女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話   作:二本角

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アンチ・ヘイトをいれるべきか・・・?


種に水をまきましょう

「え?本当にいらないのか?」

「何度も言ってるじゃん。お金なんていらないって・・・」

 

 まだ昼休みの途中であるが、『そういえば、お昼食べに行かないと』と、昼食を食べに行くことにしたオレたち。

 その途中で、オレは仮屋にプラスの感情をもらった、もとい『バイトの練習』に付き合ってもらったお礼に、前に話した通り給料を払おうとしたのだが、仮屋は特に悩む様子もなくヒラヒラと手を振りながら断った。

 

「オレとしてはバイトのことで協力してもらったわけだし、払っておかないと心苦しいんだが」

「かといって、それで万札出されたら引くってば。ただ手を握って話しただけでそんなにもらえるとか、もはや水商売でしょ。逆に怖いっての」

「ま、まあ、そう言われたらそうなんだが・・・」

(・・・それに、保科とそんなアコギな関係になるの、ちょっと嫌だし)

 

 確かに、いきなり財布に入っていた万札を出したのはやりすぎだったかもしれない。

 言われてみれば、手をつないでお話しただけで大金が入るバイトなど、どうみてもいかがわしいヤツにしか思えない。

 それで実際にお金を払われるとなれば、怖いと思うのも無理はないかもしれない。

 だが・・・

 

「でも、オレだって仮屋に感謝してるんだぞ?そりゃ、金で感謝を示すっていうのは感じ悪いかもしれないけど」

「・・・それを言ったら、アタシだって今日は感謝してるよ」

「へ?」

 

 ボソリと仮屋が何か呟いたが、小さすぎてよく聞こえなかった。

 しかし、仮屋からさっきに引き続いて温かい感情が流れ込んでくる。

 

(なんでだ?なんで今仮屋にオレの方が感謝されてるんだ?)

(ずっと気になってたことわかってよかった・・・なんて保科に言ってもわかるわけないか)

 

「ま、そんなにお礼がしたいんなら、今から学食おごってよ。明日のお礼はドリンクでもいいよ」

「そのくらいなら別にいいけど、・・・って、明日もやるのか?」

「え?やるんじゃないの?」

「いや、まあ、仮屋が構わないなら頼みたいくらいだけど」

「じゃあ、いいじゃん。明日もさっきの教室ね」

「あ、ああ」

 

 なんだかさっきから仮屋に会話のペースを握られているような気がするが・・・悪い気はしない。

 それは、仮屋から伝わってくる感情がずっと温かいままだからだろう。

 

(普通、恋人でもないのに男に手を触られるなんて嫌だと思うんだけどな・・・それに、バイト代もいらないのは本気みたいだし)

 

 昔、オレの隣に座っていた女子の落とし物を拾おうとしたとき、激しい嫌悪を持たれたことがある。

 その子はこれまでオレにマイナスの感情は持っていなかったから、オレは驚いた。

 のちのち、『女子は好きでもない男子に近づかれるのが嫌いである』ということに気づいて納得したが。

 それで言うと、仮屋がここまで積極的なのがわからない。

 確かに、オレと仮屋は友人と言っていい仲だが・・・男でも、不用意に他人に触れられるのを嫌がるヤツはいるというのに。

 てっきり、バイト代に釣られたのかと思ったが、それにしてはあまりにも執着がない。

 以前は、あんなにもオレのバイトのことを紹介してくれと言っていたのに、オレが金を払おうとして拒否したときも本心だったのだ。

 

「あ、そういや仮屋。綾地さんのほうのバイトはいつ行くんだ?オレはいつでもよくなったぞ」

「え?そうなの?前は、『すぐには無理そう』って言ってたのに」

「まあ、事情が変わったんだよ」

「ふぅん?」

 

 バイト代で思い出したが、綾地さんがシュヴァルツ・カッツェのバイトを仮屋に紹介していた。

 面接に行くとき、オレもついてきてほしいと言われていたが、相馬さんへの感情の受け渡しをどう誤魔化すか考えていなかったので先送りにしていたのだ。

 だがそれも、夜に相馬さんのところに行くことでなんとかできるようになったから、わざわざ綾地さんや仮屋がいるところでやる必要はなくなった。

 ならば、早いうちにまともなバイトを紹介してあげた方が仮屋にとってもいいことだろう。

 

