コントラクト・ガーディアン─Over the World─ 作:tea4
ジグとエデルがレーヴァ邸に帰って来たのは、夕食を終えて、レド様と二人、セアラ邸のサンルームで寛いでいるときだった。
ディンド卿とヴァルト、ミュリアと共に、レーヴァ邸の応接室で二人の報告を聴く。その場には、レナスだけでなく、ラムルとセレナさんも控えている。
「男二人は、ルガレド様が皇城の門を潜ったのを見届けた後、商店街から外れた位置にある小さな酒場へと入っていきました」
冒険者ギルドの前で待ち伏せしていたのは、私たちが城門に現れないために、何処から出入りしているか探っているのではないかと考え────冒険者ギルドを出た私たちは、【
以前の門番とは違い───王侯貴族専用の門を使わないことを多少訝しく思ったようではあったが、レド様の瞳の色と模造章を確認すると、すんなり通してくれた。
「その酒場がそいつらのアジトか?」
「いえ。腕時計の【
男二人に関しては、酒とつまみを注文する以外、店員とも他の客とも接触はなかったようです。
日が沈むと共に店を出て貴族街にある邸に向かったところを見ても────おそらく、万が一尾行されている場合に備えてか、日没まで時間を潰していたか、あるいはその両方かと思われます」
「そいつらが向かったという、その邸は誰のものか判明しているのか?」
「はい。エデルによると、ダラリス伯爵邸とのことです」
ダラリス伯爵────確か、ベイラリオ侯爵家の傘下の貴族だ。領地持ちだが、特に役職には就いていない。
「ダラリス伯爵は皇妃好みの容姿で、かなり気に入られていたはずだが。────ラムル、レーヴァ邸が監視されている様子はないんだよな?」
「はい。邸回りを警護している精霊獣からそういった報告は受けておりませんし────邸を襲撃されて以来、ネロ、カデア、セレナ、バレス、ラナが定期的に【索敵】をかけて警戒しておりますが、いずれも感知しておりません」
「そうか…。────ジグ、エデル、奴らとダラリス伯爵の会話は聴けたのか?」
「いえ。奴らに続いて庭へと入り込んだまでは良かったのですが────庭や外廊を警備兵が巡回していただけでなく、主だった個所には見張りが立っており、至る所に監視の目があることから、姿は捉えられなくても扉を開ければ勘付かれる恐れがあったため────潜入するには手間と時間がかかること、奴らの会話を聴くことができなければ意味がないことを考慮して、邸内への潜入は断念しました」
「……領地持ちとはいえ、役職のない一介の貴族にしては、やけに厳重だな」
「俺もそう感じました。エデルによれば────見張りを含め警備についていたのは、いずれも“闇兵”だと」
「本当か、エデル」
レド様が、ジグからエデルに視線を向ける。エデルはうっすらと笑みを刷いた表情を変えることなく、口を開いた。
「おそらくは。それだけでなく────ギルドを張っていた二人の男も、同じく“闇兵”かと」
「根拠は?」
「動きと仕種───でしょうか」
エデルは、どう説明するか考えたのか、そこで言葉を切ってから続ける。
「人は、誰かと共に長らく過ごしていると、仕種なり言動なり、何処かしら似てくるものです。同じ作業をしていれば、もっと顕著になります。同じ教育を受けるのも、然りです。
例えば、商家の使用人になって、掃除やベッドメイキングの仕方を習ったとして────同じ使用人に指導を受けた者は、まったく同じとはいかなくても、その先輩使用人のやり方を真似ているため動作は似たようなものになります。それが指導の仕方が確立されているような家柄なら、似ているどころか、誰が指導しても同じような動作になります」
「剣術の流派が同じであれば、間合いの取り方や剣の振り方が同じになるのと一緒か。つまりは、奴らも動きが似ていたんだな?」
「ええ。警戒して似たような行動をとるのは自然なことではありますが────あの邸を警護している兵たちは皆、目線の遣り方など細かい動作まで、先日対峙した“闇兵”と酷似していました。“闇兵”ではないとしても、同じ技法を徹底して仕込まれているものと思われます」
