コントラクト・ガーディアン─Over the World─   作:tea4

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第二章―あわいの記憶―#4

 

 レド様がキャビンの中へ入るのを見届け、ネロを乗せたままのヴァイスと共にトランクルームに向かうと────すでにセレナさんたちが、全員分の布団を敷いてくれていた。

 

 布団はお邸のベッドと同じく、短い睡眠でコンディションが整う古代魔術帝国仕様だ。

 

「それでは、我が姫───我はここで休むとしよう」

「解った。何かあったら起こしてね」

「了解した」

 

 ヴァイスがトランクルーム前のベンチの下に寝そべる。その背に乗るネロは、瞼を開けはしたが、また閉じてしまった。

 

「あれ、ネロは私と一緒に寝るんじゃなかったの?」

「ん~、今日はこのままねる…」

「ふふ、解った。ヴァイス、ネロのことお願いしてもいい?」

「……仕方あるまい」

「ありがとう。────それじゃ、おやすみなさい、二人とも」

「おやすみ、我が姫」

「おやすみ~」

 

 私がトランクルーム内に踏み込むと、すかさずミュリアが扉を閉める。

 

「ここの準備、全部させてしまってごめんなさい」

 

 私がそう謝ると、皆は首を横に振ってくれた。

 

「気にしないでください。これは私たち使用人の仕事ですから。それに────殿下との逢瀬は大事です」

「そうですよ!リゼラ様が殿下との逢瀬を優先されるのは当然です!」

「ぅ、その…、ありがとう」

 

 “逢瀬”という言葉にちょっと恥ずかしくなりつつも、気遣ってくれたことにお礼を言う。

 

「と、とにかく眠りましょう」

 

 

 布団はセミダブルサイズが二組、シングルサイズが一組だ。シングルがセミダブルに挟まれる形で敷かれている。

 

 シングルは私が使わせてもらい、その左隣のセミダブルにミュリアとノルン、右隣のセミダブルにアーシャとセレナさんが眠る。

 

 私は【除去(クリアランス)】で身綺麗にしてから【換装(エクスチェンジ)】を発動させて、いつもの部屋着を兼ねた寝間着に着替える。

 

 足先となる扉前でショートブーツを脱いで布団に上がり、扉に爪先を向けてブーツを並べた。それから、念のため、短剣2本を取り寄せ枕元に置く。

 

 すでに寝間着姿のセレナさんたちも、私に倣って靴を脱いで布団に上がる。

 

 

 アーシャは私と完全にお揃いの上下にニーハイソックス────ミュリアは、シンプルなシャツに、ショートパンツとタイツを合わせている。

 靴は、どちらも私と同じ足を入れるだけで履けるショートブーツだ。

 

 セレナさんとノルンはお揃いとなっていて、シュミーズではなくシンプルな丈の短いワンピースに、足首まであるリブ編みのレギンス。

 靴は、前世では“ぺたんこ靴”と呼ばれていた、柔らかい革でできたのヒールのないパンプスだ。

 

 セレナさんはワンピースと供布のヘアバンドもつけている。

 

 勿論、人目に触れても大丈夫なよう、全員が柔らかい素材で作ったインナーウェアをつけ、シャツもワンピースも透けない素材で作ってある。

 

 

 ミュリアは片手剣を傍らに、アーシャは双短剣を枕元に、セレナさんは取り寄せた【フロスティ・メイデン】を杖に変えて傍らに置いた。

 

 掛布団を捲って寝転ぶと、右側にノルン、左側にアーシャが同じく寝転ぶ。ノルンの右側にミュリア、アーシャの左側にセレナさんが寝転んだ。

 

「えへへ…」

 

 アーシャが私の方を見て、嬉しそうな笑みを零した。

 

「どうしたの、アーシャ」

「だって、リゼ姉さんの隣で眠るの、久しぶりだから…」

「そういえば、そうだね」

 

