コントラクト・ガーディアン─Over the World─   作:tea4

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第三章―沈黙と直観―#4

 

「ここか……」

 

 ヴァルトに何度か【直観】を発動してもらい、辿り着いたのは森の奥にひっそりと存在する小さな泉だった。

 

 積み上がった岩の合間から水が溢れ出ているかのように見えるが、どうやら、その背後に聳える崖の岩棚から流れ出て、積み重なった岩を伝い地面へと落ちて、泉を成しているようだ。

 

 周囲には背の高い樹木が獣道を残して立ち並び、鬱蒼と茂る葉が陽光を遮ってしまうため、辺りは薄暗い。

 

 枝葉が疎らな獣道の上空から入り込んだ陽光が、かろうじて泉の様相を視認できるくらいには明るくしている。

 

 【神眼】と【心眼(インサイト・アイズ)】を重ね合わせて見回せば、泉に面した木々の───陰に沈んで肉眼では見えづらい根元に、いくつかマイコニドが点在しているのが視えた。

 

 まずは、マイコニドを氷漬けにしてしまうことにする。

 

 数も少なく点在しているから、セレナさんに頼むよりも、私が【測地】を併用して氷漬けにした方がよさそうだ。

 

 【氷刃】でマイコニドを氷漬けにして、先程の“棺”とスコップを取り寄せる。そして、また仲間たちに手伝ってもらって、氷漬けにしたマイコニドを分解する。

 

 さっきよりも数が少ないため、それほど時間もかからずに終えた。

 

 

 

「どうやら、マイコニドはここで発生したようですな」

 

 【直観】を発動したヴァルトにそう告げられ、私は安堵の息を()く。他に寄生された魔物や動物は今のところ存在していないようだし、一安心だ。

 

「泉の水は、特別に魔素が濃いというわけではないですね。こういった泉や池は鳥獣や魔物の水場となっていることが多いですから────水を飲みに来たついでに茸を食べる魔物が減ったために、今回のような事態が起こったといったところでしょうか」

 

「あのレッサーエイプたちは、水を飲みに来て寄生された────ということか」

「おそらくは」

 

「懸念すべきは、またマイコニドが発生するのではないか、だな」

「ええ。ですが───私の推測通り、魔物の数が減少していることが原因ならば対策の立てようがないですね。

茸を採り尽くしてしまうか、あるいは定期的に魔素を消費して減らすような仕掛けを施すことならできるとは思いますが────どちらにしても、マイコニドが発生することは防げても、それによってどんな影響が出るか判りません。

“膨張期”はすでにピークを過ぎていますし、これから徐々に漂う魔素の量も減るはずですから、発生したら対処するしかないと思います」

 

「俺もリゼラ様の意見に賛成です」

 

 私とディンド卿の意見を受けて、レド様は少しだけ考え込んでから頷いた。

 

「そうだな…。その方がよさそうだ。────それなら、俺たちにできることはここまでだな。村に戻るとするか」

 

 

◇◇◇

 

 

 村に戻ると、まずは村長さん宅に直行して、マイコニドの処理を無事に終えたことに加えて、この近辺を探索した限りでは他にマイコニドは見当たらなかったと報告しておいた。

 

 今日の夕食は何がいいかな───なんて考えながら、レド様たちと共に馬車へと向かう。

 

「あれ?」

 

 馬車の手前────石材が敷かれた広場の部分に、人数分の荷箱を兼ねたイス、テーブル代わりのトランクが二つ置かれていた。その側には、焚火台も設置されている。バレスたちが準備しておいてくれたのだろう。

 

 馬車のテントをタープ状にしても、全員で食事を摂るには狭いので、あらかじめ村長さんに広場で食事をする許可はもらっていた。

 

「お帰りなさいませ。ご無事のようで何よりです」

「ああ、ただいま」

 

 出迎えてくれたバレスに、レド様が返す。

 

「この料理、どうしたの?」

 

 二つのテーブルには、ほのかに湯気の立つ料理が所狭しと並んでいる。

 

 時刻はまだ午後4時半だ。気を利かせて作っておいてくれたにしては早い気がして、私は首を傾げた。

 

 この数の料理を焚火台で作るには時間が足りないし、この場に残った仲間たちでは作れない料理も混じっている。

 

「全部、村の人たちが持ってきてくれたんだよ」

 

 私の疑問に、アーシャが答える。

 

「村の人たちが?」

「うん。ええっとね…、これとこれはリゼ姉さんにって。それで、これとこっちのとあれは、助けてくれたお礼だって。あ、あとね、こっちのナッツが入ってるパンはリゼ姉さんが気に入ってたやつだからって」

 

 アーシャが料理を指さしながら、説明してくれる。

 

「いっぱい持ってきたから、みんなで食べてって言ってた」

 

 確かに、どの料理も、皆で食べられるほど大皿に山盛りになっている。

 

「この野菜と肉を蒸したやつ、リゼ姉が作り方教えてくれたやつだよな?」

 

 ラギが、大皿の一つを指さして言う。

 

「そうだよ。この料理はこの村で教えてもらったんだ」

 

