コントラクト・ガーディアン─Over the World─ 作:tea4
「あっ、リゼ姉ちゃんだ!」
「やっと来た!」
南棟へと続く扉を開けた瞬間、そんな声が耳に入った。
姿をくらませた白炎様を肩に乗せたままレド様と共に南棟に踏み入り、同じく姿をくらませているジグとレナスが扉から出たことを確認して、扉を閉める。
そこへ、ちびっ子たちがいつものように駆け寄ってきて、私の腰にしがみつく。
「おそいよ!」
「とっくに料理できてるよ!」
「そうだよ!」
「はやく食べよう!」
ちびっ子たちは私を見上げて、口々に言う。確かに、辺りには食欲をそそるような匂いが満ちている。
「待たせちゃって、ごめんね」
それぞれの頭を撫でてあげると、ちびっ子たちは尖らせていた唇を緩めて笑う。
「こら、リゼ姉さんは別に遅れてないでしょ!」
駆け付けたミナが、ちびっ子たちを叱った。
「ごめんね、リゼ姉さん。この子たち、リゼ姉さんが来るのを朝から楽しみにしてたものだから…」
「大丈夫、怒ってなんかいないよ」
待っていてくれたことを嬉しいと思いこそすれ、怒るわけがない。
ミナに笑いかけていると、ラドア先生がこちらへと歩み寄る。何故か他の子供たちまでついて来て、私たちを囲う。
一足先に来て準備を手伝ってくれたラムルとカデア、それにラナ姉さんとアーシャが所狭しと料理が並ぶテーブルの側に佇んでいるのが見えた。
ラギとヴィドは、ラドア先生について来た子供たちに混じっている。
「殿下、リゼ」
「こんにちは、ラドア先生」
ラドア先生の言葉で、ちびっ子たちもミナも、私の左後方に立つレド様に初めて気づいたようで────レド様とは初対面のミナが、ぽかんと口を開ける。ラギとヴィド以外の子供たちもだ。
「あ、ルード兄ちゃん!」
「ルー兄!」
すでに顔を合わせているちびっ子たちが、レド様に向かって叫んだ。ちびっ子たちは、ネロと同じく、“ルガレド”と発音するのが難しかったらしく、略称で呼ばせてもらっている。
「こ、こら…!」
何も知らないミナが、慌てた様子で、ちびっ子たちを止めようとする。
「ミナ、大丈夫だよ。ちゃんと許可をいただいているから」
「そ、そうなの…?」
私は、ミナだけでなく、集まっている子供たちにレド様を紹介すべく口を開いた。
「もう見当がついていると思うけど────この方は、私の主で婚約者のルガレド様」
「ルガレド=セス・オ・レーウェンエルダだ。聞いての通り、俺はリゼの主で───いずれ夫となる。この国の第二皇子ではあるが、ここは公の場ではない。この子たち同様、“ルード”と呼んでくれ」
レド様の言葉に、ミナを始めとした子供たちは、ちびっ子たちのようにはいかないみたいで、戸惑った表情で視線を交わす。
とりなそうとしたとき、しびれを切らしたちびっ子が私の服を引っ張った。
「ねえ、はやく食べよう!」
「お腹ぺこぺこ!」
思わず、笑みが零れた。戸惑っていた子供たちの間にも、何となく安堵したような空気が漂う。
「そうだね。テーブルの方に行こうか」
そう応えると、ちびっ子たちも嬉しそうに笑った。ちびっ子の一人が私の手を握る。
「リゼお姉ちゃん、わたしと一緒に行こう?」
「それじゃ、ボクこっち!」
別のちびっ子が、反対側の手をさっと握った。
「あっ、ずるい!」
私たちに気を取られている子をよそに、他のちびっ子二人がレド様の許へと向かう。
「ルー兄、オレと行こう!」
「こっち、取った!」
両手を取られたレド様は眼を瞬かせた後、その表情に喜色を滲ませた。
「ああ、一緒に行こうか」
私ともレド様とも手を繋げなくて、しょんぼりしているちびっ子の手を握って、ラドア先生が言う。
「それでは────向こうに移動して、お食事会を始めましょうか」
◇◇◇
「さあ、どうぞ召し上がれ」
全員が席に着くのを見計らって、ラドア先生が代表して上座に着いたレド様と私に声をかける。
「ありがとうございます、いただきます」
私が応えると、子供たちも揃って『いただきます』と声を上げた。
