女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話 作:二本角
一体、いつからだったのだろう。
(保科君が綾地って人の代償を肩代わりしたとき?ううん、それよりは前・・・初めて会ったときは、さすがに早すぎるかな)
いつから柊史のことを好きになっていたのか、紬にはわからなかった。
まだ出会って一か月と少し。
しかし、その間はほとんど毎日のように会っていたから、その密度は凄まじい。
その濃密な日々の中で、決定的な瞬間というものはきっとなかった。
出会いだって、いいモノではなかっただろう。
それでも、いつの間にか好きになっていた。
(ワタシに好きな人ができるのは、何かすごいきっかけができたときって思ってたけど・・・全然違ったなぁ)
家庭的でしっかりした現実的な視点をもつ紬であるが、恋愛方面では少々夢見がちというか、理想が高いところがある。
自分が恋に落ちるのは、物語のような劇的なイベントがあってからだ・・・漠然とそんなイメージを持っていた。
だが、現実は違った。
柊史との日々は魔法や呪術といった非日常に満ちてはいたが、それは紬の思っていたようなドラマや映画、恋愛小説じみたソレではなかった。
それでも、紬は柊史を好きになった。
そのことに、不満などあるワケがない。
(初めて会った日から、少しずつ保科君のことを知って・・・いつの間にか、心が惹かれてた)
毎日毎日、少しずつの積み重ね。
そうやって、ゆっくりと好きになっていったのだ。
むしろ、そのように堅実に歩んでいくほうが、紬の性に合っていたのだろう。
(どこが好きになったんだろう・・・ううん、全部かな)
いつ好きになったのか、ではなくどこが好きになったのか。
その答えは、きっと全部だ。
外見も、内面も、そのすべてが。
柊史の容姿は少し暗く見えるところがあるかもしれないが、かっこいい方だと思うし、たまに陰がある表情をするのも、そこがミステリアス・・・あるいは母性がくすぐられるのか放っておけない気持ちになる。
思ったことをすぐ口に出してしまうし、感情を読むチカラがあるのにデリカシーに欠けるという悪癖があるけれど、その悪癖があったから、柊史の正直な人となりがわかった。
年頃の男子だから仕方がないかもしれないが、それなりにエッチなところがある。
でも、それを必死に押しとどめようと涙ぐましい努力をするくらいには真面目だ。
自分のことには割と無頓着で、無茶をしてしまうことだってある。
だがそれは、それだけ他の人のために一生懸命になれる優しさの裏返しだと言えるだろう。
天才的な呪術師であるが、普通の男の子のような短所もたくさんあることを紬は知っている。
しかし、その短所は別の長所の一面であり、そのすべてが愛おしい。
そして、その中でも一番紬の中で大きなモノは。
(ワタシの代償を肩代わりしてくれたから・・・ううん、違う。いつも、ワタシのことを真剣に考えてくれてたから・・・だと思う)
柊史は、紬といるときは常に真摯だった。
紬の代償をただ不気味に思うのでも、ただ同情するだけでもない。
かといって、軽く扱うワケでもなかった。
もしかしたら、呪術の天才だという柊史にとって簡単なことだったのかもしれないが、柊史はいつも、紬がどうすれば喜ぶのかを真面目に考えていてくれた。
プラスの感情が欲しいという打算もあっただろう。
しかし、それだけだったとはとても思えない。
--椎葉さんは、すごく、かわいい、から
--オレは、もっと可愛い椎葉さんが見たい・・・そのためなら、吐いたっていい
--可愛い服を、着たいんでしょ?・・・オレ、だって、可愛い、椎葉さんが見たい
「・・・・・っ!!」
過去の柊史の様子を思い出して、カァッと顔に熱がこもるのがわかった。
(あ、あのときの保科君が演技だとかお世辞を言ってたなんて・・・思う方が失礼だよ)
自分の代償だからこそわかる。
あの猛烈な吐き気をこらえながら本心ではない台詞を言うことなんて、プロの役者でも難しい。
あれが演技だったと言うのなら、紬はもう両親を含めたすべての人間の言葉を信じることができなくなる。
それくらい、あのときの柊史は心から本気で紬の思うような可愛い服を着せたい、着てほしいと思っていたのだ。
そしてそれは、代償を肩代わりする間だけではなかったと紬にはわかっている。
紬といるときはいつも、そう思っていてくれていたのだ。
そこに、異能のチカラは関係なかった。
(保科君とワタシが出会えたのは、保科君が呪術師だったから。でも)
紬と柊史が出会えたのは、柊史が呪術師だったから。
柊史が代償のことに気が付いたのは、柊史が生まれつき不思議なチカラを持っていたから。
しかし、それは単なるきっかけに過ぎない。
柊史以外の人だったら、果たしてここまで紬のために気を割いてくれるだろうか?
