女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話   作:二本角

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投稿が遅れて申し訳ありません。
因幡さん回になるはずが登場すらさせられなかったので、お盆中にあと一話上げられたらと思っております・・・

そしてリア10爆発46様、誤字報告誠にありがとうございました。
私、乙骨のことを乙骨『優』太だと勘違いしておりました・・・


続・迷探偵・仮屋和奏

「あれ、保科また食堂なの?」

 

 昼休みになり、因幡さんとの約束のために教室を出ようとすると、仮屋に呼び止められた。

 

「食堂行くならアタシもついてくよ。朝の話の続き聞きたいし」

「あ~、それなんだけどさ」

 

 今朝、プラスの感情をもらえるか軽くテストをしてみたら仮屋から想像以上に収穫があったから、感情をこっそりいただくために仮屋が前々から興味津々だったオレのバイトを手伝ってもらうというカバーストーリーを話したのだが、詳しい話はまたあとでということで途中で切り上げてしまっていた。

 そのことでオレに聞きたいことがあるのか、仮屋もオレについてこようとしているようだった。

 だが、今からオレが行くのは食堂ではなく特別棟。

 しかも、最近はクラスで友達ができているとは言え人見知りの気が強い因幡さんに会いに行くのだ。

 初対面の仮屋を連れていくのは時期尚早というモノだろう。

 それに、オレのバイトに関する話も因幡さんの前では話しにくい。

 そういうワケで、オレは正直に事情を話すことにした。

 

「オレ、最近一年生の子と仲良くなってさ。今日はその子とモン猟やる約束しちゃってるんだ。だから悪いけど、バイトの話はまた今度でいいか?」

「え、ええっ!?あの保科が後輩と仲良くなってゲームぅ!?」

『っ!?』

 

 オレが先約があることを打ち明けると、仮屋は大きな声を出して驚いていた。

 別に後ろめたいことがあるワケじゃないけど、大声で言うのはなんか恥ずかしいから止めて欲しい。

 昼休みということで皆思い思いに話しているからそこまで注目を浴びてはいないが、なんか教室の一角から誰かがひどく驚いたような気配を発しているのが術式ごしに伝わってきた。

 

「おい柊史。金で買う友情なんて醜いぞ。俺なら友達料なんていらないぜ」

「待て海道。人聞きの悪いことを言うんじゃない。そんなんじゃないからな。偶々モン猟の野良パーティやってた縁があったからだから」

 

 仮屋の声を聞きつけたのか、それとも最初からオレたちに声をかけるつもりだったのか、いつの間にか近くにいた海道がいつにないマジ顔でそう言ってきた。

 本気でオレのことを心配してくれているのは嬉しいが、同時にそこまでオレが後輩と仲良くなったのが信じられないのかと思うと結構腹立たしい。

 

「海道の言うことじゃないけどさ。本当に大丈夫なの?ほら、カツアゲとか」

「いつからこの学園の治安は不良漫画の世界になったんだよ。っていうか、いくらなんでも一年生の女子に負けるほど弱くないから」

「・・・ふーん。女の子なんだ?その後輩」

「え!?お、おい柊史。そっち系はマジでヤバいから止めた方が・・・最悪退学沙汰だぞ」

「お前それ以上アホなこと言うとマジでぶん殴るぞ。そっち系ってなんだ」

 

 一体何の妄想をしているのか、海道が心底心配そうにオレに忠告してきたが、その本気具合が軽くイラッときた。

 

「あ~もう!!お前たちはオレのオカンかよ。待たせてるんだからオレはもう行くからな」

 

 このままでは埒があかなそうなので、オレは強引に話を切り上げて教室を出ることにした。

 っていうか、ここまでの会話はオレのみならず因幡さんにめちゃくちゃ失礼である。

 海道や仮屋が本気で心配するのもこれまでのオレの性格や交友関係の乏しさをよく知っているからこそというのはわかるし、それを嬉しく思わないワケではないが・・・それに付き合って因幡さんを待たせるのは因幡さんに悪い。

 

「じゃあ仮屋。さっきも言ったけどとりあえずバイトの話はまた今度な。それじゃ」

 

 そう言って、オレは返事を待たずに教室をあとにするのだった。

 

 

-----

 

 

