女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話   作:二本角

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本日はゆずソフト新作の発売日ですね。自分にプレイする暇はありませんが・・・
また、今回かなりヤバいレベルの脳破壊を受けました。日常生活でフラッシュバックするレベルのものは久々です。私の心が折れる方が先かもしれません。

今回のお話では椎葉さんがだいぶ暴走してますが、原作でノーブラYシャツのみで保科君をホールドした実績があるのでやらかす可能性は十分あると思ってます。


痴女の真似とて下着を見せれば即ち痴女なり

「仮屋のバイトのこと、どうしようかな・・・」

 

 放課後。

 オレは椎葉さんのところに向かう道すがら、考え事にふけっていた。

 もともと、仮屋にプラスの感情を提供してもらう方便を考えておかなければならないというのもあるのだが、それに加えて・・・

 

「まさか、仮屋が相馬さんのところにバイトに行くとは」

 

 

--保科!!綾地さんもバイト紹介してくれることになったんだけど、バイト先の人って保科とも知り合いなんだって?今度一緒に来てもらってもいい?

 

 

--保科君は仮屋さんとも七緒とも面識がありますし、いろいろと助かりそうなので、来てくれないでしょうか・・・?

 

 

 仮屋と綾地さん双方からのお願いがあったのだ。

 どういう経緯で綾地さんが仮屋に相馬さんのところを紹介することになったのかはわからないが、この2人から同時に頼まれるとさすがに断りにくい。

 相馬さんのところには、昨日綾地さんの代償を肩代わりした分の感情の力を渡しに行く用事があるから、どのみちシュヴァルツ・カッツェには向かう予定ではあったが、バイトの件が絡むとなると話が長引きそうなので相馬さんには申し訳ないが明日にさせてもらったけど。

 

「しかし、なんで綾地さんはオレと仮屋を一緒に連れてきたいって思ったんだ?」

 

 仮屋は魔法のことも呪術のことも知らないハズだ。

 一方の綾地さんは、オレが相馬に感情の力を渡しに行くことを、つまりは相馬さんのお店で異能のチカラを使うことを知っている。

 感情の力を渡すときには握手するだけで事足りるが、一般人の仮屋には妙齢の女性にしか見えない相馬さんと男子高生のオレが手を繋いでいるのは、そこはかとなくいかがわしいというか、少々不自然だろう。

 別に仮屋の話が終わった後でやればいい話ではあるが、それも手間だ。

 最初から仮屋とオレを別々のタイミングで招けばいいだけなのに、どうしてわざわざ同行させるのか。

 仮屋と相馬さんの2人と面識のあるオレがいた方が助かるということだが、それは綾地さんも同じ。

 確かに仮屋と綾地さんはそんなに関わりがあったワケではないが、かと言って仲が悪いというほどでもないと思うのだが。

 というか、仮屋がバイトに受かったのなら、これからもそれなりの頻度でシュヴァルツ・カッツェに来るということであり、相馬さんと握手するもっともらしい理由だって必要になる。

 ・・・オレとしては、そこのところが頭を悩ませている理由なのである。

 

「プラスの感情の受け渡しは、身体のどこかが触れるくらい近づいてないと効率がガタ落ちするからな・・・帳を使うか?でも、オーナーの相馬さんが突然いなくなったように見えるのが何度も続くのはおかしいだろうし・・・」

 

 頭をひねってみるもうまい考えが浮かんでこない。

 こうなるといっそのこと。

 

「いっそのこと、仮屋にオレの正体を伝えてしまうべきか?」

 

 仮屋は、オレから見て信用できる人間だ。

 高校で再会するまで忘れていたが、小学校の頃オレにやたらと視線を向けてきたのは、当時チカラのせいで孤立気味だったオレを心配してくれたからなのだろうと、今思い返してみるとわかる。

 学院で再会してからも、昔のことを思い出しているのか、オレのことを気遣ってくれていることが多い。

 オレのチカラのこと、そしてオレのバイトの正体を教えても、言いふらすような性格ではない。

 そう考えると、他言無用の縛りを結んだ上で正直に事情を打ち明けるのは悪くない選択に思えるが・・・

 

 

--保科って、なんかヘンだよな

 

 

--アイツ、マジで付き合い悪いよな~

 

 

--いつも愛想笑いばっかで気持ち悪い

 

 

--その考え方は忘れてはいけないよ・・・(普通の人間)から呪術師(自分)を守るためにもね

 

 

「いや、やっぱり止めておくか・・・」

 

 オレはかぶりを振ってその案を捨てた。

 仮屋がいいヤツだと思っていないワケではない。

 だが、異能のチカラというモノは、常人にとってとても刺激が強いモノだということを、オレはこれまでの経験からよく知っている。

 椎葉さんや綾地さんがオレに対して普通に接してくれるのは、彼女たちもまた魔女だからというのは大きいだろう。

 仮屋が、オレが呪術師だと知ったときそれまでのようにいられるのか、オレには確信を持てない。

 もしも打ち明けるとすれば、それは仮屋が何らかの形で異能のことを知ったときだ。

 ・・・そんなときが来るのかはわからないけど。

 

「まあ、なるようになるか・・・」

 

