コントラクト・ガーディアン─Over the World─ 作:tea4
ダルの村へ到着したのは、マイコニドに侵されたあの空き地から小道に入って、二十分後のことだった。
村を囲む4m近い高さの丸太を並べて造られた塀が視界に入ったとき、その向こうに建てられた塀を越える高さの見張り台から、誰かが身を乗り出してこちらを見下ろしているのが見て取れた。
薪をとりに向かったはずの村人が荷台に寝かされ、見知らぬ者たちが荷馬車を操縦していることから、異常事態だと悟ったのだろう。その人物は慌てた様子で振り返り、他の村人を呼ぶ。
新たに二人の村人が現れ、状況を見極めようと、三人して見張り台から上半身を乗り出す。
「あれっ、もしかして───リゼちゃん?!」
「ホントだ、リゼちゃんだ…!」
「おーい、リゼちゃーん!」
顔の識別がつくくらい近寄ったとき、最初から見張り台にいた青年が私に気づいて声を上げると、他の二人も声を上げ、三人で大きく手を振る。
覚えていてくれたことに嬉しくなって、私も彼らに見えるよう大きく手を振る。
後から来た二人が再び見張り台を下りて、同じく丸太で造られた扉を開けてくれた。
馭者を務めるディンド卿の指示に従い、レニとバジは荷馬車が完全に囲いの中に入った所で足を止めた。
扉を開けてくれた二人だけでなく、他の村人も何処からともなく集まって来る。
「これは、どうしたことじゃ。あんたらは一体────」
群がる人々に道を譲られて躍り出た、髪も髭も白いご老人───村長さんが、荷台に寝かされた村人を見て血相を変え、馭者台のディンド卿とジグ、荷台の端に座るレド様とレナスに問いかけるべく口を開いたが、レド様の向こうにミュリアと姿をくらませたヴァイスに挟まれて座る私に気づいて、言葉を呑み込んだ。
「もしかして…、リゼか?」
私は仲間たちと共に荷馬車を下りて、軽く頭を下げる。
「ご無沙汰しています」
「おぉ、やはりリゼか!すっかり別嬪さんになって。Sランカーになったそうじゃな。噂は聴いておるぞ」
村長さんは嬉しそうにそう言った後、今の状況を思い出したらしく、一旦、口を噤んだ。
「……それどころではなかったな。リゼ、これはどういうことじゃ?何があった?」
「私と仲間たちは、この村に向かうべく支道を走っていたのですが────周囲の森に異変を感じて立ち止まったとき、この馬が森から飛び出してきました。尋常ではない様子だったので森の中に入ると、ボルさんたちが倒れていたんです」
「倒れていた?────魔物が出たのか?それにしては、ケガを負っているようには見えんが…」
「仰る通り、ケガはしておりません。ボルさんたちは、“マイコニドの毒”を吸い込んでしまったために意識を失っているだけです」
「“マイコニドの毒”?何じゃ、それは」
「“マイコニド”は魔物の一種で、“お化け茸”とも“歩く茸”とも呼ばれているのですが、聞いたことはありませんか?」
確か、この辺りにも過去に出現した事例があったはずだ。
「ああ、“お化け茸”!あれか…!」
合点がいって一気に状況を把握したらしく、村長さんは青褪めた。
「あれの毒を吸ったのか?!だ、大丈夫なのか?!」
「ええ。幸い、吸い込んだのは少量だったようです。すでに解毒済みですので、安心してください」
【神聖術】のことは話せないので、少しだけ嘘を混ぜる。
「そうか…。感謝する」
村長さんが安堵の溜息を
「あの…、村長───その“お化け茸”?って何なんですか?」
「ああ、出たのはワシの幼い時分じゃったからの。今の村のもんは知らんよな。────巨大な茸が寄り集まったような姿をした、“毒”を吐きながら歩き回るという恐ろしい魔物じゃよ。滅多に出ることはないらしいがの」
「キノコが寄り集まったような姿…」
躊躇いがちに口を挟んだ村人は、村長さんの答えに微妙な表情となった。
“毒”はともかく、村長さんの語る“マイコニドの姿”は、それほど恐ろしく感じられなかったようだ。
