女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話 作:二本角
今週の土日でもう一話くらいあげたいです。
「という訳で、明日は来れないと思う。ごめんね、椎葉さん」
「・・・ううん。大丈夫だよ。保科君にも都合があるもんね。それはわかってるから。でも、聞いていい?」
「え?」
寧々と和奏の2人と明日七緒に会いに行く打ち合わせをした後、柊史はいつものように虹龍に乗って紬との待ち合わせ場所までやってきた。
そして、紬の代償の肩代わりと、プラスの感情の受け取りといったやり取りを済ませたところで、明日は来れそうにないことを説明したのだが・・・
(な、なんだ?椎葉さんから今日の綾地さんと似たプレッシャーを感じる・・・いや、微妙に感情の種類が違うような)
『明日は友達にバイトを紹介する用事ができてしまったため、そちらに付き合わなければならない』と言っただけなのだが、紬からは奇妙な圧が感じられた。
顔も、いつも通りの笑顔ではあるのだが眼はどこか冷たく、自分の動きを冷静に観察されているような気もする。
「その友達って、保科君と縛りを結んだ魔女だったりする?」
「う~ん、違うと言えば違うけど、関わりはあるかな・・・」
「関わり?それってどんな?」
(なんか椎葉さん、さっきからグイグイ来るなぁ・・・)
紬以外で、柊史と縛りを結んだ魔女は寧々のみ。
そして、初めてそのことを明かしたときもそうだったが、どうにも紬は寧々に対抗心のようなものを持っているらしい。
今も、寧々の存在を感じ取った瞬間、プレッシャーが強まっていた。
なんとなくこんなことが起きそうだったので説明を微妙にぼかしたのだが、無駄だったようである。
「えっと、なんて言えばいいか・・・まずオレの友達、綾地さん・・じゃなくて、魔女じゃない友達がいるんだけど、その友達がバイトを探しててさ」
そうして、柊史は和奏のことと、寧々と契約しているアルプが喫茶店を経営していることを話した。
寧々がまずバイトを紹介し、友達からはバイト先のオーナーとも面識のある自分がつなぎ役として付いてきてほしいと言われたことも。
「・・・その魔女も、一緒に行くんだ?」
「ま、まあね。自分の契約しているアルプのところだし。そもそも、バイトを持ち掛けたのはその魔女の子の方だから、その子だけでも十分だとは思うけどね。けど、約束はしちゃったからなぁ」
よくよく考えると、寧々と和奏はクラスメイトで別に仲が悪いわけじゃないのだから自分を呼ぶ必要はなさそうなのだが、寧々が和奏に向けていた視線の冷たさを振り返ると、実はあの2人の間に何かあったのかもしれない。
まあ、それを他校の紬に言っても仕方のない話である。
(・・・なんか、怪しいような気がする)
一方の紬もまた、思考を回していた。
柊史の様子を見るに嘘はついていないようだが、その用事自体ずいぶんと胡散臭く思える。
柊史の言う通り、柊史の友達と綾地
紬の中では、寧々は邪悪な願いを持った魔女であり、卑猥な手段で柊史を脅す痴女である。
一応、柊史を誘ったのは綾地ではないようだが、それでも綾地と、彼女が契約しているアルプがいる場所に柊史が行かなくてはならないということに不安と警戒心を覚えていた。
ついでに、そんな怪しげな用事なんかで自分とのひと時を邪魔されたことへの苛立ちも。
さらに言えば。
(その友達も、なんか怪しいというか・・・本当に友達なのかな?)
柊史の言う友達もまた、信用できる存在なのか不透明だ。
柊史は術式で他人が悪意を持っているのかどうかはすぐにわかる。
そのうえで柊史が友達と言うからにはそうなのだろうが・・・
(その友達、保科君にプラスの感情を渡せてなかったんだよね?)
