女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話 作:二本角
可能なら、連休中にもう一話更新したい(願望)。
実を言うと最初の4000字くらいまで書いてずっと『これはヤンデレじゃない!!』と作者の何かが叫んでおり、残りの12000字は今日の17時くらいから書きました。
このペースが出せればもう一話いける、ハズ・・・
なお、今回のおまけIFストーリーではパパ黒が少し出てきます。
「はぁっ、はぁ、はぁっ・・・!!」
「ぜぇっ、ぜぇっ、はぁ・・・」
和奏は運動神経はそこそこいいが、あくまでそこそこでしかない。
対する寧々も並み程度だが、そこに
そのため、寧々をどうにかオカ研の部室に引きずり込んだ後も戦闘は続行し、熾烈を極めることとなった。
ドアか窓からの
部屋の中央にあるテーブルの周りをぐるぐると動き回り、まるでカバディのように目まぐるしく位置を奪い合う争いはお互いのスタミナ切れにて決着がついた。
今は2人ともさきほどまでの罵り合いのようにテーブルを挟んで向かい合っているが、その罵り合いの方が精も根も尽き果てる追いかけっこよりはマシだったかもしれないと同じことをぼんやり考えている。
そんな中で、最初に思考を取り戻したのは和奏であった。
(この状況、どうしよっかなぁ・・・)
和奏としては、どうしてこうなったのか意味が分からない。
寧々の代償が発動して、その解消が終わり、あの醜い言い争いの清算を済ませてから決別するハズだったのだ。
だがどういうワケか寧々が突然気が狂ったかのように自殺を試み、当然放っておけるワケもなくなんとか妨害した結果が今なのだが・・・
(アタシ、このまま帰っていいのかな・・・)
寧々が落ち着いたとはいえ、暴走の原因が分からない以上、再発の可能性は捨てきれない。
和奏が帰った後で同じことが起これば、今度こそ寧々は自らの命を絶ってしまうだろう。
今色々とホットな寧々がそんなことになれば和奏も柊史もあらぬ噂を立てられて今以上にどん底に落ちるに違いない。
ここは、寧々の精神状態を確認し、なんらかのケアを施さねばならないのではないだろうか。
(なんでアタシ、さっきまでガチの口喧嘩してた子のことをこんなに心配しなきゃいけないんだろ・・・まあ、仕方ないか)
一瞬、自分がどうして寧々にそこまで気を遣うことになっているのかと疑問に思ったが、疑問に思ったところで解決はしない。
ならば、やるしかない。
和奏はそういった割り切りは得意だった。
「あ、綾地さん、落ち着いた?」
「は、はい・・・ご、ご迷惑をおかけしました・・・」
(よし!!会話は成立する!!)
まるで未知の部族との邂逅のようであるが、寧々はもう十分に落ち着いているようだ。
だが、十分に気をつけねばならないことに変わりはない。
「綾地さん。その、さっき窓から飛び降りようとした理由は、聞かない方がいい感じ?」
「っ!!は、はい・・・」
いつぞやの柊史と違い、和奏はかなり婉曲に寧々のデリケートな部分に触れた。
柊史のときはこれでまたもや暴走し、二回目の脱走を企てたが、今回は和奏の聞き方と寧々のスタミナ切れによって事態の悪化は避けられたようである。
代償に関わることではあるのだろうし、もしも聞けるのなら聞いておきたかったが仕方がない。
「その、すみません。話せないことが多くて・・・でも、どうしてもこれは話すワケにはいかないんです」
さっきの今だ。
寧々の胸中は罪悪感で満ちており、叶うことなら和奏には誠意を見せたい寧々であったが、さすがに限度というモノがあった。
「あ~、別にいいよ。話してないことがあるっていうのならアタシも同じだし」
「・・・そうなんですか?」
「うん。まあ、アタシの事情は話せなくもないんだけど・・・やっぱ綾地さんには言えないかな」
「そ、それはそう、ですよね」
「あ、勘違いしないでね。別に綾地さんが嫌いだからって理由じゃないから」
そんな寧々に対し、和奏はヒラヒラと手を振りながらあっさりと答えた。
和奏にも、寧々には伏せている事柄がいくつかある。
例えば柊史が呪術師、というより特殊なチカラを持っているのに気付いたきっかけが夏油との遭遇にあることや、プラスの感情の受け渡しは距離が近いほど効率的なこと、そして柊史と契約している魔女がもう1人いて、柊史はきっとその魔女に・・・
「仮屋さん?」
「あ、ああごめん。アタシが色々話せないのは、アタシ1人で話していいのかわかんないことがあるのと、あんまり言いふらされると困ることがあるから。それでね?アタシとしては、まあ、綾地さんってお悩み相談もしてるから口は堅い方だと思ってるけど・・・」
『根拠のない情報も含まれているから』という理由は言わなくてもいいだろう。
少し思考が逸れていた和奏は、寧々に事情を話せない理由を説明する。
オカルト研究部の部室にて寧々がお悩み相談をしているのは女子の間では有名であり、かつ評判もよい。
それは寧々のカウンセラーとしての適性が高いこと、そして情報リテラシーがしっかりしているためだ。
お悩み相談室とはすなわち秘密の暴露部屋でもあり、口の軽い者には絶対に務まらない。
そういう意味では寧々はとても信頼ができる人物で
ついさきほどまでは。
「はっきり聞いちゃうけどさ。綾地さん、さっきみたいにパニックになったとき、秘密にしてたことうっかりこぼさないって約束できる?」
「・・・ごめんなさい」
和奏が真剣な顔で問いかけると、寧々はフイッと目をそらした。
寧々も寧々で、うっかりやらかす可能性を否定できなかったようだ。
(綾地さん、そこのところ自覚はあるんだ・・・)
実を言うと和奏がこれまで秘密にしていることを話さなかったのは、寧々が信用できなかったからだ。
