女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話   作:二本角

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呪術師と魔女の縛り

 魔女とアルプの間に結ばれる契約は、一生に一度しか結べない。

 それが、この世界にあるルールだ。

 

「契約?でも、ワタシはもう契約してるから、それはできないよ?」

「うん。アルプとの契約とはね。でも、オレとの契約は別なんだ」

「保科君との契約?ううん、そもそも、保科君は人間だよね?契約を結ぶなんてできるの?」

 

 椎葉さんは顔に疑問符を浮かべているが、それも無理はない。

 オレの術式のことは説明したが、オレは紛れもない人間だ。

 アルプとのルールのこともあって、すぐに信じることはできないに違いない。

 だが、できるのだ。

 人間とアルプの間に結ばれる魔女の契約ではなく、呪術師との間に刻まれる『縛り』ならば。

 

「できるんだ。オレと契約して、椎葉さんの代償を肩代わりさせて欲しいんだよ」

「・・・え?」

 

 オレの申し出に、椎葉さんはきょとんとした顔をするのだった。

 

 

--

 

『ふむ、縛りを結ぶことは可能か・・・キミのその力は、元は魔法だったようだけど、呪術師との縛りはルール外ということかな?そもそも、キミの術式にも縛りはあるのだし、当然と言えば当然か』

「縛り?それに、オレの術式って…?」

 

 オレが夏油さん、いや、夏油先生に力のトレーニングを付けてもらってしばらく経った頃、軽めではあるが戦闘を介した訓練を行う前に、先生はそう言った。

 

「先生、縛りって何ですか?魔女の契約みたいなものですか?」

『うん。性質としては近いかもしれないね。願いを叶える対価として心の欠片を集め、さらにアルプに感情を捧げるための代償を支払う。だからこそ、対価と代償を用意できたときに願いが叶う・・・要は、何かを得るためには別の何かを支払う必要があるってことさ。それが対価か、あるいはペナルティかは別としてね』

 

 オレと先生がさっき結んだという縛りは、主にオレの安全についてだ。

 

・ 夏油傑が保科柊史に戦闘による訓練を行う際には、必ず両者が『訓練開始』と宣言しなければならない。

 

・ 宣言した場合、夏油傑とその支配下にある呪霊は保科柊史の生命を奪う、部位欠損、臓器不全、失明、脳挫傷、全身打撲、重度の火傷による後遺症が残る重傷を負わせそうになる際に行動ができなくなり、呪力の放出を強制的に停止する。

 

・ その代わり、保科柊史は夏油傑の殺害および夏油傑の支配下にある呪霊を完全に祓うことができなくなる。

 

・ 夏油傑が『訓練終わり』と宣言することで、再び『訓練開始』の宣言が行われるまでこの縛りは効力を失う。

 

 要するに『今から訓練を始めるよ』と合図すると、お互いに致命傷になる攻撃ができなくなるものだ。

 試しに先生が強そうな呪霊を喚び出し、合図をしてからオレに向かって大きな火の玉を撃とうとしたら、火の玉を出すことはできても撃つことはできなかった。

 さらに、先生に言われてその火の玉に手を近づけると、オレの手が触れそうになる前に消えた。

 その様子を見て、先生はオレとの間に縛りが結ばれたと確信したと言う。

 

『縛りとは、呪術師が自分自身、あるいは他人と結ぶ契約のこと。行動を制限するような対価を設けたり、罰を設定することで自分のパフォーマンスを上げることができる。例えば、キミの『心喰呪法(しんくいじゅほう)』に『他者の身体的苦痛を肩代わりする』とか『一定時間他者の感情を吸収しないと飢餓感が出てくる』といったペナルティがある代わりに驚異的な量の呪力を吸収、貯蔵、放出ができるようにね。ただし、気をつけなきゃいけないこともあるけど』

「気をつけなきゃいけないこと?」

『ああ。自分自身に縛りを設ける場合は、破っても最悪賭けたモノを失うだけで済む。だが、他人と結ぶ縛りの場合、破れば非常に大きな代償を払うことになるんだ。しかも、その代償が何なのかは、破ってみるまでわからない・・・例えば、もしも柊史が私の呪霊を祓ってしまった場合、即死するとかね』

「即死!?」

 

 突然出てきた物騒な単語に、思わず叫んでしまった。

 そんなオレを、先生はにこやかに笑いながら安心させるように続ける。

 

