女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話   作:二本角

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遅くなりまして申し訳ございません。
最近、仕事もプライベートも中々忙しく休まる暇が欲しいです・・・


心の病

 オレは天才なんだという。

 

『いやはや、驚きだよ。術式反転、極の番、そして領域展開。呪術における高等技能を私が覚えたときの半分以下の年齢で習得するとは』

 

 先生は言う。

 先生の元居た場所ならば『次の特級術師』はオレだと。

 

『今でこそ私もそれらの奥義を使えるが、正直、昔の私だったら嫉妬していただろうね』

「ぜぇぜぇ・・・お、オレを地面に押し倒して涼しい顔をされながら言われても説得力ないですよ!!」

『おや、そうかい?まあ、私にもキミの師としてのプライドがある。そうそう負けてやれないさ』

「オレとしては、先生に勝てる気なんて全然しないんですが・・・呪力量で勝ってたのに体術で負けるなんて・・・」

『ふふ、体術は私の趣味だからね。鍛えた年季が違うさ。それに、領域展開の押し合いでお互いに領域を打ち消した後は術式が焼き切れてしまう。それを知っていたから、体術には特に力を入れていたんだよ。柊史はこれまで呪術を伸ばす方向に集中していたが、これからはこっち方面も鍛えていこうか』

「お、お手柔らかにお願いします・・・」

 

 先生との模擬戦闘において、オレと先生はお互いに領域展開を行ったのだが、領域の押し合いという現象によってちょうど均衡した領域は打ち消しあった。

 領域展開の直後は一時的に術式が焼き切れて使えなくなってしまうのだが、通常の呪力操作は問題なくできる。ならば領域の押し合いの前に先生から呪力を喰っていたオレの方が圧倒的に有利・・・のハズが、呪力砲が意味をなさない至近距離の殴り合いに引き込まれ、体術の技量差であえなく倒されてしまったのである。

 領域展開を習得し、さらには先生が蠅頭を変換して撃ってきたエネルギー弾を払ったときに黒い火花が散ったときには『今回こそ勝てる!!』と確信したオレにとって、この結果はショックであった。

 

『しかし、キミの術式なら理解できているだろうが、私の言葉は本心だよ。間違いなく柊史は天才だ。私の元居た場所でなら、世界を見渡しても屈指の実力を持っていると言える』

「・・・それは、先生が嘘をついてないのはわかりますけど」

 

 『ほら』と、わざと呪力の制御を粗くした先生に、回復した術式を使ってみれば、確かに先生の言葉は本心だったとわかる。

 

『今は、経験と単純な肉体のスペックで私が上回っているが、これからはどうなるかわからない。キミはまだまだ若いからね。ふふ、私も気を抜けないな』

「嬉しそうですね、先生」

 

 確かに、オレは今地べたを這いずっている。

 しかし、先生がオレに向ける言葉には非常に色濃い『期待』が籠っていた。

 そのプラスの感情が、負けた悔しさを『次は勝つ!!』という向上心へと変えていく。

 

『ああ。なにせ、柊史はここでの唯一の同類だからね。もちろん、たとえキミに戦う才能がなかったとしても大事な呪術師(なかま)であることに変わりはないが、張り合いがあるに越したことはない。私がこれまで培ってきた呪術や体術を錆びつかせず全力で振るえる相手がいるというのは、とても嬉しいことさ・・・まあ、あまりにぶっ飛んだ才能だったらそれはそれで困ったかもしれないが、言い方は悪いけど柊史の才能は私と互角くらいでちょうどいいんだよ』

 

 オレに向ける期待や喜びの感情は、先生が言葉を紡ぐたびに大きくなっていき、それに感化されたように、オレも嬉しくなってくる。

 ・・・なぜか、最後の方で誰かを思い出すように遠い目をしていたけど。

 

『さて、今日はこの辺にしておこうか。別荘に戻ろう。また明日も激戦になりそうだからね』

「次こそは勝ちますよ!!今日は惜しかったし。領域展開をする前にもう少し呪力を奪っておけば・・・」

『おや、それは怖いな。では、私も護衛に出す呪霊を増やすとしよう。お互いの呪霊を祓えない縛りは有効だからね』

「そ、それはズルいですよ先生!!」

 

 

----

 

 

 オレが呪術師となったとき、オレには心の穴が空いていた。

 だが先生はオレの術式からその穴に気が付き、穴を埋めるべく東奔西走してくれた。

 アルプから心の穴についての情報を詳しく聞き出し、心の欠片を買い取ってきたことさえあった。

 オレが反転術式を行ってる相手から呪力を喰ったとき、大量のプラスの感情を得られるとわかってからは、暇があれば反転術式を回してくれるようになった。

 

 

--これは・・・まさか、こんなに早く黒閃を出せるとは。柊史、キミは一体・・・

 

 

--素晴らしい!!私の知る呪術師の中でも、キミの才能は飛びぬけてる!!

