コントラクト・ガーディアン─Over the World─ 作:tea4
とにかく、これでマイコニドの処理は済んだ。
後は────
「それでは、マイコニドが何処から現れたのかを調べましょうか」
「そうだな。だが───どうやって調べる?先程探査した時には、この周辺にマイコニドは見当たらなかったよな?」
「はい。おそらく、レッサーエイプはここで寄生されたのではなく、寄生された状態でここまで移動してきたのだと思われます。
問題は、寄生されたレッサーエイプはここに倒れていたので全てだったのか───ということです。もし他にもいて、別の場所に移動して繁殖していたら…、大変なことになりかねません。
それに、レッサーエイプが寄生された地点にマイコニドが残っている可能性もあります」
「確かにな。────それで、どうする?【神眼】を使うか?それとも、【測地】を併用する方がいいか?」
「いえ───今回は、闇雲に探る前に、別の方法を試してみようと思っています」
「別の方法?」
私はレド様から、ヴァルトへと視線を移す。
「ヴァルト、お願いしたいことがあるのですが」
「え、ワシですか?」
この流れで指名されるとは思っていなかったらしく、ヴァルトは困惑気味に返した。
「ヴァルトに何をさせるつもりだ?」
「固有能力である【直観】を使ってもらおうかと」
「【直観】を?────あれは、【索敵】と同じような能力だったんじゃなかったか?
性能に大差はないものの、【索敵】よりも魔力を消費するから、余程のことがない限りは【索敵】を使うということになったはずだ」
「あの時はそう判断しましたが────昨日のヴァルトの話を聴いて、再考の余地があるのではないかと思ったんです」
「どういうことだ?」
「“固有能力”は、私が加護を施すことによって使えるようになります。この能力は、加護と共に私が
「ああ、言っていたな。────それが?」
「ラナ姉さんの【聖域】、カデアの【聖光】、バレスの【聖壁】に関してなら、確かにそう言えるかもしれません。ただ、“授けた”と言うより、“願望を叶えた”と言った方が適切だとは思いますが」
「願望を叶えた?」
「はい。三人の能力は、形状こそ違えど、あらゆる災いを防ぐというものです」
カデアの固有能力である【聖光】は、指定した人物を特殊な光で囲い込み、あらゆる害悪から護るという能力だ。ラナ姉さんの【聖域】やバレスの【聖壁】同様、“
「これは完全に私の憶測ですが、おそらく、三人とも過去の体験からそのような力を欲していて────私の加護によって、その願望が“固有能力”という形に昇華されたのではないかと考えています」
ラナ姉さんは、幼い頃に相次いで両親を病気で亡くし、生家を失っている。だから────病気すら寄せ付けない安全な場所が欲しかった。
カデアは、セアラ様を護れなかったことを悔いていて、レド様を護ると誓っている。だから────自分が敵を相手取っている間、大事な人を安全に隔離しておけるような能力が欲しかった。
バレスは、理不尽にも、実父の命令によって為す術もなく手足を斬り落とされた。だから────どんな理不尽な行為からも身を護る壁が欲しかった。
「なるほど…。それでは、オレの【絶禍】もそうかもしれませんね。
ただ───オレの場合は、前世での無念ということになりますが」
「……どうかな。私としては、レナスの場合、願望というより前世の業が影響しているのだと思うけど」
レナスの固有能力【絶禍】は当初、【聖域】や【聖光】とは違い、【
検証の結果、物理攻撃は防げないものの、大規模の魔術でも防ぐことができるということだけは判った。
それが、前世を思い出して以後、再度分析を試みたところ“禍”すら防ぐことが判明した。
【絶禍】が、レナスの前世に関係しているのは明らかだが────これは“願望”が形になったというよりも、私の【
「それなら、俺の【天恵】も?」
「おそらくは」
ジグの固有能力である【天恵】────これも、ジグが前世を思い出すまでは、どういった能力なのか一切不明だった。
【
現時点ではまだ発動できていないので、発動条件や効果、使いどころなど、その詳細は判っていない。
