コントラクト・ガーディアン─Over the World─   作:tea4

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第三章―沈黙と直観―#5

 

 一通り組み合わせを変えて鍛練を終えると、レーヴァ邸へ戻るべく、ラムルとカデア、ラナ姉さんが私たちから離れて並ぶ。

 

「ラムル、カデア、ラナ───引き続き、皇都の方は頼む」

「かしこまりました」

 

 ラムルが応え、カデアとラナ姉さんが頷く。

 

「坊ちゃま、私とラムルがいないからといって羽目を外したりなさいませんよう。自分の欲望を優先して大事な女性に負担を強いるなど、以ての外ですからね」

「……ぅ、肝に銘じる」

 

 あ、共寝の件、カデアに報告してたんだ。顔を合わせたとき何も言わなかったから、てっきり話していないのだと思ってた。

 

「リゼラ様」

「は、はい」

「あまり無茶なことはなさいませんよう」

「…はい、ちゃんと心がけます」

 

 レド様に続いて釘を刺され、私は神妙に答える。

 

 カデアに心配をかけて申し訳ないと思いつつも、心配してもらえて嬉しい気持ちもあった。

 

「ラナ姉さん、またね」

「カデアさんの言う通り、無茶しちゃダメよ」

「解ってる」

 

「アーシャもよ」

「うん!」

 

「セレナさんとミュリアさんも、ケガをしないよう気をつけてくださいね」

「ありがとうございます。ラナさんも、どうかお気を付けて」

「リゼラ様のことは、私たちにお任せください!」

 

 私たちの遣り取りが終わったのを見計らって、ラムルが再び口を開いた。

 

「それでは、私どもはこれで」

 

 ラムルはそう言い置くと、【転移門(ゲート)】が設置された個所に踏み込んだ。カデアとラナ姉さんもそれに続き、魔術式が放った光に包まれた。

 

 ────あれ…?

 

 私は、何だか肩透かしを食らったような───そんな妙な違和感に襲われた。

 

 違和感の正体を考えあぐねているうちに、光を透かして浮かぶラムルたちの影が掻き消える。

 

「俺たちも馬車に戻るか」

「そうですね」

 

 レド様の言葉にディンド卿が応え、仲間たちも動き出す。

 

「リゼラ様?」

 

 ミュリアに声をかけられ、私は我に返った。先程の違和感の正体は掴めないまま、思考を中断する。

 

「どうかされましたか?」

「……ううん、何でもない」

 

 私は首を横に振る。そんな私たちの遣り取りに気づいたレド様が、口を挟んだ。

 

「リゼ?もしかして、体調が良くないのか?」

「え、いえ、違います!」

 

 慌てて、さっきよりも激しく首を横に振る。

 

「本当だろうな…?」

「本当です!」

 

 まずい、このままだとレド様が過保護モードに入ってしまう…!

 

「ちょっと寂しくなっただけですから…!」

「確かに、しばらく別行動になるからな。寂しく思うのは解る」

 

 何とかごまかせた、かな?

 

「レナス、ミュリア───リゼが少しでも体調が悪そうな素振りを見せたら休ませろ」

「「かしこまりました」」

 

 …………レド様とミュリアが傍にいるときは、なるべく考え事に没頭しないようにしよう。

 

 

◇◇◇

 

 

 ジグに【認識妨害(ジャミング)】を施してもらった状態で馬車の傍に転移すると、ちょうど夜が明けるところだった。

 

 朝日が村中に満ち、周囲の家々から一日が始まった気配がする。

 

 ディンド卿たちは自分たちの布団とその下に敷いていたシートを片付けただけでなく、テントをタープ状にして、朝食を摂るべく広場にテーブルやイスのセッティングまでしてくれていた。

 

「おはようございます───ディンド卿、ヴァルト、バレス。

おはよう───ハルド、ラギ、ヴィド」

「「「「おはようございます、リゼラ様」」」」

「おはよう、リゼ姉」

「おはよう、リゼ姉ちゃん」

 

「それでは、朝食の準備をしましょうか」

 

 今日の朝食は、村人に目撃されても差支えないように、カデアが作ってアイテムボックスにストックしてくれた中から出すつもりだ。

 

 私は、女性陣に加えてバレスとハルド、それにラギとヴィドを引き連れ、トランクルームへと入る。

 

 オーソドックスなコカトリスの肉と野菜をハーブで煮込んだスープと、カデアが焼いてくれた掌サイズの丸パンがいいかな。

 飲み物は果実水にしよう。

 マーデュの実をデザートに出して、食後にいつものお茶────で、どうだろう。

 

 そう提案すると仲間たちが賛成してくれたので、早速、食器と共に取り寄せる。

 

 スープ皿にスープをよそっていると、食欲をそそる香りに誘われたのか、くうぅ、とミュリアのお腹が可愛らしい音を立てた。ミュリアの頬が一瞬で赤く染まる。

 

