コントラクト・ガーディアン─Over the World─   作:tea4

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今回の投稿は4話分となります。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。



第二十八章―邂逅の果て―#13

 

「────リゼ?」

 

 シェリアに呼ばれて、私は我に返った。いけない────ぼうっとしてた。

 

「どうしたの、何度も呼んでいるのに」

 

 シェリアの声音に心配そうな色が混じる。シェリアだけでなく────ラナ姉さんやセレナさん、それにアーシャまで、心配そうに私を窺っている。

 

 今日は、スタンピード殲滅戦に参加してくれた貴族家と騎士たちを労うためのパーティーが、ここ───ロウェルダ公爵邸で開かれることになっている。

 今は、そのパーティーのために、シェリア専用のドレッシングルームを借りて準備中だ。

 

「ここのところ、忙しかったから疲れているんじゃなくて?」

「そんなことないよ。ちょっと考え事してただけ」

「本当に?」

 

 念を押すシェリアに、苦笑が漏れる。ここでごまかしても、シェリアには通じないだろうから、私は素直に白状することにする。

 

「本当だよ。ただ───ちょっと、この後のことを考えて…、緊張してただけだから」

 

 今回は、慰労パーティーということで───参加するのは、貴族家の当主と実際に参戦してくれたその子弟、それとファルお兄様たち───“デノンの騎士”だ。パートナーの同伴はない。そのため、私もレド様のパートナーではなく、親衛騎士としてお傍につくことになっている。

 

 私が前面に出ることはないはずだし、相手にするのは皇妃一派ではないから緊急会議のときのようにはならないとは思うけど────それでも、やっぱり気は抜けない。

 

 皇妃一派から国を取り戻すというレド様の目的を果たすためには、今回の参加者たちの協力が必要だ。私のせいで彼らの心証が悪くなるようなことはしたくない。

 

 何より、レド様の体面を汚すことにならないよう、そつなく熟さなければ。

 

 それから、オルア様のこともある。以前みたいな関係性にはなれなくとも、せめて対立するのだけは避けたい。

 

 それに────パーティー終了後には、イルノラド公爵と面会する予定だ。

 

「リゼ?」

「あ…、ごめん」

 

 公爵との面会に関しては、今は考えないようにしよう。

 

 それよりも、レド様の足を引っ張らないようにする方が───反皇妃派や中立派の貴族家との対面の方が大事だ。

 

「中断させちゃって、ごめんなさい。続きをお願いします」

 

 

 

 今回は、参戦してくれた貴族家に敬意を表するため、レド様は礼服を着用することになっている。私もレド様に倣って礼服だ。

 

 レド様も私も礼服は“契約の儀”で着たものしか所持していないので、シャツやタイで印象を変えるしかなかった。そのコーディネートをラナ姉さんに一任していたのだが────

 

「あら、いいじゃない」

 

 ラナ姉さんが私のために用意してくれたのは、シャツ、アスコットタイ、スカートだった。すべて魔玄製の黒一色で、シルムから譲り受けた深青色のコートにも合っているし、“契約の儀”のときとは印象もかなり変わる。

 

「今回はスカートなのね。いつもショートパンツだから、何だか新鮮だわ」

 

 そう───シェリアの言う通り、今日はいつものショートパンツではなく、フレアスカートなのだ。しかも、太股までしかない、超ミニ…。

 

 正直、いつものショートパンツを穿きたかったのだけど、印象を変えるためだと言われては仕方がない。

 

「うう、何か心許ない…。私にミニスカートって、こう…、人間的に合わなくない?」

「そんなことない、すごく似合ってるわよ。────それにしても、さすがラナね。型がいいからかしら。スカート丈が短いのにドレープが綺麗に出ていて、とても優雅に見えるわ」

「ありがとうございます」

 

「ブーツも違うのね」

 

 いつもは、太腿の半ばまである編み上げタイプのサイハイブーツだけど、今日は、スカートの裾に迫るくらい長いオーバーニーソックスに、ヒールのあるブーティを履いている。

 

