女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話 作:二本角
また、今回の話ほど設定についてグダグダ語る話は今後ない・・・ハズです。
『今日はずいぶん機嫌が悪そうだね。何かあったのかい?』
「・・・すみません。態度に出ちゃってましたか」
先生と呪力のコントロールのために日々行っている映画鑑賞(呪力操作をミスると監視してる呪霊がパンチ)の最中、オレが三回目のパンチをもらったところで、先生が映画を止めた。
オレとしては先生の前で醜態をさらすことになってしまい、恥ずかしい限りである。
『ふむ・・・誰にだって機嫌の悪いときというのはあるモノだが、呪力を扱っているときに集中が乱れるのはいただけないね。確かに呪力の源は負の感情だけど、我々術師はその感情をいかなる時もコントロールできなければならない』
「・・・はい」
先生の言う通りだ。
呪力はマイナスの感情によって生み出されるが、その感情に引っ張られて制御がおざなりでは意味がない。
『よし・・・柊史。何があったか話してみなさい』
「え?」
『これでも私は年長者だし、
「でも、いいんですか?愚痴になっちゃいますけど・・・」
『構わないさ。むしろ、そうするべきだよ。私はキミの先生を名乗らせてもらっているしね』
『そもそも、キミはまだまだ子供と言っていい年齢だ。それくらいが普通だよ』と言って先生は笑った。
「じゃ、じゃあ、お願いします」
そうして、オレは今日学校であったことを語った。
とはいえ、別に今日になってとりわけイヤなことがあったというワケではない。
これは、日常の積み重ねによるものだ。
「周りの人間が、鬱陶しくて仕方がないんです」
『・・・ほう?それは、キミの心喰呪法が関係しているのかい?』
「はい。コントロールはできるんですけど、縛りのせいでどうしても他の人間の感情を吸わないといけませんから。でも、それが最悪なんです」
『・・・・・』
オレの心喰呪法は他者の感情を吸って呪力に変えることができるが、オレの術式においては感情には味がある。
マイナスの感情は非常に味が悪いのだ。
そのくせ、世の中にはマイナスの感情の方が圧倒的に多い。
なら他者の感情など吸わなければいいではないかという話だが、オレの術式には『一定時間感情を吸わないと動けなくなるくらいの飢餓感が沸いてくる』という縛りが備わっており、どうしても避けられない。
さらには、オレはその際に感情を放出した人間の身体的苦痛まで肩代わりしなければいけないのだ。
自分で言うのもアレだが、ストレスが溜まるのは当然だろう。
そして、そんな状況だからこそ、オレは周囲の人間が疎ましくてしょうがなかった。
確かに、オレは他人の感情を吸わなければならず、言ってしまえば盗み食いをしている立場だ。
しかし、それはオレの意思ではないし、どうにもできない。
なにより、感情の味がマズすぎるのだ。
どうして、世の中にはマイナスの感情ばかりが溢れているのだろうと思うと、それを発する人間たちにいい感情を抱けるハズもない。
・・・この頃のオレは、人間というモノが
その気になれば簡単に処分できるという意味でも。
「いっそのこと、人間が全員術師だったらよかったのに」
オレは先生しか呪術師を知らないが、先生曰く術師からは呪霊が発生しないという。
それは、術師によって呪力がコントロールされ、呪霊となるまで呪力が集まることがなくなるからだそうだが、その理屈で言うのならオレの術式にも効果があるだろう。
現に、オレが先生の感情を読み取ることができないのは、先生が自ら溢れる呪力をきちんと制御できているからだ。
ちなみに、先生の呪力については味もいい・・・というか、普通にイケるレベルだ。
生野菜というか、苦くはあるのだが食品として受け入れられるくらいには整っている。
もしも世界に術師しかいなければ、オレの過ごしやすさは今よりはるかに快適だろう。
まず不可能なので夢物語でしかないが。
長話になったが、要はそのような不満や願望が溜まりに溜まって限界近かったのが今日というワケだ。
『・・・ふむ』
その間、先生はオレの告白を真剣に、それでいて興味深そうに聞いてくれた。
しばらくの間は静かに何かを考えているようだったが・・・
『まさか、呪霊の味のことだけでなく、ここまで私と価値観の近い術師がこんなところにいるとはね。ずいぶんと皮肉な話だ。『向こう』で出会えていれば、何か違ったかな・・・』
「え?」
それは先生の独り言だったのだろう。
小さくてよく聞こえなかった。
『いや、なんでもないよ。私も似たような経験をしてきたから気持ちはわかる・・・と言いたいところだが、術式からして柊史の方がはるかにキツイだろう?それなのに軽々しく同調するのも薄っぺらく思えてしまってね』
「い、いえ!!そんなこと!!そう言ってくれるだけでありがたいというか、気が楽になるというか・・・」
『そうかい?少しでもお役に立てたのなら私としても嬉しいが・・・』
先生は少し申し訳なさそうだが、オレの気が楽になったのは本当だ。
先生の言う通り、共感してくれる人に愚痴を吐くというのは想像以上に効果があった。
言葉にして、オレは自分の中の気持ちに形を持たせることができたのだ。
(オレは、人間が嫌いだ)
無論、すべての人間が嫌いなワケではない。
世の中には善良な人間がいることも知っている。
父さんはその筆頭だ。
そして、父さんの教えてくれた良識というモノに背かない程度には、周りの人間に気を遣っているという自負がある(決して善意によるモノではなく、父さんを悲しませたくないからだが)。
それでも、最近は周囲の人間への嫌悪を抑えることが難しくなってきたように思う。
(毎日毎日、うるさいんだよ。もう少し静かにしていてくれないか)
毎日のようにぶつけられる悪感情と、最悪な味で無理矢理に誤魔化す飢餓感が続く日々。