 約4年前に囚われていたアーシャを助け出して孤児院に連れて来る道中、野営でも宿屋でも一緒に包まって眠ったっけ。

 

 あの頃に比べたら、アーシャは本当に大きくなった。

 

「リゼラさんとアーシャちゃんは、一緒に眠っていたんですか?」

「アーシャを皇都に連れ帰る道中だけですが。孤児院では寝るスペースが足りなかったので、私はめったに泊まることはできなかったんです。偶に、ちびっ子たちの添い寝するくらいで」

 

 それも寝付くまで添い寝して、ラドア先生と入れ替わって、その後はイルノラド公爵邸で眠っていた。

 

 ちびっ子たちの目が覚める前に戻って来るようにしていたため、ちびっ子たちは私が泊まっているものとばかり思っていたけれど。

 

「私は現在の孤児院しか存じ上げないのですが、リゼラ様がお泊りになることができないような状態だったのですか?」

「リゼ姉さんが改修してくれるまで、床や壁が崩れてたりして使えない部屋の方が多かったんです。人数分のベッドを入れられないから、マットレスを入るだけ並べて、みんなで眠っていました」

「そうだったんですか」

 

「だから、冒険者になった兄さん姉さんは頑張ってランクを上げて、なるべく護衛とか遠出するような依頼を受けるようにしてくれていました。自立した兄さんや姉さんが皇都に帰って来たときなんかは、ダイニングテーブルの上や下に野営用の毛革を敷いて眠ることもあったんですよ」

 

 アーシャは、何だか楽しそうに続ける。

 

 自立した兄姉の大半は、連絡が途絶えている。それでも偶に顔を出してくれる兄姉もいて────泊まるとなると大変ではあったものの、子供たちにとっては楽しいイベントだったようだ。

 

 冒険者となってパーティーを組んでいる兄姉が泊まったときには、本当に大変だったらしい。

 

 大柄な兄さんたちではテーブルの下だと窮屈なので上で寝たそうなのだが、下に寝た姉さんたちは、テーブルが軋むたびに崩壊するのではないかという恐怖で眠れなかったと後に語っていた。

 

「ダイニングテーブルに、ですか?」

 

 セレナさんが驚きのあまり、眼を瞬かせる。

 

「今の綺麗な孤児院からは、想像がつかないですね…」

 

 不意にノルンが口を挟む。

 

「それなら、(マスター)リゼラが【最適化(オプティマイズ)】する前の孤児院の映像を観てみますか?」

「「「「え?」」」」

(マスター)リゼラの記憶を【投影(プロジェクション)】で出力すれば、観られますよ」

「ああ、確かにそれなら観られるね」

「投影しますか?」

 

 ミュリアとセレナさん、アーシャが視線を交わす。セレナさんが、代表して口を開いた。

 

「ノルンさん────それは、誰の記憶でも…、どんな記憶でも観られるのですか?」

「はい。【投影魔術式(プロジェクター)】は全員にダウンロードされているので、(マスター)配下(アンダラー)の関わりなく投影が可能です。それと、魂魄に蓄積されていて引き出すことが可能な記憶ならば、どのような記憶でも【抽出(ピックアップ)】で切り出せます」

 

 ミュリアとセレナさん、アーシャが再び視線を交わす。

 

 無言なのに、三人は確実に意思疎通をしている。何だろう、妙な疎外感を感じる…。

 

「ええっと…、改修前の孤児院を投影しないの?」

「いえ───改修前の孤児院にも興味はありますが…、せっかくならリゼラ様のお姿を鑑賞したいです」

「はい?」

 

 ………私の姿を鑑賞したい?