この公園で初めて柊史と出会ったときのことははっきり思い出せるが、柊史の雰囲気はひどいものだった。
顔立ちは決して悪くない・・・どころか、密かにモテていてもおかしくないくらいなのに(紬主観)、死んだ魚のような眼と陰鬱な雰囲気が近寄りがたい壁を作っていて、紬自身警戒していたのをよく覚えている。
そんな柊史が自分の渡したプラスの感情を受け取って笑顔を見せ、その陰が吹き飛んだところも。
それは、言い換えればそれだけ柊史がプラスの感情に飢えていたということだ。
ちらほら話を聞く柊史の父親は、柊史曰く『少しうざいときもあるけど、どれだけ感謝してもしきれないくらいいい親』であるが、極めて多忙らしいので仕方がない。
だが、柊史の友人であるのなら、どうしてそこまで柊史を飢えさせたのだと義憤めいた感情を覚えなくもない。
「ねぇ、その友達って、保科君が呪術師だとか、魔女の子が魔女だって知ってるの?」
「いや、知らないはずだよ。少なくともオレは話してない。代償で苦しんでる様子もないから魔女でもないね。これは相馬さん・・・ああ、その喫茶店をやってるアルプなんだけど、その人も保証してくれてる」
「そっか。なるほど・・・」
その疑問は、柊史の答えで氷解した。
考えてみれば当然だが、親しい仲でも魔法や呪術といった超常の話をできるわけがない。
柊史の事情を知らなければ、まあ、責めるのは酷だろう。
そして、ただの一般人ならば、柊史に何かする理由もないハズだ。
綾地某が柊史を脅すのは、柊史の特異性によるメリットがあるのであって、魔女でなければ何も得るモノはない。
紬は、その友人とやらへの警戒を緩めた。
--なんだ、そんなことも知らない関係なんだ
その心の深いところで、無意識に『格付け』が済んだからであるが・・・それに気付く者は誰もいなかった。
「おい小僧。お前、ずいぶん七緒には敬意を持っておるな?不公平じゃぞ」
「うるさいな。敬意を持ってほしかったらまずお前がオレに口調を改めるところからだろ。オレ、アルプに会ったのはお前が最初で相馬さんが2人目だったけど、あまりにも人間出来ててびっくりしたぞ。喫茶店の経営までできてるし」
「なんじゃと!?」
柊史から感情の補填を受け取るために実は最初からいたアカギであるが、昔に厳しく指導されたこともあって七緒にはあまりいい感情を持っていない。
そのうえで柊史が七緒を『さん』付けで呼んでいることが気に喰わなかったらしく、柊史に喰ってかかっていた。
「・・・あれ?保科君、アカギとその相馬さんってアルプが知り合いなの、知ってたの?」
紬は柊史が自傷した日の帰り道でアカギから聞き出していたが、柊史がそのことを知っていたとは。
「ああ。前に椎葉さんが帳の中で着替えてるときに話したんだよ。相馬さんからも聞いてたし」
「・・・ふぅん」
「っ!?」
なんとなく。
なんとなくではあるが、自分の知らないところで柊史とアカギが情報交換していることにモヤっと来た。
そのままアカギの方に視線を向けると、さっきまで血気盛んだったアカギはビクリと震えて大人しくなる。
「ねぇ、保科君。これからは、アカギと話したことはワタシにも教えてほしいかな?アカギも、ね?」
「う、うん、わかった」
「っ!!っ!!」
柊史が指をかみちぎった日の帰りにアカギにはある『お願い』をしていたが、『今後』隠し事をされては意味がない。ちょうど、『敵情視察』が必要な案件もでてきたことであるし。
そう思った紬が念を押すと、柊史は気圧されたようにおずおずと。アカギは狂ったように首を縦に振っていた。
(よし。じゃあ、あとワタシにできることは・・・)
今後への布石は打った。
今のアカギならば、紬のお願いを快く聞いてくれることだろう。
そのうえで、危険な場所に赴く柊史のために自分にできることは何があるだろうか。
少しの間、紬は考え込み、そして。
「ほ、保科君!!じっとしててね?えいっ!!」
「ちょっ!?し、椎葉さんっ!?」
今、柊史と紬は寂れた公園のベンチに座っていたが、紬は隣に座っていた柊史の腕を取って、搔き抱く。
突然のことに驚く柊史であるが、暴れて紬に怪我をさせるわけにもいかず、固まっていることしかできなかった。
「し、椎葉さんっ!?いきなり何をっ!?」
「保科君にプラスの感情を渡すには、くっついていたほうがいいんだよね?だから、こうしてみたんだけど、どうかな?」
「そ、それは、すごいいい感じに受け取れてるけど、でも、どうして?」