 ひとまず、次に相馬さんのところに行くときには、帳を使うとしよう。

 初対面での最初の一回くらいなら、誤魔化すのは難しくない。

 問題の先送りでしかないが、そのときは未来のオレに任せる。

 今はそれよりも。

 

「・・・やっぱり、先にいたか」

 

 虹龍の上から呪力で強化した眼で地上を見下ろすと、いつもの公園には二つの人影が見えた。

 オレは、虹龍に高度を下げるように指示を出し、地上の近くまで降りてくると、オレはその背から飛び降りて地面に着地する。

 5mくらいはあったが、オレならばそのくらいは何の問題もない。

 

「ほ、保科君大丈夫!?すごい高い所から落ちてきたけど!?」

「ああ。全然大丈夫だよ。このくらいなんともない」

「そ、そうなんだ・・・」

 

 オレが降りると、待っていた椎葉さんが血相を変えて駆け寄ってきた。

 そんな椎葉さんに、オレは至って自然体で何でもないとアピールする。

 

「ほ、本当に、なんともないんだね、保科君」

「・・・うん」

 

 オレの言っていることが本当だとわかったのか、椎葉さんはホッとした顔をする。

 オレもそれに応えて・・・

 

「・・・・・」

「・・・・・」

 

 そこで、会話が止まってしまった。

 

(き、気まずい・・・やっぱり、昨日の今日だしな。ちょっと間を開けるべきだったか?いや、そんなことしたら椎葉さんはもっと心配してただろうし、今日来るのがベストだよな)

 

 昨日、オレはこの公園で綾地さんの代償を肩代わりして、危うくとんでもないことをやらかしそうになり、自分を抑えるために指を噛み千切った。

 オレとしてはあの場ではああすることでしか自分は止まれないと思ったからやったのだが、椎葉さんからすれば突然の猟奇的な自傷行為だ。

 しかも、オレは綾地さんの名誉を守るため・・・というのは半分で、オレが嫌われたくないという卑しい感情からそんな行為に及んだ理由を説明していない。

 それもあって、昨日の帰り際にはかなり重苦しい空気になってしまった。

 今も、その雰囲気が蘇ったかのように、オレと椎葉さんの間で軽々しく口を開けなくなっている。

 ・・・オレがわざわざ高い所から降りてなんともないと言って見せたのは、『オレの身体にはどこにも問題はない。もう大丈夫』と言外に示すためだったのだが・・・あまり効果はなかったようだ。

 

「・・・・・」

「・・・・・」

 

(どうしたもんか、この空気・・・)

 

 先ほどまでは仮屋と綾地さん、相馬さんのことで悩んでいたが、椎葉さんのことは現状もっとも深刻だ。

 オレは、にっちもさっちも行かない空間の中で引き続き思い悩むことになるのだった。

 

 

-----

 

 

(保科君、元気そうなのはわかってたけど・・・うん、やっぱり直接会えてよかった・・・でも)

 

 柊史が気まずい空気に気圧されている中、紬は柊史とは異なる理由で話しかけられないでいた。

 柊史が昨日公園で別れた後も無事だったのはわかっていたから、元気そうな様子を見ても安堵はあれどそこまでの驚きはない。

 というのも、いろいろあって夜寝る前にどうしても柊史とやり取りがしたくなったが、小一時間ほど送る内容を思いつけずに悩んだあげく、『お休み保科君。また明日ね』と、結局シンプル極まりないメッセージをアプリで送った際に『うん。お休み椎葉さん。また明日ね』と秒で返ってきたからだ。

 反転術式によって柊史の指が元通り生えてきたのを目の当たりにしていたこともある。

 それに、常日頃から柊史が呪術を行使しているのを見ていたために、『保科君なら大抵のことはどうとでもできるよね』というある種の信頼があり、柊史が思っているような肉体的な意味での心配はそこまでしていなかった・・・いや、正確に言えば身体のことも心配していたが、それ以上に気にかけることがあったのだ。

 

(結局、綾地って人を保科君から引き離せる方法なんて思いつけなかったな)

 

 柊史を脅している悪い魔女。

 件の綾地という自分と同い年の少女であるということ、そして高い確率で痴女であるということ以外にはロクな情報のない相手からどうにかして柊史を守る方法。

 ひいては、その魔女を柊史の傍から追い払う方法。

 これらに関して、紬は何ら有効な手段を考えられなかったのである。

 そのことが負い目となっていたのだ。

 

(保科君は、今も脅されて苦しい目に遭っているのに・・・ごめんね、なにもできなくて)

 

「?」

 

 目の前で怪訝な顔をしている柊史を見ながら、紬は心の中で詫びた。

 口に出して言わないのは、『自分が、柊史が件の魔女に脅されていると看破したこと』が柊史自身に、さらには綾地某に知られたらマズいだろうかと思ったからだ。

 柊史にバレれば、その性格からして必ず無理をして気丈な態度を取らせてしまうだろう。

 それは紬の本意ではない。

 そして、柊史は他人の感情を読めるくせに隠し事が苦手という、かみ合いのよろしくない弱点を抱えている。

 そんな柊史が、柊史を脅している魔女の前で誰かに脅しのことを知られたということを隠し通せるとは思えない。

 もしも、それでその魔女が腹を立てれば、柊史に対してさらに苛烈な仕打ちをすることもあり得る。

 

(・・・?椎葉さんから罪悪感が?もしかして、昨日のこと、自分のせいだと思ってる?)

