女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話   作:二本角

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作者に課せられた縛り。
己の脳破壊が進むほど執筆速度が上昇する。
脳が破壊されきったとき、死亡(断筆)する。

・・・この作品を描ききるまで、もてよオレの脳と心ぉ!!


U R MY SPECIAL

「よっ!!どうだっ!!・・・よし、尻尾切った!」

「ナイスですセンパイ!!後は壁際に追い詰めて・・・うん、これでハメ成立です!!」

「いつ見ても思うけど、因幡さん本当にモン猟上手いよね・・・でも、こうなっちゃうとオレやることないな。採取でもしてるか」

 

 今日はどういうワケか調子が良く、オレが操作するモン猟のキャラクターが大型モンスターの尻尾切断に成功する。

 その後、因幡さんが地形を利用して怯みを連発させるハメ殺しを成立させた。

 こうなってしまうと、余計な攻撃は邪魔でしかないので大人しくするしかない。

 後輩に後のすべてを任せて採取だけしているなど、寄生プレイのお手本のような行動だが、普段の足の引っ張り具合を顧みるとこれが最善なのである・・・我ながら情けないが。

 

「今日のセンパイはいい仕事してましたよ?自分はガンナーだから、尻尾からの剥ぎ取りはできないですし、ここまでやってくれただけでもありがたいです」

「そう言ってもらえるだけでなんか報われたような気分だよ」

 

 そんなオレをフォローするつもりなのか、因幡さんから珍しくお褒めの言葉がかかる。

 オレの術式でも、因幡さん的にここまででも十分な仕事だったというのは間違いないようだ。

 いつもの因幡さんからはオレの軟弱なプレイにお叱りしか飛んでこないため、今日のような素直なお礼は実に身に染みる。

 

(じゃあ、尻尾の剥ぎ取りやるか・・・あ、HPゲージが半分以下になってる。まあ、ハメが完成したなら回復しなくていいか)

 

 因幡さんからのお礼を噛みしめつつ、オレは尻尾からの剥ぎ取りや近くの草原での虫素材採取を済ませて・・・ふと、あることが気になった。

 

(そういえば、因幡さんの一人称が『めぐる』じゃなくて『自分』になってるな)

 

 最初に会ったときの一人称は『自分』。

 だが、因幡さんをクラスメイトと仲良くなれるように協力したときには『めぐる』だった。

 そして今は自分に戻っている。

 その理由は何だろう?

 

「因幡さんさ」

「はい?」

 

 一通り採取も終わって手持ち無沙汰。

 少々退屈なのもあって、オレは因幡さんに直接聞くことにした。

 

「前会ったときには一人称が『めぐる』だったけど、今日は『自分』だよね。名前呼びの方が素なの?」

「えっ!?」

 

 因幡さんの肩がビクンっ!!と震えた。

 そして、オレの方にグルンと顔を向け・・・

 

「め、めぐる、めぐるのことめぐるって言ってましたか!?」

「言ってる言ってる。今まさに言ってるよ。めぐるって単語がゲシュタルト崩壊しそう」

「はぁ~・・・実は、この学院に入るときに修正したんです。ただ、やっぱり癖で出ちゃうときもあって」

「そうだったんだ・・・」

 

 薄々そうなんじゃないかって思ってたが、まさか当たるとは。

 

「その・・・やっぱり変ですかね?」

 

 因幡さんが、少し不安そうに聞いてきた。

 ・・・前に『人気者にならなきゃいけない』と言っていたときもそうだが、因幡さんはやはり他人からどういう目で見られるのかをかなり気にする質のようだ。

 今の因幡さんはもう目的どおり結構人気者になってるような気もするが、それでもまだ足りないということなのだろうか?

 一体、どれほどの情熱をそこに向けているというのか・・・それに。

 

(今も、楽しそうにゲームしてたけど、やっぱり少しだけ『焦り』の感情がある。どうしてそこまで・・・それに、友達もできたはずなのに、オレが肩代わりしてる『胸の痛み』も消えてない)

「・・・センパイ?」

「あ、ごめん」

 

 少しの間とはいえ黙っていたことで不安が強まったのか、因幡さんの雰囲気が暗くなっている。

 これはいけない。オレの術式的な意味でも、因幡さんのためにも、さっさと返事をしよう。

 

「別にいいんじゃない?少なくともオレは全然気にならないよ」

 

 これはお世辞でもなんでもなくオレの本音である。

 

(はっきり言って他人にどうこう思われるとか、変わってるとかなら、先生の方がよっぽどだし)

 

 オレが呪術師だからか、オレの交友関係は最近になって益々多様化しており、魔女が2人にアルプが2人(匹?)に、そして昔からの呪術師の先生が1人。

 魔女の2人は普通の人には見えないとはいえ一人称がどうでもよくなるような格好だし(とくに綾地さん)、先生に至っては常時袈裟を着ているくらいだ。

 そんな面々に比べると、因幡さん程度のキャラの強さではまだまだ地味すぎる。

 オレの周りの人物で漫画を描くなら、すぐに埋没してしまうに違いない。

 目立ちたいなら、腕にシルバー巻くとか、変わった形のネックレスを身に着けるとかのテコ入れが必要だろう。

 

