コントラクト・ガーディアン─Over the World─ 作:tea4
野営予定地に到着したのは、日が完全に沈んだ頃だった。
そこは、主街道から古代魔術帝国崩壊後に整備した支道に入って少し進むと現れる、土が剥き出しになっている個所で、支道が森に突入する手前にあった。
森に入れば薪やテントの支柱にする太い枝もしくは細い幹を調達することができるし、支道とは逆側となる後方に森から流れ出る小川があって水の確保もできるので、野営には好条件がそろった場所なのだ。
季節によっては、森に入ったついでに木の実や茸なども採取すれば、食事の足しにもなる。それに、見晴らしがいいので警戒しやすい。
シュヴァルツの背から降りたレド様が、すぐさま【索敵】を発動させて周囲を見回した。
「森の奥の方に魔物が点在しているみたいだが────脅威となりそうな魔獣も魔物の群れも見当たらない。大丈夫そうだな。
────予定通り、今日はここで野営する」
レド様の宣言を受けて、私たちは手分けして野営の準備をするべく動き出す。
当初の宿泊予定地だった街の近くで冒険者パーティーと、この支道に入る前に主街道で地方を巡っているらしい商人の馬車と遭遇したものの────同じ方向に向かう団体も、ここで野営する団体もなく、辺りは閑散としている。
支道は勿論、まだ視界から消えていない主街道にも人影はない。これなら、魔術や能力を大っぴらに使っても大丈夫そうだ。
まずは、【結界】を張っておこうかな。
「リゼラ様───【結界】を張るおつもりならば、俺にさせてください」
私の行動を察したジグがそう願い出たので、お任せすることにする。
今のところ、【固定魔法】を行使できるのは、ジグとカデア、セレナさん───そして、ラナ姉さんだけだ。
広範囲に展開できるという点ではジグだけど、魔素を編み上げる速度や魔法の精密さという点では、編み物や魔玄づくりの経験があるからか、ラナ姉さんが群を抜いている。
バレスとミュリア、エデルは訓練を始めたばかりだが、すでに【魔力操作】はマスターしていて、今は魔力を使って魔素を編む習練をしている最中だ。
エデルに関しては、今朝の鍛練で、もう【結界】として施行できるまでに至っていた。
ディンド卿、エル、ベルネオさんも魔素を編む段階までは来ているけれど、ドーム状どころか壁にするほどには編み上げることができず、まだまだ要訓練という感じだ。
【
前世で精霊と契約したことによって得た“感応力”が【
「どうですか?」
「速度も上がっているし、編み目もすごく綺麗にできてる」
私の言葉に、ジグが嬉しそうに表情を緩める。
「うむ。これなら、生半可な魔物では入り込むことはできないだろう」
ジグが張った【結界】を見上げて、ヴァイスも太鼓判を押す。
「まあ、まだまだリゼには及ばないがな」
「それは当然でしょう。リゼラ様に敵うべくがない。まあ、それでも、ルガレド様よりは綺麗に編めているのではないかと思いますけど」
憎まれ口でじゃれ合うレド様とジグに小さな笑みを零しつつ、私は口を挟んだ。
「とにかくご苦労様、ジグ。────レド様、一先ず休んでいてください。私は皆を手伝いに行ってきます」
「いや、俺が休むなら、リゼも休むべきだろう」
「私は休まなくても大丈夫ですよ。それと今日は到着したのが遅かったので、早く準備を終えるためにも手伝わないと」
「それなら、俺も手伝う」
「いえ、レド様に手伝っていただくわけには」
以前のレド様は危うい立場で、国を追われる可能性もあったから、野営の準備なども経験していただくことを考えていたが────もう、状況は変わった。
おじ様たちと共に皇妃一派を一掃して、いずれ“護国の将軍”となる道筋が見えた今、皇子であるレド様がそんなことを覚える必要はない。
「リゼラ様───本人がこう仰っているのですから、手伝ってもらえばいいのではないですか」
「そうですよ。ルガレド様はオレたちの中で一番丈夫で体力を持て余しているんですから、手伝ってもらいましょう」
「……ちょっと言い方は引っかかるが、まあ、レナスの言う通りだ。それに、こんなことが経験できるのは今だけだ。俺も、リゼと一緒に野営の準備をしたい」
確かに────将軍ともなれば、立場上、部下に混じって野営の準備などできないだろう。
ちらりと、仲間たちの様子を見遣る。