「ラナ、カデア、バレスの固有能力は“願望”で────レナスとジグのは“前世の業”だと考えているんだな?では、それ以外の者は?」
「ラムルの【回帰】とヴァルトの【直観】については、“技能”と同じく、過去の経験が昇華されたのではないかと考えています」
ラムルの場合は、かつてのように大剣を振るいたいという願望も含まれているのかもしれないけれど。
「この能力が“直観”という名称通りなら、“これまでの経験や観察に基づき物事の本質を見抜く”能力のはずです。
“デファルの森域”で検証したときは、周囲に点在する魔獣を感知しただけだったので、単に【索敵】と同じような能力だと判断しましたが────もしかしたら、場所が特殊だったせいで本来の成果が得られなかったのではないか、と」
「“デファルの森域”は通常の森とは事情が異なるから、ただ魔獣の存在を感じ取ることしかできなかったが────この森ならば、放浪していた時代の経験を基に、魔物や魔獣以外にも何かを察知できるかもしれない────そういうことか?」
「はい」
「………確かに、試してみる価値はあるな」
レド様も納得してくださったようなので、私はノルンへと視線を移す。
「ノルン、一番最初にレド様の【神眼】と重ね合わせてここを視たときの記憶を【
ノルンが返答する前に、再びレド様が口を挟んだ。
「リゼ───記憶を投影するのなら、俺がやる」
レド様の申し出に、私は一瞬だけ無言になった。
「…………どうして、私が記憶を投影するつもりだと判ったんですか?」
「え、いや───記憶を【
そういえば────ノルンは、アドバイスができるくらい、記憶を投影することに慣れている感じだった。
こちらから相談したのならともかく、ノルンから言い出して勧めてきたのも、何だかちょっと妙だよね。
「………レド様?もしかして、ノルンに記憶を投影してもらったことがあるのですか?」
「ああ、いや、その…」
レド様が言い淀んで、視線を泳がす。レド様の隣に立つレナスも、あからさまに顔を逸らした。傍らのジグを見遣ると、顔を逸らしはしなかったが、僅かに表情が硬くなった。
つまり────昨晩の私たちのように、この三人で“上映会”を開催していた、と。
しかも、1回だけではなさそうな感じだ。それに、この様子だと私に関係する記憶を鑑賞していた可能性が高い。
レド様のことだから、ジグとレナスに別行動中の記憶でも投影させていたのだろう。
レド様が私の過去の映像を鑑賞していたことは、ちょっと恥ずかしい気持ちにはなるが、別に構わない。
私だって、記憶を投影するという方法を知って、これならレド様の正装姿とかいつか見た凛々しい表情だとか反芻できるのではないかと密かに考えちゃったし。多分、一人で過ごせる状況になったら実行しちゃうと思う。
でも、ジグとレナスを巻き込むのはいただけない。
二人は私の映像を観たって面白くもないはずだ。付き合わされて、いい迷惑だったに違いない。
そこだけは後で釘を刺しておかないとな。
私は溜息を
「レド様のお気遣いは有難いのですが────ちょっと試したいことがありますので、私が投影します」
◇◇◇
「こりゃ…、すごいな」
ヴァルトが辺りを見回して、感嘆するように呟いた。
ヴァルトの足元には、ボルさんたちが倒れ込んでいる。少し離れた位置には荷馬車が無造作に停められ、その下には横向きに倒れるバジの姿がある。
そして───この空き地を縁取るように、マイコニドが群生していた。よく見ると、斧や鉈で切り付けられて、ぱっくりと割れているものが幾つかある。
「確かにすごいな。実在しているみたいだ。とても、リゼの記憶を映しているだけとは思えない」
レド様も、驚きとも感嘆ともつかない声音で呟く。
そう、レド様の仰る通り、今見えているこの光景────これは、立体的に映し出した私の記憶の一部だ。
前世で見ていた“海外ドラマ”を思い出して、やってみたのだ。
それは忘却することのできない“超記憶症候群”のヒロインが、記憶を頼りに事件を解決していくという推理ドラマで────殺人現場に立ったときの記憶を立体的に思い浮かべて、それを見回しながら手掛かりを見出すというシーンが何度かあって────同じようなことができないかと思ったのだが、成功したみたいだ。