「何々?和奏ちゃんとうとう柊史のバイト紹介してもらえたの?」

 

 柊史が出て行った後の教室で、しばらくは教室のドアの方を心配そうに見ていた2人だったが、海道は柊史が去り際に言い残したことが気になったのか、和奏に水を向けた。

 

「・・・うん。詳しい話はまだ聞かせてもらってないけどね」

「へぇ~、よかったじゃん。和奏ちゃん、前々から柊史のバイトのこと気になってたみたいだし・・・」

 

 柊史、和奏、海道の3人は一年生の頃からの付き合いだ。

 海道も、和奏が柊史がやっているという少々怪しげなバイトに興味津々なのは知っていた。

 ・・・まあ、和奏のそれが単なる金銭目的にしてはいやにこだわり過ぎじゃないか?とは思っていたが。

 

「それにしても柊史が後輩の女の子と仲良くなるなんてな。嬉しいような不安になるようなで複雑な気分だぜ」

「保科も言ってたけど、あんたは保科のオカンか・・・まあ、不安なのはアタシもわかるけど」

「あ、やっぱり?」

 

 バイトの話も気になるが、詳細がわからないのではそれ以上話すこともない。

 それよりもあの人付き合いに難のある友人に仲のいい後輩ができたという方が今は気になるようで、話題はそちらに移った。

 和奏としても、その後輩というのは少々気にかかる存在だった。

 

(綾地さんに続いて保科と仲のいい後輩か・・・さすがに、そこら中にあの男の仲間がいるってのはないよね?今度こっそり付けてみようかな。ううん、まず保科にその後輩に会わせてって聞いてみればいいか。後ろめたいことがなければ保科も断らないだろうし。尾行するのはそれでダメだったときにしようっと)

 

 ただでさえ寧々という疑惑のある人物が出てきたところで今度は謎の後輩だ。

 タイミング的にも色々と怪しいような気もするが、さすがに疑いすぎか?とも思う。

 嘘をつくのが苦手な柊史にしてはモン猟の話は本当のようだったし、いくらなんでもあの男(ロンゲ坊主)みたいなヤバいヤツがこの姫松学院の中にそうそういるとは思えないからだ。

 柊史の話が本当なら正攻法で会わせてもらえばいいし、それがダメなら前のときのように後をつければいい。

 学院の中で柊史と一緒にいるときならば、懸念が当たっていたとしても相手だっておかしなマネはしないだろう。

 いや・・・

 

(せっかく今はチャンスを掴んでるんだし、変なことはしない方がいいかな?保科に後輩のことを聞くくらいなら大丈夫だろうけど。もしその後輩もあの男みたいなのなら、バイトのことで関わってくるかもだし)

 

 和奏は今、小学生の頃から気になってしょうがなかった柊史の『事情』に繋がる糸口を手に入れたばかりなのだ。

 前のようにちょっかいをかけてやぶ蛇になったあげくにその手がかりを失うようなことがあれば目も当てられない。

 今は余計なことはせずに手元にある機会を有効に使うべきだ。

 と、ここまで考えたところで。

 

「そうだよな、やっぱり心配だよな。柊史のヤツ、また秋田みたいなのに引っかかってないかって」

「へ?」

「ん?」

 

 ここで、和奏は一つ失念していた。

 和奏も海道も柊史のことを心配していたのは同じ。

 だが、和奏のそれは柊史が常人の踏み入る場所にはいないと知っている和奏だからこその視点であり懸念である。

 当然、一般人の海道は『柊史がいつもみたいにいいように使われていないか?』ということを不安に思っていたのであり、決して『謎の超能力者に変な目に遭わされていないか?』などということは想像すらしていない。

 ちなみに海道が口にした秋田とは、クラスでそこそこの立ち位置にいる女子であり、悪い子ではないのだが面倒ごとを積極的に引き受ける柊史を体よく利用していることがそれなりにある。

 さらに言うと、柊史が寧々の代償を初めて意識して肩代わりしたときに寧々を保健室まで連れて行ったのも彼女である。何気に面倒見は悪くないのだ。

 

「和奏ちゃん?」

「あ、いや、そ、そうだよね!!アタシもそう思っててさぁ!!保科ってば、この学院だといい人ぶってるっていうか、色々無理してるような感じが・・・」

「和奏ちゃん、やっぱり・・・」

「な、何さ?」

 

