コントラクト・ガーディアン─Over the World─   作:tea4

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第二章―あわいの記憶―#5

 

「それで、これからの予定についてだが────」

 

 エデルの報告を聴き終え、レド様が改めて口を開く。

 

「精霊獣たちやブランとグレナのおかげで、当初の想定よりも進行速度が速い。このまま予定通りに主街道に戻って先へ進めば、かなり早く目的地に到着することになる」

 

 私たちの最初の目的地は、“神の(きざはし)”の麓────冒険者によって“大掃討”が行われている三個所のうちの一つだ。

 

 “神の階”は、この大陸の動植物の生息域の北限に沿って聳え立つ巨大な山脈だ。山脈の向こう側には、“死界”と呼ばれる、生物が存在するには過酷な環境が広がっているらしい。

 

 “神の階”を西方向へと進めば、フィルト王国とドルマ連邦───東方向へと進めば、ミアトリディニア帝国へと辿り着く。

 

 さらに、フィルト王国とドルマ連邦の先にはアルドネ王国が───そして、ミアトリディニア帝国の隣にはガドマ共和国がある。

 

 さらにその先に広がる、西方、東方、どちらの海域にも島嶼が点在し、それぞれ独立した国家を築いている。

 

 

「リゼ───“大掃討”については、当初の予定日に到着で問題はないか?」

 

 レド様と私への指名依頼の手続きをした際に確認した限りでは、どの個所もピークは始まっていないとのことだった。その前兆すら見られていないようだから、まだ余裕があるはずだ。

 

 それどころか、私たちが早めに到着することで他の冒険者の獲物が減って、稼ぎの邪魔をしてしまうことになるかもしれない。

 

「当初の予定日に到着でも、問題はないと思います」

「そうか。────それならば、主街道に戻らず、このまま支道を進みたい」

「この道を?」

 

 この支道は主街道から離れた、いくつかの村と町を経由して、やがて主街道の先にある街に合流する。

 

 だから、この道を進んでも、迂回することになるものの、目的地にはいずれ辿り着く。

 

「ああ。────この先にある、この村」

 

 レド様は頷いて、地図の一点────支道を進んだところに存在する村を指さす。

 

「この村が何か?」

「“一度目の人生”で、魔獣討伐に向かわせた3個小隊が全滅したという件────俺の記憶が正しければ、あの件で最初に魔獣の被害を受けた村だ」

 

 レド様の言葉に、私は眼を見開く。

 

 この村───ダルの村には、私も新人の頃にお世話になったことがあった。しばらく滞在していたこともあって、すべての村人と顔見知りだ。

 

「魔獣の出現はもっと先のことだから、今寄ったからといって意味がないかもしれないが、何だか気になってな。周辺の様子を窺っておくだけでもしておきたい」

「確かに、それは気になります」

 

 もし、魔獣の出現を防げるようなら防ぎたい。

 

 共に地図を囲むディンド卿、ヴァルト、ミュリア、ジグとレナスも同意見のようで、一様に頷く。

 

「それでは────予定を変更して、主街道には戻らずに、このまま支道を進むことにする」

 

 レド様が宣言すると、エデルが口を開いた。

 

「殿下、ご主人様────私は、主街道から先行し、予定通り情報収集をすることに致します」

 

 この先にあるのは、小さな村と町だ。わざわざ別行動してまで情報収集する意味はないし、そんなことをしたら悪目立ちしそうではある。

 

 それなら、街に先行して情報収集をしていてもらう方が効率的だろう。

 

 だけど────

 

「……一人で街道を行くつもりですか?」

 

 当初の予定でも、エデルが先行することにはなっていたけれど、それは私たちが後から追いかける形だったから、何かあっても合流できる見込みがあった。

 

「大丈夫ですよ、リゼさん。馬型の精霊獣をつけてくださるのでしょう?それに、この子もおりますから」

 

 にこやかにそう言って、エデルは執事服の左胸につけられたポケットに指をかけて広げる。

 

 すると、蜥蜴というよりは“ヤモリ”に似た精霊獣───“トムテ”がひょっこりと顔を出した。

 