「とはいっても、別にオレが行く必要もないと思うぞ?相馬さん・・・ああ、あそこのオーナー、いい人だし」

「・・・そうなの?」

 

 昨夜、相馬さんに相談しに行ったときに仮屋のことを少し話したが、なかなかに好意的だった。

 オレから見れば仮屋も相馬さんもいい人だし、相性が悪いとは思わないから、オレが間に入ろうが入らなかろうが、仮屋なら採用されるだろう。

 

「保科、そのオーナーとは仲いいの?」

「え?あ~、まあ、知り合ったのは最近だから、まだそこまで関わってはないな。でも、人間できてる人だぞ」

(まあ、人じゃなくてアルプだけど)

「ふ~ん・・・」

 

 オレの正直な印象を伝えると、仮屋は少し何かを考えるように黙り込んだ。

 

「ねぇ保科。せっかくだし、綾地さんが紹介してくれたバイトについても教えてよ。綾地さんが言ってたけど、保科のバイト先も関わりあるんだよね?」

「それは大丈夫だけど・・・うちのバイトが関わってることは話せないぞ。守秘義務あるから」

「え~!!アタシも関わることになるんだったらいいじゃん!!」

「うちが関係あるのは相馬さんのプライベートに関することなんだよ!だからダメ!!」

「・・・じゃあ、話せないことはいいから、教えられることだけでも教えてよ。学食食べながらさ」

「はぁ、わかったよ」

 

 仮屋がシュヴァルツ・カッツェで働くことになればオレが教えられることなどすぐに意味がなくなるだろうが、まあ、話のネタにはちょうどいいかもしれない。

 ちょうど、目の前に学食も見えてきたところだ。

 

「よし!それじゃあ、アタシCセット頼むから、支払いよろしくね!!」

「迷いなく一番高いヤツ頼む気かよ・・・いやいいけども」

 

 そうして、仮屋は笑顔でメニュー表を指さすのだった。

 

 

----

 

 

「・・・あ、あの!!いろいろ教えてくれてありがとうございました・・・」

「「「あっ、はい」」」

 

 昼休みの教室で、寧々と話していた3人は異口同音にそう答えるしかなかった。

 

(あれ?これ、あたしたちやばいことしちゃった・・・?)

(ふ、不純異性交遊?いや、今時こっそりヤってる女子なんて腐るほどいるけど、綾地さんともなると・・・)

(大丈夫だよね?いくら綾地さんでも、『あなたたちのおかげでセックスできました!!』とかお礼言ってこないよね?そんなことされたら学校生活終わるんだけど・・・)

 

 とはいえ、3人とも内心戦慄していた。

 軽い気持ちで『男に喜んでほしいならエロで一発』と言ったが、今の寧々にはそれを本気で実行しそうな『凄み』がある。

 人目につかないようにやり、かつその成果も胸の内にしまっておくのなら別に構わないが、完璧超人に見えて実は結構うっかりなところもあるとこの昼休みに見せつけられたばかりだ。

 3人の学生生活のためにも、その本懐はひっそりと遂げてほしいと願わずにはいられなかった。

 

「あ、あはは。お役に立てたならよかったよ」

「そうそう!!普段お世話になってるし、今日なんか綾地さんの予定を邪魔しちゃったみたいだしね」

「これくらいならお安い御用ってやつ」

 

 当たり障りのないセリフで会話の流れをそれとなくお開きにしようとする3人。

 その言葉の中身に嘘はないが、『もう地雷原はコリゴリだ』という疲れもまたにじんでいた。

 

「それにしても、みなさんはすごいですね。私、そっちの方面は疎くて・・・」

 

 そんな目が死にかけている3人に、寧々は心からの賞賛を送った。

 

「「「そ、それはどうも・・・」」」

(((正直、あんまり役に立てること言った感じしないんだけど、綾地さんが喜んでるならいっか・・・)))

 

 寧々が見え透いたおべっかを使うような人間でないことはよく知っているから、今の言葉も本心なのだろうが、エロ関係以外で有効な助言をできていなかった気がする3人からすると微妙なところだ。

 というよりも、自分たちの勧めた方法のほとんどが実施済みであったし。

 いや、そもそもだ。

 

「まあ、綾地さんはそんな小細工に頼る必要ないからねぇ・・・」

「あたしたちのはいわば弱者の知恵っていうか・・・」

「生存するために勝手に身に着いた技能ってヤツだね。身についてないヤツは死んでるよ。青春的に」

「?」

 