夏油と繋がりがあることを疑ってもいたし、七緒から事情を聞いた後も、柊史への接し方のまずさから胸襟を開いて話せる相手ではないと思っていた。
これでよくお悩み相談室が成り立っていたと感心すらしたほどだ。
しかし、それらの理由はもう解消している。
なぜなら、柊史の術式がなくとも寧々と和奏は本音をぶつけあい、そしてお互いが自分なりに柊史を本気で助けたいと思っていることを知ったからだ。
なんだかんだ言って、腹を割って話すというのは有効なのだと和奏は初めて実感した。
河原で殴り合った男たちが友達になるなど暑苦しいフィクションだと思っていたが、案外本当のことなのかもしれない。
とはいえ、寧々にえぐられた心の急所のことは忘れないし、そのあとに起きた寧々の暴走によって新たな懸念が浮かび上がったワケであるが。
あの様子を見れば、これまでに寧々に相談をしたことがある女子たちも秘密の漏洩に不安になるのは間違いないだろう。
唯一の救いは、寧々にその自覚があることか。
これでなおも変わらず和奏が隠していることを知りたがるようであれば救いようがなかった。
(ますます、保科と距離が近いほどいいことがあるのは教えられなくなっちゃったなぁ)
秘密をうっかりバラされる危険性もそうだが、なにより危ないのは暴走時の行動力だ。
もしかしたら柊史の評判に気が付いていなかったのはこの暴走する癖があったからなのかもしれないが、自分が直に目にしたことでそのヤバさがわかった。
まず間違いなく、柊史と距離が近づくほど術式の効率が上がることを知れば再び暴走する。
その結果として何が起こるか色々と予想してみるが、どれもろくでもないとしか言いようがない。
このオカ研の部室に柊史を誘い込んでセックスを始めたところで和奏は『いつかやると思ってた』としか言えないだろう。
しかしだ。
(でも、悪い子じゃない・・・いや、むしろいい子ではあるんだよね、綾地さん)
では、言い争いのときに考えたように、寧々を柊史の傍から排除するべきか?
その答えは否だ。
本当に、金輪際関わらせないようにできるのならば、寧々の影響力を見るに今でもそうすべきだとは思う。
しかし、実際にはまず不可能だ。
寧々が柊史に抱く感情の重さはさきほど味わったばかり。
和奏が何かしたところで止まりはすまい。
そもそも、寧々はクラスメイトでもある。
完全に関わらないようにすることは難しい。
それに、寧々の存在が柊史にとってマイナスばかりであるかと言われれば、それも違うのだろう。
さっきは売り言葉に買い言葉の末にお互いの急所を刺しあうことになったが、柊史曰く寧々が柊史に提供しているプラスの感情の質が相当良いものであることが示すように、その心根は極めて善良だ。
少なくとも、普通の女子程度にスレた自分よりも。
それは、口喧嘩をした和奏だからこそ肌で理解できている。
魔女の代償の肩代わりを柊史に押し付けまいとしたあのときの覚悟は、和奏をして気圧されてしまった。
柊史の術式を持っていない和奏にはわからないが、本当に寧々と仲良くなったことによる周囲からのマイナスよりも寧々から与えられるプラスが上回っているのかもしれない。
そしてなによりも。
(この先のことを考えると、いきなり綾地さんとギスギスするのは保科のためにもよくないよね・・・)
口喧嘩の最中にもチラリと考えたことであるが、柊史のすぐ近くにいる自分たちの仲が険悪になるのは可能な限り避けるべきだ。
自分に置き換えて考えてみると、自分とは仲がいい2人の友達が自分のいないところで陰険な喧嘩をしているという状況が近いだろうか。
普通の人間ならバレずに隠し通すこともできるかもしれないが、柊史の術式の前では不可能であり、悪影響を与えるものであるに違いない。
和奏とて、それは理解していたが・・・あそこで激昂してしまったのは和奏の自制心の敗北である。
まあ、仮に今日持ちこたえられたところで、遠からず爆発はしていただろうし、言うべきことではあったハズだ。
そういう意味で、後悔はない。
和奏に今日のことを悔やむ場面が来るとするならば、この先に寧々との口論が原因で柊史に気を遣わせることができたときだろう。
つまり、『今から』の寧々とのやり取り次第ということだ。
ここまで考えて、和奏はあることに思い至り・・・そして、眼が合った寧々の表情を見るに、寧々も似たようなことを考えていたようであった。
「とりあえず綾地さん・・・アタシたち、同盟を組もうか」
「同盟、ですか?」
和奏がそう言うと、寧々は意外そうな顔をしていた。
どうやら、微妙に予想を外したらしい。
「同盟・・・その、お友達ではなく、ですか?」
(ああ、そういうことか)
和奏はすぐに寧々の考えを察した。
「うん。友達じゃないよ。最初に誤解されないように言っておくけど、アタシは綾地さんのことは別に嫌いじゃない」
これは和奏の本心だ。
寧々に対して思うところはある。
心の柔かい部分を貫かれた痛みは忘れない。
だが、それで嫌いになるには寧々の善性があまりに大きすぎだった。
「それは、私もそうですが・・・」
対する寧々も同様だ。
和奏が放った言葉により傷を負ったが、自分もまた普段なら考えられないほどひどいことを言ったという自覚はある。
しかも、柊史の噂を知らなかったのは事実であり、自業自得だと思う気持ちもあった。
それに和奏のお人よしな部分は以前から認めてもいたのだ。
まあ、それでも自分が学院で一二を争うほどの美人云々は半信半疑であるが。
「では、どうして?」
お互いに嫌いあってはいない。
それでは、なぜ友達ではなく同盟なのか。
「う~ん、質問に質問を返してごめんなんだけどさ」
そこで、和奏は少し悩んでから、こう返した。
「綾地さんは、保科の心の穴を自分じゃない誰かが埋めたら、それを心から喜べる?」
「そんなの・・・、っ!?」
