女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話   作:二本角

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普通の男の子

「ま、誠に申し訳ございませんでしたっ!!」

 

 夕日が差し込み始めた、人気のない公園。

 そのど真ん中で、オレは額を地にこすりつけて謝罪していた。

 

「・・・・・」

 

 オレが心からの謝意を捧げる相手からの返答はない。

 だがしかし、オレの忌々しい術式は相手が何を思っているのかを正確に伝えてくれる。

 

(か、身体が重い・・・それに熱い。すごいプレッシャーだ)

 

 身体が石になったような重圧と、土下座する地面が鉄板になったかのような熱は、それだけ怒っていることを示す。

 同時に身体の中から湧き上がってくる火照りは羞恥の感情。

 つまりは、怒りながらも恥ずかしがっていることだが、ぶっちゃけそんなことは術式に頼らなくてもわかっていた。

 

「・・・念のため聞くけど、ワザとじゃないんだよね?」

「め、滅相もございません!!」

 

 可憐な外見から想像できない、押し殺した低い声。

 その声が届いた瞬間、オレは魂から凍り付いたような恐怖を覚えた。

 その恐怖を吐き出すように、大声で潔白を叫ぶ。

 

(お、終わりだ。椎葉さんに嫌われたら、オレはもうあの最高の気分が味わえなくなる・・・!!一日も経たずにそんなことになるなんて、絶対に嫌だぁあああああ!!!)

 

 一度生活水準が上がった人間がソレを下げるのは非常に難しい。

 昨日味わった、人生でも初めてと言えるほど『美味しかった』感情。

 その味を知ってしまったのに、わずか一日でお預けになるなど、とても耐えられそうにない。

 オレは自分で自分の感情を知ることはできないが、オレの叫びにはオレの全身全霊が込められていたと胸を張って言える。

 そうして、ダンゴムシのように微動だにせず土下座したままのオレに沙汰が下る。

 

「・・・はぁ。もう。頭を上げてよ」

「っ!!あ、ありがとうございます!!」

「別に許したとは一言も言ってないけど?」

「も、申し訳ございません・・・」

「はぁ・・・」

 

 許しを得たと思い、喜び勇んであげて目にしたモノは、冷え切った蒼い瞳。

 その冷たさと、肌を切るような鋭い痛みに耐えかねてもう一度平服すると、今度は先ほどよりはいくらか温度が上がったため息がこぼれる。

 

「・・・念のためにもう一度聞くけど、本当にワタシの下着がどんなのか知りたいとか見たいとか、そういうことを考えて言ったんじゃないんだよね?」

「は、はい!!オレの肩代わりは、失敗したら全部元の人に還っちゃうから、不確定要素を潰そうと思って考えてたら、その、つい・・・」

 

 一瞬。本当に一瞬だけ、『ちょっと興味なくもないかな・・・』と思ってしまったが、すぐに邪念を叩き潰して正直に理由を話した。

 勢いで聞いてしまったものの、不確定要素を潰そうとしたのは本当だ。

 まあ、それで『ぐへへ、お嬢ちゃんのパンツ何色?』という変質者のするような質問と同レベルのことをやらかしてしまったのが正当化されるとはオレも思ってはいない。

 オレが平謝りする相手、理想の契約者である椎葉さんが怒るのも無理はないし、オレとしては全力で誠意を見せなければならないと土下座することにもためらいはなかった。

 

「・・・もう。ほら、立って?」

「え?」

 

 マジで許してもらえるまで頭は上げまいと縮こまり続けるオレだったが、不意に温かい何かが身体を通り過ぎた。

 それに驚いてつい頭を上げてしまうと、今度は『しょうがないなぁ』と言いたげに、でも小さく微笑みながら手を差し伸べる椎葉さんがいた。

 

「考えてみたら、今の保科君がワタシに嫌われるようなことをワザとする理由なんてないからね。だから、えっと・・・これで返しきれるかわからないけど、保科君の頭に吐いちゃったのと帳消しってことで、いい?」