 彼女たちが語った『男子へのアプローチの仕方』など、所詮は女子から男子にアタックをかけるための技術だ。

 寧々のように、男子の方が寄ってくる存在にとってそもそも必要のないスキルなのである。

 そんなものを教えてお礼をもらっても、より現実を思い知らされるだけというか、なんとなく自分がみじめに思えてくる。

 無論、寧々に悪意は一切ないのはわかっているのだが。

 

(((でもそう考えると、保科君すごいわ)))

 

 しかし逆に言うと、寧々がそうした小細工に頼らざるを得ないくらい難攻不落な柊史のすごさが改めてわかる。

 話を聞くに、もう相当の修羅場をくぐっているようであるし。

 いったい何があれば、この超絶美少女の攻勢をさばけるというのか。

 イケメンも含めて大抵の男子なら寧々から迫られれば二つ返事でOKするだろうに。

 

「正直、ウチの彼氏が綾地さんに取られても納得しかないわ」

「わかるわ。綾地さん相手なら仕方ないというか」

「あたしが男だったら、絶対コロッといくよ」

「っ!?」

 

 彼女たちは彼氏持ちであるが、自分の彼氏が寧々に迫られて浮気したとしても、怒りはするだろうが納得もしてしまうだろう。

 そのくらい、寧々のレベルはぶっ飛んでいる。

 しかし、その高レベルな寧々は衝撃を受けていた。

 

「み、みなさん、やっぱり彼氏とか、いらっしゃるんですか・・・?」

「まあ、そりゃね?」

「いなきゃ、さっきみたいなこと話せないよ」

「さすがにエアプで彼氏の作り方を言うのはねぇ・・・」

 

 実を言うと、3人とも彼氏持ちである。

 俗な言い方ではあるが、そのくらいにはクラスでの立ち位置が高い方であり、だからこそ昼休みに寧々と一緒にいても周りから余計なちょっかいがないのだ。

 

「か、彼氏・・・彼氏ですか・・・」

 

 3人は寧々をはるか上の存在として見ていたが、寧々からすれば彼女たちの方こそ雲の上の存在であった。

 そのレベル差にあてられ、寧々はうわごとのように『彼氏、彼氏』と繰り返す。

 

(((これはこれで放っておいたらマズいな)))

 

 ただでさえ、今のクラスや学院内の状況は複雑なのだ。

 これで、寧々が今のような状態になっているのが露見すれば、自分たちもその渦の中に巻き込まれかねない。

 そう思った3人は、またもフォローすることにした。

 

「ま、まあまあ綾地さんなら彼氏くらい余裕だって」

「そうだよ。あたしだって作れたくらいなんだからさ」

「保科君に彼女がいるとか、保科君狙いの子がいるとかは知らないけど、綾地さんなら誰が相手でも負けないって」

 

 なにせ、何度も言っているように寧々ならば普通にしていればほとんどの男を落とせるのだ。

 その気になれば、彼氏の1人や2人、一日どころか5分で作れることだろう。

 彼女たちにとってそれは事実であり、単なるリップサービスではない本心の言葉だった。

 そう、本当にそれだけだった。

 

「いませんよ」

「「「へ?」」」

 

 その変化は唐突だった。

 

「いませんよ。保科君に彼女なんて」

 

 ほんのついさっき、慌てていたのが嘘のような落ち着いた、否、冷めきった口調で寧々はそう言い切った。

 

「あり得ません。そんな人がいるのなら保科君は・・・いえ、とにかく、保科君には絶対に彼女なんていません」

「「「・・・・・」」」

 

 冷たい口調ではあるが、その言葉には熱が込められていた。

 鋼鉄ですら溶かすような、マグマのごとき怒りが。

 そのプレッシャーの前に、3人は蛇に睨まれた蛙のように何も言えなかった。

 

(え?なになになに!?なにこれ!?)

(なんでこんな怒ってるのっ!?そこまでやばいこと言ったっけ!?)

(怖い怖い怖い怖い!!マジで怖いって!?)

