コントラクト・ガーディアン─Over the World─   作:tea4

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第一章―それぞれの門出―#4

 

≪ルガレド様、リゼラ様≫

≪ああ、気づいている≫

 

 突然入ったレナスからの【念話(テレパス)】に、レド様が答える。

 

 

 サヴァルさんと旅立つ前にしておかなければならない打ち合わせを全て終えて、注文していた品を受け取った後、私たちは次の目的地である冒険者ギルドへと向かっていた。

 

 サヴァル商会の商館から離れ、冒険者ギルドまで数メートルというところで、不意に妙な視線を感じ取った。

 

 レド様の正体を知った民衆の好意的なものとも、好奇のものとも違う────ただ、私たちを追いかけるだけの視線。

 

 上手く道行く人々の視線に紛れ込ませているが、感情を伴わないその視線は逸れることなく私たちに向けられていて、微かな違和感をもたらす。

 

≪感知できたのは、二人です。どちらも男で、俺のことは認識していないようです。おそらくはレナスのことも≫

 

 私たちから距離をとって相手を探っていたジグの報告が入る。

 

 いつものごとく、『レド様に害意がある者』を対象にして【認識妨害(ジャミング)】を発動させているのに、レド様を認識できているということは────こちらの動向を伺っているだけで、害意は持ち合わせていない、ということ?

 

 それとも、レド様を探るよう依頼を受けただけで、依頼主はともかく、見張りを実行している者には単なる任務でしかないため、【認識妨害(ジャミング)】の影響が及ばない────ということなのか。

 

 

 どちらにしろ、皇妃やベイラリオ侯爵に与する者が差し向けたわけではなさそうだ。

 

 皇妃一派の息がかかった門番が罷免されて、単独での出入りや毒物などの持ち込みは厳しくなったとはいえ、皇妃かジェスレム皇子の護衛や使用人を装えば皇城に潜り込むことはできる。ベイラリオ侯爵が正式に遣わしたのなら門番には咎めようがない。

 

 “闇兵”を始めとした暗殺者の度重なる襲撃で、皇族の“影”は数を減らしてはいるものの────ロウェルダ公爵家から派遣された“影”、ゼアルム殿下の伯父であるゲルリオル伯爵から遣わされた護衛、そして、精霊獣を従えたラムルとカデアによって厳戒態勢が敷かれているから────お二人の執務室を擁する皇宮や皇王陛下が住まう奥宮、ゼアルム殿下の皇子邸は勿論、皇王陛下やゼアルム殿下には近づくことは厳しいというだけだ。

 

 だけど────皇城内に潜り込んでしまえば、レーヴァ邸を見張ることはそれほど難しくないはずだった。

 

 前にも増して警戒しているけれど、お邸を窺うような怪しい人物を私たちは関知していない。

 

 いつ訪れるか判らない冒険者ギルドを張るよりも、庭木に紛れてレーヴァ邸を見張っている方が効率的なのに、それをしないということは────見張っている、あるいは見張らせている人物は、ベイラリオ侯爵の協力を得られない立場にいるか、もしくは自分の行動をベイラリオ侯爵に知られたくないか、だ。

 

 

≪ジグ───エデルを呼び出して、素性を探れ≫

≪御意≫

 

 後をジグに任せ、私たちは素知らぬ顔で冒険者ギルドの扉を潜った。

 

 

◇◇◇

 

 

「そうか───とうとう旅立つのか…」

 

 挨拶を交わして、出立前の最後の打ち合わせをしに来たことを告げると、ガレスさんは残念そうに呟いた。

 

「リゼとアレドだけでなく、『氷姫』やディドル、ユリアにアーシャ…、それにラギとヴィドもか」

 

 同席しているバドさんが、溜息を()く。

 

 ギルドからすれば、8人もの冒険者を引き抜かれたということになる。

 

「すまないが、彼らは俺たちにとっても必要な人材なんでな」

 

 レド様は申し訳なさそうに告げ、声のトーンを少しだけ上げて続ける。

 

「いずれ、ロウェルダ公爵の方から申し出があると思うが────現在、皇城に留まっている騎士団の上層部が一新されて、その就任が完了次第、演習を行う予定となっている。その一環として、魔物の集落潰しを行うことも考えているらしい。

新任の防衛大臣と騎士団長は、前任の失態を鑑みて冒険者ギルドとの連携を望んでいるとのことだから、協力体制を築けるはずだ」

「それは助かる」

 

 貴族たちが自領へ引き揚げれば、商人や劇団は次の稼ぎ場を求めて他所へ移る。

 

 護衛依頼が増えたら、それだけ皇都に滞在する冒険者の数も減ってしまう。例年より魔物が少ないとはいえ、やはり間引きは必要だ。

 