プラスの感情が欲しいだけなら、わざわざ遠い街に住む紬に会いに来て、吐き気を我慢するなんてことまでしなくてもいいのではないだろうか。
他に、いくらでもいい方法だってあるハズだ。
それでも、柊史が毎日のように来てくれたのは、それだけ紬のことを考えていてくれた証拠。
魔法も呪術も関係のない、柊史の優しさの証左だ。
(保科君が呪術師だからじゃない。代償を肩代わりしてくれたからじゃない。たとえ、保科君に不思議なチカラなんてなくっても・・・)
ぶっちゃけてしまえば、今の紬にとって自身の代償の肩代わりなどどうでもいい。
むしろ、柊史に一瞬とはいえ苦しい思いをさせてしまうくらいならば、やってほしくないとすら思う。
もはや、柊史と結んだ縛りさえ、柊史と会ってともに過ごすための建前に過ぎなかった。
そうだ。
(不思議なチカラがなくても、保科君が今までみたいにワタシのことを想ってくれるなら、保科君がワタシの・・・)
肩代わりなどしてくれなくてもいい。
心の欠片だっていらない。
ただ、今までのように自分のことを大切に想ってくれるのならば。
辛いときに寄り添ってくれるのならば。
そう、まるで。
(ワタシの、王子様になってくれたのなら)
柊史と会ったときの紬は孤独だった。
事情を知るアカギはどこかにでかけていて、実の両親には真実を話すこともできず迷惑をかけてばかり。
学院では疎まれ、腫れ物に触るような扱いを受けていた。
完全に自業自得である故に努めて表に出さないようにしていたし、考えないようにもしていたけど、それでもやはり辛かった。
そんなときに、柊史はただ1人味方になって傍にいてくれたのだ。
まるで、辛い目にあって泣くことしかできないお姫様のもとに訪れた白馬の王子様のように。
・・・実際には白馬どころか白い龍に乗って来たわけだが、そんなことは些細な問題だった。
大事なことはただ一つ。
紬と柊史が
女の子の恰好ができない紬に、自分が普通の女の子だと、男の子の服しか着れずともまるで自分がお姫様のようだと思わせてくれるのならば。
(ワタシはきっと、保科君のことが好きになってた)
今のように、自分は柊史に恋をしていたに違いない。
IFの話など、考えてもきりがないと言えばそれまで。
だが、紬は確信していた。
どんな出会い方をするのだとしても、不思議なチカラがあろうがなかろうが、柊史が柊史であるのならば自分は柊史を好きになる運命なのだと。
「保科君・・・」
思考にふけっていたのはほんの短い間だけだったかもしれない。
しかし、そのわずかな時間で気が付いた、人生初と言えるほどのあまりに大きな感情にあてられて、紬はしばらくの間周りのモノが目に入らないほどの衝撃を受けるのだった。
「紬?紬!!おい!!どうしたのじゃ!!あっちを無視するな!!つーむーぎー!!」
無論、真正面に座っていたアカギの声も例外ではなく。
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「まったく、せっかくあっちが大事な話をしてやってると言うのに・・・」
「ご、ごめんねアカギ」
しばらくして、紬は落ち着きを取り戻した。
無視される形となっていたアカギは少し拗ねてしまったが。
「でも、本当に効果があるの?ワタシと保科君がその、こ、こう・・・うう」