『ははは、まあ、さっき私と柊史が結んだ縛りは、『お互いの安全』という両者が支払う対価を設定した上で、破ろうとした場合にはそれができなくなるようにしていてリスクは小さいから、そこまで不安に思う必要はないよ。でも、そうだね、ついでに教えておこうか』

 

 そこで、先生は『大事なことを言い忘れた』と、改めてさっきまでの縛りの内容を書いた紙をオレに突き出した。さっきの試しをやる前と同じように。

 

『いいかい柊史。これが私とキミの間に結んだ縛りだ。これに同意するね?・・・と、私は聞いて、キミはそれを了承したね?』

「は、はい」

 

 そう。オレはさっき、先生の言うとおりに書かれている内容を確認し、それに返事をした。

 そのときの先生は、とても真剣な様子だったが・・・

 

『他者と結ぶ縛りは、お互いが『これは縛りだ』と認めた上で結ばなければ意味がないんだ。これは何も呪術に限った話じゃなく、一般的な契約書でも同じことだけどね・・・縛りは、呪術師にとって常識にして強くなるための手段でもある。キミの『心喰呪法』が辛い代償を科すからこそ強力であるようにね。呪術の授業としても、社会勉強としてもよく覚えておくといい』

「わかりました」

 

 オレは事前に魔女が結ぶという契約や、その代償のことも聞いていた。

 魔女の代償は契約するまでどんなものかわからず、モノによっては取り返しがつかないようなこともある。

 軽はずみに契約すれば恐ろしいことになるかもしれないと。

 何より、オレの命にも、術式にも関わることだ。

 縛りに関することはよく覚えておこうと心に決めた。

 

 オレがそんな風に思う一方で、『そういえば、美々子と菜々子にはこのことは教えていなかったような・・・まあ大丈夫か。そこまで頭が空っぽな訳じゃないし』と何やら呟いていたが。

 なお、残念だったことは縛りのことを学んでもオレの術式による負荷を軽くすることはできなかったことだ。

 苦痛の肩代わりを軽くしようとするとその分飢餓感が出るまでの猶予が短くなり、逆に飢餓感を抑えようとすると肩代わりによる苦痛が割増になる。両方を抑えようとすると呪力の吸収量が激的に落ちるのだが、そうするとオレ自身の呪力が何もせずともガリガリ減っていく上に生命力まで削られてしまう。そんなふうに、いくつもの縛りが相補的に作用しており、結局元のままが一番バランスがいいので、デフォルトのままでいるのが現状だ。

 先生曰く、『柊史のチカラは生まれつきのモノだった。それが変質した結果ということは、天与呪縛に近いモノなのかもしれない。後天的な天与呪縛なんて矛盾してるけどね』とのことである。

 そして、これまた先生の受け売りだが、生まれつきになんらかの超人的な恩恵と破滅的な縛りを課す天与呪縛は変えることができないらしい。

 つまりは、オレは一生このままだということを意味する。

 しかし、だ。

 

-----

 

(そんな現状を変えられるかもしれない)

 

 そんな期待を胸に、オレは話を続けた。

 オレが椎葉さんに話を持ちかける一番の理由を。

 

「実は、オレの術式・・・魔法には抜け道があるんだ。椎葉さんがいれば、オレはその方法を使うことができる、と思う。それには、椎葉さんの代償を肩代わりするのが一番効率がいい。どうかな?」

「え?え?え?ちょ、ちょっと待って!!意味がわからないよ!!」

 

 再度提案して見るも、椎葉さんは相変わらず訳がわからないと言った感じだ。

 

「代償を肩代わりしたら、さっきみたいにまた保科君が吐いちゃうだけじゃないの?・・・ワタシに同情してそんなことを言ってもらっても、その、困るよ」

 

 オレを見る眼差しは、まるで責めるような、でも申し訳なく思っているような、少しの怒りと申し訳なさ、後ろめたさがブレンドされた感じだ。

 

「いやいや!!同情とかじゃないよ!!椎葉さんの代償を肩代わりするのは、オレにとってメリットがあることなんだ。まあ、効果があるかどうかは椎葉さん次第なんだけど」

「ワタシ次第?」

 

 どうやら、何か誤解させてしまっているようだ。

 ここは再度、順を追って話すとしよう。

 

「うん、まず、オレの魔法は他人の悪感情を吸って痛みとかを肩代わりしちゃうんだけど、プラスの感情を吸った場合、その痛みを中和できるんだ」

 

