コントラクト・ガーディアン─Over the World─   作:tea4

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第一章―それぞれの門出―#2

 

 まだ朝の慌ただしさが抜け切っていない区画を避け、私は皇城内に点在する調練場の一つへと向かって進む。

 

 ミュリアを伴い、姿をくらませたジグとレナスはついて来てはいるが、レド様は一緒ではない。

 

 目的の調練場は、朝の鍛練で間借りさせてもらう下級兵士用のものではなく、帰還した“デノンの騎士”が鍛練を行うべく宛がわれているものだ。

 

 数ある調練場の中でも皇城の外れに位置するそこは、先代ベイラリオ侯爵によって牛耳られるようになるまでは、三つの騎士団が同時期に帰還した際の予備として使用されていたものらしく────他の調練場に比べて狭く、舗装や併設されている屋舎の壁には、汚れや(ひび)割れが目立つ。

 

 調練場の中央には、辞令式に合わせて帰還していた“デノンの騎士”6個小隊が整然と並び、片膝をついて(こうべ)を垂れている。

 

 “デノンの騎士”たちの敬礼を一身に受け止めているのは、正面に佇む皇王陛下だ。

 

「それでは────諸君らの健闘を祈る」

 

 陛下は、出立する“デノンの騎士”へと送別の言葉を言い置くと、一層(こうべ)を垂れた“デノンの騎士”に背を向けた。

 

 ガハド卿と姿をくらませたナハトを従えて去り行く皇王陛下とすれ違った。一瞬、陛下と眼が合う。その眼差しは柔らかい。

 

 私とミュリアは足を止めて頭を下げて、陛下が通り過ぎるのを待つ。俯いた視線に入ったナハトが、私に挨拶するように小さく顎を引く。

 

 陛下たち一行の気配が完全に遠ざかってから、私は顔を上げた。

 

 調練場の方へ視線をやれば、“デノンの騎士”たちが立ち上がっているところだった。彼らが身に纏っているのは、全身鎧ではなく、詰襟にコートを合わせたシンプルな騎士服であるため、すぐにファルお兄様を見つけ出すことができた。

 

「リゼ?」

 

 こちらに気づいたファルお兄様が、驚いたように私を呼ぶ。ミュリアを伴って近づくと、ファルお兄様が表情を緩めた。

 

「もしかして…、見送りに来てくれたのか?」

「ええ。それに、お渡ししたいものがあったので」

「渡したいもの?」

 

 私は、ファルお兄様の傍に控えるセグル卿に目線を移す。

 

「セグル卿」

「え───俺、ですか?」

 

 セグル卿は、自分に話しかけられるとは思っていなかったみたいで、ちょっと慌てたように返した。

 

 私はジャケットの内ポケットに入れてあったマジックバッグから、目当てのものを取り出す。

 

「こちらをお返ししたくて」

「え…」

 

 取り出した大剣を両手に載せて差し出すと、セグル卿は眼を見開いた。

 

 彼が驚いているのは、おそらく、柄に巻かれた鞣革や鞘が新品になっているからだけではなく────真っ二つに折れていたはずの剣が鞘にきちんと納められているからだろう。

 

 そう───これは、スタンピード殲滅戦で変異種に折られた、ノラディス子爵家に代々受け継がれてきたという“魔剣”だ。

 

 その存在を知ったときにセグル卿にお願いして、後日残骸を見せてもらい、そのまま預からせてもらっていた。

 

 セグル卿は私の両手から剣を受け取って、震える手でゆっくりと鞘から抜く。現れたのは、“宵銀(ダスク・シルバー)”の剣身だ。

 

 剣先まで引き抜いたセグル卿が呆然と呟いた。

 

「直ってる……」

 

「許可もとらずに申し訳ないと思ったのですが────遣り取りしている時間も惜しかったので、勝手に修理させていただきました。変異種の棍棒に触れたため、剣身が黒ずんでしまいましたが、以前よりも頑丈になっているとのことです。

