コントラクト・ガーディアン─Over the World─   作:tea4

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第三章―沈黙と直観―#2

 

 私とセレナさんの魔術によって創られた氷は、未だ融けることなくマイコニドを封じ込めていた。

 

「レド様、【神眼】を発動してもらえますか?」

「解った」

 

 私も【心眼(インサイト・アイズ)】を発動させて、【(シンクロナ)(イゼーション)】でレド様の【神眼】に重ね合わせる。

 

 氷を透かして、空き地を縁取るように覆うマイコニドの姿が視えた。マイコニドの下には、以前に切り倒した木々の切り株が点在している。

 

 それと────“菌床”とされたと思しき、数頭のレッサーエイプ。

 

 

 “レッサーエイプ”は、オーガ、オーク、コボルト、ゴブリンとは違う系統の二足歩行の魔物───前世でいうところの“類人猿”に似た相貌の、木に登り四足歩行もする“エイプ系”の一種だ。

 

 形相は“険しい表情のチンパンジー”といった感じで、エイプ系の中では小柄で力はないが、その分すばしっこく、群れとなると討伐の難易度が格段に上がる。

 

 腕や背中にうっすらと縞模様があることから、“ストライプエイプ”とも呼ばれている。

 

 

「リゼの言う通り、この下には魔物がいたな」

 

 一番初めに【測地】を発動させたとき、四肢を持つ生物が横たわったような形に見える個所があることに気づき、もしかしたら────と思っていたのだ。

 

「……“マイコニドの毒”に侵されるとこうなるのか」

 

 身体の全面に巨大な茸をびっしりと生やしたレッサーエイプの様相を透かし視て、レド様は眉を寄せて呟く。

 

「分析結果では“マイコニドの毒”に侵された場合、生きながらにして苗床にされるとのことでしたが────どのレッサーエイプも絶命していますね」

 

「生きながらにして───って、生きている状態で体中にキノコが生えてくるってことか?」

 

 ヴァルトにはマイコニドの“菌床”にされたレッサーエイプの姿は視えていないが、言葉だけでも寒気を感じたらしく、ぶるりと身体を振るわせた。

 

「最終的には麻痺状態になるので、自分の身体が茸に蹂躙されるのを、抵抗どころか身動きすらとれずに見ているしかないようですよ」

「ひぇ…」

 

 怖いもの知らずのヴァルトも、さすがに恐怖を感じたようだ。毒茸による麻痺状態を経験したことがあるから、余計にリアルに想像できるのだろう。

 

 

「“最終的”ということは────最初のうちは、動くことも歩くこともできるということですか?」

 

 ディンド卿が口を挟む。さすが、察しが速い。

 

「ええ。おそらく、茸を身体に生やした状態でも、完全に麻痺状態に陥る前なら歩き回ることもできたのではないかと思います」

 

 ディンド卿と私の会話の意図を察したレド様が、結論を口にする。

 

「つまり────“マイコニドの毒”に侵されたものが、茸を生やした状態で歩き回っているところを目撃されたために、“歩く茸”と呼ばれ、魔物の一種だと考えられている────ということか?」

「私はそう考えています。分析によれば、マイコニドは“魔導生物”ではあるものの、茸の一種でしかなく────“毒”を放って寄生することはできても、動物のように動き回ることは不可能みたいですから」

 

「リゼラ様、その“魔導生物”───とは?」

 

 耳慣れない言葉に引っかかったようで、ディンド卿が訊ねる。

 

「古代魔術帝国では、動植物を魔術や魔導機構によって改造したり合成したりして、人間にとって都合のいい生物を創り出していたみたいで────そうやって創り出された生物を、総じて“魔導生物”と呼んでいたようです」

 

「では、このマイコニドも?」

「はい。ただ、“マイコニド”という種が存在していたわけではなく、“魔導生物”である茸の変異種みたいですね。

古代魔術帝国時代にも稀に見られた現象のようで、一応は改善も試みていたみたいです。

でも、“マイコニド”という呼称は【記録庫(データベース)】にはないので、古代魔術帝国崩壊後に名付けられたということになりますから────その改善は成し遂げられなかったか、もしくは改善される以前の種が残ってしまっているのだと思います」