 どちらも色は漆黒で、支援システムの支給品だ。さすが古代魔術帝国の技術と言うべきか、オーバーニーソックスは締め付けられる感じもなく履き心地がいいし、ブーツもいつもよりヒールが細くて高いのに歩き難くはない。

 

「どうせなら、髪型も変えたいわね…。どうしようかしら…」

 

 シェリアが私を凝視したまま、悩み始めた。

 

「巻き髪にして片側に流したいところだけど────以前、リゼに色々着せて遊んだときは、巻いても、すぐに戻ってしまったのよね…」

 

 シェリアは聞き捨てならないことを呟いて、残念そうに溜息を()いた。

 

「………シェリア?」

「………違うわよ?あのときは、あまりドレスやワンピースを着たことのないリゼに慣れさせるために、ちょっと本格的に着飾らせてみただけで────リゼがいつも同じような格好をしていてつまらないからって、色々着せて遊んだわけではないのよ?」

「語るに落ちてない?」

「………とにかく、今は髪型をどうするか考えましょう」

 

 今度は私が溜息を()く。

 

「巻いた髪が戻らないようにすることはできるけど」

「そんなことできるの?」

「うん。【静止】っていう魔法を使えばできるよ」

 

 “状態を固定”してしまえばいい。

 

「それなら、話は早いわね。────カエラ、ヘアアイロンの準備を」

「かしこまりました」

「ラナ、できる?」

「…はい」

 

 シェリアに訊かれて、ラナ姉さんが僅かに緊張した面持ちで頷く。

 

「あまり、きつく巻かないでね。ウェーブができる程度でいいわ」

「はい」

 

 シェリアはラナ姉さんに指示を伝えると、私に視線を戻す。

 

「髪留めは、殿下の個章をアレンジしたバレッタを使うのよね?」

「うん。これなんだけど」

 

 中心に据えられた輝く月を、円を描くように星々が囲っている────“第一の月”と称される、レド様の皇子としての個章。

 私がつける予定のバレッタは、輝く月と星々のデザインはそのままに、楕円形を成すように配置を崩している。

 

 皇族の個章を模した装身具を身に着けることが許されるのは、婚約者や伴侶、それに側近だけなのだそうだ。これは、その皇族の庇護下にいることを示す。

 

「これ、リゼが魔術で創ったものなのよね?」

「そうだよ」

 

 レド様はちゃんとした工房に特注したかったみたいだけど、時間がなかったので、私が【創造】で創り上げた。素材は、模造章に合わせて星銀(ステラ・シルバー)だ。

 

「これ留め具から外して、モチーフごとに切り離せない?」

「できるけど…」

「巻いた髪を右肩から流して────この“月”や“星”を髪に沿わせるように散りばめたら素敵だと思うのよ」

 

 それなら、切り離して、それぞれヘアピンにでもすればいいかな。あ───ヘアピンにするよりも、【静止】で髪に固定する方がいいかも。

 

 

◇◇◇

 

 

「ラナ、そのくらいでいいわ」

「はい」

 

 シェリアに言われて、ラナ姉さんが私の髪に当てていたヘアアイロンを離し、その熱気が遠ざかる。カエラさんが、ラナ姉さんからヘアアイロンをさりげなく受け取った。

 

 ちなみに、このヘアアイロンも魔道具だ。“コードレス”で前世のものより使い勝手がいいかもしれない。

 

 まあ、前世で私がそういったものを使ったのは、“母方の従兄”の披露宴に出るためにドレスアップしたときの一回だけだから、他にもっと性能がいいものが存在していた可能性もあるけど。

 

「そのままでは、ちょっと長すぎるわね…」

「緩く編み込んではどうでしょう?」

「そうね」

 

 私の背後に立つラナ姉さんが、私の髪を持ち上げるのを感じた。

 

 私の髪は、腰に届くくらいの長さがある。ウェーブをつけることによって少し短くなったものの、それでも胸を覆う程度には長い。

 

 前髪はともかく後ろは誰かに切ってもらうしかないので、そう頻繁には切ることができない。だから、伸ばしっぱなしにしていたのだが────

 

「髪、少し短くしようかな…」

 

 今の環境なら、定期的に切ってもらうことができるし────結い上げることができる最低限の長さまで短くしてしまってもいいかもしれない。

 

「駄目よ!」

「「ダメ!」」

「「駄目です!」」

 

 まず、叫んだのはシェリアだ。次に、ラナ姉さんとアーシャ。最後は、セレナさんと────カエラさん?

