女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話   作:二本角

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遅くなってしまい申し訳ありません。
色々設定を考えていたら遅くなってしまいました・・・今回の話にはまったく関係ないですが、私はこれでもヤンデレ愛好家としてヤンデレの素質を見切る目には自信があります。

その私からして。

椎葉さん 80点

因幡さん・仮屋さん 60点

綾地さん 40点

戸隠先輩 0点

ようがす先輩を病ませられるヴィジョンが湧いてこない・・・


犯人は痴女

「う~ん・・・」

 

 姫松から遠く離れた場所にある学院。

 その一室で、椎葉紬は古典の授業をBGMに思索にふけっていた。

 基本的に真面目な紬が授業中でもあるのに考えてしまうこととは何なのか。

 

(綾地・・・一体、どんな人なんだろう?)

 

 昨日に異能の世界を知る同類であり理想の契約者たる柊史が零していた名前。

 その人物こそが、今の紬がもっとも頭を悩ませている存在であった。

 というのも・・・

 

 

--ぐ、グぅぅぅうううううううううううっ!!

 

 

--しばらく、オレたちは会わない方がいいと思う

 

 

--・・・ごめん

 

 

 昨日にあった信じがたい出来事。

 柊史が新たに契約した『紬ではない魔女』の代償を肩代わりしたことによって、『強烈な加害衝動』に襲われ、自身の指を食いちぎるという猟奇的な行為に及んだ。

 魔女の代償はその魔女の本質が現われることが多く、危険な代償ほど、その本性が『悪』であると言って良い。

 『加害衝動をもたらす』など、言うまでもなくロクでもない代償であり、件の魔女が呪いというべき邪悪な願いをもった『悪い魔女』であることは疑いようもない。

 そしてその魔女こそが、柊史が意図せずに漏らした『綾地』なのである。

 

(保科君を脅してる悪い魔女・・・ワタシがなんとかしなきゃいけないんだから)

 

 紬にとって、柊史は大事な存在だ。

 紬も綾地と呼ばれる魔女と同じように願いを叶えるために代償を背負う魔女であるが、当然そのことを周りに言えるハズもない。

 両親にすら話せないのだから、学院の中でなど望むべくもない。

 よくわからない理由で周囲から浮く男装をしている紬は当然と言うべきか孤立しており、そんな中で代償の事情を理解しているばかりか、その代償を一時的とはいえ中和して己の趣味とも言える女の子らしい格好をする手伝いまでしてくれているのだ(しかも、そのときの姿を心の底から正直に『可愛い』と褒めてくれるし・・・)。

 人のいい紬でなくとも、柊史に感謝の念を抱くのは至って自然のことであると言える。

 紬にとって、柊史は唯一のオアシスなのだ。

 だと言うのに、自分と同じく代償を肩代わりしてもらっている身分でありながら、その大事な大事なオアシスを『穢す』不届き者がいるとなれば・・・見逃せるはずもなかった。

 そう。紬の中では、柊史が悪い魔女に脅されているのは確定事項なのである。

 なぜなら、柊史の性格からして、悪い魔女に協力するハズがないから。

 しかし、強大な力を持つ呪術師である柊史を、どうやってその魔女は脅迫することができているのか?

 

(待っててね、保科君!!ワタシが、その悪い魔女から・・・ううん!!『痴女』から助けてあげるから!!)

 

 それは、その魔女が痴女であるからに違いない。

 紬は、そう結論づけているのであった。

 ・・・なぜ、紬がそんな珍妙な結論に至ったのか?

 それを説明するために、時間は昨日の夜に巻き戻る。

 

 

-----

 

 

「と言うわけで、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいよね?アカギ?」

「なにが『というワケで』なんじゃ・・・」

 

 昨日の夜。

 紬はアカギを自室に招き、己の推論を補強するための材料を聞き出そうとしていた。

 アカギは最初は渋っていたが、紬が誠心誠意『お願い』すると、頭をガクガク揺らして頷きながら快く協力してくれることとなった・・・まあ、その辺りのくだりはどうでもよろしい。

 

(敵を知り、己を知れば百戦あやうからず・・・だっけ?保科君が悪い魔女と契約しちゃったのははっきりしてるけど、そこをなんとか助けるには、色んなことを確かめなきゃ)

 

 公園での出来事から、柊史が危険な代償を抱えた邪悪な魔女と縛りを結んだのは間違いない。

 だが、どうして柊史がそんな魔女と契約することになったのか?

