女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話   作:二本角

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あなたの本音を聞かせて

「仮屋たち、結構話し込んでるな・・・」

 

 放課後のシュヴァルツ・カッツェ店内。

 3人で連れ立ってやってきたわけだが、当然面接そのものにまでは同席しない。

 仮屋は何か言いたげな視線を向けてきたが、相馬さんとバックヤードに入っていった。

 しかし、バイトの面接にしてはずいぶん時間がかかっているような気がする。

 

「仮屋が落とされるようなことをしでかすとは思えないけどな・・・」

「・・・あの、保科君は仮屋さんとは昔からお友達だったんですか?」

「ん?ああ」

 

 『仮屋の素行ならばまず問題はないのになぜ?』と不思議に思っていると、対面の席に座っていた綾地さんが声をかけてきた。

 ちなみにオレたちは仮屋の面接が終わるまで待っているのだが、相馬さんにコーヒーを奢ってもらってくつろいでいる最中だ。

 学院では綾地さんとオレのような冴えないヤツが2人で話していると余計な注目を浴びてしまうが、この時間帯は本来店の準備時間であり、客はオレたちしかいないので安心だ。

 

「小学生のときに一緒だったんだよ。とはいえ、仮屋はすぐ転校しちゃったから、そんなに長くは関わらなかった。本格的につるむようになったのは去年からだな」

「え?そうだったんですか!?」

「う、うん」

 

 オレが仮屋と昔から付き合いがあったと教えると、綾地さんはなんだか驚いていた。

 

「あ、あの・・・それじゃあ、仮屋さんは保科君が呪術師だってことに気付いていたりするんでしょうか?」

「いや、それはないと思うけどなぁ・・・仮屋が転校したのって、オレが呪術師になったすぐあとくらいだったし。仮屋に心喰呪法を使ったこともないし」

 

 オレが先生と出会って呪術師になったすぐあとに仮屋は転校し、姫松学院で再会してからも綾地さんにやったような感情の強奪を使ったこともない。

 そもそも仮屋は一般人なのだから、オレが呪術を使ってもそれを感じ取ることそのものがほぼ不可能だ。

 

「そうですか・・・それならどうして仮屋さんは保科君のことを・・・?」

「綾地さん?」

 

 綾地さんはぶつぶつと小声で何事かを呟いて考え込んでいた。

 声はとても小さく何を言っているのかはわからないが、強い疑念が術式ごしに伝わってくる。

 真剣に考えているみたいだし、そっとしておくとしよう。

 そう思ったときだった。

 

 

--ジっ・・・

 

 

「ん?」

 

 ふと、術式でかすかに視線を感じた。

 オレは周囲を見渡すが、店内にはさきほどからオレと綾地さんしかいない。

 

(窓の外か・・・?)

 

 喫茶店によくある窓際の席に座っているため、見ようと思えば窓の外からオレたちの姿をのぞき込むことはできるだろう。

 しかし、窓の外に目を向けてみるも誰もいない。

 

(・・・術式順転、心嗅(シンきゅう)

 

 使ったのは心喰呪法の拡張術式である『心嗅』。

 これは、『感情の吸収率を大幅に下げた場合、代わりに広範囲の感情を感知できるようにする』という縛りを設けて編み出した索敵用の技だ(なお、感情の吸収率が大幅に下がっているので飢餓状態になりやすく長時間の使用はできない)。

 オレの術式は五感(とくに嗅覚、触覚、味覚)で感情を感じ取る能力が備わっているが、心嗅を使っているときは読んで字のごとく嗅覚に特化した状態になる。ちなみに心喰は味覚特化だ。

 人間の嗅覚は密室でも1m程度だが、今のオレなら半径100m内までは確実に射程内。

 これを使えば店の外からオレたちを見ているヤツがいても察知できるハズだが・・・

 

(強い関心を持ってるヤツはひっかからないな・・・気のせいか?)