 

「え…、で、でも、長すぎない?ちょっと短くした方が────」

「短くする必要なんてないわ。こんなに綺麗なのに、短くするなんて駄目よ」

「シェリア様の言う通りよ。絶対にダメ!」

「そうだよ、リゼ姉さん。切っちゃダメ!」

 

 シェリア、ラナ姉さん、アーシャが口々に言う。セレナさんと、何故かカエラさんが、それに賛同するように首を激しく縦に振る。

 

 ………何で皆そんなに私の髪に固執してるの?

 

「これは、殿下に進言すべきだわ」

「殿下に上申しておきます…!」

「頼んだわ」

「お任せください…!」

 

 シェリアがセレナさんと頷き合う。何か───ラナ姉さんだけでなく、セレナさんとも意気投合しちゃってない?

 

「……シェリアとセレナさんって仲いいの?」

 

 私がそう訊ねると、ラナ姉さんは遠い眼をしてあらぬ方向を見遣った。

 

「そうね…、あの二人は仲がいいと言うよりも────“リゼに助けられた同士の会”の会長と副会長的な関係かな」

 

 何それ…。

 

「アーシャと三人でよく盛り上がってるんだけど、わたしはあの中には入れないのよね…。リゼにさせたい服装や髪型を議論するときなら遠慮なく入っていけるんだけど」

「………」

 

 まあ…、シェリアにとっても、セレナさんにとっても、交友関係が広がるのはいいことだよね…。

 

 アーシャも馴染めているみたいだし、その話題はスルーするとしても────私にさせたい服装とか髪型とか議論してるの?

 

「………ええっと、シェリア?とにかく、続きをお願い」

「ああ、そうだったわね。この件は後で対策を練りましょう。────ラナ、続きを」

「はい」

 

 ラナ姉さんがシェリアの言葉を受けて、解けてしまった私の髪をまた編み始める。左耳辺りから右耳辺りまで編み込むと、その先は右肩から右胸にかけて流した。

 

 編み込みが解けないように手で押さえたまま、ラナ姉さんがシェリアに伺う。

 

「こんな感じでいかがでしょう?」

「いいのではないかしら。───カエラ、どう?」

「そうですね…、もう少し崩した方がよろしいかと」

 

 カエラさんが近づき、私の左右のこめかみ辺りの一房を指で摘んで、優しく引っ張り出して垂らす。

 

「確かに、この方がいいわね。───リゼ、崩れないうちに、先程言っていた魔法をかけてちょうだい」

「解った」

 

 私は、ラナ姉さんに代わって、形が崩れないよう自分の髪を慎重に押さえつけると────髪に蓄積されている魔力に働きかけて、頭頂部を除き、ウェーブがかけられている箇所にだけ魔法を施した。

 

 そして、そっと髪から手を離す。編み込まれた髪が解ける様子はない。

 

「……うん、成功したみたい」

「すごいわね。本当に形を保っているわ」

「それじゃ、次は髪留め───というか、髪飾りだね」

 

 まずはメインの“月”のモチーフを手に取った。

 

「これは、どの辺りにつければいい?」

「そうね…」

 

 シェリアは私を見据えて少し考え込んだ後、位置を指示する。

 

 シェリアが示す位置に“月”を魔法で固定させて、次に“星”の一つを手に取る。シェリアに言われるがまま、残りのモチーフもそれぞれ髪に固定させていく。

 

 すべてのモチーフを固定し終えた私は、シェリアに促され、スツールから立ち上がった。

 

「うん、いいわね…。上出来だわ」

 

 シェリアが私の全身を眺めて呟き、ラナ姉さんとカエラさんが満足げに表情を緩める。

 

「手直ししなければならない箇所はない?」

「ええ」

 

 シェリアの合格をもらえたので、私は漆黒のグローブを取り寄せて両手に嵌めた。

 