 

 

--ふむ。私が反転術式を回しているときに『心喰』もしくは『心奪』を使うと大幅にプラスの感情を得られるのか

 

 

--よし!!いくらでも持っていくといい。柊史。キミは私の唯一の同類なんだ。このくらいなんでもないさ

 

 

--キミは特別な呪術師(にんげん)だ。周りの猿ども(うぞうむぞう)とは違う

 

 

 最初は暴走してオレの命を奪いかねない術式を制御するための訓練だった。

 しかし、オレがたまたま黒閃を決めたとき、すなわち呪力の核心に至るきっかけを得て、才能が開花したときから。

 その戦いは、オレの自信を育てることに繋がった。

 他人にはない特別なチカラ。

 日に日に強くなっていくことがわかる嬉しさ。

 尊敬する先生から本心で誉められたときの誇らしさ。

 それらが積み重なることで・・・

 

『ふむ・・・穴が完全に塞がったというワケではない。だが、広がることもなくなったということかな。いや、本格的に術式の一部となったのか?』

 

 いつしか、オレの心の穴は変化を遂げていた。

 それはもう人を廃人にしかねないモノではなく、開いた口あるいは空っぽの胃袋が見方を変えれば『穴』であるように、オレの一部となったのだ。

 そのことに、オレはいつの間にか自覚を持っていた。

 

 

--この『穴』は、もうオレが支配した。もうオレを傷つけることはできない

 

 

 オレが追い詰められていた証とも言える、心の穴。

 それすら、オレは隷属させることができた。

 

 

--心の穴が空いているということは、心が弱いヤツの証拠だ

 

 

--オレはその穴を克服した

 

 

--オレはもう、昔のオレじゃない

 

 

 そして、それはさらにオレの自信を高めることとなった。

 同時に、オレは父さんを除く周りの人間たちが鬱陶しくなっていた。

 

 

--毎日毎日ゲロみたいな味の感情をばらまいて・・・

 

 

--オレがどれだけ我慢してやってると思ってるんだ?

 

 

--オレがその気になれば、すぐに死ぬくらい弱いくせに

 

 

 オレは強い。

 オレがその気になれば、軍隊相手でも余裕で勝てるくらいに。

 そんなオレに、何も知らない連中がゴミみたいな感情を毎日毎日飽きることなく投げつけてくる。

 周りの人間が生きているのは、オレが我慢を『してやってる』からだというのに。

 

 

(まあ、オレが人を殺したら父さんが悲しむか)

 

 

 オレがどれだけ強くなっても、父さんは昔のままだった。

 オレが悪いことをしようとしたら、本気で叱ってくる。

 けどそれは、オレを想ってのことだと術式でわかっていた。

 良識、道徳心、人を思いやる心。

 先生がオレに呪術を教えてくれたように、オレに人として大事なことを教えてくれたのは父さんだ。

 かつて、知らなかったとはいえ圧倒的格上の先生相手に、オレを守るために喰ってかかったときのことをオレは忘れない。

 先生は尊敬すべき大人だが、父さんもまた同じくらい凄い人なのだ。

 そんな父さんを悲しませるようなことはしたくなかった。

 だから、オレは周りの人間を疎ましく思いながらも、一般人のフリをして大人しく過ごしていた。

 

 

--保科って、ノリ悪いよな

 

 

--冷笑系ってヤツ?アイツ絶対、俺たちのこと見下してるだろ

 

 

--おい知ってるか?保科のヤツ、片親らしいぜ?親父しかいないんだとさ

 

 

--ああ、育った環境が悪いから、アイツ性格悪いのか

 

 

--いやいや、遺伝だろ。生まれつきなんじゃねーの?

