女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話 作:二本角
また、この前書きは4/21の0時より後に追記しております。
さらに言うと、本編にも最後の方に追記ありです。
いろいろグダグダで重ね重ね申し訳ありません・・・
「ねぇねぇ、昼休み何かあったの?」
「あ、仮屋さん・・・」
5時限目と6時限目の間にあるわずかな休憩時間。
その時間を利用して、和奏は昼休み終了直後の教室にあった奇妙な雰囲気について調べていた。
話しかけたのは、クラスでもそこそこ話す女子生徒だ。
「う~ん、あったと言えばあったけど、よくは知らないんだよね。私も、少し離れたところで見ただけだったから」
「見た?何を?」
昼休み中、食堂で柊史と話すうちに、『綾地さんが紹介してくれるバイト先は別に危険じゃないのかも?』と先入観を和らげた和奏だったが、教室に入ったときにはどうにも剣呑な空気が漂っていた。
幾人かの視線が自分、というよりも隣にいた柊史に向かっており、しかもどうにも穏やかではないというか、責めるような、疑うような感じだったのだ。
教室を出る前はなんともなかったのだから、昼休み中に何かあったに違いないと思ってのことだったが、正解だったらしい。
「えっとね、あんまり大きな声じゃ言えないんだけど・・・」
「うんうん」
『言うべきことではない』とわかっていても言いたくてたまらないのか、女子生徒は声を抑えた。
和奏も、相手の心理はわかっているので、大人しく耳を近くに寄せる。
「綾地さんの様子がね、いきなりおかしくなったの」
「綾地さんが?」
綾地寧々。
その少女のことは、和奏の中で今二番目に警戒している存在だ。
そんな彼女が何かやらかしたとなれば、気にせずにはいられなかった。
なお、もっとも警戒しているのは当然夏油である。
「いきなり怒ったみたいに立ち上がって、大声で『そんなこと言わないでください!!』って」
「そんなこと?それって?」
「さあ?私、遠くから見てただけだし。でも、保科君について何か話してる最中だったみたい。ほら、保科君ってちょっと前はなんかアレだったでしょ?今はそんなことないけど、そのことについて話してたっぽいよ」
「ふ~ん・・・」
『遠くから見てただけ』と謙遜する割に、いやに確度が高い情報だった。
きっと、彼女なりの情報網を使って寧々ではない方の当事者からの証言を聞いたのだろう。
まあ、和奏は目の前の彼女がそういうことに聡いから事情を聴きに来たわけだが。
(ん~?保科のことを変な風に言われて怒ったってこと?なんで?)
和奏としては、疑問点の多い話であった。
和奏の中で、寧々には夏油とつながりのある疑いが、すなわち柊史を害そうとしているのでは?という疑いがあったのだ。
というのも、さきほどの話にもあった柊史の様子がおかしくなったときは和奏も海道とともにフォローに回ったのだが、そのころの柊史が寧々を異様なまでに避けていたことがあった。
同性である和奏ですら見とれるような美少女である寧々だが、当然男子には人気がある。
だというのに、柊史は寧々を遠ざけるように動いていた。
その一方で、それまで接点などなかったはずの寧々が突然関心をもったように柊史を凝視していることがあり、それも不思議だった。
極めつけに、これまで男の影などなかった寧々から柊史へのオカ研へのお誘いと、柊史の態度の軟化だ。
柊史を問い詰めた際には『自分のバイト先が綾地さんの親しい人を受け持つようになった』ということで、柊史のバイト=夏油の関わることという図式を持っていた和奏からすれば寧々の親しい人が夏油と関わりがある=寧々も夏油と関わりがあると考えたのである。
だが・・・
(アタシのこじつけだったのかな?)