 反転術式というものがある。

 呪力というエネルギーはマイナスの感情から生成されるのだが、マイナスとマイナスを掛け合わせることでプラスのエネルギーをつくることができる。

 プラスのエネルギーにはまさしく陽の力があり、マイナスのエネルギーである呪力を中和したり、傷を治すことができたりするのだ。

 このプラスのエネルギーを生成することを反転術式と言うのだが、非常に高度な技術であり、オレには使えない。

 だが、どういうわけか、プラスの感情を吸収したときだけは、その量に応じて反転術式が使えるようになる。

 反転術式が使えれば、肩代わりした苦痛を和らげることは勿論、ゲロを拭いた雑巾を口に突っ込まれたような最低の味も打ち消すことができるし、当然、飢餓感を満たすことだってできる。

 その際、その感情の向きがオレに向けられているほど吸収しやすくなるし、効果も大きくなる。

 さっき、オレが椎葉さんが知らない内に代償を肩代わりしたときに、喜びの感情が伝わってきても吐き気が抑えられなかったのは、距離が少しあったのと、あくまで椎葉さん自身の喜びだったからだ。

 さて、そこでここからが大事なのだが。

 

「そこで、椎葉さんの代償をオレが肩代わりするから、思いっきりしたい格好をして楽しんで欲しいんだ。それで、ちょっとだけでもオレに感謝もしてほしい」

「え~と、それでワタシが喜んで、保科君にお礼を言えば、気持ち悪いのを治せるってこと?」

「そうそう!!椎葉さんは後ろめたく思っちゃうかもしれないけど、むしろ全力で楽しんで欲しい。その方が、オレへのお礼の気持ちも大きくなるでしょ?それがオレのためになるからさ」

「・・・理由はわかったよ。でも、それって何もわざわざワタシの代償を肩代わりしなきゃいけないってことはないんじゃない?プラスの感情を吸えればいいんだよね?」

 

 オレの真意はわかってくれたようだが、やはりまだ少し後ろめたそうだ。

 確かに、椎葉さんの言うとおり、プラスの感情を積極的に吸っていけばいいというのなら椎葉さんである必要はない。中和されるとはいえ、代償を背負う必要だってないだろう。

 だが、そんなことができるのならとっくにやっている。

 

「それが、すごく難しいんだよ。プラスの感情でマイナスを打ち消すのにはたくさんのプラスを吸う必要があるんだけどね。世の中にはプラスよりもマイナスの方が多いんだ」

 

 マイナス×マイナスでプラス。

 マイナス+プラスでゼロ。

 プラスでマイナスを打ち消すには、マイナスの2倍のプラスが必要となる。

 だが悲しいことに、世の中にはプラスよりもマイナスの方が多く溢れているということを、オレはよく知っている。

 プラスの感情を求めてさまよっても、その前にマイナスの感情を吸い過ぎてプラマイ0どころかマイナスになってしまうくらいには。

 プラスの感情を引き出そうとボランティアなどをやってみたこともあるが、オレは一週間持たなかった。

 ただでさえ誰かからたくさんのプラスを引き出すのはとても難しいというのに、オレの魔法が今の術式に変わってから、オレに向いていない正の感情に対して感度が落ちてしまっているのもある。

 大きな恩を売ればできるだろうが、そんなことはそうそうできないし、オレの術式を利用した肩代わりだって、その説明をしたところで精神病院を薦められるのがオチだろう。感謝されるか怖がられるのかのどちらに傾くのかは微妙なところだ。

 だが、だからこそ椎葉さんはこれ以上ないうってつけの人になるのである。

 

「他人の感情を吸えるオレが断言するよ。椎葉さんは、ものすごくいい人だ」

「ふぇっ!?い、いきなり何っ!?」

 

 オレが椎葉さんにこの話を持ちかけた理由。

 オレが椎葉さんを真正面から見つめて心の底から感じたことを言うと、一気に顔が真っ赤になった。

 ・・・オレとしては事実しか言っていないし、まだ途中なのだが、まあいい続けてしまおう。

 

「その上で、魔女だからオレの事情も正直に打ち明けられるし、椎葉さんには悪いけどオレが恩を売れそうな代償も抱えてる。ここまで条件がいい人なんて、この先絶対に出会えないって思うくらいには」

 

 ・・・実は父さんもこの条件には割と当てはまるのだが、男手1人で家庭を支えるために日夜心配になるくらい働いているから時間を取るのが難しいし、オレにできることもこれと言って思いつかないから、オレの方が後ろめたくなってしまう。