 

 

 そう。

 

 

--アイツの親父も、ろくなヤツじゃないんだろうな

 

 

 その大事な父さんをバカにされるまでは。

 

 

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「悪い、アカギ。汚いものを見せた・・・」

「ふん。まったくじゃ」

 

 アカギの前で胃の中身を吐き出してしまってからしばらく。

 相馬さんのところではコーヒーしか飲んでいなかったおかげか、固形分がなかったので掃除はすぐに済んだ。

 今は、部屋の臭いが気になるのでオレの自室からリビングに場所を移している。

 

「ところで小僧。お前、何かの病気なのか?」

「・・・心配してくれてるのか?」

 

 アカギが何でもないことのように質問してきたが、オレの術式には心配の感情が滲んでいるのがはっきりわかった。

 

「か、勘違いするな!!お前はあっちや紬ともよく会っているだろうが!!お前が妙な病気持ちであっちたちに移ったらどうしてくれるという話じゃ!!」

 

 慌てて否定するアカギだが、さきほどまでは『お、おい小僧!?大丈夫か!?病気か!?つ、紬!つむぎー!!』と、かなり取り乱していた。

 まあ、せっかく心配してくれるのだ。

 そこをわざわざ突く必要はないだろう。

 

「安心しろ、って言っていいかわからないけど、さっきのは体の病気じゃないし、移るものでもないよ。さっきのは、あ~、いわゆる『心の病』ってヤツだ」

「心の病?それは、お前の心の穴に関係があるのか?」

「・・・どうだろうな。オレの心の穴はずっと前から空いてたけど、あれでまた飢餓感が激しくなったような気はする」

 

 オレがさっき吐いてしまったのは、過去のある一件を思い出してしまったからだ。

 アカギが不安に思っているような身体の病気ではない。

 

「一体何があったら、その心の病にかかるのじゃ?」

「悪い。それは、それだけは言えない」

 

 『あのとき』のことは、誰にも話していない。

 父さんはもちろん、先生にすら。

 そして、『被害者』であっても、もはや何があったか覚えているのはオレしかいない。

 

(オレと椎葉さんの関係は一時的なモノだ。縛りが満了になれば、もう会う理由もなくなる。けど、このことを知られてしまうのは・・・イヤだ)

 

 オレは最終的に椎葉さんから離れることになる。

 だが、このことを知られれば、即座に関係を打ち切られるだろう。

 どうせ別れるにしても、そんな終わり方になるのはイヤだった。

 そう思うのはとてつもなく虫のいい話ではあるが。

 

「おい小僧。それであっちが納得すると・・・」

「その代わり、別の質問に答えるよ。千穂子さんのことをなんとかできるかもしれない方法はある」

 

 その思惑はわからないが、アカギはここに来てから常に真剣だった。

 気に喰わないであろうオレに頼ったときも、喰ってかかったときも、心配してくれたときも。

 だから、オレもアカギが知りたがっていたことについて、誠意をもって応えることに決めた。

 

「っ!?ほ、本当か!?」

「ああ。だけど、あくまで『かもしれない』方法だ。むしろ、失敗する確率の方が高い。そして、もしも失敗すれば・・・」

「失敗、したらどうなるのじゃ?」

「詳しくは言えない。けど、死んだ方がマシだと思うようなことになる。これが本当のことだって、縛りを結んでもいい」

 

 オレに、千穂子さんを救えるかもしれない方法があるのは確か。

 だがそれはあくまで可能性の話。

 失敗する確率の方が高く、そして失敗すれば確実に目も当てられない大惨事になる。

 

「・・・・・」

 

 そこまで聞いたアカギは、いったん押し黙った。

 そして、何事かを考え始める。

 オレの術式に、不安と疑念、そしてわずかに心配と期待の感情が伝わってきた。

 

「小僧。その方法とやらが失敗する原因は、なんじゃ?」

 

 ややあって、アカギは静かにそう聞いてきた。

 

「いくつかある。まず単純に、扱いが難しい。オレがあまり使ってないのもそうだけど、そもそもものすごい繊細な方法なんだ」

「・・・他の理由はどうじゃ?」

「オレの経験不足。その方法を、人間に使ったらどうなるかって経験がほとんどない。まあ、それでも失敗したらとんでもないことになるくらいはわかる。あと、なによりも・・・」

 

 オレがアカギに教えた方法を使えない大きな理由は三つ。

 一つは、そもそも扱いが難しいこと。

 二つは、それを扱う経験と知識が乏しいこと。

 そして三つ目。

 