 その辺りの事情も知らなければ、柊史を完璧に助けることはできないかもしれない。

 紬の目指すところは、一時的にその魔女を追い払うのではなく、完全なる絶縁なのだから。

 そして、今現在紬が考え得る限り一番あり得そうな理由は・・・

 

「アカギ。その魔女が、ものすごい強力な魔法を使えるように願ってたってことはないかな?その強いチカラを前借りして保科君を脅してるとか」

 

 紬自身も行った『願いの前借り』。

 件の邪悪な魔女も、同じ方法で何か強力な魔法を習得し、柊史を脅迫しているのでは?

 異能のチカラには異能のチカラ。

 呪術師の柊史に対抗するにはそれしかないと思ったのだが・・・

 

「あり得んな」

 

 アカギは、きっぱりとそう言い切った。

 

「絶対にあり得ん。たかが魔女1人ではあまりに不相応じゃな」

「え?そ、そうなの?」

 

 紬はアカギとはそこそこ長い付き合いだ。

 柊史のような術式はもたずとも、今のアカギが特に嘘をついている様子がないのはすぐにわかった。

 だが、紬としてはこの予想こそがもっとも可能性が高いと踏んでいたので、拍子抜けというか、意外な心境である。

 

「紬。お前、どういう魔法ならあの小僧を脅せると思う?」

「え?えっと、う~ん・・・なんかスゴい威力の攻撃ができる魔法とか?」

 

 確かに異能のチカラで柊史を脅しているとは考えたが、どういうチカラなのかまでは想像していなかった。

 というより、その辺りのことを聞きたくてアカギを頼ったのだが、逆に質問されるとは。

 とりあえず、パッと思いついたことを言ってみるが・・・

 

「あの小僧を力でねじ伏せるような魔法を使えるようになるなどいう願い、仮に紬が願ったなら、紬の一生をかけても心の欠片を集め切れんぞ」

「い、一生!?そんなに心の欠片がいるの!?」

「うむ。あっちらアルプは、人間よりも地震や台風のような災害・・・言ってしまえばあっちたちの命に関わる危険への勘が鋭いのじゃが・・・あっちからすると、あの小僧からは今にも噴火しそうな火山のような嫌な気配を感じるのじゃ。あの小僧がそのチカラを使えば、それこそ火山の噴火よりも恐ろしいことが起きるのじゃろうな」

 

 アルプは元々が動物であるために、野生の勘とも言うべき感覚が備わっており、平和ぼけした人間よりも環境や外敵への気配に敏感だ。

 そして、アカギの勘は柊史を指して『天災並みに危険な存在』だと警鐘を鳴らしている。

 すなわち、その柊史に戦闘能力で上回るような願いというのは。

 

「己の意志で大地震や火山噴火、台風を引き起こせるような能力をよこせと言っているようなものじゃ。ここまで言えば、それがどれほど人間に過ぎたチカラかわかるじゃろ?」

「う、うん・・・災害並み、かぁ」

 

 アカギの顔は今まで見たこともないくらい真剣で、真実を言っているのは間違いないだろう。

 紬自身も、柊史から呪術や呪霊の話を聞いており、さらに柊史の操る虹龍を目の当たりにしている。

 特級呪霊は『単独で都市を滅ぼせる』のが最低クラスらしいし、その特級呪霊である大きな龍を従えている柊史はさらに強いのだろうとは思っていたが、アカギの口から『災害』という言葉を聞くとその重みが増したような気がした。

 ・・・紬も、それにアカギも知らないことであるが、呪霊の中には『自然呪霊』という自然への畏れや恐怖が具現化した存在がいる。

 火山や樹海、海・・・人間などという矮小な存在を簡単になぎ払える大自然の力の化身とも言える自然呪霊は確認されている限りそのすべてが特級呪霊であり、まさしく『天災』と同等だと言えるだろう。

 特級呪霊もピンキリであるが、彼らは上澄み。

 彼らと対等以上に戦えるのならば、その存在もまた天災級。

 そして、元特級術師の夏油は『本人は』戦ったことはないにせよ、彼らに通用するであろう術師側の上澄みであり、その夏油が『5人目の特級術師』と称したのが柊史なのだ。

 2人が知るよしもないことだが、アカギの勘はとても正確であった。

 まあ、特級術師の中でも実力の差はあり、夏油や柊史と『五条悟(頂点)』の間には大きな開きがあるのではあるが。

 ともかく、話は逸れたが柊史の宿すチカラは災害に匹敵するレベルであり、それを上回るほどのチカラを魔女のシステムで得ようとすれば、途方もない量の心の欠片が必要となる。

 

「そ、そっか・・・じゃあ、攻撃する魔法じゃなくて、誰かを操っちゃう魔法なら?」

 

 柊史を力で上回るような魔法は値段が高すぎる。

 ならば、搦め手ならばどうだろう?