それから、柄に巻かれた鞣革も大分消耗しているようだったので、新しいものに換えさせていただきました。握った感じはどうですか?握りにくいとかないですか?」

 

 私がそう言うと、呆然自失から我に返ったセグル卿は、鞘を足元に置いて柄を両手で握る。

 

「…とても握りやすいです」

 

 実は、この柄には仕掛けを施してあった。両手で握ると、体内の魔力を循環させるようになっているのだ。

 

 この“魔剣”の正式名称は────【聖剣:試作器(プロトタイプ)】。

 

 古代魔術帝国によって人工で造り出された、最初期の聖剣だ。私たちの【聖剣ver.9】とは違って、魔術式が刻まれた聖結晶(アダマンタイト)は剣身に埋め込まれていて外見からは判らない。

 

 その性能は【真なる聖剣】には及ばず、後の【霊剣】の祖となった代物らしい。長い年月を経ていく中で力を失っていたが────イルノラド公爵家の始祖デゼロが正式な持ち主となることによって、甦ったようだ。

 

 ただ、デゼロの魔力量のせいなのか、位階は【霊剣】ではなく【魔剣】で────剣身も、聖銀(ミスリル)ではなく、月銀(マーニ・シルバー)となっていたみたいだけど。

 

 名義は“デゼロ=アン・イルノラド”のままにしてある。

 

 この“魔剣”は、黒い【霊剣】に触れ魔物の魂魄が入り混じったことに加え、私が修復したために、【霊剣】へと戻っている。

 

 【霊剣】は魂魄の位階が低い存在には扱えないようなので、あえて名義変更はせずに、このまま刃毀れしない頑丈な剣として使う方がいいだろう。

 

 それに、【防衛(プロテクション)】も施しておいたから、エルフの【霊剣】どころか【聖剣】にも折られることはない。

 

「よく、“魔剣”を修復することができたな」

 

 ファルお兄様が、驚愕とも感心ともつかない声音で言う。

 

「ちょっと伝手がありまして」

「そうなのか。何はともあれ────ありがとう、リゼ」

 

「…っ本当にありがとうございます、リゼラ様」

 

 セグル卿は感極まったようにお礼を述べて、深々と頭を下げた。その声音は震えていた。

 

 ノラディス子爵家の始祖が主より賜って、代々受け継がれてきた家宝だ。もしかしたら、自分の代で折れてしまったことに責任を感じていたのかもしれない。

 

「それと、これはファルお兄様に」

 

 私はマジックバッグからもう一本、大剣を取り出してファルお兄様に差し出す。

 

「ファルお兄様も、変異種によって愛用していた剣を折られてしまったのでしょう?まだ代わりの剣を手に入れていないのなら、よければお使いください。これは“魔剣”ですので、そう簡単には折られることはないと思います。おそらく、魔獣の防壁を崩すことも可能かと」

 

 まあ、これも【魔剣】などではなく、私が創った【霊剣】なのだけれど。銘は────“アロンダイト”。

 

 確か、“アーサー王伝説”に登場する妖精が鍛えたという剣の名で、どんなに硬いものを斬っても刃毀れすらしなかったとか───そんな謂れがあったはずだ。

 

 柄やガード、剣身は人の手で造るのは不可能なほど滑らかな曲線で形づくられていて────その形状には既視感があるから、きっと“お兄ちゃん”が見ていたアニメかプレイしていたゲームに出て来たものが元になっているのではないかと思う。

 

 セグル卿の魔剣と同様、柄には両手で握れば【魔力循環】が発動するよう施してある。勿論、【防衛(プロテクション)】もだ。

 

「……いいのか?」

「ええ。これは偶然手に入れた(能力で創り上げた)ものなのですが、私は大剣は使わないので、ファルお兄様に活用していただければと思いまして」

「それなら、殿下に献上する方がいいんじゃないか?」

「レド様は、ご自分のものをお持ちですから。どうぞ遠慮なく受け取ってください」

「そうか。それでは、有難く使わせてもらう。────ありがとう、リゼ」

 