(あ、でも・・・先生、少し前に高そうなスーツ買ってたな。先生でもTPOを弁えないといけないような場所に行くのかな?まあ、今はいいか)

 

 少々思考が逸れたが・・・

 

「教師と話すときとか、使い分けには気をつけなきゃいけないだろうけど、こうやって普通に話すときはアリだと思う」

「センパイ・・・ありがとうございます。めぐるも、この方が話しやすいですから」

 

 オレが全く気にしていないのが嘘ではないとわかったのか、因幡さんの表情が明るくなった。

 もうオレの前で一人称を変えるつもりもないようである。

 だが、わざわざそんな言い方をするということは・・・

 

「クラスだと、まだ自分呼びなの?川上君や前田さんのような気のいい人たちなら受け入れてくれそうだけど」

「あ~・・・確かに前田さんたちみたいな子なら大丈夫だと思うんですが」

 

 クラスに友達はできたが、彼らの前ではまだ矯正したしゃべり方をしているのだろう。

 前に会った因幡さんのクラスメイトたちもオレと同じように特に気にしないと思うが、因幡さんはどこか歯切れが悪そうだった。

 

「女子だと、モン猟やってる子って男子ほどいなくて・・・それで男子とばっかり遊んでると、周りの目がですね・・・」

「あ~・・・」

 

 なんとなく言いたいことがわかった。

 一時的かもしれないが、因幡さんがクラス内の男子と女子が関わるバランスを変えてしまったことで、割を食う女子が出てきてしまったのだろう。

 単純に、男子にチヤホヤされているように見える因幡さんが気に食わないという人もいるかもしれない。

 

「男子で言うと、女子のグループに乗り込んでナンパしに行ってる軽いヤツみたいな感じ?」

「そ、そこまでじゃないと思いますけど・・・まあ、近いかもしれませんね。とにかくそんなワケで色々複雑なので、変に思われるようなことはなるべくしない方がいいかなって」

「確かに。賢い判断だと思うよ。オレは気が付かなかったな」

 

 合点がいった。

 っていうか、友達ができはしたがクラス内で不和がないワケではないのか。

 当たり前と言えば当たり前かもしれないけど。

 

「そうなると、因幡さんが素で話せるのは現状オレだけってことか」

 

 川上君や前田さんはいい人たちだが、微妙な感じのクラスメイトの手前、素で話すワケにはいかない。

 そう考えると、因幡さんが特に自分を偽らずに話せるのはオレしかいないということになるが・・・

 

(はっ!?光栄と言えば光栄だけど、口に出すべきじゃなかったか?なんか自意識過剰でキモくなかったか?)

 

 因幡さんとオレは、失礼ながら似ている部分が多い。

 人見知りなところとか、ゲームが好きなインドア派なところとか。

 椎葉さんや綾地さんといるとプラスの感情が流れ込んできて癒やされるが、彼女たちはどちらかと言えば『陽』の気質。

 それに対して『陰』の因幡さんは、異能のチカラに関係なく同類というか、一緒にいると違う意味で癒やされるというか、心が落ち着くのである。

 そんなオレだからこそ、因幡さんにとってもオレが心理的に負担が少ない存在であるというのは、頼られているようで中々に自尊心をくすぐられるが・・・言葉にすると中々にナルシストっぽい。

 これはまた、因幡さん特有のちょっと引いたような目でトゲのある言葉を言われるのではないかと、オレは言葉の暴力による衝撃に備えようと思いつつ因幡さんの方を見て・・・

 

「・・・素で話せる・・・1人だけ・・・?」

「・・・?」

 

 因幡さんが、どこか遠くを見るような目をしていた。

 同時に、オレの術式に感情が流れ込んでくる。

 因幡さんからの感情はどういうワケか量があまりなにのだが、これは。

 

(・・・喜びと寂しさと、懐かしさ?)

 

 喜びは、まあわからなくはない。

 1人だけとはいえ、気を遣わないで話せる相手がいるのは嬉しいモノだろう。

 寂しさも、その相手が1人しかいないことを気にしてのモノならば理解はできるが・・・懐かしさは何だろう?

 過去に同じようなことを言われたことでもあるのだろうか?

 いや、そうだ。

 

(因幡さんに魔法をかけた魔女か)

 

 候補など1人しかいない。

 未だにその正体がわからない、因幡さんに魔法をかけた魔女。

 因幡さんに残り続ける残穢を見るに、因幡さんのためにとんでもない苦労をして魔法を完成させたとても仲が良かったであろう友達あるいは家族。

 ほぼ確定で、アカギが契約していた人物だ。

 今、因幡さんはその子のことを思い出しているのだろう。

 まあ、オレはその子の存在に感づいたのは呪術師としての能力やアカギの存在あってのことなので、そのことを言うワケにはいかないのだが・・・今の因幡さんはそっとしておいたがいいか。

 

(でも、因幡さんとその魔女の間で、一体どういうやり取りがあったんだろう?)

 

 因幡さんが今思い出にふけっているのは、オレの言葉が原因に違いない。

 だが、実際にどういう流れでそれを懐かしいと思うようになったのか。

 そもそもの話。

 

(因幡さんは、オレと少し似てる。基本的に、人付き合いがあんまり得意じゃないタイプだ。自分から動いて友達を増やそうとする性格じゃない。なのに、今は人気者になろうとしてる。その理由はなんだ?)

