女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話 作:二本角
「・・・眠い」
朝、少し早めの時間にオレは家を出て、学院に向かっていた。
だが、正直言って行きたくない。
オレにとって、学院という場所はとても居心地が悪いのだ。
「昨日、一昨日と椎葉さんにとびっきりのモノをご馳走してもらった後だから尚更だな・・・はぁ」
ついついため息が出てしまう。
・・・オレの心喰呪法はマイナスの感情を吸い込んで呪力を溜めることができるが、そのマイナスの感情を発生させた人物の身体的苦痛を引き受けてしまう上に、ほぼ強制的に吐瀉物を拭いた雑巾を口にねじ込まれたような感覚を味わうことになる。
そして、学院という多数の生徒が押し込められている場所は、それだけマイナスの感情も多いのだ。
逃げ場のない狭い教室でクラスのみんなの空気が悪くなったときなど、筆舌に尽くしがたい地獄である。
一応、呪力のコントロールを学んで感情を吸収する度合いは調整できるが、『一定時間感情を吸わないととてつもない飢餓感に襲われる』という縛りのせいで実質意味がない。
今こうして早めの時間に登校しているのも、朝の登校ラッシュに巻き込まれないようにするためであるのだが、実は最近にまた時間を変えようかと悩んでいるところだ。
というのも・・・
「あ・・・お、おはようございます。保科君」
教室前の廊下で、オレとその女の子は出会ってしまった。
美しい銀髪に、テレビで見るアイドルグループですら霞むほどの整った顔立ち。
女子の平均くらいの身長であるが、手足はすらっとしていて、まさにモデル体型。
道行く人の10人中10人がすれ違ったら振り向いてしまうのは間違いない。
この姫松学院にはどういうわけか美人が多いが、その中でも三年生のとある先輩と1,2を争うほどの美少女であり、その上成績も優秀。
さらにはこのオレから見ても嫌味のない心優しい性格をしているという、『逆にキミは何を持ち得ないのだ!!』と言いたくなるくらいの完璧超人だ。
そんな彼女の名前は、綾地寧々と言う。
彼女と挨拶を交わすだけで男子はその日一日を幸福な気分で過ごせるというのは、姫松学院では有名なジンクスであり、この廊下を狙って歩き回る生徒もいるという噂があるが、即座に嘘だと否定はできないくらいには信憑性がある。
そんな綾地さんと朝から出会えて、オレは実に幸運である・・・などとは思わない。
この学院で、唯一オレだけは。
っていうか、オレとしては綾地さんより、椎葉さんの方が幸運のシンボルだ。
顔のレベルにしたって、綾地さんを選ぶ人の方が多いかも知れないが、椎葉さんだって男装で悪目立ちしてるけどかなりのハイレベルなのだから。
・・・いや待て。そんなことを考えてる場合じゃない。
(出会ってしまったか・・・今日は運が悪いな)
オレが最近登校時間を変えようと思っているのは、彼女と鉢合わせする可能性が上がるからだ。
とはいえ、今より早いとだいぶ無理をしなければならないし、遅いとまた嫌な思いをするのでいかんともしがたい。
だが、今日はまだマシな方だ。
オレと綾地さんは同じクラスであり、彼女が教室に向かうのならオレも行かなければ不自然に映ってしまう。
しかし、今朝の綾地さんは教室から出てきていて、すれ違うだけでいい。
オレは、あからさまにならないくらいに綾地さんと距離を空けてから、挨拶を返す。
「・・・お、おはよう・・・綾地さん」
そして、ゆっくり。ゆっくりと歩き出す。
すぐ隣に猛獣がいるかの如く細心の注意を払い、刺激しないように、さりげなく。
そのまま、彼女とすれ違う。
(よし!!乗り切った!!)
後は距離を離していくだけだと、少し歩調を速めようとしたそのとき。
「あ、あの、保科君」
「っ!?」
(よ、呼び止められた!?)
後ろから、声をかけられた。
これまではなかった反応に、ついピタリと動きを止めてしまう。
そして、一瞬迷ったが、いつまでも振り向かないのは余計な興味を抱かせると判断し、さび付いたブリキ人形のようにギギギというオノマトペを発生させながら首を後ろに向けた。
「な、何かな?」
(平静を保て保科柊史!!無闇に関心を引くようなことは絶対に言うな!!)