 漫画でも、いわゆる『洗脳』のような能力を持つキャラは性格こそ最悪だが自分よりも強い相手を操ることでボスキャラになっていたりすることもある。

 それに、紬は柊史と縛りを結んでいるが、縛りによっては『相手に特定の行動を強制する』効果をもたせることもできると聞いたことがある。

 そのような感じで、柊史をコントロールする方向の魔法ならば、もっと安上がりなのではと思ったのだ。

 

(・・・考えてみると、力で脅すよりもこっちの方がそれっぽいかも。保科君、その魔女の代償について聞いたとき、様子がおかしかったし)

 

 思い返してみれば、件の魔女の代償が何なのか聞いたときの柊史は様子が少し変だった。

 ただ単に脅迫されてるというのなら、『言いたいけど言えない』という反応になるだろうが、あのときの柊史は『このことは墓までもっていく!!』というある種の決意が、柊史自身の意志があったように見えたのだ。

 己を脅している相手にそんな義理立てするかのような真似をするのは、少々腑に落ちないが、それも『心を操られている』のならば納得がいく。

 ・・・まあ、そもそも柊史のような感情を読み取る術式を持っていない紬の主観であるために、柊史の意志で動いているように見えたのも『そんな気がする』という程度の印象でしかないが。

 そして、そんな新しい仮説を思いついた紬にアカギは。

 

「さらにあり得んな。というか、それは小僧相手でなくとも不可能じゃ」

「え?どうして?」

 

 アカギの返答は否。

 しかも、さきほどよりも可能性はないという。

 一体どういうことなのか。

 

「そうじゃな・・・まず、人間の心というモノは干渉が難しい。あっちたちアルプの爪や牙でも、『普通』の人間の心に傷を付けることすらできんのじゃ」

 

 人間の心は、本来頑丈なモノだ。

 アルプも魔女と同じようにその身体で心の欠片に触れることはできるが、人間の心を物理的な方法で壊すことはできない。

 また、アルプは人間の感情への理解が浅いために、感情の力を源とする魔法も簡単なモノしか使用できない。

 ただでさえよくわからない心という難敵をどうこうする魔法を開発して使うなど、力押しで心を破壊するよりもさらに現実性に乏しい。

 まあ、ここまではあくまで『普通』の精神的に問題を抱えていない人間であることが前提であり、心が弱っていて穴が空いているのならばその限りではないが・・・柊史の『穴』からはさきほど口にした災害のような嫌な気配をさらに煮詰めたような、猛烈に『危険な気配』を感じていたため、『あの穴に干渉するのはどんな魔法でも無理じゃろうな』と判断したアカギはこの場では関係のないことだと、説明を省略した。

 大事なのは、人間の心というモノは干渉が難しい存在だということ。

 そこさえわかってもらえれば十分だ。

 それになにより。

 

「それにそもそも・・・人間であれアルプであれ、誰かの心を操る魔法を生み出すことはできんのじゃ。恐らく、この世界の『ルール』としてな」

「・・・?どういうこと?」

 

 紬の顔に疑問符が浮かぶ。

 アカギの言っていることの意味がわからなかった。

 

「どうしてそのような仕組みになっているのか、誰がそんなつくりにしたのかは知らん。じゃが、そうなっておるのじゃ。前に七緒にも聞いたことがあったが・・・あいつは『仕様の抜け穴を潰した結果』とか言っておったな」

「???」

「あ~、つまりじゃ。もしも、紬が言うような心を操る魔法を使えるヤツがいたとしよう。そんなヤツが、他の魔女に協力したらどうなる?」

「心を操る魔法を持ってる人が他の魔女に協力したら?・・・心を、感情を操る・・・あ!!」

 

