女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話 作:二本角
多分次の話あたりで書けるかなと。
椎葉さん覚醒回その2。原作では、どこで保科君のことが好きになったのか。
多分、ハロウィンの後の中庭でのことだと思いますが、私はあそこのシーンが一二を争うくらい大好きです。
そして!!前々回のお話のワンシーンをミスティ@ 減産中様に描いていただきました!!
必見でございます!!
https://www.pixiv.net/artworks/146845202
(ふぅ・・・さて、アカギにはどうやってお説教しようかな?)
学校のトイレで、お手洗いを済ませた紬は少し考え込んだ。
別に教室で考えてもよかったが、朝からずっと思考を続けており、他に誰もいないなら静かでちょうどいいし少し長居してもいいかと思ったのである。
「まったくもう・・・アカギは保科君に迷惑をかけすぎだよ」
昨夜の件もそうだが、アカギは柊史に対して態度も悪いし、物をよくねだるしで、ここいらでちゃんと教育する必要がある・・・年齢で言えば十や二十ではきかないほど年下なのだが、保護者としての自負がある紬はそう決意した。
「しかも、そんななのにアカギってばワタシより保科君より距離が近いというか気安いというか・・・そういうのよくないよね。誰にでもああいう感じで距離を詰める癖がついちゃうよ」
それでいて、時折自分よりも柊史との距離が近いように思えることがある。
思い返してみれば、自分よりも早く柊史と手をつないだのはアカギだったし、今回のことで初めてお泊りしたのもアカギということになってしまった。
これはよくない。
人間になりたいのならば、空気を読むのは必須技能であるし、してはいけないことを察する能力も必要だ。
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まあ、なんだかんだ言って紬の根底には『人のモノを盗るのは泥棒』という、言ってしまえば嫉妬の念があるのだが、やはりそこには無自覚だった。
「とりあえず、全力で言い聞かせなきゃ。『ちょっと』怖い思いをさせちゃうかもだけど、ここは心を鬼にして脅かしちゃおう」
昨夜調べたところ、カラスの肉は肉質が硬いがイメージほどマズくはないらしく、ジビエ専門店ではメニューとして存在している。
その辺りから切り込んでいくとしよう。
野生で食うか食われるかを生き抜いてきたアカギには人間の常識を延々と説くよりも有効な可能性が高い。
無論、『今の』紬にアカギを物理的に料理するつもりは毛頭ないが。
そこまで考えて、『さあここを出よう』と思ったときだった。
「・・・でさぁ~」
「え~?なにそれ最悪じゃん」
(だ、誰か入ってきた・・・)
タイミング悪く、誰かがトイレに入ってきて、紬はピタリと動きを止めた。
今の紬の恰好は男子の制服であり、いきなり個室から現れたら驚かせてしまうかもしれない。
過去にもう何度かやらかしている紬は慎重になっていた。
「・・・組の鈴木いるじゃん?アイツ普段イキってる癖に童貞でさぁ~、めちゃくちゃ下手だったんだよね。ウケル」
「マジぃ~?ヤバくね?」
(し、しかもエッチな話だ・・・!!こんなの絶対出ていけないよ・・・)
質の悪いことに今来ている女子たちは用を足しに来たのではなく適当に喋りに来たのか、個室に入る気配もなく猥談ばかりしている。
これでは紬でなくとも出ていくのは躊躇するだろう。
しかし。
(さ、最近は進んでるってよく言うけど、ワタシと同級生でも経験ある子ばっかりなのかな・・・)
聞こえてくる以上、意識してしまうのは仕方がないというものだろう。
ネット界隈では、ひと昔前に比べて若い世代は性に対して開放的みたいなことが言われているようだが、本当にそうなのかもしれない。
(まあ、ワタシには関係ないけど。代償があるし。というより、それでなくても、そんな気軽にエッチするなんてできないよ・・・)
とはいえ、紬には魔女の代償があり、その手の行動は厳禁だ。
いやそもそも、性格的に紬はかなりガードが堅い。
単純に興味があるからなんて理由で純潔を捨てるなど、紬からすればありえない話である。
もしも、紬のそのときが訪れるのならば、それは・・・
(保科君・・・っ!?)
