コントラクト・ガーディアン─Over the World─   作:tea4

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第十九章―誓いと祝福―#6

 

 夕食後、いつものようにサンルームで過ごすため、私はレド様とダイニングルームから出た。

 

 お気に入りのソファに、並んで座る。

 

 ネロはいない。どうもネロは、私とレド様がここで過ごすときには、気を使って別の場所へ移動しているようだ。

 探ってみると、今はヌックスペースのソファで寝ている。

 

 

 今日も、朝から色々なことがあったな。

 

 礼服のことに始まり、ラナ姉さんに加護と祝福を授けて────ラナ姉さんが仲間に加わって、他の仲間たちにも加護を授けて────シェリアと約束を交わして、ノルンの望みを知って─────

 

 でも、まだ一つ、一番気になることが残っている。

 

 

 レド様は、何だか言葉少なだ。

 

 やっぱり、何か思い悩んでいることがあるのだろうか。

 だけど────訊いてもはぐらかされるような気がする。

 

「レド様…、ラナ姉さんのこと、ありがとうございます」

 

 まずは、言おうと思っていたお礼を言葉にした。

 

「いや。ラナがついて来てくれるのは本当に助かる。それに────ラナは、アーシャと共に、リゼの支えとなってくれるはずだ」

 

 ラナ姉さんが一緒に来てくれることを、本心からレド様は喜んでくれている。それなら────あのとき、何がレド様の琴線に触れたのだろう。

 

 あのとき、何を話していたっけ…。

 

 確か────ラナ姉さんを引き続きロウェルダ公爵邸で預かってもらえるよう、交渉するという話だった。このお邸では使用人部屋が足りず、ラナ姉さんが寝泊まりする場所がないから─────

 

 もしかして────レド様が悩んでいるのは、このお邸のこと…?

 

「リゼ?」

 

 気づくと、レド様が、心配そうに私の顔を覗き込んでいた。

 

「レド様…」

 

 どう切り出せば、レド様は打ち明けてくれるだろう。

 

 最近、皆もそうだけど────特にレド様は、私が疲れていると思って心配してくださっている。

 

 きっと、私の負担を考えて、悩みがあったとしても打ち明けてはくれない。

 それは────私を思いやってのことだとは解っている。

 

 でも、何だか寂しくなってしまった。

 

 私はレド様の力になりたいのに────

 何でも分かち合いたいのに────

 

「リゼ?本当にどうした…?」

「レド様───私は…、レド様の親衛騎士です。そして、婚約者です。

私では頼りになりませんか?────レド様のお力にはなれないですか…?」

 

 私の言葉に、レド様は眼を見開いた。

 

「……気づいていたのか」

 

 レド様は、くしゃりと顔を歪め、泣く寸前のような───苦笑のような、そんな表情になった。

 

「何故、リゼには判ってしまうんだろうな…。ラムルやカデアでさえ、気づいていなかったようなのに────」

「このお邸のことですか?」

「…っ」

 

 レド様は驚いたように息を呑んだ後、嬉しそうに微笑んだ。

 

「リゼには敵わないな。本当に…、俺のことはお見通しのようだ」

 

 一転して、レド様の表情が曇る。レド様は、ちょっと躊躇ってから口を開いた。

 

「契約の儀の後で、リゼをこの邸に連れてきたとき────この邸は鍵が壊れていたと話したのを覚えているか?」

「はい、覚えています」

 

「あれは…、壊れたのではなく─────壊されたんだ」

 

「……壊された?」

「ああ。初めて遠征に行かされて邸を空けたとき────帰って来たら…、壊れていた。明らかにこじ開けた形跡があった。だけど、邸内は何かされた形跡はなかったから、皇妃一派の嫌がらせかと思ったんだ。

ジグとレナスに確かめたら────しばらく邸を空けることになるから、エントランスホールに罠を仕掛けてくれていたんだそうだ。引っかかった形跡があったと言っていた。

皇妃一派か、物盗り目的の輩かは判らないが────罠を仕掛けてくれていなかったら…、きっと荒らされていたはずだ」

 

 レド様が、自分の手を握り締める。

 

「ずっと───遠征に行かされるたび、帰るのが怖かった。もし…、この邸がなくなっていたらどうしよう───と。

帰って来て───邸を見て、何もされていないのを確かめて、いつも安堵していた」

 

 そのときのことがフラッシュバックしているのか、レド様は眉を寄せて固く目を瞑った。

 

「リゼと【契約】できたおかげで、この邸にはおいそれとは侵入できなくなったとは解っている。だが────この邸を空けるのが心配なんだ。

今度は、長く空けることになる…。もしかしたら────帰って来ることはできないかもしれない」

 

 確かに、状況によっては、赴任先の辺境の地で生涯暮らすことになる可能性もある。

 

 そこで、エルフの隠れ里で手に入れたログハウスについて報告したときのことを、ふと思い出した。

 

 レド様はあのとき────拠点を持ち運べると聴いて、考え込んでいた。

 

「レド様は、このお邸を持って行きたいのですね?」

 

