コントラクト・ガーディアン─Over the World─   作:tea4

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第一章―それぞれの門出―#1

 

「「「【流星嵐(ミーティア・ストーム)】」」」

 

 ディンド卿、ラムル、ヴァルトが声を合わせて唱えた直後、三人の足元に一つの魔術式が花開くように展開して眩い光を放ち、前方の虚空に無数の魔術式が浮かび上がる。

 

 魔術式から生み出された直径50cmほどの岩石が、その下方で私が施した【重力(グラビティ・)操作(オペレーション)】に囚われて藻掻(もが)く───元はブラッディベアだったと思しき魔獣に向かって、一斉に降り注いだ。

 

 

 

 辞令式の翌日────私たちは、訓練のために、精霊樹の森の一区画である“デファルの森域”を訪れていた。

 

 【聖騎士(グローリアス・ナイト)の正装】は敵を認識しなければ起動しないようなので────魔獣の討伐がてら、レド様とディンド卿が手に入れた新たな装備を験すのが目的だ。

 

 どうせならということで、他の仲間たちにも参加してもらって、固有能力や魔術の検証もすることになった。

 

 

 精霊樹の魔素量がある程度回復したのを見計らって、短時間だけ地下の研究施設に設置されている聖結晶(アダマンタイト)を起動させてみたところ、幾つかの事実が判明した。

 

 スタンピード殲滅戦で、魔術の発動時間を短縮するべくレド様とジグと三人で一つの魔術式に魔力を注いだ、あのやり方────実は、あれが大規模攻性魔術の正規の発動方法らしい。

 

 私やレド様が大規模攻性魔術を単独で発動できるのは、魔術や能力の同時発動ができるからのようだ。幾つもの魔術式が組み合わさった大規模攻性魔術は、通常、単独で発動することは不可能みたいだ。

 

 だから、一つの魔術式を共用するために【魔術駆動核(マギ・エンジン)】を連結させる────そういうことらしい。

 

 【地図製作(マッピング)】も、【魔術駆動核(マギ・エンジン)】を連結させた状態にしてから、見晴らしの良い高所など数ヵ所に分散させた配下や使い魔に【解析(アナライズ)】を発動させて、その情報をまとめ上げるという能力なのだそうだ。

 

 それらの使用方法に関する解説がなかったのは、【契約魔術(コントラクト)】に臨む時点で、すでに基本的な知識を持っていることが前提だったからだろう。

 

 

「やはり、バレスを交えたときに比べると、魔術の威力が落ちるな」

「そうですね」

 

 ノルンに仲間たちの【魔術駆動核(マギ・エンジン)】を連結してもらって、試しに大規模攻性魔術を発動してみたのだけど────術を発動するメンツの組み合わせによって、発動に必要な人数が変わったり、発動しても威力に差があったりと、バラツキが見られる。

 

「ですが────これで、攻撃手段が増えましたね」

「ああ」

 

 加えて、新たな魔術式も手に入れている。

 

 研究資料に、ゲームやマンガでいうところの“初級魔術”に当たる魔術式が残っていたのだ。これらは魔獣や魔物を傷つけるほどの威力はないため、次第に使われなくなったようだ。

 

 それでも牽制や人間相手なら十分役に立つので、仲間たち全員にダウンロードしてある。魔力もそれほど消費しないから、アーシャやハルド、ラギやヴィドでも扱える。

 

 

「次は───セレナの魔術を験してみるか」

「はい…!」

 

 近づく魔獣を認めたレド様の言葉を受けて、セレナさんが進み出る。

 

 今度の魔獣は巨大化してはいるが、オーガであったであろう元の姿を留めている。魔獣は吸い寄せられるように、集団から離れて佇むセレナさんに向かって駆け出した。

 

 セレナさんは侍女姿で、杖も魔術陣も携えていないにも拘らず、正面に無数の魔術陣が現れた。

 

 それぞれの魔術陣から、刃渡り50cmほどの氷刃が次々に飛び出して、魔獣へと迫る。氷刃は魔獣の頑丈な皮膚を斬り裂き、あるいは突き刺さって幾筋もの傷を刻んだものの、致命傷は与えられない。

 

 その様を見届けることなく、セレナさんは、自分の首元で光り輝く───私の貴族章とは違う“雪の結晶”を模したブローチを毟り取る。

 