 これは、スタンピード殲滅戦でラムルのために創り上げた魔導機構と同じもので、紐づけられた異空間収納庫には私の得物がすべて収めてある。

 

 ラムルたちのものよりも薄手で────目を凝らすと、手の甲に漆黒の糸で刺繍された私の個章が浮かび上がって見える。生地も型も、式典や夜会で身に着けるような高級品に似せたから、礼服に合わせても違和感はないはず。

 

 

 今日は親衛騎士として参加するものの、武具は携帯しない。武具を持ち込むのは、主催であるロウェルダ公爵家への不信を表明することになるからだ。

 

 私個人としては、シェリアたち自身は勿論、ロウェルダ公爵家の警備体制についても信頼しているが────最悪のケースを想定して備えていないと、どうにも落ち着かないので、このグローブ型の魔導機構を着用することにしたのだ。おじ様には話を通してある。

 

 私の場合、アイテムボックスから取り寄せるのと特に変わりはないけど────緊急時、武具を取り寄せるところを目撃されても、このグローブに仕掛けがあると考えてくれるだろう。

 

 

 

「それにしても、便利な魔法ね。これって、リゼ以外には使えないの?」

 

 シェリアが感心したようにしげしげと私の髪を見て、訊ねる。

 

「わたしも覚えられるなら、覚えたいかも。ドレスをアレンジするときにも使えそう」

 

 ラナ姉さんが続けて、呟いた。

 

 そういえば────他の仲間たちが固定魔法を行使できるかどうか、検証したことはなかったな。

 

 魔力操作のできないアーシャやハルドには無理だとしても、【魂魄の位階】が上がった仲間たちなら会得できる可能性はある。

 

「ラナ姉さんとセレナさんなら、使えるようになるかもしれない。訓練してみる?」

「やる!」

「わ、私もお願いしたいです…!」

 

 ラナ姉さんとセレナさんが会得できるのであれば、おそらく、ジグやバレスも会得できるはずだ。

 

 何らかの理由で【防衛(プロテクション)】を使えないとなっても、【結界】を張ることができれば攻撃を防げる。

 

 それに、【結界】は魔術式や魔術陣などで構築するわけではないから、人目を気にする必要もない。

 

 

 バレスによれば、ディルカリド伯爵は幾度となく【記憶想起(アナムネシス)】を魔獣に施していたようだ。すべての魔獣の前世がエルフだったとは思えないが、エルフだった魔獣が全くいなかったとも考えられない。

 

 加えて、ディルカリド伯爵が試験的に放った魔獣の数が、冒険者ギルドで把握しているエルドア魔石を有していた魔獣の数より多いことも判明した。

 

 つまりは────人間に遭遇することなく逃げ遂せた魔獣がいたということになる。

 

 冒険者や騎士たちが固定魔法を使う魔物や魔獣と戦闘することを想定して、魔剣や霊剣で斬る以外に【結界】を崩す方法を模索するつもりだったので、ちょうどいいかもしれない。

 

 

「解った。レド様にお伺いしておくね」

「お願い」

「お願いします…!」

 

 嬉しそうなラナ姉さんとセレナさんの傍らで、アーシャが不満げに唇を尖らせた。

 

「わたしにはできないの?」

「アーシャも“眷属”になったら、多分、できるようになると思う。そうしたら、訓練しよう」

 

 ね?───と、私が言うと、アーシャはしぶしぶ頷く。

 

 アーシャがもどかしく思うのも解るし、その動機も嬉しくはあるのだけど、こればかりはどうしようもない。

 

「……早く大人になりたいな」

 

 悔しそうに呟いたアーシャの頭を、ラナ姉さんが慰めるように優しく撫でる。その様子を、セレナさんもシェリアも微笑まし気に眺めていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 シェリアと共に、ラナ姉さんたちを伴って、控室に向かうと────すでに支度を終えたレド様とディンド卿が寛いでいた。その後ろには、ラムルだけでなく、侍従姿のハルドとバレスが控えている。

 

 入って来た私に気づいたレド様が、ソファから立ち上がった。レド様は、私に近づきかけて足を止める。

 