 レド様は眼を開けて、私を見て────また、泣き出しそうな…、苦笑のような表情になった。

 

「リゼには、本当に見透かされているみたいだ」

「そんなの当然です────私はいつだって…、レド様を見ているんですから」

 

 私は、安心させるようにレド様に微笑みを向ける。

 

「それなら────持って行きましょう、このお邸を」

 

 私は安心させたくて笑ってそう言ったけれど、レド様の表情は陰ってしまった。

 

「だが───いきなりこの邸がなくなったら…、不審に思われる。俺たちの事情が知れてしまったら────」

「ふふ、レド様、忘れてしまったんですか?私は“超級魔導師”ですよ?そんなの、どうとでもなります」

 

 レド様にそんな表情をして欲しくなくて、私は殊更(ことさら)、いたずらっぽく言う。

 

「そうですね…、代わりのお邸でも用意しましょうか。このお邸に訪れる人はそんなにいませんし、別のお邸になっていても大丈夫なはずです。

問題になるとしたら、夜会を知らせに来たあの侍従ですね。何か───認識を阻害する…、もしくは暗示をかけるような魔導機構でも仕込むことができれば……」

 

 多分、ノルンにも手伝ってもらえばできる。

 

「だが───リゼには色々と任せている。そんなことでリゼの手を煩わせられない…」

 

 馬鹿だな、レド様は。これは、“そんなこと”なんかじゃないのに────

 私にとっても、とても大事なことなのに────

 

「レド様…、初めて二人で街へ繰り出した日のことを覚えていますか?街から戻って────午後、ここで一緒に過ごしたときのことを」

「勿論だ。忘れるわけがない」

「レド様はあのとき、ここは───このお邸は、レド様と私の“帰る家”だと仰ってくださいました」

 

 あの言葉が───私にも“帰る家”があるのだという、その事実が────どんなに嬉しかったか…、レド様は解っていない。

 

「このお邸は、私にとっても“帰る家”なんです。それに────レド様と過ごした思い出がたくさんある。私だって、このお邸に何かあったら───失うことになったら、嫌です────嫌なんです。

だから、そんな風に思わないでください。持って────いえ、連れて行きましょう、このお邸も」

 

 レド様はまた泣き出しそうに表情を崩して、私を抱き締めた。

 

「ありがとう────ありがとう…、リゼ」

 

 私もレド様の背中に腕を回して、レド様を抱き締める。

 

 お礼なんか言う必要ないのに────そんなことを思いながら、レド様の広い胸に頬を寄せた。

 

「そうと決まれば、代わりのお邸を手配しないといけませんね。規模的には、そこそこ大きな商人の屋敷あたりが妥当でしょうか?」

 

 私がそう言うと、レド様が抱き締める腕を緩めて、私の顔を覗き込んだ。

 

「本当に────本当に、任せても大丈夫か?無理をしていないか…?」

「大丈夫ですよ。皆───特にレド様は心配性ですよね。ちゃんと疲れたら休息をとるようにしますし、無理などしません」

 

「俺はこの邸は大事だが…、それよりも───何よりもリゼの方が大事だ」

 

「ふふ…、私もですよ、レド様。私も、レド様が何よりも大事です。だから、レド様が私の身を案じてくれているのが解っているのに、レド様を悲しませるようなことはしません」

 

 レド様の言葉が、そのお気持ちが嬉しくて────レド様の心配を払拭させたくて、言葉を紡ぐ。

 

「どんなお邸にしましょうか。レド様のお部屋以外は多少狭くなっても、仲間が増えることを考えて部屋数を重視した方がいいですよね」

「いや…、俺の部屋は狭くてもいいが、リゼの部屋が狭いのは駄目だ」

 

 あ───これは、きっと譲らないやつだ。

 私は小さく笑って、続ける。

 

「厨房はカデアが使えるように、古代魔術帝国仕様にならないようにしないといけませんね。それから、ラナ姉さんの作業場も欲しいですね。ジグとレナスの隠し部屋や調練場は支援システムで拡張すればいいですし、図書室は欲しいけど────これは状況によってですね」

「そうだな」

 

「どうせなら、間に合わせなんかではなく────皆の希望を取り入れて、皆にとって過ごしやすいお邸にしませんか?」

 

 考えているうちに何だかワクワクしてきて、私が勢い込んでそう提案すると、レド様が笑みを零した。

 

「ああ、そうしよう」

 

 レド様がやっと笑ってくれたのが嬉しくて、私もまた笑みを零す。

 

 レド様が顔を近づけてきたので、反射的に瞼を閉じた。唇に押し当てられた優しい温もりに、胸と頬が熱くなった。

 

 レド様の唇が離れたのを感じて瞼を開けると、レド様が自分の額を私の額につける。

 

「ありがとう…、リゼ。俺は────リゼと出逢えて…、こうして共にいられて─────本当に幸せだ」

 

 それは────私にとって…、何よりも嬉しい言葉だ。

 

「私もです、レド様」

 

 込み上げる幸せに、胸がいっぱいになって────言葉が出て来なくて、もっと告げたい想いがあるのに、私はそれしか言えなかった────

 

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