「オレがその方法をまともに使える状態じゃないってこと。さっき、吐いたの見ただろ?もしオレがその方法を使おうとしたら、絶対にああなる」

 

 それは、オレがその方法を使える精神状態ではないということだ。

 まず間違いなく、使おうとすればまた嘔吐することになる。

 

「だから、方法はあるかもしれないけど、オレは力になれない。ごめん」

「・・・そうか」

 

 オレの答えを聞いたアカギは、再び押し黙った。

 そして。

 

「小僧。お前の心の病とやらは、どうやったら治る?」

「そんなの、オレが知りたいよ」

 

 アカギが最後に聞いてきた問に、オレは答えることができなかった。

 

 

----

 

 

「ところでアカギ。お前、帰りはどうするんだ?」

「む?」

 

 話したいことを話し終わり、気まずい沈黙をかき回すようにオレは聞いた。

 なんだかんだもう夜である。

 いくらアカギが鳥のアルプとはいえ、今から椎葉さんのいる街まで戻るのはかなり骨が折れるだろう。

 

「あっちには、まだ姫松でやることがある。今日は適当な寝床を見つけて、明日の昼に帰る」

「そうか・・・よかったら、今日はウチに泊ってくか?」

「小僧、お前・・・何を企んでる?」

 

 野宿でもするつもりなのかと心配したが、アカギはむしろ警戒したような視線を向けてくる。

 別に何も企んでやいないのだが。

 

「別に。ただ、お前の頼みに応えられなかったからな。その詫びだよ。これくらいで埋め合わせになるとは思わないけど」

「・・・まあ、今から寝床を探すのも面倒か。おい小僧。当然、夕飯は出るのだろうな?」

「1人分も2人分もそう変わらないから大丈夫だよ」

「そうか。なら、お前の申し出を受けてやる。ありがたく思うのじゃな」

「はいはい、ありがとうございます」

 

 アカギは少しの間オレを見ていたが、警戒とわずかな心配の感情を放ったのち、オレの提案を呑んだ。

 もしかしたら、さっき吐いたオレのことが心配なのだろうか。

 

「じゃあ、今から料理作るから少し待って・・・」

 

 そうして、オレが夕飯の準備に取り掛かろうとしたときだ。

 

 

--ピリリリリリ・・・

 

 

「む?」

「あ、そうか、相馬さん」

「なに?七緒からだと?」

 

 オレの携帯が突然鳴り出した。

 アカギがやってきたから忘れていたが、そういえば今日の夜に相馬さんが電話で話したいことがあると言っていた。

 まだ店が閉まるには早いと思うのだが、まあ夜に喫茶店が混むイメージはないし、暇ができたのだろう。

 

「もしもし、保科です」

『ああ、保科君かい?夜分にすまないね』

「いえ、約束してましたから大丈夫ですよ」

「・・・・・」

(アカギのヤツ、堂々と盗み聞きする気だな)

 

 電話を取ってみるとやはり相馬さんであった。

 気が付けば、アカギがオレのすぐ近くまで寄ってきて耳を近づけており、オレと相馬さんの会話を聞く気満々のようだ。

 

「あ~、その、相馬さん。その話って誰かに聞かれたらマズいでしょうか?今、堂々と盗み聞きしようとしてるのがいまして」

『盗み聞き?この時間に、父君以外で誰か近くにいるのかい?』

「まあ、はい。実はアカギが来てまして」

『アカギが?・・・すまないが、少し替わって、いや、スピーカーにしてくれるかい?アイツは素直に私の話を聞くようなヤツじゃない』

「え、ええ。構いません・・・おいアカギ。相馬さんが話があるってさ」

「ふん。どうせお得意の説教じゃろ。そんなことよりさっさと七緒と話したいことを話したらどうじゃ?」

『その前に聞かせろ。どうしてお前が保科君の家にいる?』

 

 盗み聞きされていい内容なのか確認をとってみたが、アカギの存在が気になるらしく、オレは素直にスピーカーをオンにした。

 オレに話すときとは違い、剣呑な相馬さんの声が響く。

 