「い、いや、あのときはオレが勝手に肩代わりしたせいで、椎葉さんのせいじゃ・・・」

「むっ・・・はい、じゃあこれでこのお話はおしまい!!保科君がワタシにセクハラしたのは、ワタシが吐いちゃったのでチャラってことにするから!!いいよね!?」

「は、はい・・・」

「それなら、いつまでも土下座してないで、もう元に戻ってよ。そのままだと服も汚れちゃうし・・・今のワタシは見えてないだろうけど、保科君が誰もいない公園で土下座し続ける変な人になっちゃうよ?」

「・・・ははっ、それは困るな」

「でしょ?」

 

 途中、椎葉さんからこれまでとは少し違う感じの怒ったような感じがしたが、オレが勢いに負けて返事をすると治まった。

 オレも、確かにこのままだと見栄えがよろしくないので、椎葉さんの手を取って立ち上がる。

 オレの目線が戻ったときには、お互いの顔に笑顔が戻っていた。

 

「それにしても・・・その格好が、椎葉さんの魔女の姿なのか」

「あ、うん・・・今更だけど、やっぱり見えるんだね」

 

 フリルのついたヒラヒラとした服、狐の耳を連想させる帽子に薄いピンク色のマント。

 まさしく魔法少女と言うべき姿で、ともすれば女子高生でも着るのにはキツイ印象を抱かせそうだが、小柄で可愛らしい椎葉さんが着ることで違和感が完全に消えている。

 ・・・手に持った、柄が椎葉さんの身長くらいある大きなハンマーだけはちょっとミスマッチだが。

 

「あれ?その格好、すごい可愛いしめちゃくちゃよく似合ってるけど、女の子の格好だよね?代償は発動しないの?」

「め、めちゃっ!?・・・ほ、保科君って、遊び人?な、ナンパとか得意なの?」

「え?なんでそんな話に?」

「・・・・・わかった。保科君は良くも悪くも思ったことはすぐ言っちゃうタイプなんだね。ある意味スゴいタチが悪そう」

「?」

 

 椎葉さんの代償は女の子らしいことをするとか、女の子らしい服を着ることで気持ちが悪くなるというものだ。

 よく似合っていると思うが、縛り・・・否、代償に真っ向から反することをしていてペナルティーがないことに呪術師として疑問に思ったのだが、椎葉さんからまったく予想外の返事が返ってきた。

 質問の意味が理解できないでいるオレと対照的に、何かを察したような椎葉さんからは、呆れというか諦めというか納得というか、そんな感じの感情が伝わってくる。

 オレが疑問符を浮かべたままでいると、椎葉さんは『はぁ』とため息をついた。

 

「・・・ワタシにも理由はわからないけど、この格好なら気持ち悪くならないんだ。ちょっと恥ずかしいけど、魔女のときはこうやって女の子らしい服を着れるから、変身するのは結構好きなんだよ。他の人に見てもらったのは初めてだけどね」

「へぇ・・・願いを叶えるために魔女になり、魔女になったから代償を押しつけられる・・・魔女になるのが前提だから、縛りの対象外なのかな。うん、でも、やっぱりすごくよく似合ってると思うよ。オレが初めてって言うのが光栄なくらい。他の人にも見えてたら、ドラマとかにスカウトされてたんじゃない?」

「ま、また、そんなこと言って・・・もう!!きょ、今日は代償のことを確かめに来たんだから、変身してる意味はないよね!!戻るから!!」

「あ、うん」

 

 先生から聞いていたことだが、魔女は普通の人間には見ることはできないらしい。

 オレのような特殊な素養がある人間、同じ魔女やアルプには見ることができる。

 一応、普通の人でも意識を集中してよく見てみれば見えるらしいけど、もしも椎葉さんが普通の人に見えていたら、それこそナンパでもされていたんじゃないだろうか。

 正直にオレの思った通りに褒めたのだが、またも身体の内側から火照るような感覚がして、一瞬光が見えたと思ったら、元の男子用のブレザーに身を包んだ椎葉さんがそこにいた。

 どうやら照れているらしいが・・・昨日も思ったが、こんなに可愛い子なのに今まであまり褒められたことがなかったのだろうか。

 まあ、オレが術式のせいで他人と接するのに慣れていないから、人と話すときは『とにかく褒めて悪印象を持たれないようにする!!』と考えてるせいで正直な感想でもなにかの地雷を踏んでしまったのもしれない。