柊史の術式は、プラスの感情の受け渡しに関しては対象と距離が近いほど効果が大きくなる。
ついさきほどの紬の代償を肩代わりした際のやり取りも、手をつないでのものだったが、今の柊史と紬の接触面積は出会った日からカウントしても一、二を争うレベルだ。
それに伴い、自分の中にプラスの感情が濁流のように流れ込んでいくのが柊史にはわかった。
「・・・お守り、かな」
「え?」
「ううん。なんでもない。保科君、今日はなんかすごい疲れた顔してたから。だから、こうしてあげたら喜んでくれるかなって・・・ダメ、だったかな?」
「そんなことないっ!!すごい調子が良くなったよ!!」
「そう・・・うん、ならよかった!」
(プラスの感情があれば、保科君は反転術式で怪我を治したりできる・・・ワタシには直接保科君を守れるような力なんてないけど、これくらいはしなきゃ)
プラスの感情から生成した心の欠片があれば、柊史は欠損すら治せる反転術式を使えるようになるし、吐しゃ物を口に突っ込まれたような最低な味も中和できるというのは初めて縛りを結んだときに教えてもらったことだ。
それに、良質なプラスの感情はとても美味しいのだという。
紬自身に戦えるような能力はないが、それでも柊史を支え、心を癒す手伝いくらいはできる。
これで、いざ綾地某のところで危ない目に遭ったり、嫌な思いをすることがあっても、なんとかなるかもしれない。
そう思ってのことだったが、柊史は喜んでくれているようで、紬もどこか誇らしい気分になった。
だが、同時に。
(本当に、ワタシにも、保科君みたいに呪術が使えればな・・・)
こんなことくらいしかできない己への不甲斐なさも、無視できないほどに滲んでいたが。
(椎葉さん、あったか・・・それに柔らか・・・あ、なんか変な感情が混ざったような?気のせいか?)
もっとも、紬に抱き着かれたことによる衝撃と女子特有の良い香り、柔らかな感触によって混乱している柊史はそのにじみ出たわずかなマイナスに気が付かなかったのであった。
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そして、柊史が虹龍に乗って帰った後。
「それじゃあ、アカギ。明日、前にも言ったみたいに相馬さんってアルプのところまでお願いね?保科君には気づかれちゃダメだけど、危ないって思ったら助けてあげて。今日も明日もアカギの好きなご飯たくさん作ってあげるから」
「わ、わかったのじゃ・・・」
哀れな偵察兵が一羽、紬の住む街から飛び立つことが決まったのであった。
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「さて、始めましてだね仮屋さん。私は相馬七緒。このシュヴァルツ・カッツェのオーナーをしている」
「は、初めまして!!仮屋和奏って言います!!今日はよろしくお願いします!!」
「ああ、よろしく。君のことは寧々や保科君から少し聞いているが、アルバイトとして雇うのならやはり本人と話をしないとね。履歴書は持ってるかい?」
「あ、はい!!これです」
「どれどれ・・・うん、とくに不備はないね。じゃあ、まずはどんな仕事をしてもらうかだけど・・・」
放課後のシュヴァルツ・カッツェのバックヤードにて、和奏は相馬七緒と名乗るオーナーと面接をしていた。
とはいえ、所詮は単なるアルバイトとしての話であり、説明される内容もありきたりな飲食・接客業のそれであり、過度に恐れるようなものではない。
しかし、その声は少々震え、緊張が色濃く見えていた。
柊史からは世渡りがうまそうと思われている和奏であったが、人生で初めて社会人と一対一で面接するとなれば、さすがの和奏も緊張はするのは仕方がない。
だが、それを差し引いても、いささか緊張しすぎなのではと思えるほどであった。
(保科から話を聞いたから、この人は悪い人じゃないとは思うけど・・・でも、確証はないんだよね)
その理由は、目の前にいる相馬七緒という女性が、夏油と何らかの関わりを持っている可能性がゼロではないと思っているからだ。
事前に柊史から話を聞き、このオーナーが夏油の、ひいては『盤星コンサルタント』の単なる顧客でしかないであろうことはわかったが、それでも完全に安心するには和奏が夏油からかつて植え付けられたトラウマがあまりにも大きすぎた。
(保科はすぐ近くにいるから、いざとなれば大声で叫べばいいけど・・・ちゃんと聞こえるよね?)