「ところで────この人らは、リゼの仲間か?」
「はい。こちらはSランカーのアレドで、そちらの男性がBランカーのディドル、女性はBランカーのユリアです。それから、この二人はBランカーのネスとCランカーのジンです」
“ネス”と“ジン”とは、レナスとジグの冒険者としての通称だ。二人は騎士服から、鞣革の部分鎧を身に着けた冒険者らしい服装へと着替えている。
皇都での騒動に関する噂はまだ届いてはいないはずなので、ここでは身分は告げずに小規模の“旅団”という体裁をとることにした。
そのため、レナスとジグも、騎士ではなく冒険者として振舞う。勿論、レド様の瞳も銀色を装っている。
「CランカーとBランカーでもすごいのに、Sランカーまでいるのか。さすが、リゼの仲間じゃな」
村長さんは、そう言って笑った。そして、レド様たちに向き直る。
「あんたたちにも、礼を言う。うちの者を助けてくれてありがとう」
「いや。手遅れにならなくて良かった」
村長さんの言葉に、レド様は表情を緩めて返した。
「いつまでも、ボルたちをこのまま荷台に寝かせておくわけにはいかんな。────おまえたち、ボルたちを運んでくれ」
遠巻きに話を聴いていた村人たちの幾人かが動き出す。
近寄った村人の一人が荷台に上がろうとすると、それを阻止するかのように、レニが一歩踏み出した。村人たちは驚いて立ち止まる。
レニの行動の意味に気づいたレド様が、代弁するべく口を開いた。
「このまま家の入口まで運んでもらって、そこから担いだ方がいいのではないか?」
この村は中央に設けられた円形の広場を囲って、村人たちの住居が立ち並んでいる。
どの家も、玄関は広場側にあった。複数人で担ぎ上げて連れて行くよりも、玄関口まで馬車で運んでもらった方が早い。
「あ、そうか」
「そうだな」
「オレらじゃ、こいつらを運ぶのは大変だもんな」
「そうしよう」
村人たちは感心したように口々に呟いて、改めて動き出した。
「リゼたちは、ワシの家で詳しい話を聴かせてくれ」
「解りました。こちらとしても確認したいことがあります。ですが、その前に────別行動で支道から向かった残りの仲間たちが、馬と馬車を率いて、間もなく到着する予定なんです」
「そうか。到着次第、正門を開けさせよう」
「お願いします」
村長さんが振り向いて目配せをすると、残っていた村人の一人が、私たちが通された出入口より大きくとられ金具の蝶番や閂のついた“正門”の側に立つ、見張り台へと走っていった。
◇◇◇
村長さんの家にお邪魔する前に、ヴァルト率いるノワールたち精霊獣と馬車が無事に到着して、私たちは仲間たちとの合流を果たした。
【
それと、幼女を連れているのは不自然なので、ノルンとネロはキャビンで待機してもらっている。
すでに正午を過ぎていたので、まずは村長さんの家で昼食をご馳走になった。
総勢13人分もの食事を用意させるのは申し訳ないので遠慮しようとしたのだけれど、結局、押し切られてご馳走になってしまった。
私たちが馬車の固定やブランとグレナの世話をしていた間に、全員分を用意してくれて────村長さんの奥さん、息子さんやお孫さんのお嫁さんたちは、さぞかし大変だったに違いない。
美味しい料理を作ってくれたことに、本当に感謝だ。
その後、食後のお茶をしようとしていたところに、“マイコニドの毒”を食らって意識のなかった村人の一人───ボルさんが訪れた。
意識が戻って奥さんから事情を聴き、馬車には私たちがいる様子がなかったため、村長さん宅にやって来たらしい。
セレナさんとバレス、年少組を先に馬車へと帰らせて────レド様と私、ジグとレナス、ディンド卿とヴァルト、それにミュリアとで、村長さんたちと話をすることになった。
「それでは───ボル、リゼ、詳しい話を聴かせてくれ」
