コントラクト・ガーディアン─Over the World─ 作:tea4
“レニ”とは、皇妃一派の手の者によって売り払われてしまったレド様の愛馬の名だ。
生きていれば出逢えるかもしれないとは考えていたが────まさか、昨日の今日で遭遇するとは思わなかった。
「!」
馬の巨体がこじ開けた森の開口から、白煙のようなものが
煙でも、霧や靄などの自然現象などでもない。あれは────“胞子”?
「レナス!【絶禍】を発動して!あれを寄せ付けないで!」
「御意!」
「レド様、レニは“毒”に侵されています!【快癒】をかけてあげてください!」
「…っああ」
私の言葉で我に返ったレド様が、白馬に駆け寄って【快癒】を発動させる。
「【
この胞子は、風で散らすだけでは駄目だ。
吸い込んだらその毒素でやがては麻痺状態となり、生きながらにして“菌床”にされる。浄化するしかない。
もう何度も行使しているおかげか、瞬く間に発動と浄化が完了する。
胞子が残っていないか、この周辺に危険となるものはないか────それだけ確認して、私はレド様に告げる。
「レド様、申し訳ありません。少しの間、お傍を離れます」
「どういうことだ?」
「私は倒れている人たちを救出に行ってきます」
仲間たちを振り返る。
「ヴァイス、ジグ、ミュリア、セレナさん、バレス───私と一緒に来て!他の仲間たちは、レド様をお願い!」
「待て、リゼ。俺も行く」
「いえ、レド様はここでレニを
「……解った。だが、決して無理はしないでくれ」
「はい。決して」
エデルに言い聞かせておいて、自分が無謀なことをするわけにはいかない。何より、レド様に心労をかけたくない。
「リゼを頼む」
苦渋の表情を浮かべるレド様を安心させるように、ヴァイスたちは力強く頷いた。
「レナス、もしまた白煙がこちらに押し寄せたら【絶禍】を発動して」
「御意」
「では、行ってきます!」
私はヴァイスたちを伴って、レニが造り上げた森の開口へと飛び込んだ。
「この先に、倒れている人と馬がいる。だけど、魔物に襲われたのではなく────おそらく、“マイコニドの毒”にやられている」
【結界】を纏って先を急ぎながら、私は共にいる仲間たちに自分の予想を話す。
「“マイコニド”、ですか?」
ミュリアが困惑したように返した。他の仲間たちも、聞いたこともないのか、首を傾げている。
「“マイコニド”は、“お化け茸”とも“歩く茸”とも呼ばれる魔物の一種なの。武具で斬ったり潰したりすると白煙のような“毒”を放出するから、攻撃はしないで」
“マイコニドの毒”────正確には“胞子”だが、茸は植物と見做されているため、放出するのはただの“毒”だと認識されている。
「では、どうするおつもりで?」
ジグが問う。
「魔術で凍らせる。────セレナさん、まずは私がやってみせます。しっかり見ていてください」
「解りました」
「バレス───マイコニドが毒を放出したら、【聖壁】を行使してください。【聖壁】なら防げるはずですから」
「…お任せください」
バレスは緊張した面持ちで頷く。
バレスの固有能力である【聖壁】は、言うなれば、ラナ姉さんの【聖域】の壁バージョンだ。いかなる攻撃だけでなく、“
「ジグ、ミュリア───倒れている人や馬の解毒をお願い」
「「御意」」
ミュリアもジグと同じく、私の加護によって、中級神聖術【解毒】を会得していた。
「ヴァイスは、私たちの護衛をお願い」
「了解した」
◇◇◇
強引に拓かれた小道を、私たちは足早に進む。
樹木から伸びる枝は掃われていたものの、地面は踏み固められているわけではないので柔らかく、かつ枝葉が所々に落ちていて────足をとられないよう、ただ注意を払うしかない。
ようやく小道の終わりが前方に見えた。白い靄のようにマイコニドの胞子が小道の先を満たしている。
「【
私は固有能力を発動させて、胞子の靄に突入する。
小道から開いた場所に踏み込むと同時に、その場に満ちる胞子を一気に浄化した。強風で霧が吹き飛ばされて晴れるかのごとく、歪んだ円を描く空き地の様相が露になった。
空き地を縁取るように、不格好なクッションのような何かが、びっしりと埋め尽くしている。
それは、はち切れそうなくらいに肥えた茸で、よく見ると笠が背嚢の蓋のように天辺に載っている。
「ジグ!ミュリア!」
私の声を受けて、ジグとミュリアが倒れ伏す人々に向かって駆け出す。