 掌サイズのそのブローチから放たれる光が膨張して収束すると、セレナさんの手には杖が握られていた。それは、二回りくらい拡張したブローチだったものに棒が付随したような杖で────全長が60cmはあった。

 

 セレナさんが杖を両手で掴んで構える。瞬く間に魔力が満たされて杖が眩い光を放ち、セレナさんの足元に魔術陣が展開する。同時に、セレナさんの淡い髪色が濃さを増して、鮮やかな青色へと変わった。

 

 突如として地面から飛び出した幾つもの巨大な氷刃に貫かれた魔獣は、立ったまま絶命した。

 

 

 セレナさんが操る───この杖もといブローチは、創り変えられた“氷姫”を収めた短杖だ。

 

 【魂魄の位階】が上がって遠慮がいらなくなったディンド卿、ヴァルトの武具と共に、セレナさんの短杖に私が【最適化(オプティマイズ)】を施したところ────このような形態となった。

 

 杖と“氷姫”が一体化して変わり果てたことに、私はかなり焦ってしまったのだけれど、セレナさんにとっては“氷姫”にそこまでの思い入れはなかったようで────嬉しそうに笑って、お礼を言ってくれた。

 

 この杖の銘は────“フロスティ・メイデン”。

 

 元になっているのは、“お兄ちゃん”ではなく────私が幼い頃に見ていた“魔法少女まじかる☆ストロベリー”という女児向けアニメだ。

 

 確か、主人公の相棒であるクール系お嬢様“ユキナ”が用いていたもので────作中では単に“マジカルステッキ”と呼ばれていた覚えがあるから、銘の元ネタは別物だと思われる。

 

 アニメではカラフルでもっと丸みを帯びていて何だか玩具のような感じだったが────“雪の結晶”部分は星銀(ステラ・シルバー)、持ち手部分は月銀(マーニ・シルバー)、そしてアクセントとしてなのか魔水晶(マナ・クォーツ)が“雪の結晶”の随所に散りばめられて、セレナさんが持っていても違和感はない。

 

 

「やはり、常時身に着けて普段から魔力を廻らせているから、発動が速いな。杖への移行もスムーズにできている。これなら、魔獣や魔物相手に後れを取ることはないな」

 

 【神眼】でセレナさんの魔力の流れを視ていたレド様が、呟く。

 

 前衛を任せられる誰かが傍にいるならいいが、単独で戦う破目になった場合、魔術師にとって発動時間は生死を分ける重要なファクターとなる。

 

 それに、ちゃんと本来の性質を引き出して、周囲の精霊や亜精霊への働きかけも上手くできているようだ。

 

「セレナ───次は、固有能力を使ってみてくれ」

「解りました」

 

 杖が光を発して、ブローチへと戻る。セレナさんがブローチを首元に貼り付けたとき、近づいて来ていた魔獣が姿を現す。

 

 私たちの魔力に惹かれてか、近づく魔獣が途切れない。

 

 今度の敵は四足歩行の魔獣だ。元が狼なのか豹なのか判別がつかないほど、変貌している。

 

 セレナさんが、私の加護によって手に入れた固有能力【共鳴】を発動する。すると、【フロスティ・メイデン】を起動させていないのに、髪色が青く染まった。

 

 駆け出した魔獣が前足を着地させる瞬間を狙って、巨大な氷刃が地面から飛び出し────魔獣はあっけなく胴体を貫かれて、命を散らした。

 

 この【共鳴】という固有能力は、端的に言えば周囲の精霊や亜精霊をセレナさんの魔力に同調させる───という能力とのことだが、髪色が青くなったのを鑑みると、セレナさんの体質を利用しているということなのだろう。

 

 まあ、杖を使うにしろ固有能力を使うにしろ、セレナさんのヘッドドレスには【認識妨害(ジャミング)】を施してあるので、髪色が変わっても仲間たち以外に認識されることはない。

 

「ブローチを杖に変容させることのない分発動も速いし、威力も申し分ないが────固有能力を併用するからか、魔力の消費が激しいな」

「そうですね。このやり方はいざという時のみにして、なるべく杖を用いるようにした方がいいですね」

「ああ。────セレナ、聴いての通りだ。どうしようもない状況以外は、固有能力ではなく杖を使うようにしてくれ」

「解りました」

 