バレス、ハルド、セレナさん、アーシャ、ミュリアが、焚火台や薪の束、荷箱などを、トランクルームからそれぞれ運び出している。
ディンド卿は指示を出しながら、自分も運んでいるようだ。ノルンも手伝って、持てるものを抱えて行き来していた。
指示や連携するための遣り取りに軽口や笑みを交え、仲間たちはどことなく楽しそうに見える。
そこへ、ブランとグレナの世話をラギとヴィドに任せたらしいヴァルトが寄って行って、セレナさんが持ち上げようとしていた重そうな荷箱を、横から取り上げた。セレナさんが嬉しそうにヴァルトを見上げる。
ラギとヴィドは箱を踏み台にして、通常の馬よりも大柄なブランとグレナに四苦八苦しながら、せっせと汗を拭いてあげている。
手際が気に入らないのか、しょっちゅう不機嫌そうに身体を捩じらせたり溜息を浴びせるブランとグレナに、ラギとヴィドは唇を尖らせたり文句を言ったりしつつも、手は止めない。その様子は、やはりどこか楽しそう。
「……そうですね」
人目を気にせず、この和気藹々とした雰囲気を味わえるのは、今だけかもしれない。
それに、私としても、レド様と一緒に何かをするのは嬉しいし───楽しい。
「それでは、一緒に準備をお手伝いしましょうか」
「ああ」
レド様は破顔して頷いた。
この大陸でテントといえば、2本ないし4本の太い木の枝や細い幹を支柱として突き立て、それにロープを張って骨組みにし、上から鞣革や布を被せて裾を地面に固定するだけの簡易的なものだ。
勿論、支柱は地面に刺すだけでは倒れてしまうので、ロープで荷箱などに縛り付けて補強する。私の場合は荷箱を持ち運べなかったので、盛り土をして魔法で硬くして補強していた。
簡単な構造だとしても、大人数が収まる大きさとなると部材も大きくなるし、組み立てるのも大掛かりとなってしまう。
そこで、前世の“キャンピングカー”や家の外壁に片側だけ固定していた“
バレスとハルドが、馭者台の端に造り付けられた梯子から馬車の屋上へと上る。
レド様がキャビンに入って移動する場合は、姿をくらませたジグとレナスが警護をする予定なので、屋上は低い手摺で囲ってある。
馬車の両側面の手摺には、それぞれテントの幕となる丸めたオークの鞣革が括りつけてあった。勿論、鞣革は魔玄にして【
バレスとハルドは、まずキャビンの扉がある側の鞣革を括りつける魔玄のリボンを、手分けして解いた。
丸まっていた鞣革を広げると中に包み込まれていた、3本あるうちのテントの支柱2本を取り出して、馬車の下で待機しているディンド卿とヴァルトへと差し出した。
私が試行錯誤の末に創り上げた支柱は、
末端は地面に突き刺すために適度に尖っていて────先端はロープを結ぶ、あるいは通すために直径5cmほどの円環状に変形させている。それと、木箱に固定するためのフックが末端寄りにつけてあった。
ディンド卿に支柱を渡したバレスは、もう1本手に取って、誰にともなく差し出す。受け取ったのはレド様だ。
「あ…!よく見ずに渡してしまい、申し訳ありません。殿下のお手を煩わすつもりは」
「いや、いい。俺も手伝うつもりで、受け取ったんだ」
レド様は、慌てて申し開きをしようとしたバレスを遮る。
「だが───誰かしら受け取れる状況か、ちゃんと確認してから差し出した方がいいとは思うぞ」
確かに、ディンド卿もヴァルトも、受け取った支柱を設置していて新たな支柱を受け取れる状況ではない。
ミュリア、セレナさん、アーシャは少し離れた位置で焚火台や座席のセッティングをしているし────ノルンもそちらを手伝っているが、そもそも身長の倍以上ある支柱を受け取るには頼りない。
やんわり注意したレド様に、バレスは沈んだ声音で応える。
「申し訳ございません…、以後、気を付けるようにします」
「まあ、そう重く受け止めるな。大した失敗じゃない。次から気を付けてくれるなら大丈夫だ。引き続き、頼むぞ」
「はい…」
そう返すバレスの声は、弱々しい。
ラムルに聴いてはいたけど────バレスも、以前のセレナさんと同じく、小さな過失を致命的な失態のように感じてしまうみたいだ。
物覚えが良いために失態らしい失態をすることがなかったせいなのか、それとも───父や兄がセレナさんの小さな過失をあげつらう様を見て育ったせいなのか。
そんなことを考えていると、ディンド卿に呼ばれた。
「リゼラ様」
振り向くと、ディンド卿が近くに立っていた。受け取った支柱は設置し終えたらしい。