 

 因幡さんは今、人気者になりたがっている。

 オレは前、その理由には因幡さんに魔法をかけた魔女が関わっていると思った。

 そう思った理由は、因幡さんにかけられた魔法の強さに反して、因幡さんの近くにその魔法をかけた魔女がおらず、ほんの少し前までボッチだったこと。

 そして明らかに人付き合いが苦手なのに、それと正反対の目的を持っていたことだ。

 昔に親友と呼べるような存在がいたのに今はいない。

 それに加えて性格に合わないようなことをして四苦八苦していたとなれば、そのいなくなった魔女が原因だと判断するのは何もおかしくない。

 しかし、その子が原因だとして、どういった流れで人気者を目指すことになったのか。

 

(今、因幡さんが懐かしく思ってることが、その理由だったりするのか?)

 

 オレの術式は、感情の判別はできるが、その感情を抱くに至った理由まではわからない。

 例えば誰かが怒ってるとして、それが顔面を見ず知らずの人に殴られたからなのか、出会い頭に生ゴミでもぶっかけられたのか、罵詈雑言を浴びせられたからなのかは判断できない。

 だから、因幡さんの感情の理由もわからないのだが・・・なんとなく、そこにこそ今の因幡さんを形作った原因があるような気がする。

 ただの勘でしかないけど。

 

(でもまあ、いくら結構仲良くなれたからって、そんなデリケートな所にまで踏み込むのはよくないよな)

 

 ここまでの考えはすべて呪術や魔法の要素からひねり出した憶測に過ぎない。

 なにより、いくらデリカシーに欠けると椎葉さんに言われているオレであっても、因幡さんが抱えている何かに不用意に関わるのはさすがにどうかと思う。

 因幡さん本人から相談してくるのでもない限りは、下手に干渉しない方がいいだろう。

 そう思ったオレは、もう少し待つことにして・・・

 

「あ!!」

「っ!?な、なにっ!?」

 

 突然大声を出したオレに驚いたのか、因幡さんがビクっと震えて思考から戻ってくる。

 そんな因幡さんに、オレは3DWを見せた。

 

「オレたち2人とも、いつの間にかベースキャンプ送りになってる・・・」

「あ、本当だ・・・」

 

 見れば、オレたちの操作するキャラが揃ってベースキャンプで所在なげに立っていた。

 

「一体いつの間に・・・」

「これ、めぐるのせいですよね・・・すみません、センパイ」

「いやいやいやいや!!オレなんかただの寄生虫で、最初から因幡さんに頼り切りなんだから謝る必要なんかないって!!オレが話しかけたのが原因っぽいし」

 

 オレは尻尾切断のために体力が半分以下になっており、因幡さんは体力ゲージが1/4以下で攻撃力が大きく上がるスキルを使っていたために、ハメ技が解除されてすぐに倒されてしまったのだろう。

 しかし、因幡さんの集中が途切れたのはオレが話を振ったからだ。

 最初から寄生プレイしてたくせに邪魔までしてしまうとは、とんだ害悪である。

 

「それにほら!!向こうも結構体力減ってるんじゃない?オレも手伝うから、もう一回仕掛けに行こう」

「そうですね・・・でも、正直センパイは引っ込んでいてもらえると助かります」

「う・・・返す言葉もございません」

 

 そんなこんなで、オレがベースキャンプで角笛を吹いて暇つぶしをしていると、因幡さんが今度こそ相手を完封し、クエストクリアになった。

 

「ふぅ~・・・二乙した上で火事場スキル使うのはやっぱりスリルがありますね」

「お疲れ様、因幡さん」

 

 張り詰めていた空気を抜くかのようにため息をする因幡さんを、オレは労った。

 

「・・・気にならないんですか?」

「ん?何が?」

「あ、いえ・・・その」

 

 不意に、因幡さんがどこか後ろめたそうにそう言ってきた。

 何のことかと思ったが・・・

 

「もしかして、さっき考え事をしてたときのこと?」

「う・・・はい」

 

 オレたちが倒される原因となった、因幡さんの操作ミス。

 その発端はオレの言葉だが、そのときにどうしてあそこまで長い間物思いにふけっていたのか。

 因幡さんからは、迷うような、怖がるような、悲しむような、いくつかのマイナスの感情がない交ぜになって伝わってくる。

 

「・・・それ、オレが聞いてもいいヤツ?」

「・・・すみません」

 

 さっき思った以上に、因幡さんが抱えているモノに軽々しく踏み込んではいけないと思い、オレも真正面から向かい合って聞いてみると、因幡さんは申し訳なさそうに目をそらした。

 ・・・やっぱり、因幡さんにとってその何かはとても重いモノであるようだ。

 学院の中で自分を偽らないでいいオレにも言えないほどに・・・というのは、オレの思い上がりだろうか。

 

「いや、いいよ。因幡さんがそれほど真剣に悩んでることなんだ。無理に聞こうだなんて思わないよ。でも・・・もしも誰かに相談したいっていうなら、オレはいつでも大丈夫だから」

「センパイ・・・ありがとうございます」

 

 変わらず申し訳なさそうな空気を纏ったまま、因幡さんはオレに頭を下げた。

 

(・・・因幡さんも、本当は誰かに打ち明けたいのかな?でも、因幡さんの中の感情・・・恐怖や後悔、罪悪感がその気持ちをせき止めてる?)