 

「茸の“変異種”…、ですか?」

「はい。魔素を過剰摂取した場合、他の植物なら“墨果”となるところを────このマイコニドは、魔物同様に変異したということらしいです。おそらくは、“魔導生物”に施される“魔素さえあればどんな環境でも育つ”という特性が、寄生して宿主の魔力を使って繁殖するという形態に繋がっているのではないか、と」

 

 “墨果”とならないのは、植物ではなく“菌類”であるからだろうと思うけど、今はそこには触れないでおく。

 

「現在の名称を知っていて、対処法まで心得ているということは────リゼは、以前、これに遭遇した経験があるということか?」

「はい。そのときはベテラン冒険者と一緒だったので、“毒”を放出させることなく対処でき、事なきを得ました」

 

「………俺としては、その一緒にいたというベテラン冒険者とやらについて詳しく聴いておきたいところだが」

「ええっと…、とりあえず、“女性”とだけ言っておきます」

「そうか。それなら後でいいな」

 

 仲間たちの微妙な視線をものともせず、気を取り直したらしいレド様は続ける。

 

「マイコニドが発生するのは頻繁にあることではないんだよな?」

「そう聴いています」

「発生する条件は判明しているのか?」

「いえ。“毒”を放つ危険性があるために見つけたら焼却処分を余儀なくされるので、調べようにも調べられないみたいです」

 

 稀にしか出現しないから、そのときは究明する必要性を感じても、熱意が持続しない───あるいは引き継ぐのが難しいのかもしれない。

 

 だから、マイコニドが茸の集合体のような魔物で自ら動き回ると、未だに信じられているのだろう。

 

「そうか…」

「ですが───今回の出現は、ダルの村で雇われた冒険者が街に戻ってしまった理由と同じなのではないかと」

 

「……魔物が少ないから、ということか?」

「はい。魔物は他の魔物を捕食することが多いですが、果物や茸も食べます。だけど、今期は魔物が少なかったために、食い荒らされることなく魔素を吸収し続けた結果、変異したのではないかと思います。

それと────もしかしたら、魔物が少ないことで、普段よりも漂う魔素が増えているのかもしれません」

「なるほどな…」

 

 レド様は言葉を切って、少し考え込む。

 

「前の人生では、この時期にマイコニドが出現したという報告も、魔物が減少傾向にあったという報告も受けた覚えはない」

「……そうなのですか?」

「ああ。前の人生での俺は今の人生よりも6年ほど遅く生まれ、定例通りに成人したから、この時期には“護国の将軍”となっていた。そんなことが起こっていたのなら、俺にも報告が寄せられていたはずだ」

 

 

 “一度目の人生”ではセアラ様はロレナ前皇妃の親衛騎士を務めていたんだっけ。その関係で皇王陛下に見初められて、側妃になったんだよね。

 

 今世はその過程がなかったから、レド様がお生まれになるのが早まったということかな。

 

「考えてみれば────先代ベイラリオ侯爵が亡くなっていることやジェミナ皇妃の影響などで、レド様の“一度目の人生”とは、レド様を取り巻く環境だけに留まらず、国の状況も大きく変わっているはずですよね」

「そうだな。前の人生では、先代ベイラリオ侯爵の横槍などでやりにくくはあったが、それでも皇族の体裁は保たれていたし────騎士団や辺境伯軍、各領軍も機能していたから、冒険者に頼りきるような状況ではなかった。だから、冒険者ギルドも幾つかの主要都市に点在している程度だった」

 

「ビゲラブナとかいう馬鹿のせいで冒険者の需要が一気に増えて、全国各地にギルド支部が据えられたというわけですか」

 

 ヴァルトが顔を顰めて、吐き捨てるように言う。

 

 おそらく、傲慢な人物による、周囲に悪影響を及ぼすような所業が許せないのだろう。もしかしたら、前の主を重ねているのかもしれない。

 

「そういうことになるな。ビゲラブナが防衛大臣に就いたのは、ジェミナが皇妃となってすぐのことだから────もう25年前か。主要な役職は勿論、政に影響のある主だった貴族家も、かなり入れ替えられている。国の在り方が変わり果てるには十分な年数だ」