長年抱えてきた後悔が解消し、『保科を救わなければ』という強迫観念が消えたことで、今の和奏は冷静だった。
それに、夏油が危険人物であることは間違いないにしても、柊史に対してはその面を見せていないであろうこと、さらには寧々のバイト先は本当にただの顧客であり、夏油との繋がりはなさそうとわかったこともある。
考えてみれば、多少怪しい人と付き合いがあったとして、寧々本人まで危険人物であるというのはいささか先走り過ぎだったかもしれない。
そこに寧々が柊史を庇うような態度をとったこともあって、寧々が柊史に危害を加えるようなことはしなさそうだと考え直した。
そもそも、和奏が寧々を訝しんでいたのは柊史が過剰なまでに寧々を避けていたからだ。
その様子も落ち着いたところを見れば、柊史もまた寧々が自身に何かをするワケではないと判断したのだろう。
(まあ、だからと言って綾地さんがなんか怪しいのはそのままだけど)
とはいえ、『ならばどうして最初は寧々のことをあんなに警戒していたのか?』とか、『そもそもなんでいきなり柊史は変なことをし始めたの?原因は綾地さん?』といった疑問は解決しておらず、完全にシロと言い切れるほどではないが。
(とりあえず、綾地さんに紹介してもらったバイトの方も、行ってみるか・・・)
一時は命の危険すら覚悟していたが、そこまでする必要はなさそうだ。
ならば、肩の力を抜いて堂々と行くのがいいだろう。
夏油との繋がりはなくとも、柊史の抱える秘密との関連はゼロというワケでもないようであるし。
鉄は熱いうちに打てと言う通り、手がかりを得た以上早く行動に移すべきだろう。
そう思った和奏は、女子生徒に礼を言って席に戻るのだった。
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(う~ん、なんだこの空気)
オレは、教室に入ってから自分に向けられるピリピリとした感覚に疑問を抱いていた。
授業中はそうでもなかったが、休み時間になってまたぶり返している。
この感覚は、マイナスの感情が乗った視線を向けられたときのもの。
しかし、自分にはまったく身に覚えがない。
昼休みが始まる前はこんなことにはなっていなかったのだが。
いや・・・
(あ~、そういえば綾地さんがオレに声をかけてくれたあとは少しキツかったな)
つい先日、教室で『オカ研に来てほしい』と寧々に声をかけられたことがあった。
男女関係なく人気者と言える綾地さんだが、椎葉さんと同じく自分のレベルの高さに無自覚なところがあり、その影響力に気づいていない。
おかげで、男子からは嫉妬の視線を浴びせられることになってしまったのだ。
ぶっちゃけ今もそうした視線は感じているのだが、そこに別の種類のマイナスの感情が加わっている。
(・・・これは、『疑念』か?オレのことを疑ってる?オレの何を?)
術式に変わる前から他人の感情を感じ取れるチカラを持っていたオレだ。
自分に向けられる感情、それもマイナスの感情ならば大抵はどんなモノなのかわかる。
そんなオレの経験からすると、今教室に満ちているのはオレへの『疑念』あるいは『不審』であるようだった。
(わからん。昼休みに何があったんだ?・・・いや、多分だけど原因は・・・)
どうして疑念の感情が生まれたのかはわからない。
だが、その原因については推測できた。
(・・・このめちゃくちゃ重い『罪悪感』。本当に何があったんだか)
疑念や不審の感情は確かに気にはなる。
しかし、それ以上に気にすべき感情があり、相対的に比重が下がっていた。
オレは、今の事態の推定原因であり、極めて重い感情を向けてくる相手にチラリと目をやった。
(綾地さん、大丈夫か?)