・・・この頃のオレは、術式とそのさらなる発展系を会得したことで調子に乗ると同時に、その縛りのせいで荒れていた時期だった。
椎葉さんのような心の綺麗な人にも出会えず、かなりやさぐれていたと言っていい。
だから、このときに口に出した疑問も、深く考えたモノではなく、人間への不満がこぼれただけだった。
「そういえば、タチの悪いアルプって人間の心を壊してエネルギーを回収するんでしたよね?それなら、オレの周りにいる人間のマイナスの感情も持って行って欲しいですよ」
「ふむ?」
前に先生からそんな話を聞いていたが、人間の心を壊すというのなら、オレの周りにいるどうでもいい連中の心でやってほしいモノだ。
そんなことを考えていると、先生がまたも面白いモノを見るような顔をしていた。
『それは中々難しい話だね。なにせ、邪悪なアルプというのは私がほぼ消してしまっただろうし。それに、生き残りがいたとしても、彼らが心を壊す方法というのはそれなりに時間がかかる。他のまともなアルプに妨害されることを考えると、ハイリスクハイリターンというヤツさ』
「む」
軽い気持ちで言ってみたのだが、先生は真面目に返してくれた。
なので、オレも少し考えてみる。
(心を壊す、か。確か、悪人寄りの魔女に簡単に叶えられないスケールの大きい悪事を願わせて、その代償で殺すってやり方なんだよな)
人間が意識を保ったまま死にゆくときの感情は凄まじいモノであるらしい。
成功すれば、人間1人分の感情が一気に手に入る。
だが、いささか回りくどくはないだろうか。
妨害されるのは、長い時間をかけているのもあるからだと思う。
もっと短期間で済む方法もありそうなモノだが・・・そう、例えば。
「ハイリスクっていうなら、他にもいい方法はあるんじゃないですか?心を壊せばいいんですよね?例えば、人間を何人か捕まえて痛めつけるとか・・・これなら魔女本人が死ななくて済みますし、願いも叶う」
『ほう?実に面白いことを考えるね?』
「魔女って、普通の人間には見えないし監視カメラにも映らないんですよね?それなら、後ろから殴って気絶させて、人目に付かない場所で殺してもバレないんじゃ?というか、不可視化みたいなチカラを与えることができるなら、他人から感情を絞り出すような能力を付与すれば・・・」
魔女には、一般人に見えなくなるという能力がデフォルトで付いている。
これを悪用すれば、人間を一人や二人襲って連れ去るくらいはできそうだ。
何も契約による代償でじわじわと追いやる必要はないだろうし、心を壊して欠片を得られるのであれば、相手は誰でもいいハズ。
その方法も、何をしてもいいならいくらでもある。
動けない相手を痛めつけて死ぬ寸前まで追い込めば、その結果は魔女を死に至らしめる場合と変わらないだろうし、あまり時間もかからない。
何より、邪悪なアルプと契約した時点で、魔女は自分の命がかかっているのだから、それこそ必死になるに違いない。自身の願いも叶うことだし。
前に先生が言うには、普通の魔女というのはアルプや魔女全体のために悪事をしないように言い含められているようだが、邪悪なアルプが選ぶような魔女なら関係ないだろう。
というか、不可視化のような能力を付けられるのなら、感情を活性化させるとか、もっと欠片集めに役に立つ能力や、契約した魔女を介して他者から感情を送らせる能力を持たせればいいのに。
『それはアリだ・・・と言いたいところだけど、できないんだよね、ソレ』
「?」
何故だかテンションの高い先生だが、オレの考えた方法はできないようだ。
というか、先生も同じ事を考えたことがあるのか。
『まず、前提としてアルプが感情のエネルギーを受け取れるのは、契約した魔女の代償と、願いが叶ったときに放出される感情だけなんだ。後者については推測だけどね』
魔女の代償や願いの叶え方は、魔女にもアルプにも契約を結んでみるまでわからない。
つまり、その部分を決定する『何か』が存在し、先生はそれを『魔女のシステム』あるいは『世界そのもの』と考えている。
そしてアルプは魔女の契約の『仲介者』であり、魔女とこの世界そのもののシステムが契約するのを仲立ちする。
アルプの取り分は魔女が代償を受けたときに放出される感情なのだが、それだけならむしろ魔女の願いが叶わない方がいい。
そうなれば、アルプは一生魔女の代償を通して感情のエネルギーを受け取れるのだから。
だと言うのに積極的に心の欠片を集めるように勧め、願いを叶えさせようとするのは、なんらかの『成功報酬』があるからだろうというのが先生の言だ。
現に、アルプは自分が契約した魔女が集めた心の欠片でも利用することはできない。
これは、心の欠片集めそのものはアルプにとって何の意味もないことを示している。
もしも使えるのなら、持ち逃げをするアルプが必ず出るに違いないが、そんな話はない。
ここまでの状況証拠が揃っていれば、アルプが心のエネルギーを得る方法は先生の言う二通りしかないと見ていいだろう。
アルプは、自身の契約者本人からしか感情のエネルギーを受け取れないということ。
『邪悪なアルプが取っている方法のメリットは、魔女ではなくアルプ本体が人間1人分の心のエネルギーを直接得られることなんだ。推測に推測を重ねるようだが、おそらく魔女の成功報酬よりも人間1人分のエネルギーの方が大きいんじゃないかと思っている。代価の重さ的にね。呪術においても、命を懸けた縛りというモノは強烈な効果を発揮する』
死が人間に与える影響はとてつもなく大きい。
なにせ、その人間の世界が一つ終わるのだから。
絶命を対価とすることで放たれる呪術は、非常に強力なのだという。
その理屈に則ると、他の人間から集めた欠片によって願いが叶うことと、契約者の死によってもたらされるエネルギーの大きさは、確かに後者の方が大きそうだ。
『そして魔女が誰かを殺して欠片を得たとしても、それは殺された者と魔女の間だけで完結する。アルプに介入する余地はない』
アルプは直接契約した相手からしか感情のエネルギーを得られない。