私は片膝をついて、右手を地面に当てた。【測地】を発動すると、地中や植物に宿る魔素が、根を張る樹木や下草、そして、肥え太った茸───マイコニドの姿を形作る。
地面に当てた掌から魔力を流し込み、地中の魔素と繋げて────マイコニドだけに狙いを定めて、オリジナル魔術【氷刃】を発動させる。
だけど、今回は宙に漂う魔素を氷の刃に変えるのではなく────魔力あるいは魔素を氷に変える機能だけを利用して、胞子を放出できないように、マイコニドの全身を氷で覆ってしまうつもりだ。
一番手前のマイコニドに突然現れた氷片が貼り付いたかと思うと、次の瞬間にはその氷片を起点に氷が膨張するように拡大して────私のイメージ通りに、ピキピキと微かな音を立ててマイコニドを覆い尽くしていった。
「セレナさん!」
「はい…!」
すでに【フロスティ・メイデン】を杖に変えて備えていたセレナさんは、青く染まっている髪をふわりと靡かせ、私が氷漬けにした一群とは逆側のマイコニドに向かって魔術を発動させた。
私のときより、その速度は遅かったものの、セレナさんは確実にマイコニドを氷漬けにしていく。
【
「ノルン、【
───了解!【
今のところ、この近辺には、私が氷漬けにした一群とセレナさんが氷漬けにしている一群以外のマイコニドは存在していないようだ。
続いて、セレナさんの氷漬けが完了したので、そちらを確認する。
この場にいたマイコニドはすべて氷に覆われ、動く様子はない。一先ずは旨くいったみたいで、安堵する。
ジグとミュリアの方に目を向けると、二人は倒れている人たちを一人ずつ解毒していた。
6人いるうち、4人は解毒し終えており、残りはジグ、ミュリアがそれぞれ解毒している二人だけだった。
解毒された人たちは未だ意識を失ったままだ。
【
私は人目がないうちにと、荷馬車の下に倒れている馬に近寄り、【快癒】を施す。痙攣が収まり、紫色の斑点が溶けるように消える。
すると、馬は何事もなかったかのように上半身を起こし、器用に立ち上がった。
ノワールたちより少し大きいくらいの体格から見るに、おそらく元は野生種だろう。
こちらに向かって首を擡げてきたその馬に、私は見覚えがあった。
ダルの村に滞在したときに生まれた子で、名前は確か────
「バジ?」
バジは嬉しそうに、頬を私に擦りつける。バジの額を撫でながら、荷馬車や辺りを見回す。
荷馬車は幌や屋根のないタイプで、何も載っていない。
鉈や斧などが散らばっているところを鑑みると、マイコニドの毒にやられた彼らは、薪を調達しに来たのだろう。
ダルの村に限らず、地方の小さな村や町では、魔物を恐れてそう頻繁には森に入れないため、住民の中から魔物に対抗できそうな屈強な者を寄せ集め、定期的に薪や食肉をまとめて調達してもらうのだ。
だけど────変だな。
この時期は魔物の脅威も上がるから、村には冒険者が常駐していて、こうして森に入る際には必ず護衛として随行するはずなんだけど。見た限り、倒れていたのは村人だけだ。
「リゼラ様、解毒が完了しました」
ジグに声をかけられ、私は思考を切り上げる。
念のため、【
「ご苦労様───ジグ、ミュリア」
ジグとミュリアは、僅かに口元を緩める。
「セレナさん、ご苦労様でした。────ヴァイスとバレスもありがとう。もう少しだけ、警戒していてくれる?」
私はヴァイスとバレスが頷くの確認してから、レド様へと【
≪レド様、救出に成功しました。原因となったものも抑えました≫
≪そうか。ケガはないか?≫
≪大丈夫です。私を含め、仲間たちにケガはありません。ご心配かけて申し訳ありません≫
≪いや…、よくやった≫
≪ありがとうございます。────レニの方は大丈夫ですか?≫
≪ああ、すっかり元気だ≫
否定しないところを見ると、あの白馬はやっぱり“レニ”で間違いないようだ。
≪倒れている人たちを救出することはできましたが、意識が戻っておりません。荷馬車に載せて村まで運びたいと思っているのですが────ここにいる一頭だけでは荷馬車を牽引することはできないので、レニか、もしくは精霊獣を何方かに連れて来てもらうことは可能ですか?≫
≪解った。すぐに連れて行く≫
◇◇◇
案の定というべきか、レニを連れて来てくれたのはレド様だった。レナスとディンド卿、ヴァルトもいる。
「リゼ!」