このクラスどころか学年、いや学院でも1,2を争う人気者である綾地さん。
普段からその落ち着いた柔らかな雰囲気を目の保養としている男子が多いのはよく知っているが、今の寧々にその面影はなかった。
「・・・・・」
(く、暗い・・・)
まるで綾地さんの周りだけ呪霊が沸いたかのようだった。
あるいは、オレの術式がそう見せているのかもしれないが、今の綾地さんは目で見てわかるほど重苦しい雰囲気を醸し出している。
その顔はうつむいていてどんな表情をしているのかはわからないが、もしも見てしまったら恐ろしいことが起きそうな不吉な予感すら覚えるほどだ。
(これ、オレがなんか言った方がいいのか?・・・いや、今行くのはまずいか)
昼休みに何があったのかはわからない。
だが、綾地さんがオレに関するなにがしかの発言をしたであろうことはわかる。
そうなると、オレがどうにかせねばならないような気もするのだが、さすがに今の空気の中で寧々にアプローチするのは状況を悪化させるような予感しかしない。
と、そのように事態を静観していると。
「ねぇ保科」
「ん?なんだよ仮屋」
後ろから近づいてくる気配から声を掛けられ振り返ると、昼休みにさんざんシュヴァルツ・カッツェについて話させられた仮屋が立っていた。
「シュヴァルツ・カッツェのことならもう何も話せないぞ。ネタ切れだ」
「いや、その話じゃなくて。あ、いや、関係はあるんだけど」
「?」
何かと思えば、昼休みの続きではなさそうだ。
仮屋は綾地さんの方をチラリとみると、オレに顔を寄せて小声でささやいた。
「そのシュヴァルツ・カッツェのバイト。綾地さんと保科で日程のこと相談できない?放課後でいいからさ」
「ええ?あの綾地さんの感じでか・・・?」
仮屋は綾地さんからもバイトを紹介されているのだが、それがシュヴァルツ・カッツェのことだ。
もともと、紹介した綾地さんと、オーナーの顔見知りであるオレに同行してほしいと言われていたが、綾地さんがあのように沈んでいるときに行くのはどうなのだろう。
「今だからだよ!綾地さんが落ち込んでるの、保科について庇ったときにヒートアップし過ぎたからみたいだし」
「え?そうなのか?」
そこで、仮屋はどこから聞いたのか、昼休みにあったことを教えてくれた。
「あ~、そういうことか。確かにあのころのオレは本当におかしかったからな」
「自覚はあるんだ・・・あのときはアタシも海道もフォロー大変だったんだからね?っていうか、なんであんなことしたのさ?」
「オレにもいろいろあったんだよ・・・すごく感謝はしてるけど詳しくは聞かないでくれ」
「ふ~ん?・・・まあ、いいけどさ」
どういう理由でそんな話になったのか知らないが、綾地さんの代償を肩代わりをしていたころのオレの奇行が話題に上がり、突然綾地さんが怒ったようにオレを庇った・・・というのが昼休みの出来事だったそうだ。
オレからすれば実に納得のいく理由だ。
あの頃のオレは突然の発情の感覚に慣れておらず術式のコントロールも乱れがちで奇声を出してしまったり、教室を抜けることがよくあった。
そのせいで、一時はオレの評判が地に落ち、女子から警戒のまなざしで見られたものだが・・・真相を知る綾地さんからすれば見逃せなかったのだろう。
綾地さんは椎葉さんに並ぶほど心の綺麗な人なのだから。
そのことで、オレに罪悪感を抱くのは大いに自然な流れだ。
だが、周りからすればそんな事情はわからない。
オレのことを話していて突然普段大人しい綾地さんがすごい剣幕で怒ったのなら、オレに疑念の視線が向くのも仕方がないだろう。
「けど、なんで今なんだよ?むしろしばらく放っておいてあげた方がいいんじゃないか?」
しかし、仮屋が『だからこそ今でしょ!!』と言う理由はわからない。
オレが原因なのだからなんとかすべきだとは思うが、そっとしてあげた方がいい気もするのだが。
「はぁ~・・・これだから保科は」
オレがそういうと、仮屋は呆れたようにため息をついた。
「いい?女子を凹ませたなら、そういうののフォローは早ければ早いほどいいの。後回しにするとそれだけ悪化するよ?本人も周りも」
「お、おう・・・」
呆れた様子で話す仮屋の視線は冷めており、その冷たさにオレは少しビビりながらうなづいた。
人間関係に難がある自覚があるオレよりもはるかに世渡りのうまそうな仮屋が言うのだから間違いはないのだろう。
ただ・・・
(なんだ?仮屋から少し薬臭い感じがする?)