 咄嗟に海道に合わせようとしたせいか若干挙動不審になった和奏を見て、海道は訝しげな顔をしていたが、やがて何かに納得したように顔をキリッと真剣な表情に変えた。

 その変化に、和奏もつい身構える。

 

「和奏ちゃん、柊史のことを・・・あ~、やっぱナシ。うん。こんな所で言うことじゃなかったわ。ごめんね」

「え?」

 

 そのまま海道は何事かを続けようとしたが、途中で止めてしまった。

 肩透かしを食らったような和奏は一瞬呆けるが・・・

 

「・・・っ!!違うから!!アタシはそういうんじゃないから!!」

「わかったわかった。そういうことにしとくよ。でも和奏ちゃん、隠すつもりならもう少し気をつけた方がいいぜ?思い返してみたら一年のときもだいぶ柊史のこと気にかけてたし、バイトのことも同じところで働きたかったって思えば納得・・・」

「違うって言ってるでしょーが!!」

「おぶっ!?・・・お、おお、ナ、ナイスパンチ」

 

 海道が一体何を考えているのか察しがついた和奏は、全力で否定する。

 それに対して、『こんなところで言うことじゃない』と言ったくせにほぼ答えそのもののようなことを口走る海道。

 気遣いのつもりなのか、周囲に聞こえないようにセンシティヴな部分だけ小声なのが微妙に腹が立つ。

 反射的に繰り出した拳は身長差もあって海道の鳩尾(みぞおち)を捉え、その膝をつかせることに成功した。

 ・・・その海道の表情が苦しげながらも恍惚としているのがさらに怒りを煽ってくるが、気色の悪さが勝って結果的に和奏は拳を収める。

 そして。

 

(本当に・・・そんなんじゃないから)

 

 言葉には出さず、けれども心の中では強くそう思った。

 確かに海道の言うように、自分が柊史のことを気にかけているのは事実だが、それは決して『そういう感情』ではない。

 

(これは、アタシの罪悪感とか・・・自己満足みたいなモノだから)

 

 かつて、自分は柊史が恐ろしい『何か』に巻き込まれているのを知りながら、我が身可愛さに逃げ出した。

 それから、柊史と離れたあともそのことを後悔し続けて、その間、ずっと自己嫌悪が自身を苛んでいたのだ。

 その苦しみから解放されることを望むも、それを許せない自分がいて、どうにもできない苦しみともどかしさが常にあった。

 だから、柊史とこの学院で再会したときに思ったのである。

 

(もう、後悔するのは嫌だって。アタシが保科のことを気にしてるのは、アタシ自身のためなんだから)

 

 結局は、自分自身のため。

 柊史に向かっている感情ではない。

 そうだ。そうに決まっている。

 

(保科がどこの誰と付き合ったところで、別に何とも思わない)

 

 柊史が誰と仲良くなろうとも、それで心が揺らぐようなことはない。

 というより、そもそもの話。

 仮に、あり得ない話だが、万が一自分がそういう感情を抱くとして。

 

(過去に保科を見捨てたアタシに、そんな資格はないでしょ)

 

 柊史から逃げた自分がそうした感情を持つことすらおこがましい。

 あまりにも恥知らずというものだ。

 そんなことはあってはならない。

 故に。

 

(アタシの気分が変なのは、保科のことが心配だから。また、後悔するのは嫌だから。それだけ)

 

 寧々と急に親しくなったとき、先ほど後輩の『女子』と仲良くなったと聞いたときにも心がザワリと不快な気分になったのは、単に過去の過ちを繰り返す恐れが出てきたから。

 それ以上の意味などありはしない。

 そう、それだけでしかないのだ。

 そして、だからこそ。

 

(アタシはもう間違えない。今度こそ、ちゃんと確かめるんだ)

 

 あの男のように摩訶不思議なチカラが関わっていなくとも、誰かが柊史に悪意を向ける可能性はある。

 そして、魔法だろうが、超能力だろうが、ただの美人局だろうが、それで柊史に害が及ぶのならば、自分には今度こそそれを防ぐ義務がある。

 例のバイトのことも、寧々のことも、怪しい後輩も、この仮屋和奏こそが見極めなければならないのだ。

 

(他の誰でもなく、このアタシが)

 

 その役割は誰にも譲れない。

 譲ってはいけない。

 必ず自分が果たさなければならない・・・そんなことを考えていたときだった。

 

「あの、仮屋さん」

「っ!!」

 

 突然、背後から声をかけられた。

 振り返ると、そこに立っていたのは・・・

 

(綾地さんっ!?)