 それか、今の椎葉さんは代償で強制的に男子の格好をしないといけないから可愛さよりも悪目立ちしてしまうことが大きいのか。

 

「と、とにかく!!かなり遠回りしちゃったけど、これで保科君の肩代わりがどこまでいけるか試せるよね!?」

「う、うん、そうだね」

 

 元の格好に戻った椎葉さんが挑むような口調でそう言ってくるが、別に怒っているわけではないらしい。

 さすがにオレも多少は学んで、『ここでその辺りにツッコむとまた話が進まなくなりそうだな~』と思ったので、とりあえず椎葉さんの言うとおり実験をするとしよう。

 

「とりあえず、軽そうなので昨日みたいな小物とか、レディース用だけどメンズとそんなに変わらないデザインのスラックスとか、ポロシャツとか持ってきたんだ」

「おお。確かにこれなら男物とそんなに見た目が変わらないな」

「これまでは、これでも気持ち悪くなったりしたんだけど、今なら・・・」

 

 実は公園に来たときから椎葉さんが持っていた紙袋を見せてもらうと、中にはいろんな服が入っていた。

 オレには縁がないからよくわからないが、同じポロシャツやスラックスでも、男用と女用は身体つきの違いから胸回りのサイズとかが結構違うらしい。

 椎葉さんの話では、女の子用の下着を着けた状態ではこれらでも代償がひどいことになってしまったとのこと。

 ・・・椎葉さんに言うとまた怒られそうだから口には出さないが、女の子用の下着はかなりのマイナスポイントになっていそうだ。

 これらの中性的な服はマイナスポイントは大したことなさそうだが、それでも良くて0だろうし、穴埋めにもならないだろう。

 だが、昨日の感じでは、女の子用の下着+男物の服+小物ならまだまだ余裕はあったので、これくらいならなんとかなるんじゃないだろうか。

 

「それじゃあ、まずこのシュシュから付けてみるね」

(それ、シュシュって言うんだ・・・)

 

 椎葉さんが、ヒラヒラとした布でできた輪っかを手に取ると、一つ結びにしてる後ろ髪に通した。

 その途端、強い吐き気が襲いかかってくる。

 

「う・・・」

「だ、大丈夫!?」

「だ、大丈夫じゃ、ない、けど・・・それより、縛り、を・・・」

「そ、そうだった!!えっと・・・ほ、保科君ありがとう!!」

「うぅ・・・ま、マシにはなったかな」

「えぇっ!?き、昨日はすごく調子よさそうだったのに!?」

 

 椎葉さんがお礼を言うと、吐き気が多少治まった。

 だが、依然として油断すればリバースしそうな気配がある。

 椎葉さんがお礼を言うことに多少の効果はあるが、あくまで任意であり、縛りの恩恵としては気休め程度のようだ。

 

「ご、ごめんね保科君。せっかく肩代わりしてもらってるのに、感謝できなくて・・・」

 

 『自分は感謝もできない冷たい人間なのか』とでも思っているのか、申し訳なさそうな顔をする椎葉さん。

 事実、椎葉さんからは強い渋み、そしてお酢のような酸味が伝わってくる。

 だが、温かい、爽やかな甘みも少し混ざっている。

 

「いや、椎葉さんが感謝してないわけじゃないよ。それより、オレを心配する気持ちの方が強いんだ」

 

 渋みは罪悪感で、お酢のような味は心配や不安。

 今の椎葉さんは、自分が女の子らしいモノを身につけられて喜ぶより、吐きそうなオレを気遣う方に意識が向いてしまっている。

 昨日と同じく、椎葉さんの人の良さが裏目に出てしまっているのだ。

 

「オレのことは気にしないで。楽しんでくれる方が、オレのためになるからさ」

「で、でも・・・ううん、ごめんね。やっぱり、苦しそうな人が近くにいるのに自分だけ楽しむのは、ちょっと難しいかも・・・」

「・・・・・」

 

 まるで本来の代償が襲いかかってきたかのように、泣きそうな、苦しそうな顔をする椎葉さん。

 この縛りを持ちかけたのは椎葉さんの優しいところを見込んだのも大きいのだが、これは想定しておくべきだったかもしれない。

 その心遣いはオレとしても好ましく映るのだが、このままではにっちもさっちもいかない。

 

(・・・昨日は、昨日はなんで上手くいったんだ)

 

 オレは必死で頭を回す。

 呪力は腹にある丹田で回すが、反転術式は頭で回す。

 どんな状態でも反転術式を使えるようでなければ、オレはこの契約を持ちかけていない。

 つまりは、吐き気に襲われていようが、冷静に思考を続けることができるということ。

 そうだ、思い出せ。

 

(昨日、オレは・・・!!)