 

「一度、ルガレド様の記憶と現状を照らし合わせて、相違点を洗い出してみた方が良さそうですね。そうすれば、おのずと現況も見えてくるかもしれません」

 

 ディンド卿の提案に、レド様は肯く。

 

「確かに。だが、それは後にすべきだな。────とにかく、今はマイコニドの処理をしてしまおう」

「そうですね」

 

 

◇◇◇

 

 

「それで────リゼ、これをどうやって燃やすつもりなんだ?」

「いえ、この後にちょっと試してみたいことがあるので、今回は燃やすのではなく、手っ取り早く分解してしまおうと考えています」

「分解?」

「はい」

 

 私はレド様からノルンに視線を移そうとして、先に【結界】を張ろうと思い直す。

 

「まずは【結界】を張ってしまいますね」

「それでしたら、俺が」

 

 昨日同様にジグが申し出る。セレナさんも、同じことを申し出ようとしていたみたいな雰囲気だ。

 

 やる気を出してくれているジグとセレナさんには申し訳ないが、【結界】で“周囲にいる生物の目に映らないようにする”のは私にしかできないようなので断る。

 

「今日は私が張るよ。人間や魔物を寄せ付けないだけでなくて、これからすることを目撃されないようにしたいから」

 

 

 ノルン曰く、私は能力でも魔術でも、魔術式に魔力を注ぎ込んで発動させるのではなく、思い描いた現象を起こすために魔術式を利用しているだけなのだそうだ。

 

 白炎様曰く、“神子”である私は“世界に直接干渉する”ことを許されているらしく、魔術式などなくてもダイレクトに空想を具現化させることもできるのだそうだ。

 

 ただ、無から有を創り出すというのは、一から細かく想像して、全てを魔力で創り上げなければならず、それなりの時間と魔力を要する。そのため、私は無意識に使用可能な魔術式や知識を利用している───らしい。

 

 “技能”である【創造】がまさにそうで────私の知識や記憶の中から近いものを抽出して参考にすることで、時間と魔力を節約しているようだ。

 

 私が施す【固定魔法】も、エルフが確立した方法を踏襲しつつも、【固定魔法】とは似て非なるものとのことだった。

 

 おそらく【結界】にも、セアラ邸の厨房のライト部分の───下側からはただのライトにしか見えないのに、隠し部屋からは窓のように様子を窺える古代魔術帝国の技術とか、前世で習った“光の屈折”などの知識とか────そういった何かしらを、【防衛(プロテクション)】同様、反映させているのではないかと考えている。

 

 

 

 【結界】を張り終え、私は今度こそノルンに顔を向ける。

 

「ノルン───最大サイズの“棺”を取り寄せてくれる?」

「了解しました、(マスター)リゼラ。最大サイズの棺を取り寄せます」

 

 ノルンの身体がうっすらと光を帯び、目の前にダブルベッド2個分ほどの大きさの、シンプルな石造りで蓋のない“棺”が現れる。一見、大きな花壇に見えなくもない。

 

 これは、“霊廟”に据えられていたものと同じ魔導機構で────底に敷き詰められた土に潜む“魔導生物”である“バクテリア”が、土に埋めたものを分解してくれる。

 棺に仕込まれた機能で、時間を“ずらす”ことも可能だ。

 

 私はセレナさんとヴァルトの表情を窺う。

 

 マイコニドを処理するのに、セレナさんとヴァルトの肉親を弔ったものと同じ魔導機構を利用することに嫌悪を感じるのではないかと心配になったけど、どうやら二人とも気にしていないみたいで安堵する。

 

「なるほど。この中に埋めて分解させるんだな?」

「はい」

 

 デレドたちの件で、レド様も支給品である“霊廟”の存在と機能はご存じだ。

 

「まずは、私の思惑通りにいくか試してみますね」

 

 私は棺の縁に手を触れた。すると、棺の下に魔術式が展開して光を放った。時間が惜しいので、時間の“ずれ”を最大レベルに設定する。

 

 それから、焚火を消火する際に用いる大き目のスコップを一つ取り寄せて、氷漬けのマイコニドに歩み寄った。

 