 

 先ほどから思考の片隅に浮かんでいた、綾地寧々その人であった。

 警戒していた人物にいきなり声をかけられたことで、和奏の雰囲気が一瞬で刺々しいモノに変わる。

 

「・・・何?」

「え?あ、その・・・」

 

 そこまで仲がいいワケではなかったが、かと言って険悪でもないハズなのに睨まれ、少々引け腰になる寧々。

 だが、寧々としても引き下がるワケにはいかない理由があった。

 

「その、盗み聞きするつもりはなかったんですが・・・仮屋さんが保科君のバイトを紹介してもらえたというのは、本当ですか?」

「・・・・・!!」

 

 最近は何かと柊史のことを気にしていた寧々にとって、昼休みに入ってからの柊史たちの会話は実に興味を引くモノだった。

 『仲のいい後輩、それも女の子と昼休みを一緒に過ごす』というのは柊史から直接聞かされていたが、それでも朝に続いてどうにも胸がざわめいてスルーできなかったのだ。

 しかし、それ以上に気になったのは、柊史のバイトに関する話だ。

 

(保科君が放課後忙しい理由は、呪術師としてのバイトがあるからと言っていました。私はダメで、仮屋さんはOkだった・・・なんかズルい・・・じゃなくて、そのバイトを紹介されたということは・・・)

 

 寧々が以前に柊史をオカ研に誘った際、柊史は呪術師に関係するバイトがあるからと断った。

 寧々としてはそのことは残念でしょうがなかったのだが・・・だからこそそのバイトの内容が気になった。

 自分と柊史が関わるようになった対外的な理由として、そのバイトを使ったカバーストーリーを柊史に用意されたにも関わらず、内容について『ごめん、詳しく言えないんだ』と平身低頭で誤魔化されたから尚更。

 だと言うのに、和奏は件のバイトを紹介されたと言う。

 それが意味するのは。

 

(仮屋さんが紹介された理由があるとしたら、魔女よりもさらに近い立ち位置にいるから?つまりは・・・仮屋さんも呪術師?)

 

 和奏が、魔女である自分よりも柊史の事情を知っている、いや、バイトを手伝って欲しいということは、それに関わる作業をするということであり、そこまで含めると和奏も柊史と同じ呪術師なのでは?

 寧々はそう思ったのである。

 そしてもしもそうであるのなら・・・

 

(バイトのこと、保科君のこと、教えてもらうことはできないでしょうか・・・)

 

 柊史が秘密にしていることを、少しでも知ることができるのではないか。

 保科柊史という少年の内側に、もっと近づくことができるかもしれない。

 

(保科君の心の穴を埋めるには・・・もっと保科君のことを知らなきゃいけませんから)

 

 寧々にとって、柊史は現在進行形で大きな恩が積み重なり続けている相手だ。

 七緒との話で、そんな柊史への最大の恩返しは純粋な感謝の気持ちを抱き続けることだとわかったが、それ以外にも小さなことでもお返しをしようとして・・・寧々は気が付いた。

 

(私は、保科君のことを全然知らないんだって)

 

 柊史が呪術師であること、その術式の内容や縛りのことは知っている。

 でも、それだけだ。

 初めて気になったときからそれとなく観察こそ続けていたが、例えば好物だとか、趣味だとか、得意な科目だとか、好みのタイプだとか・・・恩を返すためとかに関係なく、親しくなる上で知っておくべきことは何も知らない。

 当然、例のバイトのことも、呪術師としてどのような生活をしているのかも、どんな悩みがあるのかも知らない。

 関わりを持ち始めたのがほんのつい最近だから仕方がないと言えば仕方がないが、それを言い訳にしたくなかった。

 

(普通の男の子としてのことも、不思議なチカラを持ってる人としてのことでも・・・保科君のことをもっとよく知ることができれば、そのぶんだけ保科君が喜んでくれることができるはずです!)