 だがその点、椎葉さんには『オレが肩代わりすることによるメリット』がある。そういう意味で、気兼ねなく代償の肩代わりによる恩の押し売りができるのだ。

 そして椎葉さんはいい人だから、オレが売った恩を高値で買い取ってくれる。

 お代は勿論、オレへの感謝だったり着たい服を身につけられる喜びだ。

 

「頼むよ椎葉さん!!オレを助けると思って、代償の肩代わりをさせて欲しい!!」

 

 我ながら卑怯な言い回しだと思いながら、オレは頭を下げる。

 椎葉さんにもメリットがあるが、それ以上に椎葉さんのお人好しな部分につけ込むような頼み方だ。

 こうなれば・・・

 

「わ、わかったよ。そこまで言うのなら・・・うん。こちらこそお願いします、保科君」

 

 そうして、椎葉さんもオレのまねをするようにぺこりと頭を下げてくれたのだった。

 そんな椎葉さんからは、とても美味しい甘口カレーの味がした。

 

 

-----

 

 

「それじゃあ、早速縛りの・・・いや、契約の内容を決めようか」

「契約の内容?保科君がワタシの代償を肩代わりして、ワタシが保科君にプラスの感情を渡すってだけじゃないの?」

 

 ずいぶん遠回りしてしまったが、やっとこれで縛りを決めるところまで来れた。

 先生も言っていたが、縛りとは対価や制約、ペナルティを用意することでパフォーマンスを向上させるための手段でもある。

 オレは先生に教えられているから知っているが、椎葉さんは当然知らないので、改めて説明する。

 

「契約の内容はその通りだよ。でも、これをきちんと整理して、ルールをはっきりさせることで回収できるプラスの感情が増えたりするんだ」

「そうなんだ・・・」

 

 椎葉さんがいい人で、純粋に女の子の格好を楽しむほかにもオレに感謝してくれるのは確かだろう。

 けど、それでもプラスの感情がどれくらい回収できるかは未知数。

 貴重なチャンスを最大限に活かすためにも、効率化はしっかりしておきたい。

 オレは、持っていたメモ帳にサラサラとペンを走らせた。

 

「とりあえず、こんなところかな」

 

 オレは、メモ帳を椎葉さんに向けてかざす。

 そこには、いくつかの契約が箇条書きになっていた。

 

 

① 保科柊史は椎葉紬の魔女の代償を肩代わりする。肩代わりを行う前に、両者で何割を肩代わりするか決めておく(特に決めない場合は0%として、肩代わりが実質行えない)。割合が大きいほど、プラスの感情の吸収率を上げることができる。

 

② 椎葉紬は、保科柊史に代償を肩代わりされた際、保科柊史にお礼の言葉を言う。これは任意で構わない。

 

③ この縛りは、保科柊史と椎葉紬が遭遇し、言葉を交わしてから別れるまで有効とする。

 

④ この縛りは、椎葉紬が魔女の願いを叶えた場合、もしくは両者の合意が得られた場合に満了となる。

 

 

 ①は、この縛りを結ぶ目的そのものだ。

 肩代わりを行う際に、その割合を決めるという手順を挟み、術者であるオレにとって負担が大きいほど見返りも大きくなるようにする。

 

「わぁ・・・なんか、本当に契約書に書いてあることみたい。ねぇ、②にお礼の言葉を言うってあるけど、ワタシが守るのはこれだけでいいの?なんか任意って書いてあるけど」

 

 メモ帳を見た椎葉さんはどこか感心したように文章を確認していたが、引っかかるところがあったようだ。

 だが、そこは問題ない。

 

「うん。そこはそれで大丈夫だよ。こういう契約は破るとヤバいペナルティがあるんだけど、これなら破りようがないから」

 

 ②と③は手順を増やすのとタイミングを限定することによる効果の上昇狙い。一応、椎葉さんへの制限を任意にしてあるから、さほど大きな効果はないだろうけど、これでこの縛りはうっかり破ってしまうことがなくなった。 

 他者との縛りは万が一破ってしまった場合何が起こるかわからない。効率こそ上げたいが、椎葉さんを危険に晒してでも得たいものではない。

 そして④は、この縛りが永遠に続けられるものではないからだ。椎葉さんが魔女でなくなったとき、この縛りを続けたくてもできなくなってしまう。それが縛りを破った扱いになるかわからないが、逃げ道は用意しておくべきだ。