「はっ!!どうしてあっちが馬鹿正直にお前に教えてやらねばならん」

『アカギ、お前・・・』

「ちょ、ちょっと待った、相馬さん。アカギは別に変な目的で来たワケじゃないですよ。それはオレが保証します」

『何?それは本当かい、保科君?』

「はい。アカギはオレに聞きたいことがあって来たんです。ただ、あまり他の人に話せる内容じゃなくて・・・それで、オレの家まで追いかけてきたそうで」

『その内容は、私にも話せないことかい?』

 

 刺々しい相馬さんと煽るアカギではまともな話し合いにならないと思い、オレは即座に割って入った。

 アカギがここに来た理由はオレが語った通りであり、至って真面目かつ重大なことだったのは確か。

 おいそれと他人に話せないことでもある。

 オレがアカギを見ると、アカギは勝ち誇った笑みを浮かべながら答えた。

 

「話せるワケがないじゃろう。なあ小僧?」

「あ~、すみません、相馬さん。ちょっと話せないです。でも、とても重要なことで、アカギがふざけて来たんじゃないのは本当です」

『む・・・そうか。保科君がそう言うのなら』

「ふふん!!どうやら小僧はあっちの味方のようじゃの?七緒?」

『・・・・・』

「おいアカギ!!あんまり煽るなって!!」

 

 頼みを聞けなかった負い目もあって、アカギを庇ってしまう形になったが、それで相馬さんがやり込められてしまったのがアカギとしてはたまらなく愉快なことであるようだ。

 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、嫌みたっぷりに相馬さんを挑発している。

 ・・・相馬さんが無言なのが怖い。

 電話越しだとオレの術式も効果がないため相馬さんの感情は読み取れないが、オレはそのことに感謝した。

 

「あ、アカギがすみません、相馬さん。すぐアカギから離れるので・・・」

『いや、このままでいい。私の話を聞いたところで、アカギには関係ないし、何もできやしないさ』

「む!!」

「そ、そうですか・・・わかりました」

(これは相馬さん、だいぶ怒ってるな)

 

 普段冷静に見える相馬さんだが、今は確実に怒っているのだろう。

 わざわざこんな時間に電話で話すようなことなのだから、聞く相手は少ない方がいいハズ。

 それなのにアカギにも聞こえるようにするのは、『お前には何もできない』というさきほどのアカギの態度への意趣返しなのかもしれない。

 

『それでは本題に入るが・・・保科君。今日ウチに来た仮屋さんのことなんだが、キミが呪術師だということを打ち明けてはどうだろう?』

「え!?」

 

 相馬さんの発言は衝撃的だった。

 しかし、一体なぜそんなことを言うのか。

 

「その、相馬さん。なんで・・・」

『ああ、保科君が驚くのは当然だ。もちろん理由は説明するさ・・・実を言うと、仮屋さんはキミが不思議なチカラを持っていることに気が付いていたんだよ』

「ええっ!?」

 

 さきほどの台詞もショックだったが、今のはそれ以上だ。

 

「ほ、本当ですか!?」

『こんなことで嘘はつかないさ。まあ、これは私が仮屋さんにカマをかけてわかったことなんだが、前に保科君が夜中に店に来て仮屋さんのことを相談したことがあっただろう?あのときから、私は仮屋さんがキミのことに気が付いてるんじゃないかと思っていた。仮屋さんの態度は、普通の友人関係と言うには熱意が違うようだったからね』

「そ、そうだったんですか・・・一体いつから」

『私が聞いたところによると、小学校のころから違和感はあったらしいよ。妙に勘が鋭いってね。確信に変わったのは、保科君が寧々の代償を肩代わりし始めてからだそうだ。ついでに言うと、そのときに寧々も同じようなチカラを持っているんじゃないかと推測していた。さすがに、呪術師や魔女のことは知らないようだったけど』

「・・・言われてみれば、あのころのオレは明らかにおかしかっただろうから納得ですけど・・・綾地さんのことまで気づいてたのか。探偵になれるんじゃないか?」

『まったくだよ。シュヴァルツ・カッツェに来てくれたのはありがたいが、興信所のバイトでもあれば天職だったかもしれないね』

 

 言われてみれば、思い当たるフシはある。

 綾地さんの代償を肩代わりし始めた頃のオレは突然奇行に走るヤバいヤツという扱いを受けていた。

 しかも、そんなことをする理由も話せない。

 クラス替えで初対面の相手なら『アイツはああいう変わったヤツなんだ』と思われるだけだろうが、去年から同じクラスだった仮屋や海道はとても心配そうな顔をしていたものだ。

