コントラクト・ガーディアン─Over the World─   作:tea4

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第一章―それぞれの門出―#6

 

 翌日────

 

「なるほど…、お話は解りました」

 

 例によって就業前の執務室にお邪魔して、おじ様にダラリス伯爵の件を相談していた。

 

 一通りレド様のお話を聴いたおじ様は、いつものように、柔らかな笑みを浮かべた。

 

「本当に────リゼは、幸運を引き寄せてくれる」

「え?」

 

「実はね…、“闇兵”については、その名称と先代ベイラリオ侯爵が組織ごと取り込んだ暗殺者集団としか判っていないんだよ。

大半の裏組織は、目の届きにくい地方都市やスラムなどに拠点を隠すことが多い。念入りに探れば、その在所が浮かび上がって来るものだけど────“闇兵”は、先代ベイラリオ侯爵が取り込んでからは、どんなに調べても、何処を拠点としているのか、街どころか地域すら特定できなくてね。囮で(おび)き寄せて、戦力を削っていくしかないと考えていたんだ」

 

 そこで、おじ様は笑みを深める。

 

「ダラリス伯爵に“闇兵”と繋がりがあるのであれば────実態を明らかにする取っ掛かりとなるかもしれない」

 

「では───ダラリス伯爵に関しては任せてもいいか?」

「はい、お任せください」

「今、ラムルとエデルに調べさせている。連携して調べ上げてくれると有難い」

 

「それは、こちらとしても有難いですね。“闇兵”襲撃の件といい、今回の件といい、殿下の配下は少数ながら本当に優秀ですから。特にリゼの執事を務める彼は────引き抜きたいくらいです」

「まあ、エデルの能力は飛び抜けているからな。ロウェルダ公爵がそう思うのも無理はない。だが、あいつはリゼ以外に従うことはあり得ないから諦めてくれ」

「そうします。力を貸してもらえるだけ有難いと思っておきましょう」

 

 ……あれ?何だか、主の私よりもレド様の方がエデルのことを理解しているような気がするのは、気のせい?

 

 

「エデルといえば────ゾアブラや…、ディルカリド伯爵たちはどうなった?」

「ゾアブラとヒグス=アス・オ・ドバクに関しては、罰を与えるほどの罪は犯していないこと、動機が動機であることを考慮して────罪には問わず、皇妃を引き摺り下ろす手伝いをさせるつもりです。

ディルカリド伯爵、ドルト、ペギル=ラス・オ・バヤギルに関しては、喉を潰した上で、ドラテニワの鉱山に送るつもりで手配しております」

 

 ディルカリド伯爵には、その膨大な魔力を封じるべく、古代魔術帝国の支給品である首輪型の魔導機構をつけてもらった。これはレド様か私しか外すことはできない。

 

 この魔導機構は、【魔力炉(マナ・リアクター)】を停止させた上、必要最低限を残して体内の魔力を吸い取ってしまうため、万が一魔術陣を手に入れても魔術を発動することは不可能になる。

 

 

「ガラマゼラ伯爵については、以前お伝えした通り、このまま偃月(えんげつ)騎士団団長の責務を全うさせるつもりです。

彼は配下の上級騎士を引き連れ、すでに任地であるエリアエイナに向けて皇都を発っております」

 

 イルノラド公爵の方も、疾うに配下の上級騎士と共に出立したと聞いている。

 

 イルノラド公女が負傷した教会の一件から、イルノラド公爵とガラマゼラ伯爵の仲に亀裂が入ったとのことで────別々に向かったようだ。

 

 まあ、同じエリアエイナ地方と言っても、虧月(きげつ)騎士団と偃月騎士団の駐屯地は離れているみたいだから、そのせいもあるのかもしれないけど。

 

「ビゲラブナにおいては、拷問を恐れて粗方の情報を吐いておりますが────規定の拷問刑を科してから毒刑に処す予定です」

 

 拷問による尋問の場合、情報を吐いても拷問をした上での返答でないと、信憑性はないとされるらしい。拷問を逃れることはできないということだ。

 

「そうか…。俺たちは予定通りに、二日後────ジェスレムの出立に隠れて皇都を出るが、何か支障はあるか?」

「いえ、今のところ、殿下の出立を遅らせるような要因はございません。予定通り、出立していただいて結構です。

“大掃討”につきましても、至急、冒険者ギルドに指名依頼を出しておきますので」

「頼む」

 

 

 