 

 寧々は、柊史の心の穴のことを知っている。

 そして、己の代償を肩代わりさせることがその穴を広げかねない行いであることについても然りであり・・・同時にそれは柊史と縛りを結ぶまでの間に、自分がその原因となってしまったかもしれないということを意味する。

 だから、寧々にとって柊史に恩を返すこと、心の穴を埋めることは贖罪であり義務なのだ。

 その義務を果たすためならば、何でもする所存である。

 和奏がその手がかりを持っているというのなら、頭を下げて教えを請うくらいは何とも思わない・・・そんな心境で声をかけた。

 その一方で、和奏はと言えば。

 

(・・・牽制のつもり?やっぱり綾地さんはアタシがそのバイトに関わることをよく思ってないってこと?)

 

 心の内側で疑心暗鬼がさらに強まっていた。

 ひとえに、タイミングがあまりに悪いとしかいいようがない。

 元から怪しいと思っていたのに、尻尾を掴んだと思ったところでそれまで大した交流がなかったのにも関わらず接触してきたのだ。

 和奏視点では釘を刺しに来たとしか思えない。

 だが、だ。

 

(・・・どう返事をすればいいんだろう?もし、綾地さんがあの男みたいなチカラを持ってたら)

 

 

--なるべく、猿には柊史に関わって欲しくないんだ。わかるよね?

 

 

 あのときの、目に見えない何かがすぐ傍に現われたときのことを思い出す。

 姿こそ見えなかったが、『自分をあっという間に殺せる何かがいる!!』と自分の本能が全力で警鐘を鳴らしていたのは、今でも時折夢に見るくらいには鮮明に覚えている。

 もしも、目の前にいる寧々があの男のような目に見えない何かを喚び出すチカラを持っていたら・・・

 

(さっき、保科と仲良くなった後輩に会いに行こうとは思ったけど・・・それは、その後輩とアタシに面識がないから。警戒されてないときなら会ってもいきなり何かされることはないって思ったからだけど・・・)

 

 そもそも可能性はほとんどないが、仮に特別なチカラを持っている疑惑があっても、謎の後輩と自分は初対面。

 柊史を介して客観的におかしくない状況で顔を合わせるのならば、怪しまれるようなことにはなるまいと思ったからこそ、調査のためにその後輩と会ってみようと考えた。

 しかし、寧々に対してその手は使えない。

 今の様子を見るに、向こうはもうこちらを警戒している。

 昼休みで、他の生徒の目がある中で大それた行動はしないだろうが・・・相手は同性のクラスメイトである上にクラス内でのカリスマもトップである以上、一対一の状況を作るのはそう難しくはない。

 その上で、目に見えない化け物を従えていれば・・・

 

(今敵対するのはダメ。ここは・・・)

 

 そこまで考えを巡らせた和奏は、険しくしていた表情をフッと緩めた。

 

「え?」

 

 その急激な雰囲気の変化に、寧々が驚いたように声を上げる。

 そんな寧々に、和奏は困ったような笑顔で応えた。

 

「あはは、ごめんね綾地さん。さっきまで、海道(このバカ)が訳のわからないこと言っててイライラしてて・・・それで、保科のバイトのことだっけ?」

「あ、はい・・・」

 

 寧々は、今も『おお、身体の芯に響くこの感じ・・・いい!』と小声でうめく海道になるべく視線を向けないようにしながらも、和奏が剣呑だった理由に納得した。

 交流こそなかったが、柊史のことを観察する上で和奏と海道も自然と目に入っていたために、和奏が理由なく刺々しい態度を取るような人物ではないことは知っていたので、『私、嫌われるようなことをしてしまったでしょうか?』と疑問だったのだ。

 その疑問が解消したので、寧々は和奏の返事に意識を向ける。

 

「保科からたまにバイトのことを聞いてたんだけど、すごい割がいいみたいだったから、前々からアタシにも紹介してくれないかって頼んでたんだ。これまでは断られてばかりだったんだけど、今日になってなぜかOKが出たって感じかな。理由はアタシにもわからないよ」

「そうだったんですか・・・」

 

 和奏の話を聞いて、寧々は少し考え込んだ。

 

(仮屋さん、嘘をついているようには見えません・・・仮屋さんは、呪術師じゃない普通の人?・・・考えてみれば、そうですよね。保科君みたいな人がそんなにたくさんいるとは思えません。七緒もそんなことは言ってなかったですし)