 海道と違って小学校の時から違和感を持っていたという仮屋なら、気づいてもおかしくないのかもしれない。

 

『仮屋さんが保科君のバイトに興味を持っていたのは、それが不思議なチカラに関わるモノだと思っていたからだ・・・そして、ここで私にはある懸念がある』

「懸念、ですか?」

『ああ。もしも、仮屋さんがこのまま保科君のことを嗅ぎまわり続けた場合さ。そのことが夏油氏に知られたら、どうなる?とね』

「あ~・・・悪い予感しかしないですね」

『だろう?』

 

 先生は、とても優しい人だ。

 ただし、オレが知る限りその優しさを向けているのはオレだけ。

 他の人には表面上笑顔でも、かなりぞんざいな態度を取っている。

 そんな先生に、コソコソとオレたちの仕事のことを探ろうとしているヤツの存在がバレれば・・・

 

『そこでだ。いっそ保科君から情報を解禁して、仮屋さんの好奇心を満たすか、事情を説明して説得する方がむしろ安全なんじゃないかと思ったんだよ・・・というか、保科君には申し訳ないが、さわり程度には色々と話させてもらっている。少なくとも、魔女やアルプのことは詳しくね』

「それは・・・いえ、それはしょうがないと思いますよ。相馬さんの懸念はもっともですから」

『そう言ってくれると私も気が楽だよ。ありがとう保科君』

「いえ・・・」

 

 中途半端に嗅ぎまわられるくらいなら、こちらから知りたいことを教えて深入りさせないようにする。

 確かに合理的だ。

 しかし・・・

 

「でも、大丈夫でしょうか?オレのことを話して、その・・・」

『他の人に言いふらされないかということかい?心配はないだろう。一般人に呪術師や魔女の話をしたところで、妄想癖があると思われるだけさ・・・それとも保科君。キミが気にしているのは』

 

 

--仮屋さんが、キミから離れて行ってしまうことかい?

 

 

 そこで、相馬さんはオレが一番不安に思っていることを形にしてみせた。

 

「そ、それは・・・」

『大丈夫さ。仮屋さんは保科君が呪術師だからと言って離れていくような子じゃないよ。これでも喫茶店のマスターだからね。人を見る目には少し自信がある。というよりそこは、むしろキミが一番わかっていることだろう?』

「・・・はい」

 

 そうだ。

 相馬さんの話では、仮屋はずっとオレのことに感づいていたのだという。

 だというのに、この術式を持ちながら今まで仮屋と友達でいられたのだ。

 仮屋がオレのことを知ったからといって、手のひらを返したようにオレを怖がるようなことにはならないのは、オレの術式が証明してくれている。

 というよりも、だ。

 

 

--とにかく色々アタシも頑張るから、しっかり受け取ってよね!!

 

 

(あれがどういう意味だったのかはよく分からないけど、オレへの強いプラスの感情は伝わってきた。あのときの仮屋が、相馬さんからいろいろ話を聞いた後だっていうのなら)

 

 今日のシュヴァルツ・カッツェからの帰り道。

 分かれ道の入る前に、仮屋がオレに向けて残した言葉。

 その真意はわからないが、あのときの仮屋にはオレへのマイナスの感情など一欠片もなかった。

 あのときが、相馬さんに事情を聞いた後だったというのなら、オレが異能のチカラを使う存在だと知っていてもなお、あれだけのプラスの感情を向けてくれたということ。

 ならば、心配することなど何もない。

 

「わかりました。明日、仮屋にオレのことを話してみます」

『ああ。そうしてあげてほしい。これはきっと、巡り巡って保科君のためにもなるハズだ。あの子は、とてもキミのことを心配していたから』

「え?仮屋が、オレを・・・?う~ん、普段そんなことはなかったけどな。いや、そういえば仮屋って妙に感情を向けてくるのがうまいというか、絶妙にオレの術式で感じ取れないことが多かったな」

『ふふ、その辺りに私が口出しするのは野暮だな。まあ、そこは明日仮屋さんや寧々と話し合ってくれ。仮屋さんが寧々のことも気にしていたのは教えてあるから』

「はい。そうします」

 

 明日、仮屋にオレのことを話すとしよう。

 魔女の事情についても話したらしいから、綾地さんも交えて。

 オレがそう応えると、相馬さんは安心したように小さく笑った。

 