 

 そして、オレは思い出した。

 昨日のオレがなにをしたのかを。

 

「ごめんね保科君。やっぱり無理みたい・・・今日はもう」

「・・・見たいんだ」

「え?」

 

 諦めたような顔をする椎葉さんに、オレは言った。

 ・・・今から言う言葉は、打算もあるし、恥ずかしいし盛っている部分もあるがオレの本心だ。

 

「オレは、もっと可愛い椎葉さんが見たい・・・そのためなら、吐いたっていい・・・うぷっ」

「ええっ!?」

 

 喋っていると、本当に吐きそうになる。

 だが、昨日のオレは耐えた。

 ならば、今日のオレだって頑張れるはずだ。

 だから。

 

(本気で椎葉さんを褒めろ!!保科柊史!!)

 

 全力で椎葉さんを推すのを遂行する。

 褒めて褒めて、椎葉さんから感謝を引き出せ!!

 

「可愛い服を、着たいんでしょ?・・・オレ、だって、可愛い、椎葉さんが見たい」

「保科君・・・」

 

 さっき、椎葉さんがオレのことを遊び人と言っていたが、弱った。

 こんなことを言っているようでは否定できない。

 だが、本心なのも間違いない。

 

(椎葉さんが、初めてだから)

 

 そう、オレみたいなよくわからない気持ちの悪いチカラを持ったヤツに、そうと知った上で協力してくれて、あまつさえ心配までしてくるような女の子は。

 そして、その子は可愛い服を着たいのに、着れないでいる。

 けどオレなら可愛い服を着せてあげられる。

 なら。

 

「オレが、なんとかする・・・だから、オレに、見せて欲しい」

 

 その子がしてみたい、可愛い姿が見たい。

 その子の願いを、叶えてあげたくなるじゃないか。

 

「頼む、から」

「・・・わかった」

 

 頭を下げるオレ。

 そんなオレの耳に、真剣な声が届いた。

 

「そこまで言ってくれるなら、そこまでしてくれるなら・・・ワタシだって」

 

 スゥ~、と深呼吸する声が聞こえる。

 そして。

 

「保科君、本当にありがとう」

「え?」

 

 声が同じくらいの高さから聞こえてきた。

 不思議に思って顔を上げると、亜麻色の髪が目の前にあった。

 綺麗なうなじがよく見える。

 

「な、なんで椎葉さんも頭を・・・って、あ」

 

 そこで、オレは吐き気が消えているのに気付いた。

 

「吐き気がなくなった・・・」

「本当!?」

「おわっ!?」

 

 椎葉さんが仕掛けてきた頭突きを間一髪で避ける。

 単に椎葉さんが頭を上げただけだが、一瞬とても爽やかな柑橘系の匂いがした。

 同時に、昨日味わったのと同じ、いやそれ以上の温かいモノが湧き上がっているのがわかった。

 まるで、真冬の寒さの中で、温かいクリームシチューでも食べたような。

 

「保科君、本当に大丈夫!?」

「え?ああ、うん・・・昨日みたいに、すごく調子がいいよ」

「そっか・・・よかった」

 

 ふぅ、と安堵したようにため息をつく椎葉さん。

 いや、本当に安心しているのだろう。

 だが、すぐにその緩まった笑顔が引き締まる。

 

「保科君。ワタシ、これからは真剣にやるから」

「真剣に?」

「うん」

 

 コクリと頷いて、椎葉さんは続ける。

 

「別にさっきまで不真面目でいようなんて思ってなかったけど・・・失礼だと思ったから。保科君がワタシが背負うはずだった吐き気を必死で肩代わりしてくれてるのに、ただの同情しか返せないのは、イヤだなって」