「それでは────ロウェルダ公爵、後を頼んだ」

「お任せを。ご武運をお祈りしております」

「ありがとう」

 

 レド様との挨拶を終えたおじ様が、こちらを振り向く。

 

「リゼ───ついに旅立ちだね」

「はい」

「リゼのことだから言うまでもないとは思うけど…、くれぐれも気を付けるんだよ」

「はい。ありがとうございます、おじ様。おじ様も、どうかお気をつけて」

 

 厳重に警戒しているとはいえ、危険がないとは限らない。

 

「ノクス、おじ様のことをお願いね」

 

 おじ様の護衛についてくれている漆黒の豹の姿をした精霊獣───ノクスに言葉をかける。

 

「はい、お任せください。姫も長がついているとはいえ、お気をつけて」

「ありがとう」

 

 私はノクスにお礼を言うと、おじ様に視線を戻した。

 

「それでは、おじ様────ロウェルダ公爵家の皆さんにも、よろしくお伝えください」

 

 昨日、出立前の挨拶をしにロウェルダ公爵邸を訪れたけれど────シェリアとおば様はロウェルダ公爵家門の貴族家が開いたお茶会に出席していて、不在だった。

 

 授業を抜け出してくれたシルムと家令のロドムさんには別れの挨拶ができたものの、おば様とシェリア、マイラさんとカエラさんには会えなかった。

 

 まあ、でも、お互い忙しくて挨拶はできないかもしれないと考えていたから、念のため、別れの言葉は告げてある。

 

「そういえば、昨日うちに挨拶に来てくれたんだったね。ミレアとシェリアが、リゼに会えなかったと残念がっていたよ」

「私も、会えなくて残念ではありましたが────シェリアがお茶会に出席していると聞いて…、ちょっと安心しました」

 

 おじ様か私が一緒でないと、邸から出ることすら難しかったのに────シェリアが、その恐怖を捩じ伏せ、皇太子妃として立つために踏み出したと知って、何だか誇らしくなった。ほんの少しだけ、寂しくもあったけれど。

 

「まだ身内の集まりにしか参加できていないけれどね。何でも───ノーチェの漆黒の毛色がリゼを彷彿とさせて、安心できるそうだよ」

 

「ああ…、確かに、あの立ち姿はリゼを思わせるところがあるな」

 

 それまで黙って聴いていたレド様が、思わずといったように口を挟んだ。

 

「そうですか?」

 

 ノクスもだけど、ノーチェの漆黒の毛並みは艶やかで、凛としたその立ち姿は目を惹く。本当に似通っているというのなら、嬉しい限りだ。

 

「だから…、リゼ───こちらは任せて、安心して行っておいで」

 

 おじ様が、優しい眼差しで告げる。

 

 このセリフ───ラドア先生にも言われたな。物凄い心配性だと思われているらしいことに苦笑しながらも、その気持ちが嬉しくて────おじ様にもう一度お礼を伝えるべく口を開いた。

 

 

◇◇◇

 

 

「旦那様───ジェスレム皇子が、ロータリーに到着したとのことです」

「そうか。皆は揃っているか?」

「はい。エントランスホールにて、待機しております」

「解った。────では、俺たちも行くとしよう、リゼ」

「はい、レド様」

 

 ジグとレナスを伴い、レド様と共にレーヴァ邸のエントランスホールに向かうと、そこには仲間たち全員が控えていた。ネロやヴァイス、ローリィだけでなく、エルとウォイドさん、ベルネオさんもいる。

 

 

 今日────私たちは皇都を()つ。

 

 ジェスレム皇子が大勢の騎士を引き連れ、何台もの大型の馬車と共に華々しく出立する陰で、ひっそりと皇都を出るつもりだ。

 

 きちんと城門から出て行く予定だったが、ダラリス伯爵の件もあって、レーヴァ邸から街道に転移することになった。馬型の精霊獣やブランとグレナは、そこで呼び寄せる。

 

「皆、準備はできているな?」

 

 レド様の問いに、共に行く仲間たちが肯く。

 

 まあ───たとえ忘れ物や不足があったとしても、【遠隔(リモート・)管理(コントロール)】で取り寄せることもできるし、【念話(テレパス)】で待機中の仲間に連絡して補給してもらうこともできるから、どうとでもなるのだけれど。

 

 それに、【転移門(ゲート)】を施した簡易拠点を造ってあるので、交代でセアラ邸もしくはレーヴァ邸で休息をとることを計画している。その際に準備し直すことも可能だ。

 