内心で最大限に警戒をしながら、無難に聞き返した。
「えっと、その・・・ほ、保科君は何か、悩みとかはありませんか?」
「な、悩み?」
(悩みというなら、まさに今キミに呼び止められていることかな・・・)
それか、『生まれつき他人の感情がわかるチカラを持ってたんだけど、お化けを食べたら他人の痛みを引き受ける体質に変わっちゃいました。しかも、クソマズいゲロみたいな味を強制体験しないと胃に穴が空くくらいお腹が空くんです』とでも言うか。
(まあ、言えるわけないよな)
パッと思いついたが内心で『下らない』と即座に却下する。
そして苦笑いを浮かべないように注意しながら、これまた無難に答えた。
「と、とくにないかな」
「そうですか・・・」
オレがそう言うと、綾地さんはどこか気落ちしたようだった。
だが、すぐに持ち直すと、オレの目を見て続ける。
「も、もしもなにかお悩みがあったら、オカルト研究部に来てください。私、相談に乗りますから」
「う、うん、そうなったら、お願いするよ・・・えっと、ごめん。オレ、教室に荷物を置きに・・・」
「あ・・・ご、ごめんなさい。呼び止めてしまって・・・それじゃあ」
嫌味にならない程度に鞄を持ち上げてみせると、綾地さんは申し訳なさそうな顔をして、軽く会釈して去って行った。
オレの口に微かに湧き出てきたのは、昨日の椎葉さんと同じ渋み。
彼女が本心から申し訳なく思っている証だ。
(綾地さん、本当にいい人なんだよな・・・オレの方こそ申し訳なくなる。けど、油断するわけにはいかないんだ)
少なくとも、綾地さんの言うオカルト研究部をオレが利用することは絶対にないだろう。どこにあるのかも知らないけど。
そう思いつつ、オレは熊に遭遇したときのように下手に動かず、綾地さんが去って行くのを確認しながらジリジリと下がり、振り返る気配がないと確信してから猛ダッシュで教室に飛び込んだ。
早めの時間の教室に人は少なく、オレが入ってきても何人かチラリと一瞥しただけで、すぐに視線は外れる。
オレは、危機を乗り切ったことに安堵しつつ、自分の机に荷物を置いて一息ついた。
「ふぅ・・・なんとかなった」
思わず口に出してしまうほど、オレは緊張していたらしい。
手を見ると、汗が滲んでいた。
その汗を拭いながら、オレは改めて思い出す。
(本当に、実は今でも信じられない。まさか・・・)
何故、完璧美少女と言っていい綾地さんを、これほどまでに警戒しなければならないのかを。
そう、間違いなくオレだけが知っている彼女の秘密。
(まさか、綾地さんがとんでもないレベルのむっつりスケベだったなんて・・・!!)
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それに気が付いたのは、クラス替えからしばらく経ってからだった。
(・・・マズい、キツイ、帰りたい)
退屈な古典の授業の最中。
他の面々もそう思っているのか、教室にはどこか鬱屈した感情が渦巻いていた。
そうなると、当然オレの術式によって最悪な味が舌に現われるのだが、そこまで強い感情でないせいか、味は薄いものの中々腹が膨れない。
中途半端にマズいのがいつまでも続くというのは、強烈なゲロまずさを短時間に味わわされるよりもキツイ。
そんなことを思いながら、早く人のいない所に行きたいと、ひたすらに念じていたときだ。
--ギュンッ!!
「んなぁっ!?」
突然、身体の中で爆弾が爆発したかのような凄まじい熱と、喉が焼けると怖くなるくらいの甘み。
それらがいきなり伝わってきて、オレは思わず叫んでしまった。
「ど、どうした保科?体調悪いのか?顔赤いぞ」
「あ、い、いえ・・・大丈夫です」
「そ、そうか」
静まりかえる教室。
ビシビシとたくさんの針が飛んできたかのような痛みは、皆が授業中に突然叫んだオレに向ける奇異と不審の感情だ。
普段のオレならこんな風に注目を浴びてもロクな事にならないから目立たないようにしているのだが、今はそれどころではないくらい、かつてないほどの異常事態に襲われていた。
どうにかこうにか席に着くも、パニックになりそうだった。
(な、なんだこの感覚!?心臓がうるさいぐらいバクバクいってるし、身体は熱いし・・・っていうか、それすらどうでもよくなるくらい・・・!!)