柊史の心の穴を埋めるのは寧々の最重要目標だ。
それが叶うというのなら、是非もない。
たとえ、
そう淀みなく答えようとしたのに。
「あれ、私・・・」
言葉が出なかった。
応えようとした瞬間、言いようのない感覚が、『そうじゃない!!』と何かが自分の中で叫んだのだ。
柊史の心の穴を埋めることより大事なことなどないハズだというのに。
「ああ、やっぱり綾地さんもそうなのか」
なかばわかっていた結果であったが、和奏は少し安心していた。
これで寧々がきっぱりと否定したら、事態がより面倒なことになっていた。
おまけに、自分だけが柊史の回復を素直に喜べないクズになるところだった。
完璧超人と思っていた寧々にも人間臭いところが見つかって、少し親近感を覚える和奏だったが、まだ言うべきことはある。
「アタシと綾地さんは、同盟にはなれる。でも、友達にはなれないよ。いつか絶対に敵になるから」
「敵に?私と、仮屋さんが?」
「うん。もしも、保科と会う前に友達だったら、違ったかもだけど」
「保科君に会う前に・・・あ」
その言葉で、寧々は気が付いたようだった。
和奏が、寧々に言葉の凶器を向けられたことで気が付いたことに。
--やっぱり、取られるのが怖いんじゃないですか。保科君の隣を
(アタシは、そんなんじゃないって思ってたんだけどなぁ・・・恨むよ、綾地さん。でも、ありがとう)
寧々がその台詞を言い放ったのは妄想に近い推測からだったが、奇しくもそれが正解だった。
それはきっと和奏が目をそらし続けていたもので、寧々の言葉がなければ気づくことはなかっただろう。
柊史に対してそのような気持ちを向ける資格があるかもわからない自分にそんなことを気づかせたことを恨む気持ちはある。
しかし、同時にどこかすっきりしたような、吹っ切れたような心地でもあった。
どうしてそう思うのかはわからなかったけども。
「私は、保科君のことが・・・」
一方の寧々も、己の胸中に沸き上がった、否、沸き上がっていた気持ちに驚きと困惑を抱いていた。
だが予兆はあったのだ。
--ほ、保科君が私と恋・・・そ、そういう関係になりたいと言い出してきたこともないですし!!
和奏への反論として自分で言い出したことであるが、これは、自分の願望の裏返しであったのかもしれない。
この台詞を口にしたことで、寧々が自分そのものを柊史に捧げることをよしとした。
そのように決心できたことそのものが、自身の内奥に眠っていた気持ちによるものだったのか。
それが、さきほどの和奏の質問ではっきりとわかったのだ。
自分のすべてを捧げることができるのに、自分以外の誰かによって柊史の心の穴が埋まることを認められないことへの矛盾によって。
「いつか敵になるのなら、最初から友達にならない方がいい。あとが辛いだけでしょ。だから、同盟」
共通の目的や利害、思想の一致から、個人や勢力、国家が互いに協力を約束し、行動を共にする関係。
それが同盟だ。
重要なのは協力を約束する関係なのであって、仲間でも友達でもないこと。
そして目的の達成によって解消される関係であることだ。
(アタシと綾地さんは、そのくらいの距離がちょうどいい)
お互いが嫌いあっていないどころか、好感を持てるほど。
だが、いずれ決定的な破局が訪れる。
そうなれば、それまでに築いた好意はむしろ毒になるだろう。
それならば、本当にお互いのことを憎みあうような泥沼にならないためにも、近づきすぎない方がいい。
それが故の同盟だ。
「・・・はい」
寧々もまた、そこに理解がおよび、そして同意した。
ここに、仮屋和奏と綾地寧々による同盟が結ばれたのだった。
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「とりあえずさ。保科の前で今日のことを蒸し返すのはナシにしよう」
「・・・はい。そうですね」
同盟を結んで最初に決まったことがそれだった。
(保科君は、周りの悪感情がわかってしまう。それなら、私と仮屋さんが喧嘩したら、それは保科君の害になる)
もとより、2人に今日のことをほじくり返すつもりはない。
だが、言葉できちんと約束しておくことは大事だ。
「あとは・・・情報の共有かなぁ。なんか重要なことがわかったら教えるみたいな?」
「う゛・・・その、私から教えるのはいいんですが、仮屋さんからは・・・」
「はいはい。大丈夫大丈夫。むしろ、謝れるのが予想外だよ。不満に思われると思ってた」
「さっきまでの私は、自分でもヤバいと思いましたから・・・」
「あ、あはは・・・」
二つ目は、情報の共有だ。
とはいえ、これについてはかなり限定的なモノとなるだろう。
寧々がさきほどの痴態を思い返して沈んでいるのを見て、和奏は苦笑することしかできなかった。
(まあ、アタシとしては好都合っていうか・・・綾地さんの暴走癖を置いといても教えたくないことはあるし)
とはいえ、これは和奏にとって都合がいいことでもあった。
寧々に重要な情報を教えた際、うっかりバラされる危険があるというのが一番の理由であるが、もう一つ大きな理由があるのだ。
(ライバルに塩を送るようなことはしたくないし)
和奏も和奏で十分にお人よしと言えるが、それとこれは話が別。
この手の争いにおいて、自分の有利捨てるつもりは和奏にはなかった。
しかし、やはり和奏はお人よしなのだ。
「あ~、その、綾地さん。アタシでよければ、オカ研入ろうか?確か、今の部員って綾地さん以外だと保科しかいないんだよね?」
「え?いいんですか?」
「うん。ほら、アタシだけ知ってることがあるっていうのはなんか悪いしさ」
「いえ、助かります!」
オカ研の部長である寧々は、つい先日に生徒会長から同好会への格下げと部室の没収を警告されたばかりだ。