 

 一方、感情は読めるがその感情を抱くに至った理由まではわからない柊史としては、紬から発せられる罪悪感は、『昨日の猟奇的な自傷行為を引き起こした原因は自分にあるのでは?』と紬が思い込んでいると判断した。

 故に。

 

「えっと、その、椎葉さん。昨日のこと、悪いのはあくまでオレなんだから、そんなに気にしなくても・・・」

「っ!!違うよ!!保科君は悪くないっ!!それだけはあり得ないよっ!!」

「う、うん・・・」

 

 『気にすることはない、原因は自分にある』と慰めるつもりで言ったら、紬の感情が突然爆発し、それに気圧されて唯々諾々と頷いてしまう柊史。

 

(椎葉さん、そんなに自分が悪いと思って・・・本当に、昨日のことはオレが悪いのに。でも、今の椎葉さんすごく怒ってるし、普通に言っただけじゃ聞き入れてくれなそうだな・・・)

(悪いのは保科君じゃない!!その綾地って人だよ!!それなのに保科君が謝るなんて・・・!!こんなのおかしいよ!!)

 

 もっとも、『自分が悪い』と思う柊史と、『保科君を脅してる魔女が悪い!!』と思っている紬とでは、その内心にさきほどからだいぶズレが出ているのだが。

 

(この2人、なんか思い違いをしているような気がするのじゃ・・・)

 

 実は最初からいたのだが、柊史と紬が話し始めてなんとなく入り込めなかったアカギ。

 会話に混ざらなかった分2人よりは冷静に状況を見ていたが、昨日から続いている紬の思い込みを聞いたこともあって、どうにも柊史と紬が噛み合っていないような気がしていた。

 

(まあ、下手なことを言うと紬がまたおかしくなりそうじゃし、黙っておくか。小僧の言い分の方が正しいのだろうが、今の紬が認めるとは思えん)

 

 しかし、これまた昨日から続いていて、この公園に来る間にも時折紬から発せられていた抜き身の刃のようなオーラを動物的な本能で感じ取っていたために、保身のために黙っておくことにした。

 これ以上、自分が住処としている場所で怯えたくないという切実な背景があるのだが、それを知る者はアカギ以外誰もいない。

 

(・・・やっぱりダメだ!!ワタシがなんとかしなきゃ!!)

 

 そんなアカギの胸の内などにみじんも気が付いていない今の紬は、『一番辛いのは保科君なんだから、ワタシが凹んでる場合なんかじゃない!!とにかく動かなきゃ!!』という考えで頭がいっぱいであった。

 ・・・柊史は気圧され、アカギは我が身可愛さに沈黙を選んだ。

 つまり、昨日からさらに暴走に拍車をかける紬を止められる者はこの場に存在しない。

 それは、とても恐ろしい事実であるのだが・・・やはり、それを知る者は誰もいない。

 

(とにかく!!今は保科君のメンタルを治してあげなきゃダメだよね。保科君は悪くないんだから。何かに負い目があると、それにつけ込まれてどんどん要求がエスカレートしてくって、昨日たくさん調べたよ)

 

 昨日、件の魔女が柊史を手玉に取った方法を、過去の凶悪犯罪をヒントに暴いた・・・と思っている紬の脳内には、様々な犯罪のノウハウが詰まったままになっている。

 それによると、今の柊史の自虐的な状態は危険としか言い様がない。

 某大学で囚人役と看守役を割り振った際の心理的な変化を観察した実験では、お芝居であるというのに囚人役は看守役に逆らえなくなっていったそうだ。

 また、人間、『自分が悪いんだ』と沈んでいるときに、負い目を抱く相手から『そうだよお前が悪い。だから罰をくれてやる』と言われると、普段ならばおかしいと思うことでも言われるがままに手を染めてしまうという。

 魔法も呪術も用いない、純然たる話術や暴力を使ったマインドコントロール。

 それを利用して、その昔、北九州でおぞましい事件もあったりする。

 紬的に読んでいて最も恐ろしかった事件であるが・・・大事なのは、今の柊史がその事件の被害者のように心理学的に非常にコントロールしやすい状態にあると言ってよいということだ。

 いや、もうコントロールされていると考えた方がいいだろう。

 いずれにせよ、マインドコントロールをどうにかするには、柊史の精神状態を回復させる必要がある。

 要は。

 

(保科君の負い目をなくしてあげなきゃってことだよね。うん!!)

 

 異能のチカラが関わっていない洗脳ならば、紬にも解くことができる。

 件の魔女が付け入る隙となった美人局じみたわいせつ行為を、『そんなものは勝手に見せてきた向こうが悪い。見せられた方は何も気にすることはない』と柊史に理解してもらえればいいのだ。

 ・・・なお、ここまでの柊史が洗脳されているだのマインドコントロールされやすい状態になっているだのは、すべて紬の脳内での話である。

 だが、この場にソレを指摘できる者は誰もいない。いないのだ。

 故に、紬の思い込みはさらに加速する。

 

(・・・よし!!これしかない!!)