 縛りに関しては、先生に何度も聞いた。おかげで、注意すべき点は潰せたと思う。

 だから、これで最後だ。

 オレは、メモの内容を別のメモに写すと、ページを破って椎葉さんに渡した。

 

「これが、オレと椎葉さんの間に結んだ縛り、契約だよ。最後に念のため聞くけど、椎葉さんは協力してくれる?」

「うん。これは、保科君へのお詫びでもあるから。ワタシ、やるよ」

 

 椎葉さんは、オレの手からメモを受け取った。

 これで、オレと椎葉さんは正式に縛りを結んだことになる。

 なら、さっそくだ。

 

「それじゃあ、試してみようか。椎葉さん、さっきのリボンを付けてもらっていい?とりあえず、8割くらい肩代わりするから」

「い、いきなりなんだね。でも、わかったよ。気持ち悪くなってダメそうなら言ってね・・・うん、付けたよ。保科君、大丈夫?」

 

 椎葉さんは慣れた手つきでサイドバングの片方を三つ編みにすると、そこに可愛らしいリボンを結びつける。

 その瞬間、強烈な吐き気が襲いかかってきた。

 

「う・・・」

「保科君!?」

 

 体勢を崩したオレに、椎葉さんが心配そうな顔で駆け寄ってくる。

 ・・・2割とはいえ、椎葉さんにも吐き気があるだろうに。

 

「保科君、顔色悪いよ。やっぱり、止めた方がいいんじゃない?ワタシ、外すよ」

「ま、まって・・・」

 

 一瞬だけ残念そうな顔をしたものの、椎葉さんはリボンを外そうと、三つ編みに手を伸ばす。

 だが、オレにとってはここが正念場だ。吐き気を気合いでこらえて、椎葉さんを止めた。

 

「保科君?」

「し、椎葉さん・・・縛りに、従って、ほしい・・・オレに、お、お礼を」

「お、お礼って・・・!!保科君がこんなに苦しそうなのにそんなの言えないよ!!すぐに外すから座って休んで・・・」

 

 自分でも相当な吐き気がこみ上げているとわかるが、オレの顔色は相当ひどいらしい。

 椎葉さんはリボンを付けられたことを喜ぶどころか、オレへの心配と罪悪感で一杯だ。

 初めての縛りを信じ切れていなかったのかもしれないが、椎葉さんの人の良さが悪い方に出てしまった。

 だが、ここだ。ここを乗り越えなければ、縛りを結んだ意味がない。

 気張れ!!保科柊史!!

 

「も、もったい、ない、よ」

「え?勿体ないって、何が・・・」

「せっかく、似合ってる、のに・・・すぐ、外すのは、もったい、ない・・・今の椎葉さんは」

 

 オレは、椎葉さんをその気にさせるために、けれどもオレが本気で思っていることを伝える。

 

「椎葉さんは、すごく、かわいい、から」

「ふぇえっ!?」

 

 吐き気を堪えながら青色吐息で喋るオレは格好つかないだろう。

 でも、オレの本気は伝わったようだ。

 椎葉さんの顔が、ボンッと紅くなる。

 もしかして、褒められるのに慣れてないのだろうか。こんなに可愛い子なのに。

 そんな、どこか間抜けなことを考えるオレに、椎葉さんは紅い顔のまま、チラチラと目線を合わせたり外したりしながらも、一瞬だけ渡したメモを見てから、口を開いた。

 

「う、その、あ、ありがとう、保科君」

「!!」

 

 効果は劇的だった。

 それは、縛りにあるからそうだったのか、それに関係なく椎葉さんがオレに本気でお礼を言っていたからなのか、あるいはその両方か。

 オレの口の中に、寒い冬に飲みたくなる温かいレモネードのような爽やかな甘みが広がった。

 次の瞬間には。

 

「ふぅ~、生き返った」

「ほ、保科君!?大丈夫なの!?」

「うん。元気元気。あ、残りの2割もらうね」

「え?あ、うん・・・って、そうじゃなくて!!」

 

 オレのことを心配する椎葉さん。

 だが、オレの体調は完全に回復しているどころか、良質なプラスの感情による反転術式で過去一のコンディションと言っても過言ではない。

 オレは湧き上がる活力に任せるように、代償の残りも完全に肩代わりするが、体調が崩れる様子はない。

 