この件に関しては生徒会長も申し訳なさそうにしていたが、それでも部員1名の部活に部室を与えたままにしておいては他の同好会に示しがつかないので致し方ないことである。
そこに柊史と和奏が幽霊部員であっても入ってくれるのであれば、寧々にとっての最後の砦であるオカ研の部室が取り上げられる事態は避けられる。
寧々としては、心からお礼を言いたい気分であった。
「それじゃあ、明日入部手続きしないとね。顧問は久島先生だったよね?それなら教室で会えるか」
「はい。明日、私からも先生に言っておきますよ」
「わかった」
そうして、細かいことをいくつか決めたあと。
「それじゃあ、綾地さん。また明日ね」
「はい。明日からよろしくお願いします、仮屋さん」
2人はオカ研の入り口で別れたのであった。
同盟というある種の温度のない関係であり、友達になったワケではないのだから、仲直りをしたのかと言われれば正確にはわからない。
それでも、言い争いをしていたのが信じられないほど、2人の別れはカラっと爽やかなモノであった。
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「ほ、保科君!!ちょっとお願いがあるんだけど!!」
「し、椎葉さん?」
放課後。
いつものように虹龍に乗って紬との待ち合わせ場所に向かった柊史であったが、着地狩りを狙っていたかのようなタイミングで紬に先制攻撃をくらっていた。
「あの、み、水着を着たときの代償を確かめさせてほしいの!!」
「み、水着!?」
先制攻撃は効果抜群だった。
水着という単語を聞き、柊史はあっという間にうろたえる。
女子の水着というのはコミュ力の乏しい男子にとっては触れてはならない聖域なのだ。
「だ、ダメ、かな?」
「い、いや、椎葉さんがオレでいいのならいいけど・・・でも、どうしていきなりそんなことを?」
「ほら、もうすぐプールの授業が始まる時期でしょ?ワタシの学院でも、もう少しで始まるって発表があったの」
「プール・・・」
今の時期は初夏であるが、もうすぐ本格的な夏がやってくる。
確かに紬の言う通り、プール開きの時期である。
そう言われると、想定しておかなくてはマズいことだったと言えるだろう。
(そっか。そうだよな、プールの授業が始まるなら、準備しとかなきゃいけないよな。もし、それでダメだったら・・・)
そこで、ふと柊史の脳裏にとある想像が浮かんだ。
もしも、紬が水着を着られなかった場合のことだ。
普通に考えれば、嘔吐してしまうのだから水着を着ることができず、プールに入ることはできない。
しかし、それでは授業の単位だとか出席だとかで問題があるのではないだろうか。
もしそうなれば、真面目な紬ならどうするか。
(まさか、水着なし、いや男の水着でプールに・・・!?)
想像、否、妄想が加速する。
紬は代償によって女物の服を身に着けると嘔吐してしまう。
ならば、柊史の助けなしで着ることができるのは男物の水着のみ。
すなわち、下半身だけだ。
そんな恰好で紬がプールに行ったときに何が起こるのか。
まず間違いなく、周りの男子から獣欲のこもった眼で見られるに違いない。
最悪の場合には・・・
「・・・・・」
「ひっ!?」
「ほ、保科君・・・?」
突然黙り込んで何かを考え込んでいたかと思えば、肌を刺すようなピリピリとした感覚が走るのが紬にはわかった。
実は最初から近くにいたアカギはドサリとその場に尻もちを付いている。
そんな2人の様子が目に入っていないかのように、柊史は口を開いた。
「椎葉さん、プールの授業がある日と学院の場所を教えてほしい。大丈夫。オレの領域なら生徒が100人いても証拠を残さないで一瞬で皆殺しにできるから」
「保科君っ!?何を言ってるの!?」
据わった眼で物騒なことを口走る柊史に、紬は慌ててツッコミを入れた。
「な、なんでそんなこと言うのかわかんないけど、ダメだよ殺すなんて!!っていうか、本当になんで!?」
「そっか、椎葉さんは優しいからな。わかった。じゃあ事前にプールを壊すだけにしておくよ。それなら人的被害はゼロだから」
「だからそうじゃなくてぇっ!!」
その後、紬はどうにかこうにか柊史を落ち着かせることに成功した。
微妙に会話が成立していない雰囲気があったが、紬が必死で自分の考えを訴えたことで柊史もすぐさま破壊活動に及ぶ必要はないことを理解したのである。
「ゆ、ユニセックスの水着?そんなのあるんだ・・・」
「そうだよ!!だいたいっ!!いくらなんでも男の子の水着着てプールの授業なんて行くワケないでしょ!!」
「そ、それは、はい・・・」
今のご時世、コンプラだの個人の自由だのにうるさい社会である。
そんな需要に応えたのか、男女のどちらが着ても違和感のないユニセックスと呼ばれる服があり、水着もある。
紬はそういった水着を着てみた際の代償の重さを確かめたかったのだ。
そもそも、今の時代に柊史の想像通りのことが起きればその学院は『女子に男子の水着を着るように強制した』というニュースでインターハイより先に全国デビューだろう。
もっとも。
(ま、まあ、ワタシが試したいのはユニセックスの水着だけじゃないけど)
紬には真の狙いがあった。
柊史を狙っているという2人の女子から柊史をかっさらうための策。
自身の羞恥心とぎりぎりの交渉をして、それなりに攻めた水着をお披露目するという計画である。
まあ、まだ計画段階であり購入には至っていないが。
「でも、椎葉さん。本当にオレでいいの?これまでの普通の服ならともかく、水着だよ?」
「?いいって何が?代償のことを頼めるのなんて保科君しかいないよ?」
「それはそうだけど・・・でも、水着を試着するときにいるのがオレなんて、か、彼氏さんに悪いというか」
「・・・は?」
紬は柊史が放った単語の意味がわからなかった。
「保科君、何言ってるの?彼氏って、どういうこと?」