仮屋の言葉にオレを騙そうとする悪意はない。
呆れている視線から感じる冷気も本物だ。
しかし、どうにも若干の薬臭さも感じる。
薬の匂いは何かを隠しているときに感じる感覚だが・・・
(綾地さんには悪いけど・・・シュヴァルツ・カッツェのことも知っておきたいんだよね。早めに立ち直ってもらわないといつまでも進まなさそうだし)
まあ、悪意がないのならば無理に暴く必要はないだろう。
「わかった。それじゃあ、放課後に」
「うん。周りに女子がいたらアタシがなんとか連れ出すから」
そうして、軽く打ち合わせをしてオレたちは6限目の授業を受けるのだった。
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「綾地さん」
「・・・え?」
教室を出ていく寧々に声をかける者はいなかった。
それだけ寧々の纏う雰囲気が重かったのだ。
寧々が怒りだした理由もよくわからない周りがつつくには、今の寧々はあまりに危うかった。
だから、そんな寧々に声をかけるのは柊史たちには簡単なことだった。
「保科君・・・それに」
寧々の視界に映るのは、寧々が今一番謝りたいと思いつつ、『合わせる顔がない』と思っていた柊史。
そして。
「・・・仮屋さん」
温度の籠っていない声が寧々の口から飛び出した。
(なんででしょう・・・なんだかすごく、嫌な気分がします)
一瞬、寧々は柊史に対する罪悪感を忘れた。
それを上回る圧倒的な『別の感情』が沸き上がったのだ。
もとより、今日の昼休みのことが起きる前から、寧々は和奏のことも気にはなっていた。
ただし、柊史に向けるそれとは違う意味で。
--どうして、仮屋和奏は柊史の事情を知ることが許されるのか
--それに引き換え、どうして自分は・・・
寧々は魔女だ。
そして柊史が呪術師であることを知っている。
だというのに、明らかに和奏は寧々よりも柊史の秘密に近づきつつある。
(ズルい・・・ズルいですよ)
ズルい。
一言で言うと、寧々が和奏に向ける感情はそれだけだった。
--その立ち位置は、保科君の心の穴を埋める『義務』がある私こそがいなければならない場所なのに
なぜ、そこに自分ではなく和奏がいるのか?
どんな手段を使ったのか?
なぜ・・・
「あ、綾地さん・・・?」
今の寧々には、震える声を出す柊史の声も耳に入っていなかった。
「?」
ただ、何が起きているのかいまいちわかっていないように疑問符を浮かべる和奏のことだけを見ていた。
・・・寧々は善人だ。
十人彼女を知る者がいれば、十人ともが『綾地寧々は善人である』と証言するくらいには。
故に、寧々の中にある黒い感情にいまだ自覚はない。
心の内側から響く声も聞こえてはいない。
一連の出来事で一番悪いのは自分自身であるとすら本心で考えている。
だが、それでも確かに存在するのだ。
--そこにいるのが当たり前みたいな顔をしているんですか?
彼女の中にも、黒い種が。
そして、その種は芽吹きつつあった。
保科柊史への罪悪感を苗床に。
己への不甲斐なさを水に。
そして・・・
--ワタシは、綾地さんのおかげで柊史くんと恋人どうしになれたんだから
「っ!!」
『柊史の隣に立つ小柄な女の子』への強い妬心。
柊史の隣にいる和奏が会ったこともないはずの『誰か』に重なる。
廊下で和奏を見た瞬間に、柊史への罪悪感を忘れることができたのはそのせいだ。
自分よりも、はるかに柊史の近くにいること。
そのことに対する嫌悪と嫉妬を養分に、その種は・・・
「術式順転・・・『
「あ、あれ?」
突然、寧々の中に渦巻いていた感情が消え失せた。
きれいさっぱりと。
「・・・ふぅ~」
「?保科、どうかした?」
「いや、なんでもないよ・・・それより、綾地さん、大丈夫?なんか調子悪そうだったけど」
「え?あ、はい!!大丈夫です!!」
「そう、よかった・・・」
「「?」」
寧々は突然の心境の変化に、和奏は雰囲気が変わった寧々に。
2人ともに困惑していた。
そして、そんな2人を見ながら柊史は密かに胸をなでおろしていた。
(綾地さん、だいぶストレスが溜まってる、のか?)