 

 和奏の話にとくにおかしいところはない。

 そもそも、魔女でさえ珍しい存在なのに、七緒から夏油傑と柊史の2人しかいないと聞いている呪術師がそんなに簡単に現われるとは思えない。

 自分の早とちりであったと、寧々は結論づけた。

 

「変なことを聞いてごめんなさい。保科君のバイトは、私・・・の親しい人と関わりがあって、仮屋さんが紹介されたと聞いたからつい気になってしまったんです」

「いいよいいよ。気にしないで。知り合いが関わってたら気になるよね」

 

 軽く頭を下げる寧々に、和奏はヒラヒラと手を振りながら何でもないことのように笑って許してのける。

 ・・・その笑顔の仮面の下で、和奏は呟いた。

 

(・・・誤魔化せたっぽいかな。まあ、嘘はついてないしね。アタシも保科が今日になってOKした理由知らないのは本当だし)

 

 寧々が怪しいのは確か。

 しかし、現段階で無駄に事を荒立てていいことはない。

 そう判断した和奏は寧々への疑心を取り繕うことにして、寧々の反応を見るにどうやらその思惑は上手くいったようだ。

 そうして密かに胸をなで下ろしたところで。

 

「そういえば・・・朝に保科君と握手してたみたいですけど、それももしかして何か関係があるんですか?」

「っ!?」

 

 寧々が再び攻勢に出た・・・ように和奏には思えた。

 

(あのときから見てたの!?やっぱり、まだアタシのこと疑ってる!?もしかして、あのテストってやつもなんかヤバいヤツだったりするの!?)

 

 柊史がバイトの紹介をする際にテストと称して行われた何か。

 それがどういう意味を持っているのか、そしてどうして柊史が合格と告げたのかは和奏にはわからないが、バイトと何らかの繋がりがあるのは間違いないだろう。

 もしかしたら、寧々はあのテストの意味を知っているのではないだろうか。

 そして、そこで合格をもらったことが寧々の不興を買った・・・のかもしれない。

 

(なんか、綾地さんの視線がさっきよりも鋭い気がする!!)

(・・・朝、保科君と仮屋さんしてた握手・・・七緒と握手してたときと似てました。もしかして同じモノだったのでしょうか?)

 

 昼休みに寧々が和奏たちの会話に聞き耳を立てていたのは、柊史の後輩のことはあっただけではない。

 朝、柊史と和奏がいやに親密な空気で話して、握手していた・・・ように見えたことも気になっていたからだ。

 寧々は、前に柊史が代償を肩代わりした分の補填ということで七緒と握手をしているのを見たことがある。

 あれは感情のエネルギーを七緒に流すためだったということらしいが、和奏と握手をしているのを見て、既視感を覚えたのだ。

 ・・・戦々恐々とする和奏に対して、寧々の内心はこんなもの。

 単に握手の意味を和奏が知っているのか気になっただけだ。

 まあ、自分よりも後に出会ったのに柊史と打ち解けたように握手をしていた七緒に対して抱いたのと同じようなモヤモヤを覚えはしたが。

 寧々の視線がほんの少しばかり鋭いのはそれが理由である。

 

「あ、握手って、握手そのものはしてないよ。なんか、保科がペンを突き出してきて、そのペンを握りはしたけどね。あれにどんな意味があったのかとか、バイトと関係あるのかはわかんないな」

「そうですか・・・」

「あ、あと!!保科からバイトは回せるとしても短い間だけって言われたんだよね。他のバイトも今のうちに探さないとって感じなんだ!」

 

(ここは全部正直に話す!!これも嘘は言ってないし!!短い間しか関わらないって言っておけば、あんまり気を悪くしない・・・よね?)