「え?いやでも、椎葉さんって、彼氏いるんじゃないの?」
「は?」
「・・・っ!!」
「ひぃぃ・・・っ!!」
今度は、柊史が紬の殺気に反応する番だった。
陰鬱極まりない精神とは別に、一瞬で頭のどこかが切り替わり、身体は無意識に戦闘態勢に入る。
夏油との訓練によって培われた経験によって染みついた動きだった。
ちなみに、さっきから腰が抜けたままのアカギは必死で距離をとろうと腕で後ずさっている。
「保科君。説明して。どうしてワタシに彼氏がいるなんて思ったの?」
紬の口から、絶対零度の氷の欠片が零れ落ちた。
柊史の認識は、必ず改めねばならない。
その覚悟がこもっているが故の殺気じみた気迫であった。
「そ、それは、その、昨日の代償の肩代わりがあったから」
「それが、何?」
その答えは、平常時なら紬が平静でいられないものであった。
なぜなら、紬は柊史からの提案だったことを笠に着てあろうことか柊史で自慰行為を行い、その際の代償を柊史に押し付けるなどという人間のクズとしか言いようのないことに手を染めている。
しかし、覚悟の決まった紬はその程度で揺らぎはしなかった。
「椎葉さんがオレに言えないようなことで、代償を肩代わりしなきゃできないことって言ったら、それくらいしかないかなって・・・」
「・・・・・」
柊史は、昨日の夜からずっと紬が何をしていたのか疑問に思っていた。
朝の和奏とのやり取りからヒントを得て、答えが出たのは、ここに来る道中でのことだ。
その際はショックのあまり虹龍から落ちそうになったが、どうにか持ち直した。
(もともと椎葉さんとは一時的な関係だし、オレなんかよりいい彼氏ができるとは思ってたけど、さすがにキツイな)
柊史は前々から覚悟そのものはしていた。
紬のような美少女と自分のような冴えないヤツがいるのは奇跡であり、そのうち紬には自分なんぞよりいい男が現れるだろうと。
だが、実際にその場面が来ると辛いなどというモノではない。
紬から唐突な質問が来たから気が紛れていただけで、柊史のメンタルはかなり凹んでいたのだ。
しかし。
「・・・保科君」
「っ!?」
紬の声は絶対零度を維持したままだった。
身構えたままの柊史の身体に、刀で斬られたかのような殺気が走り、心情に反して身体は万全の態勢を整えていた。
「それって、仮に・・・そう、仮にワタシに彼氏がいるとして、そのことを保科君に黙って今まで2人きりで代償を肩代わりさせてきたってことになるよね?手とかつないだりしたよね?お弁当一緒に食べたりしたよね?それって、その彼氏にもすごく失礼なことだと思わない?普通に浮気だと思われるよね?」
今まで、紬は柊史と2人(最近はアカギもいたが)で代償の肩代わりについて調査を行ってきた。
しかし、彼氏でもない男と毎日顔を合わせ、可愛い服を着ているところを見せたり、手を繋いだりするなど、明確に浮気である・・・少なくとも紬の価値観では。
「それは・・・まあ、そうかな」
「だよね?でも保科君は、ワタシがそんな失礼なことをする子だって思ってたってこと?」
「それは・・・」
さっきの柊史の答えは言い方を変えれば、『椎葉さんは他の男と浮気するような尻軽なんだね』と言ったに等しい・・・最低でも紬の中では。
この返しには、さすがに柊史も言葉に詰まった。
だが。
「じゃあ、椎葉さんは昨日何を・・・?」
結局は、その疑問に突き当たるのだ。
いつものように可愛い服を着ていたというのなら、そう言えばよい。
それができないということは、何か疚しいことがあるからだというのは、筋の通った理屈である。
「・・・・・」
一瞬、紬は迷った。
『実は昨日は、保科君をオカズにしてオナニーしてたんだよ』と言うのは簡単だ。
しかし、それには社会的な死を伴う。
柊史にドン引きされるのは確実だ。
そのリスクに目を向け、かろうじて踏みとどまった。
「・・・言えない」
「そう・・・」
その答えが分かっていたかのように、柊史は沈んだ声を返事をした。
「でも、いつか、教えるから」
「え?」
そんな柊史を見ていられないとばかりに、紬は付け足した。
「その、ワタシと保科君が相応しい仲になったらというか、教えられるくらいの関係になったら、だけど・・・」
「??? う、うん?」
「と、とにかく!!ワタシに彼氏なんていないから!!今までで一番仲良くなってる男の子も保科君だから!!ワタシが本当のことを言ってるのはわかるよね!?」
「う、うん・・・」
その付け足された言葉の意味は柊史にはわからなかったが、困惑が悲しみを上回る。
さらに投下された『ワタシ彼氏いません!!』という宣言は柊史の術式でも本当のことを言っていると判断し、陰鬱な気持ちが一気に霧散していった。
とはいえ、『結局椎葉さんは昨夜何してたんだろう』という謎は残ったままだが。
(ま、まあ、いつか教えてくれるっていうなら、別にいいか)
紬本人がいつか教えると言っているのだ。
ならば、ここで無理に聞く必要はないだろうと判断し、柊史はそれ以上の追及を諦めた。
「あと、保科君。一つ言っておくけど・・・」
「?」
柊史の雰囲気が変わったことで目的を達したとみなしたが、紬には一つだけ言い残したことがあった。
「ワタシって、保科君が思ってるほど聖人君子じゃないっていうか、そこまでイイ子じゃないからね?」
「え?それってどういう?」
「これも教えてあげない。でも、うん、いつか教えるよ」
「う、うん?」
(保科君が一気にワタシに彼氏がいるなんて考えたの、ワタシが1人でい、いやらしいことをするなんて想像もしてないからだよね)
よくわかっていない様子の柊史を見ながら、紬は思った。
実は、前々から気にはなっていたのだ。
(保科君って、ワタシのことを美化しすぎてるっていうか、ものすごくイイ子だと思ってない?)