『それじゃあ、私の話はこれでおしまいだ。夜分にすまなかったね・・・ところでアカギ。さっきからずいぶん静かだが、あまり保科君に迷惑をかけるなよ?同じアルプとして私まで恥をかくことになる』

「余計なお世話じゃ!!今のあっちは小僧に客として招かれた身じゃぞ?礼儀を気にするのはむしろ小僧の方じゃろ」

『アカギ、お前なぁ・・・!』

「そ、相馬さん!!大丈夫です!!アカギの言う通り、今日泊るの勧めたのはオレですから」

『保科君、あまりソイツを甘やかしてもいいことはないぞ?・・・はぁ、まあ、何かあったら言ってくれ。昔のようにまた正座させてお説教をくれてやるから』

「はっ!!やれるものならやってみろ!!今のあっちには小僧が付いておる!!お前なんぞひとひねりじゃぞ!!ひとひねり!!」

『・・・・・』

 

 カラスだというのに、今のアカギはまさしく虎の威を借りる狐。

 アカギは割とオレのことを煙たがっていたと思っていたのだが、今はオレを暴力装置にする気満々のようだ。

 そんな調子に乗りまくったアカギに対して、相馬さんは無言。

 電話越しで術式は効果を発揮しないというのに、受話器から冷気が伝わってくるような気がする。

 

「おいアカギ!!お前が相馬さんにお説教されることになってもオレは庇わないからな!!あ、えっと、そ、相馬さん!!今日はありがとうございました!!それじゃあ失礼します!!』

『・・・ああ、失礼するよ。おやすみ、保科君』

 

 これ以上長引かせるのは本格的にマズいと思ったオレは、慌てて電話を切るのだった。

 

 

----

 

 

「仮屋さん、私や保科君のことに気が付いたんですか・・・」

 

 時は少しさかのぼり、七緒が寧々に和奏のことを伝えた後のこと。

 寧々は、携帯電話を見つめながら小さく呟いた。

 さきほどまでの通話で、寧々は七緒から、和奏が自分たちの異能のことに気が付いていたこと、そして中途半端に柊史の周りを探ることで夏油傑の不興を買うことを避けるため、事情を正式に伝えることを聞いている。

 呪術師のことは詳しくは柊史の許可が取れ次第だが、魔女やアルプのことはすでに伝えたとも。

 

「・・・・・」

 

 寧々は聡明で、物分かりがいい。

 故に、七緒がそうした理屈は理解できた。

 しかし、すぐに納得することはできなかった。

 

「やっぱり、ズルいですよ。仮屋さん・・・」

 

 自分は魔女だ。

 呪術師ではないが、柊史と同じように異能の存在を知る側にいる。

 これまでは寧々と柊史がそれぞれ抱える事情によって柊史から仕方なく避けられてきたが、やっと正しい関係を構築できるようになった。

 お互いの秘密を知る分、ただの友人よりもよほど深い関係を。

 だというのに、これまでも柊史の友人としてその近くにいた和奏も、寧々のいる場所と同じ深さに踏み込んでくるのだ。

 自分と柊史の関係の中に、異物(和奏)が入り込んでくること。

 そのことが、どうにも気になって仕方がなかった。

 

 

--魔女じゃないくせに

 

 

--ずっと私や保科君のことを付け回してたんだ

 

 

--ストーカーみたい

 

 

--気持ち悪い

 

 

 寧々は優しい善人だ。

 だが、それでもまだ大人になりきる前の少女でもある。

 その心の深いところ、本人が自覚できない奥深くに、澱は溜まっていく。

 柊史の心喰呪法でも容易に掬い取れないほど深い深層心理。

 それはまるで、黒い種を芽吹かせる苗床のようだった。

 

 

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おまけ

 

 

「あ、そうだ。椎葉さんにアカギが泊ること教えないと。えっと、電話電話っと」

 

 夕食を終え、とりあえずアカギを風呂に行かせているうちに片づけを終えた柊史は、アカギの保護者と言える紬に連絡をしていなかったことに気が付いた。

 心優しい紬ならば、アカギの安否を気にしているハズだ。

 ここは、しっかり自分が保護していることを伝えねばなるまい。

 

「あ、もしもし椎葉さん?夜にごめんね」

『保科君?どうしたの?』

 