一応、和奏は何かあったときの保険として柊史に同行してもらっている。
柊史は夏油のお気に入りであり、柊史の心証を悪くするようなことは相手も避けるだろうという思惑からだ。
その柊史は今、ここまで一緒に来た寧々と表のテーブルでコーヒーを飲んでいるが、さほど距離は離れていないために大声を出せば気が付くだろう。
まあ、七緒と同じく疑惑のある寧々と2人きりにさせている時点でモヤモヤとするものはあるのだが。
(・・・ふむ。ずいぶんこちらを警戒しているようだな?どうしてだ?)
一方の七緒も、面接をしながら和奏のことを観察していた。
動物としての勘と、アルプとして接客業を長年やってきた経験によって、七緒は和奏がただ緊張しているだけではなくこちらを大いに警戒していることを見抜いていた。
というか、いくら関わりがあるとはいえ、柊史を同行させる必要などないだろう。
寧々から柊史も来ると聞いたときは『人見知りなのか?』と流したが、この反応を見ると護衛として連れてきたのだとわかる。
しかし、そこまで警戒をする理由はわからない。
(保科君の話では、仮屋さんは一般人だ。魔女でないことも確実。しかし、寧々の証言をもとにすると、保科君が異能を持っていることに気付いている可能性が高い・・・そもそも、それはなぜだ?)
七緒は、和奏が柊史が異能のチカラを持っていることに気付いていると推測していた(呪術師であることまで気が付いているのかは不明だが)。
だが、当の柊史は和奏がそのことに気付いていることを知らなかった。
つまりは、和奏の方が一方的に柊史の事情を知っているということになる。
それも『心喰呪法』という、感知能力が極めて高い術式の持ち主である柊史に気が付かれずに、だ。
そもそも、それはなぜだ?
(私は、仮屋さんが保科君が呪術を使ったところを見た、あるいはその痕跡を見つけたのだと思ったが・・・それだけなら関心は保科君だけに向くハズ。私をここまで警戒する必要はない)
柊史は呪術を日常においてほぼ使わないという。
寧々が柊史が呪術師であることに気が付いたのも、自身が魔女であり、その代償を肩代わりしてもらうという異常事態が起きたからで、その上で柊史がその原因と確証を得るのにも相応の時間がかかった。
もしかすれば、和奏が過去に大怪我か何かして、その痛みを柊史が引き受けた・・・なんてことがあったのかもと思っていたが、それならば七緒を警戒することには繋がらない。
(・・・ふむ、その線が間違っていたと仮定すると、誰かに教えてもらったのか?それも、異能の存在を悪い風に思うように)
柊史が原因ではなく、それでいて他者を警戒するようなきっかけで異能の存在を知った可能性。
寧々以外の魔女やアルプという線はないだろう。
七緒は、夏油に弟子がいることは知っていたが、柊史の存在をつい最近まで知らなかった。
柊史も魔女やアルプに初めて出会ったのは同じくついこの間だと言っていた。
夏油を警戒し、呪術師に関わることについて他のアルプにも協力を要請して網を張っていた七緒が気づかなかったのだから、よそのアルプが柊史を知る由はない。
つまりは、『保科柊史が呪術師である』と伝えることもできない。
柊史に関係なく他のアルプや魔女が和奏相手に騒動を起こしたのなら七緒の耳に入るだろうし、それを柊史が解決したというのなら柊史がそのことに触れないのは不自然。