 

 実は、昨日の夜に薄らと思いついてはいたものの、『さすがにちょっと・・・』と却下した作戦がある。

 だが、事ここに至って躊躇っている場合ではない。

 柊史はいつも紬の代償を肩代わりするときに身体を張ってくれているのだ。

 ならば、ここで自分が『一肌脱がず』してどうするというのだ。

 そこまで決断した紬は、さっそく行動を開始した。

 

「アカギ!!ちょっと近くのコンビニまで行ってアイス買ってきて!!お釣りはあげるから!!」

「へ?」

「し、椎葉さん?」

 

 まず、作戦を決行するにあたって障害となりそうなアカギを遠ざける。

 今の季節は初夏。

 

 

--確かに暑くなってきてアイスが美味しい季節だが、なぜここでアイス?

 

 

 突然脈絡のないことを言い出した紬にアカギと柊史は唖然とした様子だったが、抵抗がないのをいいことに、半ば無理矢理アカギに紙幣を握らせる。

 ちなみに、紬たちがいる公園は自販機は近くにあるが、コンビニは少々離れた場所にある。

 

「ほ、保科君も、今日は暑いよね!?アイス食べたいと思わない!?いつものお礼に奢るから!!アカギ、時間をかけてもいいからよろしくね!!」

「う、うむ・・・」

 

 アカギとしては、『またなんかよくわからん理屈でとんちんかんな答えでも出したのだろう』といった驚きと呆れ、恐怖が入り交じった心境だったが、すぐに紙幣を握りしめて公園の外に駆けだした。

 アカギは気が付いたのだ。

 

(よくわからんが、これでこの場から逃げられる!!小僧の心の力目当てできたが、今の紬相手では割に合わん!!紬のお望み通り、たっぷり時間をかけてから戻るとするのじゃ)

 

 このよくわからない状況から、紬を怒らせることなくいち早く逃げ出せるということに。

 ついでに、臨時収入が手に入るというのも悪くない話だ。

 アカギは未だに人間社会に馴染んでいると言えるほどではないが、通貨が便利なモノであることくらいは知っている。

 そういうわけで、嵐が過ぎ去るまで適当に時間を潰し、柊史から心の力の供給を受ける頃合いで戻ってくることにしたのである。

 

「し、椎葉さん?さっきからどうし・・・」

「保科君!!ワタシ着替えてくるから!!帳と代償の肩代わりをよろしくね!!」

「あ、うん・・・」

 

 紬の奇行に疑問符だらけの柊史だったが、暴走する紬の勢いに勝てるはずもなく、大人しく帳を下ろすと、紬はその健脚であっという間に帳の中に飛び込んでいく。

 柊史にできたのは、その背中を見送ることだけであった。

 

 

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 そうして、10分ほど経過したとき。

 

(椎葉さん、ちょっと遅いな・・・)

 

 柊史は、紬が帳から出てくるのを待っていたのだが、いやに時間がかかっていると不思議に思った。

 いやまあ、不思議なのはこの公園に来てからずっと続いている紬の奇行なのだが。

 さらに言えばだ。

 

(・・・代償の肩代わりは今も発動している。プラスの感情の供給も問題ないから反転術式も使えてる・・・けど、この感情はなんだ?)

 

 柊史はいつも、紬が着替えているときは周囲を警戒しながらも少し距離を離している。

 いくら紬が優しいからといって、着替えているときにすぐ近くに男子がいるのはさすがに落ち着かないだろうという柊史なりの配慮だが・・・それによって、肩代わりする分には問題ないが、帳の中にいる紬の感情は少々読み取りにくくなる。

 今も、帳を中心として円状に術式による警戒網を敷いているが、紬の心の動きは靄がかかったように感じていた。

 いつも通り、紬からは非常に質のいい感謝や喜びの感情が伝わってくる。

 しかしそれ以外にも今日は複数の感情が混ざり合っているのだ。

 

(・・・身体が熱くなるような、かゆくなるような感覚と、胸の奥から燃え上がってくるような熱。恥ずかしい感情と、決意?椎葉さん、今日はどんな服を着るつもりなんだ?っていうか、その二つはまだわかるけど、この『薬臭さ』は一体・・・?)

 

 身体がむず痒くなるような感覚は羞恥。

 胸が熱くなるような衝動は強いやる気があるときに感じられる感情だ。

 しかし、薬臭さは何かを隠しているとき。何かを企んでいるときの感覚。

 前者二つは、『ちょっと奇抜な服にチャレンジするつもりなのか?』と考えることもできるが、薬臭さはわからない。

 あの善良な椎葉さんが、服を着ることで一体何を企てているというのか。

 

(どうしよう。時間かかってるみたいだし、声をかけてみるか?いやでも、セクハラって思われたら嫌だしなぁ)

 

 着替え中の女性に声をかけるというのは、これまでの人生で異性に縁のなかった柊史にはハードルの高い行為だ。

 体調が悪いワケでもないようだし、急かすのも悪い気がする。

 

(やっぱり、もう少し待つか。あと五分経ったら、そのとき声をかけよう)

 

 とはいえ、ここでの時間は有限だ。

 あまり着替えだけにかまけるというのもよろしくない。

 もう少し経って、それでもまだかかるようならば一声かけよう。

 柊史がそう思った時だった。

 

 

--サァッ・・・

 

 

「ん?」

 

 柊史の視界に、小さな布の塊のようなものが飛び込んできた。

 風に飛ばされたのだろうか?