 レド様の全身が目に入って、私の足も止まる。

 

 レド様も私と同じく、シャツやアスコットタイ、スラックス、ブーツは漆黒で統一されていた。

 

 タイには、“契約の儀”のとき同様、星銀(ステラ・シルバー)で作られた───レド様の個章である“第一の月”の模造章がつけられている。

 

 そして、礼服のメインとなるコートと揃いのベスト。これらも“契約の儀”で着用していたものだが────あのときとは印象がかなり変わっている。

 

 元は明るい薄緑色だったのだけど、その色合いがレド様にはあまり似合っていなかったので、型はそのままに私が創り替えた。

 

 初めはラナ姉さんに指示された色合いにしようと試みてはみたものの、ラナ姉さんの想定する色合いにすることがどうしてもできなくて、最終的に辞令式で着る予定の準礼服を参考にしたために、純白となった。パイピングも繊細に施された刺繍も銀色だ。

 

 ラナ姉さんが丈や腰回りに手を入れて調整したから、シルエットもやや異なっている。

 

 それから、両手には私のものと同じ漆黒のグローブ。ただ手の甲に刺された紋章だけが少し違っていて、私の個章に一本の大剣を加えたものとなっている。

 

 何でレド様はこんなに格好いいんだろう────なんて、誰かに知られたら赤面ものなことを考えながら、いつものようにレド様から目を離せないていると、レド様が口を開いた。

 

「リゼ───まだ疲れがとれていないのではないか?」

「え?」

「ここのところ働きづめだったし、まだ疲れているよな。パーティーには参加せずに、ゆっくり休め。何なら、シェリア嬢とお茶でもしているといい」

「ええ?」

 

 レド様のその鬼気迫る様子と言われた内容に、私は困惑して声を上げた。レド様に見惚れて、ぼうっとしていたから誤解されたのかな。

 

「いえ、そんなことはありませんよ。ここ数日───調べ物をした翌朝は、朝食やお弁当づくりをカデアが代わってくれたおかげで、十分休めていますから」

「いや、俺には疲れているように見える。ディンド、お前にもそう見えるよな?」

「え───いえ、特に疲れていらっしゃるようには見えませんが…」

 

 戸惑ったようにディンド卿が答える。

 

「殿下────もしや、着飾ったリゼを他の参加者たちに見せたくないなどという我欲から、そのようなことを仰っているわけではありませんよね?」

 

 シェリアが見る者を凍らせそうな冷たい笑顔で訊ねると、レド様は「うっ」と声を詰まらせた。

 

「………今日は男ばかりなんだぞ。これは見せられないだろう?」

「あら、女性が多ければ、見せてもよろしいんですの?」

「………いや、そういう問題ではないな。見るのは俺だけでいい」

 

 レド様が目を据わらせて、言い切る。あれ、もしかして、本気で仰っている?

 

 別に着飾った私の姿を見せたところで、レド様が心配するようなことは起こらない───なんて進言しても、きっと納得はされないんだろうな…。

 

「なるほど…。殿下は────ご自分の我欲でリゼを着飾らせない…、もしくは着飾ったリゼを誰にも会わせないおつもりである、と?

老後はリゼと過ごすというわたくしの夢を奪っておきながら────リゼを着飾らせる楽しみまで奪うおつもりということですのね…?」

 

 シェリアの声音がかつてないほど低くなった。これはまずい。

 

 私が口を開こうとした矢先、ディンド卿がレド様に声をかけた。

 

「ルガレド様、その憂慮はご尤もだとは思いますが────護衛として、補佐として、リゼラ様がお傍近くに控えることは必要不可欠です。不逞の輩をリゼラ様に近寄らせることのないよう、俺も注力致します。ですから、どうか心置きなく、リゼラ様を帯同なさってください」

「……確かに、ディンドの言う通りだ。リゼには傍にいてもらわないと、な。────ディンド、その言葉、信じるぞ」

「は、お任せください」

 

 ディンド卿はそう応えると、レド様からシェリアに向き直る。

 

「これで、公女様のご懸念は拭われたかと」

 

 シェリアは溜息を一つ()いた。

 