 

「どのお姿にしましょうか」

「そうですね…、私はやはり、集落潰しでリゼラ様がセレナさんを颯爽と救ったお姿が観てみたいです」

「あのときのリゼ姉さんは本当に格好よかったですよ!」

「ええ、本当に…!まるで物語の騎士様のようでした…!」

「では、そのお姿でいいですか?」

「そうしましょう…!」

「わたしも賛成です!」

 

 もめることなく、三人の意見はまとまる。セレナさんがノルンの方へ視線を向けた。

 

「ノルンさん、お願いできますか?」

「それなら、配下(アンダラー)セレナより配下(アンダラー)アーシャの記憶を投影することをお勧めします」

「確かに、私の視点よりアーシャちゃんの視点の方がいいですよね…!」

「それじゃ、わたしの記憶を見ましょう!」

 

 そこでようやく、私は我に返った。

 

「ちょ───ちょっと待って!何も、そんなものを観なくても」

「【抽出(ピックアップ)】、完了しました。それでは【投影(プロジェクション)】を開始します」

「ちょっ、ノルン…!」

 

 

◇◇◇

 

 

 早朝────

 

 いつもの時間に目が覚め、仲間たちを起こさないようトランクルームを抜け出した私は、馬車から少しだけ離れて二刀の小太刀を取り寄せる。鍛練をするためだ。

 

 空は白み始めたばかりで、二つの月はまだ完全には沈んではおらず、月明かりに少しだけ陽光が混ざっている。

 

 

 昨夜───というか、つい数時間前、結局押し切られて、自分の映像を延々と見せられてしまった。

 

 ミュリアは勿論、セレナさんとアーシャ、おまけにノルンまで────皆して、歓声を上げて私を褒めそやすので、もう、本当にいたたまれなかった。何、あの拷問…。

 

 私としては、セレナさんの婚約の話をじっくり聴きたかったんだけどな…。

 

 

 とにかく、皆が起き出して朝食の準備を始める前に鍛練をしてしまおう。

 

 ついて来たヴァイスを見遣ると、その背中にはネロが貼り付いて、相変わらず寝息を立てている。

 

 これじゃ鍛練に付き合ってもらうのは無理かな、と思ったとき────

 

「「おはようございます、リゼラ様」」

 

 ジグとレナスが現れた。

 

「おはよう───ジグ、レナス。ちょうど良かった。鍛練に付き合ってくれる?」

 

 

 

 レナスが横薙ぎに放った“木刀”を、私は両手に握る小太刀を模した二つの“木刀”で受けた。

 

 受け流すべく手首を捻る前に、レナスが力を籠めて木刀を押し出す。反り返った手を捻ることができず、私は力を籠めて何とか押し返すしかない。

 

 レナスは押し返された拍子に一歩下がって、同時に離れた木刀を素早く返した。今度は下段から打ち込んでくる。

 

 私はレナスから距離をとることを決め、打ち込まれた衝撃を利用して後方へと跳んだ。

 

 着地したとき、馬車に張ったテントから出て来る人影を眼の端に捉え、私は両手の木刀を下げた。レナスも構えを解く。

 

「今回はここまでにしよう。鍛練に付き合ってくれてありがとう、二人とも」

 

 前半は対暗殺者を意識した二対一の手合わせ、後半は身体強化せず純粋に刀術のみでレナスに稽古をつけてもらった。

 

「それにしても────もう、刀術ではレナスには敵わないな…」

 

 私は溜息混じりに呟く。

 

 

 前世の記憶が甦った当初は、記憶の中の感覚と現在の身体能力のズレから隙が見られたが────今のレナスには、それがない。

 

 身体強化して魔術や能力を併用するならば、私に分があるけれど────純粋な技量のみの勝負となると、レナスの方が上を行く。小太刀二刀でなら、どうにか渡り合える程度だ。

 

「この身体で刀術を行使するのも、大分慣れましたからね。それに────オレは、これでも“近隣では並ぶ者はいない”とまで言われていたんです。リゼラ様であろうと、そう簡単に負けるわけにはまいりません」

「そうなの?」

 