(ならば、もう消去法で確定だ。仮屋さんに保科君の異能のことを教えたのは・・・)
柊史の話で、柊史が呪術師であることを知っているのは、師匠である夏油に
魔女とアルプは七緒の情報網による判断から除外。
かつての顧客たちは柊史によると『呪術については一切口外しないこと、ならびに許可されない限り依頼以外で自分たちに関わらないこと』という縛りを結んでいるらしいのでこれも外す。
柊史の父親と直接の面識はないが、人格者であるようだし柊史に黙って異能のことを教えはしないだろう。
そもそもの話、異能のことをただ話すだけでは頭のおかしいことを信じているヤツだと思われるだけだ。
つまり、なんらかの形で『証拠』を見せることができる人物。
そんなものは1人しかいない。
(夏油傑。彼が、仮屋さんに保科君のことを教えたのか・・・いや、この警戒した様子からすると、私と同じか。よし)
和奏と夏油に関わりはないと推測していたが、和奏の様子を見るにそれは半分正解で、半分不正解だったようだ。
今の和奏の警戒している姿は、七緒にとってよく覚えがあるものだったのだ。
ちょうどアルバイトの内容について一通り話し終わったところで、七緒は一つカマをかけてみることにした。
「そうそう。ここの客層は若い女性が多いんだが・・・たまにお坊さんが来るんだよ」
「お坊さんですか?」
「ああ。とはいえ、あれは正式な僧侶なのかわからないけどね。なにせ、袈裟を着ていたのにロングヘアだったから」
「へ~、変わった人もいるんですね。お坊さんなのにロン毛なんて・・・っ!?」
突然脈絡放たれた『長髪のお坊さん』という単語に和奏は疑問符を浮かべたが、すぐに『何か』に思い至ったのか、顔をこわばらせた。
七緒は、その様子を注視し、確信した。
「そのお坊さんって、まさか!!」
「やはり、君は夏油氏を知っているのか」
「っ!!ほし・・・」
「おっと。そんなに慌てないで欲しいな」
「・・・っ!!」
夏油。
その名前が出た瞬間、和奏は立ち上がり、大声で柊史を呼ぼうとした。
だが、その口に猫らしい俊敏な動きで指を突き付けられ、和奏は反射的に押し黙る。
そんな和奏に、七緒は落ち着いた口調で声をかけた。
「驚かせてすまない。だが、夏油氏が関わっていることなら私としてははっきりさせておきたくてね。君と同じく、夏油氏にはあまりいい思い出がないんだ」
「・・・アタシと同じ?いい思い出がない?」
パニックになりかけた和奏だったが、自分を害する気配のない七緒の様子と気になる台詞から、毒気が抜けたように椅子に腰を下ろした。
そんな和奏を見て、七緒も同じように席に着く。
「ああ。保科君から聞いているかもしれないが、私は過去に夏油氏の会社に依頼を出したことがあってね。その際に何が気に障ったのかわからないが、奇妙な現象を見せつけられたんだ」
「奇妙な現象?」
「何と言えばいいか、詳細はぼかすが・・・目に見えない何かが物体を食い散らかしていくような現象かな。私からすれば、見えない凶器を突き付けられたようだったよ」
「アタシと同じだ・・・それ、アタシもです」
七緒の話を聞いて、和奏はすぐに同じ経験に思い至った。
--なるべく、猿には柊史に関わって欲しくないんだ。わかるよね?