「何かが近づけば、この子がすぐに気づいて教えてくれますので」

「こんにちは、姫様」

 

 トムテがポケットの縁に両手を添えて、ぺこ、と小さくお辞儀をする。その仕種も(つぶ)らな眼も、すごく可愛い。

 

「それだけでなく、この子はとても賢くて────ダラリス伯爵邸を探った際には、見張りだけに留まらず、近寄って来た警備兵を足止めまでしてくれました」

 

 エデルの言葉に、トムテは照れたように少しだけ顔を引っ込める。それが可愛くて、思わず笑みが零れた。

 

「トムテ、エデルを護ってくれてありがとう。これからも、エデルを助けてあげてくれる?」

「は、はい!任せてください!僕、精一杯がんばります…!」

「ありがとう」

 

 私の気持ちが和らいだのを見計らって、レド様が口を挟んだ。

 

「リゼ、心配する気持ちは解るが────俺としては、エデルに先行して安全確認と情報収集をしてもらいたい。

今のエデルは、魔術は勿論、剣だって扱えるし────機転の良さは、カデアが手放しで褒めるくらいだ。暗殺者だけでなく、魔物との実戦も経験している。それに他にも精霊獣をつけるつもりなのだろう?主街道をある程度進むだけなら、大丈夫なのではないか?」

 

 その声音には、エデルへの信頼が覗えた。

 

 レド様の仰る通り、エデルは自前の魔力も多く、魔術の連発も可能だ。

 

 加えて、鍛練に参加するうちに仲間たちの動きから武具の扱い方を学んだようで────この短期間で、ディンド卿やヴァルトと手合わせできるくらいには様になっている。

 

「……そうですね。エデルに情報収集を任せようと思います」

 

 私は溜息をひとつ吐いて、エデルへと視線を戻した。

 

「本当に無茶だけはしないでくださいね?」

「ええ、心得ています」

 

 エデルの言葉に感情が籠っていることを確認すると、私はエデルを護衛してもらうべく精霊獣を召ぶ。

 

「アートルム、ビアンカ」

 

 7頭目の馬型の精霊獣───アートルムと、ヴァイスより一回りほど小さいものの前世の大型犬サイズほどはある白狼───ビアンカが忽然と現れる。

 

「ようやく出番ですか」

 

 アートルムが、待ちくたびれたというような感じで言う。自分だけ待機させられていたのだから、そう言いたくなるのもしょうがない。

 

「待たせてごめんね。前にも話した通り、この人を街まで乗せて行って欲しいの」

「任せてください。姫様の頼みなら、どこまでも乗せて行ってあげますよ」

「ふふ、ありがとう。お願いね」

 

 私はアートルムから、ビアンカへと視線を移す。

 

「ビアンカ、急に呼び出してごめんね。ビアンカには孤児院で白炎様と子供たちを護ってくれるようお願いしていたけれど────しばらくの間、この人の傍にいて護ってあげて欲しいの」

 

 孤児院の護衛は、複数の精霊獣に任せている。しばらくビアンカが抜けても大丈夫なはずだ。

 

「他ならぬ、姫のお願いですもの。お引き受けいたしますわ。それに、この人なら私の毛を乱暴に毟ったりしなさそうですし」

 

 乱暴なことはしないよう言い聞かせはしたが、子供たちは真っ白く滑らかな毛の誘惑に抗えなかったようだ。カデアに伝えて、注意してもらおう。

 

「ごめんなさい。毟られて痛かったよね。子供たちには厳重に注意してもらうから」

 

 労わるように背や頭を撫でると、気持ちいいのか、ビアンカは眼を細めた。

 

 

◇◇◇

 

 

「お前…、本当にエデルか?」

「ああ」

「いや、変わり過ぎだろ」

 

 【換装(エクスチェンジ)】と【偽装(フェイント)】で別人になったエデルを見て、ヴァルトが愕然と呟く。

 

 エデルは先程までの仕事ができそうな青年執事から、まるでBランカー冒険者のごとく、いかにも放浪生活に慣れた壮年の男といった相貌になっている。

 

「体形まで変わってないか?」

 