 帳の中から出てきたような気がするが。

 

「何だコレ?」

 

 気になって、地面を転がるソレを手に取ってみると、ソレはヒラヒラした布でできた輪っかだった。

 

「これは・・・確かシュシュだっけ。椎葉さんが最初の頃に付けてたヤツ」

 

 まだ紬と出会って間もない頃、手探りで代償の肩代わりの度合いを調べていたころに紬が実験で付けていた髪留めだ。

 柊史の記憶にあるものと色も形も同じである。

 

「これ、椎葉さんのヤツだよな・・・?返した方がいいよな?」

 

 柊史としては、ちょうど時間もかかっていて気になっているところだったし、声をかけるいい口実ができたのかもしれない。

 気付かなかっただけで、他にも外に出てしまった小物もある可能性もある。

 

(そういやこの帳、無機物の設定はどうしてたっけ?デフォルトなら呪力のないモノなら引っかからないから、それで出てきたのかな)

 

「よし・・・おーい、椎葉さ~ん!」

「っ!!な、何かな?保科君?」

 

 柊史が帳に近づいて声をかけると、中から返事が返ってきた。

 柊史が下ろした帳は外から中は見えないし、出入りに制限はあるが、音や匂いは素通しだ。

 用事があっても、中に入る必要はない。

 

「椎葉さんが前に付けてたシュシュが転がってきたんだけど、これはどうすればいいかな?椎葉さんが着替え終わった後で渡せばいい?」

 

 柊史の予想では、『うん。そのまま持ってて』と返ってくるはずだった。

 なにせ、紬は今着替え中なのだから、男子との接触は避けたいに決まっている。

 そうなったら、柊史は大人しく引き下がって待つつもりだった。

 紬の性格ならば、『待っている』と返せば『待たせちゃ悪いよね』と考えるであろうからだ。

 ついでに、小物が外に出たことを教えれば、他にも紛失した物がないか気にするはずだとも。

 こうして声をかけた時点で、柊史の思惑は達成済みなのである。

 

「ほ、保科君!!」

「ん?」

「い、今手が離せないの!!持ってきてくれないかな!?」

「・・・は?」

 

 紬が何を言ったのか、柊史には理解できなかった。

 

「し、椎葉さん?今、何て?」

「だ、だから!!そのシュシュ、保科君が中まで持ってきて欲しいの!!」

「・・・・・」

 

 柊史の思考が一瞬フリーズした。

 

(え?なんだ?どういう状況なんだコレ!?)

 

 一瞬の後、すぐさま脳内がパニックに陥る。

 鼻孔を刺激する猛烈な薬臭さと、肌が焦げるような熱さに、胸の奥からこみ上げるマグマのような熱。

 感情もまたない交ぜになって、訳がわからなくなっている。

 

(椎葉さん、何を考えてるんだ!?間違いなく何か変なことを企んでるけど、でも悪意は一切感じない。むしろ、『オレのために何かしたい』っていう熱がすごい。オレのためを思ってくれてるんだろうけど、本当に何がしたいんだ!?)

 

 紬が妙なことを企んでいるのは確か。

 しかし、そこに柊史を陥れようという害意はなく、逆に柊史のためを思っての『何か』だ。

 だが、それがなんなのかまったくわからない。

 そうして、柊史が固まっていると。

 

「ほ、保科君?は、早くして欲しいかな?手を入れるだけでいいから・・・」

「っ!!あ、ああ、そういうことね!!わかった!!」

 

 続く紬の言葉に、柊史は己を恥じた。

 

(そ、そうだよな!!中に入ってって、そりゃ手だけに決まってるよな!!何を勘違いしてたんだか)

 

 そうだ、まだ知り合って一ヶ月も経っていないとはいえ、紬は奥ゆかしい少女である。

 そんな紬が、着替え中に男をすぐ近くに招くような真似をするわけがない。

 己がわずかな間だけとはいえ考えてしまったいかがわしい妄想を頭を振って振り払い、半ば反射的に帳の中に腕を入れ・・・

 

「えいっ!!」

「へ?」

 

 気合いの入った声が聞こえたかと思えば、帳の中に入れた腕を思いっきり引っ張られ、そのまま引きずり込まれた。

 ・・・ここ最近鍛錬を怠っていたとはいえ、特級術師である夏油に鍛えられた柊史が容易く引き込まれたのはいくつか理由がある。

 一つは、『原作』通りに椎葉紬が男子と比較しても高い身体能力を持つこと。

 一つは、あまりに異常な状況に、柊史の思考が混乱していたこと。

 一つは、紬の感情の中に一切の悪意が含まれていなかったこと。それどころかプラスの感情に満ちていたこと。

 紬が何か企んでいるのがわかっていたとはいえ、そこに柊史を害そうという意図がまったくなかったために、『おかしい』と思いつつも警戒はしていなかったのである。

 ともかく、柊史は中にもつれ込むように転がり込み、前につんのめりそうになって、慌ててブレーキをかけ・・・

 

「あいたっ!?」

 

 そのまま、尻餅をついてしまった。

 師匠の夏油が見ていれば、『やれやれ・・・柊史、鍛え直しだね』とため息をついたことだろう。

 だが、柊史にとって今はそんなことはどうでもよかった。

 なぜならば。

 

「な、な・・・」

「ど、どうかしたの?保科君?」

 

 柊史の眼に映るのは、黄色と朱色だった。

 その小柄な身体に不釣り合いな胸部を包む黄色のブラと、形の良い尻を覆う同じ色のショーツ以外何も身に着けていない紬がそこにいた。

 その肌を、羞恥からか真っ赤に染めながら。

 ・・・どういうわけか、仁王立ちで。

 

(な、なんて、たくましい立ち姿なんだ・・・!!はっ!?)