紬の脳裏に、柊史の顔がよぎった。
慌てて頭をぶんぶんと横に振り、そのイメージをかき消す。
(ち、違うから!!ワタシと保科君はそういう関係じゃないから!!保科君だって迷惑って思うよ!!)
確かに、柊史ならば代償の問題は解決できる。
しかしアカギのことがなくとも、代償の肩代わりや心の欠片の譲渡などでこちらの方が迷惑をかけているのだ。
そのうえでこんな妄想をしてしまうなど、柊史に申し訳ない。
「今時童貞とか、恥ずかしくないのかな?」
「だよね~キャハハ!!」
(っ!?)
そのとき、紬の身体がピタっと固まった。
同時に、浮ついていた思考がスッと冷たくなる。
(・・・保科君は、初めてだよね。うん、絶対に)
柊史がすでに経験済というのはあり得ない話である。
なぜなら、柊史はプラスの感情に飢えていたから。
そんな相手がいるのなら、いくら移動手段があるとしてもプラスの感情を欲してわざわざ紬のところまで来るハズがない。
それは奇しくも、否、当然というべきか、紬が敵視する寧々と同じ結論であった。
「やっぱり童貞はヤだよね~下手だし」
「うんうん。テクが全然ないし!リードしてほしいっていうか」
(・・・・・)
扉越しに、紬は下品な話を続ける女子たちに冷ややかな視線を送った。
外の女子たちは、自分とは完全に別種の生き物とみなしたのである。
(ワタシは別に、保科君がそういうこと下手でも、気にしないし・・・むしろ、手慣れてる方がヤだ)
セックスの技量が下手だろうが、そんなのは経験のない紬もお互い様。
そういうのは、2人で積み重ねていけばいいというのが紬の考えである。
だからこそ、柊史にすでに経験があり、テクニックが巧いなど論外だ。
・・・このとき、紬は相手役に柊史を据えていることに気が付いていない。
(あ、でも・・・)
ふと、気が付いたことがあった。
(綾地って人が保科君に無理やりなんてこと・・・ひ、否定できない!!)
相手は自分の痴態を脅しの道具に利用できるプロの痴女だ。
柊史にかけられていた(紬視点)マインドコントロールは解いたとはいえ、一度の失敗で柊史の篭絡を諦めるとは思えない。
必ずや、次なる手を考えてくるだろう。
もしかすれば、酒や薬物といった犯罪行為に手を染めてでも、という可能性すらありえる。
そうなってしまえば、柊史の貞操は・・・
(ダメ・・・そんなの絶対認めない!!)
紬の心に煮えたぎるマグマのような熱が迸る。
こうしている今も、姫松の柊史の傍に痴女がいるのだ。
いつ何時柊史が危機にさらされるかわかったものではない。
だからこそ、昨日はアカギを斥候に出し、いざというときのサポートを期待したワケだが・・・
(そういえば、アカギは昨日保科君のお家に泊ったって・・・ま、まさか)
柊史の貞操の危機に対して敵愾心が高まっている紬。
だからこそ、さきほどまでは至らなかった懸念に行きついた。
いや、実は昨夜電話を受け取ったときには連想してしまってはいたのだ。
一晩経ち、冷静になって『それはないだろう』と思い直しただけで。
(まさか、な、ないよね?まさか、アカギがそんなこと・・・)
アカギは人間の子供の姿をしている。
せいぜいが、小学校の低学年か中学年。
普通ならばそういった行為とはまだまだ縁遠い。
しかし、アカギはあれで長生きしており、紬の親どころか祖母に迫るくらい年上だ。
しかも、野生動物としての習性も残っている。
もしかすれば、もしかしてということも・・・
--ギリっ!!
