コントラクト・ガーディアン─Over the World─   作:tea4

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第四章―知られざる因果―#2

 

※※※

 

 

 馬車は支道に沿うように停めてあった。

 

 支道とは逆側には森が広がっており、支道と森の間には雑草が所々に生えている程度で、野営をするのに適していた。

 

 森側にキャビンの扉がある方の側面を向け、その手前にテーブル代わりのトランクやイス代わりの荷箱を並べている。

 

 

 ルガレドは、ラムルとジグと共に、その逆側───支道側に展開した、馬型の精霊獣やブランとグレナ、バジ、そして、レニを休ませているテントへと入った。

 

 思い思いに寛ぐ馬たちの中に懐かしい姿を見つけて、ラムルが足早に向かう。それに気づいたレニも、ラムルの方に歩み寄る。

 

「おお、久しぶりだな───レニ」

 

 レニは首を擡げて、ラムルに鼻先を寄せる。

 

 8年ぶりの再会を喜ぶラムルとレニに、ルガレドは表情を緩めた。

 

 本当にレニと再会できたのだと───これからずっと、また以前のように共にいられるのだと改めて実感して、リゼラに対する感謝の思いが込み上げた。

 

 そのリゼラは、ここにはいない。夕食の支度をするため、今は別行動をとっているのだ。

 

 精霊獣を始めとしたレニ以外の馬たちは、テントに入ってきたルガレドたちを一瞥したきりだ。ルガレドたちの目的がレニだと察したというのもあるだろうが、主な理由はリゼラが一緒ではないからだろう。

 

 

 

 記憶の比較検証は、思ったより捗らなかった。

 

 何せ、違いを挙げ始めたらきりがなく────政に関わることのできていないルガレドでは、比較しようにも詳細を知らない事柄も多々あって、これはロウェルダ公爵を交えて行った方がいいという結論に至った。

 

 ロウェルダ公爵には、エルフのことや【魔導巨兵(マギアギガス)】のことに関して、いずれ協力を請うつもりだった。

 

 皇妃一派を退けてからと考えていたが、これを機に打ち明けて────ロウェルダ公爵の協力を得た後で、改めて記憶の比較検証を行うことになった。

 

 

 ただ────現状に関係がありそうなことで、比較検証せずとも明らかな点が一つだけある。

 

 それは、セレナとバレスの生家───ディルカリド伯爵家に関してだ。

 

 “一度目の人生”でも、ディルカリド伯爵家は、貴族年金や領地経営による収入に加えて、当主や子弟が希少な魔術師として国に伺候するだけでなく、魔術陣を刻むための魔石を“魔術協会”に卸すことによって財を成していたと記憶している。

 

 つまり────“エルドア魔石”の精製は行われていたということだ。

 

 ジェスレムが存在していなかったから、ザレム=アン・ディルカリドが地下遺跡で生み出した魔獣を教会に放つという暴挙には至らなかったものの────バレスによれば、ザレムは長男を亡くす以前から魔獣を操るべく【記憶想起(アナムネシス)】を利用していたらしいので、同様の研究をしていた可能性はある。

 

 もし、討伐隊を全滅させた魔獣が、あの魔術によって甦った“エルフ”に関係していたのだとしたら────この魔物の減少は、リゼラと親交があるダルの村が魔獣の被害に遭わないのは勿論、ルガレドたちが国を立て直す猶予を得るために、“祝福”がもたらした結果なのかもしれない。

 

(それなら、いいのだが……)

 

 これから起こる災いの予兆を、ルガレドたちがいち早く感知するためにもたらされた結果────という可能性もある。

 

 情報が足りず、今の段階では推測すら立てられないため明言は避けたが、リゼラもそれを懸念しているようだった。

 

「………」

 

 ルガレドは、レニの額を撫でるラムルを見遣る。

 

≪ラムル、ロウェルダ公爵に協力を要請する際には余すことなく打ち明けろ。俺の事情だけでなく、俺とリゼが抱いた疑念、俺の推測と意向────すべてだ≫

≪かしこまりました≫

 

 ラムルは、レニを撫でる手を止めることなく───振り返ることなく応えた。

 

 ロウェルダ公爵に協力を要請して場を調えるのは、ラムルに一任してある。

 

 それが実現するまでに、できるだけ多くの情報を収集しておかなければ────そんなことを考えながら、ルガレドはレニとラムルを眺める。

 

 

(それにしても────“源河”と言ったか…)

 

 肉体を失った魂魄が帰る、魔素の大河。

 

 魂魄はそこで修復され、また新たな肉体を得るという。おそらくは、この修復によって、それまでの記憶は魂魄の奥にしまいこまれるのだろう。新たな一生を始められるように────

 

 リゼラとレナスの前世の世界にも、似たようなものが存在していたようだ。

 

 リゼラが前世の記憶を忘却していなかったのは、その過程を経ずに転生してしまったためだろう。

 

(だが…、それなら────俺は?俺は何故、覚えていなかったんだ…?)

