コントラクト・ガーディアン─Over the World─   作:tea4

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第三章―沈黙と直観―#6

 

 村の女性たちが共同でするパンの仕込みやジャム作りの一部を久しぶりに手伝って、休憩時間にはお茶と共におしゃべりを堪能した後────村に残ったメンバーで昼食の準備をしていると、レド様たちが戻ってきた。

 

「ただいま、リゼ」

「え───レド様?」

 

 荷馬車いっぱいになるほど木を伐採して往復したにしては、早過ぎる。

 

「もう作業は終わったのですか?」

「ああ。予定よりかなり速く進んだみたいでな。ボルたちも喜んでいた。ついでに木の実や果物も採取したいというから、摘んできた。俺たちの分もあるから、木の実は菓子の材料にでもするとして────果物の方は、今夜の夕食のデザートにしよう」

 

 上機嫌に話してくれるレド様に、思わず笑みが零れた。

 

「ふふ、お疲れ様でした。木の実と果物、ありがとうございます。デザート、楽しみにしてますね」

「ああ!」

 

 嬉しそうなレド様にもう一度笑みを零してから、戻ってきた他の仲間たちにも労いの言葉をかける。

 

「皆も、ご苦労様でした」

 

「昼食の準備をしているのか?俺も手伝う」

「ありがとうございます、レド様。でも、後は配膳するだけですので大丈夫ですよ。お疲れでしょうし、先に座っていてください」

 

 レド様と私の会話を聞いていたセレナさんが、口を挟んだ。

 

「バレスとハルドが戻ってきましたし、人手は足りていますから、こちらは私たちに任せて、リゼラさんも座っていてください」

「え───でも…、バレスとハルドも疲れているでしょう?」

「僕なら、大丈夫です。ですから、どうぞお任せください」

「オレも大丈夫です」

 

 ハルドには若干の疲れが見えたが、バレスの方は言葉通り疲れはなさそうだ。成長の度合いだけでなく、【魂魄の位階】による身体能力の差があるためだろう。

 

 結局、ここはお言葉に甘えて、レド様と共に席に着くことにした。

 

 姿をくらませたヴァイスが私の足元に伏せる。ちなみに、ネロとノルンは、村人の手前、キャビンに籠っている。

 

「偽装はどうでした?ボルさんたちは、訝しんではいませんでしたか?」

「ああ、大丈夫だ。訝しんでいる様子はなかった。そんなことよりも、周囲の木々に影響がなかったことに安堵していた」

「そうですか。よかった」

 

「それにしても────薪は、木を切り倒して作るんだな。俺はずっと手頃な枯れ木や枝を拾っているのだとばかり思っていた。

ディンドとヴァルトは、木を切り倒すのも枝を掃うのも手際が良くてな。それに、リゼが創っておいてくれた斧や鉈のおかげで切り分けるのも簡単にできたし、ラギとヴィドの荷馬車に積み込む手際も良くて、すごくスムーズに進んだんだ」

「それで予定よりも早く戻れたんですね」

「ボルたちも驚いていた。ラギとヴィドに村に残らないかと打診したほどだ。まあ、二人はにべもなく断ったが」

 

 よほど楽しかったのか、レド様はちょっと興奮気味に語る。そんなレド様に私はまた笑みを零して、相槌を打つ。

 

「リゼの方はどうだった?村の者とちゃんと話せたか?」

「はい、おかげ様で。久しぶりにパン作りとジャム作りを手伝って────合間には皆でお茶をしながら、おしゃべりができました」

「そうか」

 

 私が笑顔で答えると、レド様も嬉しそうに微笑んだ。

 

 

◇◇◇

 

 

 昼食を終え、イス代わりの荷箱とテーブル代わりのトランクを馬車に積み込むのを仲間たちに任せると、レド様と私は、ジグとレナスを伴って、出立の挨拶をするべく村長さん宅に向かった。

 

「そうか。もう出発してしまうのか。残念じゃが、仕方がない」

 

 村長さんは、寂しそうな声音で溜息混じりに呟く。

 

「リゼ───今、返礼品を運ばせるから、少し待っていてくれるかの」

「はい」

 

 村長さんの言葉に、レド様が口を挟んだ。

 

「リゼ、護衛と伐採の手伝いに関して報酬の類は受け取らないのではなかったのか?」

 

 

 今回は正式な依頼ではない上に、もし報酬をもらうとなると、Sランカーであるレド様と私がいる以上高額になることは免れない。

 

 それに───レド様は、皇子と“特務騎士”という立場に加えて、本来なら行政の領分であるはずの治安維持行為で報酬をもらうのは抵抗があるらしく、あくまでも個人的な“手伝い”という形にして受け取らないことにしたのだ。

 

 

「いえ、村長さんが仰っているのは、護衛と伐採の手伝いでの報酬ではなく────私が魔物の肉を寄贈したことへの返礼です」

 