廊下で寧々が振り向いたときから、柊史は背筋に冷たいものが走っていた。
寧々の和奏を見る目線が、自分に向けられたものではないというのに恐ろしく冷たく思えたからだ。
そしてその冷たさは和奏を見ているうちに益々強くなっていき、終いには氷の冷たさとマグマのような熱という矛盾した状態になった辺りで、柊史は『マズい』と行動を起こした。
柊史の術式である心喰呪法は普段は受動的に感情を集めて吸収するが、飢餓状態に陥ったとき(例えば初めて夏油傑に出会ったときのように)は勝手に周囲の感情を吸い込むことがある。
柊史は術式をオンオフができるようになったが、それによって感情あるいは呪力そのものの強奪も能動的に行えるようになっている。
寧々の中で膨れ上がっていた猛烈な悪感情が急に消えたのは、柊史の術式が瞬時にそれを喰らったからだ。
急激なマイナスの感情の吸収によって吐しゃ物を拭いた雑巾を口の中に突っ込まれたような気分になる柊史だったが、長年の経験によって得た慣れによってかろうじて顔には出さないでいられた。
・・・心喰呪法の通常攻撃とも言える心喰は呪霊相手ならば、ノーモーション、不可視、防御無視の非常に有効な攻撃手段であるが、いかんせん取り込む感情の味が不味すぎて慣れていなければ隙をさらしてしまうのが欠点だ。
「えっと、綾地さん。昼休みのことなんだけど・・・」
「あ・・・」
柊史が切り出すと、寧々の顔に再び影が差した。
柊史の術式で処理できたのは、心の表層にあった感情だけだ。
今にも溢れそうなそれはなんとかできたが、寧々がその感情を生み出すに至った原因の排除はできていない。
だから、柊史は急いでたたみかけた。
(今度は、コレだ!!術式反転!!)
紬からもらった心の欠片を吸収して、即席で術式反転を発動する。
『大丈夫。オレは気にしてないから』
「え!?」
「?」
和奏にも寧々にも、柊史の声は同じように聞こえている。
だが、それはあくまで物理的な意味でだ。
寧々の中では、柊史の言っていることが言葉でなく『気持ちで』伝わってくるのがわかった。
『あの頃のオレは、打算でああしてたワケだしさ。綾地さんが気にすることは何もないって』
「・・・保科君」
(打算でああしてた?なんのこと?)
柊史が寧々の代償を肩代わりしていたのは、打算であった。
それは、これまでに寧々も聞かされていたことだ。
そしてそれは嘘ではないとも思っていたが、自分に気を遣っている方が比重として大きいと思っていた。
しかし、今の柊史の言葉から伝わってくるのは、『綾地寧々は柊史の行いを気にする必要はまったくない』という『本心』であった。
それを悟った寧々から、追い詰められたような重圧が消えていく。
(・・・なんとかなったっぽいかな?)