 何気なく孤児院の食事がパンとスープになりがちだと話したら、教えてくれたのだ。

 

 これなら油も使わないし、工程も単純で子供達でも作れるから、本当に有難かった。

 

 

「え、そうなの?」

 

 ヴィドが眼を見開く。

 

「まだ低ランカーの頃、この村の護衛任務にサポーターとして参加させてもらったことがあって────しばらく、ここに滞在していたの。ドライフルーツの作り方も、ここで教えてもらったんだよ」

 

「あー、だから、みんなリゼ姉のこと知っている感じだったのか」

「料理持ってきてくれた人みんな、リゼ姉ちゃんによろしくって言ってたよ」

「解った。伝えてくれてありがとう」

 

 後で、お礼がてら挨拶してこよう。

 

 作り置きのお菓子を渡したら、喜んでくれるかな────村の人たちが私を覚えていてくれたことや、こうして料理を持ってきてくれたことに胸が温かくなりながら、そんなことを考える。

 

「リゼがドライフルーツの作り方を教わった村というのは、この村のことだったのか」

「はい」

 

「料理を持って来てくれた村人にはお礼を言わなければいけないな。だが、まずは有難くいただこうか」

「そうですね」

 

 ちょっと夕食には早いけど、これだけ料理があるとなると休み休みでなければ食べきれない。

 

 久しぶりにこの村の郷土料理を味わえるのだと思ったら、心が弾んだ。

 

 

◇◇◇

 

 

 翌朝───いつもの時間に目が覚めた私は、布団に寝転がったまま、この後の行動を決めかねていた。

 

 通常なら鍛練をするところだけど、今は小さな村に滞在中だ。

 

 こんな早朝に広場で鍛練するのは迷惑だろうし、反対側は畑が広がっていて鍛練できるような場所はない。村の外に出るなら、わざわざ門を開けてもらわなければいけなくなる。

 

 よし、セアラ邸の地下調練場に行こう────そう決めて、一緒に寝ている仲間たちを起こさないよう気を付けつつ、上半身を起こす。

 

 すると、右隣で眠っていたノルンが、むくりと上半身を起こした。

 

配下(アンダラー)ミュリア、配下(アンダラー)セレナ、配下(アンダラー)アーシャ───起きてください。(マスター)リゼラが起床しました」

 

「え、ちょ───ノルン?!」

 

 何で、皆を起こすの…?!

 

「おはようございます、リゼラ様」

「おはようございます、リゼラさん」

「おはよう…、リゼ姉さん」

 

「あ、えと───おはよう、ミュリア。おはようございます、セレナさん。おはよう、アーシャ」

 

 立て続けに挨拶をされ、私は反射的に返す。

 

「鍛練をされに行くのですか?」

「え、ぁ、うん」

「では、私たちもお連れください」

 

 ミュリアは真剣な眼で告げた。

 

「昨日はリゼラ様が起床されたことにも気づかず、不覚を取りましたが────今日は、お供させてください」

 

 セレナさんとアーシャも、ミュリアと同じく、決意で表情を引き締めている。

 

 そうか。少しでも休んだ方がいいだろうと気を遣ったつもりだったけど────逆の立場なら、きっと私も不覚に感じていたに違いない。

 

 それに、考えてみれば、三人とも冒険者で野営の経験もある。加えて、布団は3時間眠ればコンディションの調う古代魔術帝国仕様だ。

 

 昨日も私の制止は振り切られ“上映会”が開催されてしまったが、夜更かしとまではいかなかったから寝不足ということもない。

 

「それじゃ、私の鍛練に付き合ってくれる?」

「はい、勿論です!」

「お付き合いします…!」

「うん!」

 

 勢い込んで返事を返す三人に、思わず笑みが零れる。

 

「ありがとう。そうと決まれば、着替えて布団を片付けようか」

 

 

 

 セアラ邸で鍛練することをジグとレナスには伝えておこうと【念話(テレパス)】を入れると、今日の護衛担当であるレナスも共に来るというので、地下調練場で待ち合わせることにした。

 

 扉の前で眠っていたヴァイスにも声をかけたところ、一緒に行くことになった。またもやヴァイスの背で眠っていたネロは、トランクルーム前のベンチに移って二度寝だ。

 

 

 地下調練場に転移すると、すでにレナスが待っていた。レド様とジグもいる。

 

「おはようございます、レド様」

「…おはよう、リゼ」

「まだ眠り足りなそうな感じですが…、大丈夫ですか?」

 

 レド様の身体が少しでも長い睡眠を欲しているというヴァイスの言葉を思い出して、ちょっと心配になる。しかも、どことなく不機嫌そうだ。

 

「大丈夫だ。眠そうに見えるのは────自然に目が覚める前に、ジグに叩き起こされたんでな」

「あれ、リゼラ様と鍛練を行いたかったのではないのですか」

「いや、お前───俺がリゼと鍛練したがっていたから気を利かせたのではなく、絶対、ただ単に自分が鍛練に参加したかっただけだろう。護衛で傍を離れられないからって、普通、叩き起こすか?」

 

 え、言葉通りに叩き起こしたの?

