女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話 作:二本角
ご承知おきください。
「さて、小僧たちは七緒のねぐらに入ったか」
「カァ~」
柊史たちがシュヴァルツ・カッツェに入ったのを、アカギはやや離れた公園のベンチで把握した。
紬から支給された交通費雑費諸々のための軍資金5000円。
その3/5である3000円を費やして手に入れた駄菓子の詰まったビニール袋を両脇に置いて中身をポリポリとかじりながら、アカギは『報告』に来た一羽のカラスに問いかける。
「聞くが、小僧は二羽の雌を引き連れていたのじゃな?片方は髪が長く、もう片方は短い・・・さて、どっちが魔女かの?」
「カァ~」
もともと、昨日の会話で柊史が2人の人間を七緒のところに連れていくのは聞いていた。
そのうちの片方が魔女のはずだが、どちらが魔女なのかは、ただのカラスにはわからない。
アルプであるアカギでも、魔女かどうかはよくわからないために、最後のつぶやきは単なる独り言だ。
重要なのは、柊史が七緒の店に入ったこと。
そして、昨日柊史が言っていた『魔女じゃない友達』とやらが女性だったということだ。
「う~む・・・これは紬に伝えるべきか?しかし、言ったら言ったで、また面倒なことになる予感しかしないのじゃ・・・」
『柊史の近くに魔女以外でもう1人女がいた』と紬が聞けば、『ふぅん?』と冷え切った声が返ってくるのがアカギには手に取るようにわかった。
「まったく。自分がツバを付けた雄を取られまいと思っておるのじゃろうが、それならさっさと交尾してしまえばいいものを」
『原作』と呼ばれる世界線において、アカギは二通りの描かれ方をされており、一方では子供のように未熟で堪え性がなく、逆にもう一方では達観して大人びている。
この世界におけるアカギはその中間からやや大人よりと言ったところだが、一部においてはまだまだ動物的な一面を残しており、そんなアカギからすれば紬の柊史に対する態度は実にまだるっこしいモノであった。
自然界において有能な雄が雌を独占するのは当然。
一夫一妻が基本の鳥類でも、優秀な雄は雌から狙われやすい。
こと『強さ』という野生における絶対的な基準から見るに、柊史は人間の中でも間違いなく最高峰であり、その種から子を成せば、より子孫を後世に残しやすくなるだろう。
故に、柊史の競争率が高いのは必然であり、先んじるならば『この人はワタシの!!』と一番につがいになるのが安牌だ。
だと言うのに、紬は本丸である柊史を攻め落とすことをまったく考えていない。
それでいて、柊史の周りのライバルを牽制することには余念がなく、無関係の自分にすら威嚇してくる始末である。
巻き込まれたに過ぎないアカギとしてはいい迷惑であり、『もう結果だけ教えろ』と言ってやりたい気分だが、野生の本能が『紬には逆らうな』と警告してくるので嫌々ながら従うしかないのが現状だ。
・・・まさか、その紬が柊史とつがいになりたいどころか、ツバをつけたいということすら自覚していない、とはさすがのアカギも気づいてはいないが。
ちなみに、アカギとしては紬と柊史がつがいになることについては微妙に反対の立場だ。
アルプ殺しの弟子と関わるなど危険極まりないし、つがいになるなどもってのほか。
しかし、心の力を流されたときに、柊史の本質が『善』であることを本能で理解できたために、『アルプ殺し本人はともかく、柊史本人に危険はなさそう。つがいになれば全力で守り抜くだろうな』という確信を得たのだ。