 レナスの言う“近隣”がどの程度なのかは判らないが、刀術の技量に定評があったのは確かなのだろう。

 

 そうでなければ、前世で御神刀を護るお役目を任されたりはしないはずだ。

 

 その前世の業が要因となっているのか、それとも【祓の舞】の“奏で手”を担ってくれたからなのか────現在、レナスには【神子守】という肩書が加わっている。

 

 

 実は、この肩書を持つのはセレナさんとレナスだけでなく、もう一人いる。

 

 それは────エデルだ。

 

 【神子守】については、何も明らかになっていない。

 

 字面から、神職を補佐する“守人”と同様の存在だろうとは何となく想像できるものの────レナスはともかく、セレナさんとエデルにどうしてこの役職が宛がわれたのか、その条件が判らない。

 

 エルは【聖女】、ウォイドさんは【聖使徒】、ベルネオさんは【聖騎士】だったことを鑑みて、もしかして私に近しい間柄だからかとも考えたが────私に近しいはずのラナ姉さんが【聖女】、ミュリアが【聖使徒】なので、他に要因がありそうだ。

 

 

「リゼ」

「おはようございます、レド様」

 

 思考を止めて、私はレド様に笑みを向けた。

 

「おはよう。────鍛練をしていたのか?」

「はい。昨日は移動だけでそれほど疲れていませんでしたので、いつも通りに起きられたんです。だから、皆が起きてくるまで、ちょっと鍛練をと思いまして」

「それなら、俺も誘ってくれれば良かったのに」

 

「何言ってるんですか。ラムルとカデアがいないのに、ルガレド様がそんなに早く起きられるわけがないでしょう」

「そうですよ。リゼラ様のお手を煩わすおつもりですか」

「……ラムルとカデアがいなくとも、早起きくらいできる。二人が戻って来る前は、ちゃんと一人で起きていただろう」

「まあ、確かに一人で起床できてはいましたね、起床だけは」

「目が覚められてからベッドを出て行かれるまで、かなり時間がかかっていましたよね」

 

 ジグとレナスに指摘され、レド様は拗ねたような表情になる。

 

 不意にヴァイスが口を挟んだ。

 

「それは仕方がないのではないか?魂魄に見合っていない身体では負担が大きい。神竜の御子の身体が、回復のために少しでも長い睡眠を欲していたのであろう」

 

 その言葉に、私たちは眼を(みは)る。

 

「だが───それでは何故、今のルガレド様は魂魄に見合った身体となったはずなのに、相変わらず寝起きが悪いんだ?」

「確かに以前よりは魂魄に見合う身体となってはいるが────さらに魂魄の位階が昇格してしまったために、今はそれに見合う身体に創り変えられている最中だ。変化に伴う負担が大きいのだろう」

 

 だから、古代魔術帝国仕様のベッドを使っていたにも関わらずレド様の寝起きが悪かったのか、と腑に落ちる。

 

「では───ルガレド様は、変化を終える2年後まではこのままだ、と」

 

「だそうですよ、ルガレド様」

「………それまで、俺の寝起きの悪さは治らない、と?」

 

 レド様はそう呟いて、がっくりと肩を落とした。

 

 

◇◇◇

 

 

「あの…、ルガレド様?どうされましたか?」

 

 悲愴感を漂わせるレド様に、ディンド卿が躊躇いがちに訊ねる。

 

「………別に何でもない」

「いえ、何でもないという感じでは…」

 

「放っておいても大丈夫ですよ、ディンド様」

「ルガレド様は、ままならない現実に打ちひしがれているだけですから」

「………生まれて初めて挫折を経験した子供みたいな扱いをするな」

 

 何だか、昨日も同じ会話をしたような────そんな既視感を感じつつ、レド様の隣で朝食のベーコンエッグとレタスを挟んだベイクドサンドウィッチに齧りつく。

 