 

 照れはある。

 だが、それ以上に威風堂々とした立ち振る舞い。

 『己の進む道に一切の間違いはない!!』と言うかのごとき気迫。

 ナイスバディな女子の下着姿を拝んだというのに、柊史の第一印象は『男、いや漢らしい』であった。

 もっとも、柊史がそう思っていられたのはごくわずかな間のみ。

 自分が一体何を目の前にしているのかを理解すると、鍛え上げた筋力でもって全身をフル稼働させ、コメツキバッタのように土下座の体勢に移行する。

 

「ご、ごめん!!オレ、なんてことを・・・」

 

 すぐさま、柊史は紬に謝った。

 状況はまったくわからなかったが、自分が紬の下着姿を見てしまったのは覆しようのない事実。

 ならば、己にできるのはただひたすらに謝るしかない。

 そう思っての行動だったが・・・

 

「ど、どうして保科君が謝るの?保科君は何も悪いことなんてしてないのに」

「・・・え?」

 

 またしても、紬の言った言葉の意味がわからなかった。

 

「え?いや、でも、オレは・・・」

「ほ、保科君は、『偶然』ワタシが着替えてるときに入ってきちゃっただけだよね?ワタシの着替えを覗こうって思って入ってきたワケじゃないんだもんね?」

「そ、それはそうだけど、でも」

 

 紬の言うことは正しい。

 確かに柊史は着替えを覗こうなんてまったく考えていなかった。

 今こうして帳の中に入ったのは、柊史が意図しての行動ではない。

 というか、むしろ紬の方が故意に柊史を引っ張ったような気すらする。

 だが、だからと言ってそれで着替えを覗いてしまった罪が帳消しになるとは・・・

 

「い、いいんだよ?そんなに気にしなくて。だって、これは事故なんだから。偶然女の子の着替えを見ちゃっても、それで何でも言うこと聞かなきゃいけないなんていうのは絶対に間違ってるんだからね?」

 

 状況は相変わらずまったく理解できていない。

 今の柊史にわかっていることはただ一つだけだった。

 

(椎葉さん、全然怒ってない・・・恥ずかしがってはいるけど、オレへの言葉に嘘はない)

「そ、それは・・・そうかな?そうかも?」

 

 それは、紬が一切の嘘をついていないということ。

 今の台詞はすべて紬の本心だったということだ。

 その直球ドストレートな感情が乗った言葉に、『椎葉さんの言ってることが正解なんだ』という気がしてくる。

 ・・・マインドコントロール成功である。

 

「そ、そう!!そうなんだよ!!それでいいんだよ保科君!!わざとは絶対にダメだけど、そうじゃないならセーフなんだから!!」

「う、うん・・・わかった」

 

 柊史は土下座しながらも素直に返事をした。

 紬からは激しい羞恥の感情が伝わってくるが、同時に達成感やら満足感といった理由がよくわからない感情もある。

 だが、紬に自分への怒りや嫌悪の感情はない。

 意味不明な状況ではあるものの、紬に嫌われるという最悪は回避できているようなので、もはや流れに身を任せることにしたのである。

 

「と、ところで椎葉さん。オレはこれからどうすれば・・・」

「あ・・・えっと」

 

 今の柊史は土下座を続けているワケだが、頭を上げればすぐ傍に下着しか身に纏っていない紬がいるという非常にリスキーな状態であり、動くに動けなくなっている。

 この場の主導権を握っているのは間違いなく紬であり、指示を仰ぐべく口を開くと、困ったような感情が漂ってきた。

 そして。

 

「い、一回目は事故だけど、もう保科君はワタシが着替えてる途中って知ってるんだから、見ちゃダメ!!目をつぶったまま外に出てて!!」

「りょ、了解しました!!」

 

 にわかに焦り出した紬を背に、柊史は帳を出て行くのだった。

 

(結局、椎葉さんは何をしたかったんだ?・・・っていうか、シュシュ返すの忘れてたけど、いいのかな?)

 

 その手に、返すはずだったシュシュを握りしめて。

 ・・・さすがに、今の空気の中でもう一度返しに行く気にはなれなかった。

 

 

-----

 

 

「よ、よし!!」

 

 柊史が去った後の帳の中で、紬は顔を赤らめながらも満足げに一息ついた。

 自分が成すべきこと成せた。

 最後に、柊史にどうやって出て行ってもらうか考えていなかったから焦ってしまったが、終わりよければすべてよしというものだろう。

 

「こ、これで保科君も綾地って人のいいなりにならずに済むよね・・・」

 

 柊史が、いや、常人にはまず理解不能な紬の奇行。

 その真意は、紬の言葉通りだ。

 

 

--保科柊史が件の魔女の破廉恥な姿を見たのを気に病んでいるというのなら、そんなものはどうというワケでもない!!と教えてあげればいい。

 

 