 

 特別、気に障るようなことを言った覚えはない。

 彼女たちの言葉はお世辞ではなく本音であり、そこに寧々をからかう意図は一切なかった。

 『たとえ柊史のことを狙っている女子がいたとしても、寧々ならば問題なく勝てるだろう』

 本当にそれ以上の意味などない。

 だが、寧々にとって重要なのはそこではなかった。

 寧々にとって、それだけは聞き流せなかった。

 自分に彼氏が作れるとかそんなことはどうでもいい。

 

 

--保科君に彼女がいるとか、保科君狙いの子がいるとかは知らないけど・・・

 

 

(保科君に彼女なんていません・・・もしそんな人がいるのなら、心に穴が空いてるはずないんですから)

 

 なるほど、彼女たちは柊史の心の穴のことを知らない。

 寧々が魔女であることも知らない。

 柊史が呪術師であることなど想像すらしないだろう。

 だから、そんな彼女たちが何を言おうが責められる道理はない。

 だが、だからと言って、腹が立たないワケではない。

 柊史の心には大きな穴が空いているのだ。

 もしも柊史に心から寄り添える人が、恋人がいるのなら、そんな穴など空いているはずがない。

 いや、仮にそんな存在がいたとしてだ。

 

(もしも保科君に、か、彼女がいたとしても!!心の穴を塞げないような人に、そんな関係でいる資格はないですよ!!)

 

 こうしている今も、柊史は自身の術式によって悪感情を吸い込んでいるのかもしれない。

 そして、心の穴を拡げているのかもしれない。

 万が一、あり得ない話だが柊史に彼女と呼べる存在がいたとして、その穴を埋めることができないのに柊史の恋人を名乗るなど、おこがましいとしか言いようがない。

 だからこそ、寧々は聞き流せなかったのだ。

 事情を知らなかろうと、仮定の話であろうと、柊史に彼女がいるなどという戯言は。

 

 

--ワタシは、綾地さんのおかげで柊史くんと恋人どうしになれたんだから

 

 

「・・・っ!!」

 

 寧々の脳裏に、聞いたことのないはずの声が木霊する。

 柊史に恋人がいないのは本当のこと。

 だから、その声はただのまやかしだ。

 だがいつかどこかで聞いたような気がしてならないその声は、時折今のようによみがえるのだ。

 とくに、『恋人』だとか、『彼女』だとかいう単語だ出たときには。

 そのたびに、寧々の心は軋みを上げる。

 寧々はその声をかき消すように、努めて強い口調で切り出した。

 

「とにかく・・・保科君に彼女はいません。わかってもらえましたか?」

「う、うん、わかった・・・」

「ご、ごめん綾地さん。変なこと言っちゃって」

「そ、そうだよね。保科君に彼女はいないね」

 

 普段大人しい人物が怒ると、ギャップも相まってすさまじい恐怖を覚える・・・というのはよく聞く話だ。

 3人は寧々に促され、硬直が解けたように追従した。

 そうしなければ、何をされるかわからない得体の知れなさが今の寧々にはあったのだ。

 

「ま、まあ、保科君ってちょっと変わってるし、そういう浮いた話があるみたいな噂は全然ないよね」

「そうそう。少し他の男子とは違う感じするもんね、保科君」

「悪い人じゃないっていうか、むしろいい人だとは思うけどね・・・」

「・・・変わってる、ですか?」

(((よし、食いついた・・・!!)))

 

 寧々の威圧に押されて、『保科柊史に彼女なんていないよ』という説を補強すべく、反射的に3人は柊史に対する印象を口に出していた。

 無論、悪口にならないレベルで。

 すると、その中身が気になったのか、寧々はプレッシャーを弱めて続きを促してきたために、3人は内心で安堵した。

 実際、寧々にとって柊史が周りからどう思われているのかは実に興味深い話だった。

 

「え~とね。まず保科君って、こう言っちゃ悪いけどあんまり存在感ないじゃん?けど、誰かが困ってるといち早く気づいて助けてくれることが多くて・・・なんていうか、『気が付いたらそこにいて助けてくれる人』っていうか・・・」

「パッと見は普通なんだけど、実は妙に頼りになるところがあるんだよね・・・でもそれが『普通の男子』っぽくない感じがする」

「う~ん、大人びてるとか達観してるとかはちょっと違うんだよな~。クラスでほかの男子としょうもない話してるときはあって俗な話にも理解がないわけじゃないけど、雰囲気っていうのかな?なんか周りの男子と同い年に見えない気がするよね」

「・・・それは、私もわかるかもしれません」

 