「椎葉さん・・・」

 

 本当に、なんていい子なのか。

 その言葉が紛れもない本心なのは、他ならぬオレの術式が証明していた。

 褒めて煽てて感謝してもらおうなどと浅ましいことを考えていた自分が恥ずかしい。

 感動で思わず泣きそうになってしまったが、ここでオレに泣いている暇はないと思い直す。

 

「わかった!!じゃあ、オレも全力で行く!!他の服も試してみよう!!」

「うん!!」

 

 そうして、オレたちは実験を始めるのだった。

 

 

-----

 

 

「えっと、広さはこれくらいで・・・そうだな、『魔力・呪力を持った者でも外からは見えないけど出入り可能で、耐久性はそこそこ。あと中を鏡張りにする』・・・よし、それじゃあ、『闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え』」

「ええっ!?何この黒いの!?」

「あ、椎葉さん見えるんだ」

 

 柊史が呪文のようなモノを唱えると、すぐ目の前に黒い箱のようなモノが現われた。

 箱の大きさは畳2畳くらい。

 

「保科君、これ何?」

「これは『(とばり)』って言う結界だよ。オレもここに来る時に使ったんだけど、普通の人には見えなくて、中で起きてることもわからなくなるんだ。椎葉さんは魔女だから見えるのかな?・・・ともかく、これなら更衣室の代わりに使えるかなって。箱の面のうち一枚を鏡みたいに中を映すようにしたから」

「へ、へ〜、べ、便利なんだね・・・」

 

 サラッと何でもないことのように説明する柊史に、紬としてはそう返すしかなかった。

 ・・・事の始まりは、紬がスラックスやポロシャツに着替えようとしたとき、着替える場所がないことにようやく2人して気付いたことだ。

 時刻は16時を過ぎており、あまり時間はない。

 紬の家に行くことも考えたが、出会って間もない女の子の家に行く勇気は柊史にはなく、紬も紬で『さ、さすがにまだ早いかな?』と尻込みしてしまった。

 ならば公園の寂れたトイレはどうかと思ったが、洗面台付近はまだしも、あまり掃除が行き届いていないのか、臭いも少しキツめだし、誰かが入ってくる可能性を考えたら柊史としてもオススメできないし、紬も少しイヤだった。

 じゃあどうしよう?と悩んでいるときに、柊史が言い出したのだ。

 

『誰にも見られないような部屋を作る方法がある!!』と。

 

 そうして紬にいろいろ要望を聞きながら落ちていた枝で公園の木々が生い茂ったあたりの地面に線を引き、呪文を唱えて今に至るというわけだ。

 

「耐久性も結構あるから、他の人からは見えないし入れない。オレみたいな呪術師でも、中をみることはできないってルールで作ったから。とりあえず試しに・・・」

「ほ、保科君!?大丈夫なの!?」

「うん!!問題なし!!椎葉さんも入ってみて」

「う、うん」

 

 光を吸い込んでしまいそうな黒い壁の中に何のためらいもなく入っていく柊史。

 思わず呼び止めてしまったが、黒い壁の向こうからは元気な声が返ってくる。

 少しの間尻込みするも、いつまでも柊史を待たせるわけにはと、目をつぶって飛び込んでみた。

 そして、恐る恐る目を開けると、左右と正面。そして天井まで真っ黒な壁に覆われた空間が目に入る。

 なぜ黒い壁ばかりなのに中が見えるのだろうと思って辺りを見回してみると、自分が入ってきた壁だけは鏡のように光沢があって、そこから漏れる光が中を照らしているのだとわかった。

 

「わぁ~・・・なんかスゴい」

「でしょ?オレも先生に教わったときは驚いたよ。結構初歩の術らしいんだけどね」

「先生?」

「うん。オレの呪術の先生。魔女とかアルプのこともその人に教わったんだけど・・・うん、その話は長くなるから、また別の日にでも話すよ。じゃあ、オレは出てくから。なんかあったら大声で呼んでね」

「う、うん」

 

 そう言うと、柊史は鏡とは反対側の壁を通り抜けて出て行った。

 おっかなびっくり紬も壁に顔を突っ込んでみると、夕日に照らされた公園が目に入る。

 柊史の言うとおり、出入りは自由らしい。

 そこまでわかってから、紬は決心が付いて、紙袋から服を取り出した。

 そのままブレザーを脱ぐために手をかけようとして・・・一瞬だけ背後を振り返る。

 だが、すぐに鏡に向き直った。

 

(ほ、保科君はそんなことしないよね!!失礼だよワタシ!!)