この世界では、『いただきます』や『ごちそうさま』といった、食前食後に挨拶をする習慣はないのだけれど────子供たちが私を真似るようになって、いつの間にかこの孤児院ではそれが当たり前になっていた。
親衛騎士となって以来、食事を共にしているレド様も同様で、お邸でもすでに習慣づけられている。
目の前には、孤児院では定番の野菜とキノコのスープ、発酵させないで焼くパンケーキとクレープの中間のようなフラットブレッド────それから、カデアが主導で作ったと思われる、ステーキあるいはソテーに特製ソースで味付けした肉料理、お馴染みのミートパイ、野菜やベーコンをふんだんに使ったキッシュなどが隙間なく並べられている。
料理の合間には、マーデュの実のシロップづけなど、デザート類も幾つかあるようだ。
この会のために頑張って作ってくれたのだと思うと、胸がじんわりと温かくなった。
「どれも美味そうだな」
「そうですね」
レド様の言葉に肯きながら、フォークとナイフを手に取る。
「レド様───何からいただきますか?」
「ミートパイからにする」
迷わず返答したレド様に、私の口元が緩んだ。
しばらくは、私たちも子供たちも食事に集中していたが────ある程度お腹が満たされると、少しずつ会話が飛び交い始め、空気が一層和やかになった。
「リゼ姉さんと…、ええっと、その、ルード兄さん…」
遠慮がちに呼びかけられ振り向くと、年長の子供たちが並んでいる。
どの子もすでに働きに出ていて、久しぶりに顔を合わせる子が大半だ。わざわざ仕事を休んで、こうして参加してくれたことが嬉しい。
「成人と婚約、おめでとう」
代表してそう言ってくれたのは、サヴァル商会お抱えの家具工房で事務をしているビルだ。
続けて、後ろにいる子供たちが『おめでとう』と声を合わせて言ってくれる。
「ありがとう───皆」
「ありがとう」
ビルが小さい布袋を二つ、私たちに向かって差し出す。
「これ…、僕たちからのお祝い。こっちがリゼ姉さんで───こっちが、その、ルード兄さんに…」
「どうもありがとう」
「……俺にも?」
私がお礼を言って受け取る傍ら、レド様が自分に差し出された布袋を見て、眼を見開いている。まさかお祝いを用意してくれているとは、思いも寄らなかったのだろう。
「ありがとう。開けてみてもいいか?」
「え、は、はい、勿論」
レド様は嬉しそうに顔を綻ばせてから受け取ると、布袋を開いた。
「これは、ペンケースか?」
「ぁ、はい、そうです。その…、うちの職人と細工師に頼んで作ってもらったんです。も、もしかして、気に入りませんでしたか…?」
「いや、とても気に入った」
それはペンが一本収まるくらいの細長い木箱で、輝く月と星々が彫り込まれている。
皇族の個章を許可なく扱うことはできないため、デザインはレド様の個章とは似つかないものだが────その精緻な彫りによる陰影が描き出す夜空は、まるで絵画のようだ。
「────素晴らしいな」
感嘆の溜息と共に、レド様は呟く。
「ありがとう。本当に気に入った。大事に使わせてもらう」
レド様が喜色に彩られた笑みを浮かべる。ビルを始めとした子供たちは安堵したらしく表情を緩めた。
レド様と子供たちの様子にほっこりしながら、私は自分の布袋を開いた。
「綺麗…。私のはアクセサリーボックス───かな?」
「う、うん。これから装身具を使う機会が増えるだろうし、必要だと思って…」
B5サイズの木箱に、レド様のものと同じように彫り込みが為されている。緻密な幾何学模様に、私のSランカー冒険者としての個章が大きく組み込まれていた。
この意匠───何処かで見たことがあると思ったら、シェリアたちにもらったピンブローチと同じデザインだ。
「すごく嬉しい。大事な装身具はこれに入れさせてもらうね」
込み上げる感情のまま笑みを零すと、ビルや後ろの子供たちが照れたように顔を赤らめた。
「つぎ、ボクたち!」
ビルを押しのけて、いつの間にか来ていたちびっ子たちが前に躍り出る。
