コントラクト・ガーディアン─Over the World─ 作:tea4
「そう…、それでは、ラナも不老長寿となって────リゼほどではないけれど、永く生きるのね?」
「うん。白炎様───神様が仰るには、おそらく500歳から600歳は生きるだろうって」
「そんなに…?」
ロウェルダ公爵邸の応接間で、私はシェリアに委細を打ち明けていた。
レド様を始めとした他の皆はいない。それぞれ、やるべきことをやりに赴いている。勿論、本日の私の護衛であるレナスは、姿をくらませて傍にいるけど。
シェリアは目の前のティーカップに触れようともせず、その表情を陰らせ、ただ何か考え込んでいるように見えた。
「シェリア…?」
何だか心配になって呼びかけると、不意にシェリアが私に目を向けて口を開いた。
「リゼの加護を受ければ────誰でも不老長寿になれるの?」
「シェリア?」
「それなら…、わたくしにもリゼの加護を授けてちょうだい」
シェリアのその思い詰めたような表情に、私は眼を見開く。
「シェリア、何を言っているの?」
「だって────だって…、そうしたら、ずっとリゼの傍にいられるのでしょう…?」
「シェリア…」
「わたくし…、殿下の親衛騎士となるというリゼの決意を聞いたとき、安堵したのよ。ああ───これで、リゼはこの国にいてくれる。何処にも行ってしまうことはない───と。
それなのに…、いずれ何処かに行ってしまうなんて────リゼを連れて行ってしまうなんて────酷いわ」
「シェリア…」
「だから────お願いよ、リゼ。どうか、わたくしにも加護を授けて…!」
シェリアがここまで思い詰めるほどに、私といたいと思ってくれているとは知らなかった。
私だって、シェリアと一緒にいられたら───と思う。できるなら、その願いを叶えてあげたい。
加護だって、危険の多いシェリアにこそ授けてあげたい。
だけど──────
「ごめん、シェリア────それは、できない」
「どうして…?」
「シェリア───ラナ姉さんたちは、レド様と私と危険を共にするために不老長寿になってくれたの。他の人たちとは同じ時間を生きられなくなることを覚悟の上で、なってくれたの。シェリアの───私といたいと思ってくれるその気持ちは、本当に嬉しい…。でも───そんな理由で…、シェリアを安易に不老長寿になんかできない」
私は立ち上がって、向かい側にいるシェリアの許へ行き、跪いて眼を合わせて続ける。
「シェリア、貴女の傍にいるのは、私だけではないでしょう?おじ様やおば様、シルムにカエラさん────他にもシェリアの身を心配し慈しむ人たちが、たくさんいる。
不老長寿になってしまったら────その人たちの傍にいられなくなってしまうんだよ…?」
シェリアは、このロウェルダ公爵家の公女だ。
身分も容姿も問題ないのに、18歳という妙齢で未だ婚約者すらいないのは、皇妃一派のせいなのだ。
シェリアは、その身分と年齢の近さから、レド様もしくはゼアルム皇子殿下の妃候補の筆頭だった。
けれど────ジェスレム皇子に皇位を継がせたいベイラリオ侯爵家は、ロウェルダ公爵家を押さえたいがために、シェリアをジェスレム皇子の妃にするべく、レド様たちとの縁談を邪魔したばかりか────再三断っているにも関わらず未だに諦めていないようで、徹底的にシェリアの縁談を潰しているのだ。
ジェスレム皇子の妃にできないなら、他に嫁げないよう傷物にしてしまおうとも考えているようで、これまで企てられた誘拐の大半は、ベイラリオ侯爵家が関わっているとのことだった。
シェリアが、ここまで私に依存してしまっているのは────外出すらままならない、この異常な状況のせいだ。
だけど────きっと、そう遠くないうちに皇妃一派は一掃される。そうしたら、シェリアの状況だって改善されるはずだ。
それがいつになるかは判らないけれど、シェリアの身分と美貌なら、少しくらい年齢が過ぎてしまっても、縁談がないということはありえない。
いずれ、シェリアも自分の家族を持つことになる。
ラナ姉さんとは違って、シェリアは貴族なのだ。年を取らないことを不審に思われても、簡単に生活の場を変えることなどできない。
もし、安易に不老長寿になってしまったら、後で後悔することになる。
「でも───でも、リゼに逢えなくなるなんて────」
シェリアの夏の陽光のような金色の瞳が潤んで、滴となって零れ落ちた。
「大丈夫───こっそり逢いに来るよ。私には、古代魔術帝国の魔道具だって───魔術だってあるんだから、いつだって逢えるよ。私だって、シェリアに逢えなくなるなんて嫌だもの」
「本当に…?わたくしに逢いに来てくれる…?」
「当たり前でしょ」
「わたくしが…、しわくちゃの老婆になっても親友でいてくれる…?」
「シェリアこそ、私がいつまで経っても年を取らない普通とは違う存在でも────それでも…、親友でいてくれる?」
私がそう言うと、シェリアは濡れた眼のままで微笑んだ。