紬の奥歯がイヤな音を立てた。
「ふぅ~・・・やっぱりアカギには、厳しくお説教しないと、ね」
紆余曲折あって、紬の中のアカギへの怒りはますます大きく膨れ上がるのだった。
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「あれ?アカギ、あんまりお腹空いてないの?いつもはあんなに鳥団子好きなのに」
「う、うむ。まあな」
室内は異様な冷気が立ち込めているようにアカギには思えた。
今の時期は初夏であり、もうすぐ本格的な夏が始まるために蒸し暑く、空調は入れている。
しかし、それを加味しても冷えすぎているようにしか思えなかった。
その原因は、この部屋の中の『異常』だ。
空調を入れているから当然ではあるが、窓は締め切られ、カーテンも閉じている。
だが、明かりがついているのは今紬とアカギがいる部屋だけで、妙に薄暗く見える。
そして、紬の纏うプレッシャーに押されて席についてしまったが、配置的に玄関に繋がるルートは紬の背中側であり、アカギが向かうには紬を抜かなければならない。
つまり、窓のことも含めてアカギの逃げ道が閉ざされている空間だということ。
さらに、アカギが一番不審に思っていることがある。
(なぜ、包丁が出しっぱなしになっている・・・?)
紬は几帳面な性格であり、後片付けはしっかりやる。
食器を洗うのは食後のため、まだ洗わないのは不思議ではないが、包丁が流し台の中ではなく、調理場の目につくところに目立つように置いてあるのだ。
まるで、『まだ使う場面がある』とでも言うかのように。
普段の紬を知っているアカギだからこそ、これはひどく不気味だった。
せっかくの好物の鳥団子も、あまり味がしないような気さえする。
「そういえばアカギ。昨日は晩御飯どうしたの?」
「あ、ああ。小僧のところで食ってきた」
「・・・ふ~ん。保科君の手料理食べて来たんだ?」
「っ!!」
何よりも、対面に座る紬の雰囲気だ。
これまでも、抜き身の刃のような剣呑な空気を纏っていることはあった。
しかし、それは綾地某に向けられる敵意が主であり、アカギに対してはそれほどではなかった。
その敵意が今、ほぼすべてがアカギに向けられている。
「い、いや!!あっちは最初断ったのじゃ!!じゃが、小僧がどうしてもというから仕方なく・・・」
「へぇ?保科君がそんなにアカギに親身になってたんだ・・・よかったね、アカギ?」
(こ、小僧!!助けてくれ、小僧!!)
何を言っても意味がない。
紬はさっきから笑顔だが、部屋の温度は下がり続けている。
アカギの放つ言葉のすべてが、柊史との仲を深めているかのように曲解されていた。
いや、それは嘘ではない。
事実、柊史はアカギに負い目を感じていたからこそ泊ることを勧めたのであり、七緒からも庇ったのだ。
そして、柊史は紬や寧々に続き、アカギにも贈り物をしていた。
今、アカギの髪留めには赤いヘアゴムが加わっており、何か困りごとがあれば二回握りしめながら念じれば柊史が駆けつけるという触れ込みだ。
箸を持っている今は無理だが、隙を見てこれで柊史を呼ぶことをアカギは本気で考えていた。
だが、現実は非常であった。
「ところでさっきから気になってたんだけど、アカギ。そのヘアゴムどうしたの?アカギがそんなのつけるなんて珍しいよね?」
「っ!!」
(き、気づかれた!!しまった!!外してポケットの中にでも入れておくのじゃった!!)
オシャレに敏感で、普段からアカギのことを気にかけている紬だ。
アカギが見慣れないヘアゴムを付けていることなど、一目見たときから気が付いていた。
ただ、玄関で問い詰めても逃げられるのは明らか。
獲物を確実に追い詰められる状況になるまで攻め手として伏せていたに過ぎない。
「もしかして、それも保科君にもらったの?」
「・・・・・っ!!」
(ど、どうする!?なんと応えれば・・・!!誤魔化すか?いや、そんなことをしても小僧に確認されればすぐバレる!!)