 

「それから、冒険者ギルドからの“大掃討”への協力要請に関してだが────“特務騎士”である俺が派遣されることになった。当然、リゼも俺に随従する」

 

 ビゲラブナが防衛大臣となる前は、“大掃討”には国と冒険者ギルドの共同で当たっていたのだそうだ。

 

 すでに、冒険者だけで今期の“大掃討”は始まっているが────大陸を分かつ山脈“神の(きざはし)”で繁殖した魔獣や魔物の下山は、これからがピークなので────防衛大臣と共に現状も変わることを期待して、ビゲラブナに一蹴された協力要請を、幹部であるシルネラさんの名で再度申し入れたらしい。

 

 新たな防衛大臣は“大掃討”の成功が国防に繋がると判断したらしく、要請に応じることを決めたものの、以前のように騎士団の一つか当地の領軍を派遣するのは現状では不可能なため、レド様へと話が回って来たのだ。

 

「アレドとリゼが参戦してくれるのは、すごく有難いんだが────“特務騎士”を派遣するのではなくて、Sランカーであるアレドとリゼへの指名依頼という形にできないか?」

「何故だ?」

「個々に撃破するだけなら支障はないだろうが…、大物が出現した場合、それだと協力者どまりになる。Sランカーとして参加していれば、アレドかリゼが指揮を執ることができるからな」

「そういうことか。────解った。交渉しておく」

 

 Sランカーへの指名依頼は、どんな依頼内容であれ高額報酬となる。皇妃一派の息がかかった者が絡めば、即座に却下される可能性が高い。

 

 いつものように直接おじ様に持ち込んで、防衛大臣に話を通してもらうのが最善かな。

 

 

「“集落跡”の管理運営の件はどうなっている?」

「承認を得るために、シルネラが本部へと持ち帰った。

承認され次第、大々的に宣伝して本格的に運営に乗り出すつもりだ。今は所有者からの依頼という形でつけている見張りも、管理運営の一環として切り替える」

 

「シルネラさんはドルマに戻られたのですね」

「ああ。リゼとアレドによろしく伝えてくれとのことだ。

それと、魔術陣に魔水晶(マナ・クォーツ)を用いる件────あれのことも任せてくれと言っていた。早々に本部の承認を取り付けて作製を始めるつもりみたいだぞ」

 

 シルネラさんがそう言ってくれるからには、“魔術協会”で魔術陣を組み上げる仕事をしていたというドナさんもいることだし────承認さえ得られれば、すぐにでも取り掛かってもらえるだろう。

 

 旨くいったとして、懸念点は魔術協会がどう出るか、だ。

 

 これまで独占していた魔術陣作製に冒険者ギルドが乗り出すのを黙って見ているとは思えない。

 

 まあ、冒険者ギルドは大陸でも最大規模を誇る組織だから、横槍を入れられたとしても潰されるようなことにはならないと思うけど。

 

「魔術陣が出来上がったら、声をかけてくれ。リゼや配下に持たせたい」

「解った。だが、その前に試作品が出来上がった段階で声をかけるかもしれん。シルネラは、リゼにも験してもらいたいと言っていたからな」

「私に?」

「作製する魔術陣の種類についても意見を聞きたいそうだ」

 

 レド様に視線で伺うと頷いてくださったので、私はガレスさんに視線を戻した。

 

「解りました。状況によってはお断りするかもしれませんが、時間をとれるようなら協力させていただきます。シルネラさんに、そうお伝えください」

「それは有難い。では、なるべく赴いた先でもギルドに寄るようにしてくれるか?」

 

 冒険者ギルドには、すべての支部が情報を共有できるように独自の連絡網が敷かれている。

 

 私が帰り着くより早く、情報が伝わっていたということが何度かあったから────早馬とかではなくて、何らかの魔導機構あるいは魔道具が利用されているのかもしれない。

 

 そうだ───“デノンの騎士”の件、今お願いしてしまおう。

 

「ガレスさん、依頼したいことがあるのですが」

「どんな内容だ?」

「ギルドに“デノンの騎士”と名乗る騎士───あるいはその使者が訪れ、私への伝言を依頼されたら、私に伝達されるよう手配をして欲しいんです」

「解った、すぐに手配する」

 

 ガレスさんとそんな遣り取りをしていると、不意にバドさんが口を挟んだ。

 

「ガレス、それなら魔道具を貸し出したらどうだ?」

 

「魔道具───ですか?」

「ああ。知らせを受け取ることができる魔道具があるんだ。光が点滅するだけの信号で、届く範囲もそこまで広くはないんだが────すべての支部にその信号を発信する魔道具が置かれているから、人里から遠く離れた山中や森の奥にでもいない限りは受け取れる」

 