 アカギに促されて少し考えてみた紬だったが、すぐにアカギの言わんとすることがわかった。

 なにせ、自分もその恩恵を受けている最中なのだ。

 

「保科君と同じ・・・ううん、保科君は誰かから受け取った感情で心の欠片を作るけど、その人は違う。他の人の心を、感情を操って、心の欠片を作れる。もしかしたら、保科君よりも簡単に。そうなったら魔女の願いなんて簡単に叶う・・・ってこと?」

「そうじゃ。お前も知っての通り、魔女の願いは生涯に一度だけ。しかも、大きな願いほど叶えるのは難しくなる。だが、心を操る魔法があるのなら、適当な人間を魔女にして自分の都合のいい願いを容易く叶えられるようになる・・・明らかな『ズル』じゃろう?」

 

 魔女の願いの成就は、生涯で一度しか使えない魔法だ。

 それも、大きな願いであるほど、言い換えればより大きく運命を変える魔法であるほど、必要な心の欠片が増えていく。

 だがそれも、本来決まっている運命を魔法のチカラを以て望む現実に書き換えるという御業のためだというのなら、対価としては軽すぎる。

 またしても2人のあずかり知らぬことだが、それはいかなる呪術にも不可能だ。

 例え、『一生に一回』という重い縛りを設けたとしても。

 だと言うのに、もしも心を操る魔法などという存在があれば、そのような障害をすり抜けることができてしまう。

 心を操る魔法を叶えるために契約したアルプと結託し、手当たり次第に周囲の人間を魔女に変え、己の望む願いを叶えさせるということも、理屈の上で可能となるのだ。

 最初に魔法を願った魔女はもちろん、アルプにとっても多数の成功報酬を得られるメリットしかない方法であり、人死にを出さないようにコントロールもできるため、露見するリスクも邪悪なアルプのソレに比べれば小さい、というか、稼げる量によっては逃げ切りも可能だ。倫理観が許せばやらない理由がない・・・それが実現可能であれば。

 

「あっちが知る限り、そんな魔法は存在せん。もしもあるのなら、必ずアルプや魔女の間に伝わっているはずじゃ」

 

 例えまっとうな善性を備えていたとしても、欲望に勝てない人間は大勢いる。

 それは、アルプも同じ。

 むしろ、動物的な感性をもったままのアルプの方がより欲望に忠実だろう。

 それにも関わらず、そのような魔法を使えるようになった者は存在しない。

 もしもそんな存在がいるのならば、世界がこんなにも『まとも』に回っているハズがない。

 ならば、それは、人間の心に干渉するということは、『やらない』のではなく『できない』のだ。

 おとぎ話で『願いを叶えてやろう』と持ちかける存在に、『願いごとを無限に叶えさせろ』と言っても断られるように。

 『原作』において、とある魔女が願った『家族が仲良く暮らせますように』などという、心をいじくることができれば容易く実現できる望みを『並行世界の過去に転生させる』などという遙かにスケールの大きい方法で叶えさせたように。

 しかも、そこまでしてもなお、その魔女が『願った通りに』家族が仲良くなることはなく、結局は願いが叶わなかったように。

 ・・・なお、他人の心を操るということは、その者の感情を操るということ。

 それすなわち、『マイナスの感情』を操れるということであり、ひいてはマイナスの感情を源とする呪力の出力コントロールを奪取されることを意味する。

 当然というべきか、夏油が元いた場所でもそのような術式は存在しなかった。

 『呪言』による動作の強制や、『対象の意識を術者のみに集中させる(ハートキャッチ)』といった術式は存在したが、それもあくまで身体の動きを制限するモノであり、心を変えることまではできない。

 あの『魂』を操ることができる特級呪霊でさえも、感情を操ることはできなかったのだ。

 魔法と呪術という違いはあれど、どちらも感情のエネルギーを元にする技術が存在する世界において、心を操るというモノがどれほど世界の理に反するかということを物語っていると言えるだろう。

 

「なら、一体どんな魔法で・・・?」

「はぁ・・・紬。願いの前借りであの小僧をどうにかしようというのがそもそも間違っておると思うぞ?紬の願いなど、人間でも金や権力があれば叶うモノじゃったろう?なのに、願いの前借りをしただけで今の有様になっておるではないか。人間の身に過ぎた魔法を願うばかりか、それを前借りしようとしている時点で無謀もいいところじゃ」