野生を生きてきたときの勘が戻り、目まぐるしく頭を回したアカギは素早く選択した。
「う、うむ!!小僧に渡されたものじゃ!!」
「・・・へぇ」
「・・・・・!!」
紬の声音がいよいよ危険水域に入った。
アカギの首筋がひんやりと冷え、空調がきいているのに汗がダラダラと滲む。
そのせいで、続けようとした弁解が出てこなかった。
「ねぇ、知ってるアカギ?カラスのお肉って硬いけどしっかり調理すれば食べられるんだって。カラスを料理するお店もあるんだよ」
「っ!?つ、紬・・・?」
唐突に、何の脈絡もない・・・少なくともアカギからすれば突飛に過ぎる話を始めた紬。
なんとか弁明しようとしたが、言葉がでてこない。
代わりに鳴るのは、カチカチという音だけ。
一体何が音を鳴らしているのかと思ったアカギは、それが自分の歯と歯がぶつかって鳴る音なのだと気づいた。
まるではるか昔、まだただのワタリガラスだったころに北国で感じたような寒さが襲い掛かってきて、身体が瘧のように震えている。
そんな怯えるアカギを見る紬の温度は、一切変わっていなかった。
「だから、アカギも気を付けてね?あんまり人に迷惑をかけると・・・捕まって、食べられちゃうかもしれないよ?」
--こんな風にね?
紬は、笑顔のまま鳥団子をかじった。
余談だが、カラスの肉質は硬いので、煮込みにしたりミンチにするのが美味しい食べ方だという。
「ま、待て!!紬!!理由が!!理由があるのじゃ!!」
--ここで何もしなければ本当に喰われる!!
本能でここが死地だと悟り、何もしなければ終わると察したアカギは、死への恐怖をなんとか耐えて状況の打開に全力を注ぐことを決めた。
「理由?何の?」
「こ、小僧があっちにこのゴムを渡した理由じゃ!!確かに、あっちを心配したのもあるじゃろうが、小僧が一番気にしていたのはお前のことじゃ!!」
「・・・保科君が?ワタシを?」
ふっと、一瞬紬の瞳に光が戻った。
(ここじゃ!!一気にたたみかける!!)
「ああ!!あっちと紬はだいたい一緒におるじゃろ?じゃが、本当に危ないことになったとき、小僧の道具に助けを願う余裕もないかもしれん。そんなとき、あっちも小僧を呼べるようにと渡したのじゃ!嘘だと思うのなら小僧に確認を取ってみろ!!」
「そ、そうなんだ・・・」
「そうじゃ!!それに、あっちが姫松で小僧に会ったときも、紬のことを本気で心配していたぞ?もしや紬に何かあって、あっちがそれを伝えに来たのではないかとな。ものすごい剣幕で、それこそ殺されるかと思ったくらいじゃ!!」
「ふ、ふ~ん、へぇ~、そっかそっかぁ」
紬の声から棘が消えていく。
同時に、部屋の気温が正常に戻っていくように思えた。
どうやら、危機を脱出できたようである。
なお、本日も昨日に引き続いて柊史と紬は会っていない。
もっとも、今日は学院の課題があるからで、前から決めていたことではあるが。
「脅かしてごめんね、アカギ?でも、保科君にはあまり迷惑かけちゃダメなのは本当だからね」
「あ、ああ!!わかっておるのじゃ!」
(ふ、ふん・・・容易いもんじゃ)
アカギは内心で胸をなでおろした。
そうだ。これまで野生でさまざまな危機を乗り越えてきたのだ。
この程度のこと、乗り越えられないわけが・・・
「でも本当に、昨日は保科君とは何もなかったんだよね?ねぇ?」
「な、ない!!なにもない!!というか何かってなんじゃ?なんのことじゃ!?」
前言撤回。
さきほどまでの怒りはアカギが柊史から贈り物をもらっていたことへの嫉妬が原因であり、そもそもアカギが柊史の家に泊ったことはカウント外だったようだ。
一瞬でさきほどまでの鋭さと冷たさを取り戻した紬は、再びアカギへの尋問を開始した。
この疑いを晴らすのに、またしばしの時間を費やしたのだった。