 幸い、紬はすぐに通話に出た。

 実のことろ、紬も斥候に行かせたアカギや、今日敵地と思われる場所に行っていた柊史のことを不安に思っており、自分から連絡しようかと思っていたところだったのだ。

 とくに、アカギには十分な交通費を持たせたハズであり、中々帰ってこないことを心配していた。

 

「いや、今日たまたまアカギを見つけてさ。オレに話したいことがあるっていうからウチに上げたんだけど、もう夜も遅いから泊まってもらうことにしたんだ」

『・・・え?』

 

 紬からすれば寝耳に水であった。

 確かに、紬はアカギを姫松に行かせた。

 それは、いざとなったら柊史を助けてもらうためだ。

 柊史の家を突き止めてもらうこともミッションの内であったが、それは極秘任務であり、隠密行動をするようにと厳に言い含めたハズ。

 断じて、柊史の家で一つ屋根の下過ごさせるためではない。

 

「いや~、運が良かったよ。今日、父さんかなり遅くなるって連絡あったからさ。父さんはアルプのことも知ってるけど、夜に小さい女の子が家にいたら驚くだろうし」

『え?親が帰ってくるの遅い?夜に?女の子?』

「・・・椎葉さん?」

 

 柊史は紬の反応を訝しく思ったが、紬には伝わっていない。

 最初に与えられた情報が大きすぎて、今の紬には気になった単語を反復することしかできていなかった。

 様子がおかしいと思った柊史が再度声をかけようとしたときだった。

 

「おい小僧!!出たぞ!!あっちの寝床はどこじゃ?」

「あ、アカギ!!お前風呂から出たらもっとしっかり体拭けよ!!廊下濡れてるだろ!!っていうか、ちゃんと服着ろよ!!」

 

 風呂に入っていたアカギが、浴室から飛び出してきた。

 カラスとしての習性が残っているのか、身体を濡らした後に服を身にまとうことをアカギはしないらしい。

 慌てて柊史は目をつぶった。

 感知に優れた心喰呪法を持ち、厳しい修行に耐えてきた柊史にとって、視界を封じた状態でも行動に支障はない。

 そのため、アカギの一糸まとわぬ姿を見ることはなかった。

 だが、そんなことを通話しているだけの紬が知るハズもない。

 

『お、お風呂、濡れる、服着てない・・・ほ、保科君、今、アカギと何してるの・・・?』

「ん?ごめん、椎葉さん何か言った?今、アカギを風呂に入れてたんだけど、アイツろくに身体を拭かないで出てきて・・・あ!!お前今オレのベッドに飛び込んだだろ!!ベッドがびしょ濡れになるからやめろって!!っていうか風邪ひくぞ!!」

「なんじゃ、うるさいのう。このくらい平気じゃ平気。まったく、少し濡れたくらいで病気になるなんぞ、人間は弱すぎじゃ」

「今のお前は人間の女の子の身体だろうが!!いいから早く身体を拭け!!そして服を着ろ!!」

『べ、ベッド?びしょ濡れ?女の子・・・?ほ、保科君?保科君!?』

「あ~、もう!!ごめん椎葉さん、また連絡するよ!!とにかく、アカギはウチで預かってるから心配しないで大丈夫!!それじゃあ!!」

『あ、保科君!?保科くーんっ!?』

 

 そうして、柊史は小さな暴君と化したアカギを止めるべく、通話を切った。

 紬の手に残されたのは、『ツーツー』と無機質な電子音を奏でるスマホのみ。

 

『・・・・・』

 

 画面が暗転し、紬の顔しか映さなくなったスマホを握ったまま、しばらく紬は茫然としていた。

 そして。

 

 

--ミシっ!!

 

 

 女子とは思えない握力でスマホを軋ませながら、ハイライトの消えた瞳をした紬はユラリと立ち上がる。

 

『もう、アカギったら保科君に迷惑かけて・・・』

 

 スマホを起動し、検索エンジンに何事かを打ち込む紬。

 その手つきに淀みはない。

 

『帰ってきたら、しっかりお話聞かなきゃ、ね?』

 

 『カラス、調理法、味』と検索履歴の残ったスマホを握りしめ、怖いくらいの優しい声音で呟きながら、紬はにこりと微笑むのだった。

 その瞳に闇をたたえながら。

 

 

 




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この作品をご存じでしょうか?①ダークギャザリング、②死印、③東方Project

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