 先ほどまでの紬の行動原理はすべてそこに集約される。

 

「保科君がどこまで見ちゃったのかわからないけど・・・魔女の姿だったなら、今のワタシよりは大したことないはず」

 

 これは紬の経験から来るのだが、魔女の衣装はある程度までなら着脱可能だが、完全に脱ぐことはできない。

 脱ごうとすると、変身が解けてしまうのだ。

 上から別の服を着ようとした場合も同様である・・・もしもそれが可能ならば、紬が敵視している魔女は自分の姿を柊史に見られて窓から飛び降りるような事態は避けられていただろう。

 柊史が件の魔女のいやらしい姿を見たとき、学院の中と仮定すると万が一柊史以外の人間に見られる場合を考えて魔女の衣装に変身していたはずだ。

 それならば、その露出度には限界がある、というのが紬の予想。

 だが犯罪知識を学習した紬のプロファイリングによると、綾地某は『悪辣な策略家であり、目的達成のためなら貞操観念を投げ捨てられる痴女』。

 柊史を確実に陥れるために、己の限界ギリギリまで攻めてくる可能性は否めない。

 そうなると、柊史はそれなりのモノを目にしてしまったと思われる。

 その上で柊史にかけられた呪縛を解くには、こちらにもそれを上回る『格』というモノが求められるのは明らか。

 故に、紬は下着以外身に着けていない姿を柊史に見せつけたのである。

 まあ、万全を期するというなら全裸でいくべきだったろうが、覚悟が決まりきった紬でもそのハードルは越えられなかった。

 だが、いくらなんでも下着姿よりも過激な格好はできないだろう。

 ・・・なお、少々ダーティな世界を知った紬といえど、『魔女の衣装そのものが下着かそれ以上に過激』といったパターンは想定できていなかったが、それを責めるのはさすがに酷である。

 

「こ、これから保科君が同じ手を使われることがあっても、今日のことを思い出してくれれば、平気だよね?・・・うう、さすがにちょっと恥ずかしいな」

 

 

 今後、綾地某が同じような手段を用いてくることがあったとしても、それ以上のモノを見せた紬のことを思い出してくれれば、はね除けられるはず。

 ・・・それすなわち、柊史が自分の下着姿をしっかり目に焼き付けてしまったということであり、意識すると恥ずかしくてたまらなくなる。

 だが。

 

 

--保科君が、綾地って人のいやらしい格好のことばかり気にしてる方がイヤ。

 

 

 柊史がどの程度のモノを見てしまったのかはわからない。

 しかし、柊史がそれを負い目に思っているということは、ことあるごとにそのときの光景を思い出すということ。

 それに比べれば、自分の恥ずかしい姿を思い出される方が数百倍マシである。

 いや、むしろ・・・

 

 

--ワタシが、その人の思い出を『上書き』できたのなら・・・

 

 

 それは件の魔女の記憶を追いやって、己がその分柊史を染められたということ。

 椎葉紬という少女が、保科柊史の心の一領域を征服したということだ。

 ・・・さすがに、今の紬にその自覚はない。

 だが、恥ずかしさだけでなく、紬の胸の奥には得も言われぬ優越感が湧き上がっていた。

 紬としては、『保科君を少しでも助けてあげられたという満足感』だと誤認していたが。

 そして、このとき紬はもう一つあることに気が付いていなかった。

 

「で、でも、保科君だけになら、まあ、いいかな。うん」

 

 柊史に恥ずかしい姿を見せたというのに、『ちょっと恥ずかしいな』程度で済んでいること。

 異性に下着姿を見られるなどという、冗談でもなくトラウマになりかねないことを、『保科君だけになら・・・』と思えてしまっていること。

 その理由が何なのか。

 未だに紬は無自覚であるのだった。

 

 

-----

 

 

おまけ

 

 

「そういえば保科君。今日は代償は大丈夫なの?」

「え?代償?椎葉さんは今男の子の格好を・・・って、そっちか」

 

 いろいろあったが、その日のお楽しみタイムを終えて普段通りの男装に戻った紬が、心配そうに柊史に尋ねてくる。

 一体何の話だと思った柊史だったが、紬が昨日のように寧々の代償を肩代わりした場合のことを不安に思っているのだと察した。

 ・・・本来ならば会ってすぐに確認しておくべきことだったが、いろいろありすぎてお互いに忘れていたのである。

 だが、これについて柊史に抜かりはなかった。

 

「うん、大丈夫だよ。なにせ秘密兵器があるからね」

「秘密兵器?」

「ふっふっふ・・・これだよ」

「これって・・・心の欠片?」

 

 柊史が得意げに取り出したのは、心の欠片がいくらか入った小瓶だった。

 紬としては見慣れたものだが、疑問もある。

 

「あれ?保科君、ここで作った欠片は全部ワタシにくれてたよね?じゃあ、この欠片は?」

 

 柊史は術式反転によって心の欠片を作ることができるが、作った分はすべて紬に渡していた。

 そして、紬と出会ったばかりの頃の柊史はプラスの感情に飢えており、心の欠片を生成するどころではなかった。

 そうなると、この欠片はどこから手に入れたモノなのか。

 

「ああ。昨日話した魔女の子がくれたプラスの感情から作った欠片だよ」

「・・・え?」

 