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「昨日の夜は、ほとんど小僧から情報を聞き出すために費やしたのじゃ。その後は飯を食って、風呂に入って寝ただけじゃ」
「・・・お風呂は、当然だけどアカギだけだよね?保科君は入ってないよね?」
「当り前じゃろ!!小僧が入ろうとしてきたら追い返すわ!!そこまで信用しておらん!!」
「じゃあ、寝るときは?」
「客間とかいう部屋に布団を敷いて寝た。布団は小僧にやるからベッドを使わせろと言っても聞いてくれなくてな」
「はぁ~・・・ほ、本当に保科君に明日謝らないと」
しばしの尋問ののち、アカギへの嫌疑はようやく晴れたようだ。
細かいところは念のため明日柊史に確認するが、隠し事をするには色々未熟なアカギに嘘をついている様子はないというのが判断理由である。
まあ、その分アカギの傍若無人さも判明し、柊史に謝らなければならないことも増えてしまったのだが。
「ところで紬よ。あっちが聞き出してきた情報に興味はないのか?ものすごく価値のあることも耳にしたのじゃが・・・」
「価値のあること?それって?」
「まあ待て。知ったことはちゃんと話す。じゃが、その、もう怒ってないか?あっちに何もしないか?」
「・・・はぁ。わかったよ、アカギ。保科君に迷惑をかけたことには怒ってるけど、もとはと言えばアカギに保科君のところに行くようにお願いしたのはワタシだし・・・うん、もう怒ってないよ。でも、ちゃんと明日保科君に謝ること!これは絶対だからね!」
「うむ!!心得ておる!!」
紬が落ち着きを見せたところで取引を持ち掛けたアカギ。
出会い頭に話せば『もうお前は用済みだ、あばよ』と鳥団子にされるかもしれないと思い、温存していたがここが切り所と見たのだ。
その甲斐あってか、紬から許しを得ることに成功した。
これで、本当にもう安心していいだろうとアカギは一息ついた。
ちなみに柊史に謝ることについては何も心配していない。
前々から思っていたことだが、柊史はもしかすれば紬よりも甘いくらいで、しっかり心を込めて謝れば許してくれるだろうという確信があった。
「それで、アカギ?」
「うむ。わかっておる。そう急かすな。さて、何から話したものか・・・」
アカギは昨日、寝る前にも柊史と話し、情報を得ていた。
さらに、今日の朝に柊史の家を出てからも、配下のカラスを使って調べたこともある。
紬に報告しておいた方がいいことはたくさんあるのだ。
実を言うと、どのように紬に話すのが最も『アカギの目的』のために良いか、姫松から戻る間にずっと考えていた。
そのうえで、紬に真っ先に伝えるべきことは。
「紬。小僧はどうやら、心の病というものにかかっておるようじゃぞ」
「え?心の、病?それって、トラウマってこと?」
「ん?トラウマ?なんじゃそれは?」
「えっと、心の傷っていうか・・・昔に何かすごい辛いことがあると、そのことをずっと引きずっちゃうみたいな感じかな。ワタシもそこまで詳しくないけど」
「う~む、まあ、それで合っていると思うぞ。あっちが小僧に術式のことで聞いたことがあったのじゃが、突然小僧がゲロを吐いてしまったのじゃ」
「ええっ!?ほ、保科君は大丈夫だったのっ!?」
「あっちも心配した。小僧が何か移るような病気にでもかかっておるのではないかとな。それで小僧が言ったのじゃ。自分は心の病にかかっていると。あとで紬に電話したじゃろ?そのときには元に戻っておったぞ」
「・・・アカギ、そのときのこと、詳しく教えて。アカギがどういう質問をして、保科君がなんて答えたのか」
「うむ」
もっとも重要度が高いのは、やはり柊史の抱える心の病のことだ。
アカギは、そのときのことを詳しく話した。
普段柊史が使っている術式反転には呪いを解くチカラがあると前に聞いたが、それでどこまでのことができるのか?
他に似たような術を使えるのか?