 スコップに載る大きさの一株を選んで、慎重に土ごとスコップで掬う。

 落とさないよう注意しながら戻って、棺の中に入れる。

 

 一瞬だけ間を置いて、マイコニドに接する部分に僅かな光が走ったかと思うと、マイコニドがゆっくりと傾き始めた。

 

 まるで土が呑み込んでいるかのように見えたが────目を凝らしてみれば、マイコニドが表面を覆う氷と共にバクテリアによって物凄い速さで分解されていることが判る。

 

 ついには、跡形もなく消え失せた。

 

「旨くいったみたいですね」

 

 私は念のため【心眼(インサイト・アイズ)】で確かめてから、スコップを6本取り寄せ、仲間たちに振り向く。

 

「マイコニドを棺に入れるのを手伝ってもらえますか?」

「お任せを」

 

 真っ先に応えたのは、ヴァルトだ。何やら不敵な笑いを浮かべている。

 

 まるで茸に恨みでもあって仇をとるような雰囲気だ。昨日の話からすると、あるとしたら逆恨みっぽいけども。

 

 まあ、でも頼りになりそうではある。

 

「ええっと…、お願いします」

 

「リゼ、俺も手伝う」

 

 予想通りのレド様のお言葉に、私は小さく笑みを零す。そう仰られると思っていた。

 

「それでは、お願いします───レド様」

 

 私がスコップの持ち手を向けて差し出すと、レド様は嬉しそうに口元を緩めて受け取る。

 

 続けて、ジグとレナス、ディンド卿───そして、ミュリアにスコップを手渡す。

 

「セレナさんは万が一に備えて待機していてもらえますか?マイコニドの氷が砕けてしまったときは、再び魔術で氷漬けにしてください」

「解りました」

 

「ヴァイスとノルンは、周囲を警戒していて欲しいの」

 

 今期は数が少ないとはいえ、魔物が寄って来ないとも限らない。【結界】で近寄れないものの、警戒はしておいた方がいい。

 

「了解した、我が姫」

「解りました、(マスター)リゼラ」

 

 

◇◇◇

 

 

 この空き地を陣取っていた全てのマイコニドを分解し終えて、私は【心眼(インサイト・アイズ)】を発動させて見回す。

 

 空き地どころか、周囲に広がる森にも胞子すら残っていない。

 

 念のため、【測地】を併用して、地中からマイコニドが生えていた個所に【浄化(ピュリフィケーション)】をかけておく。

 

「少しだけ、端に寄っていてくれますか?」

 

 私は皆にそうお願いすると、“棺”をアイテムボックスへと送って、空き地の真ん中で片膝をついた。

 

「何をするつもりだ、リゼ」

「ちょっと偽装工作をしておこうと思いまして」

「偽装工作?」

「はい。ここでマイコニドを燃やしたように見せかけるんです」

 

 掌を地面に当て、穴を掘る。瞬く間に地面が陥没して、直径3m、深さ2mほどの穴が開く。私はそのまま土に含まれた魔素を用いて炎を生み出す。

 

 炎は、剥き出しの土を席巻するかのごとく燃え広がった。土の色が変わる頃を見計らって、再び掌を地面に当てる。

 

 穴を囲うように、陥没した分だけ盛り上がっていた土を一気に崩して、炎ごと穴を塞ぐ。

 

 そして、立ち上がって、地下施設の研究所から手に入れた小規模攻性魔術───【流水槍(ウォーティ・スピア)】を発動させた。

 

 でも、攻撃をしたいわけではないので、空中に出現させた水は槍状にはさせずに、注ぎ込むようにして穴だった箇所に落とす。

 

 濡れた土のあちこちから煙が漏れ出て、細く立ち上った。

 

「これで大丈夫かな…」

 

 私は完全に消火できたか確かめて、仲間たちへと振り返った。

 

 あれ───レド様を始めとした男性陣が何だか遠い目でこちらを見ているのは気のせい?

 

 ミュリアとセレナさんが、やけに興奮しているのは気のせいではなさそうだけど…。

 

「リゼは、本当に何でも出来てしまうよな…」

 

 いえ、それは私よりもレド様の方だと思うんですが…。

 

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