 

「さて…、出立する前に────ヴァルト、セレナ。皆に報告することがあるのではないか?」

 

 レド様がそう促すと、何処か困ったような表情のヴァルトと、喜びで彩られたセレナさんが進み出る。

 

 ヴァルトの左耳とセレナさんの右耳には、お揃いのシンプルな月銀(マーニ・シルバー)のイヤーカフが煌いていた。

 

「あー…、その、お嬢───いや、セレナと婚約しました」

 

「ようやくか。求婚せずに旅立つつもりなのかと心配したぞ。まあ、何はともあれ────おめでとう、ヴァルト、セレナ」

 

 ヴァルトは、将来が定まったことでセレナさんに求婚する決心がついたらしく、少し前からレド様やラムルに色々相談していたのだそうだ。

 

 ベルネオさんに対のイヤーカフを手配してもらったものの、まったく求婚する気配がなくて、ここのところ男性陣はやきもきしていた。

 

 今朝の鍛練のときにはイヤーカフは着けていなかったから、この直前に求婚したのだろう。

 

「リゼ」

「はい」

 

 レド様に頷き、私はヴァルトとセレナさんに歩み寄る。

 

「おめでとうございます───ヴァルト、セレナさん」

 

 私は二人にお祝いの言葉を贈って、対のイヤーカフに【最適化(オプティマイズ)】を施す。

 

 ヴァルトとセレナさんの足元に魔術式が展開して、光が迸った。イヤーカフが輝き、僅かに収縮して耳にぴたりと固定される。

 

「「?!」」

 

 驚くセレナさんとヴァルトをよそに、カデアの傍に佇んでいるノルンが光を帯び、アナウンスが響く。

 

 

永遠の約束(エターナル・リンク)>を認識───アクセスを開始します…

永遠の約束(エターナル・リンク)>の起動条件クリア───起動に成功しました

限定能力【念話(テレパス)】を付与します────完了

限定能力【把握(グラスプ)】を付与します────完了

 

 

 これで、レド様と私の配下として与えられた【念話(テレパス)】と【把握(グラスプ)】ではなく────セレナさんとヴァルト二人だけの繋がりを確立できた。

 

「……今のは?」

 

 ヴァルトが私に訊ねる。

 

 【最適化(オプティマイズ)】によって、婚約の証であるイヤーカフが魔導機構になったこと、二人だけの新たな【念話(テレパス)】と【把握(グラスプ)】がインストールされたことを説明する。

 

「ありがとうございます…、リゼラさん」

「…ありがとうございます、リゼラ様」

 

 顔を綻ばせてお礼を言うセレナさんに続いて、照れているのを隠すためか、ヴァルトはぶっきらぼうに感謝を口にする。

 

 幸せそうな友人のその姿に、私も自分のことのように嬉しくて胸が熱くなった。

 

「おめでとう───ヴァルト、お嬢」

「おめでとうございます───姉上、ヴァルト」

 

 真っ先に、二人の行く末を案じていたハルドが祝い、すぐにバレスもお祝いを述べる。

 

 それを皮切りに、残りの仲間たちから次々にお祝いの言葉が寄せられる。

 

「リゼ」

 

 皆に祝福されて、満ち足りたようなセレナさんと照れているのを隠せなくなったヴァルトを、何だか幸せな気分で眺めていると、エルが傍に寄って来た。

 

「シュークリーム、ありがとね。こんなに早く作ってもらえるなんて思ってなかったわ」

 

 一瞬、ベルネオさんが秘かにウォイドさんに渡すのを失敗したのかと疑う。

 

 それを察したらしいベルネオさんが、青い顔をして首を横に烈しく振っているのが、エルの背後に見えた。

 

「でも、できれば、もうちょっとたくさん食べたかったな」

 

 エルのその言葉で、ウォイドさんが早速食べさせただけだと判る。

 

 私はベルネオさんを一瞬疑ったことをちょっぴりすまなく思いながら、溜息混じりに返す。

 

「まったく、もう…。程々にしないと太るよ?」

 

 唇を尖らせたエルに小さな笑みを零して、私は話題を変えた。

 

「エルたちは、皇都を出たら地方を巡るの?」

「しばらくはそのつもり。都市部で演劇をして、村や町で“お芝居”をするという形になるわ」

 

 “お芝居”とは当地の伝承などを題材にした寸劇で、劇場で公開する“演劇”とは別物らしい。入場料で賄うのではなく、村や町から報酬をもらって行うみたいで、お祭りの一環であることも少なくないようだ。