 

 因幡さんの感情は、どういうわけか感じ取りにくいので大まかにしかわからないが・・・わかる範囲ではそのように思えた。

 

「・・・・・」

「・・・・・」

 

 少しの間、どちらからも何とも言いがたい重い空気が立ちこめる。

 

(ど、どうしよう、めぐるのせいでこんな感じに・・・でも、ここからどう言えば)

(く、空気が重い・・・ちょっとこれはオレ的にはキツイな。よし)

 

 言い出しっぺではあるが因幡さんはコミュニケーション経験の不足からか、ここからどうすればいいのかわからないようだ。

 術式から重苦しい感情が流れ込んできてオレとしてはキツくなってきたし、発端はオレなのだから、ここはオレがなんとかしよう。一応先輩なのだし。

 

「あ、あ~・・・そ、それにしても、ゲームの中のオレは弱いな。リアルならあれくらい苦労せず倒せるのに」

「え・・・?センパイ、そのイキり方はちょっと引きますよ。ネット軍師じゃないんですから」

「因幡さん、ネット軍師は知ってるんだ・・・」

 

 ちょっと自虐の入ったギャグとして、オレのプレイヤースキルの低さをネタにしてみたが、因幡さん的にはNGだったらしく、結構引き気味だ。

 おかげで微妙な空気は解消されたが・・・そうだな、このままでは先輩としての沽券に関わる。

 

(なんというか、因幡さん、オレのことをちょっと舐めてるフシがあるからな・・・ある意味親しみやすいってことなんだろうけど、ここいらで先輩の威厳ってヤツを見せてあげますか)

 

 前々から薄ら感じていたのだが、因幡さんはオレのスペックを軽視しているような気がする。

 いやまあ、コミュニケーションスキルといいゲームのプレイヤースキルといい、最底辺レベルのモノしかお見せできてないから仕方がないと言えばそうなのだけど・・・

 

(もしリアルにモン猟のモンスターがいても、負ける気しないのは本当だし)

 

 たかがちょっと図体が大きくて炎やら雷を出せる動物など、先生率いる特級呪霊の群れに比べれば可愛いもんである。

 そんなモンスター以上のモンスターと日々やり合っているオレの実力というモノを、ほんの少しだけ見せてあげようじゃないか。

 

「まあまあ因幡さん。ちょっと見てなって」

「え~・・・」

 

 オレが立ち上がると、因幡さんは露骨に顔をしかめた。

 『今から一体どんな下らないモノを見せつけられるなのだろう』とその顔に書いてあるが・・・すぐにその表情を驚きに変えてあげよう。

 

「よっ」

「へ?」

 

 オレはその場で軽く飛び跳ね・・・空中で一回転し、教室の天井を蹴ってからもう一度回転。

 元の姿勢のまま床に着地した。

 

「まあ、これくらいできればモンスターの乗りは余裕でしょ」

 

 『フフン』と、オレは気持ちドヤ顔で、いかにも『これくらい余裕だぜ?』とばかりに言ってみせる。

 ・・・実際、今のはほんのわずかに呪力で強化しただけなので、本気でやればもっと高く跳び、なんなら天井をぶち抜いて屋上まで行けるだろう。

 さすがに、ちょっと見栄を張りたいくらいでそこまでする気は毛頭ないが・・・さて、因幡さんの反応はどんなものだろう?

 

「あ、あれ?すみませんセンパイ。めぐる、少し疲れてるみたいで・・・幻覚を見ちゃったかもしれません」

「む・・・」

 

 どうやら、さっきのオレの宙返りは一瞬だったため、見間違いだと思ってしまったらしい。

 因幡さんはしきりに目を擦っている。

 よろしい。ならば次はもっとわかりやすくやるとしよう。

 

「わかった、因幡さん。もう一回見てて」

「え?」

 

 オレの言葉に手を止めてきょとんとする因幡さんの前で、オレはもう一度天井まで跳んで宙返りし、今度は回転せずにそのまま落ちる。

 そして。

 

「ふっ!!」

「っ!?」

 

 そのまま、オレは床に手をついた。

 信じられないような目をした因幡さんの顔を、オレは下から見上げる。

 

「せ、センパイ!?どうやってるんですか、ソレ!?」

「何って、見ての通り腕で身体を支えてるだけだよ。腕力とバランス感覚があればこのくらいできるさ」

「え、え~・・・だからって片手で逆立ちなんてできます・・・?」

 

 今度はインパクト重視ということで、宙返りからの逆立ちをやってみた。

 見た目にもこだわって、片手で身体を支える。

 なお、この逆立ちの状態では呪力は使っていない。

 

(先生、体術が趣味だからって、オレにも色々仕込んできたからなぁ・・・呪霊操術なんて遠隔攻撃向きなのに近接もヤバいって反則だよね)

 

 先生の趣味は体術であり、弟子のオレにも『呪術師は身体が資本。柊史もやってみようか』と笑顔で殴りかかってきたモノである。

 おかげで、オレも呪力なしでかなり動けるようになった。

 ちなみに訓練の際に『遠距離も近距離もできるなんて反則ですよ!!』と言ったら、遠い目で『そうかい?遠距離攻撃も近距離攻撃も一切通らないチートみたいな術師がいたから気が付かなかったなぁ』と返された。

 あの先生にそこまで言わせる呪術師とは一体どんな化け物だったのだろう?今はどこにいるのだろうか?