さっきまでは唐突な交尾という単語で取り乱してしまったが、冷静になってみると頭ごなしに否定するのではなく、ひとまず話くらいは聞いてみるかと思い直してアカギに問いかける紬。
もっとも、多少頭が冷えたところで交尾と口にすることさえ恥ずかしくてできていなかったが、それは仕方がないだろう。
「だからあると言っておるじゃろう。間違いない」
「そ、そうじゃなくて。どうしてそう言い切れるのってことだよ。何か証拠はないの?」
「お前、あっちと小僧が初めて会ったときに向けて来た殺気に気が付かなかったのか?あれだけの殺気を出せるのはよほどお前を大事に想っていなければ無理じゃろ」
「なんかすごい怒ってたなとは思うけど、殺気とか言われてもわからないよ」
「まったく、これだから人間は・・・」
柊史に殺気を向けられたこともあるアカギからすれば『何を当然のことを』としか思えないが、紬には到底そこまで信じ切ることはできない。
アカギの言う殺気とやらも、荒事と無縁で生きてきた紬にわかるワケがない。
「そもそもほとんど毎日お前に会いに来る時点でお前に気があるのは明らかじゃろうが」
「そ、それは保科君が優しいからってだけかもしれないし・・・」
「紬、お前本当は小僧に好かれたくないのか?」
「違うよ!!ワタシだって保科君がワタシのことをす、好きになってくれてるならそれが一番だけど・・・ワタシの勘違いだったら嫌だなって・・・」
「よくわからんが面倒くさいのう・・・」
まるで柊史の好意を紬が否定するかのような流れになっているが、無論紬としても柊史に好かれているのならそれに越したことはない。
しかしそれでぬか喜びするのは嫌だし、アカギの言うことが勘違いなのに柊史にアタックを仕掛け、断られることになったら立ち直れるかわからない。
ましてや交尾云々の話をして『うわ、椎葉さん痴女だったんだ・・・』などとドン引きされたらこの先一生引きこもりになってしまうことすらあり得る。
「う~む、紬に小僧の心の穴が見えれば一目でわかるのじゃが・・・」
アカギの認識する証拠はすべてアルプとしての感覚から得られたものだ。
殺気は野生を生きて来た経験から、心の穴が少しずつ小さくなっているのがわかるのもアルプだから。
それを魔女とはいえ人間の紬に言っても通じるワケがない。
だが、紬は証拠のことよりも聞きなれない単語のことが気になった。
「心の穴?それって何?」
「ん?ああ、そういえば話したことがなかったか。心の穴というのはな・・・」
これまで紬の周囲に心の穴を持つ人間がおらず、柊史と出会った後もたまたま話題にあげる機会がなかったので、アカギはここで説明することにした。
心の穴とは心が傷ついた者に生じる現象であり、普通ならば時間がたてば消えるがあまりにも傷が深い場合は穴となって残り続ける。
心の穴は広がりきると心が壊れて廃人となり二度と元に戻らない。
そして、柊史には特大の心の穴が開いている・・・
「なんでそれを早く教えてくれなかったのっ!?」
「ぐえっ!?」
そこまで説明したところで、紬がやおら立ち上がり、アカギの肩を掴みかかってきた。
そのままガクンガクンと高速で揺らしながら詰問する。
「ど、どうしよう!?どうしよう!?保科君が廃人になっちゃうっ!?こ、交尾!!早く保科君と交尾しなきゃ!!今から姫松までどのくらいかかるんだろうっ!?お風呂にも入らなきゃだし、時間がないよ!!どうしてそんな大事なことを黙ってたの!?」
「お、おち、おちつ、落ち着け紬ぃっ!?」