ならば、魔女が動いて他の人間から苦痛の感情を絞り出すようなことをしたとしても、契約していない相手、しかも代償でもないのだから感情を受け取れないのだ。
魔女が収集する心の欠片になるだけ。
「そこをいじることってできないんでしょうか?オレの術式みたいに、周りから感情を吸い取って送らせるみたいな」
『それも無理だろうね。アルプが得をするだけでコストがかかってない。アルプか、契約している魔女か・・・誰かが何らかのデメリットを背負わないと縛りとして成立しないよ。そもそも魔女になんらかの術式、いや能力を与えることだが、これがまずできない。アルプは仲介者でしかないし、同様に魔女の持つチカラは借り物でしかない』
魔女のチカラは、世界そのものからの借り物であり、アルプが貸し出しているわけではない。
上限は知らないが、心の欠片さえ集めればそれこそ『なんでも』叶う魔法をただの人間に使えるようにするなど、呪術を知るオレからしても凄まじい御業である。
そして、人間の感情に疎いアルプは単体では簡単な魔法しか使えない。
とてもではないが、そんな神の御業じみたモノに干渉などできないだろう。
言ってしまえば、不器用な人に超精密機器の組み立てを自力でやれと言っているようなモノだ。
すなわち、アルプでは魔女が授かる能力に手を加えることなどできないということ。
よしんばできたとしても、それはレンタカー会社の社員が勝手に会社の所有する車を客が要望する通りに改造して貸し出すようなものであり、費用はアルプ持ち。程度によってはアルプがペナルティを受けるだろう。
かといって魔女のシステムに頼らず、人間に便利な能力を付与することも技術的に土台不可能。
無理矢理にやれば、アルプも、そしてその能力を得た人間もただでは済まない代償を払うことになるのは火を見るより明らかだ。
己の身の丈に合わないチカラを引き寄せてもロクなことにならないのは呪術師の常識である。
逆に言うと、もしもそんなことができるのなら、そのアルプは魔女にその能力を持たせることですぐに人間になってしまえるに違いない。
いや、そもそもそんなことができる時点で人間になるまで秒読みの段階だろう。
わざわざリスクを抱える必要などない。
・・・なお、こことは別の世界線においてアカギが柊史に『代償を肩代わりできる能力』を与えたことがあったが、あれは元々存在するアカギと紬との契約に柊史をバイパスとして組み込んだ形であり、能力を与えたというよりも契約の一部を負担させたと言うべきだろう。願いの前借りと同じく契約細部の改変にあたり、その上で柊史の側に特大のデメリットが生じる結果となっている。
『そして、実はこれが一番大きい前提なんだけど、特定の負の感情は心の欠片にならないんだよ。正確には、心の欠片が析出する方向が違う。負の感情の心の欠片は、己の中に向かうんだ。だから、『穴』が空く。キミのようにね。人間を死ぬまで痛めつけたところで、割に合うほどの欠片が得られる可能性は低い。最初に言っておくべきだったかな』
「心の穴・・・」
心に穴が空く、心に傷が付くという表現があるが、これは比喩ではない。
強い悲しみや絶望を感じる、あるいは負の感情を慢性的に持っていると、本当に心に穴が空くのだ。
先生に会ったときの、いや今現在のオレのように。
そしてその理屈で言うと、確かに先生の言うとおり、負の感情の心の欠片は自分の中に向かうのだろう。
心の欠片とは、欠片として析出するくらい、言い換えれば余るくらい強い感情の塊だ。
なのに、強い悲しみや憂鬱を感じて穴が空くということは、それは己の感情で己の心に穴を掘り進んでいる以外にあり得ない。
『他者に向いた怒りや憎しみ、嫉妬なんかはまた別だろうけどね。人間が死の間際に思う恐怖や絶望、悲しみは己にしか向かわない。だから、心の欠片は取れない・・・もしもそれができるのなら、この世界はもっと殺伐としているだろうさ』
「? どういう意味ですか?」
『考えてみるといい。その方法ができるなら、アルプが直接受け取ることはできなくとも、魔女が大量の心の欠片を得ることは可能だ。大きな願いでも叶うのはすぐだろう。さっき言った、人を呪うような魔女ならば一も二もなく飛びつくはずだ。なにせ、人間はたったの三千万円で女の子の命を奪うようなことを平気でしでかすんだ。金どころか何でも叶うというのなら、人を何人か殺すくらいなんでもないさ。邪悪なアルプでなくとも、同胞に消される前に人間に成ってしまえばという逃げ切りを考えるヤツが出るだろうね』
「・・・・・」
それまではどこか愉快そうだったのに、『三千万で女の子を殺す』というところだけ、先生の笑顔の質が少し変わったような気がした。
どこか、自嘲するような、皮肉を言うかのような。
次の瞬間には元に戻っていたけど。
『さらに飛躍する話になるけど、それで一番恐ろしいのは、いや、『面白い』のは、それによって魔女のシステムが一般人に知られることだ。アルプの存在が知られて排除の方向に進む可能性が高いのは、魔女のシステムで願いを叶えることのコストパフォーマンスが悪くて、しかも代償まで付いてくるために、関わることのデメリットの方が大きいから。だが『人間を何人か犠牲にすれば願いが叶う方法がある』となれば話は別だ。それを権力がある者が知れば、自分か、あるいは他の人間を魔女にして、適当な人間を生贄にしてから願いを叶えればいい。その隠蔽も、何人かそういったことをできる能力を獲得した魔女を用意すれば可能だ。金を願うか、異性を願うか、力を願うか、あるいは呪術、いや魔法そのものを願う者もいるだろう。『願いを叶えるチカラそのものをよこせ』と考える人間は必ずいる。異能のチカラは万能でなくともその可能性に満ちているからね。それによって柊史のようにチカラを持った人間が生まれていき、その人間どうしで子孫を作っていけば・・・この世界は『私が元いた場所』に非常に近い世界になる。まあ、人間から強制的に心の欠片を回収できる方法があるっていうのが前提の、益体もない妄想だけどさ』