そのため、応援するつもりもないが、さりとて積極的に反対するほどか?という曖昧な立ち位置にいるのである。
閑話休題。
「はあ、まあ今考えてもしょうがない。おい。お前は『周りのヤツ』に言って、あの人間の雄を見張らせるのじゃ。襲われるようなことがあればすぐにあっちに伝えろ。それと、一緒にいる人間の雌二羽にも一羽ずつ追手をつけてねぐらを見つけるのじゃ。いいな?」
「カァッ!!」
ため息をつきながらもアカギがそう言うと、カラスは上官から指令を受けた兵士のように返事をして飛び立っていった。
「はあ、まったく。面倒なチカラをもった小僧じゃ。はるばる遠くから飛んできて、こんなことにまで気を遣わなければならんとは」
カラスが飛び立つと、アカギはまたもため息をついて愚痴をこぼした。
アカギは姫松に来るまでに、自分の翼を使って飛んだり、姫松の方向に進む電車やバスの天井に乗ったりといろいろと苦労してきたのだが、着いてからも面倒ごとは山積みだったのだから仕方がないかもしれないが。
・・・そもそもなぜアカギが遠く離れた街から姫松まで来ているのか。
「バレてないようだからいいものの・・・紬め。これは昨日今日だけでなく、あと三日は鳥団子でないと割に合わんぞ」
それは、昨日アカギが契約する魔女である紬に何やら不穏な気配がする柊史の周りを注意してみてほしいと『
寛大なアカギは契約者である紬の『
さらに厄介なことに柊史は他者の感情を感知する術式を持っており、下手な尾行ではすぐにバレてしまう。
そこで、アカギは野生を生きてきた経験から知恵を絞り、柊史にバレないように監視する方法を思いついた。
それが、さきほどアカギのところに報告しにやってきたカラスである。
「ひとまず、このあたりの群れはあっちが手なずけた。この街にいる限り逃げ場はないぞ、小僧」
アルプは動物が長年生きて人間の感情にあてられることで長い寿命と魔力を得た存在だ。
それゆえに、同種からは別格として敬われる立場であり、カラスのアルプであるアカギにとって周囲のカラスの群れを統率することなど赤子の手をひねるがごとし。
そして、カラスという動物は頭がいいことで有名であるが、一説では人間の6~8歳程度の知能があるとされ、人間の顔を覚え、危険人物ならば仲間に警告することもあるという。
アカギはそんな知能の高いカラスを使い、間接的に柊史を見張ることにしたのだ。
アルプであり、感情の力である魔力を持つ自身では気づかれてしまうかもしれないが、ただのカラスならば人間への執着も薄い。
思惑通り、柊史は自分を見張るカラスに気付いている様子はない。
これならば、ミッションは問題なく果たせるだろう。
「まあ、小僧が危ない目に遭うことなどありえんじゃろうがな。魔女はもちろん、七緒でも小僧に勝つなど無理じゃろ。そもそも、小僧が脅されてる云々も紬が勝手に考えてるだけじゃしな。小僧が出てくるまでこれでも食っておるかのう」
まあもとより、アカギは紬が心配しているような事態になることはないと確信している。
あの柊史を脅すなどというアルプ殺しも含めた天災そのものと言える脅威2人を敵に回せるような魔女がいるわけないと思っているし、堅物の七緒がそんな邪悪な魔女と契約するハズないという蓋然性の高い理由もある。
確かに柊史が別の魔女の代償を肩代わりしたときの様子は異様だったが、あの一回だけで紬の想像が真実であると決めつけるのはいかがなものかと、意外にも冷静な判断がアカギにはできていた。
では、そこまでわかっていてどうして姫松まで来たのか?
面倒くさがりながらも、なぜ尾行がバレないように細心の注意を払っているのか?