「これ、リゼお姉ちゃんに」
差し出されたのは────隙間なく重なる純白の花弁が銀箔を塗したように煌く、一本の薔薇だった。
「え…」
それは、一般庶民では到底手の届かない高価なもので────“輝く薔薇”と呼ばれている。どういった原理か、花弁に蓄えられた魔素が輝きを放つことから、そう名付けられたそうだ。
聞いたところによると、普通の薔薇とは違って、時期を選ばずに咲き、育てる手間も時間もかからないが────魔素が十分に含まれた土壌でなければ育たない上に、土中の魔素がちょっとでも減少するとすぐに枯れてしまうらしい。
その条件に適した場所が滅多にないことと、好事家が欲するようなグレードのものを育てるには一本に集中するしかないことが相俟って、希少となっているとのことだった。
そのため、一本につき、最低でも金貨5枚の値がつく。
「どうしたの、これ」
「オレたちが育てた!」
「わたしたちが毎日お世話したんだよ!」
ラドア先生がちびっ子たちに代わって、説明してくれる。
「ここの畑を見たサヴァルさんが、この薔薇を育てられるかもしれないと提案してくれて────苗の購入や環境を整えるための初期費用は、すべて殿下が持ってくださってね。これは初めて咲いたものなの。この子たち、最初に咲いたものはリゼにあげると決めていたのよ。間に合ってよかったわ」
小さな手から、薔薇をそっと受け取る。ふわりと甘やかな薫りが鼻を掠めた。
棘が抜かれた茎には、縁取りされた幅広の白いリボンが巻かれていた。“蝶結び”になっているところを見ると、このリボンを用意してくれたのはラナ姉さんに違いない。
「ありがとう…、本当に綺麗」
後で、絶対に枯れてしまわないよう、【静止】の魔法をかけておこう。
「レド様、ありがとうございます」
「俺は初期費用を出しただけだからな。育てたのは子供たちだ」
レド様は優しい眼差しで私を見て、微笑む。
「サヴァルさんに見てもらったところ、これほど輝くものは珍しいそうよ。畑の野菜も、畑の面積に対してあれだけ密集して植えられている割に、どれも見るからに身が詰まっていて────発育不良のものが一つもないことに驚いていたわ。この孤児院を改修してくれたときに、リゼが土壌も改良してくれたおかげよ」
確かに、畑を作るにあたって土壌を創り出したけど────そこまで魔素を籠めた覚えはない。
何度か収穫したら、魔素を補填しようと考えていたものの、まだ実行していなかった。
【
首を傾げようとして、姿をくらませて肩に留まっている白炎様の存在を思い出した。
────もしかして…、白炎様のおかげですか?────
────そうだ。ここは、我が神子より任された、我の護る土地だからな。“神域”と化しておるのだ。土壌は勿論、井戸水も、常に清らかであるだけでなく、我が神力がたっぷり含まれておるぞ────
白炎様の得意げな口調に胸を張るお姿が想像できて、喜びと笑みが込み上げる。
────ありがとうございます…、白炎様────
────気にするでない。我が、好きでやっていることだからな────
「サヴァルさんは、これなら金貨10枚の値をつけても売れるだろうと仰っていたわ。特性上、一本ずつしか育てられないけれど、数ヵ月に一本売れるだけでも十分だわ。それに加えて、懐中時計と鋏の収入と、国からの助成金もある。
だから、リゼ────私たちのことは心配しないでちょうだい」
「そうだよ、リゼ姉さん」
「何かあっても、オレらだっているんだから大丈夫!」
「私たちに任せて!」
ラドア先生に続いて、子供たちが口々にそう言ってくれる。
見回すと、子供たちは自信に満ちた笑みを湛えて、私を見ていた。ちびっ子たちでさえも、頼もしく映った。
子供たちがこんなにも成長していたことに驚き────同時に、胸が熱くなる。
ラドア先生が、いつもの柔らかな笑みを刷く。
「いってらっしゃい───リゼ」
「「「「「「「「「「いってらっしゃい」」」」」」」」」」