「想定通り、ルガレド様にはキャビンで就寝していただき、リゼラ様を含めた女性陣はトランクルームで就寝なさるとして────馬車の両側面にテントを展開し、キャビンの扉がある方のテントに俺を始めとした男性陣、反対側にブランとグレナや精霊獣たちを休ませようと考えているのですが、いかがでしょうか?」
キャビンの扉側は森に、反対側は主街道に面している。
それなら、魔物が森から出て来たらディンド卿やヴァルトがすぐに対応できるし、ブランとグレナや精霊獣たちに主街道側を警戒してもらえる。
まあ、まだレド様や私を狙う追っ手が来るとは思えないから、主街道側を警戒するのは念のためだ。
「リゼラ様、オレとジグは屋上で警戒がてら就寝します」
レナスの申し出を受けて、私は空を見上げる。空には二つの月が皓々と輝いているだけで、雲一つない。これなら、雨に降られることはなさそうだ。
「解った。お願い」
「はい。お任せください」
「それでは、我は、“トランクルーム”だったか?───そこの扉の前で、姫を護りながら眠るとしよう」
「ありがとう、ヴァイス」
私は、ディンド卿に視線を戻す。
「ディンド卿のご提案の通りで良いかと思います」
「ありがとうございます。では、そのように進めます。────ところで、ルガレド様も作業に参加されているようですが…、よろしいのですか?」
ディンド卿の視線に釣られて目を向けると、レド様はジグに教えてもらいながら支柱の設置を始めていた。
二人は相変わらず憎まれ口を交えて遣り取りしているらしく、何だか楽しそうに見える。
「レド様たってのご希望です。このような体験ができるのは今だけですから」
「確かに…、将軍となられたら、こんな機会は訪れないでしょうね。
────リゼラ様、ルガレド様のご指導をお願いしてもよろしいですか?」
「ええ、お任せください」
支柱を地面に突き刺しつつ、傍に置いてある蓋を開けた荷箱の縁にフックを引っかける。支柱に合わせて創り上げた荷箱の縁に、フックは隙間なく嵌った。
フックは薄い板状なので、引っかけたままでも荷箱の蓋を閉めることができる。加えて、荷物を取り出しても、荷箱自体にそれなりの重量があるため、支柱が倒れることはない。
荷箱は、幕を被せる際に邪魔にならないよう、それとテントの中で荷物の出し入れができるよう、内側に据えている。
「これで、支柱は全部か?」
「はい」
レド様に訊かれて、私は頷いた。
一つの側面で、支柱は3本だ。臨機応変にテントの大きさを変えられるよう、テントの幕は真ん中で2枚に分かれている。今日はどちらも張る。
横一列に並べて立てられたうち、左端の1本の円環部分に、ディンド卿が荷箱に上ってロープの端を結び付けた。ロープの逆側の端を受け取ったヴァルトが、真ん中の支柱の荷箱に上って円環部分に通してから、3本目の支柱の円環部分に結んだ。
ロープがピンと張られていることを確かめると、ディンド卿がバレスとハルドを振り仰ぐ。
「バレス、ハルド───幕を下ろしてくれ」
ディンド卿の指示に、バレスとハルドがそれぞれ一枚ずつ、幕の裾を慎重に下ろす。バレスは、先程のことを反省してか、下を覗き込んで受け取るディンド卿とヴァルトを見てから、幕を下ろした。
幕は、一辺を巾着袋の開口部のように筒状にして手摺を潜らせて、すでに固定されている。
後は、ロープの張られた支柱に幕を被せて、端につけられた魔玄のリボンを支柱に結んで固定して、同じく
勿論、魔玄製の幕には杭を徹すことはできないので、予め穴を開けてある。
これだと両脇が開いたままだが────この世界では、魔物や盗賊の襲撃に備え、テントを完全に閉じることはしない。
商人は馬車の中で休むことがほとんどだし、冒険者は野営の最中には防具を外す程度で着替えることはないので、閉じる必要はないのだ。
ディンド卿とヴァルトが、それぞれランタンを灯して荷箱の上に置く。
今日は、他人の目を気にする必要がないから、ランタンは古代魔術帝国仕様のものを使う。
魔道具仕様のランタンは燃料に油を使用するので、節約のためにも人目があるときにしか使いたくない。
「さて、と───こちら側のテントは無事に張り終えましたね」
私の言葉に、レド様が首を傾げる。
「絨毯などは敷かないのか?」
騎士団や軍を率いての遠征では、天幕の中に絨毯を敷くのかな。
「ルガレド様がキャビンに入られたら、敷くつもりです」