「別に寝起きが悪くてもいいではないですか」

「そうですよ。そこまで落ち込むことではないでしょう」

「………寝起きが悪いと、リゼとの共寝を許してもらえない」

「いや、まだ言っているんですか」

「大丈夫です。寝起きが良くなろうと、絶対に許可は下りませんから」

 

 …………ええっと、早いところ朝食を終えて、撤収の準備をしないとな。

 

 

 

 全員でテントを片付けてから、それ以外の片付けは任せて、私たちはこの後の予定を話し合うために座席に戻る。

 

「主街道に戻って、その先に進む────そういう予定だったな」

「はい」

 

 この支道には、主街道沿いに集落や野営に適した場所がなかったため寄っただけなのだ。

 

 まあ、主街道の左右に広がる草原でも、薪やテントの支柱をあらかじめ用意してあるのならば、野営できないこともないが────焚火台を持っていない場合や、焚火台の形状によっては、ある程度草を抜かないと焚火ができない。

 

 街道上で焚火をして、草原にテントを張れば手間も省けるものの、水の確保はできないので────引き返すことになったとしても、野営に適した場所まで移動する方がいい。

 

 それに、余程の理由がない限り、街道上で焚火をするのは非常識と見做される。

 

 

「レド様?」

 

 レド様は、地図を覗き込んで何やら考え込んでいる。

 

「……先にエデルを()ぶとするか。リゼ、頼む」

「解りました」

 

 エデルには、滞在する予定の街に先行し、安全確認と情報収集をしてもらうことになっている。

 

 当初の予定としては、私たちと共に出発してある程度進んだら先行してもらうつもりだったのだが、ダラリス伯爵の件があったため後からの合流となった。

 

≪おはようございます、エデル。準備はできていますか?≫

≪おはようございます。こちらの準備はできております≫

≪では、呼び寄せますね≫

 

 私はそう断って、念のため周囲を確認してから、【把握(グラスプ)】を発動させて皇都の方角に向かって意識を集中する。

 

 エデルは打ち合わせ通り孤児院で待機してくれていたので、皇城に張られた【障壁(バリア・ウォール)】に邪魔されることなく、その存在を感じ取ることができた。

 

 私はそのまま【転移(テレポーテーション)】を発動させる。私の正面に魔術式が展開して光を迸らせたかと思うと、光の向こうに人影が現れる。

 

「来てくれてありがとうざいます、エデル」

「ご主人様のお召しとあらば、何処へなりとも」

 

 元舞台俳優らしく大仰なセリフを吐き、流れるような動きで一礼する。

 

「……おはよう、エデル」

「おはようございます、殿下」

「早速だが、報告を」

 

「かしこまりました。昨日、ダラリス伯爵が多数の護衛を引き連れてジェスレム皇子の見送りに向かい、警備が手薄となった隙をつきダラリス伯爵邸への潜入を決行致しました。夜半過ぎまで潜伏しましたところ、使用人や警備兵を探るだけでなく、ダラリス伯爵の会話を聴くことができました」

 

 

 古代魔術帝国の魔術や能力を手に入れたエデルは、それはもう凄いことになっている。

 

 【偽装(フェイント)】と【換装(エクスチェンジ)】を使い熟し、髪色や瞳の色を含めた容姿を瞬時に変えることは勿論────【技能】に昇華された【観察眼】や【超記憶力】、他人の言動や仕種を再現できる【模倣】を駆使すれば、変装どころか、状況によっては誰かに“なりすます”ことすら可能だ。

 

 私だけでなく、エルやウォイドさん、ラナ姉さんにも協力してもらって、あらゆる衣装を揃えているから────変装できる姿は多岐に渡る。

 

 

 今回、ダラリス伯爵邸に潜り込むに当たって、出入りする使用人を偵察して、お仕着せなども事前に用意していたから────きっと、前世の“探偵小説”に登場する“怪盗”さながらに、使用人や警備兵に化けて、堂々と紛れ込んでいたんだろうな…。