 

 セアラはルガレドの魂魄を抱いて生まれ直した、と聴いている。魂魄が同じだからこそ、ルガレドは“一度目の人生”の記憶を有しているのだから。

 

 だけど────そうなると、ルガレドの魂魄は“源河”には帰っていないことになる。

 

(母上が修復をしてくれた────?)

 

 セアラが加護と祝福を受けた存在だとしても、果たして、そんなことが可能なのか。

 

(リゼならば、出来そうだが…)

 

 自在に物を創り出し、神にすら姿を与え、持てる能力や魔術を駆使して様々な現象を起こすことのできるリゼラならば、出来るような気がするが────

 

 時を遡るには自分の魂魄を消費する必要があったと、セアラは語っていたらしい。そんな状態で、ルガレドの魂魄を修復できたのか疑問だった。

 

 しかし────もし、セアラでないとすると、どうやって修復したのか。

 

(────ガルファルリエム、か?)

 

 神であるガルファルリエムなら、魂魄の修復など容易いように思える。

 

 それに、ガルファルリエムは、セアラやルガレドの遠い祖先で、ルガレドに宿る魂魄の最初の器───“ガンドニエルム”の父親だ。

 

 セアラに時を遡る方法を教授してくれたとのことだし、ルガレドの魂魄も修復してくれた可能性はある。

 

 

(“ガンドニエルム”───か……)

 

 その当時の記憶がないルガレドには、自分が神竜ガルファルリエムの息子ガンドニエルムの生まれ変わりだという実感はない。

 

 当然、“古代魔術帝国の初代皇帝”だったという実感もだ。

 

 忙しい中を縫って確認したところ────アルデルファルムには、ガンドニエルムが母である“神子姫”の率いていた部族の長に就いたという認識しかなかった。

 

 時間がなくて詳しくは聴けなかったが、ガンドニエルムは後に他部族をも従えて纏め上げたらしく────おそらくは、それが国という体裁をとり、やがて伝説に残る“古代魔術帝国”として発展したに違いない。

 

 

 それを聞いたリゼラは、一つの推論を挙げた。

 

 その名称から、“古代魔術帝国”とは“神の国ガンドニエルム”である可能性が高い。

 

 もしかしたら、“ガンドニエルム帝国”の実態を後世に伝えたくない何者かが、人々に残った記憶を“神の国ガンドニエルム”という“お伽話”に塗り替えてしまったのではないか───と。

 

 すでに広まっている情報を完全に消し去るのは難しい。だから、消し去るのではなく置き換えたのではないかというのが、リゼラの推論だ。

 

 そして────遺跡などの痕跡を“神の国ガンドニエルム”と結びつかせないために、名称や詳細は不明な“古代魔術帝国”という虚像を創り上げたのではないか、と。

 

 けれど────そうだとしたら、そこまでして伝えたくなかった理由とは、何なのだろう。

 

 リゼラは何となく見当がついているような感じだったが、ルガレドにはまったく思いつかなかった。

 

(本当に…、リゼのあの洞察力と考察力には敵うべくもない────)

 

 リゼラと出逢ってからの諸々の出来事が頭を過る。

 

 自分の───リゼラを誇らしく思う気持ちの中に、ほんの少し焦りのようなものが混じっていることに気づいて、ルガレドは小さな溜息を零した。

 

 

 ここのところ、ルガレドはふとした折に焦燥を感じることがあった。

 

 原因は解っている。リゼラがただの“記憶持ち”ではないことが判明して、不安に駆られているのだ。

 

 ルガレドは、皇妃やジェスレムが言うように、自分を出来損ないなどとは思っていない。それでも────リゼラと並び立つには足りないのではないかと、リゼラの賢明さや有能さを目の当たりにすると不安を掻き立てられる。

 

 ジェスレムやダラリス伯爵といった───明確にリゼラを狙う輩が表立つようになったのも、要因なのかもしれない。

 

 レニを連れていきたいと言い出せなかったのは、自分の我儘でリゼラの足を引っ張りたくないという思いもあった。

 

 結局、足を引っ張るどころか、その手を煩わせることになってしまったが。

 