正直に言うと、今日柊史と会ったとき、昨夜の紬の所業を看破されるのではないかと内心戦々恐々としていたのだ。
いきなりの先制攻撃もそれを誤魔化すためである。
だが、結果的に柊史は紬の想定とはまったく違う方向に妄想を走らせていた。
これは、紬がそのようなことをするハズがないという思い込みからくるのではないかと。
思えば、柊史はことあるごとに紬のことを『いい人だ』とか、褒めてくるが、紬自身にその気はまったくない。
人並みに悪感情も抱くし、
そうした紬の負の側面に気が付いていないのではないか。
それはそれで、どこか寂しい気持ちになるのだ。
まあ、紬本人に自覚はないが、紬が善人であるのは紛れもない事実ではあるのだが。
「はい!!それじゃあこの話はここでおしまい!!それで、水着の話だけど、どうかな?」
紬はここで話を終わらせた。
せっかく話しておきたいことがあるのだ。
時間は有限なのだし、早く次に進みたかったのだ。
とはいえ、聞きたいことが別にあるにはあったのだが・・・
(保科君、ワタシに彼氏ができたら、悲しいって思うのかな?)
紬に柊史以外の彼氏ができることがあったら、柊史はどう思うのか?
聞いてみようと思ったが、やめた。
(あんなに、悲しそうな顔をしてたもんね・・・それなら、まあいっか)
さきほどまでの、初めて会った頃のような死んだ魚のような眼。
それを見ただけで、紬には察しがついていた。
そして、その想像が紬にとって好ましいからこそ、わざわざ柊史が困るような質問はしないでいいかと思ったのである。
おかげで、さきほどまでの殺気が嘘のように紬は少し機嫌がよかった。
「ああ、それはいいよ。けど、どこでやるの?さすがにここではマズいよね?」
「あ、そうだった・・・」
話は紬の水着のことに移る。
水着に着替えるのだ。
普通の女の子の恰好なら公園でも問題ないが、水着はさすがにミスマッチだろう。
(ど、どうしよう・・・こうなったら、ワタシの家にする?そ、そろそろ保科君を呼んでもいい頃だよね?)
計画が実行できなければ元も子もない。
こうなれば、出会った頃にはハードルの高かった自宅への招待を試みてもいいかもしれない。
両親のいないタイミングを見計らわなければならないし、そのうえで柊史と紬の2人だけ(アカギは買収して追い出す)で水着に着替えるなどインモラルとしか言いようがないが、もとより今回の計画はインモラルだ。
それに少々上乗せすることになったところで誤差というか、それで柊史が乗ってくるのなら御の字と言うものだ。
そう思った紬が提案をしようとして。
「もしよかったらなんだけど、別荘に行かない?山奥で人目もないし、近くに渓流があるから泳げるよ」
「え?べ、別荘?」
「うん。オレのじゃなくて先生のだけどね」
柊史から、思ってもみなかった案が飛んできた。
「えっと、それって、保科君の先生も来るの?」
「いや?最近先生はかなり忙しいみたいだから、場所だけ借りるつもりだよ。それに、オレもかなり鈍ってきてるから鍛えなおしたいしね」
「・・・・・」
(これって、保科君のことをもっちよく知るためのチャンスかな?)