「う・・・」

 

 紬がそうだったように、願いの前借りをすると代償がより重いモノになる。

 紬の願いは、『かつて並んでいた服をもう一度店頭に並べて欲しい』という魔法でなくともコネとそれなりの資金があれば叶う程度のもの。

 その代償も、本来ならばもっと軽いものになるはずだった。

 しかし、結果を先に引き寄せただけで社会的に生きていくのが難しくなるまでになったのだ。

 異能のチカラに頼らずとも実現可能な願いですらそうなのだ。

 人の身では手に入らないチカラを願うだけにとどまらず、前借りまですればその魔女の本質が善だろうが悪だろうが関係なくその代償は生命を奪うレベルに変貌するだろう。

 事実、邪悪なアルプたちはそうした分不相応な願いを唆すことで莫大な感情をせしめていたのだから。

 そんなアカギの指摘に、紬は押し黙ることしかできなかった。

 

「じゃ、じゃあ、保科君は魔法じゃない方法で脅されてるってこと?」

「そんなこと、あっちにわかるわけがないじゃろう。あっちに言えるのは、あの小僧をどうこうするのに魔法では力不足だということだけじゃ。願いの前借りをしてもどうにもならん」

「それなら、どうして・・・」

「じゃから、あっちにはわからんと言っておるじゃろう。むしろ、そういう狡っ辛い小細工を考えるのは人間の方が得意ではないか。あっちはもう行くぞ」

「う、うん・・・」

 

 もともと、アカギはこの話合いに乗り気でなかった上に、持っている魔法の知識も役に立たないとなればここにいる意味もない。

 さらに、今の紬は考えていた筋道が完膚なきまでに否定されて少し弱っているが、さっきまではそれはもう恐ろしかったので、なるべく関わりたくないというのが正直なところだ。

 上手いこと理由もできたので、少々早足で紬の部屋を出て行った。

 紬は、そんなアカギの後ろ姿を力なく見送る。

 

「魔法じゃないなら、どうして保科君は・・・」

 

 誰もいなくなった部屋に、紬の声だけが虚しく響いた。

 ・・・紬は、具体的な戦闘能力は知らないが、柊史が『軍隊にも負けない』と言っていたのを信じられるくらいには柊史は強いのだと思っていた。

 同時に、そんな柊史を脅せるとなれば、超常のチカラしかないとも。

 だが、それは魔法をよく知るアルプのアカギに否定された。

 そうなると、どうして柊史が悪い魔女の言うことを聞いて、庇うようなことをしているのか、全くわからなくなってしまったのだ。

 

「保科君が脅されてるのは間違いない・・・間違いないはずなのに」

 

 うわごとのように呟くも、答えは出ない。

 ただ、その声は吸い込まれるように消えていくだけだった。

 ・・・このときの紬に、自覚はなかった。

 

 

--保科君が、理想の契約者(ワタシ)以外と契約するなんて、脅されてでもいなければあり得ない。あり得てはいけない。

 

 

 柊史が悪い魔女と契約しているのは、無理矢理のことであり、柊史の本意ではない。

 そんな傲慢極まる願望が、いつの間にか紬の中で真実になっていることに。

 紬自身は自分がそんな願いを持っていることにすら気が付いていなかったが。

 

「魔法に頼らないで、保科君を脅す方法・・・ダメだ。ワタシじゃ思いつけない」

 

 魔法ではない方法ということは、自分にもできるかもしれない方法だ。

 しかし、基本的に善人の紬には、そんな悪辣な方法など考えることはできなかった。

 

「こんなとき、どうすれば・・・あ、そうだ!!」

 

 だが、柊史に通用する魔法はなくとも文明の利器がある。

 紬は、自分のスマホに手を伸ばし、検索エンジンに知りたいことを入力する。

 

「えっと・・・『凶悪犯罪』、『手口』・・・こんな感じならどうかな」

 

 紬に考えつくことはできなくとも、過去にはおびただしいほどの犯罪の歴史がある。

 その記録を調べることで、件の悪い魔女が柊史に使った方法がわかるかもしれない。

 そう思ってのことだった。

 

「ふんふん・・・えっ!?こ、こんな怖い事件があったの・・・?」

 

 純粋な紬の脳に、おぞましい凶行の記録がインストールされていく。

 そうして、一通りの有名な事件の概要を読み終わったところで。

 