 ファルお兄様は顔を綻ばせて、【アロンダイト】を受け取った。そして、鞘から抜いて感嘆したような声を零す。

 

「へえ、綺麗な剣だな」

 

 そう呟いたのは、ファルお兄様ではなく、お兄様の仲間の一人だ。他の仲間たちも覗き込んで、口々に言う。

 

「おお、凄そうだな」

「良かったじゃないか、隊長」

「ずっと、セグルの魔剣を羨ましがってたもんな」

 

 ファルお兄様の頬がさっと赤くなった。

 

「おい、余計なこと言うなよ!」

「別に恥ずかしいことじゃないだろ」

「そうそう。名剣を手に入れることは、騎士の───いや、剣士の念願だ」

「それに、魔剣は男のロマンじゃないか。欲しがるのは、何らおかしなことではないぞ」

「そうだ。たとえ、その羨む様が子供みたいだったとしても、恥ずかしがることはない」

 

 どの騎士も、言葉とは裏腹に揶揄うような口調だ。でも、それは嫌な感じではなく────じゃれているだけという風に感じた。

 

 以前も思ったが、ファルお兄様は仲間たちと良い関係を築けているらしい。その様子に安堵が込み上げ、笑みが零れる。

 

「違うぞ、リゼ。俺は別に羨ましがってなんかいないからな?」

 

 私が笑った理由を勘違いしたファルお兄様が、慌てて取り繕う。それがおかしくて今度は笑い声も零すと、ファルお兄様は頬を赤らめたまま、拗ねたようにそっぽを向いてしまった。

 

 これは、もう話題を変えた方が良さそうだな。

 

「ファルお兄様たちは、この後すぐに出発されるのですか?」

「……いや───宿舎に戻って旅具や装備の最終点検をした後、昼食を済ませてから発つつもりだ」

 

 まだちょっと頬に赤味が残っているものの、ファルお兄様はこちらに視線を戻して話に乗ってくれた。

 

「殿下はいつ旅立つんだ?」

「諸々の手続きが終わり次第ですね」

 

 

 おじ様からレド様とディンド卿の“印章”が届いたとの連絡を受け、今、レド様とディンド卿はおじ様の執務室に赴いている。

 

 お供したかったけど、この機会を逃せばファルお兄様とは会えなくなる。

 

 そんなわけで仕方なく別行動となったのだが────心配性のレド様にジグとレナスの両方を連れて行かないのであれば許可できないと言われたので、レド様の方にはラムルに付き添ってもらっている。

 

 

「お前のことだから心配はないと思うが────無事を祈っている」

「ありがとうございます…、ファルお兄様。私もお兄様のご無事を祈っています」

 

 私がそう応えると、ファルお兄様が何か思いついたような表情になった。

 

「そうだ───リゼ、どうせなら“祝福”をしてくれないか?」

「…え?」

 

 ────“祝福”?

 

「リゼラ様───ファルロ様の仰る“祝福”とは、おそらく“戦女神の祝福”だと思われます」

 

 私の疑問を察したミュリアが、すかさず教えてくれる。

 

「“戦女神の祝福”────“神代の大戦”で出征時に“戦女神ティシャ”が施したという、あれ?」

 

 神代の昔───魔獣や魔物を従えて、神に成り代わろうとした“邪霊の王”との決戦を前に、戦神ガルヴァの妻である戦女神ティシャが、神獣や聖獣と共に戦場へと赴く人間たちを鼓舞するために“祝福”を与えた───と、辛うじて残る神話の一節には記されている。

 

「はい。現在では“門出の祝福”とも呼ばれ、戦に限らず、お役目で皇都を出立する際にも行われるとのことです。ティシャ役も、皇妃殿下や皇女殿下だけでなく、妻や婚約者、年少者だと母親など───身近な女性が担うこともあるようです」

 

 そういえば、セアラ様の蔵書にあった冒険小説────あれにも、そんなシーンがあったな。

 

 最終決戦に赴く主人公に、ヒロインである皇女様がやっていたっけ。“祝福”を与えるというより、戦場に向かう者の無事を祈願するみたいな感じだったはず。

 