 

「センパイ、こんな中国雑技団みたいなことができるなら、なんでボッチなんですか?めぐるのゲームの腕なんかよりよっぽどスゴいじゃないですか」

「・・・?あ~、まあ、色々あってさ。あんまり目立ちたくないんだ。オレ、人と関わるの得意じゃないし」

「・・・その気持ちはめぐるにもわかりますけどね」

(なんだ?今、因幡さんからマイナスの感情が湧いてきたような)

 

 しばらくの間驚いていた因幡さんだが、恐る恐るというように話しかけてくる。

 しかし、どういうわけか微かにだが、味のよくない感情が伝わってきた。

 それが何の味なのか考えているうちに適当に答えていると、その感情が霧散する。

 一体何だったのだろう?

 

「ところで、センパイ、腕は疲れないんですか?」

「ん?ああ、大丈夫。オレ、不安定な体勢でも最低半日は集中力を保てるように鍛えてるから」

「一体何と戦うつもりなんですか・・・?」

「男は敷居をまたげば七人の敵がいるって言うじゃん?」

「この街、そんなに治安悪かったでしたっけ・・・?」

 

 『呪霊だよ』と答えてあげたいところだが、残穢を纏っているとはいえ一般人の因幡さんに呪術師や魔法のことを教えるワケにはいかないだろう。

 またも適当にはぐらかすと、因幡さんは腑に落ちない顔をしていた。

 だがまあ、因幡さんにオレのスペックを見せつけるという目的は果たした。

 もう逆立ちしている意味もないし、そろそろ立ち上がるとするか。

 そう思ったときだった。

 

 

--サァッ・・・

 

 

「ん?」

 

 今の季節は初夏。

 そして時間はお昼時。

 一日の内で気温が上がるタイミングであり、さりとてクーラーを付けるほどでもないから窓を開けていたのだが、そこから一陣の風が吹いてきた。

 そして、その風が因幡さんの少し着崩したスカートを揺らす。

 普段ならさして気にするほどでもないのだが・・・オレの姿勢が問題だった。

 逆立ちによって視点が下にあるオレの視界に、『明るい緑色の布地』が飛び込んでくる。

 

「なっ!?」

 

 驚きのあまり、オレは声を上げてしまい・・・

 

「センパイ?どうかし・・・っ!?」

 

 オレの声と驚いた顔を見て、因幡さんは怪訝な顔をするが、オレの顔の向きからオレが何を見てしまったのかわかってしまったらしい。

 

「ちょっ!?さ、最低!!最低です!!センパイ!!見ましたよね!?絶対に見ましたよね!?」

「み、見てない!!パンツなんて見てないから!!」

「ダウトです!!誰がいつパンツ見た?なんて聞いたんですか!?語るに落ちてます!!まさか、めぐるのパンツが見たいから逆立ちなんてしたんじゃ・・・」

「どんだけ遠回しな作戦だよ!?そんなことするくらいなら他にやり方がいくらでも・・・うおっ!?」

「センパイ!?」

 

 一瞬で顔を紅く染め、スカートを抑えながら後ずさりする因幡さん。

 正直に認めるのはなんかマズいと思ったオレは、因幡さんの誘導尋問に引っかかってしまうが、諦めずに抵抗しようとして・・・さすがに集中を維持できず、その場に倒れ込んだ。

 

「いたた・・・」

「だ、大丈夫ですかセンパイ!?」

「あ、うん・・・あ」

「あ」

 

 倒れ方がヤバかったのか、怒っていた因幡さんが一転して心配そうに駆け寄ってくる。

 オレは、仰向けの体勢から起き上がろうとして・・・ちょうど近づいてきた因幡さんの足下にいたオレからは、真上の様子がはっきりと見えた。

 さっきよりもずっと克明に。

 そして、位置関係的に、今度こそ誤魔化すのは不可能であった。

 

「こ、このっ!!マジエロセンパイ!!」

「申し訳ありませんでしたぁっ!!」

 

 怒鳴りつけてくる因幡さんの前でオレにできることは、その場で速やかに土下座の体勢に移行し、平謝りすることのみなのであった。

 

 

-----

 

 

「まったく、あのマジエロセンパイは、本当にもうまったく!!」

 

 あの後、ひたすらに土下座を続ける柊史に『なんかいい感じのお店でスイーツを奢らせる』という約束を取り付けさせることで手打ちにしためぐるは、放課後になっても憤懣やるかたない様子であった。

 

「い、因幡さん、お昼休みが終わって帰ってきてからなんか様子がおかしいけど、何かあったの?」

 