「に、人間って、怖い・・・」

 

 紬は、顔を蒼白にして人間の邪悪さに恐怖を覚えていた。

 『よくアルプは人間になろうと日々頑張れるなぁ』と、心の底から思えるほどに。

 人間に復讐しようと邪悪なアルプが生まれるのも仕方がない気すらする。

 しかし、それだけの恐怖を味わった対価として、考えをまとめる材料がいくつか手に入っていた。

 ひとまず。

 

「お金や権力・・・う~ん、これはちょっと違うかな」

 

 戦闘能力では柊史が圧倒的に上でも、所詮は学生の身。

 経済力や社会的な影響力なら勝っている者はそれなりにいるだろう。

 そうした者がそれらを盾に脅しをかけてきたら・・・あり得ないとは言わないが、なさそうな気がする。

 

「そうやって上から迫ったら、保科君なら反撃しそうだし・・・」

 

 柊史とアカギが初めて会ったときを思い出す。

 あのとき、柊史は間違いなくアカギを殺すことを視野に入れていた。

 結局は紬の説得で事なきを得たワケだが、止めるのが遅ければどうなっていたことか。

 そのときの柊史の雰囲気から、いざ柊史にとっての『敵』が現われたとき、柊史は容赦しないだろうと思えた。

 ・・・これは実際その通りで、それはやはり夏油の影響が大きい。

 原作の柊史は基本的に穏やかな気質で、この世界の柊史もそこは変わらないが、呪霊とはいえ『他者を攻撃する』という経験を多く積んでいるが故である。

 金や権力をチラつかせて自身の要望を押し通そうとする者が現われれば、それらが意味をなさない原始の暴力を以てその対価を払うことになるだろう。

 呪霊による犯行を縛る法律などないのだから。

 ただし、それはあくまで柊史の側に何の『落ち度』もない場合である。

 

「何かの弱みを握って脅す・・・これは、ありそうかな」

 

 柊史に何らかの瑕疵があり、それを利用して柊史の『良心の呵責』を引き出すことを狙った場合。

 これは、それなりに可能性がありそうだ。

 なぜなら。

 

「保科君は、すごく優しいから」

 

 自分は柊史の優しさの恩恵を最も多く享受している人間だ・・・と、紬は心から思っている。

 それが真実かは別として、柊史が紬のために色々と骨を折ってくれているのは確か。

 柊史にもメリットがあってのこととはいえ、柊史が誰かのために献身的になれるような人間だということを、紬はよくよく知っている。

 そんな柊史のお人好しな部分につけ込むというのは、有効な手段に思えた。

 問題は、それがどんな弱みかということだが・・・

 

「弱み、弱み・・・保科君がすごく気にして強く出られなくなるような・・・あ!!」

 

 そのとき、紬は思い出した。

 

「そ、そうだよ!!ワタシ、保科君に二回も土下座されてる・・・」

 

 土下座とは、日本に古来から伝わる最上級の謝罪の方法であり、同時に非常に屈辱を強いる方法でもある。

 そう、紬は過去に二回もその土下座を自発的にさせるという偉業を達成している。

 つまり、それだけの負い目を柊史に抱かせたのだ。

 それがどのようなシチュエーションだったかと言えば。

 

「ワ、ワタシが保科君にセクハラされたとき・・・ま、まさか!!」

 

 一回目は、紬の下着について事細かに聞いてきたとき。

 二回目は、不慮の事故とはいえ下着姿を見られたとき。

 どちらも客観的に見てセクハラされたと言えるときだ。

 そこまで思い至った紬は、震える手でスマホをタップしていた。

 そして、しばしの後、紬のスマホにはある犯罪の手口が表示されていた。

 紬は、思わずといったようにその単語を読み上げる。

 

「つ、美人局・・・!」

 

 美人局とは、女性を利用して男性を誘い出し、金銭を脅し取ったりだまし取ったりする、恐喝や詐欺行為の一種だ。

 もっと詳しく言うと、脅す側は男女で共謀し、女と関係を持たせた後に男が『俺の女に何してんだ!!』と乗り込むのが本来のやり方だ。

 そういう意味で言うと、恐らく単独犯の悪い魔女の手口は厳密には違うのだろうが、広義の意味では同じだ。

 恐らく・・・

 