(実際に手は握ってなかったんですか・・・それじゃあ七緒とのモノとは違うんでしょうか?でも、保科君の術式とは関係がありそう。仮屋さんは知らないみたいですけど・・・)

 

 寧々に疑われるようなボロは決して出さないとばかりに笑顔のまま冷や汗をかきながら受け答えをする和奏と、『実際に手は握ってない』と聞いて険が取れた寧々。

 傍目から見れば容姿の整った女子2人がにこやかに話している光景であり、痛みから復帰しつつある海道は『目の保養になるな~』と若干浄化されたような心地であった。

 もっとも、その2人の思惑は完全にすれ違っているのだが。

 そして、そのすれ違いはさらに加速する。

 

「・・・仮屋さん、保科君のバイト以外でもアルバイトを探さなきゃいけないんですよね?」

「え?そ、そうだけど・・・」

「なな・・・親しい友達が喫茶店を経営してるのですが、バイトを探してるみたいなんです。もしよかったらどうでしょう?」

「っ!?・・・綾地さんの親しい人って、もしかして、保科のバイトの?」

「はい。保科君のバイト先のお世話になってます」

(仮屋さんは魔女でも呪術師でもないみたいですが、保科君の、呪術師に関わる何かと無関係ではない。それがどうしてなのか・・・七緒にも意見を聞いてみましょう)

 

 寧々としては、和奏がバイトを探しているようだし、七緒も最近『手が足りない。猫の手でも借りたいくらいだね。私が猫だけど』と雇う側としてバイトを欲していたために、需要と供給がマッチしていると思って2人を引き合わせるのがメインだ。

 しかし、それ以外でも仮屋和奏という少女そのもののことが気になったのだ。

 和奏には自覚がないようだが、柊史が注目するような何かがある。

 その何かを、七緒ならば見つけられるかもしれない。

 それでなくとも、柊史のバイトにこれから関わる和奏を手元に置いておくことで、柊史が教えてくれなかったこともわかるかもしれない・・・と、そんな思惑があった。

 

(綾地さんと親しい人のところでバイト!?まさか、誘われてる!?・・・でも、これはこれでチャンスかも)

 

 下心が多少はあるとはいえ、それは寧々からの善意の申し出であったが、和奏にとっては衝撃的だった。

 自分のことを警戒している?と疑っている相手からのバイトのお誘いとなれば、いかにも怪しい。

 喫茶店ということだが、もしかしたらそこの店主は寧々とグルで、共謀して自分に何かするつもりなのかもしれない。

 ノコノコついていけば、まさに飛んで火に入る夏の虫というヤツだ。

 だが、虎穴に入らずんば虎子を得ずという言葉もある。

 寧々に関する疑惑をはっきりさせる千載一遇の機会でもあると言えるだろう。

 転がり込んできたチャンスとリスク。

 その二つを比べた和奏は・・・

 

「わかった。ちょうどいいところだし、考えてみるよ。一回、その喫茶店を見に行ってもいい?」

「勿論です。向こうの都合がつく日を聞いておきますね。仮屋さんの予定とすりあわせをしましょう」

「うん。お願い・・・あ、そうだ。折角なら、保科を連れてってもいい?」

「え?保科君を、ですか?」

「その喫茶店のオーナーさん、保科のバイト先に何か依頼をしてるんでしょ?アタシも、短い間とはいえ保科からのバイトもしなきゃいけないし、いつから入れるとかその辺りの相談をするなら、保科もいた方がやりやすいかなって」

「確かにそうですね。保科君がいた方がいろいろスムーズかもしれません。保科君の予定次第ですけど・・・」

「そこはアタシが保科に聞いておくよ。バイトのことももっと具体的に聞かなきゃだし」

 

 チャンスは逃がさない。

 数年にわたる後悔によって培われたハングリー精神が、和奏の背中を押した。

 ただし、柊史といういざという時の保険をかけた上でだが。

 

(保科君がいれば、もっと詳しいことを聞けるかもしれません。少なくとも、仮屋さんを選んだ理由くらいはわかるかも)

(よし。保科がいれば、最悪なことにはならない・・・はず。保科に裏切られるなら、もうそれはしょうがない。そのときはいろいろきっぱり諦める!!)

 

 ともかくこうして・・・

 

「・・・わかりました。お願いしますね仮屋さん」

「うん。任せてよ綾地さん」

 

 道程に大きな違いはあれど、和奏は『原作』と同じようにシュヴァルツ・カッツェと関わりを持つことになるのだった。

 その胸の内に、燃え盛る炎のような覚悟を秘めて。

 

(・・・なんか俺、さっきから空気だな。でもこうしていないモノ扱いされるのも、悪くないな!!)

 

 ずいぶん前から置物と化していた海道(ドM)を尻目に。




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