--ムラムラするっ!!
今すぐトイレに行って自慰行為に走りたいと思うくらい、股間が破裂するんじゃないかと心配になるくらいに性欲が溢れそうになっていた。
チラリと周りを見回せば、もうクラスメイトたちは授業を聞く体制に戻っていたが、目に入る女子を容姿や好みに関係なく襲ってしまいたいなどというあまりにも危険な衝動まで出てくる始末。
(くそっ!!これならさっき体調が悪いフリでもして教室を抜け出すんだった!!)
後悔しても後の祭り。
オレはどうにかこうにか授業が終わるまで脳内で般若心経を唱え、取り込んだ呪霊を一瞬だけ出してから再度取り込むことでクソマズい味を敢えて味わうことで誤魔化した。
その日は、初めての体験だったこともあり、一体どこからその感情、強烈な『発情』が飛んできたのかはわからなかった。
というか、苦痛ならいつものことで慣れているのだが、どちらかと言えば快楽に近い発情はオレとしても耐えがたい。
結局、その日からも時折、時間を選ばず発情の急襲を受け続けることになった。
そして、さらに時が経ち。
(・・・この発情の感情、この教室や、移動教室の先でしか出ない。犯人はこのクラスにいる!!)
オレはこの発情を押しつけてくる下手人に殺意に近い怨念を抱いていた。
突然の奇襲に驚き、授業中に声を上げてしまうことが何回か。
性欲に耐えられず、体調不良を装って教室を抜ける、ついでにヌくことが複数。
二年生になって目立たず地味に過ごそうと思ってたのに、今やクラスでも『変なヤツ』扱いされてしまい、悪感情を向けられることもあった。
さすがに今は慣れて、術式をコントロールして咄嗟に受ける量を減らすことができるようになったおかげで授業中に妙な眼で見られることはなくなったが、オレについたマイナスイメージを減らすのにどれだけ上っ面を取り繕い、雑用をこなす必要があったのかと思い知らせてやりたかった。
(こんな目に遭わされたんだ。呪霊で脅かすくらいはやってもいいよな?・・・まあ、それも相手を見つけてからだ)
そして今日。
オレはにっくき犯人を捕まえることを決意していた。
(発情を受けないようにすると、どこから飛んで来たのかわからなくなる・・・なら、術式をうまく調整して、少しずつ受け入れてやるんだ。そうすれば、『向き』がわかるはず!!)
十分に発情を受け流せる。また、少量ならば耐えられると確信が持てたため、術式を応用して発信源を特定する。
そんな心構えでここ数日過ごしていたのだが、そんなときに限って中々来ない。
だが、そろそろなのではないかと、機会を虎視眈々と狙っていたときだ。
「よし。じゃあ綾地。教科書のそこのページを読んでくれ」
「はい」
(綾地さん、また指名されてるな。まあ、頭もいいし、美人だし、納得と言えば納得だけど)
現代文の授業中。
先生に指名されて、綾地さんが席を立ち、朗読を始めた。
成績優秀で、授業態度も良く容姿も整っているからか、綾地さんは結構指名される。
オレは、そんな綾地さんを見ながら思った。
(まあ、綾地さんはないな)
優しく、清純で、可憐で、学院全体から人気のあるクラスメイト。
美しい声で朗々と教科書を読み上げる綾地さんの姿は清楚そのもの。
汚らわしい性欲とは一切無縁だろう。
下劣な話だが、自慰行為の存在すら知らないのではないだろうか。
そんな彼女が、あれほどまでにヤバい発情を抱えているなど、天地がひっくり返ってもあり得ない。
(いかんいかん。常に気を張っていないと。常在戦場。ここは先生と訓練してるときと同じだと思え・・・いつだ?いつ仕掛けてくる?)
しばしの目の保養とばかりに綾地さんを眺めていたが、敵はいつやってくるかわからない。
綾地さんから意識を外し、先生と本気でやり合うくらいの感覚で、精神を研ぎ澄ませる。
そして、とうとうそのときはやってきた。
--ギュンッ!!