 

 オレの探知範囲内に、オレに対して感情を向けているヤツがいれば探知できるのだが、特に強い反応はなかった。

 意図してオレを見ている者がいれば見逃すことはないのだが。

 

(まあ、『見られた』って気はしたけど、ほんの少しだったしな。気にし過ぎか。っていうか)

 

 とはいえ、さきほどの視線は本当にかすかなものだったし、気のせいだったのだろう。

 それに、他に気になるモノがあった。

 

(バックヤードの方・・・なんかすごい熱い感じがするな。そんなに盛り上がってるのか?)

 

 外に異常はなかったが、仮屋と相馬さんが入っていったバックヤードから、熱気を感じ取ったのだ。

 熱気といっても火事の炎のように怒りに満ちたものでなく、やる気だとか熱意だとかそういう感じでの熱であり、悪いモノではない。

 一つだけでなく、二つの熱源を感知したので、仮屋と相馬さんの2人ともが盛り上がっているようだから仮屋が落とされることはないだろう。

 だいぶ時間がかかっていることは気がかりだが。

 

「あの、保科君?どうかしましたか?」

「あ、ごめん。バックヤードからなんか熱気が伝わってくるから何だろうって思って。仮屋も相馬さんも熱心に話してるみたいだから面接落とされることはないだろうけど、何してるのかなって思ったんだ」

「熱気、ですか・・・」

「うん。まあ、相馬さん、一昨日夜に話したときも仮屋を採用するのは乗り気だったし、大丈夫だとは思ってたけど」

「一昨日の夜・・・」

「綾地さん?」

 

 一昨日の夜、店が閉まった直後にここに来て相馬さんとやり取りしたことを思い返していると、なんだか湿った梅雨時の空気のようなジメジメとした感情が漂ってきた。

 

「保科君は一昨日の夜、ここで七緒と、私の代償を肩代わりした分の補填をしたんですよね?その、手をつないで」

「う、うん」

「そ、そのとき、何か変なことを・・・い、いえ!!なんでもないです・・・」

「う、うん?」

 

 オレが夜にそうしたのは事実なので頷いたが、綾地さんの視線が少しキツくなったような気がした。

 しかし、すぐにその鋭さはなくなって、どんよりした空気がオレではなく綾地さんの周りで渦を巻き始めた。

 

「私は何を疑って・・・保科君が夜中に七緒と2人きりだからって何もするハズないですし、そもそもそんな時間に行かせてしまったのももとはと言えば私が・・・でも、やっぱり七緒や仮屋さんばっかりズルいです・・・」

(綾地さん、またこのモードに入ったか。仕方がない・・・)

 

 一体何が引き金だったのか、綾地さんが今朝のようにマイナスの感情を吐き出すモードに切り替わっていた。

 あまり安易に使うのはよくないとは思うが、ここには仮屋もいることだし、やってしまうとしよう。

 

(心喰)

 

「あ、あれ?また?」

『あ~、落ち着いて、綾地さん。何があったかはわからないけど、綾地さんは悪くないと思うよ?』

「っ!!は、はい・・・」

 

 心喰でマイナスの感情を喰らってからの、術式反転でオレの本心を伝える。

 何に悩んでいるのかは知らないが、生真面目すぎる綾地さんのことだ。

 些細なことでも自分が悪いと思い込んでしまっているに違いない。

 今のところ、綾地さんが原因で大きなトラブルが発生しているわけでもないし。

 確かに昨日は学院でいろいろあったようだが、綾地さんがくれるプラスの感情の質から考えれば無視できるレベルである。

 むしろ、さっきのようにマイナスの感情を流される方がダメージがある。

 

「あ、あの、保科君。もしかしてなんですけど、昨日とかさっき、なにか特別な魔法・・・いえ、呪術を使ってます?」

(さすがにバレるか)

 

 昨日から始まり、今朝とさっきで三回目だ。

 いくら目に見えない呪術であっても、何かされていることくらいはわかってしまうだろう。

 

「あ~、まあ、使ってるかな。でも、そんなに大した術ではないよ。オレの『本音』が伝わるようにしてるだけだから」

「本音・・・確かに、保科君の言ってることは本当のことなんだってわかる感じがしましたけど」

「うん。オレの術式反転の話はしたよね?オレは、自分の感情を外に放出することができるようになる。言葉に乗せて使うと、その言葉が嘘じゃないってはっきりわかるようにね」