 

 すぐにブンブンと頭を振って、脳内に浮かんだ失礼な懸念を追い出してから着替え始める。

 その間にも、頭の中では考えていることがあった。

 

(保科君は確かに不思議なチカラが使えて、ちょっと・・・ちょっと?うん、まあデリカシーはないけど・・・)

 

 最初の出会いはいいモノとは言えなかっただろう。

 男装していて人目を引くとはいえ、年頃の女の子としては初対面の男子に身体をジロジロと見られていい気分がするはずもない。

 ただでさえ、柊史の眼は死んだ魚のようというか、常人とは違う暗い目つきだ。

 あの眼でジッと見られたら、怯えてしまう子もいるのではないだろうか。

 

(あのときの保科君、ワタシの、む、胸ばっかり見てたし・・・まあ、しょうがないかもしれないけど。でも)

 

 男の格好をしている自分が男なのか女なのか判断しかねたのだろう。

 そういう意味では仕方がないかもしれないが、あのときは自分もトゲのある態度を取ってしまった。

 

(でも、いい人なのは間違いないから)

 

 しかし、すぐに保科柊史という男の子の人柄が善人のモノであると知ることができた。

 

(ワタシが吐いちゃっても怒らなかったし、片付けるのも手伝ってくれたし・・・なにより、ワタシの代償を肩代わりしてくれたとき)

 

 魔女の代償の肩代わり。

 それをさせて欲しいと言われたときは驚いたし、できるのかと疑いもしたが、それは真実だった。

 なにより、必死で吐き気を堪えながらも、自分に発破をかけてくれたときだ。

 他ならぬ自分の代償だからこそ、そのときの柊史の苦しみは誰よりも理解できる。

 だと言うのに、脂汗をかきながらも、躊躇する自分の背中を押してくれた。

 多少の打算やお世辞は勿論あっただろう。

 だが柊史の持つ人の感情がわかるチカラなど持っていなくとも、あのときの青息吐息の柊史は演技などではなく紛れもない本心であったとわかったのだ。

 少なくとも、自分があの吐き気の代償に耐えながら、ああして他人のことを真剣に気に懸けられるか、紬には自信がなかった。

 

(こんな結界?みたいなのを貼れたり、姫松からここまですぐに来れたり、そもそも魔女の代償の肩代わりなんてできるし。なんか、すごい遠い世界の人みたいって思ってたけど、中身は、普通のお人好しな男の子なんだなって)

 

 昨日は肩代わりをしてもらったことに確かに恩を感じて感謝したが、同時に柊史のことを自分とは住む世界が違う人間だと少し思ってしまった。

 だけど、今日改めて接してみて、不思議なチカラを持っていても、保科柊史は『普通の男の子』なのだとわかった。

 開幕でセクハラされたときは嫌悪を抱く前に驚きが勝ってしまったが、それも苦痛の肩代わりという危険な行為の懸念を潰すためであり、ある意味で裏表がない人なのだとわかって、セクハラされたというのにむしろ安心してしまったくらい。

 魔女の服を可愛いと褒めてくれたときも、それが至極当然であるという自然体で、変に格好付けたりお世辞を言っているワケじゃなかった。

 それに、ついさっきのことだって。

 

 

--オレが、なんとかする・・・だから、オレに、見せて欲しい

 

 

「~~~!!」

 

 思い出して、頬がカッと熱くなる。

 あのときの柊史も、間違いなく裏のない、紛れもない本気だった。

 プラスの感情を得るためという目的があったとしても、真っ青な顔色で懸命に吐き気を堪えながら頭を下げるその姿からは、『椎葉紬に女の子の格好をさせてあげたい』という想いがしっかりと伝わってきた。

 だからこそ。

 

「は、はやく着替えなきゃ!!保科君を待たせたら悪いし!!」

 

 だからこそ、紬は柊史に報いたいと思うのだ。

 そうだ。待たせてはいけないし、早く着替えなくては!!