 レニを引き取るにあたって負担させた分については、いずれ何らかの形で返すつもりだ。

 

(リゼには、いつも与えてもらうばかりだ)

 

 少し返せたと思っても、リゼラはまたそれ以上に与えてくれる。

 

 申し訳ないような、不甲斐ないような―――そんな気持ちになりながらも、それだけリゼラが自分を想ってくれているという事実に喜びも覚え、ルガレドは口元を緩めた。

 

 

 ふと黒い革靴が目に入って、下がっていた視線を上げると、ラムルがにこやかな笑顔を浮かべて佇んでいる。

 

「さて────坊ちゃま」

 

 “旦那様”ではなく、“坊ちゃま”呼びであることに、ルガレドはそこはかとなく嫌な予感を覚える。

 

「私が何を言いたいか────お判りですよね?」

「ああ、いや、その…」

「配下や目下の者を気遣うその御心は、大変尊いものではありますが────だからといって、リゼラ様にご負担をかけるなど言語道断です」

 

 リゼラの名を聞き、ノワールを始めとした精霊獣たち、ブランとグレナ、バジが、一斉に首を起こしてルガレドへと眼を向ける。

 

 ラムルの背後に佇むレニと傍らのジグの視線も加わって、その集中砲火にルガレドはたじろいだ。

 

「それでは────お説教とまいりましょうか」

 

 

※※※

 

 

 焚火台の“取っ手のない中華鍋”のような部分を3本足の五徳から外して、直接、地面へと置く。

 

 すでに積んである薪に火を熾すのは、バレスだ。セレナさんは【結界】を張ってくれたので、魔法で火を熾すのはバレスに任せることにした。

 

「リゼラ様、ソーセージの切れ目はこんな感じでよろしいですか?」

「ええ。そんな感じで大丈夫です」

 

 私はカデアが手にした皿の上のソーセージに斜めに入れられた3本の切れ目を見て、頷いた。

 

 

 今日の夕食は“バーベキュー”だ。

 

 野営地にも支道にも私たち以外の人影は見当たらないし、どうせならということで、ラナ姉さんも呼び寄せて、ラムルとカデアも含めた仲間たち総出で夕食を摂ろうということになった。

 

 今朝の鍛練での別れ際に、しばらく会えないような挨拶をした後で、またすぐに再会したことにラナ姉さんはちょっと気まずそうだったが────臨機応変を余儀なくされる旅暮らしでは、そこまで珍しいことではない。

 

 盛大に見送られながら集落を後にして、不測の事態が起こって引き返した───なんてことが、これまでの冒険者生活の中で何度もある。

 

 それに───それを言ったら、2日前にかしこまってお別れの挨拶をしておいて、今朝会ってしまった時点でそうだし。

 

 今回は偶々こうやって一緒に夕食を摂ることができただけで、これから何週間も会えないような状況になることだってあるだろうから────意味がなくなるかもしれないのだとしても、先行きが判らない以上、毎回きちんと挨拶はしておきたい────そう話したら、ラナ姉さんもそうすると言ってくれた。

 

 

「リゼラ様、火を熾し終わりました」

 

 バレスにそう声をかけられ振り向くと、3つの焚火台すべての薪が火の粉を散らしながら燃え盛っている。上手く、魔法で火を熾せたようだ。

 

「ありがとうございます、バレス」

 

 私はその一つに近寄って、焚火をまたぐように五徳を置き、黒鉄(ブラックアイアン)でできた円盤を載せた。バレスとハルドが同じように、それぞれ別の焚火に五徳と黒鉄(ブラックアイアン)の円盤を設置する。

 

 一般的な“バーベキュー”と言えば“網”だったような気がするので、“網”にしようかとも考えたが────手入れと、ポーチドエッグやパンケーキのようなものも作れることを考慮して、結局“鉄板”にした。

 

 

「これ、油を引く必要はないのよね?」

 

 ラナ姉さんに訊かれて、頷く。

 

 確か、油を引くのは鉄板と食材を接触させないためだったはずだ。

 学校の授業で習ったのか、料理本で読んだのかは忘れたが────そうすることによって、フライパンにこびりついたり焦げ付いたりしなくなる、と。

 

 要は、鉄板と食材を接触させなければいいわけで────前世の世界にあった“テフロン加工”や“ダイヤモンドコート”を施したフライパンのように、鉄板を何かでコーティングしてしまえば、油は必要なくなる。

 

 ただ、前世の私はどちらもお店で見ただけで使っていたわけではなかったし、“テフロン加工”は高熱に弱いと耳に挟んだ記憶があるから、違うものでコーティングすることにした。