「・・・・・」
言ってしまえば、願いの資本化だ。
権力のある人間が、何らかの報酬を提示してから、あるいは脅迫することで意図的に魔女を仕立て上げ、人間を犠牲にして願いを叶えさせる。
そして、それを繰り返し続けることで無限に願いを叶えることができる。
なるほど、人間が死ぬときの感情から心の欠片を取れないのは本当のようだ。
(もしも、そんな方法があるのなら、やるヤツだらけだろうな)
他人を犠牲にして願いが叶うのなら、手を出すヤツは必ず出る。
そこまで世界が殺伐としていないということは、つまりはそんな方法は存在しないということだ。
その理屈を信じられるくらいには、このときのオレは人間というモノに失望していた。
・・・これは柊史も、そして夏油も知らないことだが、夏油の死後数年後に夏油の死体を乗っ取ったとある呪詛師による大儀式の中でよく似たことが行われかけた。
エネルギー資源の代替とするために他国が軍隊を差し向けて呪術師を確保しようとしたのだ。
結局それは呪霊の脅威を知らなかったことで、というより意図的に知らされなかったことで部隊が壊滅してご破算になったのだが。
もしも成功していれば、呪術という技術そのものが資本社会の歯車に組み込まれていただろう。
『思えば、願いを叶えられるのが一回だけという縛りは、魔女のシステムが仕掛けたセーフティなのかもしれないね。誰もが際限なく願い続ければ、それらの願いどうしがいつか必ず矛盾を起こす。そのエラーが発生したときに何が起きるかはわからないが・・・まあ、いい予感はしないね。特定個人が誰かに願いを複数回叶えさせるというのも、対策されてそうだな』
なぜ願いは一回だけなのか?
それは、いくつもの矛盾した願いどうしがぶつかりあったときに世界に致命的なエラーが起きて、破綻するのを防ぐためなのではないか。
複数の魔女を使って願いをいくつも叶えるとしても、それが同一の人間の指示によるモノならば、そこにも何かペナルティがありそうだ。
『うん。どのみち私が吐いた妄言は単なる妄想というワケだ。まあ、雑談としては中々面白かったよ』
「・・・そうですね。はぁ、結局は我慢するしかないか」
『いや、それは違うよ、柊史』
「え?」
今までの話はすべて絵に描いた餅であり、実現などしない。
あまりにも物騒な内容だったので、それはそれでいいと思うが、それではオレが周囲の人間に我慢を続けなければいけないことに変わりはないということだ。
だが、それは先生に否定された。
『虐げられる側が、唯々諾々と従っていなければならない理由はない。辛ければ立ち向かってもいいし、もちろん逃げてもいい。なんなら、本当に耐えられなくなったのなら、遠慮なく私を頼るんだ。私は、キミが辛い思いをしているのなら、それを抱え込まれる方が辛いよ』
「先生・・・」
先生の呪力が荒くなる。
これは、先生がわざとオレに感情を読ませるときの合図だ。
間違いなく、今の先生は本気でオレのことを考えていてくれた。
『いいかい柊史?キミに、いつまでも我慢を続けなければならないなどという義務はない。度を過ぎた相手には、こちらもそれ相応の手段を取らざるを得ない場合もある・・・いざとなれば、呪術を使ってでもね。よく覚えておくんだ』
「・・・はい!」
オレは勢いよく返事をした。
オレは、このときの先生が言ったことが間違いだとは今でも思っていない。
世の中にはどうしようもないクズがいて、強硬手段を取らなければならない、その方が良い結果につながるときはあると。
だが、このときのオレに今のオレが何かを伝えられるのなら、言っておかなければならないことがある。
--お前は俺だ、保科柊史
『だからと言って、何をしてもよいというワケではない』ということを。
先生とこの話をしたのは、オレが人生最大の過ちを犯す少し前のことであった。
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「とまあ、先生が言うには『魔法で異能のチカラを願うのはごく自然なこと』らしい。でも、実際にはコスパが悪くて、よほどの理由がなければもっと具体的で現実的なモノを願うのが普通なんだってさ」
仮屋が考えた『魔法によって呪術師になる』というのはかつて先生も考えたことがあることだ。
だが実際には、異能のチカラを願う者は少ない。
なぜならば、曖昧な『なんでもできそうなチカラ』と『具体的な問題の解決』のどちらに一度しか使えない権利を使い、代償まで支払わなければならないとなれば、ほとんどが後者を選ぶからだ。
これが、気軽かつお手軽に願いを叶えられるとなれば話は別だろうが、アルプへの貢献度を考えて、そもそもそのような軽い考えの人間は魔女に選ばれない。
欠片集めという根気のいる仕事をしなければならないし、かといって簡単に叶う願いはアルプへの見返りも少ないだろう。
だから、先生は『大きな願いでも簡単に叶えられる方法があれば』と前置きし、そしてそのような方法がないからこそ、世界は平和なのだと。
その簡単な方法が人間を犠牲にすることなら、手を出す者がいくらでも出るのは想像に難くないのだから。
「長くなったけど、これが先生が言ってたことの・・・ん?2人ともどうしたの?」
「「・・・・・」」
だいぶ長い話になってしまったが、先生の真意を言い終えたところでいやに静かだなと不思議に思っていると、仮屋と綾地さんの2人が引きつった顔をしていた。
「いや、保科・・・アンタ、夏油・・・さんって人といつもそんなエグイ話してんの?」
「保科君・・・本当にその夏油さんと一緒にいて、保科君は大丈夫なんですか?なんていうか、ものすごく危ない雰囲気がしますよ?」
「そうそう。何かの悪用について考えてるって、マルチ商法の講習とか、犯罪教唆?そんな感じがしたんだけど」
「いやいや、大丈夫だって。先生ともいつもこんな話してるワケじゃないから。最初に言ったでしょ?あんまり気持ちのいい話じゃないって」