--シャァアアアアア・・・・
目に見えないのに、自分を容易く殺せる存在がすぐ近くにいる恐怖。
今でも忘れられない和奏のトラウマだ。
「やはりか・・・よければ、そのときのことを詳しく教えてくれないかい?話したくない内容ならば仕方がないが・・・」
「い、いえ!!大丈夫です!!」
和奏にとって、今まで秘めてきたことを打ち明けられる初めての機会だ。
王様のロバの耳を見た床屋が大穴に向かって叫んだように、和奏は自分にあった出来事を話した。
「なるほど、そんな脅しを受けたのか」
「はい・・・あの、オーナーは夏油って人が何を企んでるのか知っていますか?それで保科が危ない目に遭ったりしませんか?」
「ふむ、そうだね・・・」
(仮屋さんが私を警戒していたのは、私が夏油氏と関わりがあるかもと思っていたからか。そして、その源泉は保科君を心配しているから・・・いい子なんだな、仮屋さんは)
七緒は和奏の話を聞き、和奏の人間性が実に善良でまっとうなモノであると判断した。
そのうえで、この良い人間を助けるために自分がどうすればよいのかも。
「その前に確認しておきたいんだが、仮屋さんは保科君がどういうチカラを持った存在なのかは知らないんだね?」
「は、はい。夏油が同類って言ってたから、不思議なチカラを持っているのかなとは思ってるんですが、やっぱりそうなんですか?」
「・・・ああ。彼らは呪術師と呼ばれる存在だ」
(保科君には悪いが、事情を話させてもらうか。このまま仮屋さんを放っておくのはよくない)
そうして、七緒は柊史と夏油が呪術師という特異な存在であることを話した。
呪術という特殊な超能力のようなモノを使える人間。
呪霊という一般人には見えない幽霊のような怪物を使役できることも(呪霊を使役できるのは呪術師のスタンダードではないことを七緒は知らない)。
そして。
「そして、これは忠告だが・・・仮屋さん。夏油氏のことを嗅ぎまわるのはやめるんだ。あの男は、本当に危険だ」
本人に黙って柊史の事情を話すことは、昨夜寧々に言った通り重大なマナー違反であることは重々承知。
だが、七緒は和奏が今のまま夏油のことを調べようとすることでその逆鱗に触れるのを危惧したのだ。
それには、ただ『危ないからやめなさい』と言っても納得してもらうことはできないだろうと考えて。
「あの男が危ないのはわかってます・・・でも、それで保科は大丈夫なんですか?」
だが、和奏も『はいそうですか』と引き下がれるほど諦めはよろしくない。
かつて『柊史を見捨てた』ことは、和奏にとって夏油に呪霊をけしかけられたことよりも根深いトラウマなのだ。
もう一度同じことを繰り返すくらいなら、それこそ死を厭わないほどに。
「私の主観ではあるが、夏油氏は保科君のことをいたく気に入っている。溺愛していると言ってもいいだろう。夏油氏が保科君のことを害そうとはまず思わないハズだ」
「そ、それは、アタシもそう思いますけど・・・」
七緒も和奏も、夏油が柊史に目をかけていることは知っている。
夏油が柊史を傷つけるようなことはまずないであろうことも。
・・・この2人の呪術師が術式の運用を錆びさせないために行う訓練ではお互いに反転術式が使えるからと言って一歩間違えれば死ぬようなことを平気でしでかしているのだが、幸か不幸かそのことは2人とも知らなかった。
「これは保科君から聞いた話なんだが、夏油氏にはとくに遠大な目標はないらしい。ひいては、保科君が何かに巻き込まれる確率は低いとは思う」
--先生は、きっと寂しいんだと思います。だから、同類を探している・・・
以前柊史が話していた、夏油傑の行動指針。
それは、
それ以外に大きな目標はないという。
社会的な有力者相手に行っている盤星コンサルタントの『営業』も、小遣い稼ぎと暇つぶしでしかない。
(まあ、そうして同類を見つけたとして・・・その先で何もしでかさないという保証はないが)
とはいえ、七緒としてはそれで安心はできない。
仲間を集めた夏油が、その仲間と協力して大それたことを企んでいないとも限らないからだ。
だが、ここでは和奏相手にそこまで言う必要はない。
あくまで和奏を思いとどまらせるために、七緒はそう口にしたのだが・・・
「そ、それは・・・それでも、アタシは放っておけないです。保科のこと」