錯乱したと言っていいレベルでとんでもないことを口走る紬に、さっき食べた鳥団子を戻しそうになるほどに揺さぶられたアカギ。
しかし、子供にしか見えない見た目でもアルプであるだけあって、その身体能力は高く、どうにかこうにか紬の拘束から逃れた。
だが、紬はいまだに混乱中であり、これをどうにかせねばならない。
「慌てなくてもすぐにどうこうなることはないわ!!そもそも、小僧の心の穴はお前のおかげで小さくなってきておるのじゃ!!」
「え、ええっ!?そ、そうなの?」
「うむ。今から教えてやるからひとまず落ち着け」
「う、うん」
柊史がすぐに大事にはならないこと、さらにその要因が自分であると聞かされて、紬の動きが止まった。
(・・・少しもったいなかったか?あのままこのリボンで小僧を呼んでいれば、小僧と紬を交尾させられたかもしれん・・・いや、さっきのままでは交尾どころではないか)
一瞬、さきほどの柊史との交尾に超積極的だった紬をそのままにしておけば目論見通りになったかもしれないと惜しくなったアカギだが、あの錯乱状態の紬では交尾以前の問題だっただろうと切り替えた。
「まず、あっちが初めて小僧と会ったとき、小僧にはすでに特大の心の穴が空いていた。普通ならばまず間違いなく心が壊れてるほどの大きさじゃ」
「そ、それなら保科君は!!」
「だから落ち着けと言ったじゃろ!!『普通』ならば壊れてるとも言った!!なのに、小僧の心は壊れていない。小僧の心の穴は普通ではないのじゃ」
アカギが柊史に対して警戒心を持っていたのは、アルプ殺しである夏油の弟子だからというのが理由だが、それだけではない。
明らかに異常な心の穴を持つ柊史本人をひどく不気味に思ったこともあるし、だから紬に心の穴のことをあえて教えることもしなかった。
そんなアカギが今では紬と柊史がつがいになることを認められるくらいに柊史に気を許したのは、柊史からの術式反転による感情の流入によって柊史の善性を知ったことと、観察によりその異常性の正体の見当を付けたからだ。
これは、七緒よりもアカギの方が柊史と会う頻度が高いからこそわかったことでもある。
「小僧の心の穴は、なんというか、あっちにもうまく言えないのじゃが・・・穴でありながら小僧の一部のようになっておるような感じじゃ。一番しっくりくるのは、『口』もしくは『胃袋』じゃな」
「口?それって、この口のこと?それに、胃袋?」
「うむ」
紬が自分の口を指さしながら聞くと、アカギは頷いた。
アカギから見て、柊史の心の穴はそれそのものが柊史の身体の一部のようだったのだ。
生まれつきごくわずかといえ感情にまつわる魔法を宿す柊史に空いた心の穴に、呪霊玉が吸い込まれて死にかけたことによるイレギュラー。
--魂はある。でもそれは心じゃない
『ある世界』において心の存在は、かの魂を操る特級呪霊にも観測できなかった。
しかし、アカギがいる世界には確かに存在し、だからこそ心の穴が現れる。
魂と心が同じモノなのかどうかを知る者は誰もいないが、『
柊史の場合は濃厚な呪力の塊を己の魔法で『感じ取り』、心の穴・・・自身の生得領域に『喰わせた』。
ほんのかすかなモノに過ぎなかった己の魔法に呪力というエネルギーを与え、肥大化させたと言える。
柊史が呪力を大量に生成できる呪術師となれたのは、ただ死に瀕しただけでなくそうした過程があったからなのかもしれない。