『ふぅ~・・・』と、再び内心で息をつく柊史。
どうにか、危機を脱したようである。
(綾地さんの真面目な性格じゃあ、口だけで言っても解決しないだろうからなぁ・・・)
心喰呪法は感情を吸収し、かつ呪力を貯蓄する。さらに呪力放出といった基礎的な呪力の扱いを補助する術式だ。
その逆である術式反転は、柊史の呪力を感情へと変換し、外部に放出すること。
今、柊史が寧々に対して行ったのは、そのもっとも基本的な使い方である『感情の放出』だ。
指向性を寧々にしか向けなかったので和奏には効果がなかったが、柊史の言葉には『綾地さんが気に病むことはない』という本音が乗っており、ダイレクトに柊史の感情が伝わるようになっていたのだ。
言葉だけでは寧々の善性を納得させることができないだろうという予想からの強硬手段であったが、おかげで、寧々の心もだいぶ落ち着いたのが術式からわかった。
「じゃあ、この話はおしまいで。次の話だけどさ・・・仮屋」
「あ、うん」
訝し気な顔で2人を見ていた和奏に声をかけると、釈然としない様子ながらも用件を切り出した。
「綾地さん。ほら、前に言ってた喫茶店のバイトのことなんだけど・・・」
「喫茶店のバイト?・・・ああ、シュヴァルツ・カッツェのことですね。もしかして、保科君が昼休みに話してたことって・・・」
「ああ。仮屋から誘われてさ。オレが相馬さんとも知り合いだから、一応着いてきてほしいってヤツ。それで予定の打ち合わせしたくて・・・急だけどいいかな?」
「あ、はい!大丈夫ですよ!!」
そう返事をした寧々の声は普段の調子に戻っていた。
むしろ、安堵さえ滲んでいた。
--ああ、保科君はそれが理由で仮屋さんと一緒に来たのか
--別に、2人が特別な関係だからじゃなくて
その安堵がどうして湧いてきたのか。
その理由にはその場にいた誰もが気づくことはなかったが。
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「という訳で、七緒。明日に保科君と仮屋さんが
「ああ。構わないよ。けど、寧々」
「はい?」
時は流れ、夕方。
柊史たちと打ち合わせをした寧々は、その足で契約相手である七緒のもとを訪れていた。
前に和奏をバイト希望者として連れてくるときは柊史も同行してもらうとは言ってあったが、柊史の予定が合わなくて保留となっていた。
それが、さきほどにあっさりと決まったことで、報告に来たのである。
七緒としても事前に話を聞いていたこともあり、断る理由はなかった。
だが、契約者として、というか人間社会に生きる大人として、寧々に釘を刺しておくことはあった。
「ここのバイトの紹介をするのはいいが、保科君を巻き込むのなら事前に根回しはしておくべきだったろう?」
「そ、それは、はい。反省しています・・・」
自覚はあったのか、寧々は申し訳なさそうに縮こまった。
七緒はすでに柊史と代償を肩代わりした分の補填をしてもらうという縛りを結んでいる。
そうなると、柊史の顔見知りがバイトとして頻繁に訪れる状況は柊史にとっては好ましくはない。
ならば、和奏本人に話を持ち掛ける前に、一度柊史には根回しをしておく方がありがたかったハズだ。
寧々は後からこのことに気付き、それが寧々の罪悪感を助長していたのだが・・・さきほど柊史の方からOkが出たということは、何らかの対策を思いついたのだろう。
和奏もその場にいたために、その対策が具体的にどういうものなのかは聞けなかったが。
「しかし、仮屋さんが呪術師に関係があるかもしれないか・・・まあ確かに、可能性はゼロではないかもね」
「七緒もそう思いますか?」
「私は直接会っていないからなんとも言えないが・・・少なくとも、保科君が呪術を使えることは知っているのかもしれない」
「そうなんですか?」
「ああ」
七緒は、寧々から和奏にバイトを紹介した理由を聞かされている。
和奏が困っていそうというのはあるが、本命は和奏が呪術と何らかの関わりがあるのではないか?という懸念を調べるため。
七緒としては『考えすぎじゃないか?』とは思ったが、寧々と柊史の両名から話を聞くことがあったために、なにより、夏油と柊史が行っている『仕事』の内情を知っているからこそ、その可能性を捨てきれなかったのだ。
万が一寧々の懸念が当たっているのなら一回会ってみるくらいはした方がいいだろうと考えたのである。
仮に和奏が夏油と繋がりがあるならば、そこで店の事情を盾にして面接で落としてしまえばいい。
もっとも、呪術と関わりがあるからと言って、夏油との繋がりはないだろうというのが七緒の予想だった。
「まず寧々の話を聞くに、仮屋さんは前々から保科君のバイトのことを知りたがっていたんだろう?」