ボルさんは狩りや採取を担う男衆のリーダー的存在で、それに見合う屈強な印象を与える壮年の男性だが、毒に侵され体力を消耗しているために、さすがに覇気がなかった。
支えるように寄り添う奥さんが、心配そうにボルさんを見上げる。
「まず、礼を言わせてくれ。リゼ───オレたちを助けてくれたこと、本当に感謝する」
「いえ。助けられて良かったです」
レド様がこの村を気にしてルート変更をしなければ、ボルさんたちは命を落としていたのだと───私が知らないうちに、かつてお世話になった人たちが命を落としていたのだと思うと、本当にぞっとする。
「村長さん、ボルさん───詳しいことをお話しする前に、確認したいことがあります」
私は先を制して切り出した。
「何じゃ?」
「あの場にいたのは、この村の住民だけでしたよね。何故、冒険者を随行させなかったのですか?」
尤も冒険者が随行したところで、マイコニドは広く知られているわけではないので、今回の惨事を防げなかった可能性は高いけれど。
「冒険者が村に滞在している様子すら見受けられないのですが────今期は護衛依頼を出さなかったのですか?」
私の指摘に、村長さんとボルさんは一瞬だけ無言になった。そして、村長さんは困った表情を、ボルさんは憤った表情を浮かべた。
「いや───例年通り、早めにガイラムの街に依頼して、“膨張期”が始まる前には村に入ってもらったのじゃが…」
「任務放棄して、ガイラムに帰っちまったんだよ」
「任務放棄、ですか?」
「ああ。依頼を受けたのは、メンバー全員が十代半ばという新進気鋭のCランクパーティーで────オレが見たところ、実力もちゃんと備わってた。まあ、だからこそ、だったんだろうな」
「今年は何故か魔物が少なくてな。魔物討伐より雑用をやる方が多くなってしまったんじゃが、それが気に食わなかったらしくての…」
こういった───街から離れた小さな村や町の護衛依頼は、出現した魔物や魔獣に対して出される討伐依頼と違って、集落に滞在して魔物が出現したら対応することになる。
魔物の出現は状況によるので、しばらく出現しないことも当然ある。
報酬は滞在日数で計上され────魔物の大量発生、変異種や魔獣の出現など、そういった異常が起きた場合に特別報酬が上乗せされる方式だ。
逆に、魔物の出現が少なく報酬に釣り合う働きを見込めない場合は、雑用を引き受けるのがルールとなっていた。
「こんな雑用をするために田舎から出て冒険者になったんじゃない!───って捨てゼリフ吐いて、ちょうど行商に来た商人にムリヤリ同行して、出て行っちまったんだ」
「まあ、あの子らの気持ちも解らんでもないがの。今期は本当に魔物が出なかったからな…。それに、どうもここと似たような小さな村の出身で、その生活から抜け出したくて冒険者になったみたいだから、余計にそんな気持ちになったのじゃろうな」
憤りの隠せないボルさんに対して、村長さんは多少の理解があるようで、その声音にはあまり怒りは感じられなかった。
「────そんなに、今期は魔物が少ないのですか?」
「ああ。2ヵ月弱の滞在中、何度か行った伐採や狩りで遭遇した魔物はオークと“レッドウォーム”数体だ。魔物が村に接近したことが一度だけあったが、それも少数のゴブリンだったし────正直…、冒険者に頼らなくても、オレたちだけで対応できたくらいだ」
“レッドウォーム”は、巨大なミミズのような魔物で────普段は地中に潜っていて、滅多に地上に出てこない。それは、地中でしか生息できないからというわけではなく、他の魔物に捕食されるのを避けるためらしい。
それが地上に現れたということは、この一帯にはレッドウォームを捕食するような大型の魔物がそれほど存在していないということだ。
ガレスさんとバドさんも言っていた────今期は魔物の数が少ない、と。
あれは、あの異質な集落のせいだとばかり思っていたけど────この地域でも魔物の数が減少しているというのなら、他に要因がある…?