紬の圧が強かったのは間違いなく大きな理由であるが、実を言うとそれだけではない。
アカギには、アカギの目的があった。
「小僧の性格なら、あっちが尾けていてもそれで怒りはせんじゃろうが・・・警戒はされるだろうからの。小僧のねぐらは見つけておいた方がいい」
そこで、アカギはそれまでの面倒くさそうな緩んだ表情を引き締めた。
「小僧には、一度しっかり話しておきたいことがある」
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「ふぅ~・・・今日はなんかちょっと肩が凝ったな」
家に帰って荷物を下ろし、夕飯を食べる前に少し休むことにした。
今日は父さんが会社の飲み会で外で食べてくるということだったので、食事のタイミングはオレ次第だ。
シュヴァルツ・カッツェを出たのは少々遅かったが、夕飯を食べるにはまだ少し早い。
「それにしても、相馬さんの話って何なんだろうな」
ごろんと横になりながらも、オレが気になっているのはシュヴァルツ・カッツェを去り際に相馬さんが『後で電話で話がしたい』と言ったことだ。
確かに時間帯からしてオレたちは帰らなければいけなかったし、相馬さんも店を開かなければいけないタイミングだっただろうが、後日また会ってというワケでもなくその日のうちにというのは一体どんな内容なのか。
「仮屋もなにか関係があるのか?」
さきほど、めでたく仮屋のバイト採用が決まったわけであるが、それと関係があるのだろうか。
さっき別れるときも、少し様子がおかしい気がしたし。
まさか・・・
「相馬さんがアルプだってバレた・・・いや、それはないか」
あのできる大人としか表現のしようのない相馬さんだ。
まさかそんなヘマはしないだろう。
というか、もしもバレていたとしたら仮屋の反応が普通すぎる。
少し様子のおかしいところはあったが、まさか『猫が喫茶店の店長で自分はそこでバイトします』なんてことになったらいくら仮屋が人がいいといってもパニックになるのではないか。
「まあ、別にいいか。相馬さんが悪だくみしてるってわけじゃなさそうだし」
相馬さんに何か含むモノがあるのは間違いない。
だが、それは悪意からのものではなく、逆にオレのことを慮ってのことだ。
ならば、なるようになるだろう。
そう思ったときだった。
--ジッ・・・
「・・・またか」
オレは、静かに身を起こした。
同時に、頭の中でカチリと何かのスイッチが切り替わるのがわかる。
「今ここに、綾地さんも仮屋もいない。なら、遠慮はしないぞ。虹龍!!」
オレは部屋の窓を開け、すぐさま虹龍を呼び出した。
そして、虹龍と視界を同調させる。
呪霊との感覚同期は呪霊操術を扱う先生の得意技。
先生と同じように呪霊を従えることができるオレにも習得は可能だった。
同時に、オレは心嗅を発動する。
(シュヴァルツ・カッツェにいたときにも感じたけど、さっきのはもっと視線が強かった。今なら捕まえられるハズ!!)
そして、オレの研ぎ澄まされた感覚に、チリッと何かが引っ掛かった。
「っ!!虹龍!!行け!!」
「ォオオオオオオオっ!!」
オレが見つけた『何か』の位置は、感覚を同調させている虹龍にも伝わっている。
そのまま、オレは虹龍に不躾な視線を向けてくる下手人を捕らえるように指示を出した。
虹龍は主であるオレの指示に従い、旅客機を超える機動力を以て標的めがけて突っ込んでいき。
「ん!?待った!!虹龍!!噛むな!!」
片目で見える虹龍の視界に見覚えのある『カラス』が映ると、オレはすぐに虹龍に止まるように命令した。
そして。
「ひ、ひぃいいい・・・」
「アカギ、お前・・・こんなところで何してんだよ」
特級呪霊に牙を寸止めされて、鳥なのに腰が抜けたように動けなくなっているアルプを見て、オレは疑問符を浮かべるしかなかったのであった。
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「あ~、とりあえず何か飲むか?」
「・・・うむ」
あの後、そのままにしておくのもアレなのでアカギを家に連れ帰ったのだが、普段の生意気な様子は鳴りを潜め、まるで借りてきた猫のようにおとなしくなっていた。
まあ、特級呪霊に襲われかけたとなれば無理もない。
今でこそ先生の操る特級呪霊軍団相手でも引けを取らなくなったオレだが、初めて三級呪霊に襲われたときはめちゃくちゃ怖かったし。
だが、アカギには悪いが聞かなければならないことがある。