 私はミュリアにお礼を言って、ファルお兄様に向き直る。

 

「私で良いのですか?」

 

 私としては、ファルお兄様のご無事を祈願するのは(やぶさ)かではないのだけれど────お兄様には恋人とかいないのかな。

 

「勿論だ」

「城門でなく、この場でいいですか?」

「ああ」

「では───ファルお兄様、剣を」

 

 ファルお兄様が、さっき渡したばかりの【アロンダイト】を私に差し出す。私が【アロンダイト】を受け取ると、お兄様は片膝をついた。

 

 すると、何故か、セグル卿を始めとしたお兄様の仲間たちも一斉に片膝をついた。その気配に、ファルお兄様が振り向く。

 

「おい、何でお前らまで跪くんだ。まさか、リゼの“祝福”を受けるつもりか?」

「別にいいだろ、恩恵に与ったって」

「個々にやってくれというわけじゃないんだから」

「お前のついでに受けるだけだ」

「“孤高の戦女神”の“祝福”だぞ、受けない手はない」

「自分だけ“祝福”をしてもらおうなんて、抜け駆けだろ」

「リゼは俺の妹だぞ。何でお前らを“祝福”しなきゃいけないんだ」

 

 また始まってしまったじゃれ合いに笑みを零してから、私は口を挟んだ。

 

「いいですよ、ファルお兄様。私でよければ、お兄様のお仲間にも“祝福”をさせていただきます」

 

 ファルお兄様の仲間ならば、無事を願える。

 

「すまないな、リゼ」

 

 私は両手に載せた【アロンダイト】を胸元まで掲げ、ファルお兄様たちの無事を祈願すべく表情を改めた。

 

 すぅっと、周囲の空気が変わったのを肌で感じる。ファルお兄様たちもそれを感じ取ったのか、つい先程までの和やかな雰囲気が消え失せ、皆一様に深く(こうべ)を垂れた。

 

 この場に留まる他の小隊の騎士たちが話すのを止めたようで、辺りが静まり返った。

 

 確か、あの小説では────

 

「目先には輝ける(しるべ)が、足元には平らかな道が、行く末には栄光の勝利があらんことを────そして、剣と盾を手に道を踏み締め、我が許へと帰らんことを」

 

 剣と盾を両手に持ち、道を両足で踏み締めつつ帰る────これはよく使われる暗喩で、両手両足を失わずに帰ることを意味する。つまりは、“無事に帰って来て欲しい”と願っているのだ。

 

 私は自分の願いを込めたその言葉を口にして、【アロンダイト】をファルお兄様に授ける。

 

 ファルお兄様は顔を上げ、両手で恭しく受け取ると、誓いで返す。

 

「必ずや、この剣で我らが敵を討ち────勝利を携え、汝が許へ帰らんことを」

 

 ファルお兄様だけでなく、跪く騎士たちすべてが一層深く(こうべ)を垂れる。私は最後の台詞(だいし)を紡ぐために口を開く。

 

「勇猛なる騎士たちに、母なる女神ティシャの祝福あれ────」

 

 その言葉を口にした瞬間、私は、自分という存在から意識が遠のいたような────そんな不思議な感覚に陥る。この感覚には覚えがあった。

 

 これは────そうだ、白炎様に呼ばれたときの、あの感覚だ。

 

「ありがとう───リゼ」

 

 ファルお兄様の声が耳に入って、私は我に返った。いつの間にか、ファルお兄様が立ち上がって私を見下ろしている。

 

「…いえ」

 

 何だったんだろう、今の感覚。

 

「それにしても────“門出の祝福”は知らなかったのに、“アルダナ姫の祝福”は知っていたんだな」

「え?」

 

 意味が解らず、私が眼を瞬かせると、ファルお兄様も眼を瞬かせる。

 