 それを見かねたと言うわけでもないが、前田がめぐるに声をかけた。その後ろには『何かあったのか?』と川上もいる。

 

「あ、前田さんに川上君。ちょっと聞いてよ。センパ・・・保科センパイが・・・あ」

「因幡さん?」

「え、えっとぉ・・・その、何でもない、よ?」

「因幡さん、さすがにちょっと無理があるよ・・・」

「その誤魔化し方で騙されるのはいないだろ・・・」

 

 やってきた友人たちに、これ幸いと昼休みから腹に据えかねていることを話そうとして、その内容が少々センシティブなことに気が付いためぐるは途端に口ごもる。

 自分が柊史にパンツを二度も見られたなど、さすがに教室の中で言う気にはなれない。

 男子の川上もいることだし・・・と思ったのだが、誤魔化すにはめぐるの腹芸スキルはゲームのプレイヤースキルに比べて余りにもお粗末であった。

 なにより、さっき自分が怒っている理由を口に出して説明しようとしたとき、直感的に思ったのだ。

 

(めぐるがセンパイに怒ってるのは・・・多分、パンツ見られたからってだけじゃない・・・のかな?)

 

 自分の内面がどうしてこんなにささくれ立っているのか。

 それは、単純に下着を見られたからというだけではないのではないか。

 そう思ったから、言葉が続かなかったのだ。

 だが。

 

(でも、じゃあその本当の理由って何だろう?)

 

 かと言って、そう思った理由はわからなかった。

 しかし、わかっていることもあった。

 

「・・・ねぇ」

「因幡?」

「どうしたの?」

 

 黙っていためぐるが不意に前田と川上に声をかけた。

 

「あんまり、他の人には言わないで欲しいんだけど・・・」

 

 そうして、めぐるは今日の昼休みにあったことを、下着を見られたこと以外話してみた。

 恥ずかしいということを除いても、その出来事は省いても問題ないのだ。

 なにせ。

 

(めぐるがイラってきたの、センパイがすごい特技持ってるってわかったときだったと思うから)

 

 めぐるが怒ったのは、下着を見られる前からだったからだ。

 だが、どうしてそうなったのかは自分ではわからない。

 だから、友人と呼べるこの2人に聞いてみることにしたのだ。

 

「「・・・・・」」

 

 めぐるの話を聞いた2人は、しばし考え込んでから、顔を見合わせた。

 そして。

 

「なあ、前田。これって言っていいヤツだと思うか?」

「う~ん・・・肝心なところまで言わなければいいんじゃない?途中まででも十分だと思うよ」

「そうか・・・」

「2人とも?」

 

 何かに感づいたかのような2人に、めぐるは疑問の声をあげる。

 そんなめぐるに、川上は。

 

「多分だけどさ。因幡、保科先輩がどっかに行っちまうって思ったんじゃないか?」

「え?」

 

 言われた言葉の意味がわからなかった。

 

「因幡さん、モン猟すごい上手いよね。それで、今うちのクラスで因幡さんとゲームしたいって人がいっぱいいるけど・・・同じことが保科先輩にも起きるって思ったんじゃないかな?」

「同じこと・・・?」

「うーん、そうだな。保科先輩、ああ見えて運動が超人レベルで得意なんだっけ?それなら、運動部に助っ人で引っ張りだこになるとか?」

「それで、運動部の人たちと仲良くなるとかかなぁ」

「それがどうして・・・・・っ!!」

 

 昼休みに見た柊史の異常な身体能力。

 テレビでオリンピックをやってるときに特集されるような、体操選手顔負けの動きだった。

 あれだけのことができるのなら、スポーツに高い適性があることは誰にでもわかる。

 そうなれば、柊史を自分の部活に引き込もうとする者が必ず現われるだろう。

 そして、約束されたかのようにそこで活躍し、周囲からの人気を集めていく・・・冗談ではなく、絵に描いたようなサクセスロードを歩めるだけのポテンシャルが柊史にはある。

 運動部の花形として、クラスや学院中から一目置かれる柊史の姿が、めぐるには見えたような気がして・・・その瞬間、めぐるの胸の中にじんわりと不快感が湧き上がった。

 

「なんで、こんな・・・」

 

 仲がいい・・・とめぐるからは断言できないが、少なくとも付き合いのある先輩が輝かしい舞台に上がるというのなら、後輩として、友達としてそれは祝福すべきだ。

 なのに、もしもそんな場面が実際に来たら、めぐるにそれができるイメージが湧かなかった。

 

「いや、そういうの、結構誰でも思うことじゃないか?」

「うん。よくあることだと思うよ?」

「え?」

 

 内心の不快感に戸惑っていると、川上と前田がその疑問に答えるように声をかけた。

 

「ほら、ドラマなんかである、『仕事と私、どっちが大事なの!?』ってヤツ・・・はちょっと違うか?でも、仲がいいヤツに新しい友達ができて、そっちの友達とばっか遊ぶようになるのは誰だって嫌だろ?」

「あんまり褒められた話じゃないと思うけど、自分の友達には、自分こそが一番の友達であって欲しいって思っちゃうからね。私にとっては一番でも、向こうから見たらその他大勢より少し上くらいだったらやっぱりいい気分はしないから」

 

 一人っ子に下の弟妹が産まれ、両親がその子にかかりきりになると、上の子が嫉妬するというのはよく耳にする話だ。

 同じように、友人関係であっても自分以外の友人とばかり遊んでいるのを見せつけられたら、誰だって寂しく思うだろう。

 めぐるの抱いている不快感は、それと同じなのではないか?