 

 勿論、それは───“魔力”だ。

 

 先に【防衛(プロテクション)】を試してみたものの、それだと火も通らなくなってしまったので、【結界】を施すことにした。

 

 何度か試しているうちに、火の通る、食材と鉄板を隔てるだけの薄い膜を張ることができた。が───やはり、これも、私しか施すことはできない。

 

 だけど、これで油は必要なくなったし────こびりつきも焦げ付きもなくなったおかげで、使用後は清潔な布で軽く拭うだけで洗う必要もない。

 

 魔法も魔術も、本当に便利だな────なんて、そんなことを思いながら、私が取り寄せたテーブルの上でお肉の塊を切り分けていると、隣でキャベツを刻んでいるラナ姉さんが小さな笑みを零した。

 

「ラナ姉さん?」

「あ、ごめん。何でもないの」

「そう?何だか楽しそう───というか、嬉しそうな感じに見えるけど」

 

 私の指摘に、ラナ姉さんはちょっとだけばつが悪そうな表情を浮かべる。

 

「……昨日と一昨日はラムルさんとカデアさんと三人だけでの食事だったし、今日はにぎやかだなって、ちょっと思っただけよ」

「そっか───出発前夜までは、レド様と私、ジグとレナス以外の仲間たちで食事をしてたんだものね。それが三人だけになったら、ちょっと寂しいかも」

「まあ、自分の食事だけに集中できるから、ゆっくり味わえたのはよかったんだけどね」

 

 ラナ姉さんは近くにいるアーシャに気遣って声を潜めそう言い、苦笑を浮かべた。

 

 アーシャもラギもヴィドも、面倒を見るべき弟妹たちがいるからか年齢の割にしっかりしている。

 

 しかし、お邸で共に暮らすようになってから、ラナ姉さんはどうしても何くれと世話を焼いてしまわずにいられなかったらしく────アーシャたちも、最近は、世話されるべき弟妹のような状態に戻ってしまっていたみたいだ。

 

 まあ、この旅の中で、また落ち着きを取り戻していくだろうとは思うけど。

 

 

「ところで、今日やる“バーベキュー”って、リゼの前世の世界の料理なの?」

「そうだよ」

 

 肉と野菜を焼くだけの単純な料理だから、この世界にもありそうではあるけど。

 

 ただ、行きつけのお店や工房でこういった鉄板や“バーベキュー”で使用するような網を見かけたことはないし、今まで参加したどの商隊や旅団でも串刺しにした肉塊を焚火で炙るだけだった。

 

「ふぅん」

 

 そっけなく応えたものの、ラナ姉さんはやはり何だか嬉しそうだ。

 

 そこへ、全員分と思しき取り皿を両手に載せたミュリアがやってきた。

 ラナ姉さんの様子に気づいたミュリアは、取り皿をテーブルの空いた個所に置きながら、ラナ姉さんに話しかける。

 

「ご機嫌ですね、ラナさん」

「そうですか?」

 

「リゼラ様が皇都を離れるのを、とても寂しがっていたましたもんね。今朝の鍛練に続いて、夕食も共にすることができて、本当に良かったですね」

 

 ミュリアは微笑まし気に笑う。その屈託のない笑顔には、悪気や揶揄する感情など一片も見当たらない。

 

「な、ななな───ミュリアさん?!」

 

 ラナ姉さんが顔を一気に赤く染めて動揺するも、自分が爆弾発言を投下したことに気づかないミュリアは、にこにこと笑みを浮かべている。

 

 ラナ姉さんは真っ赤な顔のまま、私に振り向いて捲し立てた。

 

「ち、ちがうからね?!リゼが仕事でしばらく帰ってこないのなんていつものことだし、別に寂しくなんて思ってないから!ただ…、ミュリアさんもセレナさんもアーシャも────ラギとヴィドだってリゼと一緒に行くのに、わたし一人だけ残るのが寂しかっただけっていうか────ホントにちがうんだからね?!」

 

 必死に言い募るラナ姉さんを見て、マズいことを言ったとようやく気づいたミュリアがあわあわしているのを横目に、私はラナ姉さんを宥める。

 

「うんうん、大丈夫。ちゃんと解ってるよ」

 

 そっかそっか、ラナ姉さんも寂しく思ってくれていたのか。

 

「その顔、絶対わかってないでしょ!ホントにちがうんだからね!」

 

 いや、でも────もう語るに落ちちゃってるよ、ラナ姉さん。

 

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