「魔物の肉を?」

「ええ。魔物の数が少ないということは、魔物の肉が手に入りにくいということですから────そうなると、食料が不足する事態になりかねません。だから、スタンピード殲滅戦で手に入れた魔物の肉を寄贈することにしたんです」

「そうだったのか」

 

 幸い、アイテムボックスのおかげで、魔獣や魔物の肉は持て余すほどストックがある。

 

 

 レド様に弁明していると、扉が開き、村長さんの奥さんが顔を覗かせた。

 

「あなた、ボルたちが来ましたよ」

「来たか。────リゼ、返礼品が届いたようじゃ。行くとしよう」

「はい」

 

 私は村長さんに頷いてから、レド様、ジグ、レナスに声をかけた。

 

「皆も一緒に行きましょう」

 

 連れ立って玄関を出ると、そこにはボルさんだけでなく、男衆の面々が待っていた。

 

 ボルさんたち男衆の後ろには、彼らの奥さんたちが並び、そして、その横には────レニが佇んでいた。

 

「連れてきてくれたようじゃな。────アリンをここへ」

「アリン」

 

 男衆が左右に寄って、呼ばれたレニが躍り出る。

 

「リゼ───約束の返礼品じゃ」

「ありがとうございます」

「いや、礼を言うのはこちらの方じゃよ。リゼたちには本当に助けられた。感謝してもし足りん」

 

 村長さんは首を横に振って、感謝の言葉を口にする。

 

「村長の言う通りだ。村のもんは、みんな感謝している。本当に…、何から何までありがとうな」

 

 村長さんに続き、ボルさんが男衆を代表して、私だけでなく、レド様、ジグ、レナスを見据えてお礼を言う。

 

「頭路はいらなかったんだよな?」

「ええ。自前のものがあるので、大丈夫です」

「どうか、大事にしてやってくれ」

 

 ボルさんのその一言で、レニがこの村で大事にされていたのだと解る。

 

「はい、ちゃんと大事にすると約束します」

 

 私はレニに近寄り、そっと訊ねた。

 

「私たちと一緒に来てくれる?」

 

 レニは、頷くように私に向かって首を擡げる。今度は止まることなく、私の頬に自分の頬を擦り付けた。

 

 レニもレド様と共にいたかったのだろう。その仕種から、レニが喜んでくれていることは明らかだ。

 

 私は振り返って、驚きに眼を瞠ったままのレド様に告げる。

 

「アレド───事後報告になってしまってすみません。魔物の肉の返礼として、馬を一頭譲っていただけることになりました」

 

「だが…、馬がいなくなったら、村は困るんじゃないのか?」

 

 ああ、やっぱり────それを気にして、レド様はレニを譲ってもらうことを断念したんだ。

 

 それに、きっと────

 

 

 レド様が村を思いやってくれたことが嬉しかったのか、ボルさんを始めとした男衆、女性たちが表情を緩める。

 

「なぁに、村には他にも馬がいる。アリンは大柄で賢いから、出番が多かっただけで、他の馬でも荷馬車は曳ける。だから、遠慮することはないぞ」

「……そうなのか?」

 

 ボルさんが口添えしてくれたものの、それでもレド様の表情は晴れない。

 

「俺たちにも馬は十分いる。世話や餌など…、皆の負担にならないか?」

 

 やっぱりな。まったくもう…、レド様はこれだから────なんて思いつつも、いつだって私たちのことを考えてくれるレド様を誇らしく思った。

 

「大丈夫ですよ。ちゃんと仲間たちに話は通していますし、手が足りなければ私もお世話するつもりです。餌も、元々かなり多めに用意してありますから、一頭増えたところで支障はありません」

 

「本当に?俺のために無理をしていないか…?」

「本当ですよ。無理なんてしていません。それに、これから仲間がもっと加わるかもしれないことを考えると、馬は一頭でも多い方がいいですしね。ですから────レニにも一緒に来てもらいましょう?」

 

 ね?───と微笑みかけると、レド様はようやく柔らかな笑みを見せてくれた。

 

「ああ。ありがとう…、リゼ」

 

 私が傍にいるレニを振り仰ぐと、レニは私の意図を察してレド様の方へ歩き出す。レド様も一歩踏み出して、レニを出迎える。

 

 レド様は、首を擡げたレニに両手を添えて額を寄せた。

 

「アリンは、アレドさんの馬だったのか…」

 

 私たちの会話やレド様とレニの様子から察したらしく、ボルさんが呟いた。

 

「ええ。知らないうちに、勝手に売り払われてしまったようで────行方を追っていたんです」

「どうりでアリンの扱いが上手いわけだ。何はともあれ、再会できて本当によかったな」

「はい。本当に…、良かったです」

 

 私はボルさんの言葉に心から同意して、額を合わせて寄り添うレド様とレニを見守る。

 

 

「リゼちゃん」

 

 呼ばれて振り向いた先には、村長さんの奥さんだけでなく、男衆の奥さんたちがそれぞれ籠を手にして立っていた。

 

「これ、持って行って」

 