 

 術式順転でマイナスの感情を食べていることは話さなかった。

 今更綾地さんに、良くないモノであるとはいえこっそり感情を奪っていることを言ってもキモがられることはないとは思うが、やはり言うのは心情的にはばかられる。

 それに、オレは確かマイナスの感情の味が非常に悪いことを前に説明しているから、オレが無理していると思わせてしまうかもしれない。

 そうなっては、また綾地さんが責任を感じる悪循環になってしまうだろう。

 

「え?でも、術式反転って、質のいいプラスの感情が必要なんじゃ・・・?」

「それは大丈夫。実を言うとオレも赤字になると思ってたんだけど、元は取れてるから。綾地さんのおかげで」

「わ、私のおかげで!?」

「うん。あ~、『綾地さんってすごく真面目だから、なんでもかんでも抱え込んじゃう癖がついてると思うよ?でも、オレは本当にそこまで困ってないから。だから、もっと気楽に考えていいんだ。それどころか、オレの方がお礼を言いたい気分なんだよ』」

「ほ、保科君・・・?どうして、私にお礼を?」

「・・・今、オレの本心を聞いて綾地さんすごく安心してるでしょ?そういう混じり気のないプラスの感情はすごく質がいいんだ。それで、使った分のもとは十分取れてるってワケ。むしろ収益増になってるくらい。だからお礼を言いたいんだよ」

「そ、そうなんですか・・・よかった」

 

 これも前に説明したことだが、オレの反転術式には質の高いプラスの感情が必要だ。

 しかし、こと綾地さんについては多少のコストがかかってもそれを補って余りあるリターンが戻ってくるのである。そのことにむしろ感謝したいくらいだ・・・そこまで話すと、綾地さんから安堵とともに喜びの感情が溢れてくる。

 その感情もとても質のいいモノで、早速消費した分の回収ができた。

 そうだ、綾地さんを安心させる材料として、このことも言っておこう。

 

「それに、これはオレも原因がわからないんだけど、最近は反転術式の調子がいいというか、やりやすくなったんだよ。コスパが良くなったっていうか・・・必要なプラスの感情が減ったんだよね」

「え?・・・それっていいこと、なんでしょうか?」

「そうだと思うよ。確かに理由は知らないけど、反転術式の使い勝手が上がって悪いことなんか絶対にない。オレの取り分が増えたのは、支出が減ったのも大きいんだ」

「は、はあ・・・でも、保科君がそう言うのならきっとそうですよ」

 

 これは最近反転術式を使う頻度が上がったから気づけたのだが、どうもここ一か月ほど、いやこの数日だけでも、オレの反転術式の技量が大きく向上しているようなのだ。

 一応、先生との血沸き肉躍る(直喩)な訓練でこれまで相当な回数反転術式を使ってきたから技量には自信があったが、今はさらに倍率ドン!という感じだ。

 時期的に、椎葉さんや綾地さんと呪術師として関わるようになってからだが、何か関係があるのだろうか。

 確かに、これまで意図的に使ってこなかった術式反転を本来の用途ではない使い方で使うようにはなったが。

 

(しかし言ってはみたけど、綾地さん、あんまりピンと来てない感じだな。しょうがないか。これは完全にオレの呪術師としての感覚の話でしかないし。でも、喜んでくれてる・・・綾地さんって本当にいい人だな)

 

 呪術の専門的な話であるせいか、綾地さんにうまく伝えられたような気はしない。

 だが、綾地さんがオレにとっていいことが起きたことを喜んでくれているのはわかった。

 とある国民的なアニメで、主人公が『人の幸せを願い、人の不幸を悲しむことができる人』と評されていたが、間違いなく綾地さんも同じ心を持っているだろう。

 吸収したプラスの感情を噛みしめながら、オレは思った。

 

(そうだ。こうやって本音を伝えて安心させてあげるの、ちょくちょくやってあげた方がいいかな?今は安定してるけど、これが続くかわからないし)

 