 別に、そんなモノは誰でも大なり小なり抱くモノであり、別に恥じるようなことではない。

 2人が言いたいのはそういうことだった。

 そして、その『前半』部分は正解なのだろう。

 しかし、『後半』部分は受け入れられない。

 なぜなら・・・因幡めぐるには『前科』があるから。

 

「ダメ・・・それは、ダメだよ。だって、それじゃあ」

 

 

--めぐるは●●ちゃん以外と上手く仲良くできないから

 

 

--友達はずっと●●ちゃんだけでいい

 

 

--●●ちゃんも同じだよね?

 

 

--だから、ずっとめぐると友達でいてね

 

 

 かつて、己が吐いた『呪い』。

 友を侮辱し、縛り付ける穢らわしい呪詛。

 その呪いのせいで、親友はいなくなったのだ。

 だからこそ、めぐるは変わろうと思った。

 

 

--二度と、こんなことになっちゃいけない

 

 

--人付き合い、上手くならなきゃ

 

 

--ちゃんと謝って、もう違うよって言えるように

 

 

 そう思って、めぐるは努力した。

 中々その成果は実らなかったが、それも柊史のおかげで上手くいったのだ。

 柊史は、めぐるにとっての恩人なのである。

 しかし、めぐるがその恩人に向ける感情が、2人の言うとおりなのであれば。

 今のめぐるが柊史に抱いている感情が、『己こそが唯一であって欲しい』という欲であったのなら。

 例えソレが、『友達が離れて行ってしまう』ということへの無意識な恐怖から来るモノであったとしても。

 それは、過去に親友に施した呪縛と変わらない。

 そして、そのことが意味するのは。

 

「めぐる・・・全然変われてない」

「・・・因幡さん?」

「因幡?」

 

 どこか不穏な空気を感じ取ったのか、川上と前田はめぐるを心配するかのように声をかける。

 そのときだった。

 

 

--ざわっ

 

 

「ん?」

「何かあったのかな?」

「・・・?」

 

 不意に、教室の中がざわめいた。

 その騒々しさに、3人ともついその騒ぎの中心に目を向ける。

 騒ぎの中心、教室のドアのすぐ近くに1人の女子生徒が立っていた。

 どうやらその生徒が原因のようだ。

 一体何が原因で・・・というのは、その生徒を見た瞬間にわかった。

 

「あの、ここの担任の先生はどこに行ったか知っているでしょうか?職員室にもいなくて」

「は、はいっ!!さっきまでいたんですけど、ほんの少し前に出て行きました!!」

「そうだったんですか・・・教えてくれてありがとうございました」

「いえいえっ!!」

 

 その生徒は、非常に整った外見をしていた。

 校章の色からして二年生だろうが、このクラスの担任に用があったから来たらしい。

 入り口の近くにいた男子がテンパったように先生のことを伝えると、その生徒はお礼を言って去って行った。

 

「・・・綺麗な人」

 

 めぐるの口から、そんな言葉が零れた。

 さきほどまで自己嫌悪で吐きそうだったが、上級生、それもテレビでも中々お目にかかれないような美人が突然現われたことで、思考がリセットされたようだった。

 

「あんな人が、この学院にいたんだ・・・」

「そういえば、因幡さんはつい最近まであんまり他の人と話してなかったんだっけ」

「あの人、超有名人だぞ。綾地先輩って言う先輩だ」

「へ~・・・」

 

(あんなに美人さんなら、友達もたくさんいるのかなぁ・・・)

 

 つい、そんなことを考えてしまう。

 それほどの美人だった。

 ・・・『原作』と呼べる世界線で、この五月の段階では、因幡めぐるは綾地寧々のことを、ひいてはオカ研のことは知らなかったと思われる。

 原作では噂程度には寧々の容姿を聞いていたようだが、実際に会うのはめぐるがオカ研を訪れたときが初めてであり、そこで生で見る寧々の姿に感嘆していた描写があるからだ。

 しかし、この世界線ではそれが大幅に早まった。

 原作において、この時期ではクラスで浮いていためぐるは放課後に教室に残っている理由がなかったが、ここでは既に柊史と知り合っていたことで川上や前田らと友人関係を築いていたために。

 

「でも、意外だよな・・・」

「・・・何が?」

 

 ポツリと、川上が呟いた。

 それが何を指しているのかわからず、めぐるは反射的に問い掛ける。

 それに対して、同じように川上も半ば無意識に答えていた。

 

「あんな美人な先輩と、保科先輩が付き合ってるだなんて」

「・・・え?」

「っ!!川上君!!」

「あっ!?」

 

 突然のことでその場にいる全員が浮き足立っていたのは確か。

 しかし、それは余りにも致命的に間の悪い台詞であった。

 

「いや、因幡!!噂だぞ?あくまで噂だから!!」

「そうだよ因幡さん!!なんか色んな話が出ててよくわからないことがあって・・・保科先輩のバイト先に綾地さんが依頼を出しただけとか、本当のことが全然わからないの!」

 