オレとしても、この2人には嫌われたくないし、今は
なお、いつもこんな話をしているワケじゃないというのは本当だ。
なぜなら、オレも先生も非術師のことをわざわざ話題に出したくないから。
「・・・まあ、認めたくはないけど夏油さんの言ってることは正しいかもね。テレビのニュースとか見てたら、くだらない理由で事件が起きたりしてるし」
「それは、そうかもしれませんが・・・」
顔をしかめたまま仮屋がそう言うと、綾地さんも眉をひそめながら認めた。
綾地さんの方は何か言いたげだが。
「ちなみに、理論上は簡単に願いを叶える方法はあるぞ。代償もスルーできるかもしれない方法が」
「そんな方法あるんですか!?・・・あ、でも、この流れだと」
「・・・その方法もろくでもないやり方なんじゃないの?」
「いや、確かにこれも先生の考えた方法だけど、こっちはそうでもないぞ。ただ、現実的じゃないってだけで」
先生の汚名返上のためになるかわからないが、人間を犠牲にしないやり方で願いを叶えられる方法のことも話しておくか。
方法そのものはとてもシンプルだ。
「魔女になる前に、大量の欠片を集めておけばいい。魔女か、オレみたいな術師がいるのが前提だけど」
「確かにそれはその通りだと思いますが・・・」
「まず無理でしょそんなの。普通の人は心の欠片なんて見えないし取れないんだから」
「だから魔女の協力者がいるのが前提って言っただろ。とはいえ、やっぱり現実的じゃないけどな」
アルプと契約する前に心の欠片を大量に集めておき、魔女になった直後に即決で支払う。
この方法ならば、代償が致命的なモノでも即死するようなタイプでない限りは問題にならないだろう。
前提として、心の欠片を集めるための魔女が必要だが、これも資本家が魔女を雇うという形式なら不可能ではない。
権力か財力か、それらを使えば協力する魔女はいるだろうし、人間社会での利便性を考えて乗るアルプもいるかもしれない。
あえて軽い願いを設定し、代償も小さいモノになるようにしておけばいいのだから。
だが、そういった者が願う内容に見合う心の欠片を集めきるとなれば、相当の時間がかかる。
もしかしたら数十年はかかるかもしれない。
それも魔女の人数を増やせば解決できるかもしれないが・・・コスパ、タイパ的にそこまでする人間がいるとも思えないから、やはり現実的ではない。
「一応、オレは心の欠片を作れるけど、それでもオレだけで大きな願いに見合うくらい欠片を用意しろって言われたら、大金積まれても断るね。っていうか、無理だ。そんなにプラスの感情がそこらにあるとは思えないし」
オレは術式反転で心の欠片を作ることができるが、術式反転を使うためには反転術式を使う必要があり、そのためには質のいいプラスの感情が大量に必要になる。
その時点で不可能と判断を下せる。
(オレと先生が協力すればできなくはないけどな)
ただ、先生がいるのなら話は別だ。
先生は腕利きの術師であり、オレのように術式に付随したやり方ではなく、素で反転術式が使える。
その状態の先生からプラスの呪力を喰えれば、オレも反転術式ひいては術式反転を使うことができるという寸法だ。
もちろん、この方法もオレと先生の呪力量や集中力の限界があるから無限ではないが、それでも一日に少しずつ進めるだけで時間をかければ安定的にそれなりの欠片を用意することができる。
反転術式を使える術師と心の欠片を作れるオレが必要という時点で魔女を雇うより現実的ではない話だが。
(ん?)
ここで、オレは一つ引っ掛かりを覚えた。
(待て。心の欠片を作るにはプラスの感情が必要だけど・・・呪霊はどうなんだ?)
感情の結晶である心の欠片と、呪力ひいては呪力で構成された存在である呪霊はよく似ている。
現に、先生と初めて会ったとき、心に穴が空いていたオレは、その穴を埋めるために呪霊玉を吸い込んでいる。
さっき、オレは心の欠片を作るためにプラスの感情が必要と考えたが、そんな回りくどいことをしなくても、マイナスの感情の塊である呪霊を心の欠片の代わりに使えるのなら、もっと話は簡単なのではないだろうか?
(蠅頭はその辺にいる。心の欠片にも大小があるし、呪霊の等級がそれに対応するなら、先生の呪霊躁術で強化していけば・・・)
蠅頭は探せばすぐ見つかるくらいにはいる。
四級は街に一体か二体程度。
三級より上はまずいない。
しかし、先生の術式反転である呪霊『躁』術があれば、呪霊を暴走状態にする代わりに等級を上げることができる。
上げられる幅に上限があったから特級をゴロゴロ量産できるものではないが、それでも三級や二級くらいなら大量生産も難しくはない。
いや、そもそも。
(先生は、手持ちにとんでもない数の特級や一級呪霊を持ってる。もしもそれらが心の欠片の代わりに使えるのなら・・・)
先生は、ほとんどの願いに対応できるくらいの心の欠片を持っていると言えるのではないだろうか。
「保科?」
「保科君?」
「あ、ごめん」
いつの間にか、また考え込んでしまっていたようだ。
「今度はどうしたの?」
「また何か、嫌なことを思い出してしまったとか・・・?」
「そんな心配そうな顔しなくても大丈夫だって。荒唐無稽なことを思いついたから、できるかどうか考えてた」
そうだ。
先生が何でも叶えられるくらいの欠片を持っているからといって、それを使うところがイメージできない。
使ってしまえば、それで先生の戦力は半減どころではない。
そして、魔女のシステムは呪術師でも使えるが、それでもオレが願いを叶えたというカウントになっているように、一回だけというのにも変わりはない。
呪術師を探している先生であるが、その一回のために手持ちの呪霊を切るというのも考えにくい。
呪術師が1人か2人増えるのと釣り合っているとはさすがに考えないだろう。
でも。
(もしも先生がすべてをかなぐり捨てて願いを叶えようとするのなら、それはどんな時なんだろう?)