「リゼ、これはどうやって────」
「リゼラ様!どうやったらこんなことができるのですか?!」
興奮したミュリアはレド様の言葉を遮ったことに気づかず、勢い込んで訊ねる。
「………もし、このやり方で私の姿を映し出したいと考えているのなら、無理だよ?これは、風景に重ね合わせる形で映し出しているから、同じ場所でしかできないんだ。それに、結構、魔力を使うし…」
いや、まあ、風景も含めて細部に至るまで全て映し出せば、別に何処ででも出来ると思うけど────また私主演の上映会をする破目になるのは遠慮したいので、そう答える。魔力を余分に使うことになるのは事実だし。
「そうですか…」
意気消沈したミュリアに罪悪感を覚えたが、こればかりは本当のことを言えない。
「リゼラ様───それは、その出来事が起こった現場でなら投影できるということですか?」
「ああ、うん…、まあ、そうだね」
何故かジグにも訊ねられ、私は曖昧に頷く。
「ルガレド様、サンルームに行けばあの夜のリゼラ様を投影できるのでは?」
「あの夜のリゼを────それは試してみる価値があるな…!」
「是非とも、セアラ邸で休息をとる日に試してみましょう」
…………何で、ジグとレナスまで興奮気味なの?二人とも、“上映会”を迷惑がるどころか積極的に協力しているってこと?というか、“あの夜のリゼラ様”って何?
とにかく、今はマイコニドだ。マイコニドの件を片付けよう。
「ええっと…、それでは、ヴァルト───【直観】を発動してみてくれますか?」
「解りました」
私の言葉を受けて、ヴァルトが自身の固有能力を発動する。
ヴァルトの足元に魔術式が展開して光を放つ────ここまでは魔術や他の能力と同じだ。光を帯びた魔術式は、ヴァルトを中心に徐々に拡大していき、空き地を飛び出し、やがては視界からも飛び出していった。
少しだけ間を置いて、【直観】による結果が出たのか、ヴァルトは左前方───ヴァルトにとっては右後方に向かって振り向いた。
「マイコニドに寄生されたレッサーエイプどもは、あっちの方向から来たようですね」
あっさりと断言したヴァルトに、レド様を始めとした仲間たちは驚きに目を見開く。
「では、そちらへ向かってみましょうか」
ヴァルトの示した方向───左前方の木々が疎らな個所から森に入ると、すぐに獣道へと行き当たった。
その獣道を進み、しばらく道を辿ったところで、私たちは足を止めた。道端に折れた太い枝が転がっている。その側には、明らかに重い何かが落ちたような窪みがついている。
見上げると、眼前の木に枝が折れた形跡があった。
「枝を伝って移動してきて、ここで落ちた───ということか?」
「おそらくは。ここから、この獣道を歩いて進んだのでしょう」
すでに意識が朦朧としていて、再び木に登ることすら、ままならなかったのかもしれない。
「なるほど。これが、【直観】という能力の本領か。森の中を一人で彷徨い生き延びた経験のあるヴァルトだからこそ、こうした些細な痕跡や異変から瞬時に答えを導き出せるというわけだな?」
レド様が感心して呟いた言葉に、セレナさんが反応する。
「森の中を彷徨い生き延びた…?────ヴァルト、森を彷徨っていたことがあるの?」
ヴァルトが森でサバイバルをしていた事実を知らなかったらしく、セレナさんは衝撃を受けたような表情でヴァルトに問いかける。
まあ、一番親しいはずの自分が知らない過去を他の人が知っているのは、ショックだよね。
「え、いや、ディルカリド伯爵領を飛び出したときに、ちょっとだけな。あの頃は冒険者の仕事も今ほどなかったから、しかたなく、ちょっとだけだ」
「その話、私も聴きたいな」
「あー…、聴いても、あんまり面白くはないと思うぞ?森の中を彷徨い歩いて、魔物を狩ったり果物やキノコを採ったりして餓えを凌いでたってだけで────貧民街の乞食みたいな暮らしだったから、聴かせたくないっていうか…」
ああ、それで、セレナさんには話してなかったんだ。
「ヴァルトの過去なら、私はどんな話でも聴きたいな。………駄目?」
そう言って首を傾げたセレナさんは、女の私から見ても愛らしくて────ヴァルトがあっけなく陥落したのは言うまでもない。