要は、魔法と呪術が複雑に相互作用した結果が今の保科柊史であり、心喰呪法であり・・・普通とはかけ離れた『術式と一体化した心の穴』だ。
術式である以上、それは術者の身体の、魂の一部であるのは間違いない。
アカギにはそんな小難しい理屈などまったくわかっていないが、本能で悟ったのである。
「自分の身体なんじゃから、自分を壊すようなことはせんじゃろ。事実、小僧の心は壊れていないのじゃ」
「でもアカギ。それだと保科君の心の穴は塞がなくてもいいってこと?」
「そうなのかもしれん。そういう意味で、小僧の心の穴は普通ではない。じゃが、普通の心の穴のように塞がっていた方がいいモノではあるのじゃろう。あっちは見たのじゃ」
「見た?何を?」
そのときはなんとも思わなかった。
だが、柊史の心を満たす必要がる状況に追い込まれたことで、アカギは思い出し、確信した。
紬こそが柊史の心の穴を埋めるカギであると。
「うむ。紬。お前が小僧と手をつないだとき、わずかではあるが穴が小さくなったのじゃ」
「ワタシと、手をつないだとき・・・?」
「小僧から感情を流されたことのあるあっちは知っておる。小僧はお前と手をつないだとき、えらく喜んでおった。それで穴が少しだけとはいえ塞がったのじゃ。ならば、それは小僧が喜べば喜ぶほど穴が埋まるということであり、逆に言えばそれだけ小僧は喜ぶことがなかったということ。人間の感情を理解しきれていないあっちでも、それがよくないことじゃということくらいわかる」
「保科君・・・」
紬は、心の底から悲しい気持ちになった。
アカギの言うことが本当ならば、柊史の心はどれだけ乾いていたのか。
同時に、使命感が燃え上がる。
その炎は、前々から灯ってはいた。
だが、今の話を聞いて篝火のように高く燃え盛ったのだ。
(保科君の心の穴は、ワタシが埋めてあげなくちゃ!!)
喜べば喜ぶほど塞がるハズの穴がまだ空いているのなら、それは柊史の心が満たされていない証拠。
心が壊れるのに猶予があるのだとしても、放っておけるハズがない。
ましてや、自分がその穴を埋められるのだと分かっているのなら猶更だ。
「どうじゃ紬。これでわかったじゃろう。手をつないだだけでそうだったのだから、交尾すれば一気に穴が埋まってもおかしくないのじゃ」
「そ、それはそうかもだけど・・・」
しかし、それでいきなり交尾となるとさすがに尻込みするのは避けられなかった。
多少は人間の心の機微がわかるとはいえ、人間の恋愛には段階というモノが必要ということはアカギにはまだわからない。
「で、でも!!アカギの言う通りなら保科君にはまだ時間があるんだよね?保科君だって、いきなりその、交尾なんて言われても絶対にびっくりしちゃうよ」
(チッ!!やはり小僧の心がすぐに壊れないことは言うべきではなかったか・・・)
さきほどまで焦りに焦っていた紬だが、アカギによれば柊史の心が壊れるまでには余裕があることを知ったことで、何が何でも今すぐ柊史の心を救うという気持ちにブレーキがかかっていた。
無論、柊史の心を救う意思に一片の曇りもないが、乙女としての尊厳崩壊だとか柊史から痴女扱いされるリスクも冷静に見つめることに繋がったのである。
これは、アカギにとって歓迎すべき事態ではなかった。
だが。
「ふん。そんなことを言っている余裕があるのか?」
「え?」
(『これ』を聞いて、今と同じ態度ができるかの、紬?)