 かの猫型ロボットが登場するアニメの主人公は優しいが、なんというか俗な部分もかなりある。

 だが綾地さんは、そんな架空の登場人物と比べてもあまりにもいい人過ぎるのだ。

 他人に責任を求めず、自分に問題があったと強く思ってしまうタイプ。

 しかも綾地さんは結果的にこちらがバラすまで黙って代償の肩代わりを『させてしまった』と思っているフシがあり・・・それも完全に否定できるモノではない(綾地さんが『発情』の感情をばらまいていると気づくまでは下手人を恨んでいたのは事実であり、わかってからもしばらくは綾地さんを避けていたのだし)。

 椎葉さんも同じくらいいい人で、やはりオレに対して負い目を感じている部分があるが、椎葉さんの場合は出会ってすぐに縛りという形で正式に契約を結びギブアンドテイクにできているから綾地さんよりもずっと健全だ。

 そう考えると、定期的にオレの『本音』を伝えて安心させてあげた方がいいのではと思えてくる。

 ・・・このとき、オレは大事なことを『二つ』見落としていた。

 

(私は、今でも保科君の役に立ててるんだ・・・本当に、よかった。ああ・・・)

(綾地さん、かなり喜んでくれてるな。それに、オレへの感謝と自尊心に・・・あとは『やる気』かな?熱意もすごい伝わってくる)

 

 オレの術式は、感情を感じ取ることができる。

 だから、綾地さんが喜んでいることも、オレに感謝していることも、自分に誇りを持ったことも、そして『何か』に熱意を燃やしていることもわかった。

 

(もっと、もっと保科君にお礼がしたいです。私が役に立てているとわかると、とても報われたような気分になれます。それだけ保科君を満たしてあげられた、心の穴を埋めてあげられたってわかるから)

 

 しかし、その感情を抱くに至った理由まではわからないということを。

 オレの方からお礼を言ったというのに、なぜ、綾地さんの方が感謝してるのか。

 一体『何』に、どんな理由でやる気を出しているのか。

 その道筋をオレは知ろうとも思わなかったし、知る必要もないと思った。

 そしてもう一つ。

 

 

--だから、もっと・・・もっと、聞かせてほしいです。あなたの『本当の声』を。 

 

 

 複数の強い感情を同時に抱いているとき、混ざり合ったその感情すべてを正確に腑分けすることはできないこと。

 

 

『まあ、とにかく・・・うん、これからもよろしくね、綾地さん』

「はい!!保科君!!」

 

 このときのオレは、綾地さんから発せられる濃い感謝、喜び、誇り、熱意の中に混じる、粘ついた『欲望』に気が付かなったのであった。

 

 

----

 

 

「ずいぶん時間かかったな、仮屋・・・って、おお、なんかすごいな」

「そのすごいってどういう意味なのさ・・・」

 

 結局仮屋と相馬さんが出てきたのはそれから15分ほど経った後だった。

 トータルでは40分くらいは話をしていたのではないだろうか。

 だが、そんなことがどうでもよくなるくらい、目を引くことがあった。

 

「いやすまない。仮屋さんとは『気になっているモノ』の趣味が合ってしまってね。ついつい話し込んでしまったんだ・・・ところで、私は仮屋さんにこの服は似合ってると思うんだが、2人はどうだい?」

「はい。すごく似合ってると思いますよ、仮屋さん」

「あ、ありがとう、綾地さん」

 

 仮屋が着ているのは、ここに来るときに着ていた姫松の制服ではなく、このシュヴァルツ・カッツェのユニフォームだったのだ。

 清潔感溢れる白を基調として、所々活発な印象を与える赤が散りばめられている。

 常に元気な仮屋のイメージによくハマっていた。

 綾地さんなど、驚いているオレをしり目に卒なく誉めている。

 

「ほう、寧々もそう思うかい?それでは、保科君はどうかな?」

「え!?いや、オレも似合ってると思うぞ。なんか、いかにも『元気』って感じがする」

「・・・それ、喫茶店の女の子の制服誉めるときに使う表現じゃなくない?」

「保科君・・・」

「なんというか、独特な誉め方だね・・・」

(くっ!!ミスった・・・こんなところでオレのコミュ障を披露してしまうとは)

 