「保科君、いつも術式を使ってるワケじゃないって言ってた。そういうときを狙って、自分のは、恥ずかしいところを見せて、それをネタにすれば・・・」

 

 柊史は術式のオンオフが可能であり、精神的に疲れているときは術式を閉じることもあると紬は聞いたことがあった。

 そのタイミングは、一日の授業が終わって開放されたタイミングの放課後や、多種多様な感情が飛び交う休憩時などだと言う。

 

「手紙とかで呼びだしたら保科君も警戒するだろうから、放課後に偶然出くわせるような場所で、服を脱いでも見つかりにくい場所・・・美術室とか理科室、音楽室は、部活で使う人がいるよね。図書室とか?向こうも魔女なら、普通の人には見えないんだし、ちょっとくらい利用者がいても関係ない・・・」

 

 受験シーズンがまだまだ遠い初夏の時期。

 利用者の少ない放課後の図書室で、常人には見えない魔女の姿に変身しておき、衣服をはだけさせておく。

 そこを柊史に目撃させれば・・・

 

「ゆ、許せない・・・!!そんなの魔女じゃなくて痴女だよ!!」

 

 そんなことをする人間を、自分と同じ魔女だと認めたくない。

 そんなのの呼び名など痴女で十分だ。

 ・・・そう思いながらも、紬は戦慄していた。

 なにせ、この方法はハマればまず確実に成功するという確信があったからだ。

 柊史を二回も土下座させた紬がそう思うのだから、間違いない。

 事実、紬がこんなことを考えてる翌日の昼休みに、因幡めぐるの下着を見てしまった罰として土下座しながらそのうちスイーツを奢るという約束を取り付けてしまっているのが保科柊史という男だ。

 ここまでのすべてが紬の推測であり思い込みであるが、そう考えるのも無理のない話であった。

 

「絶対に、絶対に許さない・・・!!そんな方法で保科君を脅すなんて!!」

 

 紬の目に、黒い炎が灯る。

 椎葉紬という少女は善人だが、それでも怒らないワケではない。

 その胸の内に、それまでの人生で抱いたことのないほどの怒りが湧き上がっていた。

 紬にとって大事な人と胸を張って言える柊史を、穢らわしい方法で脅し、危険な代償を肩代わりさせていいように使っている。

 何より、柊史の傍にそんないかがわしい女がうろついていることそのものが許しがたい。

 柊史を汚されたような、最低の気分だった。

 

 

--保科君は、理想の契約者(ワタシの)なのに!!

 

 

 そんな無意識の嫉妬と独占欲を怒りで塗り隠しながら、紬は叫んだ。

 

「保科君は、絶対にワタシが助けるんだから!!」

 

 紬は、そう固く誓ったのであった。

 なお・・・

 

『っ!?な、なんじゃっ!?』

 

 突然聞こえてきた今まで聞いたことのないほどの怒りに満ちた叫びに、隣の部屋にいたアカギはビクリと震えてビビり散らかしていた。

 

 

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(でも、どうやって助ければいいんだろう?)

 

 

 時は現在に戻る。

 授業中であるが、紬はずっと思考にふけっていた。

 だが、効果のありそうな対策は思いつけない。

 美人局だのハニートラップだのは犯罪であり、普通なら警察やら弁護士を頼る案件であるが、相手は魔女だ。

 その発端にオカルトが関わるでのあれば、一般人を関わらせるワケにはいかない。

 とはいえ、それがただの美人局だというのなら、邪悪なアルプと敵対するアルプに頼っても解決するとは思えない。

 

(保科君が気にすることなんてないよって言ってあげる?・・・やった方がいいとは思うけど、それでもあんまり効果はなさそう)

 

 相手に悪意がある以上、問題なのは柊史の心の持ちようだ。

 柊史が気にしなければそれで終わる話なのだが、性格上厳しいだろう。

 それに、その魔女が近くにいるのには変わりないのだ。

 どうしても、柊史ならば萎縮してしまうに違いない。

 そうだ。

 

(結局は、その魔女が近くにいるのが悪いんだよ。なんとかして遠ざけなきゃ)

 

 原因は、悪い魔女が柊史の近くにいること。

 病気は、その元から絶たなければ意味はない。

 どうにかして悪い魔女を遠ざけなくてはいけない。

 しかし、どうやって?・・・という堂々巡りをさきほどから紬は繰り返していた。

 