(来たかっ!!)
炎のような熱と熟れた果実のような濃厚な甘み。
それを感じ取った瞬間、オレは術式を完全にシャットアウトする。
コレに備え、授業前にマイナスの感情を可能な限り集めたから、飢餓感に襲われることはない。
少しくらい感情を吸わなくても問題なし。
(さあ、ここからだ!!術式を・・・)
そうして、オレが術式を調整しようとしたときだ。
「ハラハラと散る桜の花びらを見つめながら、男は深いため息をつい・・・っ!?んっ!?んんんっ!?」
「お、おい綾地?」
「あっ!!ご、ごめんなさい先生・・・んっ!?い、今、つ・・・あうっ!!・・・続きを」
(・・・・・)
絶句。
オレの頭の中が真っ白になった。
(ま、まさか・・・いや、そんな馬鹿な)
動揺しているのはオレだけではない。
綾地さんのおかしな・・・いや、もう端的に言うとエロい様子に、クラスはざわざわと色めき立ちつつあった。
そのざわめきを感じ取りつつ、未だに信じられない心境のオレは、恐る恐る、念のために術式を少しずつ開いていく。
そして、オレが数年間付き合ってきた術式は確かにその向きを示した。
オレに熱と甘みを伝えてくる発信源は・・・
「はぁっ、、はぁっ、・・・」
「あ、綾地!?お前本当に顔が真っ赤だぞ!?熱でもあるんじゃないか!?早く保健室に・・・」
(嘘だろ・・・)
顔を真っ赤に染め、舌を出しながら荒々しく喘ぐ綾地さんであった。
あまりの艶めかしさに、今まで散々発情を押しつけられた恨みが吹き飛んでしまうほど。
しかし、オレはそのとき、周りに満ちる感情に気が付いた。
(これは・・・ク、クラス中に発情が満ちている!?)
いつの間にか、発情が伝わってくる方向が複数になっていた。
勿論、一番強いのは綾地さんだが、方々からそれなりの強さを感じる。
その向きはオレではなく綾地さんだが・・・オレは危機感を覚えた。
(こ、この状況、ちょっとマズくないか?)
指名されて立っていたのもあり、綾地さんはみんなの注目を集めていた。
そこで、今のように発情し、クラス中の男子にその姿を見られてしまい、欲情されている。
同じ男としてそれも無理はないと思うのだが、同時に危険な気がしてならない。
「だ、誰か!!綾地を保健室に!!」
「せ、先生・・・んんっ!!わ、私は、あんっ!?、だ、大丈夫、ですぅうううんっ!?」
「お、俺が連れてきます!!」
「ま、待てよ!!俺が行く!!」
「ボクは保健委員だ!!ボクが・・・!!」
「お、おい!!お前ら落ち着け!!ええい!!女子の保健委員は・・・」
「今日は休みです!!」
オレの予想通り、男子たちが暴走を始めていた。
しかも、女子の保険委員は休み。
このままでは、発情状態の綾地さんを男子が連れて行くことになる・・・かもしれない。
そうなれば、万が一と言うことも・・・っていうか。
(何もされなくても、まあ、女子なら怖いよな・・・)
術式のおかげで冷静さを保てているオレは、そこそこ客観的に状況を把握できていた。
その上で、このまま行くと例え事が起こらなくても、綾地さんが怖い思いをするかもしれないことを。
もう現在進行形でそんな思いをしている可能性もあるが。
(恐怖の感情・・・すごくマズいんだよな。それに、クラスの中心人物の綾地さんに何かあったら、雰囲気悪くなりそうだし)
悪感情にも種類はあるが、悲しみや恐怖、絶望はマズいというよりも痛みに近い感覚を味わわされる。
アレを味わわされるのはごめんだ。
それに、人気者の綾地さんに何かあったら、色々良からぬ影響がありそうだ。
何より。
(・・・さすがに、そうなるかもってわかってて、なんとかできる方法もあるのなら・・・放っておくのは寝覚めが悪い)
このままではオレ自身が後悔しそうだった。
だから、オレは決めた。
(術式、全開!!)
--ギュンッ!!