「ふふ、鍛練でいっぱい動いたし、お腹空いたよね」

「ぅ、すみません…」

「リゼラさんの仰る通りです。だから、恥ずかしがることはないですよ、ミュリアさん」

「そうですよ!わたしだって、すごくお腹がすいています!」

「それに、カデアの作ってくれる料理は美味しいからね。匂いを嗅ぐだけで食欲が増すよね」

 

 私たちの言葉に実感が籠っていたからか、ミュリアの硬くなっていた表情が緩む。

 

「……オレも一緒に鍛練したかったな」

「ボクも」

 

 私たちの話を黙って聞いていたラギとヴィドが、拗ねたような口振りで呟いた。

 

「そっか。ごめんね。今夜は野外での野営になるはずだから、明日の朝は一緒に鍛練しよう」

 

 ラギとヴィドは、ぱっと顔色を明るくして頷く。

 

「あの…、オレも参加していいですか?」

 

 ハルドが何処か緊張した面持ちで、口を挟む。

 

「勿論」

 

 おそらく明朝は皇都にいたときのように全員での鍛練になるだろうとは思うけど、自発的にそう言ったハルドに私は笑みを零した。

 

 ハルドは、地下遺跡での戦いやスタンピード殲滅戦で自分の力不足を痛感したらしく────ここのところ、ラムルとヴァルトだけでなく、レド様や私たちにも積極的に指南を請い、鍛練に余念がない。

 

 アーシャやラギとヴィドもだけど────こうやって何かを頑張る姿というのは、見ていて応援したくなる。

 

 

「ぁ…」

 

 バレスもハルドに続いて口を開いたものの、言葉にならない声を漏らしただけで、また口を閉じた。

 

 その表情を見れば、バレスの言いたかったことは見当がつく。

 

 だけど、こちらから言い出すことはせず、私はバレスの言葉を待つことにした。バレスがどうしても言い出せないようなら、助け舟を出すことにしよう。

 

 セレナさんとハルド、他の仲間たちも私の考えを察したようで、何も言わない。

 

 しばらくの間、バレスは俯いていたが────やがて顔を上げて、意を決したように再び口を開いた。

 

「……あの、僕も────僕も参加させてもらえますか?」

 

「勿論。一緒に鍛練しましょう」

 

 

◇◇◇

 

 

 朝食が済んで、テントを畳みテーブルやイスを片して────ちょうど撤収作業を終えたところで、村長さんとボルさんが連れ立って現れた。

 

「おはようございます───村長さん、ボルさん」

「おはよう。────忙しいところをすまんが、今日はよろしく頼む」

「任せてください。今日は木を切り出すだけでいいんですよね?」

「ああ。肉はどうとでもなるが、薪は雪が降る前にできるだけ調達しておかねばならん」

 

「“薪小屋”には、どれくらい残っているんですか?」

「まだ半分以上は残っているが────不測の事態がないとも限らんからな。今のうちに小屋いっぱいにしておきたい」

「それなら、二往復くらいで十分でしょうか」

 

 小屋の大きさからすると、荷馬車に積めるだけ積んで二往復すれば、小屋いっぱいになるはずだ。

 

「リゼ───その“薪小屋”とは?」

「切り出した木片は乾燥させないと旨く燃えないということは、以前お話ししましたよね。“薪小屋”には魔道具が仕込んであって、中に積んでおくだけで木片を乾燥させることができるんです。────あちらに見える小屋、あれがそうです」

 

 私は、裏手の畑を囲むように建つ小屋の一つを手で示す。

 

「そうなのか。それは便利だな」

 

 ちなみに───この村には、小屋内の気温を低めに保つ魔道具を仕込んだ、“冷蔵庫”のようなパントリーも存在する。このパントリーも“薪小屋”も、村人なら誰でも利用できる共同施設だ。

 

 勿論、これらは、どこの村でも所有しているというわけではない。

 

 ここの“薪小屋”と冷蔵仕様のパントリーは、皇王デノンの施策による補助金で建造されたとのことだが────定期的に内蔵する魔石の交換をしてもらわなければならないらしく、維持するにはお金がかかる。

 

 維持できずに、こういった施設を死蔵している村や町も少なくない。

 

 

 この村は自給自足で成り立ち、農作物や狩猟で得た食肉の余剰分を街に卸してお金に替えて税金を払い、残ったお金で村では生産できない必需品を行商人から買うような────贅沢はできないけれど生計は確立されている、よくある地方の農村だ。

 

 だけど、目立つ特産品や伝統産業などはないため、皇妃一派に与する輩に目を付けられて搾取されることなく、却って生活は安定していた。

 

 

 

「それでは、行きましょうか」

 