 綾地さんに対して呆けたままのオレに発破をかけるためか、どこか面白がるように相馬さんが感想を促してきたので率直な印象を答えたのだが、オレの答えを聞いた3人ともがなんとも残念なモノを見るような表情をしていた。

 こうやって『女子の何かを誉めろ』という場だとオレの対人経験のなさが浮き彫りになってしまうのだが、こちとらこれまで呪術の修行ばかりしていたのだ。

 どうかお目こぼししてほしい。

 いや、そうだ。

 

『いや、本当に似合ってると思うぞ。仮屋っていつも元気っていうかエネルギッシュな感じするし、その服で接客したら元気を分けてもらえるって思うお客さんが多いんじゃないか?』

「っ!?え?え?何これっ!?・・・って、あ、いや、その・・・あ、ありがとう」

『どういたしまして。でも、オレは嘘なんて付いてないし、お世辞じゃないからな』

「う、うん・・・」

(? さっきと比べると中々の誉め言葉だが・・・仮屋さんの反応が過剰なような?)

(保科君、まさか・・・)

 

 呪術師として訓練を積んできたのだから、その恩恵を遠慮なく使わせてもらった。

 オレが術式反転を使い本心からオレの感じた印象を乗せて誉めると、仮屋はえらくしおらしくお礼を言ってきた。

 ・・・昨日と今日の昼休みも中々のプラスの感情をもらったが、今の仮屋から発せられているソレは椎葉さんや綾地さんに匹敵する質の高さだ。

 

(少し反転術式を使うだけでこれだけプラスの感情をもらえるとは・・・もっと早くからやってみるべきだったか?)

 

 思わぬ効果の高さに驚きつつも、オレは自分の術式反転の使い道について少し考えた。

 オレは、自分の術式反転のことがはっきり言うと嫌いだ。呪っていると言ってもいい。

 だが、それは『本来の使い方』で使った場合であり、最近よくやっている心の欠片を作るような使い道については、慣れもあるのだろうが、椎葉さんや綾地さんに価値あるお礼ができるのもあって忌避感がなくなってきたと思う。

 今仮屋にやってみせたのも、あくまで『オレの本心からの誉め言葉』を嘘偽りなく伝えただけであり、それそのものが害になることはないだろう。

 前のように綾地さんの急な代償の肩代わりをすることになったときの保険として、プラスの感情を固めた心の欠片はまだまだ欲しいところだし、検討してみるのはありかもしれない。

 そんなことを考えていると。

 

「あ、あの保科君。そういうのは、あんまりよくないと思います」

「綾地さん?」

 

 チクリとした感情を感じたかと思えば、少し険しい顔をした綾地さんがすぐそばにいて、小声でささやいた。

 

「その・・・仮屋さんは一般人ですし、何も知らない人にバレないからといって呪術を使うのはどうかと。その人の心に土足で踏み入っているのと変わらないんじゃないでしょうか?」

「っ!?」

 

 その言葉に、オレは雷に打たれたような衝撃を感じた。

 

 

--は、はは・・このチカラがあれば、オレにできないことなんてない!!

 

 

----柊史って、お前がバカにしている人間の、その次ぐらいにはバカだから

 

 

(そうだ・・・今のオレは、前のオレと変わらないじゃないか)

 

 特別なチカラを使えるからといって、オレは何でも許された主人公などではない。

 オレはこれまで、よほどのことがなければ他人に呪術を使わないようにしてきたが、それは『前』にあったことを繰り返さないようにするためだ。

 だというのに、オレはその戒めをあっさりと破ってしまっていた。

 これでは、オレは何も変わっていないと言っているようなものではないか。

 

「・・・そうだね、綾地さん。その通りだよ。教えてくれてありがとう」

「保科君?」

「オレは、この術式反転を封印するよ」

「保科君!?」

 

 そうだ。オレは綾地さんに感謝しなくてはいけない。

 綾地さんは、オレに大事なことを思い出せてくれたのだから。

 

「オレはオレに縛りを結ぶ。オレはもう二度と自分の欲のために術式反転は使わな・・・」

「そ、そこまでする必要はないと思いますよ!?」

「・・・え?」

 