アカギには、まだまだ切れる手札があった。
それも、とっておきの。
とはいえ、できればアカギとしても使いたくない諸刃の剣でもあったが。
「小僧を狙っている雌は、お前以外にも少なくとも二羽はいるというのに」
「・・・どういうこと?」
「っ!!」
空気の温度が一気に冷え込む。
さきほどまでは燃え盛る炎だったのが、瞬く間に真冬の雪原となったかのように。
(殺気などわからんと言っていたくせに、こんな気迫を出せるとは)
紬がこの話し合いが始まった当初のような冷たい怒りを出すことがわかっていたから言いたくなかった。
だが、わかっていたからこそ覚悟はできている。
それに、この殺気はアカギ『には』向いていない。
「あ、あっちが小僧の家に着いてから少しして、七緒のヤツが小僧に電話をかけて来たのじゃ。そのときに、小僧の近くに二羽の雌がいるとわかったんじゃ」
「詳しく教えて」
「う、うむ」
そうして、アカギはまたもじっとりと冷や汗をかきながら紬に説明した。
昨日に七緒の店を訪れて雇われた少女は苗字をカリヤといい、柊史の小学校の頃からの友達であること。
その柊史の友達は昔から柊史の異常性に気が付いていて、柊史のことを心配していたこと。
人柄は信用できるので、柊史のためにも魔法や呪術のことを教えたらどうかと七緒が勧め、柊史もその気になったこと。
「・・・なにそれ。ふざけてるのその子?」
そこまで聞いて、紬の眉間にシワが寄った。
同時に吐き捨てるようにこぼれた声の温度は絶対零度だ。
(何を、何を今更・・・)
紬からすればふざけるなとしか思えない話だ。
子供の頃から一緒だった癖に、今まで柊史の心に穴が空くくらい放っておいた癖に、今更どの面下げて柊史のことを心配していたなどとほざくのか。
そのうえで、自分と柊史のいる異能の世界に他ならぬ柊史に招かれるなど、
百歩譲って、一か月前ならばまだマシだった。
なぜ今なのだ。
今更本気を出すくらいなら、自分と柊史が出会う前に出しておけばよかったのに。
よりにもよって、自分こそが柊史の心の穴を埋めるのに相応しいとわかった後にしゃしゃり出てくるような真似はしないでほしい。
アカギの言う通りならば自分が柊史の心を癒せるのは実績があるのだ。
それなのに割って入ってくるということはすなわち。
(ワタシが保科君を助ける邪魔しないで)
紬は優しく母性が強く、自分が助けてあげたいと思った相手を癒すことに献身的だ。
だがその優しさは誰にでも向けられるワケではない。
今の紬にとって、柊史にみだりに近づくような女は単なる恋のライバルではなく、
献身的であるからこそ、その性質は外敵への攻撃性になりえるのだ。
前々から柊史の周りには冷たい人間しかいないのかと義憤に駆られていたところに、今しがた心の穴の話を聞いたばかり。
そんなタイミングに聞くにはあまりに神経を逆なでするような内容だった。
(保科君も保科君だよ。そんな人に同情なんてしなくていいのに)
柊史は不器用だがとても優しい。
紬にとっては敵としか思えない相手でも、これまでのよしみなのだろうが分け隔てなくその優しさを振り分けてしまえる。
そんな柊史だからこそ紬は好きになったのだが、それでもその感情を向ける相手はしっかりと選んでほしかった。
なにも、魔法や呪術といった非日常のことまで教えてあげる必要などないだろうに。
「アカギ。言っておくけど、ワタシはそんな子なんかに絶対負けないよ。保科君が傷ついてることに気が付いてなかった癖に今更ちょっかいかけてくる子なんかに」
「む、むむ・・・」
(むぅ・・・あまり効果がないようじゃ。下手に自信を持たせてしまったか)
柊史に近づく女への敵意はある。
しかし、柊史の心を癒した実績があることを教えたせいで、今更柊史にすり寄るような相手は恋敵として見るに値しないとしか思っていないようだ。
これはよくない兆候だ。
アカギとしては柊史の心が癒えるのが最優先目標であるために癒す相手が紬である必要はない。
だが、紬の言う通り他の女性では柊史を癒すことができるかは不透明。
成果を出せた紬とくっついてもらうのが一番だ。
なんだかんだ紬を大事に想っているために紬が好きな相手とつがいになってほしいという親心めいた気持ちもあるが。
だがそんな思いをしり目に、今の紬は慢心しているように見える。
もしもその隙を突かれて柊史を横取りされるようなことがあれば、アカギの目論見はかなわない。
それだけは避けなければいけない。
「そ、それを決めるのは小僧じゃろ。確かに今の小僧はお前に気があるようじゃが、世の中に絶対はないのじゃぞ!!それに、小僧を狙う雌はもう一羽いるのだからな!!」
「そのもう1人もどうせ同じでしょ?今まで保科君を放っておいたのは確かなんだから」
焦るアカギに対して紬は氷のように冷静だった。
どんな女が現れても柊史が取られることはないと確信しているのだ。
