすれば、柊史が変な目に遭わされてないかとか、綾地さんの正体?とか、その辺りのこともわかるかもしれないし・・・うん。そうだ)
仮屋和奏は、とにかく知りたいのだ。
(また、前と同じように・・・保科を見捨てるようなことは絶対にしたくないから)
かつてのように、後悔に塗れた選択をしないようにするために。
授業中の教室の中で、和奏はそうして静かに決意を燃やすのであった。
TIPS 各キャラの保科君への感情でかさ順。
夏油(?)>椎葉さん(混沌とした何か)=太一さん(息子への愛情)>仮屋さん(後悔)=綾地さん(責任感と感謝、罪悪感)>因幡さん(信頼と親近感)=>海道(気のあう友人)>>普通の友人>相馬さん(礼儀正しいビジネスパートナー)>知り合い>アカギ(トラウマ製造機)。
太一さんの愛情は息子のためなら自分の命など惜しくないと思うくらい強いものですが、分類上家族愛であり、アブノーマルなものではありません。夏油は知らない。
オレ、ゆくゆくはこの火薬庫みたいな状況の中に椎葉さんという特大の爆弾を仕込むことになるのか・・・自分で書いておいて展開がどうなるか不安で仕方ないです。
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