 『保科柊史は自分の欲望のために他者に呪術を使ってはならない』

 もっとずっと前から己にかけておくべき『縛り』を今更結ぼうとしたのだが、なぜかさっき諫言をしてくれた綾地さんが待ったをかけてきた。

 

「あの、私が言ったのはあくまで普通の何も知らない人に一方的に使うのがよくないって思っただけで・・・そこまで厳しく考えなくてもいいんじゃないでしょうか?ほ、ほら!!例えば私はさっき術式反転のことを教えてもらいましたし、使われればわかりますから、私には使ってくれて全然大丈夫ですよ!?」

「う、うん・・・」

 

 いつの間にか小声ではなく、オレにつかみかからんばかりの勢いで迫ってきた綾地さんに気圧され、ぶり返してきた後悔や自己嫌悪がどこかに吹き飛んでしまった。

 なにせ、オレの術式には『保科君のやろうとしていることを止めなければならない!!』というオレへの制止を求める感情が痛いほど伝わってくるのだ。

 一体どうしてそこまで必死なのかはまったくわからないが。

 

「保科に綾地さん?さっきからどうしたの?」

「あ、いや、なんでもない」

「そ、そうです!!なんでもありません!!」

「そ、そう?」

 

 そこで、様子のおかしかったオレたちを見かねたのか仮屋が怪訝な顔で尋ねてきた。

 しかし、モロにオレの術式に関わることであるし、『さっきまでキミに呪術使ってました』などと言えるはずもないのでなんとか誤魔化す。

 仮屋はなおも不思議そうな表情のままだったが、それ以上聞く気はなかったのか引き下がってくれた。

 

(・・・あれ?仮屋って最近は気になることがあったらめちゃくちゃしつこかった気がしたけど、今日はずいぶんあっさり離れたな。まあ、その方が都合がいいけど)

 

 これまでのオレのバイトへの執着といい、昨日の質問攻めといい、最近の仮屋はしつこい印象があったのだが。

 まあ、ここは学院ではなく仮屋のバイト先となる店であり、しかも雇い主の相馬さんまでいるのもあって乗り気になれないのかもしれない。

 

「あ~、3人とも。話し中に悪いが、そろそろ帰り支度をした方がいいんじゃないかい?長く引き止めてしまった私が言えることじゃないかもしれないが」

「あ、本当だ。もうこんな時間」

 

 相馬さんに言われて店の時計を確認すると、確かにそれなりに遅い時刻だった。

 放課後の時点で夕方近く、さらにそこからだいぶ時間のかかった仮屋の面接に付き合ったので、そろそろ家に帰った方がいいタイミングだ。

 季節が初夏であるために、外はまだ明るいけど。

 

「それじゃあ、帰り道は気を付けて。それと、今日は長引かせて済まなかった。この埋め合わせは後日しっかりさせてもらうよ」

「あ、アタシも。今日はアタシの用事に付き合ってもらったんだし」

「いや、そこまで気にしなくていいですよ。コーヒー奢ってもらえましたし」

「はい。私も、有意義な話ができましたから。全然大丈夫ですよ」

「有意義な話?・・・まあ、その件はまた聞かせてくれ」

 

 そして、しばらく仮屋が着替えるのを待ってから、オレたちは店を出る。

 

「あ、そうだ保科君」

「はい?」

 

 その直前で、さっきの綾地さんのように相馬さんが小声で話しかけてきた。

 綾地さんと仮屋は店の出口に向かって歩いており、オレが呼び止められたことに気付いていない。

 

「あとで、少し相談したいことがある。今夜電話するから、時間を空けておいてもらえるかい?」

「え?それはいいですけど、今じゃダメなんですか?」

「・・・ちょっと込み入った話になりそうでね。それに、今から店を本格的に始めなきゃいけないからさ」

「はぁ・・・わかりました」

(なんだ?ちょっと薬臭い?でも、悪意はないな。むしろ、オレを心配、いや応援してくれてるのか?)