 そんなことを話していると、新たな魔獣の姿が目の端に映る。

 

「レド様───次は私が験してみてもよろしいですか?」

 

 予定していた検証が一通り済んだところで、レド様の許可を得て、私は【聖剣ver.9】を取り寄せる。

 

 ノルンを通じることなく、触れた瞬間に、私の魔力が流れ込み繋がったのを感じた。左手に握られた大太刀は、すぐさま光を帯びて太刀へと変容していった。

 

 

 この【聖剣ver.9】は実戦を経て成長するらしく、スタンピード殲滅戦での経験から私の使いやすいようにカスタマイズされたみたいなので、旅立つ前に検証しておきたかったのだ。

 

 銘も固有のものに変わっていて────現在の銘は、【変幻万華】となっている。

 

 これは、“お兄ちゃん”が見ていた“ローファンタジー”モノのアニメに出て来た武器の名だ。普段は“勾玉”だけど、戦闘時には様々な刀に変容するとか、そんな感じだったはずだ。

 

 この銘が示す通り、思い描いた武具に変容する仕様は、私の【聖剣】特有らしい。

 

 レド様とディンド卿の【聖剣】を分析させてもらったら────解説にあった『自動的に使い手にとって最適な形状に変形する』というのは、【聖騎士(グローリアス・ナイト)】に認定されて最初の【最適化(オプティマイズ)】でのことであって、いつでも自在に変えられるというわけではないようだ。

 

 ノルンに手伝ってもらって、【変幻万華】をさらに分析した結果────私は、その『最初に使い手の最適な形状に変形する』という機能を利用して、自在に形状を変容させているとのことだった。

 

 

 太刀となった【変幻万華】を左手に携え、私は魔獣に向かって奔る。

 

 相対するのは、全長2mを越える焦げ茶色の剛毛に全身を覆われた二足歩行の魔獣だ。毛足の長い剛毛は顔まで覆い隠しているため、元がブラッディベアなのか猿人───エイプ系なのか判別がつかない。オーガやオークということもあり得る。

 

 魔獣が、その異様に長い両腕をしならせ、私に叩きつけようと振るう。私は、足を止めることなく太刀の鞘を払い、まずは魔獣の右腕を斬り落とす。魔獣がそれに反応する前に、続けて左腕を斬り落とした。

 

 魔獣の両腕が赤黒い血を撒き散らしながら地面に落ちる頃には、私は魔獣の懐に潜り込んでいた。鞘が左手から消え失せ、光を帯び大太刀へと変わった【変幻万華】を両手で握る。

 

 私は右方下段に構えた大太刀を振り上げ魔獣の左脇腹へと食い込ませて、渾身の力を籠めて薙ぎ払う。下半身から切り離された魔獣の胴体が、つかの間、宙に浮く。

 

 手首を返して、薙刀へと変えた【変幻万華】を傾いた魔獣の首元目掛けて振り切ると、魔獣の首があっけなく飛んだ。

 

 ────スタンピード殲滅戦のときより、変容する速度が上がっている。それに、消費する魔力量が減っている?

 

 過った考えに没頭することなく、私は足元に【重力(グラビティ・)操作(オペレーション)】を展開させて地を蹴る。大きく跳び上がって、崩れ落ちた魔獣の遺体を飛び越えると、その先には新たな魔獣が佇んでいた。

 

 オーガの姿を留めたその魔獣は、先程の魔獣よりも巨体で、およそ全長4mはあった。

 

 私は先日創ったばかりのオリジナル魔術を発動させた。

 

 【防衛(プロテクション)】の魔術式を参考にして創り上げたそれは、空中に足場を作り出すもので────名称は【脚地】。

 

 魔術で創り出した足場を蹴って、私は再び大きく跳び上がる。

 

 振り回された両腕を間一髪で潜り抜け、魔獣の首元まで浮かび上がった私は、太刀に変えた【変幻万華】を振るった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「鍛練に参加するようになって、身に沁みていたつもりでしたが────古代魔術帝国の魔術とは…、本当に凄まじいものですね」

 

 一通りの検証と鍛練を終え、精霊樹の許へ向かっている道中、実戦訓練に参加していたベルネオさんがしみじみと呟いた。

 

 ラギとヴィド、それにラナ姉さんが、思わずといったようにコクコクと肯いている。

 