そのことが、少しだけ気になった。
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これは、面白い雑談の後のことだ。
『しかし、術師だけの世界か・・・』
先生は遠くを見る目でまた小さく呟いた。
『また、この話をすることになるとはね・・・』
「また?先生も、考えたことがあるんですか?」
『・・・ああ。もっとも、その筋の専門家にも道筋は立てられていないようだったがね』
「?」
先生はたまに、今のように何かを思い出すような口調で語ることがある。
オレは先生以外の術師に会ったことはないが、先生は違うようで、昔いろんな術師に会ったことがあるようなのだ。
おそらくは外国のことなのだろうが、いつかはオレも行ってみたい。
『・・・全人類の術師化。それは私の理想ではないが、そちらを選んでいたらどうなっていたのだろうと考えることがある。そちらでも、私の望みは叶っただろう。まあ、考えるようになったのは『こちら側』に来てからの話だけどね・・・この世界の猿は、まあかろうじて、あちら側の猿よりマシな生態をしているから』
「え?すみません、最後の方はなんて言ったんですか?」
『いや、今の私にとっては、キミの言う願いの方が理想的ということさ。そうだな。さきほどの『人間が鬱陶しい』というキミの不満。それについての穏便な対策がこれということになるだろう』
遠い目をしていた先生が、不意にオレを見た。
『全人類の術師化は、確かに極めて難しい。しかし、だ。柊史。私
「それは・・・」
先生の問に、オレは少し考え込んだ。
そう、先生の言うことは正しい。
具体的にどうすればいいというのはわからないが、その大まかなやり方に目途がつくだけで、オレと先生ならば『可能性』が成り立つのだ。
オレの術式反転と、呪霊をランクアップさせる先生の呪霊『躁』術・・・この二つが合わされば世の中にできないことなどないとすら思える。
そして、もしもオレの世迷い事としか思えなかった願いが現実になるのなら、それは間違いなくオレにとっていいことだ。
そうなってほしいと思う気持ちは確かにある。
しかし、リスクも存在する。
「でも先生、危ない橋なんじゃないでしょうか?オレたちの術式は何でもできるけど、その分リスクも跳ね上がりますよ?」
『ああ、そうだね。大きなことを成すのなら、私の呪霊躁術による呪霊の再調伏だけでも相当に危険だ。だが・・・』
またも、先生は何かを考え込む。
その眼はやはりここではないどこかを見ていて、先生の感情は術式で拾えなかったが・・・
(先生、なんだか寂しそうだ)
オレよりも年上でずっと背が高くて大きく見える先生が、そのときはどこか小さく見えた。
『いや、そうだね。ああ、そうだ。今の私には柊史しか同胞はいないんだ。そしてそれは柊史も同じ・・・そうだ。もしも進むのなら、我々の被るリスクは最小限にしなければいけない。今は、まだまだその段階ではないね』
ややあって、先生は小さく苦笑いしながらそう言った。
どうやら諦めたみたいだ。
『すまないね、柊史。どうやら今の私ではやはりキミの不満に具体的な解決策は出せないようだ』
「いえいえ!!さっきも言いましたけど、愚痴を聞いてもらっただけでもだいぶ気が晴れましたから!!」
『そうか・・・なあ、柊史』
「はい?」
『これはもしも・・・もしもの話なんだが』
一通りこれで話は終わったと思ったのだが、先生はまだ話したいことがあるようだ。
先生は、念入りに前置きをして。
『もしも、世界に術師とさ・・・普通の人間が2対8、いや1対9の割合でいるとする。キミにも教えたように、呪霊は人間からしか発生しない。そのうえで、術師は呪霊から人間を守るためにわが身を削って戦う。そんな社会があるとき、柊史はどうすればいいと思う?』
「え・・・」
ずいぶんと現実感のないたとえ話だ。
『そのままその状態が続くのなら、よほどの
「・・・・・」
聞いてみればひどい話だ。
それではまるで術師が消耗品ではないか。
「非術師を術師に変えるっていうのは、ナシなんですよね?」
『ああ。私がこの命題に直面した時は不可能
「・・・・・」
オレは少し考え込んだ。
しかし、そのくらいでいい案など出てこない。
そもそもの話だが。
(あんな人間たちのために体を張って戦う?冗談じゃない)
ただでさえ、オレは周りの人間のせいでストレスを溜めているのだ。
そのうえでこんな話を聞いて、まともな方法など考える気にもならなかった。
「術師だけで固まって、術師だけに襲い掛かってくる呪霊だけ倒す、ですかね?」
『っ!!ほう・・・!!』
オレの答えを聞いて、先生が目を見開いた。
その顔はなぜか笑顔だ。
『悪くない。なかなかいい案だと思う。そういう方法も
先生は嬉しそうだ。
だが、そこで先生は『けどね』と前置きして続けた。
『その方法では、非術師への被害は放っておくということだ。柊史。キミはそれでいいのかい?』
(先生、どうしてこんなに楽しそうなんだろう?)