 言語化が難しいが、3人の言わんとすることは寧々にもなんとなくわかった。

 一見普通の男子に見えるが、そうではない。

 どこか、『異質』な空気が柊史の周りにある。

 自分たちとは『何か』が違う雰囲気。

 まるで、自分たちとはまったく違うルールで生活していた人間が、一般社会に巧妙に解けこんでいるような。

 ふとした折に、その『違うルール』が顔を出しているように感じられるのだ。

 寧々も、自分の代償が不意に消えることがあってから柊史に注目していたのだが、そのときにも違和感を覚えていた。

 

(保科君、雰囲気というか、歩き方が普通の人と違うんですよね)

 

 これは、『原作』と呼べる世界の保科柊史と大きく違うところだろう。

 夏油傑という特級術師と出会ったときの出来事で、柊史はもともと持っていたチカラが術式へと変貌した。

 それは事故と言ってよいものであったが、ただでさえ難儀していたチカラが、術式に備わっていた縛りによって明確に生命の危機に至るモノになったのだ。

 柊史と、ようやく同胞に会えた夏油はその術式をコントロールできるようになるために知恵を絞り、柊史が特定の条件で傷を癒す反転術式が使えるとわかってからは、『実戦によって生命の危機にあえて追い込み、呪力の核心をつかませる』という荒療治を敢行した。

 結果、夏油の操る呪霊や夏油本人を相手に壮絶な戦闘経験を積むことになったのだが、当然そんな経験をした少年が影響を受けないはずがない。

 今の柊史は常在戦場とまでは言わないが、その身のこなしは洗練されている。

 そのため、少し気を付けて見るとその妙な姿勢の良さに気づくことができるだろう。

 ほかにも、呪霊とはいえ他者に人間なら即死しているような攻撃を撃ちまくることもしょっちゅうであり、暴力に慣れ親しんでいると言えなくもない。

 戦場と呼べる場所で戦ってきたことによる呪術師としての立ち振る舞いこそが、寧々たちが感じ取った違和感なのだ。

 とはいえ、術式によって他者の感情に敏感なため、夏油と会ってそこまで経っていない時分ならともかく、今の柊史は他人からどう見られているのかを気にしてそうした荒々しい所作は隠すように努めている。

 それによって、『普段は存在感がないが、妙に頼りになるように見えることがある』という矛盾した、表現の難しい評価となったのである。

 

「あとは・・・よく人助けみたいなことしてるけど、目的がよくわかんないところかなぁ。それで誰かと仲良くなってる感じもしないし」

「あ~、わかる。積極的に人を助ける人って、ものすごい優しくて熱意があるか、下心持ってるヤツって感じだけど、保科君はどっちでもないんだよね。なんていうか、『無』って感じ?それか、『陰がある』って言うのかな」

「保科君、顔は悪くないとは思うけど、そういうところで損してるよね。いい人だとは思うんだけど、どうして人助けしてるのがわかんないと不安になる」

「・・・・・」

(それは保科君が周りから嫌われないようにしてるからですけど・・・この人たちがそう思うのも理解はできます)

 

『あまり目立たず、けれど困っている人がいて見捨てたら恨まれるから助けよう』というのが保科柊史の処世術だ。

 あまり目立つと、それだけ他人の注目を浴びることになり、ひいては多くのマイナスの感情を引き付けることになりかねない。

 かといって、誰とも関わらずに孤立するのもそれはそれで目立つ。

 困っている人を見捨てたら、余計な恨みも買う。

 だから、柊史はほどほどに深入りしないような浅い関係を周囲と築きつつも、ひっそりと面倒ごとを引き受け続けてきた。  

 強い関心も恨みも持たれないような、プラスを稼ぐよりマイナスを出さないことを重視してきたのである。

 悲しいかな、そのために対人関係を磨く経験は乏しく、彼女たちのようにその真意の読めない人助けを訝しく思われてしまうこともあるのだが。

 さらに言うと、3人は寧々の不興を買うかもしれないから言わなかったが、柊史は自身をさいなむ術式の縛りと過去の『とある一件』から、時折陰鬱な気配を漂わせており、それが『なんか暗い。冴えない』といったマイナスの印象を持たせることもあった。

 それもあいまって、『よくわからないヤツ』と思われることが多いのだ。

 柊史の術式を知る寧々からすればその理由を懇切丁寧に教えてあげたい気持ちはあるが、そうするワケにはいかない。

 それに、柊史の正体を知る前の寧々も、そこを不思議に思ったことだってある。

 故に、寧々の心境は非常に複雑であった。

 

(これ、綾地さん怒ってる?)