 昨日、私たちが出入りした裏門の前に眼を遣ると、荷馬車と2頭の馬───レニとバジ、それにボルさん以外の男衆が集まっている。

 

 そちらへ向かうべく一歩踏み出したとき、何故かレド様に引き留められた。

 

「待て、リゼ。護衛及び手伝いについては、俺たちがやる。リゼは村で待っていてくれ」

 

 突然の申し出に、私は目を瞬かせる。

 

「もしかして…、まだ、私の体調が良くないと思っているんですか?」

「いや、そうではなく────俺たちは午後にはここを発つ予定だ。せっかく、久しぶりに訪れたんだ。どうやら、リゼと話をしたい者も少なくないようだし────俺たちが森に行っている間、歓談したらいい」

 

 遠巻きにこちらの様子を窺っている村の女性たちを示して、レド様が言う。

 

 確かに、昨日は差し入れのお礼と挨拶しかできなかったから、私としても久しぶりに皆と話したい気持ちはある。

 

「でも…」

「大丈夫だ。脅威となるような魔物がいるような気配は感じられない。俺たちだけでも十分だ」

 

≪ルガレド様のことは俺たちにお任せください───リゼラ様≫

≪リゼラ様の分まで、お護り致します≫

≪勿論、ワシもお護りします≫

 

 ジグ、ディンド卿、ヴァルトも、【念話(テレパス)】でそう言ってくれる。

 

 レド様の仰る通り、魔物など脅威となるものが近くに存在する様子はないし────頼もしい仲間たちもついている。

 

 少しだけ悩んだものの、レド様やジグたちの好意に甘えることにする。

 

「……解りました。それでは、護衛と伐採の手伝いはお任せします」

≪ありがとうございます、レド様。────ジグ、ディンド卿、ヴァルト、レド様のことをお願いします。何かあったら、すぐに連絡をください≫

 

 ジグとディンド卿、それにヴァルトが、私に向けて小さく頷く。

 

「ジン、ディドル、ヴァルト、ハルド、バレス、ラギ、ヴィド────お前たちは俺と共に。ネス、ユリア、セレナ、アーシャはリゼと共にここで待っていてくれ」

≪リゼのことを頼む≫

≪お任せを≫

 

 レナスが返し、ミュリア、セレナさん、アーシャは頷くにとどめる。

 

「では───ボル、といったか。行くとしよう」

「あ、ああ…」

 

 唐突に名を呼ばれたからか、それともレド様の主としての態度に気圧(けお)されたのか────ボルさんは、ぎこちなく応えた。

 

「行ってくる」

「はい」

 

 レド様は最後に私に言い置いて、踵を返した。ジグやディンド卿たちが、後に続く。

 

「さすがは、Sランカーじゃな。貫禄がある」

 

 遠ざかっていくレド様の背に視線を向けたまま、村長さんが感心したように呟いた。

 

 村長さんがレド様を高く買ってくれているらしいことが嬉しくて、笑みが込み上げる。

 

「あのアリンが懐くのも解る」

「アリン?」

「バジの隣にいる白馬のことじゃよ」

 

 レニは、この村では“アリン”と呼ばれているのか。

 

「アリンは賢くていい馬なんじゃが、ちょっと気難しくての。村のもんでは持て余し気味でな」

 

 村長さんはそこで言葉を切ったけど、言いたいことは理解できた。

 

 歩み寄るレド様に、レニが首を擡げて鼻先を寄せる。レド様はレニの頬に掌を当てながら、共に行く男衆たちに顔だけ向けて挨拶を交わす。

 

 その様は本当に自然で────誰が見ても、飼い主とその愛馬が寄り添っているようにしか見えない。

 

 ────そういえば、レド様は、いつ、レニを譲ってもらえるよう交渉するのかな。

 

 ふとそんな疑問が浮かんで、レド様から何も相談を受けていないことに気づく。それどころか────レニに関する話は一切していない。

 

「あ…」

 

 不意に、今朝覚えた“違和感”の正体が判った。

 

 あのとき────レド様は、ラムルともカデアとも、レニに関して話すことはなかった。

 

 レニはファルリエム辺境伯の形見とも言えるレド様の大事な愛馬で────だからこそ、ラムルは持てる術を駆使して行方を追っていた。その愛馬と奇跡的に再会を果たしたというのに、すでに昨夜【念話(テレパス)】で報告をしていたとしても、何の一言もないのは不自然だ。

 

 もしかして、ラムルとカデアにレニと再会したことを報告していない?

 

 それとも────

 

 ラナ姉さんが仲間になった日のことが、頭を過る。

 

 レナスの方を窺うと、目が合う。レナスは私の視線の意図を解っているようで────口元に微かな苦笑を浮かべた。

 

 確信を得た私は、村長さんに振り返った。

 

「村長さん、提案があるのですが────」

 

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