 

 相馬さんからは、若干の薬臭さ・・・隠し事の気配を感じたが、そこに悪意はない。

 それどころか、オレへの好意があるのがわかった。無論、LIKEの意味で。

 ならば、その話に乗ることに問題はない。

 

「保科~?どうかしたの?」

「保科君?」

「ごめん!!すぐ行くよ!!・・・えっと、じゃあ相馬さん。お電話お待ちしてます」

「ああ。呼び止めて悪かったね。また後で」

 

 そうして、オレたちが家路についたのだった。

 

 

----

 

 

「それでは、また明日。保科君、仮屋さん」

「うん。また明日ね、綾地さん」

「ばいばい」

 

 綾地さんの家は、オレの家から離れたところにあるらしく、3人の中で一番先に別れることになった。

 去り際に、一瞬だけ仮屋の方を見て何ごとかを考えていたようだが、すぐにオレの方に向き直って何かを思い出したように笑顔になると、『また明日』と言って去っていった。

 それからは、そのまま仮屋と並んで『バイト受かってよかったな』とか、『バイト代入ったら何を買いたい?』とか、とりとめのない話をしていたのだが。

 

「あ、あのさ、保科」

「ん?」

 

 そんな仮屋とも帰り道が分かれるところまで来たときだった。

 

「ありがとうね、いろいろ」

「え?な、なんだよ急に」

 

 仮屋が、急にオレにお礼を言ってきた。

 

「いや、今日も面接まで着いてきてくれたし、昨日はやっと保科のバイトのこと教えてくれたし・・・」

「別に礼を言われるようなことじゃないだろ。今日のことはメインは綾地さんだし、オレのバイトのことは逆にオレが感謝しないといけないくらいだ」

 

 シュヴァルツ・カッツェを紹介したのは綾地さんだし、採用されたのは仮屋の力だ。

 オレのバイトの手伝いというのも、プラスの感情を集めるためのただの方便であり、オレは礼を言うどころか謝らなければならない立場である。

 まあ、仮屋にそれを言ったところで理解されるハズもないけど。

 

「それはそうかもだけどさ。それでも、きっかけは保科だったから。だから、ありがとうくらいは言わせてよ」

「・・・そういうことなら。それに、こっちこそありがとう」

 

 ・・・なんだか、変な空気だ。

 妙に照れくさいというか。

 仮屋とはそこそこ長い付き合いだが、お互いにここまで真正面からお礼を言いあう機会などなかったような気がする。

 だが、今の仮屋から溢れるプラスの感情は、シュヴァルツ・カッツェにいたときよりも質がいい・・・感謝だけではない。これは、『決意』だろうか?綾地さんが抱いていた感情に似た熱があるのがわかる。

 

「アタシさ、これから保科のバイトの手伝いも、シュヴァルツ・カッツェのことも、それに保科の心の・・・」

「オレの?なんだって?」

 

 最後の方の言葉は聞こえなかった。

 というより、仮屋が途中で喋るのをやめてしまったのだ。

 これでも何度も死にかけるほどの戦闘訓練に励んできたオレである。

 よほど聞き取りにくい声でなければ聞き漏らすことはないのに、聞こえなかったのだから。

 

「な、なんでもない!!とにかく色々アタシも頑張るから、しっかり受け取ってよね!!それじゃあまた明日!!」

「お、おう、また明日・・・何だったんだ?」

 

 一体、仮屋はオレに何を渡すつもりなのか。

 このときのオレにはまったく見当がつかなかった。

 

「まあ、かなりプラスの感情はもらったけど・・・これは違うよな。なら、何を?」

 

 

----

 

 

 そして、それからほんの一時間ほど後のこと。

 

「小僧・・・お前のチカラで、『失われた記憶』を取り戻すことはできるか?」

「失われた、記憶?」

 

 オレは、水色の髪をしたカラスのアルプから、普段からは考えられないほど真剣な顔でそう問いかけられたのだった。

 




ここの保科君は一回刺された方がいいかもしれない・・・反転術式で治されるけど。

応援してくださる方へ、モチベのために評価、感想、推薦とかお待ちしております。
なお、今週の土日は忙しく更新は厳しい模様。

pixiv版もよろしくです。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=28050873

この作品をご存じでしょうか?①ダークギャザリング、②死印、③東方Project

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