「いえ───魔術だけでなく、武具や防具もですね。聞きしに勝る性能でした」

 

 ベルネオさんが、感嘆とも呆れともつかない溜息を零す。

 

 騎士として携わった経験に加えて、ベルネオ商会では武具や防具も扱っているから、余計に性能の差を感じてしまうのだろう。

 

「それに…、護衛していただいた時点でも群を抜く強さだとは思っていましたが────魔獣2頭を単独で瞬殺とか…、古代魔術帝国の力を得たリゼラ様の実力は、もう別格どころではありませんね……」

 

 ベルネオさんの言葉に、私は苦笑を浮かべる。

 

 2頭目はともかく1頭目は瞬殺ではなかったとは思うけど────まあ、ベルネオさんがそんな風に感じてしまうのは無理もない。

 

 

 以前は、魔獣を発見したら、まず魔獣に気づかれないよう慎重に状態や弱点などを探って────武具を損傷しないよう気を遣いながら、根気よく攻撃して────魔獣1頭討伐するのに、今よりもずっと手間も労力もかけていた。

 

 状況や相手によっては、発見から討伐まで数日かかることだって、ざらだったし。

 

 

「ところで────お渡しした武具、実戦で使ってみてどうでしたか?」

 

 ベルネオさん、エル、ウォイドさんにも、グローブ型の魔導機構、それに繋げた武具各種を渡している。

 

 三人とも、セレナさんたち同様、【魂魄の位階】が昇格してしまうことを気にする必要がなくなったので、支給品の武具を元に私が【最適化(オプティマイズ)】を施して一気に創り上げることができたのだ。調整する手間も省けて、本当に助かった。

 

 それと、レド様の配下に下った際に授けた、アーシャのものと同じ【聖剣】擬き仕様の武具にも手を加えた。

 

 すでに朝の鍛練で験していたけれど、対人戦では判らなかった不具合があるかもしれないと思い、ベルネオさんに訊ねる。

 

「武具はどれも申し分ありません。グローブも実戦で扱えるか不安でしたが────鍛練で何度も経験していたからか、割とスムーズに武具の入れ替えができました。後は習練あるのみです」

「そうですか。良かったです。もし何かあったら、連絡してください。直接手渡しはできなくても、共通の【異次元収納庫】に入れてくだされば、遣り取りできますので」

「解りました。ありがとうございます」

 

 

 グローブやそれに付随する武具は、ラギやヴィドに至るまで全員分を創り終え、配布してある。

 

 加えて、オーソドックスな盾を全員分用意した。私が【防衛(プロテクション)】を施したので、黒い【霊剣】に壊されることもないはずだ。

 それに、自分で【防衛(プロテクション)】を行使する場合は魔力もそれなりに必要だから、盾を使えば魔力の節約にもなる。

 勿論、それぞれのグローブに付随させている。

 

 レド様とディンド卿の装備の検証も、一応できた。

 ただ、どちらも相手が【聖剣】を成長させられるほどの強敵ではなかったので、【正装】の動作確認にしかならなかった。

 まあ、【聖剣】については追々考えよう。

 

 ベルネオ商会とウォイド劇団の従業員たちの武具に、こっそり【防衛(プロテクション)】を施すこともできたし────シェリアを始めとしたロウェルダ公爵家の面々の防衛策も許す限り施した。

 

 エルフの隠れ里から失敬した簡易拠点の手入れも終えた。

 

 それと、馬型の精霊獣に合わせた鞍や、長距離移動用の馬車も完成させ、いつ野営となっても大丈夫なように準備も調えた。

 

 後は────

 

「っ?!」

 

 突然、左右の頬に息を吹きかけられて、私は肩を撥ねさせた。

 

 いつの間にか、精霊樹の許へと辿り着いていて、2頭の馬が首を擡げて私の顔を覗き込んでいた。

 

「新参の分際で、我を差し置いて我が姫を出迎えるとは図々しいぞ!」

 

 ヴァイスが、後方で何やら怒っている。

 

 私を覗き込んでいるのは、精霊獣ではなく────今朝、ベルネオさんが連れて来てくれた馬だった。

 

 どちらもダークブラウンに所々白の混じった毛色をしていて────長年にわたって荷馬車を牽くべく改良されてきた、旅商人や商会が所有することの多い品種で、前世で目にした馬より一回り以上も大きい野生種をさらに超える大きさだ。