「それこそ、当たり前でしょう。リゼがリゼのままなら────いつだって、わたくしたちは親友だわ」
シェリアの笑みが朗らかなものに変わって、私もようやく口元を緩め笑みを零す。
「ふふ、そうだね。シェリアがしわくちゃのお婆ちゃんになったって────シェリアがシェリアのままなら…、私たちはいつまでも親友だよ」
「約束よ?」
「うん、約束。だから、そのためにも────シェリアは、私たちのことを理解して協力してくれる旦那様を見つけてね?」
「ええ、解ったわ。わたくしとリゼの仲を邪魔するような夫なんて願い下げだもの。きちんと吟味して選ぶことにするわ」
「ふふ、そうして」
「リゼこそ、リゼを独り占めしようとしないように、殿下をちゃんと説得してちょうだいね?」
シェリアとそんな言葉を交わして、二人で笑い合う。
「シェリア────加護を授けることはできないけれど…、祝福をあげる」
私はシェリアの手を取って、告げる。
「祝福を…?」
「祝福を与えられると、その人が進むために───道を切り拓くために必要なものを引き寄せることができるんだって。ただ───それを掴めるかは、本人の努力次第らしいけど」
そこで言葉を切って、私はシェリアに微笑みかける。
「でも────努力さえしていれば、必ず道を切り拓くことができるから」
シェリアは驚いたような表情を見せた後、ふわりと笑った。
「リゼ…、ありがとう」
シェリアのその笑みを受けて────私は、先程、皆に与えた熱くなった感情が溢れ出たような“加護”とは別の───自分の奥底から湧き上がった仄かに温かいものをシェリアへと流し込む。
その仄かに温かいものが、シェリアを包んで────シェリアの中へと溶け込んでいったのを感じた。
意識して、祝福を授けたのは初めてだったが、上手くできた気がする。【
私は立ち上がって、シェリアの傍に控えているカエラさんの許へと向かう。
「カエラさん───カエラさんにも祝福を授けてもいいですか?」
「私にも───ですか?」
「ええ。祝福があれば、きっとシェリアを護り抜くことができます。
だから────授けさせてもらえませんか?」
カエラさんは、シェリアの専属侍女であり、護衛だ。
私は、もうシェリアを優先して護ることはできない。だけど────カエラさんに祝福を授けておけば、少しは安心できる。
勿論、皇都を離れる前に、他にもシェリアの身を護る策を講じるつもりだ。
「…お願いします、リゼラ様。どうか────私にも祝福をお与えください」
カエラさんはその双眸に決意を湛えて口元を引き締め、深々と頭を下げた。
◇◇◇
予定より大分遅れて、“お城”へ跳ぶと────ノルンが、ヴァイスと共に待ち構えていた。
「遅いです、
「待たせてごめんね、ノルン、ヴァイス」
ふくれっ面で言うノルンに苦笑しながら、私はノルンとヴァイスに歩み寄る。
「いや。よく来てくれた、我が姫」
ヴァイスは、私の腕に頭を擦りつける。私はその行動に口元を緩め、ヴァイスの頭を撫でてから、自分の工房へと向かって歩き出す。
ノルンが私の右側に、ヴァイスが私の左側に並ぶ。
ノルンが縋りつくように私の手を握ってきたので、私はノルンの小さな手を、強く握らないよう気を付けて握り返す。
「この森以外でも、この姿をとれたらいいのに…」
ノルンが、寂し気にそんなことを呟く。
ノルンは、この森の地下空間にある
だから────ノルンはこの森を離れると実体を保てないのだ。
「そうしたら…、何かあったときとか呼ばれたときだけじゃなくて────もっと、
続けて呟かれたノルンの言葉に足を止めて、私はつられて足を止めたノルンを見る。
自分の存在に気づいてもらえないことに悲しんでいたのは────実体をとることができて、あんなにはしゃいでいたのは────レド様と私の傍にいたかったから…?
俯くノルンの頭をそっと撫でると、顔を上げたノルンに笑いかける。
「それじゃ、ノルン───“端末”でも創ろうか」
「“端末”───ですか?」
「そう。あ、“端末”よりも、ノルンが操って動かせる魔導機構の方がいいのかな。この森以外でも、ノルンが自由に過ごせる方法を考えよう」
「ですが────
「そうだね。でも、ノルンが手伝ってくれるでしょ?この森以外でも、ノルンが色々と手伝ってくれるなら、助かるし」
「勿論です、お手伝いします!────だけど…、本当にいいのですか、
不安気に私を見上げるノルンの頭を、私はまた撫でる。
「ふふ、皆、心配性だよね。大丈夫、無理なんてしないよ。ああ───でも、創り始める前に、やらなければいけないことを整理して、優先順位をつけて、きちんと計画を立てようかな。ノルン、手伝ってくれる?」
「はい!」
私はノルンの手をとって、また工房へと向かって歩き出すために顔を上げた。そのとき、後ろに控えているレナスの心配そうな表情が目の端に映り、私は小さく苦笑する。
皆、本当に心配性だ。
私は大丈夫なのに────そう思いながらも、私を案じてくれる仲間たちに口元が緩んだ。