コントラクト・ガーディアン─Over the World─ 作:tea4
セレナさんが、何気なく口にした“落ち零れ”という言葉────
そして、それを語ったときのセレナさんの表情────
“出来損ない”とレッテルを貼られた私には、身につまされるものがあった。
彼女の願いに───その決意に、応えたい気持ちはある。
だけど、私には大事な───何に換えても優先すべきことがある。
「ごめんなさい、セレナさん。それはできません。私にはやらなければならないことがあるのです」
セレナさんの真剣な申し出を断るからには、きちんと事情を打ち明けるべきだと考え、私は再び口を開いた。
「セレナさんが、この国の貴族の出身というのは事実ですか?」
「ええ…」
「それなら───イルノラド公爵家の次女について、噂を聞いたことはないですか?」
「イルノラド公爵家の次女…。授かった神託が気に入らず、勉強も社交もしなかったという───我儘で傲慢だと噂されている…、あのご令嬢のことですか?」
セレナさんの言葉に、傍にいたアーシャが───姿をくらませたままのレナスが、怒気を発するのを感じた。
それを嬉しく思いながら、私は続ける。
「あれは───その噂のイルノラド公爵家の次女とは…、私のことなんです」
セレナさんと、セレナさんの後ろに控えているハルド君が眼を見開いた。
「でも…、貴女は生家で冷遇され、冒険者として身を立てたと───」
「ええ、その通りです。私が授かった神託を気に入らなかったのは私ではなく…、母であった公爵夫人なんです。
私は…、家庭教師をつけてもらえない、社交に出してもらえない────そればかりか、食事すら与えられませんでした。
だからこそ────こうして冒険者として身を立てた」
湧き上がる感情を押し止めるように、私は一度眼を瞑って、言葉を続けるためにまた眼を開く。
「先日───成人した際、私はイルノラド公爵家から除籍されました。
そして…、このレーウェンエルダ皇国第二皇子であられるルガレド殿下の親衛騎士となりました。
私はルガレド殿下を───レド様を護り抜くことを…、自分の意志で心に決め───誓っています」
セレナさんの強い眼差しに応えるように、私はセレナさんを見遣る。
「ですから───ごめんさなさい、セレナさん。私は貴女を弟子にすることはできません」
セレナさんは、私の言葉に諦めるどころか、先程よりも強い決意をその瑠璃色の瞳に滲ませた。
「それでしたら猶更です。どうか私を…、貴女に───ひいては、ルガレド皇子殿下に仕えさせていただけないでしょうか」
思ってもみなかったセレナさんの申し出に、私は虚を衝かれる。
「私の生家は…、先程リゼラさんが仰っていた通り、この国の貴族家でした。ですが、3年前───跡取りであった兄が…、ジェスレム皇子の反感を買い、ジェミナ皇妃によって取り潰されました」
そこで言葉を区切り、セレナさんはその長い睫を伏せ、大きな眼が陰った。
「兄は、魔術師として国に伺候していました。兄がこの“氷姫”を行使しているのを見たジェスレム皇子が、自分も使ってみたいと言い出したのだそうです。
兄は、この───先祖伝来の家宝である“氷姫”を…、他人だけでなく、家族にでさえ触らせるのを良しとしていませんでした。特に、落ち零れである私には、近づくだけで烈火のごとく怒るくらいでした。
兄は────ジェスレム皇子の要請を断りました」
セレナさんが、固く瞼を閉じた。震える声で、話を続ける。
「兄は魔物討伐に失敗し、遺体となって戻りました。女子供が見るものではないと、私には見せてもらえませんでしたが────その亡骸には…、無数の穴が開いていたそうです。まるで────“氷姫”の魔術を向けられた魔物のように────」
「………」
「“氷姫”も後で返されました。ただ氷の欠片が放出されるだけで、つまらない代物だという───ジェスレム皇子の言付けと共に。兄を
セレナさんは再び眼を開けると、決意を湛えたままの眼を私に据えた。
「私は────兄ばかりを気に掛ける父も、私を落ち零れと言ってはばからない兄も好きではありませんでした。幼い頃に母を亡くして、父にも兄弟たちにも愛された覚えがない私には…、あの家に楽しい思い出などなかった。
でも────それでも…、父も兄もそんな風に殺されていいとは、私には思えない…。あの皇子の我儘のためだけに生まれ育った家を取り上げられて、それを良かったとは思えないんです」
セレナさんの語ったことを痛ましく感じると同時に、その心根が羨ましくも感じた。
もしも、イルノラド公爵家が同じ目に遭ったとして────私は自分がセレナさんのように考えられるか判らなかった。
ビバルとダムナの末路を報告されたときに湧き上がった恐れが甦る。
「…っ」
駄目だ…、切り替えないと─────
今は、そんなことを考えている場合じゃない。
「セレナさんが私に───レド様に仕えたいのは…、ジェスレム皇子とジェミナ皇妃に復讐をしたいからなのですか?」
もし、そんな理由だけでレド様に仕えたいというのなら、私は受け入れられない。
「いいえ。私は────復讐してやりたいと思うほど…、そこまで父も兄も愛していません。
ただ、ジェスレム皇子のやりようは許せないし────ジェミナ皇妃もこのまま、のさばらせておいていいとは思えないんです。
ルガレド殿下は、あの二人に虐げられていると聞いています。私は…、殿下を兄のような目に遭わせたくないのです」