紬は前から、呪術のことについて柊史によく質問し、教えてもらうことがあった。
それは、柊史のことをもっとよく知りたいという欲からくるモノだったが、柊史の口ぶりからそこで呪術に関連する何かをやるつもりのようだ。
そのことが、紬の好奇心をくすぐった。
「わかった。保科君がよければ、お願いしてもいい?」
「うん。任せといて。あ、でも、渓流だと気温も低いからもう少し時期が後になってからの方がいいかも。それでも大丈夫?」
「大丈夫だよ。ワタシも用意するモノがあるから」
ユニセックスの水着もそうだが、計画の本命たる水着も用意できていない。
幸い、プール開きまでまだ時間はあることであるし、しっかり準備をすべきだろう。
「それじゃあ、楽しみにしてるね、保科君」
「うん」
こうして、紬は柊史と2人で出かける約束をするのだった。
なお、このとき『人気のない山奥で2人きりで水着に着替える』という行為が紬の自宅で着替えるのと同程度にはハードルが高いことに2人は気づいていない。
そして。
『うう、恨むぞ、紬・・・』
「あれ?アカギ、どうしてカラスの姿になってるの?」
「お前、さっきまで人間の姿だったよな?」
いつの間にか姿を消していたアカギがカラスの姿で戻っていた。
その意味を知るのは、後で近くの茂みからアンモニア臭のする服を発見したときのことであった。
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おまけ IFストーリー~もしも今作の保科君が呪術本編にいたら
「はぁ~・・・父さんってば、何度見せても同じなのに」
保科柊史は病院が嫌いだ。
それは、注射が痛いとか薬が苦いとかそういう話ではない。
その日、エンパスだかなんだか知らないが、父に連れられて大きな病院に来た柊史は、『精密に検査するため』という名目で入院することになったのだが、夜にトイレのために起きたのだ。
『ア、オオ・・・』
『お、お注射注射ちゅ・・・』
『しゅ、手術手術・・・オペを開始しますオペを・・・』
暗い廊下にはいくつもの得体の知れないナニカが不気味な言葉を呟きながら徘徊している。
「うわぁ・・・たくさんいる」
柊史が病院を嫌いな理由は二つ。
一つは、病院というのは負の感情が集まりやすく、ひどく居心地の悪い場所だということ。
二つ目は、病院には『お化け』がたくさんいるからだ。
「最悪なんとかできなくはないけど、イヤだなぁ・・・」
この世界には『お化け』がいる。
周りの人間は知らないけど、本当はいる。
そのことに気が付いたのはいつだったか、柊史は覚えていない。
お化けは危ない存在だ。
大きいヤツは建物を簡単に壊すことができるし、人間を殺すことだって同じだろう。
とはいえ、柊史は過度に恐れることはしていなかった。
なぜなら、柊史には『チカラ』があるからだ。
「お化け、マズいんだよなぁ・・・」
柊史は、人の感情を感じ取るチカラがあるが、それとは別にお化けを食べるチカラも持っているのだ。
前に偶然人気のない路地を近道として通ろうとしたときにお化けに襲われ、その際にお化けを自分の身体が吸い込んだ。
思わずその場で吐いてしまうくらいマズかったが、それでも生き残ることができたのだ。
その日から、『自分はお化けに襲われても最悪なんとかなる』と理解した。
だから、尿意が限界近い柊史にトイレを我慢するという選択肢はなかった。
「ふぅ、スッキリした」
幸い、お化けは自分を襲うことはなく、無事にトイレを済ませた柊史は自分の病室に帰ろうとして・・・
「あれ?オレの部屋、どこだっけ?」
保科柊史、九才。
来たばかりの病院で夜に道で迷ってしまうのは年齢を考えれば仕方のないことだろう。
「ヤバい、どうしよう・・・看護師さんの部屋、っていうか明るいところを探せばいいのかな」
スタッフステーションという単語は知らないが、明るい場所には看護師が常駐しているくらいのことは知っていた。
ひとまず、柊史は明るい場所を目指して歩き始めた。
「・・・?なんだ、この部屋」
しばらく歩き回っていると、柊史は奇妙な病室を見つけた。
「・・・暗い。っていうか、黒い?」
夜の病院であるために暗いのは当然だ。
しかし、その病室はあまりにも暗すぎた。
まるで、扉を黒く塗りつぶしたかのよう。
「なんでだろう?開くのかな?」
今の柊史は9歳。
不思議なチカラを持っているとはいえ、まだまだ好奇心旺盛だった。
しかも、『いざとなれば自分はお化けに勝てる』という成功体験を持っている一方で、致命的な失敗を経験していない。
無謀なことに対して、それを無謀であると判断するための土台ができていなかった。
「開けてみよう」
かくして、柊史はその病室のドアを開けた。
「へ、へへ、あの『猿』の嫁なんだからさしずめ雌猿か」
「・・・え?」
扉を開けた柊史の目に飛び込んできたのは、1人の男だった。
闇に慣れた目が、男の指先にキラリと光る針のようなモノを捉え、男のすぐ前のベッドで眠っている女の人に突き刺そうとしているのがわかった。
・・・柊史にはまったくもって知る由のないことであったが、男は禪院という呪術界における御三家に属する者だった。
とはいえ、その中でも
「禪院の落伍者なんぞのつがいになったことを恨むんだな!!死・・・、っ!?誰だっ!?」
・・・かつて、禪院家には術式どころか呪力を全く持たない、『禪院家に非ずんば呪術師に非ず 呪術師に非ずんば人に非ず』というクソみたいな家風において人間未満の『猿』としか見なせない男がいた。
その男は呪力を持たない代わりに呪術師が呪力で身体強化を施したとしてもまったく相手にならないくらいには強かったのだが、禪院家においては畜生同然である。
あるときに、その男は出奔していなくなったのだが、その前に禪院家のある術師が男に因縁を付けていた。
やれ『目つきが生意気だ』とか、『猿の癖に自分に挨拶の一つもないとはどういうことだ』とか、言いがかりとしか言いようのない内容であり、近々出ていくことを考えていた男は、因縁を付けて来た相手が大した地位の持ち主でもないこともありボコボコにした。
男の方はもうとっくにそんなことは忘れていたが、術師の方はその屈辱を抱え続けており、様々な情報網をもって男が最近妻を持ち、子を設けたことを知った。
そこで、術師はやっと復讐の機会を得たと喜び、刺客を放ったというワケだ。
術師本人が手を下さなかったのは、その度胸もないからか、男からの万が一の報復を恐れてのものなのか、はたまた禪院家の中でも最底辺の躯倶留隊に殺させることでその死を貶めようとしたのかはわからない。
ともかく、刺客の男が凶器の呪具を振りかざした瞬間に、タイミング悪く柊史がドアを開けてしまったのである。
「ガキっ!?お、お前、どうして入ってこれた!?」
「あ、あの、その・・・!!」
柊史も勿論だが、刺客の男もまた混乱していた。
病室には念のため、『一般人は侵入できない』というオーソドックスな帳を降ろしていたのだ。
だから、一般人、それも柊史のような子供が入ってこれるワケがない。
しかし、呪術師としての素養を持つ柊史は条件から外れていたのである。
だが、見られてしまった以上、男は行動を起こさねばならなかった。
「お前も死ねっ!!」
「ヒィッ!?」
男が禪院家の術師から持たされた呪具は、『刺されば毒殺されたように死に至らしめる』という呪いを持っている。
場所は病院。
この針でベッドの上に眠る女性ともども医療ミスに見せかけて葬る算段であった。
しかし、このとき刺客の男にとってはこの上なく不幸な。
一方の柊史にとっては信じられないほどの幸運が起こった。
「あぐっ!?」
「ちっ!?」
一つ目の幸運は、柊史が恐怖のあまり尻もちを付いてしまったこと。
禪院家の最底辺といえど、一般人からみれば呪力による強化が使える超人だ。
大人と子供という差以上に大きな開きがあり、そのままでは男の突き出した針から逃れる術などなかったが、偶然位置が下がったことで狙いが外れた。
--ドンっ!!