 ヴァルトは驚きが過ぎて、今度は興味が湧いてきたらしく、しげしげとエデルを観察し始める。

 

 撤収作業を終えて集まった仲間たちも、ヴァルトと同じく興味津々だ。

 

 特にラギとヴィドは、ヴァルトと一緒になってエデルの姿を検分している。後ろでは、バレスとハルドが、何だか混ざりたそうな表情で眺めている。

 

「あれ───大柄に見えるのはマントのせいかと思ったのに」

 

 遠慮もなくマントを捲ったラギは、首を傾げる。エデルは特に気にするでもなく、されるがままだ。

 

「ホントだ。あ、大柄に見えるのは、肩幅と胸回りが膨らんでるからだよ。それに腕や太腿もいつもより太いし」

「あ、そうか。すげぇな。髪の長さも変わってないのに、そうやってボサボサにするだけで全然ちがって見えるし。顔も同じなのに、ホントに別人みたいだ」

 

 二人はしきりに感心している。

 

 

 筋肉はついているけど細身なエデルが大柄に見えるのは、ヴィドの見立て通り、着ている服のせいだ。

 

 ドレスのスカート部分につけるクリノリン同様、骨組みに布を被せた“ハリボテ”となっている。演劇でも使われるもので、動きを阻害しないように色々と工夫がなされている。

 

 冒険者を装うので全身鎧でごまかそうかとも考えたが、そうすると鎧を脱げなくなって状況によっては不自然になるため、ハリボテの服を着ることにしたのだ。

 

 勿論、魔玄の生地で裏打ちしたり、骨組み自体を魔玄の鞣革にしたりと、防具としての役割も担わせている。

 

 

 その上から革製の部分鎧をつけ、簡素なフード付きのマント、背中には無骨な両手剣を背負っていて────無造作な髪、不敵な笑み、堂々とした立ち姿も相俟って、荒事に慣れた大柄な戦士といった風情だ。

 

「その姿の通称は、“イダル”だったな。では───イダル、頼んだぞ」

「お任せあれ」

 

 エデル改め───イダルは、レド様の言葉に悪戯っぽく返して、ニッと笑う。

 

 “イダル”は傭兵上がりの低ランカー冒険者ということになっている。

 

 皇都で冒険者登録をしたばかりで、低ランカーであるだけでなく新人という立場だ。それでは活動に支障が出るので、“傭兵上がり”という設定をつけた。

 

 もっともらしい“生い立ち”と冒険者となった“事情”は、実際に傭兵をして、たくさんの傭兵と関わったことのあるディンド卿に考えてもらった。

 

 

「イダル───何かあったら、すぐに連絡してください。絶対に無理はしては駄目ですからね」

「ああ、約束する」

 

 イダルは眼を細めてまた笑みを浮かべると、大振りな動きで頷く。

 

「トムテ、アートルム、ビアンカ───イダルのこと、お願いね」

「はい!」

「任せてください」

「承りましたわ」

 

 イダルは、軽々とアートルムに乗り上げる。そして────

 

「それじゃ、またな」

 

 荒くれ者らしい口調でそう言い置いて、あっさりと去っていった。

 

 

 

「それでは、俺たちも出発するか」

 

 イダルたちが主街道へと入り、視界から消えるまで見送って────こちらへと振り向いたレド様が、告げる。

 

 荷物の詰め込みは仲間たちがしてくれたので、後は馬車が動かないよう車輪に噛ませている“輪留め”を外して、ブランとグレナのベルトを馬車に繋ぐだけだ。

 

「天気がいいから、今日もキャビンではなく騎乗して移動しようと思うが、それでいいか?」

「はい」

 

 レド様に訊かれて、勿論、私は賛成する。レド様と一緒ならどちらでも楽しい。

 

「それでは、今日もオレたちは“リゼラ様の騎士”として同行しますね」

「………“リゼの騎士”ではなく、“ファルリエム伯爵家お抱えの騎士”だろう」

「いえ、俺たちは“リゼラ様の騎士”です」

 

 何だか妙なことに拘る三人を横目に、仲間たちは出発の準備をすべく動き出した。

 