 

 

 当初は、馬車も馬型の精霊獣に牽引してもらうつもりだったが────予想外に仲間が増え、7頭しかいない馬型の精霊獣だけでは足りないので、急遽、確保していた馬のうち2頭を引き取ることになったのだ。

 

 名は“ブラン”と“グレナ”。ヴァイスの勧めで、使い魔契約もした。そのおかげか、とても懐いてくれている。

 

 出発の日までは、ここで精霊獣たちと共に過ごしてもらう予定だ。

 

 

 私がブランとグレナの額を撫でていると、レド様が眉を寄せた。

 

「……やはり、俺が契約しておけば良かった」

 

 使い魔契約する際、レド様は自分が主となることを申し出たのだけれど、精霊獣たちと連携をとるためには私が主となった方がいいとヴァイスに諭されて、私が契約することになった。

 

「本当に、リゼは動物に好かれるわよね」

「ジャンナもリゼ姉には威嚇しないよな。ずっとエサをやってるオレには未だにしてくるのに…」

 

 ラギがちょっと拗ねたような口ぶりで、ラナ姉さんの呟きに続く。

 

 ジャンナとは孤児院によく来る野良猫だ。餌を与えるようになって大分経つが、未だ子供たちに懐かないらしい。私には威嚇しないどころか、いつも足に頭を擦りつけて甘えてくる。

 

 それにしても、ジャンナを餌付けしてるの、ラギだったんだ。ネロを紹介したとき眼を輝かせてたけど────あれは、ネロが“精霊獣”だからじゃなくて、ただ単に猫の姿だからだったのかな。

 

「我が姫は“神子”だからな。その清らかな神力が心地良くて、つい傍に寄りたくなるのだ」

 

「では───俺が契約したところで、リゼに懐くのは防げなかったということか?」

「神竜の御子が主となっていたら、主の影響を存分に受けて、余計に我が姫に懐いていたと思うぞ」

「それなら、この状況はまだマシなのか…。つまりは、人間だけでなく動物にまで気をつけなくてはならない───と」

 

 レド様は、沈痛の面持ちで溜息を()く。

 

 いえ、動物は勿論、人間にもそんなに気をつける必要はないんですよ?

 

 

「あー…、ええっと────ルガレド様は、いつお発ちに?」

 

 微妙な空気が漂う中、ベルネオさんが口を挟んだ。

 

「俺とディンドの手続きが済み次第、皇都を発つつもりだ」

 

 レド様とディンド卿が叙爵することは、年度末の調整会議の議題に上がる前におじ様から提案されていたから、その予定で動いてはいたが────まだ完全に手続きが済んでいない。

 

 

 模造章の作製については何処かに聖結晶(アダマンタイト)の欠片を埋め込むという仕来りさえ守れば何処の工房で作っても問題ないものの、“印章”についてはそうはいかない。

 

 この魔道具は、偽造を防ぐために特殊な技術を用いているらしく、国から認可を受けた工房でしか造ることはできない。

 

 叙爵あるいは襲爵したら、この“印章”で押印された“印影”を国に登録することが義務付けられていて、その手続きが終わるまでは皇都を出られない。

 

 だから、今はレド様とディンド卿の“印章”が完成するのを待っている状態だ。

 

 ただ、いつでも要望に応えられるよう、ある程度まで組み上げたものを貯蔵してあって、後は最後の仕上げをするだけみたいなので、近日中に完成するとのことだった。

 

 ちなみに模造章の方は、レド様のもディンド卿のも、すでに私が【創造】で創り上げている。

 

 

「どちらが先に皇都を出ることになっても、見送りはできないからな。別れの挨拶は朝の鍛練で、ということになるな」

「そうですね」

 

 探られたら、私とウォイド劇団が懇意にしている事実は判ってしまうとしても────ベルネオ商会とウォイド劇団がレド様と所縁があることは、今はまだ知られない方がいい。

 

 皇妃一派を一掃した暁には公表して、“ルガレド皇子”もしくは“レーヴァ公爵”の傘下に入る予定だ。

 

 改めて皇王陛下に婚姻を許可していただけたことを機に、仲間たちから敬称と敬語を使わないよう要請されたけれど、そういった事情で、ベルネオさんとウォイドさんを呼び捨てにするのは保留させてもらっている。