(はぁ・・・こんなことなら、違う魔法を願っていればよかったな)

 

 半ば現実逃避するように、紬は内心で呟いた。

 

(保科君の近くにいる悪い魔女を追い払えるような魔法・・・ワタシはもう、契約しちゃったから無理だけど)

 

 まっとうな法律でどうにもできない相手には、異能のチカラで対抗するしかない。

 だが、魔女の契約は生涯に一度だけ。

 既に願いの前借りまでしている紬にはどだい無理な話だった。

 

(魔法は、人生で一度だけだもんね。保科君も、生まれつき魔法を持っていたから魔女の契約はできないって言うし。その魔法が術式になってからもそれは変わらな・・・あれ?)

 

 そこで、紬は己が考えていたことで何かが引っかかった。

 ・・・柊史が前に言っていたが、柊史は生まれつき母親が持っていた魔法の一部を受け継いでいたという。

 だが、一部だけとはいえ魔法は魔法。

 すでに魔法を手に入れている柊史に、魔女の契約は結べない。

 それは、魔法が術式に変貌した後でも同じこと。

 ここまでに、特におかしい点はない。

 結局は、魔女の契約は一生に一度しかできないという話で・・・

 

(でも、保科君は呪術を使えてる・・・)

 

 紬は違和感の正体に気が付いた。

 そうだ。柊史は魔法を手に入れているが、呪術師でもある。

 魔女の契約を結べないにも関わらず、魔法ではない別の異能を持っているのだ。

 ということはだ。

 

(魔女でも、呪術は使えるってこと?)

 

 前に、柊史は言っていた。

 『術式があるかどうかはわからないが、人間は誰でも呪力を持っている』と。

 それは、きっと魔女でも同じなのだ。

 魔女の契約を結んだことがあるかどうかは関係ない。

 ただ、それなのに呪術を使える人間がいないというのは、その量が少なすぎるだけなのだろう。

 だがもしも、呪力の量を増やす方法があるのなら。

 

(ワタシも呪術師になれる・・・のかな?もし、もしもだけど)

 

 紬が今欲しいモノは、柊史を助ける上で立ちはだかる障害を取り除くチカラだ。

 それが、呪術によって手に入ると言うのなら。

 いや、それだけじゃない。

 柊史と『同じ』になることで、柊史のいる世界に行けると言うのなら。

 

(なれるのなら、なってみたいな・・・呪術師に)

 

 心の中で、紬は密かにそんなことを願うのであった。

 

 

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『・・・術式反転。呪霊『躁』術(じゅれい『そう』じゅつ)

 

 

 そこは、人里離れた山の中。

 人気のない木立の中で、袈裟を着た男が1人、そう呟いた。

 その直後。

 

『っ!?・・・オ、オオ、オオオオオオオオオオオオッ!!!!』

 

 男の指先が指し示す先にいた羽の生えた小さな土偶のような何か・・・最下級の呪霊である蠅頭が苦悶の声をあげた。

 そして。

 

『オアアアアアアアアアアアアっ!!!!』

 

 メキメキと音を立ててその身体が膨れ上がり、精々が数センチしかなかった大きさが見る見るうちに数メートルになるまでに巨大化する。

 同時に、何もない虚空から、灼熱の『炎』が現われた。

 炎は、すぐ近くにいた男に迫り、その身体を焼き尽くそうとして・・・

 

『ふむ・・・『ハズレ』か』

『アア!?』

 

 男が残念そうにそう漏らすと、変貌したばかりの蠅頭とは別の巨大な影が、炎を払いのけた。

 それに驚いた元蠅頭が驚いて動きを止めた瞬間、巨大な影は元蠅頭を打ち据え、その巨躯を遠くまで吹き飛ばす。

 そうして・・・

 

『術式を発現させたから、一級・・・いや、この程度なら準一級か。蠅頭からそこまで『進化』したのは喜ばしいが・・・』

 

 男は、否、夏油傑は。

 

『中々『アタリ』は出ないモノだねぇ・・・発生保証も天井もないベースガチャを回し続けるようなものだ。やはり、お目当てを引き当てるには柊史の『アレ』が必要か。さて、どうしたものか』

 

 そう独りごちながら、元蠅頭の呪霊玉を片手にして思索にふけるのだった。

 その思惑が何なのか・・・このときはまだ、その張本人を除いて誰も知ることはない。




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