いつの間にか人間の姿に変身し、オレの差し出したジュースをちびちび飲んでいるアカギに、オレは問いかけた。
「お前、姫松まで何しに来たんだよ?相馬さんじゃなくて、オレに用があったのか?まさか、椎葉さんに何かあったのか!?」
旅客機並みの虹龍がいるから気軽に行き来できているが、椎葉さんが住む街と姫松はだいぶ離れている。
それなのにアカギがここにいるということは、その距離があろうともここに来る用事があったということ。
例えば、契約者である椎葉さんに何か重大なことが起きたとか。
(・・・どうする?『軍曹』を出すか?あいつなら大抵の呪霊は倒せる。周りの被害はやばいけど、椎葉さんに何かあるのならそれくらいは)
「な、何を考えてるのか知らんが殺気を出すのはやめろ!!紬は無事じゃ!!ここにはあっちが用があったから来たのじゃ!!」
「・・・なんだ。それを早く言えよ」
どうやら、椎葉さんに何か脅威が迫っているか考えているうちに、殺気がでていたらしい。
危うくオレの手持ちの中で一番強いヤツを出すところだった。
考えてみれば、アイツを出したら椎葉さんまで『餓死』あるいは『衰弱死』しかねない。
というか、椎葉さんから携帯に連絡もないし、椎葉さんに渡した『お守り』の反応もないのだから椎葉さんが無事なのはわかりきっていたことだった。
まだまだ修行が足りないな。
「それで、何の用で来たんだ?っていうか、椎葉さんはお前がここに来てること知ってるのか?知らないんなら、お前には悪いがオレから連絡するぞ」
「別に連絡するのは構わん。紬もあっちがお前の家に向かったのは知っているからの。じゃが・・・」
そこで、アカギは言葉を切り、オレを睨むように強い視線を向けた。
「今からあっちが話すこと。これは紬には言うな。紬には関係のないことじゃ」
「・・・!!」
目の前にいるアカギはアルプであるが、オレならば余裕で勝てる相手だ。
手持ちの呪霊を出すまでもない。
殺す気なら、呪力弾で頭を撃ち抜けばそれでおしまい。
だというのに、オレは気圧されかけた。
それほどの気迫を感じたのだ。
「・・・何を話すのかは知らないけど、内容次第だ。それが椎葉さんに危険の及ぶことなら知らせる」
「ふん。ならばお前が紬に話すことは何もない。本当に、紬には関わりのないことじゃ」
オレが譲れない最低ラインを提示すると、アカギはどうでもよさそうに気を緩めた。
どうやら、椎葉さんに関係がないというのは本当のことのようだ。
「それで、なんだよ?」
「・・・小僧、お前は前に、『反転術式は呪いを解く効果がある』と言っていたな?」
「ああ。それがどうしたんだ?」
確かに、オレが前にアカギと話しているときにそんなことを言った覚えがある。
あのときは椎葉さんが着替えでいなかったと思うが。
「小僧・・・お前のチカラで、『失われた記憶』を取り戻すことはできるか?」
「失われた、記憶?」
アカギの様子は、普段の騒がしい姿が嘘のように厳かで真剣だ。
オレの術式も、アカギが本気で聞いてきていると示している。
「失われた記憶って、なんだよ。椎葉さんは関係ないんだよな?お前の知り合いで、記憶喪失にでもなった人がいるのか?そう聞かれても、詳しいことがわからないと答えようがないぞ。頭を打ったとかいうのなら、オレの前に病院に行った方がいいと思うけど、そういう話じゃないんだろ?」
「・・・・・」
だが、いくらアカギにとって大事なことだとしても、事情がわからなければなんとも言いようがない。
オレがそう聞くと、アカギは少しの間黙って、目を閉じて何事かを考えていた。
オレは黙って、その答えを待つ。
「そうじゃな。お前には話しておくか」
ややあって、何かを決意したアカギは、オレを真正面から見据えて口を開いた。
「これは、あっちが紬の前に契約していた魔女の話じゃ」
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アカギはカラスのアルプだが、ただのカラスではなくワタリガラスという名前の通り渡りの習性がある大型のカラスのアルプである。
日本では、北海道に渡ってくる渡り鳥として知られている。
そんなワタリガラスのアカギであるが、その習性から時折住処から離れたところにまで飛び出したくなることがあるらしく、北海道から遠く離れた西日本のこの辺りまでやってきているのもそれが理由だそうだ。
そして、アカギは去年に椎葉さんと出会って契約を結んだのだが、同時期に、渡りの癖で姫松まで来たときに別の魔女とも契約を結んだ。
「なるほど、それで・・・」