どんな事情があろうと柊史の心の穴に、柊史のプラスの感情への飢えを満たすどころか気づくことさえできていなかったのは確定している。
その時点で競争相手とみなせるレベルに達していない。
だが、紬は一つ失念していた。
「それはそうじゃが、それは紬も似たようなものじゃろう。小僧とたまたま出くわしたから、お前は小僧のことに気が付けた。つい最近になって小僧のことを知って哀れに思った雌なら、条件はそう変わらんぞ」
「それは・・・」
紬は何かを言おうとして、言いよどんだ。
そのカリヤという子については、さきほどまでの理屈で論外と判断できる。
だが、仮にこれから初めて柊史と出会い、そこで柊史の事情を知って同情する相手が現れたのなら、紬とそう立場は変わらない。
過去の所業で門前払いはできても、未来のことは話が違う。
「そのもう1人の子は、そういう相手なの?」
「うむ。小僧と会ってまともに話すようになったのは一週間くらいだそうじゃ」
「一週間・・・それなら、まあ・・・でも」
(でも、イヤだ。保科君を癒してあげるのは、ワタシだけがいい)
立場的には紬と似たようなもの。
だが、だからと言って柊史の隣を譲るつもりなど毛頭ない。
柊史のためを思うなら、理論上柊史にプラスの感情を抱く人間は多ければ多いほどいい。
しかし、そういう理屈ではないのだ。
自分が好きな人は独占したい。
それが、紬が自覚したばかりの恋心というモノだった。
もし、もしも柊史が自分でない相手と結ばれ、あまつさえ、それで柊史の心が癒されることがあれば・・・
(そんなの、絶対認めない・・・!!)
そのとき、紬は自分が何をするのか自分でもわからなかった。
(よし、いい感じじゃ・・・さて)
紬からピリピリとした気迫・・・野生動物でいうところの強い警戒心が沸き上がっているのを見て、アカギは自分の挑発がうまくいったことを確認した。
自信を持つことは大事だが、それで慢心して足元を掬われてしまっては困るのだ。
「それで、その子はどんな子なの?」
「うむ。そやつはな・・・」
ややあって、紬は少々不機嫌な様子でアカギに続きを促した。
自分が優位にいることは確かなようだが、それに胡坐をかいてはいられない。
敵を知り、己を知れば百戦危うからず。
敵の情報を知る必要があることを認めたのである。
(さて、正念場じゃな・・・)
己の狙い通りに行ったというのに、アカギはまた一段と気を引き締めた。
なぜなら、今から口にすることは今までの発言の中でも特大の爆弾だからだ。
言わないでおく選択肢もあるだろうが、アカギは開示することを選んだ。
このことは、紬に発破をかけるのに最適であると判断したために。
その爆発に巻き込まれて大怪我をするリスクを負っても。
「小僧が契約しているもう1人の魔女じゃ。その魔女は実はかなりの善人で、お前と同じくらいに小僧に気があるようじゃぞ」
「・・・は?」
それは、紬の中にある根底を大きく覆す、まさしく爆弾となるのであった。
次回、次回こそはR18おまけ書ける・・・はず。
ハーメルンに投稿する方は分量がだいぶ少なくなるかもですが。
最近、付与されていた高評価がいきなり消えることがありました。
書いた小説に低評価を付けられるのも悲しいですが、付けられた評価が消えるのもかなりきますね・・・
評価、感想をお待ちしております。
pixiv版にもブクマやいいねをよろしくお願いいたします。
R18はpixiv版にしか載せない予定です。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=28661400
この作品をご存じでしょうか?①ダークギャザリング、②死印、③東方Project
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すべて知っている
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①と②を知ってる
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①と③を知ってる
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②と③を知ってる
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①だけ知ってる
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②だけ知ってる
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③だけ知ってる
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すべて知らない