 村長さんの奥さんがそう言って、私に籠を渡したのを皮切りに、次々に籠を渡される。持ちきれなくなると、足元に置かれた。

 

 籠には、ジャムやドライフルーツが詰められた瓶、それにナッツや種を練り込んだパンなどが入っている。どれも、私が好きなものだ。

 

「作り置きで悪いんだけどね。女衆の仕事を手伝ってくれたお礼よ。本当にありがとうね」

 

「いいんですか、こんなにたくさん」

「パンなら明日には次のを焼くし────それに、森で果実をたくさん採取してきてくれたみたいだから、ジャムもドライフルーツも作れるからね。遠慮しないでもらってちょうだい」

「そうそう。遠慮しないで。うちの村のドライフルーツ、リゼちゃん好きだったでしょ?」

「このナッツを入れたパンも」

 

 皆の気持ちが嬉しくて、笑みが零れた。

 

「ええ、どれも大好きです。────ありがとうございます。仲間たちと大切に食べさせていただきますね」

 

「あ、籠も瓶も返さなくていいからね」

「そうそう、そのまま持って行っちゃっていいから」

「え、でも」

 

 籠は、森で採ってきた木の皮や枝、蔓などで編んだ手作りだから、また作れるとしても────この村に硝子工房はないので、瓶は行商人から購入しなければならない。金額もそれなりにする。

 

「いいから、いいから。こんなの、うちの亭主の命に比べたら安いもんよ」

「そうよ。わたしにとってはボンクラ亭主でも、子供たちにとっては頼れる父親みたいだからね。いなくなったら困ったもの」

「あたしなんて、まだ新婚3ヵ月目なのに、もう未亡人になるところだったんだから。ホント、リゼちゃんが通りかかってくれて助かったわ」

 

 私としては、お礼なら昨日持ってきてくれた料理で十分だったけれど────この人たちにとっては、それだけでは気が収まらないのかもしれない。そう考え、有難く貰い受けることにする。

 

 私が改めてお礼を言おうとしたときだった。

 

「おい、こら、待て!」

 

 そんな叫び声と共に、馬の嘶きと地面を蹴る音が響く。

 

 反射的に視線を遣ると、バジがこちらに向かって駆けてくる姿が目に入った。

 

「誰か、バジを止めてくれ!」

 

 男衆が即座に反応して、バジの進行方向に立ち塞がったが、バジは流れるような動きで男衆を避け、回り込んでこちらへと迫りくる。

 

 私を護るべく、ジグとレナスが前に出る。バジはある程度近づくと減速して、私たちの眼前で足を止めた。バジに害意は感じられない。

 

 バジが、首を擡げてジグとレナスの合間から、私に鼻先を寄せる。

 

「私にお別れをしに来てくれたの?」

 

 私の問いかけに、バジは不満げに溜息を()いた。どうやら違ったようだ。

 

「あ───もしかして、バジも一緒に連れて行って欲しいんじゃないの?」

 

 ボルさんの奥さんがそう言うと、ボルさんを始めとした男衆の面々も納得したような表情で口々に続く。

 

「ああ…、そうかもな」

「バジはリゼに懐いてたからなぁ」

「母馬よりも、リゼの後をついて回ってたもんな」

 

 そういえば、そんなこともあったな。放牧をするとき護衛として一緒に行くと、仔馬だったバジは、いつも私の後ろをついて歩いていたっけ…。

 

 バジの可愛らしい行動を思い出して、笑みが零れる。

 

 そんな私たちを見て、村長さんが口を開いた。

 

「リゼ、よかったらバジも連れて行ってくれんか?」

「え、でも…」

 

 村長さんの申し出に、私は躊躇う。

 

「いいだろう、ボル」

「ああ、もちろんだ」

 

 村長さんとボルさんがそう言うということは、バジが欠けても村は大丈夫なのだろう。

 

 だけど────

 

「リゼ───バジは、厩舎から抜け出して直談判するほど共に来たがっているようだし…、連れて行ってやったらどうだ?」

 

 いつの間にか傍まで戻ってきていたレド様が仰る。

 

「レニの世話は俺がするし、他の馬の世話も手伝う。それに、馬は一頭でも多い方がいいのだろう?」

「それはそうですが…」

 

 バジが共に来てくれたら嬉しいという気持ちはあるものの、世話の大半を任せることになるヴァルトたちに承諾を得ずに引き取るのは、何だか気が引けた。

 

 バジが懇願するような眼で、私を覗き込む。

 

 その眼を見て、私は心を決める。ヴァルトたちには、事後承諾となってしまったことを詫びるしかない。

 

 連れて行こうと言ってくださったレド様───それに、村長さんやボルさんを始めとした男衆、その奥さんたちに向かってお礼を言おうとして、先にバジに確認すべきだと思い直しバジを振り仰ぐ。

 

「バジ───私たちと一緒に来てくれる?」

 

 私の問いに、バジは嬉しそうに頬を寄せた。

 

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