言葉だけなら、先生はオレを諫めているように聞こえる。
しかし、感情は読めないのに今の先生にそのつもりが全くないとわかる。
むしろ、その逆のような。
だが、まあ、オレの答えは変わらない。
「仕方がないんじゃないでしょうか?そのままだと術師がみんな死んじゃいますし・・・術師が犠牲になってまで助ける必要はないと思います。無理のない範囲で気が向いたら助けるくらいがちょうどいいんじゃないでしょうか?まあ、それだとオレはやらないってことになりますけど」
オレはあっさりとそう答えた。
別に先生に褒められたいなどとは思っていない。
ただ、自分がそこらの人間のために戦えるかと想像して、『無理そう』と思っただけだ。
というか、いっそのこと少しくらい数を減らしてくれた方がありがたいかもしれない。
オレに悪感情をぶつけてくる連中なら、いなくなったところでオレにはメリットしかない。
父さんの教えを破ってしまうから、さすがに自分から積極的に襲いかかるようなことをする気はないが、呪霊に勝手にやられるというのなら、『どうぞどうぞ』という感じだ。
『クク、ハハハっ!!』
先生が笑い出した。
オレの答えがそんなに気に入ったのだろうか?
だが、オレは一つ言い忘れたことがあった。
さっき、父さんの教えのことが思い浮かんだときに思い出したのだ。
「あ、でも。父さんは別です。父さんは、いい人ですから」
「っ!!」
父さんは、はっきり言うと口うるさくて鬱陶しいことが多くなった。
でも、それでも信じられないくらい『いい人』なのだけは変わっていない。
それは、オレが父さんの息子だからかもしれないけど。
父さんに呪霊が襲ってくることがあれば、オレはそれこそ全力で戦う。
自分が傷つくことなど気にもしないだろう。
まさに、父さんが初めて先生に会ったときのように。
『・・・そうか』
不意に、先生は静かになった。
もしかして、怒らせてしまっただろうか。
「あの、先生。オレ、悪いことを言ってしまいましたか・・・・」
『いや。そんなことはない。キミのお父さんが善人なのは私も認めるところだし、こちら側で育ったキミがそういう考えに至るのは普通のことだろう。それに・・・』
「それに?」
『さっきの仮定の続きだが、術師の中にも劣悪な状況の中で非術師を守ろうとする者はいた。きっと、柊史のような心理でそうした者もいたんだろう。そんな術師も私は救いたかったが、彼らはむしろ・・・』
先生は、そこで何かを言いかけて言い淀んだ。
何か嫌なことでも思い浮かんだのだろうか。
なら、オレが思ったことを先に言ってしまおう。
「う〜ん・・・オレは非術師が嫌いですけど、大事な人かどうかって話だと決め手にはならないですかね?少なくとも、父さんが術師でも非術師でもオレにとって大事なのは変わらないですし。相手がどっちでも、自分にとって大事なら守りたいと思うし、どうでもよかったら助けないとオレは思います。あ、でもオレの場合は術師だったらちょっとピンチでも助けるかな?術師が増えて欲しいとは思いますから」
『・・・・・』
呪術師でも非術師でも、大事な人のためなら頑張れるし、どうでもいい人なら切り捨てるハードルは低いだろう。
少なくともオレは、父さんのためなら戦えるが、会ったことのない普通の人のために命は張れない。
そのとき、父さんが術師か非術師かは関係ない。
そして、オレにとって大事な人はもう1人いる。
「だから、オレは父さんと・・・先生が困っていたら全力で助けます。もしも先生が非術師だったとしてもです。まあ、先生が困ってるところなんて想像できないですけど」
『・・・それはなんとも、複雑な心境になるなぁ。自分が非術師だったらなどという仮定は考えたくもないが・・・まあ、そこまでキミに大事に思ってもらっているというのは素直に嬉しいよ』
オレがそう言うと、先生は小さく笑った。
そして先生の呪力が乱れ、オレの術式に感情が流れ込む。
(これは・・・なんだろう?)
先生の言う通り、喜びの感情が一番大きい。
しかし、他にもいくつかのマイナスの感情が混ざっている。
あまりにも複雑すぎて正確に分けることはできないが、比較的わかりやすいのは怒りと後悔だろうか?