(ああ、これは口で言っても駄目だな・・・仕方がない。)
それでも、和奏の決意は固かった。
七緒は、そんな和奏の意思の強さを察して・・・
「わかった。それならばせめて、仮屋さん1人だけで探るのはやめるんだ。私と協力しないかい?」
「え?」
「保科君はああ言ったが、私としても夏油氏の動向は放っておきたくない。私は私の伝手で調べられることを調べて君に共有しよう。だから、仮屋さんは保科君の動向に注目して、変わったことがあったら私に報告する。これならどうだい?保科君のことを調べるのなら、私よりも君の方が向いているだろう?」
和奏に『共犯者』になることを提案した。
七緒はアルプによる魔女と動物の情報網で夏油の『暇つぶし』の動向を調べる。
和奏は、夏油と強い繋がりがある柊史に変わった様子がないか観察する。
そして、お互いの情報を共有するのだ。
「もしも夏油氏がおかしなことを企んでいても、保科君と仲良くしておけば庇ってくれるかもしれない。夏油氏ではなく、あくまで保科君との繋がりを強めて彼のことだけを調べるんだ。これなら危険は少ない・・・ああ、当然だが、君の過去にあったことも含めてこのことは保科君に言ってはいけないよ。保科君が夏油氏の攻撃的な一面を知らなかったら、それを教えた私たちに報復がくるかもしれないからね」
(寧々は幸いにも夏油氏に関心を向けていないからよかったが、仮屋さんをその方向で説得するのは難しそうだからね)
寧々にも言ったが、最善は夏油と関わらないこと。
しかし、どうしてもそれが避けられないのならば敵対だけはしていけない。
柊史と仲を深めておけばいざというときの保険になる。
どうしても諦めそうにない和奏を守るために、七緒が思いついた妥協案だ。
「そ、それは・・・それって、オーナーさんが危ない目に遭うんじゃないですか?」
「そのリスクは正直ある。だが、私も保険は掛けてあるからね」
「保険?」
「そこまでは言えないかな」
七緒は、柊史と代償の肩代わりによる感情の補填について縛りを結んでいる。
他者と結ぶ縛りは破ると非常に恐ろしいことが起きるらしい。
夏油としても、そんな七緒を無理やり排除することは避けるのではないか?という保険だ。
・・・まあ、二者の間で縛りを結んでいるからといって、第三者が片方を殺して縛りを履行できなくなれば無効になりそうな気もするので希望的観測に過ぎないが。
(どうしよう・・・このオーナーさんが嘘をついていないとして、これは乗るべき?)
和奏は、少しの間考え込んだ。
目の前のの相馬七緒が嘘をついていないか?
本当だったとして、七緒を危険に晒してしまうかもしれないがいいのか?
そして。
「わかりました。その話、受けます」
和奏は、その提案に乗ることにした。
七緒が自分に嘘をつく理由はない。
もしも自分を害そうとするのなら、わざわざ夏油のことは話さないで一般人のフリをしていた方がよかった。
確かに和奏は七緒を警戒していたが、『何もありませんよ』と普通の喫茶店オーナーとしての姿を見せられていればその警戒を解くことは不可能ではなかったハズなのだから。
それに、この提案を受けるメリットは大きい。
七緒は大人であるし、和奏よりも情報通のようであるからして自分には調べられない情報が手に入るかもしれない。
それは、柊史を危険から遠ざけるために必ず役に立つ値千金の代物だ。
なにより、七緒は夏油の危険性を唯一正確に共有できる相手だ。
それだけで、和奏にとって『仲間』だと言える。
だが、気になる点はあった。
「でも、本当にオーナーさんは大丈夫なんですか?もしかして、オーナーさんも、呪術師?」
七緒が言う保険というのは、もしかすれば七緒もまた呪術師であり対抗手段を持っているのではないかと思ったのだ。
「いや、私は呪術師ではないよ。人間でもないけど」
「え?」
「私はアルプという存在だ。そうだね、アルプや魔女のことも話しておくか・・・仮屋さんとは長い付き合いになりそうだからね」
こうして、この日、シュバルツ・カッツェに新たなバイトが入るのと同じく、相馬七緒と仮屋和奏は共犯者となったのだった。
pixiv版もよろしくです。
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