 

「ただ呼び掛けても、ルガレド様は起きてはくださらないでしょう。結果的に、リゼラ様と鍛練ができるのだからいいではないですか」

 

 ジグは怯むことなく、しれっと返す。

 

 まあ、確かにレド様を起こすのは至難の業だと思うけども。

 

「申し訳ありません、レド様。私が鍛練することにしたばかりに」

「いや、リゼが謝ることじゃない」

 

「ほら、ルガレド様がいつまでもぼやいているから、リゼラ様が気にされてしまったではないですか」

「……お前が言うな」

「お言葉ですが────起こさなければ起こさないで、後で起こさなかったことをぼやいたはずですよ」

「まあ…、それはそうかもしれないが」

「“かもしれない”ではなく、確実にぼやいたと思います」

 

 レド様は口を噤んで、拗ねた表情になった。ジグはどこ吹く風だ。

 

 零れそうになった笑みを呑み込んで、私はレド様に言葉をかける。

 

「レド様───せっかくですし、私と手合わせをしていただけますか?」

「ああ、勿論だ」

 

 私がそうお願いすると、レド様は表情を緩めた。

 

 

 

 レド様との手合わせを終え、組み合わせを変えて次の手合わせを始めようととき、不意に【転移門(ゲート)】が光を迸らせた。

 

 現れたのは、ラムルとカデア───それにラナ姉さんだ。

 

 私たちがいると思っていなかったのだろう。三人は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに嬉しそうなものに替わる。

 

「おはようございます、旦那様、リゼラ様」

「おはよう」

 

 皇都を発ってまだ二日だし、お互いの情報を共有するために【念話(テレパス)】で一日一回は報告を入れることになっているので、レド様は昨日もラムルと遣り取りしたはずだけど、やはり顔を見ないと寂しいのか────ラムルとカデアだけでなく、レド様の表情に喜びが滲む。

 

「おはようございます。────ラムルたちも鍛練に?」

「はい。やることを一通り終えましたので、三人で鍛練をしようかと」

 

「それなら、共にやるか」

 

 レド様の提案に、全員が頷く。

 

「ディンド様やヴァルトたちは来ていないのですか?」

「ああ。調練場に行くと伝えた際、共に行くと言われたんだが────馬車に誰もいなくなると、村人に不審がられる可能性があるからな。諦めてもらったんだ」

 

 そうだったんだ。

 

「あの村付近には大して魔物は存在していませんし、実戦もできそうもないですよね…。この後、私たちと入れ替わりで、鍛練してもらいますか?」

 

 昼下がりに村を発つ予定ではあるが、その前に薪の調達を護衛がてら手伝うことになっている。

 

 だけど、おそらく護衛としての出番はないだろう。

 

「だが、ディンドたちはここに来られても馬車には戻れない。そうすると、リゼが付き添わないといけなくなる」

 

 

 孤児院やロウェルダ公爵邸からなら、レド様も【転移(テレポーテーション)】で馬車に戻ることはできる。

 

 しかし、“拠点スペース”に納められているセアラ邸からでは、レド様には馬車や仲間たちの存在を感知することができないため、転移は不可能だ。

 

 私の場合は、ダルの村に転移することも、契約による繋がりを辿って精霊獣や仲間たちの存在を捕捉して、彼らの許へ転移することもできる。

 

 

 いざという時のために【転移門(ゲート)】を馬車の屋上の片隅に仕込んではあるものの、【認識妨害(ジャミング)】で姿はくらませたとしても【転移門(ゲート)】を作動させれば光を発するから、人目がない場所でしか使えない。

 

 やっぱり、【転移門(ゲート)】を介さずに転移できるような新たな方法を考案した方がいいかな。

 

 もしくは、魔術の発動を悟られないような方法とか。【隠蔽(ハイディング)】を組み込めばできるはずだ。

 

 ただ───大規模攻性魔術同様、私とレド様、ジグ以外は単独で発動できなくなるだろうから、魔導機構に落とし込む必要があることと、発動に必要な魔力量が増してしまうのがネックになりそうだけど。

 

「リゼ───新たな魔術を創るのなら、俺も協力する」

「えっ?」

「仲間たちが【往還】で何処かに転移しても、また戻って来られるような魔術を創るつもりなのだろう?」

 

 レド様の言葉に私は目を瞬かせる。どうして、私の考えていることが解ったんだろう。

 

「ノルン、ミュリア、セレナ、アーシャ───解っているな?」

 

「はい、(マスター)ルガレド。就寝前に(マスター)リゼラからお願いされても絶対に応じません」

「お任せください、殿下。決してリゼラ様に無理をさせるような真似は致しません」

「リゼラさんが無理するようなことがあれば、必ずお止めします…!」

「わたしもです!ちゃんと止めます!」

 

 力強く誓うノルンたちに、レド様は満足げに笑う。

 

「我はいいのか?」

「勿論、ヴァイス───お前もだ」

「了解した」

 

 ………何か、レド様の統率力が極まってきているような…。

 

 カデアが、咎めるような眼で私を見る。

 

「リゼラ様…、未だに無茶をされているのですか」

 

 いえ、まだ何もしておりませんよ…。

 

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