エデルは先日の一件で“闇兵”と間近で接しているとはいえ、その一度だけだ。
これがエデル以外の人の言葉ならば、疑ってしまうところではあるが、長年に渡って培われたその観察眼と洞察力は人並外れている。【技能】として昇華された程だ。
加えて、エデルは一度見たり聞いたりしたことは忘れないらしい。前世で言うところの“超記憶症候群”というものなのかもしれない。
「ダラリス伯爵は、“闇兵”を動かせる立場にいるか────“闇兵”を動かせる人物と懇意だということか。
しかし────何故、ギルドを見張らせたんだ?俺たちの動向を窺うのなら、皇妃を言い包めて皇城内に潜り込ませた方が早いだろうに」
「それは、ダラリス伯爵の目的が殿下ではなく、リゼさんだからでしょう。ダラリス伯爵が皇妃に気に入られているからこそ、頼ることが出来なかっただけではないかと」
エデルのその発言に、一瞬、室内に沈黙が降りる。
「え…、私?」
「何だと?」
戸惑う私の声と、レド様の凍てついた声が重なった。
「どういうことだ、エデル」
「以前、エルが言っていたでしょう────リゼさんが出演した公演の観客から未だに問い合わせがある、と。
あの冒険者ギルドを張っていた男たちは、観客の使いとして劇団を訪れています」
「間違いないのか?」
「姿や雰囲気は変えていましたが────間違いありません。それも、二人で一度だけ来たというわけではなく、それぞれ一人ずつ、毎回違う“主”の使いを称して、姿を変えて何度か訪れていました」
「……随分、リゼに執着していると見える。────そいつらが“闇兵”であるなら、一時的に雇われていただけということも考えられるが…、ダラリス伯爵が遣わしたという確証は?」
「ダラリス伯爵は、リゼさんがエルの代役を務めた公演を観劇していました。それも、公演後は楽屋にまで訪れています。
素性を公表しないことがリゼさんの出演する条件だったため、ウォイドさんや私を含めた俳優たちで、他のリゼさん目当ての観客共々押し止めて、リゼさんに会わせることはしなかったのですが────他の観客が身分をちらつかせて押し通そうとする中、ダラリス伯爵はあっさりと引き下がったものの、一番苛立っているように感じました」
「ということは…、ダラリス伯爵はその場では身分を明かさなかったのか?」
「貴族然としておりましたが、爵位を明かすことは勿論、名乗ることもしておりません。あの男がダラリス伯爵であると私が知ったのは、先日の夜会でのことです」
先日の夜会────新年度を祝う夜会か。エデルはあのとき、情報収集のために給仕役の侍従を装って会場に潜り込んでいた。
レド様が淡紫の瞳に冷ややかな怒りを湛え、地を這う冷気のような低い声音で呟く。
「なるほど────それは…、ダラリス伯爵の狙いがリゼである可能性が高そうだ」
レド様はそう仰ったが、正直、私にはダラリス伯爵の目的が私とは思えない。
前世でも、外国の俳優が悪役を演じて、その役柄のせいで迫害されたなんて話もあったし────同様に、私が演じた“ヒロイン”を気に入ったあまり、同一視してしまったとしても別におかしくはない。
でも、だからといって────素性を探らせるならともかく、明らかになった今、“闇兵”を使ってまで付け狙うかな。そんなことをしても、どうしようもない気がする。
だけど、他に納得のいく推論が思いつかなくて、私は黙っていた。
そんな私の考えはお見通しのようで、レド様は私を一瞥した後に小さく溜息を吐くと、再び口を開いた。
「とにかく、ダラリス伯爵を探ってみるべきだな。ラムル、エデル───ダラリス伯爵についての調査を任せる」
「「かしこまりました」」
「ジグとレナスは勿論、ミュリア、セレナ、ヴァルト、ディンド───そういうわけだ。これまで以上に、リゼの身辺に注意してくれ」
仲間たちは、それぞれ表情を引き締めて頷いた。
「とりあえず、この話はここまでだな。ジグ、エデル───ご苦労だった」
「勿体ないお言葉です」
ジグが代表して、応える。