「知っていて、あの台詞を使ったんじゃないのか?」

「私が使った台詞は、“アルダナ姫の祝福”というのですか?」

「ああ、“アルダナ姫”は皇王デノンの妃となられたお方だ。というより、皇女であったアルダナ姫に騎士デノンが婿入りして皇王となったと言う方が正しいな。あの台詞は、アルダナ姫が戦場に向かう騎士デノンに“祝福”した際、授けた言葉だそうだ」

 

 そうだったんだ。知らなかった。

 

 もしかしたら────あの冒険小説、皇王デノンをモデルに書かれたものなのかもしれないな。そういえば、あの小説の登場人物たちが実在する人物なのか調べてみようと思っていたのに、すっかり忘れてた。

 

 

 目的もファルお兄様のお願いも果たしたので、そろそろお暇しようと思ったとき────

 

「おい、ファルロ!」

「何だよ。今、妹と────」

「いいから、来い!」

 

 まだ留まっていたらしい他の小隊の騎士たちに、ファルお兄様が連れて行かれてしまった。

 

 どうしたものかと考えていると、セグル卿に名を呼ばれた。

 

「リゼラ様」

「何でしょう?」

「魔剣の修理費は、どのようにお渡ししたらよろしいですか?それと、如何程(いかほど)かかったのか教えていただけますか?」

 

 セグル卿の真摯な眼差しに、その為人が垣間見えて、私は僅かに表情を緩める。

 

「いえ───修理費をお支払いしていただく必要はありません。伺いも立てずに私が勝手にしたことですし、これからもファルお兄様を支えていただくためですから」

「ですが…」

「それに、これは────貴方へのお礼でもあるのです」

「…お礼?」

「ええ。慰労パーティーのとき、誓ってくれたでしょう?あの誓いへのお礼です」

 

 この人は、レド様に決して仇なすことはしないと誓ってくれた。

 

 ノラディス子爵は私に対して罪悪感を持っているようだったし、あの宣誓にはおそらく償いの意味もあった。

 

 だけど、セグル卿にはそういった確執はない。商隊を襲った魔獣の一件まで面識すらなく、すでに公爵家から籍が外れている私を主家の人間と見做すのも難しいはずだ。それでも、この人は宣誓してくれた。

 

 もうイルノラド公爵家の人間ではない私では、セグル卿の忠義に報いることはできない。だから、せめてお礼をしておきたかった。

 

「ですから────どうか、お気になさらず」

 

 そう告げて笑みを向けると、セグル卿は眼を見開いた。そして、言葉を返そうとしてか口を開きかけ、私の背後に目を向け顔を青褪めさせた。

 

≪……ジグ、レナス───どうして殺気を放ってるの?≫

≪いえ、リゼラ様はお気になさる必要はございません≫

≪これは、ルガレド様より任された重大な任務ですので≫

 

 ………道理で、レド様がジグとレナスの両方を連れて行くのを譲らなかったわけだ。私が不用意に笑ったばかりに、セグル卿にはとんだとばっちりで申し訳ない…。

 

≪ええっと…、存在を気取られるようなことをして大丈夫なの?≫

≪不覚ながら、その男には最初に居合わせた時すでに我々の存在を気づかれていますので≫

 

 【認識妨害(ジャミング)】で姿をくらましているジグとレナスを、セグル卿は察知していた───ということ?

 

 その意味を突き詰めようとしたとき、困ったような表情をしたファルお兄様が戻って来た。その後ろには、何故か他の小隊長たちを引き連れている。

 

「あー…、その、リゼ。他の奴らも、リゼに“祝福”をして欲しいらしい。もし良かったらでいいんだが…、こいつらにも“祝福”をしてやってくれないか」

「え…、でも、私で良いのですか?」

 

 妻や婚約者、母親とか───身近な女性がやるものじゃないの?