千穂子のことを紬に伝える気が一切ないため、一部脚色したが大筋は変えていない。
アカギとしてもその質問をぶつけて柊史が嘔吐したのは完全に予想外のことであった。
「心の病気・・・アカギ、保科君は、昔に何があったのかは言ってなかったの?」
「ああ。それだけは言えないと言っておった。小僧に何があったのかはあっちにも何もわからん。だが、ここ最近のことではなさそうじゃったの」
「そう・・・」
紬は、沈痛な面持ちで呟いた。
紬としても、前々から薄々柊史の過去に何かがあったことには気が付いていた。
前に公園で紬の代償を『運が良かった』と言ったときもそうだ。
あのときの柊史もひどい顔をしていた。
それからも時折、紬と楽しそうに話ながらも暗い顔をすることがあった。
それに気づいていながらも、紬には何もできなかった。
そのことが、紬には悔しくて、悲しくてしょうがなかった。
そして・・・
(ここじゃ!!)
それこそが、アカギの狙いであった。
「紬。小僧の心の病とやら、どうにかできるのは紬だけじゃと思うぞ?」
「え?」
アカギの言葉に、紬はうつむいていた顔を上げた。
アカギの言うことの意味がわからなかったからだ。
「ワタシに?でも、保科君が何に苦しんでるのかもわからないのに・・・」
「それはそうじゃろう。小僧が何も話さないのだから。じゃが、関係ない。さっきも言ったが、小僧は紬のことをとても大切に思っておる。それだけで小僧を癒すには十分じゃ」
「どういうこと?」
「紬。お前・・・小僧と交尾しろ」
「・・・え?」
紬が固まった。
さきほど以上に、アカギの言うことの意味がわからなかった。
だが、言葉だけは紬の脳内で渦を巻いていた。
(交尾・・・エッチ、セックス、まぐわい、男女の営み・・・ワタシと、保科君が?)
フっ、紬の脳内に映像が浮かんだ。
何も身にまとっていない、生まれたままの姿の自分と柊史。
自分はベッドに仰向けで横たわり、柊史のモノを受け入れ・・・
「な、なな、ナニを言ってるのアカギぃっ!!!?」
脳内によぎったいかがわしい妄想を振り払うように紬は叫んだ。
その顔は真っ赤に染まっている。
しかし、アカギの様子は真剣だった。
「何もナニもない。そのままの意味じゃ。お前が小僧と交尾すれば、小僧の心の病は癒せる。間違いない」
(小僧は言っていた。千穂子を元に戻すための方法で一番の邪魔になっているのが心の病じゃと。千穂子を救うには、小僧をなんとかするのが最優先。そのためには、小僧と紬が交尾するのが手っ取り早い)
今現在におけるアカギの目的は、己の昔からの願いではなく、木月千穂子の記憶を元に戻すこと。
それを解決する手段を柊史が持っているが、それには柊史の心の問題をどうにかする必要がある。
ならば、そのために全力を尽くす。
それが今のアカギの行動原理だった。
「ど、どうして!?どうしてワタシと、ほ、保科君がこ、こう・・・す、スれば解決するって言えるの!!」
「どうしてって、当たり前じゃろ。小僧は雄で、お前は雌じゃ。雄は自分の雌を得るのが一番の目的なんじゃから、大事に思っているお前が手に入れば満足するに決まっておる」
この世界におけるアカギは、原作における二つの世界線の中間程度の価値観を持っている。
人間の感情の機微というものをある程度理解しているが、同時に野生動物としての常識も捨てきれていない。
それゆえに、人間の常識に照らし合わせるとひどく乱暴な結論であった。
「そ、それはアカギのっていうか、動物の理屈でしょ!?保科君がそれで満足するなんてわからないじゃない!!」
「何を言うか!!小僧が紬に執心しておるのはわかりきったことじゃろ!!お前のためなら他の雄を皆殺しにするくらい平気でやりかねんぞ!!それほどこだわってる雌が手に入るのなら、小僧も満たされるのは間違いない!!」
「ほ、保科君はそんな残酷なことしないってば!!」
言い争う紬とアカギ。
この場において両者ともに真面目であり、己の常識において正しいことを言っていると本心から思っているために平行線であった。
「さっきからなんじゃ!!あっちが小僧も紬も得をする案を出してやったというのに!!なんで聞き入れないのじゃ!!」
「だから!!人間の常識だとアカギの言ってることは非常識なの!!こういうのはお互いの気持ちが大事で・・・」
「じゃから、小僧がお前を気に入ってるのは間違いないと言っておるじゃろうが!!それともなんじゃ?お前、小僧と交尾したくないのか!?」
「そ、そんなの・・・」
いきなり柊史とそういうことをするなど、あまりにも急で乱暴な話だ。