 柊史の言った言葉の意味がわからず、紬は呆けたような声を出す。

 感情の動きもフリーズしたからか、その変化に気付かない柊史は変わらず意気揚々と説明を続けた。

 

「その子とは、心の欠片を渡す縛りは結んでないからさ。もらった分は全部オレの取り分にできるんだ。これさえあれば、昨日みたいになる前にオレだけで反転術式が・・・」

「保科君」

「え?」

 

 立て板に水と言うかのように続く柊史の説明を、冷たい声音がばっさりと断ち切る。

 その冷たさに、今度は柊史の方が間の抜けた声を出した。

 そんな柊史に、紬は。

 

「一つ、お願いがあるんだけど、いいかな?」

「お、お願い?どんな?」

 

 その可愛らしい顔に笑顔を貼り付けて、紬は柊史にお願いをした。

 笑顔ではある。

 だが、普段紬が浮かべているソレとは180度印象の違うその笑顔を前にして、柊史にできることはそのお願いの内容を聞くことのみだった。

 

「うん。その欠片、ワタシにくれないかな?その代わり、ワタシに渡す分は保科君が持っていて欲しいの」

「え?それは、別に大丈夫だけど・・・?」

 

 身構えていた柊史だったが、拍子抜けと言った感じであった。

 柊史は、紬が発するプラスの感情の質の高さをよく知っている。

 寧々のモノも高品質であるが、それと遜色ないし、量も申し分ない。

 手持ちの寧々の感情から作った欠片と紬に渡す欠片を入れ替えるだけで、別に柊史に損はない。

 

「じゃあ、はい」

「うん。ありがとう」

 

 断る理由もないので、柊史が欠片を手渡すと、紬は笑顔のまま受け取った。

 そして、紬がこれまで集めてきた欠片が詰まった小瓶を取り出すと。

 

 

--ザッ!!

 

 

 いささか乱雑な手つきで欠片を小瓶の中に流し込んだ。

 

「・・・そ、その、椎葉さん。オレ、何か気に障ることしたかな?」

「ううん。別に。保科君『は』、何もしてないよ?」

「そ、そう?」

 

 紬は相変わらず笑顔だ。

 だが、柊史の術式はその心の中が突如として氷のような冷たさを帯びたことを感じ取っていた。

 恐る恐るお伺いを立ててみるも、紬に話すつもりはないということも。

 

(これは、深入りしちゃダメだな・・・)

 

 柊史は、他人の感情が読み取れる癖にデリカシーに欠けるところがある。

 しかし、今は修羅場をくぐった呪術師としての経験が、けたたましく警鐘を鳴らしていた。

 そのおかげと言うべきか、柊史はそこで追求を止めることにしたのである。

 一方で。

 

(保科君に、プラスの感情を渡した?・・・馬鹿にして)

 

 紬の中には、柊史も感じ取ったように冷たい怒りが満ちていた。

 

(あなたのソレは、道具とかペットに向ける感情でしょ?そんなモノ保科君に向けないで)

 

 件の魔女は、柊史を脅している邪悪な魔女なのだ。

 紬のように、心からの感謝などするワケがない。

 ならば、そんな魔女が柊史に送るプラスの感情など、都合のいい相手に向けるモノ・・・要は、便利な道具に対する愛着でしかあり得ない。

 そんな人をモノ扱いするような態度に腹が立ってしょうがなかったのだ。

 ましてや・・・

 

(しかも、そんな感情から作った欠片を保科君が取り込む・・・?気持ち悪い)

 

 反転術式を使うということは、その欠片を柊史の術式で吸収するということ。

 ひいては、柊史を脅すいかがわしい女から出てきたモノが柊史の中に入る、その一部になるということ。

 まるで、マーキングでもされているようではないか。

 そう意識した途端、猛烈な不快感と生理的嫌悪が湧き上がってきたのである。

 そんなことをさせるくらいなら、自分の感情で作ってもらった欠片を取り込んだ方が柊史目線でもよほどマシだろうと思っての『お願い』だった。

 だが、その魔女が柊史の近くにいる限り、同じようなことが何度も起こるだろう。

 

「保科君。これからも、欠片があったら『ワタシの』欠片と交換してね?ワタシなら、いつでも協力できるから」

「う、うん」

 

 果たして、本日幾度目か。

 本日最大のプレッシャーを放つ紬に迫られ、柊史はコクコクと首を縦に振るのだった。

 

 

-----

 

 

「う~む・・・チョコか、イチゴか・・・前に食べたバニラも美味しかったのう・・・迷うのじゃ」

 

 

 時を同じく、ほぼ完全に紬と柊史の意識から消えていたアカギは、コンビニでどのアイスを買うかひたすら悩んでいた。

 『余りにも帰りが遅い』と、さすがに心配になった2人によって発見され、紬のお説教をくらうことになる三十分前のことであった。

 




なお、保科君が噛み千切った指が呪物になっていて、それを椎葉さんが拾う→紆余曲折あって保科君の指で椎葉さんが1人遊びをするなんてのも考えてました。
しかし、反転術式で治した欠損部位は呪術的な価値がなくなるという呪術廻戦の設定があったので没にしました。

また、IFストーリーで呪術廻戦世界で子供の頃の保科君がパパ黒と関わるお話を載せようと思いましたが、長くなりそうなのでカットしました。


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