「はい。私もしばらく保科君のことを追いかけていたことがありましたが、たびたび、仮屋さんが保科君にバイトを紹介してほしいって頼んでました」
寧々は和奏が柊史に誘いを受けたこと、さらには柊史と握手めいた妙なやり取りをしていたから呪術に関係のある人物なのでは?と疑ったが、思えば寧々が柊史に注目する前からそのようなことを言っていた記憶がある。
そして、その頃の柊史はその頼みを断っていたとも。
そのことも含めて、寧々は七緒に伝えたのである。
「それならば、まず夏油氏と関係がある線はない。夏油氏と関わりがあるのならば、そんなことはとっくに知っているハズだからね」
もしも夏油とコネクションがあるのなら、和奏も当然夏油たちの仕事内容は知っているだろう。
わざわざ柊史に仕事のことを根掘り葉掘り聞く必要はない。
加えて、寧々が夏油の名前を知らなかった、すなわち和奏の口からも夏油の名前が出てくることがなかったということは、和奏もまた夏油のことを知らない、もしくは関わりがないとみていい。
そうでなければ、『夏油さんにアタシのこと紹介して~』という切り口で攻めていただろうから。
「だが、それならば『どうしてそこまで保科君のバイトに固執するのか?』という疑問がある。普通、親しい人であっても何度も申し出を断られるならよほどのことがない限りは引き下がるものだ。だが、仮屋さんはずいぶん食い下がっている。単純にお金が欲しいわけじゃなく、あくまで保科君のことを知りたがっているように見える・・・それは、保科君が特殊な能力を持っていることに気付いているからじゃないのかと思ったのさ」
もしも大金が必要ならば、『バイトを紹介してほしい』よりも『お金を貸してほしい』になるのではないか。
あるいは、ほかのバイトを探すために奔走するだろう。
だが、和奏はそうする素振りは見せず、あくまで柊史のバイトについて知りたがるような態度を取っていた。
柊史の術式はあくまで感情を読み取ることができるのであり、その感情を抱くに至った理由まではわからない。
だから深く気にしなかったのかもしれないが、友人とはいえそこまで執拗に迫るのは異常だ。
そして、柊史に執着する理由となると、柊史の特異性を知っているのではないかと思い至ったのである。
「まあ、私の考えが当たっていたとして、どうして彼女が保科君の呪術のことを知っているのかまではわからないけどね」
とはいえ、和奏がそれに気が付いた理由まではさすがにわからなかったが。
・・・実際には、七緒のこの推測は半分正解で半分不正解だ。
和奏は柊史が特殊なチカラを使えるのではないか?と疑いは持っているが確信にまでは至っていない。
そして、その疑念を持つようになったのは、夏油と遭遇したからであり、夏油のことを知らないワケでもない。
しかし、当たらずとも遠からずといったところではある。
「仮屋さんが・・・七緒。やっぱり、仮屋さんは魔女ではないんですよね?」
和奏が柊史の呪術のことを知っているのならば、その理由は自分と同じ魔女の代償の肩代わりではないのか?と寧々は考えた。
そして、この質問は前にもしたことがあるのだが・・・
「それはないよ。今この街に、寧々以外の魔女はいない。私の縄張りに入ってきたアルプもいないからね」
これには七緒もきっぱりと断言した。
この辺りのアルプのまとめ役をしている七緒だからこそ、アルプや魔女がもめ事を起こしていないかどうかには敏感だ。
そして、もめ事のもととなる縄張りへの侵入は確認されていない。
だから、和奏が魔女であることはまずあり得ないと言いきれたのだ。
そもそもの話・・・
「というより、保科君が仮屋さんについて代償の補填のことをどう誤魔化すか気にしていたからね。仮屋さんはまず間違いなく普通の人間だろう。そんなに気にしすぎる必要はないと思うよ」
当事者である柊史から事情を聞いている七緒からすれば、和奏が一般人なのは確定事項である。
だが、それにしては不審な点も目立つために、寧々の話から読み取れた材料からさきほどの仮定を組み立てたのだ。
だから、七緒は和奏のことを気にしつつも、警戒はほとんどしていない。
寧々は呪術に関わりがある=自分が要注意人物と語った夏油と繋がりがあると不安に思っているのかもしれないが、それはまったくの杞憂である・・・それこそが七緒の言いたいことだ。
しかし、ここまでは中々惜しいところまで推理ができていた七緒だが、そこについては読み間違えていた。
「待ってください。いつ保科君とそんな話をしていたんですか?」
「ああ、そういえば言っていなかったか。実は、昨日の閉店後に保科君がここまで来たんだよ」