だから、紬はアカギの提案を拒否している。
そういったことはお互いの気持ちこそが最も重要であり、いろいろな段階を踏んでたどり着くのが普通であり『理想』だ。
今も、紬はアカギの言うことを否定しようとした。
『小僧と交尾したくないのか!?』など、あまりに直球すぎる。
しかし。
「そ、そういうのは、もっと、その、お付き合いとかしてからで、いきなりなんて」
「ええい、まだるっこしい!!紬!!お前は小僧と交尾をしたいのかしたくないのか!!どっちなんじゃ!!はいかいいえで応えてみろ!!」
「そ、そんな・・・えっと・・・その」
いつの間にか、紬とアカギの間に形勢逆転が起きていた。
会話が始まった当初は紬がアカギの生殺与奪の権を握っているかのような状態だったが、ここに来てアカギの勢いが紬を押していた。
その理由は二つ。
一つは、アカギが千穂子のために必死であること。
目の前に千穂子を救うための道があるのなら、進む以外にないと覚悟しているからだ。
そしてもう一つは。
(ワ、ワタシ、どう思ってるんだろう?保科君と、その・・・)
それは、紬の迷いであった。
紬は、アカギの質問に真正面からの返答はしていない。
『人間の常識では間違っている』とか、『そういうのは段階を踏んで・・・』など、微妙にその矛先からズレた回答しかしていない、いや、できないのだ。
なぜならば、紬の中でもその答えが固まっていないから。
ただ一つ確かなのは、『柊史とセックスしたいか?』という問いに『いいえ』と答えることもできていないこと。
しかし、そんな煮え切らない態度では、アカギの猛攻を凌ぐことなどできはしない。
「もういい!!お前が小僧と交尾したいのかしたくないのかわかっていないことはよくわかった!!ならば聞き方を変えてやる!!紬!!お前は・・・!!」
そしてついに、核心的な問いがアカギの口から飛び出した。
「お前は、小僧と
それは、多少なりとも人間の心を理解しつつあるアカギだからこそ絞り出せた聞き方だった。
動物としての側面が強ければ、番になることと交尾することに違いなどない。
人間にとって、番に、恋人になるということが大切なことであると薄っすらとでもわかっているからの問であり。
「はい」
だからこそ、椎葉紬は即答できた。
それは、半ば反射のようであった。
反射だからこそ、真実であった。
「え?あれ?わ、ワタシ・・・」
「なんじゃ、答えられるのではないか」
「わ、ワタシ、ワタシ・・・」
事ここに至って、ようやく気が付いた。
そうだ、椎葉紬は。
「ワタシ、保科君のこと、す、好きなんだ・・・!!」
椎葉紬は、保科柊史のことが好きなのだと。
「つ、紬、お前まさか・・・今まで気が付いていなかったのか・・・?」
そして、今の今まであれほど自分を含めた雌に威嚇していたというのに、その理由を一切自覚していなかった紬に、アカギは驚きと呆れのこもった言葉をこぼすしかなかったのであった。
次回ですが、仕事で土曜日が忙しく時間とれなさそうなため長くかかるかもです。
燃料のためにも、評価・感想お待ちしております。
pixiv版もブクマよろしくお願いします。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=28530965
この作品をご存じでしょうか?①ダークギャザリング、②死印、③東方Project
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すべて知っている
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①と②を知ってる
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①と③を知ってる
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②と③を知ってる
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①だけ知ってる
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②だけ知ってる
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③だけ知ってる
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すべて知らない