そう言ったセレナさんは、儚げなのに凛々しくて────とても美しく見えた。彼女の決意は本物だ。
「……ヴァルトさんとハルド君は、セレナさんに仕えているのでしょう?私やレド様に、セレナさんが仕えることは賛成してもらえるのですか?」
私が訊くと、セレナさんはちょっと驚いたように眼を瞬いた。
それまで黙っていたハルド君が進み出て、口を開く。
「オレとしては、お嬢───いえ、セレナ様が貴女やルガレド皇子殿下に仕えることは賛成です。このまま冒険者をしていても埒が明かない。きっとヴァルトも賛成するはずです」
ハルド君は、ヴァルトさんとの遣り取りで見せた年相応の表情が嘘のように、セレナさんの従者に相応しい大人びた表情で答える。
秘かに【
「……解りました。レド様を───ルガレド殿下をお呼びします。ここに来ていただきましょう」
◇◇◇
「話は解った。セレナ嬢、ヴァルト、ハルド───三人とも、俺に仕えたいということでいいんだな?」
レド様だけでなく、施療院から戻ったヴァルトさんも交えて、もう一度事情を説明して話し合った。
ヴァルトさんは、賛成どころか、自分も直接レド様に仕えたいと申し出て────ハルド君もそれに追随した。
セレナさんはそれでいいのかと様子を窺うと、セレナさんの表情は、肩の荷が下りたような───どこか安堵したような表情だった。本来なら受け継ぐはずのなかったものを背負って、重荷のように感じてしまっていたのかもしれない。
「ここにいるリゼラは、俺の親衛騎士というだけでなく────俺の婚約者でもある。俺に仕えるからには、リゼラにも同様に仕えてもらうことになる。それでいいというのならば、受け入れよう」
「私は、元々リゼラさんに仕えるつもりでした。異論はございません」
セレナさんは、何だか嬉しそうに頷く。
「ワシ───いえ、自分も、隊長───いや、リゼラ様の実力はこの眼で見ている。リゼラ様の下につくことに、異論はありませぬ。────そうしたら、手合わせもしてもらえるだろうしな」
ヴァルトさんが、小さな声で最後にぼそっと付け加えた。まあ、鍛練で、手合わせはすることになるだろうけど…。
「オレも、リゼラ様に仕えることに異論はありません」
レド様は、それぞれ答える三人を鋭く見据えている。神眼で性根を見透かしているのだろう。
≪ノルン、【
───はい、
それは────三人とも、私心なくレド様に仕える覚悟があるということだ。
レド様は、ノルンの後押しも受け───セレナさん、ヴァルトさん、ハルド君に向き直って、厳かに口を開いた。
「セレナ、ヴァルト、ハルド───其方らの命、このルガレド=セス・オ・レーウェンエルダが預かる。必ずや、その忠義に報いることを誓おう」
レド様の高らかなその宣言に、三人は揃って
◇◇◇
セレナさん、ヴァルトさん、ハルド君と【契約】は交わしたものの、こちらは新たな仲間を迎え入れられる状態ではないので、今しばらくは現状を保つことになった。
受け入れ態勢が出来次第、三人と雇用契約を交わし、お邸に住んでもらう予定だ。
その際には、私の“祝福”と【魔剣】を授けるつもりでいる。
「リゼ、どうした?何だか…、さっきから元気がないな。疲れたか?」
夕食を終え、今は、ダイニングルームで食後のお茶を、レド様と二人で飲んでいた。
「……そんなことはありませんよ。お茶を味わっていただけです」
私は、隠していたはずの感情をレド様に気づかれたことに内心焦りながらも、殊更、感情を隠すように笑みを浮かべ、レド様に応える。
「……リゼ?───俺をごまかせると思うな」
上座に座るレド様は、斜めに座る私の手を取って、ちょっと怒ったように言う。
「何か不安なことでもあるのか?もしかして────あの三人のことか?」
あの三人の────というところで、私は小さく反応してしまった。
「リゼ?」
レド様は見逃してくれそうもない。
私は観念して、重い口を開いた。
「……セレナさんは────その、とても綺麗な女性ですよね」
「まあ、そうかもしれないな。リゼには及ばないと思うが」
「それに────とても…、心根の綺麗な女性です」
「そうだな。リゼほどではないが」
レド様は、相変わらず私への欲目で盲目状態だ。
「リゼ、一体何が言いたい?」
「……もし、私より先にセレナさんと出会っていたら…、レド様はセレナさんに惹かれていたのかな────と、考えてしまって…」
ああ、言ってしまった────
こんなこと気にしてるなんて知られたくなかったのに────
レド様の表情を見れなくて俯いていると、突然、手を強く引かれて────驚いた私は顔を上げた。不意に、レド様に口づけられる。
唇を離したレド様は、嬉しそうに表情を緩めた。
胸も頬も熱くて────きっと、私の顔は赤くなっている。
「不安になることはない、リゼ。言っただろう、リゼに逢うまでは心惹かれる者はいなかったと」
レド様は、弾んだ声音で続ける。
「セレナ嬢のことは、夜会で見かけたことはあったが────別段、何も感じなかった」
「……セレナさんと会ったことがあったんですか?」
「ああ。彼女は三年前に家を取り潰されるまで、伯爵家の令嬢として社交界に参加していたからな」
「………そうだったんですか」
「これで、安心できたか?」
「う…」
嬉しそうなレド様と比例して、私は自分が恥ずかしくなる。
顔がさっきよりも熱くて────私はそれをレド様に見られたくなくて、両手で顔を覆う。
レド様の嬉しそうな───楽しそうな笑い声が耳を掠め、こめかみに柔らかく温かい感触が当てられた。