「・・・七緒、昨日の夜中に保科君に会ってたんですか?」
「ん?まあ契約、ではなくて縛りで感情の受け渡しにね。それと、相談があるということで付き合ったが・・・寧々?」
「・・・・・」
寧々が和奏のことを気にしていたのは、和奏が柊史の事情を知るための手がかりとなると考えていたからだ。
寧々は、自分が柊史のことをよく知らないことを自覚している。
しかし、柊史本人に聞いても、やたらとガードが堅い。
だから、他の場所から情報を得ようとして和奏のことを気にしていたワケだが・・・考えてみればだ。
「そういえば七緒は、保科君がやっている『お仕事』のこと、知ってるんでしたよね?」
「ああ。だが、前にも言った通り、私から教えるつもりはないよ?それは保科君から許しをもらってからだ」
「わかってます。わかってます、けど・・・」
世の中には守秘義務というモノがあることくらい寧々は知っている。
誰にでも話せない秘密を誰もが持っていることも。
だが、どうしても感じずにはいられなかった。
(なんだか、私だけ除け者にされてるみたい・・・)
和奏は、柊史本人から寧々も知らない一端に誘われている。
自分の契約者である七緒は、とっくに柊史のことを知っているのに教えてくれない。
それが仕方のないことだと頭ではわかっている。
しかし、心の奥では学院で柊史に喰われた黒い感情が再び熱を帯びつつあった。
「・・・ともかく、明日保科君たちが来るのは了解したよ。仮屋さんのことも気にかけておく。そして、代償の補填も保科君に負担はかかるが夜にここで行うようにする。今はそれでいいだろう?」
「・・・はい」
普段の大人びた印象のある寧々にしては珍しく、そのときの寧々は子供のように不貞腐れた様子を隠しきれなかったのであった。
そして・・・
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(なんかまた綾地さんからすごいプレッシャーが出てる!?よ、よし・・・)
翌朝の学院にて、昨日フォローしたはずの寧々からまたも黒い感情が漏れ出しているのを察知した柊史は。
『あ、綾地さん!!おはよう!!えっと・・・その、きょ、今日も美人ですね!?』
術式でマイナスの感情の間引きと、コミュニケーション能力の底の浅さを露呈するかのような、それでいて本心からの誉め言葉を寧々の心にダイレクトで送り付け。
「ほ、保科君!?い、いきなり何をっ!?」
突然ドストレートな感情をぶつけられた寧々は大いに戸惑うことになる。
(ほ、保科君は上辺だけのお世辞を言うような人じゃない。ならこれは、本当のことなんでしょうか?・・・というか、なぜか嘘をついてないってなんとなくわかりますけど・・・でも、どうしていきなり!?いえ、嬉しくないわけじゃないですけど!!)
(プラスの感情が返ってきた!?なんで!?キモがられるかもって思ったのに!?・・・いやでも、ありがたいと言えばありがたい、か?)
初めて図書室の前で会ったときのように何かと不安定なところがある寧々に対し、この方法が大いに有効であると学習した柊史は、たびたびこのようなことをするようになる。
反転術式を使用するためにプラスの感情のこもった心の欠片が必要と、コストは軽くないのだが、不思議なことに収支は微増になったのであった。
そろそろ椎葉さん出したい・・・っていうか、保科君が呪術本編の過去にいたらのIF書きたい。
けど、次は仮屋さんの話になりそうです。
あと、保科君の反転術式はわかりにくかったら、ジョジョの奇妙な冒険第四部のエコーズact1のスタンド能力みたいなもんだと思ってください。もちろん、それが真価ではありませんが・・・
pixiv版のいいねとかブクマもお願いします!!
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=27867500
また、↓の読了報告もお待ちしております!!!
この作品をご存じでしょうか?①ダークギャザリング、②死印、③東方Project
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すべて知っている
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①と②を知ってる
-
①と③を知ってる
-
②と③を知ってる
-
①だけ知ってる
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②だけ知ってる
-
③だけ知ってる
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すべて知らない