 学院で一二を争う美人である綾地寧々。

 そんな寧々にはこれまで男の影はなかったのであるが、つい最近になって寧々の方からアプローチをかけるほどの者が現われた・・・となれば、その男子のことが噂にならないハズがない。

 寧々も柊史も二年生であるが、部活動を通して先輩後輩にもその噂は広まったワケであるが、噂には尾びれや背びれがつくもの。

 柊史がすぐに『バイトで関わってるだけ』とカバーストーリーを流しはしたが、めぐるたち一年生は学年が違うこともあり噂の伝達が微妙に遅く、また人を介するために内容も微妙に変わっていったことで、『綾地寧々は保科柊史という先輩にアタックしてOKをもらった』という真実とはほど遠い噂ができあがってしまったのである。

 そして、『今』のめぐるにとって、その噂は『鏡』だった。

 

(なに、これ・・・なんなの、この嫌な気持ち)

 

 

--センパイに、彼女がいる?

 

 

--それも、あんな綺麗な人が?

 

 

--あんな美人が彼女だったら、めぐると一緒にいるよりずっとあの人といるのを選ぶよね?

 

 

--もう、センパイと一緒に遊べなくなるのかな?

 

 

--それは、嫌だなぁ・・・

 

 

--センパイ・・・めぐると、めぐるだけと、もっと一緒にいてくれないかなぁ

 

 

 あの美しい人と柊史が付き合っているのなら、もう自分など見向きもされないだろう。

 寧々の美しさを目の当たりにしたからこそ、その未来は克明に想像することができた。

 そして、その未来を見たことで、己の中に昼休みよりも遙かに濃い不快感が湧き上がってくる。

 その不快感が、川上と前田が言うように、幼稚な独占欲によるモノだと言うのなら。

 自分がこれまで努力してきた、否、努力していた『つもり』だったことのすべてに、意味などない。

 因幡めぐるは、かつて親友を傷つけたそのときと、何一つとして変わっていない。

 ・・・そのことをまざまざと見せつける鏡。

 

「っ!!」

「因幡!!」

「因幡さん!!」

 

 耐えられなくなったように、めぐるは鞄をひっつかんで教室を飛び出した。

 自分を呼び止める声は、耳に届かなかった。

 

 

-----

 

 

「はっ、はっ、はっ・・・」

 

 気が付けばめぐるは、あまり馴染みのない道を歩いていた。

 普段通う通学路から少し離れた、人気のない小道。

 そんな道を、とぼとぼと力なく進む。

 その胸の内は、自己嫌悪と罪悪感で一杯だった。

 

「ごめんね、ちーちゃん」

 

 口から零れ出るのは、謝罪の言葉。

 

「やっぱり、めぐるは変われなかったよ」

 

 変わりたいと思った。

 変わろうとした。

 でも、変われていなかった。

 

「ちーちゃん・・・センパイ。めぐるは、どうすれば」

 

 自分のやってきたことに意味はなかった。

 自分なんかが変わろうとしても変わることなどできはしない。

 これまでも、これからも。

 だと言うのなら、自分はこれからどうすればいいのか。

 

「めぐるは・・・」

 

 めぐるの迷いこんだ道は、ただの小道だ。

 薄暗いが、出口はある。

 しかし、めぐるの心は迷宮の中に閉じ込められたようだった。

 進むべき道も、進みたい道も、何もかもがわからなくなってしまった。

 

「めぐるは・・・」

 

 それでも、身体は無意識に歩き続ける。

 現実は待ってくれない。

 夜には家に帰らなければいけないし、朝には学院に行かなければならない。

 心は迷っていても、肉体はそれをわかっているかのように、家への帰路を歩き続ける。

 そうして、遠くに出口が見えてきたときだった。

 

 

--ミシっ!!

 

 

「っ!?な、なにっ!?」

 

 突然、不可解な現象がめぐるの身に起きた。

 

「肩が・・・重い?」

 

 一瞬、それまで考えていたネガティブなことを忘れ、自分の肩を見る。

 めぐるの目には、そこに何も映っていない。

 手を伸ばして触れてみても、そこには何もない。

 普段通りの、自分の身体があるだけ。

 だと言うのに、そこには『重さ』だけがあった。

 まるで・・・目に見えない、触れもしない『何か』が絡みついているかのような。

 

「っ!!は、早く帰ろう!!」

 

 めぐるは再び走り出した。

 心の中には、未だに鬱屈とした感情が渦巻いている。

 それでも、生物としての本能が、身体を突き動かしていた。

 一刻も早く、『安全な』場所へ帰れと。

 

「はっ、はっ、はっ・・・」

 

 そうして、めぐるは暗い小道を抜けて見慣れた大通りに出る。

 そしてそのまま、家へと帰ることができた。

 だが。

 

「何?なんなの・・・?」

 

 肩にかかる不自然な重さは、未だにそこにあった。

 因幡めぐる(非術師)には、見えず、触れられないモノが。

 ・・・この日こそが、めぐるの悪夢の始まりであった。




応援くだされば、次の話も超高速で描ける・・・気がします。

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