(怒ってるっていうより、もどかしいって感じしない?)

(まあ、怒ってる感じはしないよね)

 

 『言いたいことがあるけど言うわけにはいかない。それに、気持ちはわかる・・・でも言いたい』というもどかしさを全身から醸し出す寧々。

 だが、さきほどの怒りは収まったようだと、3人は一息ついた。

 3人からすると柊史への正直な印象を語ったのだが、いつ寧々の地雷を踏むかひやひやしていたのである。

 このぶんなら、次の話に移ってもいいだろう。

 

「あとやっぱり保科君といえば、アレだよね」

「うんうん。アレだね」

「変わってるって思ったの、アレが原因だもん」

「・・・アレ?」

「ん?綾地さん知らないの?」

 

 このクラスにおける柊史の評価は『いいヤツだけどよくわかんない変わった人』というのが正直なところだ。

 だが、彼女たちの言う『アレ』がなければ『変わったところもあるけどいい人』というもう少しプラス寄りの評判になっていただろう。

 3人とも、寧々だって当然知っていると思っていた。

 なにせ、同じクラスにいて気づかないワケがないのだから。

 とくに、女子ならば。

 

「いや、つい最近まで保科君ってさ、すごい様子がおかしかったじゃん?」

「授業中にいきなり変な声出したり、なんかいきなりキョドったりして途中で抜け出すことよくあったし」

「あのときの保科君、目が怖かったっていうか・・・女子のことめっちゃヤらしい目で見てたよね。今はそんなことないけど」

「ね~。正直かなり怖かったもん。今のクラスになって最初の方はいい人だと思ってたから猶更」

「今と全然雰囲気違うから、別人だったって言われても納得だよ。なんかの病気だったんじゃないかって」

「今だから言えるけど、あのころの保科君、クラスの誰かにちょっかいかけて退学沙汰になるかもって・・・」

 

 いっときの柊史は、クラスの女子の間では『やばいヤツ』という扱いであった。

 普段は物静かで困っている人をよく助けたり、面倒ごとをすすんで引き受けるいい人だが、突然頬を上気させ、荒い息で女子生徒をガン見することがあったのだ。

 授業中に奇声を上げ、教室を抜けることもしょっちゅう。

 一部男子からは『勇者』、『英雄』、『ブレイブマン』と称えられることはあれど、女子から警戒されるのは仕方がないとしか言えないだろう。

 今でこそ、本人の勤勉な態度や海道、仮屋のフォローもあって評判は落ち着いたが、クラスの女子にとって柊史に気を付けるのは常識という空気だったのだ。

 3人は、当時の柊史が異様に寧々を避ける様子の方が気になって風当たりはそこまで強くなかったが、それでも恐怖を覚えたくらいだ。

 寧々もそのことは覚えているだろうし、『暗そう』といった主観的な印象と違って、あんな目立つ奇行があったことを話さずにいるのはむしろ意図的に避けているようで不自然だ。

 共通の話題として振ったのだが・・・それは綾地寧々にとって最大の地雷だった。

 

 

「そんな言い方しないでくださいっ!!」

 

 

 ダンッ!!と机に思いっきり手をついて、寧々は立ち上がっていた。

 立ち上がらずにはいられなかった。

 

(あのときの保科君のことは、全部私のせいなのにっ!!)

 

 寧々は、数日前の激しい発情を柊史に肩代わりをさせたことを深く後悔している。

 なにせ、一歩間違えれば柊史が加害者になりかねなかったのだ。

 もしもそれで柊史が周りからの弾劾の視線で傷つき、心の穴が広がって廃人になってしまっていたら・・・そんな最悪の事態が起こっていたかもしれない。

 だが、すぐに気が付いた。

 たまたま、柊史はそういった行動に出なかっただけで、自分はその火種をばらまき続けていたのではないかと。

 もうとっくに、自分は柊史の心の穴に取り返しのつかないことをしでかしてやいないかと。

 

 

--このクラスになってから、保科君は何回私の代償を肩代わりしてくれてたんでしょうか?

 

 

 その問いに気づいた瞬間、寧々はサッと血の気が引いた。

 これまでは、運がよかっただけなのではないか?

 たまたま、柊史を犯罪者にしなくて済んだだけではないか?