「なんじゃ?まだ話し始めたばかりなのじゃが」
「あ、悪い、続けてくれ」
(因幡さんの親友とアカギがどうして契約したんだと思ってたけど、そういう理由だったのか)
アカギの話を聞いて、オレは一つ疑問が解消した。
前に、オレは因幡さんに付いていた呪力の残滓、残穢のことが気になって因幡さんに話しかけたことがある。
そこで、その残穢を付けたのは因幡さん本人ではなく、因幡さんの友達である可能性が高いと推測した。
そしてアカギと出会って少ししてから、件の残穢がアカギにも付いていたことに気が付いたのだが、それで因幡さんの友達と契約したのはアカギなのでは?と仮説を立てた。
しかし、姫松から離れた場所にいるアカギがどうして因幡さんの友達と契約することになったのかと疑問だったのだが、今ので謎が解けた。
まさか渡り鳥の習性が原因だったとは。
「ともかく、あっちはこの姫松でもう1人の魔女と契約した。じゃが、その魔女の代償が問題だったのじゃ」
「問題のある代償?まさか、それって・・・」
「・・・言っておくが、邪悪な願いなどではないぞ。千穂子の願いをコケにするようならあっちはお前を絶対に許さん」
「ごめん。そんなつもりはないよ」
「・・・ふん」
代償は、願いの内容と魔女本人の資質で決まる。
問題のある代償と言えば、まず連想するのは先生が狩ってきたような邪悪な願いを望んだ魔女だ。
人間の心を壊して大量の心の欠片を得ようと画策したアルプにそそのかされた結果契約してしまった例もあるようだが、いずれにせよ自業自得。
アカギの言う代償もそれと同じなのかと思ったが、アカギからオレを射殺さんばかりの視線が飛んできて、オレは即座に謝った。
(因幡さんに付いていた残穢・・・あれが、邪悪な願いのハズないもんな)
因幡さんに付いていたのを残穢と呼んだが、それは一番よく似ているからであって、正確にはマイナスの感情から生まれる呪力ではなく、魔法の残滓と呼ぶべきものだった。
そして、その残滓からはオレに向けられたモノではないのに、残滓を付けた人間が因幡さんに向ける強いプラスの感情を感じ取ることができた。
あれだけのプラスの感情を残せるなど、並大抵の願いではないハズだ。
それを邪悪な願い扱いされたら、一生許さないと言われても仕方がない。
オレは、頭を下げながらアカギの続きを待った。
「千穂子・・・ああ、その魔女の名前だがな。千穂子の願いは、『親友の病気を治してほしい』というモノだった。そしてその代償は『記憶の喪失』じゃ。それも、願いが叶っても記憶は戻らん。両親のことも、あっちのことも、願いのことも、そして助けたいと思った友のことも、千穂子は覚えておらん」
「なっ!?」
オレは思わず声を上げた。
「それは代償が重すぎるだろ!?明らかに釣り合って・・・いや、それぐらい重い病気だったのか?」
「あっちにも詳しいことはわからん。あっちは医者ではないからの。じゃが、お前の思う通りだったのじゃろうよ。人間1人分の命と記憶・・・それが交換条件だったのじゃからな」
「そんな・・・いやでも」
オレが見る限り因幡さんには健康上何の問題もなさそうだった。
だが、魔法をかけられたのは因幡さん。
その健康が、命が魔法によって得られたモノだったのならば。
(助けたい相手のことも含めた自身の記憶を失う代わりに、誰かの命を助ける・・・縛りとしては成立する、いや、むしろ代償が軽いくらいか?)
呪術師としての性か。
オレは願いと代償を縛りに見立てて考えて・・・それが十分成立すると判断した。
・・・こんな衝撃的なことを聞いているときに頭の片隅でそんなことを考えている自分に少し自己嫌悪したが。
「千穂子の願いと代償について話せることは、これで全部じゃ」
「・・・そうか。なあ、今その千穂子さんって魔女はどこでどうしてるんだ?」
「千穂子はもともと姫松に住んでおったが、遠くに引っ越した。夜逃げ同然にな。千穂子の親鳥からすれば、そうするしかなかったのじゃろう。あっちは人間の常識にはまだ疎いが、記憶がなくなった者がそれまでいた場所に馴染めないことくらいはわかる」
「それは、そうだろうな・・・」
その千穂子さんがどんなペースで記憶を失っていったのかはわからない。
だが、去年椎葉さんと契約した後に見つけた魔女で、今年の四月には因幡さんが入学できたことを考えると、相当なハイペースだったのだろう。
記憶が失われるのも、命を救うほどの願いに足る心の欠片を集め終わるのも。
それだけ、千穂子という魔女は全力だったに違いない。