冒険者ギルドに寄ったら、他の地域からも同じような報告が上げられていないか確認してみよう。
「状況は理解しました。それで、新たな護衛依頼は出しているのですか?」
「出してはいるが、この時期だ。引き受けてくれる者が、なかなか現れなくてな」
「そうですか…。────薪は、今日中に調達する必要はありますか?」
「いや、まだ余裕がある」
「解りました。────実を言うと、マイコニドは“毒”を吐かないように魔術で氷漬けにしただけで、まだ処理をしていないんです。これから、私たちはあの場所へ戻って処理をしてくるつもりです」
「処理?」
「はい。マイコニドは斬ったり潰したりすると“毒”を放出するため、取り除くには焼却するのが、今のところ最善とされています」
「そうだったのか…。木を切るのに邪魔だったから、どけようとして斧や鉈で斬っちまった。あれがいけなかったのか」
「そうですね。マイコニドは厄介ではありますが、“毒”さえ吸わなければ、そこまで脅威ではありません。ですから、とにかく“毒”を放出させないことが肝要です。
対処の仕方としては────まずは乾いた大きな布をたくさん用意します。油に余裕があるようでしたら、その布に染み込ませてください。ただ───今回のように広範囲に渡る、あるいは規模が大き過ぎるといったような場合には、消火が難しくなってしまうので、油は使用しない方が良いです。
次に、マイコニドを刺激しないよう注意して、その布をマイコニドに被せます。一枚の布で足りないようなら端を重ねて、隙間なく敷き詰めてください。マイコニドの数が少ないようなら薪で囲い、広範囲に渡っているのなら布の裾に石を置くか杭を打つかして捲れないよう固定して、火を放ちます。その際は、念のため、鼻と口元を布で覆い隠して、風上に回ってから火を放ってください。
できれば、マイコニドから少し間を置いた距離の木々を事前に伐採して、切り株以外を取り除いておくと、燃え広がるのを防ぎやすくなります」
「そういえば、あの時、“お化け茸”を退治してくると言って、じいさんたち村の男衆が布と松明を抱えて出て行ったのを思い出した。────これは、ちゃんと伝え広めておいた方が良さそうじゃな」
「ええ、そうしてください」
「……今回もそれをするのか?」
心配そうなボルさんに、私は安心させるべく言葉を足す。
「なるべく周囲の木々を損なわないよう、細心の注意を払って行うつもりなので安心してください」
「そうか。ありがとう。どうか、よろしく頼む」
◇◇◇
私たちの馬車は、行商人が馬車を停めるスペースである───村の中央広場を囲む家々が途切れた個所に停泊させてもらっている。今夜はこの村に滞在させてもらう予定だ。
マイコニドの処理に向かう前に馬車に戻ると、すでにテントの展開が終わっていた。どうやら、村人が手伝ってくれたらしい。
「予定していた通り、俺たちはマイコニドの処理をしに向かう。ノルンも共に来てくれ」
「解りました、
「バレス、ハルド、アーシャ、ラギ、ヴィド───お前たちはこの場に残って、ブランとグレナ、精霊獣たち、それに馬車を頼んだ」
「かしこまりました」
バレスが応え、他の四人も頷く。
「バレス───もし何かあったら、人目より人命を優先して能力や魔術を行使しろ」
「承知いたしました」
「ハルド、アーシャ、ラギ、ヴィド───お前たちもだ」
「「「「はい」」」」
隣接して広がる畑だけでなく、周囲に広がる森のこの村周辺部分にも、マイコニドや脅威となりそうな魔物は見当たらないし────念のため、レド様の【神眼】でも私の【
だけど、万が一ということもある。
私は近くに仲間以外いないか確かめてから、一応声を潜めてヴァイスの背中に引っ付いたままのネロにお願いする。
「ネロもこの場に残って、何かあったら私に知らせてくれる?」
「ん、まかせて」
ネロはまだ眠そうにしながらもそう返して、ヴァイスの背から飛び降りた。
「ノワール、シュヴァルツ、ニゲル、メラン、マヴロ、アスワド───それと、ブランとグレナ。何かあったら、ここに残る仲間たちや村人たちを助けてあげてくれる?」
「解りました。私たちにお任せを」
“
「ありがとう。────ヴァイスは、私たちと一緒に来てくれる?」
「勿論だ、我が姫」
ヴァイスとはこの村に来る前にも同じ遣り取りしたな────と思いながら、さりげなく揺れているヴァイスの尻尾にほんの少し和む。
「それでは、行くか」
レド様が、私を始めとした同行する仲間たちに向かって告げる。
「どうか、お気を付けて」
言葉にしたのはバレスだったが────ハルド、アーシャ、ラギ、ヴィドも、その表情から、そう思ってくれていることが一目瞭然だ。
「今日はちゃんと夕食を作る予定だから、そのつもりでいてね」
どこか心細そうなバレスたちに、私は務めて明るい声で告げる。皆は、少しだけ表情を緩めて頷いてくれた。