 

「ま、何かあれば連絡するわ。【念話(テレパス)】は何処にいても届くのよね?」

「うん。あまり無理はしないでよ?」

「解ってる」

 

 エデルほどではないにしても、エルも無茶するタイプだ。まあ、やらかす前にウォイドさんが止めてくれるだろうとは思うけど。

 

 

「旦那様───ジェスレム皇子の一行が皇城から出て、城下街で行進を始めたようです」

 

 ジェスレム皇子を見張っている精霊獣から連絡が入ったらしく、ラムルが告げる。

 

 それなら、皇妃一派の目がジェスレム皇子に向いているうちに、私たちも出立しなければ────

 

「それじゃ、気を付けてね───リゼ」

「エルもね」

 

 刻限を覚って、エルと別れを交わす。

 

「ウォイド───エルを頼んだぞ」

「お任せください。坊ちゃまこそ、ルガレド様とリゼラ様を頼みましたよ」

「ああ。────ベルネオ、解っているな?手を出すことだけは絶対に許さんからな?」

「……心得ております」

 

 エルの後ろでは、ディンド卿とウォイドさん、ベルネオさんが別れを交わしている────というか、ディンド卿が鬼のような形相でベルネオさんに釘を刺していた。

 

 

 私たちは、誰からともなく、旅立つ者と残る者とに分かれて並ぶ。

 

「それでは、俺たちは発つ。ラムル、カデア、エデル、ラナ───後は任せる」

「は、お任せください」

 

 ラムルが応え、カデア、エデル、ラナ姉さんが頷く。

 

「エル、ウォイド、ベルネオ───情報収集、頼んだぞ」

「お任せを」

 

 エルが応え、ウォイドさんとベルネオさんが頷く。

 

 レド様が締めの言葉を言うべく口を開いた、そのとき────不意に、エントランスホールの隅に設置された【転移門(ゲート)】が光を迸らせた。

 

「リゼ!」

 

 現れたのは、シェリアだった。ノーチェとカエラさんもいる。

 

「え───シェリア?」

 

 シェリアは、顔にはきちんと化粧を施し、格好もワンピースではなくデイドレスで────いかにも、これからお茶会に出かけるといった風情だ。

 

「もしかして、見送りに来てくれたの?」

「そうよ」

「でも…、その格好───出かけるところだったんじゃないの?」

「ええ。これから、傘下の貴族家のお茶会なの」

「見送っている場合じゃないんじゃないの?」

「すぐに戻れば大丈夫よ。ノーチェを連れて来てくれたとき、一応お別れは言ったけれど────やっぱり、ちゃんと見送りたいと思って。間に合って良かったわ」

 

 シェリアはそう言って、鮮やかな笑みを零す。

 

「リゼに───輝ける導が、平らかな道が、栄光の勝利がありますように。そして…、剣と盾を持ち、道を踏み締め、ここに戻って来られますように」

 

 聞き覚えのあるシェリアのそのセリフに、私も笑みを零して返す。

 

「魔獣も魔物も全部討伐して、敵を皆返り討ちにして────ここに…、ちゃんとシェリアの許に帰って来るから」

「待っているわ」

 

 シェリアが後ろに下がって、ノーチェ、カエラさんと共に、ラムルたちの横に並ぶ。

 

「ノーチェ、シェリアのことお願いね」

「お任せください」

 

 私は改めて、レド様の傍らに立つ。

 

「それでは、俺たちは行く。────リゼ」

「はい、レド様」

 

 レド様に頷いて、私は【転移(テレポーテーション)】を発動させた。

 

 足元に展開した巨大な魔術式が光を放ち、迸る光が共に行く仲間と残る仲間とを分かつ。

 

 ────行ってきます

 

 眩い光の向こう側にいるはずの親友と仲間たち────この皇都に残る皆に向けて、私は胸の中で呟いた。

 

 

 

 






ここまで読んでくださって、ありがとございます。
ようやく旅立つところまで来ました…。

今年中にもう少し更新したいところですが、大掃除やら年末年始に訪れる親戚を迎える準備やらに追われているため、もしかしたら間に合わないかもしれません。
更新できなかったときのために、挨拶を記しておこうと思います。

ここまで本作品を読んでくださり、本当にありがとうございました。来年も引き続き読んでいただけたら幸いです。
それでは、皆様、良いお年を。
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