先生が意図的に呪力を乱したのは一瞬で、よくわからなかった。
『・・・大事な人だけ守る。その基準の根幹は術師か否かにないけれど、優先事項ではある程度か・・・それが、この世界で生きて来た柊史のライン。よく覚えておくことにしよう』
オレが悩んでいると、ボソリと先生が何か呟いたような気がした。
「先生?何か言いました?」
『いや。少し、
そこで、先生はオレの頭の上に手をやった。
『それは困るな。私にもキミの先生としてのプライドがある。そう易々と弟子に情けないところを見せるつもりはないさ・・・柊史が私より強くなるまではね』
「う゛・・・が、頑張りますよ。時間はかかると思いますけど、でも、絶対」
『ふふ・・・楽しみにしているよ、柊史』
オレの頭をぽんぽんと軽く叩く先生に、オレは苦み走った顔で返事をする。
今のオレではまだまだ先生の背中は遠いけど、いつか追いついてやるという小さな闘志を胸に。
そして先生は、そんなオレの心を見透かしたように、また小さく、けれど優しく笑ったのだった。
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「あの、ありがとうございました!!」
『・・・いや、気にしなくていいよ。私にも私の目的があっただけだから』
ある日の、どこかの公園。
その公園のベンチに、2人の人間が腰かけていた。
1人は、
もう1人はまだ学生といった年代の少女だったが、まるで日曜日の朝に放送している魔法少女モノに出てくるような、ファンシーな恰好であった。
そんな2人なので『事案か?』と、ずいぶんと人目を引くと思われたが・・・公園にいる子供を連れた母親も、運動に勤しむ老人も視線を向けることはなかった。
「それでも、お礼を言わせてください。これで、私の願いが叶うんですから」
願いが叶う。
これは比喩ではない。
少女は魔女なのだ。
故に、素質のない者に見えていないのだが、それも時間の問題だった。
なぜなら、彼女は己の願いに見合う心の欠片を集め終えたから。
いや、正確には、
「本当に、ありがとうございました!!」
『そう・・・まあ、お礼は受け取っておくよ。それより』
頭を下げて溢れる喜びを隠せない少女に対して、男の態度はひどく淡泊だった。
いっそ、冷淡と言ってもいい。
そして、男は少女の願いなどどうでもいいと言うかのように、少し離れたところで自分たちを見ていた男を呼んだ。
『・・・おい。そろそろいいだろう。その腕、早く治したいだろう?』
「うん。あなたもありがとう」
呼ばれた男が近づいてきて、少女に声をかける。
その声音は長髪の男よりも少女を慮る温かさが滲んでいたが、男は長髪の男から決して視線を外さなかった。
まるで、野生の獣が人間を警戒するように。
そして。
「ああ、これで、やっと・・・」
少女は、光る鉱物の欠片が詰まった瓶を取り出した。
瓶の中身は完全に埋まっており、今にも溢れんばかりにひとりでに揺れている。
ただ、奇妙な点があった。
『・・・・・』
ベンチに座る長髪の男が向ける視線の先。
瓶の一番上の層の欠片だけ、夜の闇を固めたように黒かったのだ。
そして、他の欠片がそれこそその辺りの石のように不揃いなのに対し、完全な球体でもあった。
だが、そんなことは関係ないと言うかのように、瓶は一瞬激しく光を放ち・・・
「・・・動く!!腕が、ちゃんと動くよ!!」
『よかったな・・・これでまた楽器、弾けるな』
「うん!!」
『・・・・・』
光が収まると、少女の服装はファンシーな恰好から何の変哲もないモノに変わっていた。
周囲にいた人間が『あんな子、さっきまでいたっけ?』というように訝し気な視線を向けていたが、やがて自分たちのやりたいことに意識を向けなおしたことですぐに収まる。
「本当に、本当にありがとうございましたっ!!」
『ああ。達者でな』
『・・・・・』
少女は、何度も何度も頭を下げ、手をぶんぶんと振ってから、公園を去っていった。
『・・・昔に事故でうまく動かなくなった腕を元通り動くようにしたい、だったか』
ややあって、長髪の男が少女の代わりにベンチに座った男に声をかけた。
『ちゃんと楽器を弾けるようになっているといいね?』
『お前・・・っ!!』
からかうような口調の長髪の男に、もう1人の男は犬歯をむき出しにして何か言おうとして、止めた。
言っても無駄だと思ったのか、怒らせたらマズいと思ったのか。
『怒らせたのなら失礼。だが、それは私の本心だよ。呪霊玉を心の欠片の代わりに使えるか・・・他の魔女でも何回か実験は済ませているが、今回くらい大きな願いで試したことはないんだ。というより、私にそんな態度を取るくらいなら、提案を受けなければよかったのに。別に断られたくらいでどうこうするほど私は野蛮ではないよ』
『魔女やアルプを何人も始末しておいてどの口が・・・いや、いい。それに、俺もお前のことは言えない。これまでお前の『実験』を何度か見たうえでのことだからな・・・腕が元通りになってもブランクは長い。あの子が昔の友達と一緒の舞台に立てるようにするのに、これ以上は時間は掛けられなかったんだ。だから、俺も礼は言っておくよ、夏油』
『そう。まあ、私としては都合がよかったよ』
長髪の男は夏油傑。
そしてもう1人の男は、夏油が初めて出会ったときのアルプだった。
あのときから夏油はちょくちょくこのアルプに協力を持ち掛けていたのだが、時折、夏油はこのアルプを介して『実験』を行うことがあった。
実験の種類は数多あるが、その中でも頻度が高かったのは、『呪霊を心の欠片の代わりに使えるか』という代替実験。
これまで小さな願いを持った魔女に使わせたことは何度かあり、特に悪影響が起きたという話はない。
それもあって、契約している魔女の事情を考慮し、そろそろ大きな願いに使った場合の影響を見たいと考えていた夏油の申し出を受けたという経緯である。
『それじゃあ、私はもう行くよ。さっきの子の経過観察、よろしく頼むよ』
『ああ・・・なぁ』
『・・・なんだい?』
ベンチを立ち上がって、歩いていく夏油の背中を、アルプは呼び止めた。
どうしても、気になることがあったのだ。
『お前がやってる実験・・・それで呪霊が心の欠片の代わりになるとして、お前はそれで何を願うつもりなんだ?』
『・・・もしも』
正直言って、アルプは夏油が質問に答えることを期待していなかった。
長年の付き合いで、夏油がアルプに対して軽蔑に近い感情を持っていることはわかっているからだ。
それでも、夏油の願いが危険なモノであればという危機意識から聞いたのだが、意外にも夏油は立ち止まったままだった。
『もしも、昔に落とした大金の入った財布を拾うチャンスがあったら、キミはどうする?』
『は?』
しかし、返って来た言葉の意味はアルプにはわからなかった。
『やれる道筋がある。もしもそうでなかったのなら諦めも付いたのだろうが、そうじゃなかった。だからやる。それだけの話さ・・・なにより、この願いは私1人だけのモノではないからね』
『・・・?』
夏油の言葉の意味が分からず呆然とするアルプを尻目に、夏油は今度こそ立ち止まることなく公園を去っていった。
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