「いいでしょう。そういうことにしておきますわ」

 

 シェリアのその言葉で、何となく緊迫していた空気が緩む。そこまで緊迫するようなことじゃない気もするけど、とりあえず一件落着、かな。

 

 レド様が歩み寄り、私の左手を取る。

 

「すまない、暴走してしまった。とても綺麗だ───リゼ。本当に…、誰にも見せたくないくらい」

「…っありがとうございます。その…、レド様も、他の女性には見せたくないくらい素敵です…」

 

 レド様は嬉しそうに顔を綻ばせると、私の左手を握る手はそのままに、もう片方の手を私の腰に回し、ソファまでエスコートしてくれる。

 

 レド様と並んで私が腰かけるのと同時に、シェリアが向かい側のソファに腰を下ろした。

 

 レド様が立ち上がったときに一人掛け用のソファから起立していたディンド卿が、ラムルやハルド、バレスと共にソファの後ろに控えた。ラナ姉さんとアーシャ、セレナさんも合流して、共に控える。

 

「側近に執事、侍従と侍女────最低限の体裁は整いましたわね。アーシャはもう少し修行が必要ですけれど、ラナとセレナは完璧とはいかないまでも、振る舞いは合格ラインを越えましたし────リゼが苦労することもなさそうで、わたくしも一安心ですわ」

 

 シェリアがこちらを見遣って、安堵した口調のまま続ける。

 

「何より、殿下の暴走を止められるような側近が見つかって────本当に良かったわね、リゼ」

 

 ええっと、まあ、それは確かに良かったかも…。

 

 

 ディンド卿は、傭兵だったこともあって騎士団長のような立ち位置だったけれど、今回の件で事務処理なども熟せることが改めて判明して────辺境伯の後継として培った素養が評価され、レド様の側近を任されることとなった。

 

 通例より主と年齢が離れているが、年齢制限があるわけではないので、特に問題はない。

 

 スタンピード殲滅戦の件でレド様に与えられる褒美の一つとして、“貴族籍”も入っている。ディンド卿はそれを賜り、男爵となる予定だ。そうなれば、身分を問われるような場でも伴うことができる。

 

 ディンド卿が常にレド様の傍にいてくれるなら、とても心強い。

 

 今日の慰労パーティーにも、側近として随行してもらうことになっている。

 

 ディンド卿の礼服は、レド様のものを参考に、私が急遽【創造】で創り上げた。色は───以前、ラナ姉さんが私のために用意してくれたジャケットの色を模した深緑色。シルエットは、ラナ姉さんが手を加えたからレド様のものとは少し違う。

 

 それに、型はレド様、色合いは私のものを模した濃いグレイのベストを合わせている。

 

 勿論、シャツやアスコットタイ、スラックスとブーツは漆黒だ。

 

 タイにつけた星銀(ステラ・シルバー)のピンブローチの意匠は、レド様の個章を模してはいるものの────まったく同じデザインでは不敬に当たるため、月や星の大きさを微妙に変えて、配置を少しずらしたりして、あくまで似ている程度に留めている。

 

 そして、当然、レド様と私と同じグローブを嵌めている。

 

 

 

「────新成人を祝う夜会の件で世話になったときは、リゼと二人だけだったんだな…」

 

 レド様が、感慨深げに呟く。

 

 そうだったな───と、そんなに前のことではないはずなのに、思い出して何だか懐かしくなった。

 

「このロウェルダ公爵家には…、本当に世話になった。感謝している」

 

 レド様の言う通りだ。

 

 シェリアやおじ様───ロウェルダ公爵家の援けがなかったら、環境の改善は難しかっただろう。

 

「殿下が恩に着る必要はございませんわ。わたくしたちは、隠れて少しだけ手を貸したに過ぎませんもの。むしろ、8年もの間、殿下の苦境をそのままにしていたことを責められて然るべきですわ」

「いや───ロウェルダ公爵が状況的に動けなかったのだということは承知している。それに皇妃一派のことは、俺たち皇族が正さなければいけない問題だ」

「いいえ、それならば、我が公爵家にも責任はあります。我が公爵家は────“準皇族”なのですから」

 