「エデル、ご苦労様でした」
今回は無茶なことはしなかったようだと秘かに安堵しながら労うと、エデルは小さな笑みを浮かべた。先程までの貼り付けたようなものではなく、感情のまま微笑んでいる。
ふと、エデルの隣にいるジグが、何だか拗ねたような雰囲気を醸していることに気づいた。あれ───これはもしかして、自分も労って欲しいんだろうか。
ジグとレナスに関しては、レド様が本当の主だからと、
それに、同じ立場なのに自分は労ってもらえないというのは、あまり良い気分ではないよね。
「ジグも、ご苦労様」
私の言葉に、ジグの表情が緩んで目尻が下がる。対照的に、レド様とレナスの表情が強張って眉尻が上がった。
その動きがあまりにも揃っていて────その息の合いように、思わず笑みが零れてしまった。
◇◇◇
「解散する前に────皆に渡すものがある」
レド様の視線を受けて、【
レド様は積み上げられたB5サイズの木箱の一つを手に取って、ディンド卿に向き直る。
「ディンド───遅くなってしまったが、これは側近を引き受けてくれたお礼だ。末永く、よろしく頼む」
そう言って、レド様がディンド卿に木箱を差し出した。
木箱の中身は、筆記具だ。硝子ペンが1本と木製のペン軸、
淡く色付けされた優美な曲線を描く硝子ペン、随所に繊細な模様がつけられたペン軸とペン先、硝子のインク壷は蓋に至るまで蜘蛛の巣のように緻密な彫刻で彩られていて────どれも、皇子の側仕えに相応しい逸品となっている。
王侯貴族に事務作業を伴う側仕えがつく際、筆記具を贈呈するのが習わしなのだそうだ。
レド様は特注して自分の個章が入ったものを贈りたかったようだが、間に合いそうもなかったので────サヴァルさんに頼んで、手に入る限りでの最高の品を取り寄せてもらった。
「っ有難く賜ります」
ディンド卿がいつものごとく感極まったように述べ、木箱を受け取る。
レド様はまた一つ木箱を手に取ると、今度はラムルへと身体を向けた。
「これは、ラムルに。いつも本当に助かっている。これからも、よろしく頼む」
「有難く賜ります」
恭しく木箱を受け取ったラムルの口元は、嬉しそうに弧を描いている。
レド様は、次にディンド卿とラムルに渡した木箱よりも幾分か小さめのものを手に取って、ヴァルトへと歩み寄る。
「ヴァルト───これは、俺に仕える“騎士”である証だ。俺たちの背中を預ける。頼りにしているぞ」
中身は
「有難き幸せ。必ずや、そのご期待に応えることを誓います」
ヴァルトは力強い声音で誓い、頭を下げた。
ヴァルトには“騎士隊長”を任せることになっている。とはいえ、まだ正式な騎士はヴァルト一人で、後は見習い二人しかいない。任務の傍ら、レド様の騎士となってくれる人物を探すつもりだ。
レド様の方が一通り済んだのを見計らって、私は残った木箱の中から一つ手に取って、ミュリアに身体を向ける。
「ミュリア───これは、私から。私の側近となってくれて、本当にありがとう。ずっと傍にいて助けてくれると嬉しい」
中身は、グレードはやや落ちるものの、ディンド卿やラムルに贈られたものと同じく、硝子ペンとペン軸とペン先、それに硝子のインク壷だ。
「っありがとうございます。こちらこそ、精一杯務めさせていただきますので、どうかよろしくお願いします」
ミュリアは双眸を潤ませて、木箱を嬉しそうに受け取る。
木箱を胸に抱き締めて顔を綻ばせるミュリアに私も嬉しくなりながら、ローテーブルの上の木箱を一つ手に取る。
「エデル───これは、貴方に。私の執事となってくれて、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。でも、あまり無茶なことはしないでくださいね」
「こちらこそ、雇っていただけて感謝しております。貴女が案じてくれる限り、命を粗末にするようなことは決して致しませんので、どうかご安心ください」
「その言葉、信じていますからね」
念を押すと、エデルは眼を細めて笑みを零した。感情の籠ったその笑みに、エデルが本気で言っていると確信して、私は安堵する。