「っ!?」
柊史が尻から床に落ちた瞬間、信じられないほどの衝撃が地面を揺らし、男の動きが止まる。
このとき、床と柊史の尻の間から黒い火花が発生していたのだが、それこそが二つ目の幸運。
打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際に生じる空間の歪み、すなわち黒閃の発生であった。
これにより、男の動きを止めると同時に柊史の呪力操作が人生最高点に至る。
「う、おおっ!!」
「ちっ!!ガキが・・・」
三つ目の幸運は、柊史と男の距離がほぼゼロだったこと。
そのおかげで、柊史は反射的に男の足に組み付くことができた。
とはいえ、相手は術式を持たないとはいえ厳しい訓練を耐えて来た呪術師だ。
そんな男にかかればろくに鍛えてもいない子供を振り払うなどあっという間にできる。
足元が揺れた衝撃で一瞬動きが止まったが、そんなものは問題にならない・・・ハズだった。
ここで、四つ目の幸運。
「う、ああああああっ!!」
「がっ!?この、ガキ・・・呪力を!?」
たまたま、柊史の術式が空腹だった。
柊史の術式は感情を吸い取り、それをエネルギーとして貯蓄できるが、その縛りとして定期的に感情を取り込まねば恐ろしいほどの飢餓感に襲われるというデメリットがある。
その際の呪力や感情に対する吸引力は凄まじく、呪霊ならば二級以下が一発で身体の大半を持っていかれるほど。
それを呪術師に使えばどうなるか。
「ぐ、おお・・・ガ、ガキ、が・・・」
呪力を根こそぎ。
さらにはその源である感情そのものすら丸ごと吸い出され、男の目から光が消える。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・助かった、のか?」
男は目を開けて意識はあるようだが、その眼は虚ろで起き上がる様子はない。
自分が何をしたのか自覚はないが、どうやら危機は脱したようである。
そこに。
「・・・あれ?なんで人が倒れて?それに部屋が暗い・・・そこのキミ、何が起こってるの?」
柊史の黒閃による衝撃が理由なのか、ベッドで眠っていた女性が目を覚ましていた。
「えっと・・・ごめんなさい。オレにもわかんないです」
「そう・・・う~ん、こういうときは」
女性に事情を尋ねられるが、柊史にも何一つわからないのだ。
答えられることなど何もない。
しかし、女性に慌てる様子はなかった。
まるで常日頃、こういった荒事と縁がある・・・もしくは、そういった世界に足を踏み入れた人間と近しいかのようで。
「キミ、念のためもう少しここにいてもらっていい?」
「は、はぁ・・・」
どういうワケか圏外だったようで、いったん部屋の外に出てどこかに電話をかける女性を、柊史は黙ってみているしかなかったのであった。
そして、しばらくして。
「・・・コイツを助けたガキってのは、お前か?」
柊史の目の前に、呪力を一切感じ取れない代わりに、明らかに『ヤバい』と本能が全力で警鐘を鳴らすほどのプレッシャーを放つ男が立っていたのであった。
感想、評価お待ちしております。
pixiv版もよろしくです。
椎葉さんがナニするお話はこちらに掲載。
https://www.pixiv.net/novel/series/12446456
なおおまけのその先については余力と需要があれば更新するかもです。
朧げなストーリーとして、
禪院家に狙われたので、パパ黒が潰しに行くか迷うも1人では家族を守り切れないため断念。
とはいえ、守りに入っても一般人のママ黒と生まれたばかりの恵君を守りながらはやはり1人では無理。
そこで、最近六眼と無下限呪術を併せ持ってブイブイ言わせてる五条家に庇護を求める。
調子に乗ってる悟を呪具ありバトルでボコボコにする。
『勝ち逃げなんてゼッテー認めねー!!』となった悟に雇われ、ついでに柊史君も五条家に稽古つけてもらう。
そのうちに柊史君の術式反転のヤバさを見破られて悟お気に入りの遊び相手になるくらい。
恵君からはまともな年上として頼られる一方、直哉からは命を狙われるレベルで嫌われます。
さらに、この世界線の場合、柊史君のメインヒロイン枠は綾地さんの予定。
ちなみにサノバウィッチはどうも京都がモデルのようなので京都校所属ですが年齢的に誰とも会わないなぁ・・・
この作品をご存じでしょうか?①ダークギャザリング、②死印、③東方Project
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①と②を知ってる
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①と③を知ってる
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②と③を知ってる
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