 “準皇族”とは、皇位継承権の有無は関係なく、皇族と最も血縁の濃い貴族家を指す。

 

 皇族が祖であることに加え、当主の妻であるおば様が皇妹であるために、ロウェルダ公爵家はこの“準皇族”と認められていた。

 

 皇位継承権を持つ者が断絶するような事態になったら、ロウェルダ公爵家が新たな王朝を開くこととなる。

 

 この慰労パーティーも、主催が“準皇族”だからこそ、『国が労う』という面目が立つ。

 

 

 レド様とシェリアの声音には、自責の念と無力感が滲んでいた。

 

 私にしてみれば、責められるべきなのは、諸悪の根源であるベイラリオ侯爵家の親子四代とそれに取り入る輩だけであって────二人とも被害者でしかない。だけど、レド様とシェリアにとっては、そうではないのだ。

 

 絶対に────皇妃一派からこの国を取り戻さねば…。レド様とシェリアのためにも────

 

 改めて、そう心に決めたそのとき────ノックの音が響いた。シェリアが許可を与えると、ロドムさんが現れた。

 

「ご歓談中、失礼致します。殿下、リゼラ様───そろそろ開催の刻限となりますので、ホールの方へお越し願います」

「解った。────行くぞ、リゼ、ディンド」

 

 立ち上がったレド様がロドムさんに向かって歩き出し、私とディンド卿はその背を追う。静まっていた緊張感が、再び心臓をゆるゆると締め上げる。

 

「リゼ」

 

 不意にシェリアに呼ばれて、私は足を止めて振り向いた。

 

「いつものように堂々としてらっしゃい。大丈夫よ────リゼなら、信頼を得られる」

 

 シェリアはそう言って表情を緩め、咲き誇る花のごとく───鮮やかな笑みを浮かべた。

 

 ラナ姉さんとアーシャ、それにセレナさんが、シェリアの向こうで頷いているのが目に入った。ラナ姉さんとアーシャは揃って励ますような力の入った表情で、セレナさんはシェリアの言葉を肯定するように柔らかく微笑んでいる。

 

「ありがとう。────行ってくるね」

 

 私は、親友と友人、姉と妹に、自然と零れ出た笑みを返すと────立ち止まって私を待つレド様とディンド卿の許へと向かう。

 

「すみません、お待たせしました」

「いや…」

 

 私たちの様子に何か察したのか、レド様は問いたげに私を見たけれど、何も言わずに視線を戻した。

 

 

 控室とパーティー会場であるホールを繋ぐ廊下を幾らも進まないうちに、両開きの豪奢な扉に行き着いた。先導するロドムさんが、それを大きく開け放つ。

 

 扉を潜ると、すぐに階下へと続く赤い絨毯に覆われた階段があり、階下に広がるホールに準礼服を身に着けた人々が並んでいるのが見えた。

 

 殲滅戦に協力してくれた貴族家5家の当主と子弟、それにイルノラド公爵とガラマゼラ伯爵とその配下の上級騎士。“デノンの騎士”は、小隊長やその補佐だけでなく、全員参加だ。そのため、参加者は100を優に超えている。

 

 レド様が階段を下りるべく、その(きわ)に立った瞬間────

 

「っ!」

 

 階下にいる者たちが、一糸乱れぬ動きで、片膝をついて(こうべ)を垂れた。

 

 冒険者ギルドで見せた、立ったまま左胸に手を当てて頭を下げるだけの(ボウアンド)(スクレープ)ではなく────服従の意を示す、“最敬礼”と呼ばれるものだ。

 

 騎士や身分の低い者が主にすることはよくあるが────騎士でもない貴人がするのは、立太子や皇位継承の儀など、特別なときのみで────それをするということは、すなわち、レド様が最敬礼をするに値する人物だと認めているということに他ならない。

 

 貴族の一部だけだとしても、レド様が認められたという事実に、私の胸に熱いものが込み上げる。隣に佇むディンド卿も、感極まっている様子だ。

 

 彼らに向かって階段を下り始めたレド様の揺るぎない背中を追いかけて、私とディンド卿は踏み出した。

 

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