レド様は足早に傍まで来ると、私に視線を走らせる。私の無事を確かめて、安堵の溜息を零す。
レド様の後ろに控えているヴァルトも、やはり心配していたようで、セレナさんの姿を捉えると表情を緩めた。
「荷馬車に運ぶのに人手が必要だと思って、ディンドとヴァルトも連れて来た」
「助かります」
倒れている6人は、伐採や狩猟だけでなく、冒険者を雇い入れることのない時期には村を護る役目を担うこともあって、筋肉質で上背がある。私たちだけでは、運ぶのに苦労しただろう。
「主殿とリゼラ様は、休んでいてください。ワシらが運びます」
「そうか。では、頼む」
「お任せを」
ヴァルトはそう答え、ディンド卿とレナスを引き連れて、倒れている人たちの許へと向かう。
入れ替わりに、ミュリアとセレナさんが寄って来た。
「二人とも、ご苦労だったな。よくやってくれた」
「有難きお言葉です」
「ありがとうございます」
レド様は、ミュリアとセレナさんを労うと、私に視線を戻した。
「とりあえず、詳しい報告は後で聴くとして────リゼ、べったりとくっついている、その馬は?」
「この子は、ダルの村で飼われている馬で────バジといいます」
「………使い魔契約をしたわけではないんだよな?」
「まさか。
「………使い魔にしていないのに、これなのか」
そう言うレド様の傍には、美しい毛並みの白馬が控えるように佇んでいる。
バジのようにはべったりくっついてはいないけれど、明らかにレド様から離れたくないといった感じだ。
「レド様───レニに私を紹介してくれませんか?」
「ああ、そうだな。────レニ、俺の伴侶となるリゼラだ」
レニが切れ長の眼で、私を見下ろす。
その様は、純白の毛色も相俟って、どこか気品が漂っていた。
軍馬らしく大柄ではあるものの、馬車を牽くべく改良された品種のブランとグレナよりは小さい。でも、佇む姿は泰然としていて、どこか“女王”のような風格がある。
馬の群れは年を重ねた牝馬が率いると聞く。群れに残っていたら、きっと群れを率いる存在となったに違いない。
「リゼラといいます。どうぞよろしく」
ちょっと緊張しながら名乗ったせいか、何だか中途半端な口調になってしまった。
レニは、私をじっと見た後、首を擡げて顔を近づける。しかし、頬を触れさせることなく、少し離れた位置に留まる。
不思議に思っていると、レド様が口元を緩めた。
「リゼ───どうやら、レニはリゼに額を撫でて欲しいらしい」
「ええっと…、いいの?」
戸惑いつつ、レニに訊ねる。まるで許可するように、レニは僅かに首を下げた。私は手を伸ばして、レニの額をそっと撫でる。
「良かったな、レニ。リゼに撫でてもらえて」
レド様は嬉しそうに目を細めて、そう仰ったが────レニは私に撫でてもらいたいというよりは、レド様のために“撫でさせてくれている”という感じがした。
「ありがとう、レニ」
私が囁くと、レニは軽く溜息を
アルデルファルムが“乳母”なら、レニは何だか年の離れた弟を可愛がる“姉”みたいだ。自然と笑みが零れる。
程なくして───ヴァルトが、ジグとレナス、ディンド卿とバレスを伴って戻って来た。
「主殿、リゼラ様───倒れている者たちを荷馬車に運び終えました」
「そうか。ご苦労だった。────この後はどうする、リゼ」
「二手に分かれて、ダルの村に向かいましょう。私は荷馬車と共に、あちらの小道から村へと向かいます。レド様たちは馬車に戻って、支道から向かってください」
「……俺もリゼと共に行く」
ダルの村に続く小道周辺には、マイコニドを含め、異常は見当たらない。共に来てもらっても大丈夫だろう。むしろ、離れる方が不安かもしれない。
「解りました。では、共に参りましょう」
私の言葉を受けて、レド様は表情を緩めた。
「ヴァルト、バレス、セレナ───馬車に戻って、シュヴァルツたちを連れて支道から村へと向かってくれ」
「「「かしこまりました」」」
「ヴァルト、そちらは任せる」
「は、お任せを」
「ディンドとミュリアは、俺たちと共に来てくれ」
「「かしこまりました」」
「ジグとレナスは、勿論、俺たちとだ」
「「御意」」
当然のような口調のレド様に、当然といった表情でジグとレナスが返す。
「ヴァイスも、私たちと来てくれる?」
「勿論だ、我が姫」
私が訊ねると、ヴァイスも当然のように頷いた。
「それでは────ダルの村へ向かうとしよう」