私に代わって、ディンド卿が答える。敷くのは絨毯ではなく、魔玄のシートだけど。
「とにかく、反対側もテントを張ってしまいましょう」
「そちらは俺たちでやります。リゼラ様とルガレド様は、ルガレド様の寝床の方をお願いできますか?」
「解りました」
ディンド卿に頷いて、私はレド様に振り向いた。
「それでは、レド様───私たちはキャビンのセッティングをしましょう」
「ああ」
私はステップを上って、キャビンの扉前の踊り場に立つ。
ついでなので、ランタンを取り寄せて灯し、扉の左横の上方に造り付けられたフックに吊るす。
そして、扉を開けて、内側の左上辺りに取り付けた魔道具を装った魔導機構である小さな円盤に手を当てる。すると、指先から私の魔力が流れ込み、天井の楕円形に大きく刳り貫かれた部分が柔らかな光を発した。
「…リゼ?」
キャビン内が明るくなって目が覚めたらしく、ソファで円くなっていたネロが顔だけ上げて、寝惚け眼をこちらに向ける。
「おはよう、ネロ。あのね、レド様の寝床を調えたいの。だから、別の場所に移ってもらえるかな」
「ん、わかった…」
「ネロは、今晩どこで眠る?」
「リゼといっしょでいい…」
まだ眠り足りないのか、ネロは欠伸をしながら起き上がって、よろよろと歩き出した。出入り口に向かうと、中に入らず扉前の踊り場でレナスとジグと共に覗き込んでいるヴァイスの背中に飛び乗る。
「……何故、我の背に乗る?」
「おじいちゃん、のせて…」
「ヴァイスと呼べと言っただろうが!」
ヴァイスはぷんすか怒りながらも、ネロを振り落とすようなことはしない。
ネロはヴァイスの背中に四肢を広げてしがみつき、もふもふの白毛に顔を
私は、その可愛らしい光景に口元を緩めつつ、車内に視線を戻した。
────さて、早いところセッティングしてしまおう。
ソファの座面は大きくとってあるから、細身の人物ならそのままでも横たわることはできる。だけど、レド様に就寝していただくには、それでは忍びない。
“自動車”の“後部座席”のように、全体をスライドさせて背面を倒すような仕掛けにしようかとも考えたが────それよりも、座面の高さを合わせたベンチソファを合間に嵌め込んで、それぞれ壁付けしてあるソファを一体化させることにした。
これなら、実際には【
扉の前に靴を脱ぐスペースを残すために、少し短めに創ってあるソファを取り寄せて通路を埋める。
後は、ダブルサイズの“布団”一式を敷けば終わりだ。
「なるほど…、そうやって一つのベッドにするのか」
レド様は感心したように呟いて、暫し考え込む。
「………二人寝ても十分な広さだな」
「確かに、二人並べないことはないとは思いますが…」
前世や平民の感覚では、二人で眠るのに十分な広さだとは思うけど────セアラ邸の自室のベッドや、レーヴァ邸の夫婦の寝室のベッドに比べたら狭い。
「リゼ───俺たちは婚約している仲だ。皇王陛下から直々に婚姻の許可ももらっている」
レド様が表情を改め重々しく口を開き、そんなことを言い出す。どうしたんだろう、突然。
「もう共寝をしてもいいのではないか?」
「え?」
…………ともね?────って共寝っ?!
「俺とリゼが結婚するのは確定している。だから────もう我慢しなくてもいいと思うんだ」
レド様の表情と口調は真剣だ。パニックに駆られて言葉が出てこない私に代わって、ジグが突っぱねる。
「いいわけないでしょう。何、大真面目な顔をしてトチ狂ったこと宣っているんですか」
「そうですよ。リゼラ様にご負担を強いるおつもりですか」
レナスも眼を据わらせて、追及する。
「いや、勘違いするな。ただ添い寝をするだけだ」
「絶対、それだけでは済まないでしょうが」
「ルガレド様には前科があるのをお忘れですか」
「意思を強く持てば大丈夫だ」
「いえ、絶対に無理です。断言できます。諦めてください」
「カデアとラムルがいないからって、押し切ろうとしても駄目ですからね」
未だパニックから脱していない私に、レナスとジグは打って変わって優しい声音で告げる。
「リゼラ様───カデアとラムルに代わって、オレたちがルガレド様の暴走を押さえ込みます」
「我々が必ずやお護り致しますから、どうかご安心ください」
「頼りにしています…、二人とも」
レド様の表情が悲し気に歪む。
「……リゼ」
いや、だって────共寝はまだ早過ぎます…。