 さてと、私もノワールたちに鞍と頭路をつけに行くかな。

 

 

◇◇◇

 

 

 支道は主街道ほどの広さはないが、中型の馬車が擦れ違えるくらいには道幅がある。

 

 ただ、曲がりくねっていて見通しが悪いので、私が先導を務めることになった。

 

 私の左右をジグとレナスが並走し、すぐ後ろに続くレド様の両脇をミュリアとディンド卿が固め────その後を、昨日と同じくヴァルトが操縦する馬車がついて来る。

 

 

 今のところ、支道には後にも先にも他の通行者は見当たらない。

 

 感知できる距離に魔獣や魔物の集落が存在する様子もないし、森の奥に点在する魔物がこちらに寄って来る気配もない。

 

 支道に隣接して広がる森の木々が道端に影を落としていたが、雲一つない青空に浮かぶ太陽が惜しげもなく道を照らし────ほんのり湿気が残る朝の空気の中を進むのは気持ちが良かった。

 

 曲がりくねっているために、主街道のようにスピードが出せないので、昨日よりも進行速度は遅い。目的のダルの村には、昼過ぎに到着予定だ。今日は途中で休憩はとらない。

 

 

 

 異変を感じたのは、森から出て下草ばかりの草原を抜け、ダルの村に接している森へと支道が入ったときだった。

 

「…?」

 

 ノワールたちが道を蹴る音や馬車の車輪が立てる音しか聞こえない。

 

 いつの間にか、微かな鳥の鳴き声も、さっきまでは確かに感じていた森に潜む鳥獣の気配も消えている。

 

 同じく異変を感じ取ったらしいノワールが僅かに振り向き、私を一瞥する。

 

 ヴァイスを始めとした他の精霊獣、ジグとレナス───レド様も気づいたようだ。

 

≪リゼ≫

≪はい、レド様。────前方の、あの大きくせり出した枝の手前で停止する≫

 

 私はレド様に返してから、精霊獣だけでなく、仲間たち全員に向けて指示を出した。

 

 ノワールたち馬型の精霊獣、ブランとグレナが無事に停止する。

 

 ノワールから飛び降り、静か過ぎる───左手に広がる森を探ろうと眼を向けた瞬間、森がざわめいたかと思うと、奥の方の上空に白い煙のようなものが上がった。

 

 

 ─────ィィィン…

 

 

「何だ?!」

 

 馬車から降りたヴァルトが叫ぶ。

 

 ラギとヴィド、馬車の後方からもセレナさんたちが次々と降りて駆け寄って来た。

 

「今のは、馬の(いなな)き───か?」

 

 レド様は【神眼】を、私は【心眼(インサイト・アイズ)】を発動させて状況を確認していたため、ディンド卿のその問いには答えられない。

 

「ノルン!【地図作製(マッピング)】を!」

「了解!」

「作製した【立体図(ステレオグラム)】を仲間たちに共有して!」

「了解!」

 

 レド様の【神眼】と重ね合わせているおかげで、木々の向こうの状況がはっきりと視認できる。

 

 白煙が上がった辺りに、折り重なるように地に伏せているのは人間だ。しかし、一目で原因と判るようなものは見当たらなかった。

 

 白煙が靄のように広がっているが、火を焚いているわけではなさそうだ。

 

 蔓延する白煙を分析しようとして、そこから少し離れた所に荷馬車とやはり倒れ伏している馬が目に入った。

 

 そして────こちらに猛然と駆けて来る一頭の馬も捉える。

 

 馬は、私たちを目指すように真っ直ぐこちらに向かって、張り出す枝をへし折りながら強引に突き進んで来る。

 

 私たちは各々の得物を手にしてレド様の前に出て、緊張に身構えながら、馬の到着を待つ。

 

 程なくして、弾丸のように森から飛び出した馬が、どっと支道に崩れ落ちた。

 

 それは、引き締まった体躯の大きな白馬だったが────所々、禍々しく黒みがかった紫色の斑点に侵されていた。荒い息を吐き、苦しんでいるように見えた。

 

 背後でレド様が零した、掠れた声が耳に届く。

 

「まさか、レニ────レニなのか…?」

 

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