 ・・・そうして。

 

「・・・これが、今のワタシ」

 

 鏡の前に、女の子が立っていた。

 紺色のポロシャツに、明るい茶色のスラックス。

 髪型も、普段の一つ結びではなく、シュシュでまとめてポニーテールにしてみた。

 ボーイッシュで、地味な格好かもしれない。

 でも、今の紬を奇異の視線で見る者はいないだろう。

 男物のシャツを着たせいで大きめのバストと細いウェストの間に妙な隙間はできてないし、ゴツいジーパンを履いて妙にスースーすることもない。

 今の椎葉紬は、どこからどう見ても女の子であった。

 

「・・・あ」

 

 鏡の中の紬の眼から、雫が一滴零れた。

 一瞬、『なぜ?』と思うも、答えはすぐに出た。

 昨日と同じだ。

 

「ワタシ、本当に女の子の格好ができるんだ・・・」

 

 喜びの感情が湧き上がってくる。

 紬は、もともと女の子らしい、可愛い服が好きなのだ。

 そのこだわりが行き過ぎたせいで、今の代償を背負うことになってしまったのだが、そのくらい、女の子らしくあることに思い入れがある。

 昨日は小物を付けただけでも感極まってしまったが、今日は上から下まで女の子の服を着て、鏡でその姿を見ることまでできた。

 これがほんの一時とはいえ、確かに今の自分は女の子なのだと、どこの誰にでも胸を張って言えるのだ。

 

「・・・そうだっ!!保科君っ!!」

 

 自分以外の誰かに今の姿を見せる。

 そのことを考えた時、この格好ができる立役者の男の子の顔が真っ先に思い浮かんだ。

 同時に、サッと血の気が引く。

 

(小物を付けるだけでもひどかったのに、全部女の子の服になってたら、もしかしたら・・・!!)

 

 さっき、あれだけ苦しそうだったのだ。

 今の格好なら、もしかしたら最悪の事態になっている可能性もある。

 そう考えた瞬間、紬は帳の外に飛び出していた。

 

「保科君っ!!」

「うわっ!?ど、どうしたの、椎葉さん?」

「保科君!!なんともない!?平気!?」

「う、うん。椎葉さんが中にいる間は、全然なんともなかったよ。っていうか、むしろ昨日より調子が良かったくらい。常時フルパワーってくらい、プラスの感情が入ってきてたよ」

「そ、そっか・・・ふぅ、安心したよ」

 

 ムンと力こぶを作ってみせる柊史に、紬は安堵してため息をついた。

 そして、そんな紬の姿を上から下まで一通り見て。

 

「うん。ボーイッシュって感じだけど、今の椎葉さんは完璧に女の子にしか見えないよ。すごく可愛い」

「っ!?」

 

 微笑みながら、柊史はそう言った。

 魔女の服を褒めたときのように、ごく自然にサラリと。

 あまりにも自然で、まるで普段から色んな子相手に言い慣れているかのようで。

 だから。

 

「・・・ほ、保科君の遊び人!!」

「えっ!?なんでっ!?」

「・・・で、でもありがとっ!!」

「???」

 

 不意打ちに耐えられず、つい憎まれ口を叩く紬と、それに驚愕する柊史。

 そして、憎まれ口からさらにお礼へと繋がったことで、感情を知ることができるチカラを持っているにも関わらず、柊史の顔には疑問符が浮かんだままなのだった。

 

 

-----

 

 少しばかり時が経った、翌朝の姫松学院。

 教室に向かう廊下にて。

 

「あ・・・お、おはようございます。保科君」

「・・・お、おはよう・・・綾地さん」

 

 保科柊史は、自身が最も『苦手』としている少女に挨拶をされていた。

 




綾地さんはリスタートしていません。柊史君とはこの世界で初めて出会ってます。
続きが読みたい方、異能力バトルの続きが読みたい方も、モチベアップのために評価・お気に入りよろしくお願いします。

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