しかし、願いが叶っても記憶を失ってしまったとなれば、自分のことを覚えている知らない他人に囲まれるよりはまったく新しい場所でスタートを切る方がマシだと彼女の親が判断したのも頷ける。
そして、この話を椎葉さんに話すなとアカギが言った理由もわかった。
こんな重い話を心優しい椎葉さんにしてもいいことは何もない。
(だから、因幡さんの傍に魔法をかけた魔女がいなかったのか)
ずっと疑問に思っていた。
あれだけ強く因幡さんを想っていたであろう親友が、どうして今は因幡さんの傍にいないのか。
--めぐるは、人気者にならなきゃいけないんです
(因幡さん、高校デビューした理由を話したがらなかったな。どうして人気者になりたいと思ったのかも。今の話を聞いても全部がわかったワケじゃないけど、このことが関係ないハズない)
てっきり喧嘩別れでもしたのかと思ったのだが、アカギの話を聞くに事態はもっと深刻かもしれない。
少なくとも、オレと同じように人付き合いの苦手な因幡さんが、必死になって自分を変えて高校デビューしなければと決意するような何か。
オレが同じことをやれと言われても、『無理だ』としか思えないというのに。
「あっちが、紬に近づいてきたお前に気付くのが遅れたのも、千穂子の行方を捜していたからじゃ。あっちには何もできないと分かってはいたが、放っておけなかった。友のために体を張って、記憶を失ってでも願いを叶えたというのに、その友と会っても報われない・・・あっちには、それが許せなかったのじゃ」
「アカギ・・・」
アカギから感じるのは、炎のような強い怒り。
今のアカギは、怒っている。
千穂子という魔女に降りかかった理不尽に対して。
人間に対してドライに思えるアカギがそこまで義憤を燃やすのは意外・・・でもない。
そういえば、このアルプは椎葉さんとの契約を見ても案外と義理堅いヤツだった。
そして、アカギは『じゃが』と口火を切った。
「じゃが、小僧。お前ならばどうじゃ?お前なら、取り戻せるのではないか?お前の反転術式ならば、千穂子の記憶を・・・呪いを解けるのではないか?」
「・・・・・」
アカギが、真剣に、縋りつくかのような視線を向けてくる。
オレの術式に伝わってくるのは、複雑な感情の流れだった。
熱意、期待、不安。
プラスもマイナスも入り混じった感情がオレに向けられる。
(因幡さんの友達だった魔女の記憶か・・・)
アカギが知る由もないだろうが、今の会話でオレが疑問に思っていた因幡さんの周りの真実が大部分明らかになった。
オレにとって、因幡さんは大事な後輩だ。
最初は残穢があるから気になっていただけだったが、ぼっち気質でオレとよく似ていたところ、ゲームがうまくて、憎まれ口も叩くが根は優しく寂しがりなところもあって放っておけなかった。
その因幡さんにとって、ひょっとしたら人生を大きく変えた友達が苦しんでいるという。
それも、因幡さんの命を救うためにその身を犠牲にすることで。
因幡さんからは、友達ができた今でもいまだに焦燥感を感じることがあるが、それはそのことが関わっている可能性が高いだろう。
その千穂子という魔女を救うことができれば、因幡さんもまた救われるに違いない。
それを、オレは感覚的に理解できていた。
そして、その上で。
「・・・ごめん。無理だと思う。反転術式は、そんなに万能なモノじゃないんだ」
オレは、アカギからの期待をへし折ることしかできなかった。
「反転術式は、治す対象の魂が記憶してる形に治す術だ。その子の記憶が失われたのがどういう仕組みなのかわからないけど、少なくとももう魔女じゃなくなっているのなら異能のチカラはもう関わってない。なら失われた記憶を治すことは反転術式じゃ無理だと思う。それも、自分じゃなくて他人に使うならなおさら」
反転術式はとても便利な術だ。
習得難易度は高く、オレも特定条件下でしか使えないが、欠損や失血にも対応でき、『死んでさえいなければ』大抵の怪我は治すことができる。
これは、術者の魂が『自分の体はこうだ!!』と記憶している形を設計図、あるいは鋳型として修復する仕組みだから、元になる魂の記憶さえ無事ならばどんな怪我でも治せるということらしい。
毒物の解毒や病気の治療は難しいが、これは毒物が自分の魂にないモノであり、身体を治したところで入ってきた毒物が消えるワケではないから。
そして、大抵の怪我が治せるのは、あくまで『自分の魂が覚えてるから』であり、他人に使う場合は『他人の魂が覚えている形』に対応させなければならず、対象の持つ異なる呪力の反発もあって難易度が跳ね上がる。