 

 

--最近、教室にいると安心します・・・

 

 

--保科君が、助けてくれているのでしょうか?

 

 

--もしそうなら、何かお礼をしないと・・・

 

 

 柊史の正体に勘づいていた程度だったころの寧々は、能天気にそんなことを思っていた。

 何がお礼だバカバカしい。

 自分がやらなくてはいけないのはまず贖罪だ。

 『あなたに代償を押し付けてしまってごめんなさい』と。

 『あなたの心の穴を拡げて廃人にしてたかもしれなくて申し訳ありませんでした』と。

 柊史は打算で自分からすすんで肩代わりを引き受けたと言うが、関係ない。

 寧々は柊史の優しさというものを身に染みてよく知っている。

 寧々を放っておくデメリットがあろうがなかろうが、柊史ならば肩代わりをしていてくれただろうという確信がある。

 そしてそうなれば、それは柊史の負担となる。

 事実、目の前のクラスメイトたちは柊史を奇異の視線で見ていたのだ。

 そのことは間違いなく、柊史の心を削っただろう。

 ならば、自分はその償いをしなくてはいけない。

 まずは、彼女たちの誤解を解かねば・・・

 

「あのときの保科君は私のっ!!・・・・あっ」

 

 直後、寧々は後悔した。

 寧々は気が付いたのだ、

 

「あ、綾地、さん・・・?」

「あ、あの、あたしたち、また何か・・・」

 

 周囲から向けられる、不審と恐怖の視線に。

 

「な、なんでも、ないです・・・大きな声出しちゃって、ごめんなさい」

「う、ううん。また、私たち変なこと言っちゃったんだよね?」

「こっちこそ、ごめんね?」

「ち、違うんです!あなたたちは悪くなくて、悪いのは私で・・・」

(私、何をしてるんでしょうか・・・)

 

 必死に弁解しながら、寧々は深く後悔していた。

 あの当時の柊史を庇おうとしたところで、魔法も呪術も知らない人間に説明できることなど何もないのだ。

 寧々がしたことは、柊史のことを叫んで注目と、奇異の視線を稼いだだけ。

 それは、ひいては柊史への悪感情につながるかもしれない。

 

(ごめんなさい、保科君・・・本当に、ごめんなさい・・・!!)

 

 周りのクラスメイトにも『なんでもなかった』とアピールしつつ、寧々は心の中で柊史に詫びるのだった。

 

(この埋め合わせは、必ずやり遂げますから・・・!!絶対に、私が保科君の穴を埋めますからっ!!)

 

 その胸の内に、強い『執念(呪い)』を抱えて。

 

 

----

 

 

(ん?なんかすごいピリピリする?なんだ?それに、綾地さん、なんかすごい『重い』感情があるけど、何の感情だこれ?)

 

 

 昼休み終了間際になって、もう授業が始まる寸前に戻ってきた柊史と和奏。

 教室に入ってきたときに、自分に向けられる悪感情と、寧々から発せられるすさまじく重い正体不明の感情に、柊史は軽く混乱した。

 一方・・・

 

 

(なにこの感じ?女子が保科のこと見てる?それに綾地さん、なんか様子変じゃない?)

 

 

 和奏もまた、柊史のように術式は持たないながらも、年頃の女子として『何か』があったことに気づいた。

 柊史と、寧々に関わる何かが。

 そしてそれは、歓迎すべきものではないことにも。

 

 

----

 

 

「・・・七緒、昨日の夜中に保科君に会ってたんですか?」

「ん?ああ、契約、ではなくて縛りで感情の受け渡しにね。それと、相談があるということで付き合ったが・・・寧々?」

「・・・・・」

 

 しばし時が経ち、シュヴァルツ・カッツェにて、相馬七緒もまた自身の契約相手の様子がおかしいことに気が付くのだった。

 




何度も言いますが、私は綾地さんのこと嫌いじゃないです。
ですが、綾地さんの性格ならこんな風になるよなと思ってたらこんなことになりました。
原作では保科君が心の欠片を吸い込んでしまい、言い方悪くすると加害者側でしたが、本作では逆になったうえに保科君へのペナルティも割とキツイというね。
そりゃ、綾地さんなら気に病むよなと。

次回は4/18に投稿できるように頑張ります。

pixivでもブクマとかお願いします!!
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=27773409

この作品をご存じでしょうか?①ダークギャザリング、②死印、③東方Project

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