「ぐぅっ!?」
覚悟はしていたが、恐ろしい熱量が無形の衝撃となって襲いかかって来て、つい声が出てしまった。
だが、騒然としているクラスではオレの小さなつぶやきなど聞かれはしない。
オレは、湧き上がる性欲をどうにか堪えながら綾地さんの様子を盗み見る。
「はぁっ、はぁっ・・・あれ?あれれ?・・・あ、あの、先生」
「お前ら、いい加減に・・・って、すまん綾地!!ほったらかしてた!!おい女子!!誰でもいいから綾地を・・・」
「あ、あの・・・もう大丈夫です。お騒がせしました」
「え?いや、でもお前さっきまで・・・」
「は、はい・・・その、さっきまで本当に体調が悪かったんですけど、急になんともなくなって」
「・・・確かに、顔色も戻ってるな。けど、念のため保健室には行け・・・秋田、付き添ってやれ」
「は~い。それじゃ、行こう?綾地さん」
「あ、はい・・・」
そうして、綾地さんは女子に付き添われて教室を出て行き・・・
「・・・・・」
(目が合った?)
その直前に不思議そうな顔をして教室を見回して、絶賛忍耐中のオレと少しだけ目が合う。
「どうかした?綾地さん?」
「あ、いえ・・・なんでもないです」
目が合ったのは偶然だったのか、声をかけられてすぐに視線は外れた。
そして、今度こそ教室を出て行くのだった。
「ふぅ、これでよし・・・おい男子共!!全員起立!!騒がせた罰だ!!授業終わりまでそのまま立って受けろ!!」
「「「「ええ~!?」」」」
「ええじゃない!!早くしないと次のテストでどうなるかわかってんだろうな?」
「「「「は、はいっ!!イエスマム!!」」」」
(・・・オレもかよ)
そんな綾地さんを安心したように見送った現国の久島先生は、騒がせた罰としてクラスの男子全員を授業中ずっと立たせることとなる。
・・・発情を堪えながら立つのはキツかったが、前屈みになっていたのがオレだけでなくてよかったと思うなど、これっきりにして欲しいと、オレは心底願うのだった。
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(あれから、学校で気が抜けるときがなくなったんだよなぁ・・・)
綾地さんが時折強烈な発情を抱えるとわかってから、オレはさらに警戒を強めるようになった。
というのも、綾地さんは注目を浴びやすく、指名されやすい。
そのときにも、いつ発情が始まるかと、オレまで緊張しながら見守るようになってしまったのだ。
そして、いざ発情が始まれば、打算半分、同情半分で術式を使って肩代わりする。
普通に授業を受けているときならばオレが受ける分は50%くらいにしているが、みんなに見られているときは100%だ。
発表が終わったら即座にある程度戻すようにしているので、オレが変に思われるようなことはないが、それでもそれなりに負担はかかる。
だが、実を言うとメリットがないでもない。
悔しいが、性欲を堪えるのは大変だけれども、そこらの悪感情を吸うよりは味や痛みもだいぶマシなのだ。
まあ、オレ自身の社会的な死のリスクがあるというとんでもないリスキーなことに目をつぶればだが。
しかし、だ。
(綾地さん、まさか魔女じゃないよな?)