故に、『魂が記憶しているか怪しい失われた記憶の回復』、それも『自分ではないこれまで会ったこともない他人』が相手ともなれば、反転術式で対応できる範囲を逸脱している。
さらに言うなら、反転術式は呪力によって構成された呪霊や術式によって生み出された呪いを打ち消すことはできるが、消すべき呪いがあるかと言われればおそらくはない。
アカギの話を聞くに千穂子さんは願いを叶えてもう魔女ではなくなっており、今もなお記憶を消し続けている異能のチカラは存在しないだろうからだ。
反転術式で打ち消す対象がないのなら、打ち消すことそのものができない。
「っ!!なら!!ほかにはないのか!?反転術式以外の何かが!!お前はあのアルプ殺しの弟子で、凄まじい才能のある呪術師なのだろう!?他の手はないのか!?」
オレの返答を聞いたアカギの眼から一瞬光が消え、絶望したように黒く染まる。
だが、それは一瞬のことだった。
すぐに諦めきれないと言うように、必死の形相でオレに掴みかかってくる。
見た目からは信じられないほど強い力が掴まれたオレの肩にかかるが、それ以上にアカギから放たれる感情の強さが凄まじく、全身に圧力がかかっているかのようだった。
だが、オレにはそれすらどうでもよかった。
「他の、手・・・」
反転術式はダメだ。
ならば、他に千穂子という哀れな女の子を救う手段はないのか?
(・・・あると言えば、ある・・・かもしれない)
答えは、『断言はできないが、あるかないかで言えば、ある』。
だが、それは・・・
--これは、驚いたな・・・柊史が魔法という形でチカラを引き継いでいたからか?まさしく、魔法じゃないか。
--は、はは・・このチカラがあれば、オレにできないことなんてない!!
--俺はオマエが●を憎み、恐れた腹から生まれた××だよ
(理論上は、できないことはない。アレなら、失われた記憶でも、どうにかできるかもしれない。でも、それには)
そのとき、オレの脳裏に蘇るモノがあった。
--手足がねじ曲がった、不格好な肉の塊
--あいつはどんな顔をしてたっけ?どんな形をしていたっけ?
--思い出せ、思い出せ!!
--戻さなきゃ!!早くもとに戻さなきゃ!!
--意味があるのか?『これ』を戻したところで、それは元のあいつなのか?
「う゛っ!?」
「っ!?こ、小僧っ!?」
腹の底がねじれたような吐き気が沸き上がり、オレはとっさにアカギを突き飛ばしていた。
そして。
「うっ、おぇぇえええええっ!!!!」
「小僧っ!?大丈夫かっ!?おい、小僧!!」
オレは、その場で胃の中身を吐き出してしまうのだった。
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おまけ
保科柊史の術式反転である■■■■の縛り(今後追記する可能性あり)
① 保科柊史は■■の際は単独で挑まなければならない。
② 保科柊史は必ず一回は■■■■によって■■した呪霊の術式を■■なければならない。
③ 一度始めた■■は双方の合意がなければ中断できない。
④ 保科柊史は、■■■■によって■■した呪霊を自身の定めた縛りに従った上で領域展開によって■■したとき、その呪霊を■■するか術式を永続的に■■するか選ぶことができる。
ちなみに、保科君の手持ち最強の呪霊は他作品ネタです。
出すかどうか決めてませんが、出せば周辺一帯がひどいことになります。
呪術廻戦で言うなら、領域展開が使えるうえに奥義と言うべき極の番みたいな技まで使えて、さらに残機無限で再生・復活できるチートです・・・これだけなら漏瑚とあんま変わらんな。
そろそろ因幡さん周りのストーリーを進めなくては。
モチベアップのために感想、評価、推薦とかお待ちしております。
↓のX読了報告もお待ちしております。
pixiv版もブクマよろしくです。
この作品をご存じでしょうか?①ダークギャザリング、②死印、③東方Project
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すべて知っている
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①と②を知ってる
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①と③を知ってる
-
②と③を知ってる
-
①だけ知ってる
-
②だけ知ってる
-
③だけ知ってる
-
すべて知らない