 

 正直、危険極まりないとは思うけど────この役割は本人たっての希望なので、止めようがなかった。

 

 考え得る限りの安全策を厳重に施しておくしかない。

 

「ダラリス伯爵の狙いはリゼさんで間違いなさそうです。奴は翌日───つまりは今日、皇都を発って領地に帰還する予定とのことで、殿下がすでに出立されたとは知らず、リゼさんを攫う機会を窺うために、殿下の動向を見張る手筈を念入りに整えていました」

「やはりか」

 

 レド様の眼差しや表情に、冷ややかな怒りが滲む。

 

「ダラリス伯爵が皇妃を頼らなかったのは、どうも皇妃の手を借りたくなかっただけのようです。皇妃に気に入られているのを迷惑がっている節がありました」

「まあ、普通の感覚なら、あの皇妃に迫られても嬉しくはないだろう。

だが────こちらにとっては好都合だな。ベイラリオ侯爵や皇妃一派にとって、俺は未だ取るに足らない存在だ。奴らを積極的に動かすには、皇妃にお願いするしかない。余程の事情でもない限りは、ダラリス伯爵は単独で動くはずだ」

 

「一つ、気になる点が」

「何だ?」

「ダラリス伯爵は、“幻の女優”と“双剣のリゼラ”が同一人物とは知らずに目を付け、その両方を手に入れるつもりでいたようです。それから、ファミラ=アス・ネ・イルノラドのことも」

「……リゼだけでなく、公女も?」

「はい。ファミラ公女がイルノラド公爵家から除籍されると聞き付け、攫う計画を立ててはいたものの、失ったのが片腕ではなく両腕だったと判って、手に入れるのは断念したとのことでした」

 

「……舞台に立ったリゼに一目惚れでもして恋着しているのかと考えていたが────リゼを欲する理由は、そんな単純なものではなさそうだな」

 

 ディンド卿が頷く。

 

「そうですね。“孤高の戦女神”と称されるSランカー冒険者と、“剣姫”という神託を下された武門の姫を欲するからには、美貌だけでなく、武力も欲する要因なのでしょう」

 

 私の武力が目当てだったのなら、ダラリス伯爵の行動も腑に落ちる。確かに、それなら“闇兵”を使ってまで私を付け狙ってもおかしくない。

 

 私がヒロインを務めた演目は、ロマンス要素もある冒険活劇で────お嬢様という役柄の割にアクションさながらの動きもさせられたから、あれを見て身体能力を見込まれたのだろう。

 

 だけど────何のために?

 

「ダラリス伯爵の狙いが自分だと、ようやく納得したようだな───リゼ」

 

 私の表情で悟ったらしいレド様が、呆れ気味に言う。いつものように溜息を一つ()くと、レド様はエデルに視線を戻した。

 

「リゼや公女を手元に置きたい理由については、何か言及していたか?」

「いえ、何も。ただ───警備兵は男性のみで構成されておりましたが、ダラリス伯爵に侍る身近な護衛は、顔立ちの整った女性のみで占められていました。単に、護衛だとしても侍らせるなら女性の方がいいという、男性ならではの理由なのかもしれません」

 

 レド様のこめかみに青筋が走る。ジグとレナスも、それに同調するように眼を据わらせた。

 

「………“闇兵”との繋がりについては?」

「そちらについても、まだ何も。私が探った限りでは、手掛かりになるようなものは目につきませんでした。伯爵邸の内情を引き継いで参りましたので、ダラリス伯爵が皇都を出て手薄になり次第、ロウェルダ公爵の手の者が潜入し、邸内を精査することになっております」

「解った。────他に何か報告しておくことは?」

「ございません」

「そうか。ご苦労だったな」

「有難きお言葉です」

 

「ご苦労様でした、エデル」

 

 レド様に続いて労うと、エデルは嬉しそうに口元を緩めた。

 

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