先生から魔女のことは聞いていたし、なんなら椎葉さんに会ったことで、魔女という存在を実際に目にすることができたし、代償についても知ることはできた。
もしかしたら、綾地さんも魔女で、あの異常な発情は代償なのでは・・・
(まあ、関係ないか。どっちでも)
しかし、オレは考えるのをすぐに止めた。
発情するのが代償など、どこぞのエロゲーでもあるまいし、呪術師として異能を扱う身からすれば、そんなしょうもない異能など存在して欲しくない。
それに百歩譲って魔女の代償だったとして、だからどうしたという話だ。
オレの打算のために肩代わりするのは変わらない。
何より、『キミの発情、オレが肩代わりしてあげるから感謝してよね♪』などと綾地さんに言ってみろ。
例え異能のチカラを信じてもらえたとしても、絶対にキモがられる。
綾地さんに嫌われたら、村八分にされて社会的に死ぬのは確定だ。
っていうか、オレと綾地さん双方の尊厳のためにもそんなことをカミングアウトしたくない。
オレの墓の下まで持っていく所存である。
というわけで。
(どっちにせよ、綾地さんと関わっても離れても危険なんだよな。もはや大量破壊兵器。オレがどこにいても関係ない)
突然爆発して発情されれば、オレが耐えねばならない。
かと言って放っておくのは寝覚めが悪いし、それで何かあればやはりオレが困ることになりそう。
関わり過ぎても危険だし、離れても後々問題が起きそう。
近すぎず、遠すぎず、そこそこの距離からこっそりサポートするくらいがベストだ。
急な発情に備え、必要な時以外は術式を閉じておくのも忘れずに。
(・・・朝起きる時間変えようかな)
さっきのように、近づきすぎることがあってはいけない。
突然発情されれば、気をつけていてもオレが不審な行動をしてしまうかもしれない。
それで気が付かれる可能性は0に等しいだろうが、無用なリスクは侵すべきではない。
まあ、ひとまず今日は。
(また、放課後に椎葉さんに会って癒されよう・・・)
昨日、帰り際にまた明日会う約束をしてある。
そう思えば、さっきの緊張で疲れた頭がリラックスしていくような気がした。
そして、思う。
(これ、椎葉さんには絶対にバレたくないな・・・下手したら綾地さんよりも)
例えどうしようもない理由があっても、女子の発情を肩代わりしてるなど、理想の契約者である椎葉さんには絶対に知られたくない。
オレは何があってもこの秘密は守り抜くと心に誓うのだった。
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「・・・保科君、今日も疲れてるみたいでした」
綾地寧々は、保科柊史と別れた後に、そう小さく呟いた。
朝の早めの廊下には、寧々以外に誰もいない。
そんな中で、寧々は最近少し気になっている男の子のことに想いを馳せた。
「保科君・・・」
きっかけは、やはりあの現国の授業のときだった。
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唐突だが、綾地寧々は魔女である。
とある非常に重い願いを叶えるために黒猫のアルプと契約し、魔女となった。
そして魔女となった以上、彼女も代償を背負うこととなったのだが、いかんせん年頃の、それも寧々ほどの美少女が背負うにはかなり酷で、それでいてしょうもない代償であった。
「ハラハラと散る桜の花びらを見つめながら、男は深いため息をつい・・・っ!?んっ!?んんんっ!?」
「お、おい綾地?」
「あっ!!ご、ごめんなさい先生・・・んっ!?い、今、つ・・・あうっ!!・・・続きを」
寧々は発情していた。
もう一度言おう、発情していたのだ。
「はぁっ、、はぁっ、・・・」
時間場所に関係なく、唐突にすさまじい発情に襲われる。
それが、彼女の代償だった。
この代償に、寧々はずいぶんと苦労したものだが、実は最近、少しだけ不思議な事が起きていた。
(っ!!・・・さ、最近は、教室だとあまり発情してなかったのに)
どういうわけか、学院の自分のクラスメイトたちと行動しているときは、代償が発生しなかった。
否、発生しても驚くほどすぐに治まっていたのである。
一応、ごくごく最近にはまた元に戻りつつあったのだが、それでも気を抜いてしまっていたのだ。
そのせいで、これまではなんとか表に出ないようにしていた発情に、大げさなくらい身体が反応してしまっていた。
(どう、しよう・・・みんなに、見られて・・・)
女子というのは、視線に敏感だ。
クラスのみんなの前で朗読していたところに突然襲いかかってきた代償。
そのせいで、発情したはしたない今の姿を皆に見られてしまっているのがはっきりわかった。
(・・・嫌・・・見ないで)
特に痛いほどの視線を送ってくるのは、男子たちだ。
ギラギラとした獣欲の滲んだその目線は、女子として本能的に恐怖を覚える。
好きな相手でもない限り、欲情されて恐怖や嫌悪を覚えない方が珍しいだろう。
とはいえ、久しぶりのあまりにも強い発情は、寧々の動きすら奪うほどだった。
なんとか動こうともがけばもがくほどにそれが刺激となって艶めかしい声を上げてしまい、それが周りをますます熱狂させ、そこから逃げようとしてまた足掻く。
最悪の悪循環であった。
(・・・誰か、誰か・・・助けて・・・)
魔女になったのは自分の意志。
代償を背負うことになったのも自業自得。
それでも、寧々は助けを求めずにはいられなかった。
ここ最近、己の代償を軽くしてくれた『誰か』に、つい祈ってしまった。
そして、運命は彼女に味方した。
--フッ
「はぁっ、はぁっ・・・あれ?あれれ?・・・あ、あの、先生」
始まったのが唐突なら、終わりもまた突然だった。
普段なら、かなりの長時間を耐えるか、自らで『処理』しなければ治まらない疼きが、綺麗さっぱり消えていたのだ。
「お前ら、いい加減に・・・って、すまん綾地!!ほったらかしてた!!おい女子!!誰でもいいから綾地を・・・」
「あ、あの・・・もう大丈夫です。お騒がせしました」
「え?いや、でもお前さっきまで・・・」
「は、はい・・・その、さっきまで本当に体調が悪かったんですけど、急になんともなくなって」
「・・・確かに、顔色も戻ってるな。けど、念のため保健室には行け・・・秋田、付き添ってやれ」
「は~い。それじゃ、行こう?綾地さん」
「あ、はい・・・」
こちらを心配してくれた久島先生が、女子を指名して付き添いとして付けてくれたので、好意を無駄にしないためにも教室を離れることにする。
その前に、気になったことがあり、教室を振り返る。
(・・・さっき、どうして代償がなくなったんだろう?)