「あ、ちょっと気持ち悪かったのがなくなった・・・保科君は、本当に大丈夫なの?」

「見ての通りだよ。むしろ、絶好調って言ってもいいくらい・・・それで、これでわかってくれたよね?このやり方なら、椎葉さんは好きな格好ができるし、オレは最高に調子が良くなるって」

「う、うん・・・うん、う、うぅ・・・」

 

 お互いが得をするWin-Winの取引が結べた。

 そう思いながらも若干得意げな顔で見てみれば、椎葉さんの綺麗な蒼い瞳に大粒の涙が浮かんでいた。

 得意げな顔など、瞬く間に崩れ去る。

 

「ど、どうしたの椎葉さん!?もしかして、代償肩代わり足りなかった!?」

「ううん、違うの。嬉しいの。ワタシ、自業自得で男の子の格好しかできなくなったときから、願いが叶うまで女の子らしいことはできないって思ってたから。でも、今は保科君のおかげで、それができるようになって、そのことが嬉しいんだ」

 

 確かに、椎葉さんは泣いている。

 でも、涙を拭ったときには可愛らしい笑顔が浮かんでいた。

 

「っ!?」

 

 ドキリと、オレの心臓が跳ねたのがわかった。

 そんなやや暴れ気味のオレの内心を知ってか知らずか、椎葉さんは満面の笑みをオレに向けたまま口を開く。

 

「改めて言わせて?・・・本当に、本当にありがとう、保科君」

 

 サッと初夏の風が吹いて、椎葉さんの片側だけ結った三つ編みがリボンごとふわりと揺れる。

 口の中に広がる、これまでの人生で味わったことがないほどの温かな極上の甘みに感動しながらも、それを上回る心臓の動きを悟られないように、オレは表情を引き締めて。

 

「こちらこそ・・・本当にどういたしまして、椎葉さん」

 

 そうして、オレたちは笑顔でお礼を言い合ったのだった。

 

 

-----

 

 

「え!?姫松!?・・・遠いところから来たんだね」

「うん。まあね。でも、大丈夫だよ。オレにはとっておきの足があるから、すぐにここまで来れる」

「足?」

 

 とりあえず今日はお試しということで、買ってあった小物を身につけてみて解散ということになった柊史と紬。

 お互いの連絡先を交換し、さて、保科君はこの街のどこに住んでいるのかな?と気になった紬が聞いてみて返ってきたのは、県内ではあれどかなり離れた街の名前だった。

 これでは、せっかくお互いのためになる契約が結べたのに中々会えないのではないかと残念に思う紬に対し、柊史は意味深な笑みを浮かべている。

 足と言われても、柊史は身一つだ。

 バイクか原付の免許でも持っているのかと思ったが、そういうわけでもないらしい。

 もしかしたら、魔女の代償を肩代わりしたような不思議な力がまだあるのかもしれない。

 

「保科君、自分のことは魔女でも魔法使いでもないって言ってたよね?でも、人間なんだよね?」

「え?うん、そうだけど・・・」

 

 そこで、紬は何の気なしに聞いてみた。

 きっと、これは自分が契約したカラスのアルプであるアカギも知らないことだ。

 

「じゃあ、保科君はどういう人なの?こんな不思議な力が使える人なんて、アカギにも聞いたことないし」

「アカギ?・・・うん、でも、まあそうだね。オレは」

 

 柊史は一瞬、『アカギって誰?賭け麻雀する人?』と思ったが、自分の師匠以外で初めて出会った異能を知る同類にして縛りを結んだビジネスパートナーに己の正体を明かすことに決めた。

 

「オレは、『呪術師』だよ」

「呪術師・・・」

 

 呪術師とは、なんとも物騒な名前だ。

 でも、紬は恐怖を覚えなかった。

 目の前にいる男の子は、信じても大丈夫な人だと短い間でもよくわかったから。

 

「じゃあ、またね」

「うん。また」

 

 そうして、2人はそれぞれの家路につく。

 思わぬ出会いと、小物とはいえ久しぶりにできた女の子らしい格好に上機嫌の紬が足取りも軽く歩いていると、ふと気が付いた。

 

「そういえば・・・」

 

 そう、そういえば紬にとっては初めてだった。

 

「は、初めて、男の子に可愛いって言ってもらっちゃった・・・」

 

 紬の耳は、またも一瞬で真っ赤に染まるのであった。

 




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この作品をご存じでしょうか?①ダークギャザリング、②死印、③東方Project

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