「あ…、あれか。────ほら、リゼ、スタンピード殲滅戦で国から貸し出された魔道具、あれと似たようなもんだ」

 

 バドさんの説明で思い当たったらしいガレスさんが、解りやすく例えを挙げてくれる。

 

「そうだな…、バドの言う通り、あれをリゼに貸し出すか。その魔道具が光ったら、最寄りのギルドに出向いてくれればいい。

ただ───やはりギルドのある街や村に寄ったら、顔を出しておいてくれると助かる。その時点で連絡が届いていなくても、所在が判っていれば、どの支部から信号を送信すればいいか絞れるからな」

「解りました」

 

 そういった魔道具を貸してくれるなら、こちらとしても有難い。

 

 

◇◇◇

 

 

「それでは────ガレス、バド、後を頼む」

「任せてくれ。“大掃討”の方、頼んだぞ」

 

 ガレスさんの言葉に、レド様が頷いた。その様子を眺めつつ、私は話し忘れたことがないか思い返す。────うん、大丈夫そうだ。

 

「ガレスさん、バドさん───子供たちのこと、よろしくお願いします」

 

 アーシャ、ラギ、ヴィド以外の───今は出稼ぎで不在だけど冒険者をしている子供たちや、まだ冒険者登録ができないため下働きをさせてもらっている子供たちのことをお願いしておく。

 

 すると、ガレスさんの表情に寂し気な色が滲んだ。

 

「本当に、リゼは行っちまうんだな……」

 

 さっきと同じようなセリフだったが、ニュアンスが違った。

 

「あ───すまん。別に冒険者をやめるわけでもないし、依頼や出稼ぎで遠出するのと大して変わらないのに、何だか寂しくなっちまってな……」

 

「まあ、冒険者を続けると言っても、今のリゼはアレドの親衛騎士で伯爵だからな。それに成人して、婚約もしている。もう今までとは違う。寂しくなるのも当然だ」

「そうだな…。しかし、あんなに小っこかったリゼが、成人して婚約するなんてな…。時間が経つのは早い」

 

 ガレスさんとバドさんの会話を、娘を嫁に出す父親と慰める親戚みたいな遣り取りだな────なんて思いながらも、二人の言葉が何だか心に沁みた。

 

 ガレスさんの言う通り、皇都が拠点であることは変わりないし、冒険者をやめるわけでもない。皇都に戻れば、ギルドにも顔を出すだろう。

 

 だけど────バドさんの言う通り、もう…、目指すものも心境も違う。

 

 つい3ヵ月前までは、とにかく生家と縁を切ることを目標にして────もし、追われるようなことにでもなれば、孤児院はロウェルダ公爵家へと託して、ドルマ辺りに拠点を移すことを考えていた。

 

 成人後のことは、絶縁が成功してから決めよう────と。

 

 自分が成人して、進むべき道が定まったのだと改めて認識する。同時にこれまでのことが思い浮かび、自然と言葉が零れ出た。

 

「ガレスさんとバドさんには、本当にお世話になりました。今、こうしてレド様の傍らに立っていられるのは、お二人のおかげです」

 

 ガレスさんとバドさんだけじゃない。今やベテランとなった古株の解体師や結婚して辞職した当時の受付嬢、それにあの頃出入りしていた冒険者────皆、幼い私を邪険にすることなく、様々なことを教えてくれた。

 

 私が冒険者となった後も、いつだって快く手を貸してくれて────

 

「本当に…、感謝しています」

 

 そう口にして頭を下げると、ぽんぽんと頭を軽く叩かれる。顔を上げれば、ガレスさんが優しい眼差しで私を見下ろしている。

 

 私が何か成し遂げたときや、落ち込んでいるとき────ガレスさんは、いつも、その大きな掌でこうして軽く叩くように頭を撫でてくれた。

 

「感謝しているのはこっちだ。お前さんには随分助けられてる。本当にありがとうな」

 

「ガレスの言う通りだ。だから────何かあったら、遠慮せずに、いつでも頼って来い」

 

 同じく優しい眼差しをしたバドさんが、そう言ってくれる。

 

「ありがとうございます…、バドさん」

 

 バドさんが、レド様に視線を向ける。

 

「アレド───リゼを頼んだぞ」

「ああ、任せてくれ」

 

「泣かせたりしたら、このギルドを───いや、何百人もの冒険者を敵に回すと思え」

 

 大袈裟にレド様を脅すガレスさんに、本当に娘を嫁に出す父親みたいだ───と、口元が緩む。

 

 横で頷くバドさんを、見守ってくれる祖父のようだなんて思うのは、さすがにバドさん本人にもエイナさんにも怒られちゃうかな。

 

 そんなことを考えて、私は笑みを零した。

 

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