今までも代償がなくなることがあったが、今回は少し違った。
これまでは起きるのも、治まるのも寧々の意志など関係なかったが、さっきは、寧々の願いに呼応したようだった。
教室や、移動教室でも代償が消えることがあったから、恐らく場所ではなくクラスメイトが原因なんじゃないかとは思っていた。
だから、さっきのこともこの中にいる誰かがやってくれたのでないかと。
(・・・あれ?あの人)
そこで、騒がしい教室の中で毛色が違う人に気が付いた。
久島先生に怒られたり、教室を出て行こうとする寧々を追いかける視線ばかりの中、その男の子だけは違った。
まるで何かに耐えるように、顔を真っ赤に染めながらも、じっと前を見ている。
はっきり言って、今の寧々よりよほど体調が悪そうだ。
(確か、保科君?・・・そういえば、保科君も少し前に、よく体調を崩してたような)
保科柊史は、寧々のクラスでちょっと変わった存在だった。
悪い人では決してない。
誰もやりたがらないような雑用を積極的に引き受け、揉め事を起こさないようにしている穏和な気質。
しかし、新しいクラスになってすぐに、突然授業中に奇声を上げたり、体調を崩して保健室に行くなど、本人の意志か定かでないが目立つ行動をよく取っていた。
最近はそんな奇行もなりを潜め、献身的な態度もあって評判も徐々に落ち着いていったのだが・・・
寧々としては、前々から気にはなっていた。
なにせ。
(私の代償が出てきたと思ったら治まって、その代わりみたいに保科君が変なことをしてたから・・・)
とくに、最初に代償が突然消えて、その直後に柊史が叫んだときは。
そして今もまた、代償が消えた代わりと言うかのように、体調の悪そうな柊史がいる。
(もしかして・・・保科君が何かを?)
そう思って、柊史を見つめる。
もしかしたら、魔女である自分と同じような異能の存在を知る同類であり、恩人なのではないかと。
そのとき、柊史もまた顔を動かし、寧々の方を見た。
「「・・・・・」」
期せずして、2人の視線が交わる。
だが、それも長くは続かなかった。
「どうかした?綾地さん?」
「あ、いえ・・・なんでもないです」
付き添ってくれる女子が不思議そうな顔をしている。
あまり待たせるわけにも行かないだろう。
そして、寧々はその場はひとまず保健室に行くことにしたのだった。
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それから、寧々はそれとなく柊史を観察するようになった。
その結果、やはり柊史には何かあるという確信が強まっていく。
そんな中、寧々が廊下で教師にちょっとしたことを頼まれているときだった。
「じゃあ綾地、頼んでもいいか?」
「はい、だいじょう・・・っ!?」
「綾地?」
(ど、どうしよう?こんなときに!!)