最後の木箱を手に取って、私は端に控えているセレナさんの許に向かう。
「これは、セレナさんに」
セレナさんは、現在、私───ファルリエム伯爵の侍女として雇い入れている。
何かあったときのために、私にも侍女もいた方がいいと、おじ様に言われてのことだ。……レド様には物凄く渋られ、アーシャには盛大に拗ねられて、ちょっと大変だったけれども。
これには、常時【フロスティ・メイデン】を胸元につけていても、主である私の貴族章を模した“顧章”だと見做してもらえるというメリットもある。
いっそ、これを私の“顧章”にしてしまおうということになり、ミュリアとエデルにも【フロスティ・メイデン】を模したピンブローチを身に着けてもらっている。
「私の侍女となってくれて、ありがとうございます。これからも助けてもらえると嬉しいです」
木箱の中身は、ミュリアとエデルに贈ったものとまったく同じものだ。
元伯爵令嬢であるセレナさんは、当然、エルディアナ文字の読み書きができる。ミュリアとエデルと共に、私の補佐───レド様曰くストッパー役を担ってもらうことになっている。
「ありがとうございます───リゼラさん。リゼラさんのお役に立てるよう、精一杯頑張ります」
憂いが消え、屈託のないセレナさんの笑顔は可愛かった。
私はセレナさんに笑みを返した後、小さな木箱を二つ取り寄せる。
「それから───ジグ、レナス。これは貴方たちに」
「え?」
「オレたちにも、ですか?」
二人は私から木箱を受け取って、同時に開く。レド様も、木箱の中を覗き込んだ。
そこには、【フロスティ・メイデン】を模したブローチが入っている。
「また私の配下として動いてもらうこともあるかもしれないから、念のために」
「「ありがとうございます、リゼラ様」」
思いの外喜んでくれたようで、ジグとレナスの声音は弾んでいた。たちまち、レド様が不機嫌になる。
「ええっと…、胸元につけてみてくれる?」
ジグとレナスはそれぞれブローチを手に取って、胸元に貼り付ける。途端にブローチが眩い光を発して、全身を包んだ。
光が収束すると、二人の服装が、詰襟の上衣にコートというオーソドックスな、深青色の騎士服に変わっていた。
詰襟の合わせ目には、【フロスティ・メイデン】を模した“雪の結晶”のブローチが留まっている。
下衣は上衣と供布で、ショートブーツと腰に巻いたベルトは漆黒だ。
騎士服なのに剣がないのは不自然なので、腰にはシンプルなショートソードを佩いている。勿論、メイクも変わっている。
「ブローチを外すと元の姿に戻るようになっているから」
ジグもレナスも【
セレナさんとミュリア、エデルのブローチには仕掛けがあるから、何となく二人のブローチにも何か施したかったというのもある。
未だに不機嫌そうなレド様に苦笑しつつ、私は新たに木箱を取り寄せる。
「レド様、どうぞこれを」
そう言って、長方形の木箱を差し出す。レド様は眼を見開いて、木箱を見つめる。
「残念ながら、ブローチではありませんけど────使っていただけると嬉しいです」
「ありがとう…、リゼ」
レド様は嬉しそうな笑みと共にお礼を零して、木箱を受け取って開ける。
中に収められているのは、ディンド卿たちのものとは意匠の違う模様が施された───木製のペン軸1本と
この大陸では硝子ペンが主流ではあるものの、衝撃で欠ける恐れがあるため、持ち歩くには取り換え可能な木製のペン軸と金属製のペン先を用いる。
カデアに確認したところ、レド様は硝子ペンだけしかお持ちではないとのことだったので────辺境に赴任するのなら移動中に必要になることもあるかもしれないと考え、こっそりサヴァルさんに注文しておいたのだ。
子供たちのレド様への贈り物がペンケースだったのは、おそらく偶然じゃない。
ビルの勤め先である工房は、サヴァル商会のお抱えだ。私が携帯用のペンを贈ることを想定に置いて、サヴァルさんが提案したのだろう。
「本当にありがとう、リゼ。大切に使わせてもらう」
良かった────レド様のご機嫌は、すっかり直ったようだ。