 

 敬語については、やはり年長者にタメ口を使うのは抵抗があって────正式に妃となるまで猶予をもらった。

 

 ちなみに、ディンド卿はレド様の近しい親戚であること、セレナさんは友人であることを理由に、呼び捨ては何とか回避した。セレナさんを呼び捨てにするなら、ラナ姉さんも呼び捨てにしないといけなくなるし。

 

 勿論、爵位を持つディンド卿はともかく、セレナさんとラナ姉さんのことは仲間たち以外の前では呼ばないようにするつもりだ。

 

 

 

 ベルネオさんは、左腕に巻いた腕時計をちらりと見遣る。

 

「俺はそろそろお暇いたします」

「そうか。わざわざ、すまなかったな」

 

 忙しい中時間を作ってくれたベルネオさんを、レド様が労う。

 

「勿体ないお言葉です。────それでは、御前失礼いたします」

 

 そう締めくくって、踵を返そうとするベルネオさんを呼び止める。

 

「待ってください、ベルネオさん」

 

 私はアイテムボックスから、長方形の蓋つきで大きな籠を取り寄せた。

 

「お手数をかけて申し訳ないですが、これをエルには知られないようにウォイドさんに渡してくれませんか?」

「エルに知られないように?」

 

 私は少しだけ蓋を開いて、中を見せる。

 

「これは、確か…、シュークリーム───でしたか?」

「ええ。エルがとても気に入っていたようなので」

「何故、ウォイドに?」

「だって、エルに渡すと一気に食べてしまうでしょう?」

「ああ、まあ…」

「ですから、ウォイドさんに渡して欲しいのです。それと、【異次元収納庫】に入れておけば悪くなることはないので、何かの折に少しずつ出してあげるよう、ウォイドさんに伝えてください」

 

 エルとウォイドさんは、今朝の鍛練には参加したものの、この場には来ていない。

 

 演劇の観客は、ほとんどを王侯貴族が占めている。辞令式の前夜は収益を得られないことを見越して休演にしたが────辞令式が終わっても皇都に留まる貴族家を目当てに、あと1週間は公演を続けるとのことだ。

 

 並行して荷造りと諸々の手配もするため、忙しいらしい。

 

 旅立つ前に、どうにかエルの目を盗んで、ウォイドさんにこっそり渡すつもりだったけど────ベルネオさんの方がそのチャンスがありそうだ。

 

 私の話を聴いたベルネオさんは、何だか微笑ましそうに口元を緩めた。

 

「リゼラ様は、何だかんだ言って、エルに甘いですね」

「……そんなことはありませんよ。これは約束してしまったから、仕方なく作っただけです」

「いやいや、“仕方なく”ではないでしょう。こんな大きな籠いっぱいに作って」

「それは…、しばらく逢えなくなりますし────頻繁に催促されても困りますし…」

「はは、リゼラ様は素直じゃないですね」

「……そんなことを言ってしまっていいんですか、ベルネオさん」

 

 笑うベルネオさんにムッとして、思わず声が低くなる。

 

「もし…、ベルネオさんの言う通りで、私が素直になったとしたら────私は全力でエルの恋路を応援しちゃうと思いますよ?」

「ぅ、そ、それはちょっと────それでなくとも、最近やたらと大人びた格好で迫って来て手を焼いてるのに、それ以上は困るというか…」

 

 そこで、はっとしたようにベルネオさんは口を噤む。ディンド卿が剣呑な眼差しでベルネオさんを睨んでいる。何故か、レド様とジグとレナスもだ。

 

「………すみません、俺の勘違いでした。リゼラ様はエルに甘くないし、これは仕方なく用意されたのですよね?」

「お解りいただけて何よりです」

 

 ベルネオさんの返答に満足して、頷いて────私は我に返る。

 

 レド様たちとディンド卿を除く、私を見つめる仲間たちの微笑まし気な視線が痛い…。

 

「ボク、あんな子供みたいなリゼ姉ちゃん、初めて見た」

「オレも」

「わたしもだよ」

 

 弟妹たちのそんな会話が、追い打ちをかける。

 

「下の子の前では、リゼは“姉”だからね。わたしには時々見せるわよ」

 

 何でそんなに自慢げなの、ラナ姉さん…。

 

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