放課後の廊下は人気がなく、いるのは自分と、目の前の男性教師だけ。
そのタイミングで、代償が来てしまったのだ。
教師は不思議そうな顔をしていて、嫌らしい視線を寄越しているワケではないが、それでも女子として寧々は不安だった。
(は、早く、早く離れなきゃ・・・)
「せ、先生・・・ごめんなさい。私、んっ!!・・・た、体調が・・・っ!」
「お、おい綾地?確かに顔が真っ赤だ。熱でもあるんじゃないか?だが、この時間だと保健室は閉まってるし・・・仕方ない。私の車を出すか・・・いや、親御さんが来てくれるならそれでもいいな。どうだ?」
「あ・・・えっと・・・んっ!!お、お父さんは・・・」
男性教師は、真剣に寧々のことを心配してくれていた。
しかし、寧々としては放って置いてくれた方がありがたい。
しかも、なんだか事が大きくなりそうな雰囲気だ。
なんとも困ったことになってしまった。
そのときだ。
「・・・・・げっ!?」
「あ・・・」
廊下の角から、柊史が歩いてきていた。
何かの本の山を抱えていることから、また誰かの手伝いでもしているのだろうか。
柊史は、『嫌な現場に来てしまった』と言わんばかりに顔をしかめていたが、すぐに諦めたような顔をすると、教師に会釈してから足早に寧々の隣を通り過ぎる。
その直後。
(・・・代償が消えた!!やっぱり!!)
寧々の身体から疼きが消えた。
足早に、というかもはや走るような勢いでどこかに行ってしまった柊史はもう見えないが、寧々は確信する。
(やっぱり、保科君が何かしてくれてるんだ・・・)
「綾地?」
「あ・・・すみません。なんだか、ちょっと気分が悪くて・・・でも、もう治まりました。念のため、父に連絡しますね」
「お、そうか。うん、顔色も元に戻ってるな。じゃあ、親御さんに連絡して、迎えに来てもらえよ。頼み事はもういいからな」
「はい」
そうして、寧々はまたも窮地を救われたのだった。
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「やっぱり、私から魔女のことを言い出すべきでしょうか・・・でも、保科君、なんだか私のことを避けてるような気が」
柊史にお礼を言おうと思ったことは何度かある。
しかし、どうにも柊史は寧々のことを避けているというか、どこか余所余所しいのだ。
一応、嫌われているというほどではなさそうだし、代償をなんとかしてくれるのも続けてくれている。
けれども、そんな中で無理にお礼を言うのは自己満足でしかないような気がして一歩踏み出せないでいた。
それに、状況的に寧々としては確信しているが、物証があるわけではないし、絶対に柊史が何かしているとは100%言い切れない。
もしも勘違いだったら、自分は完全に妄想癖がある変態だと誤解されるだろう。
だがそれでも、寧々としては、いつかお礼がしたかった。
「保科君・・・いつもすごく疲れたような眼をしてるし、なにか大変な悩みを抱えていたりするんでしょうか?だったら・・・」
それならば、その悩みを自分が解決してあげたい。
心の欠片を集めるために、いつも他の人の悩みを聞いて、より良い方へ向かえるようにしているときのように。
「私、いつでも待ってますから。保科君が、オカ研に来てくれるのを」
そう思いながら、寧々はそろそろ教室に戻らなければと、所用を終えて元来た道を歩いて行くのだった。
なお・・・
(・・・綾地さん、なかなか戻ってこないな。申し訳ないけど、早退とかしてくれると助かるなぁ)
保科柊史の抱える悩みのそれなりに大きな割合が己にあることを綾地寧々は知らない。
ましてや、己が大量破壊兵器みたいな存在だと思われてるなど、欠片も想像できはしないのだった。
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おまけ
保科柊史からの印象。
保科柊史→椎葉紬(控えめに言って天使。マジで女神)
保科柊史→綾地寧々(歩く地雷。放っておけないけどあまり関わりたくない)
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椎葉紬からの印象
椎葉紬→保科柊史(ちょっとデリカシーはないし、もしかしたら遊び人かもしれない。けど、すごく優しくて頼りになる人。でも、どこか目が離せない心配なところもあって、力になってあげたい)
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綾地寧々からの印象
綾地寧々→保科柊史(自分を助けてくれてる人。いつかお礼をしたい。いつも疲れてるみたいだし、その疲れを癒やしてあげられたらいいな)
次は椎葉さん出てきます。異能力バトルの方も、こっちも、応援していただければ幸いです。
続きが気になる方へ。
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