 

「どうしても、リゼにしてもらいたいんだそうだ」

「是非とも!」

「どうかお願いします!」

 

 ファルお兄様と同年代の小隊長二人が口々に言い、他の三人も大きく肯く。その口振りや表情を見るに、本気で私にティシャ役をして欲しいようだ。

 

 この人たちは、皇王陛下の命とはいえスタンピード殲滅戦に参戦し、慰労パーティーではレド様に最敬礼で以て敬意を表してくれた。

 

 ファルお兄様ほどでなくても、無事を願う気持ちはある。

 

「解りました。私でよければ」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「今日は本当にありがとう───リゼ」

 

 すべての小隊に“門出の祝福”をし終え、私がお暇を告げると、ファルお兄様が再びお礼を言ってくれた。

 

「来てくれて────本当に嬉しかった。誰かが見送りに来てくれるなんて、初めてだったから…」

 

 ファルお兄様は、そう言って柔らかく微笑んだ。

 

 

 話に聴く限りでは、公爵夫人も公女も任務に赴くファルお兄様を見送ることなどしそうもない。それどころか、気にかけたことすらなさそうだ。

 

 お兄様もあの家にあって孤独だったのだと、改めて思い知る。今は気の置けない仲間たちに囲まれていることが、救いだ。

 

 

「いえ───ファルお兄様が皇都を発つ前にお会いできて良かったです」

 

 私の言葉に、ファルお兄様は嬉しそうに笑みを深める。

 

「ミュリアとも、うまくやっているようで安心した。────ミュリア、リゼのこと頼んだぞ」

「お任せください」

 

 ミュリアが表情を引き締め、力強く応える。

 

 セグル卿が、不意に口を挟んだ。

 

「リゼラ様───ファルロのことは、俺が護ります。どうぞご安心を」

「勿論、オレたちもです」

 

 騎士の一人がセグル卿に続いて宣言してくれ、他の騎士たちも追従する。彼らのその気持ちが嬉しくて、私は笑みを零した。

 

「どうか、ファルお兄様を───私の兄を…、頼みます」

 

 別れの言葉を口にしようとして────ファルお兄様たちだけでなく、他の小隊の騎士たちも私とミュリアを取り囲んでいることに気づき、ふと思いつく。

 

「もしも、貴方がただけでは手に負えないような───どうしようもない事態が起こった場合は、何処の支部でも構いませんので、私の名指しで冒険者ギルドに言付けてください。ルガレド殿下を優先する身ではありますが、出来る限り力になりますから」

 

 エルフの記憶を持つ魔物もしくは魔獣なら討伐のしようもあるだろうが、【魔導巨兵(マギアギガス)】では【聖剣】が必要になる。

 

 それに、今の“デノンの騎士”は孤立した状態だ。

 

 ビゲラブナが防衛大臣となる以前は、騎士団や辺境伯軍、領軍と連携して動いていたらしいが────現在は連携どころか、互いに援護することも望めない。

 

「それは────ファルロだけでなく…、俺たちでも?」

 

 レド様よりも幾つか年上と思しき大柄の小隊長───バウル男爵が、遠慮がちに訊ねる。

 

「ええ。もし、ここにいない小隊と関わる機会があったら、そちらにも伝えてください。武具が通用しない───黒い魔獣と遭遇したら、冒険者ギルドに行き“双剣のリゼラ”に連絡をとるように、と」

「解った。伝えておく」

 

 ファルお兄様が応え、バウル男爵を始めとした小隊長たちも頷く。

 

「それでは、ファルお兄様───私はレド様の許へ戻ります」

「ああ。殿下によろしくお伝えしてくれ」

「はい。────どうか、お気を付けて」

「ああ。お前も気を付けてな」

 

 ちょっと心配気味に言うファルお兄様に、口元が緩む。

 

「ミュリア、リゼラ様をしっかりお護りするんだぞ」

「解ってる。セグル兄こそ、しっかりね」

 

 控えていたセグル卿とミュリアが言葉を交わす。二人は、共に幼いうちから祖父である先代ノラディス子爵に師事していたため、兄妹のように育ったらしい。

 

「見送りに来たはずなのに、何だか私の方が出立するみたいですね」

「はは、確かにそうだな」

 

 最後にそう笑い合って────私は、ファルお兄様と大勢の“デノンの騎士”に見送られて、その場を後にした。

 

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