コントラクト・ガーディアン─Over the World─ 作:tea4
ラムルとカデア、ラナ姉さんと共にバーベキューをした翌日────
私たちは、滞りなく一つの村と町を経由して、昼下がりには野営予定地の手前にある村へと辿り着いた。
馬車を停めて、ノワールから降りると、閉ざされた門へと向かう。同じくニゲルとメランから降りたジグとミュリアが私の後に続く。
「この村に用か?」
すでに私たちの存在に気づいていた見張りの一人が、門の向こうの見張り台から見下ろしながら叫ぶ。
「私は、Sランカー冒険者のリゼラです。こちらは私の仲間で、BランカーのユリアとCランカーのジンです」
「……“双剣のリゼラ”か。────この村に宿泊したいということか?」
「いえ。ダルの村付近の森で異常な出来事があったので、念のため報せに」
見張りが何か返そうとしたとき、他の見張りを押しのけて、革製の部分鎧を着けた若い女性が身を乗り出した。
「あ───やっぱり、リゼだ。リゼ~、久しぶり!」
「え、ロンナ姉さん?」
「待ってて、今、門を開けに行ったみたいだから!」
私の所有する孤児院出身で、冒険者としての先輩でもある───ロンナ姉さんはそう告げると、頭を引っ込めた。
「リゼ!」
門を潜ると、ポニーテールにした癖のある赤毛を揺らしながら、ロンナ姉さんが駆け寄ってきた。
マイコニドの件を注意喚起するだけなので、馬車は門の外に停め、レド様とジグとレナス、ディンド卿とミュリアだけを伴い、他の仲間たちには馬車で待機してもらっている。
それと────
「あっ、アーシャも久しぶり~!」
「ロンナ姉さん、ひさしぶり!」
ロンナ姉さんと会わせるために、アーシャも連れて来た。
ラギとヴィドも誘ったけど、ちょっと前に会ったばかりだからと断られた。態度を見るに、ラギとヴィドはどうもロンナ姉さんが苦手らしい。
アーシャには苦手意識はないようで、抱きつくロンナ姉さんを抱き締め返している。
「ふふ、久しぶり───ロンナ姉さん」
私は相変わらずのロンナ姉さんに笑みを零してから、ロンナ姉さんの後ろに立つモル兄さんとナリム兄さんへと視線を移す。
「モル兄さんとナリム兄さんも久しぶり」
「ああ、久しぶり」
「久しぶり。元気そうだな」
「ミラ姉さん、ゼド兄さん、ノイル兄さんは?」
ミラ姉さん、モル兄さん、ナリム兄さん、ゼド兄さん、ノイル兄さんも同じ孤児院出身の冒険者で────ロンナ姉さんも合わせて、6人でパーティーを組んでいた。
細身で身軽なミラ姉さんが斥候、ロンナ姉さんはアーチャー、モル兄さんはタンク、ナリム兄さんは斧使い、ゼド兄さんは剣士、ノイル兄さんは槍使い────と、それぞれ役割を担っている。
こちらを見ている冒険者らしき集団に、ミラ姉さん、ゼド兄さん、ノイル兄さんの姿は見当たらない。
ロンナ姉さん、モル兄さん、ナリム兄さんは、私の言葉を受けて顔を見合わせる。
あれ───私、何かマズいこと言っちゃったかな。
「あー…、実はね、あたしたち、パーティーを解散したの」
「えっ?」
「ゼドとノイルのおかげで、Bランクまでは順調に上がれたけど、限界を感じちゃってね。あたしたちはこれ以上を望めそうもないし、望んでもいないから────ゼドとノイルの足を引っ張らないよう、もう解散しようってなったの」
「そっか…」
確かに、ゼド兄さんとノイル兄さんの実力は、他の冒険者と比べても際立っている。
「今はあたしとモル、ナリムでチームを組んでてね。他のチームと合同で、この村の護衛任務を受けてるの」
「そうなんだ。────ミラ姉さんは?」
ロンナ姉さんに代わって、ナリム兄さんとモル兄さんが答える。
「ミラは、知り合いの商人に誘われて────その商人が経営するレストランで、身のこなしの良さを活かしてウェイトレスをやってるよ」
「あいつ、黙ってれば清楚に見えるからな。本性を知らない客に人気があるらしいぞ」
ミラ姉さんは、エイナさんと似たタイプで、清楚な印象とは裏腹に豪快だからな…。
「ええっと…、ゼド兄さんとノイル兄さんは?」
「あの二人は上を目指して、しばらくはソロでやってくつもりみたい。最後に会ったときに、二人とも“大掃討”に参加する予定だって言ってたよ」
じゃあ、“大掃討”で会えるかな。
◇◇◇
レド様やその場にいる仲間たちにロンナ姉さんたちを紹介してから、ロンナ姉さんたちと共に護衛任務を受けている冒険者たちを紹介してもらって────マイコニドの件を話すために、この村の村長さんと男衆に引き合わせてもらった。
客間では入りきらないということで、ロンナ姉さんを始めとした冒険者たち、村長さん、男衆と共に、ダイニングでテーブルを囲う。
それでもイスが足りず、何人かは立って話を聴くしかなかった。さりげなく、ジグとレナスが立つ側へと回り、私たちの背後に立った。
「“マイコニド”?」
「はい。“お化け茸”とも“歩く茸”とも呼ばれているんですが────知りませんか?」
ロンナ姉さん、モル兄さん、ナリム兄さん───それに一緒に護衛任務を務める冒険者たちは、やはり知らないらしく、揃って首を傾げる。
村長さんや男衆の面々は────
「“お化け茸”……、聞いたことがある気がする」
「あ、あれじゃないか、ほら────子供の頃、よく大ばあちゃんが話してたやつ」
「それだ!」
「言うこと聞かない悪い子にキノコを植えつける魔物────だっけ?」
「ああ…、あれか!────え、あれって実在するの?」
「大ばあちゃんの作り話だと思ってた……」
「オレも。言うことを聞かないオレたちを怖がらせるために、大ばあちゃんが適当な作り話をしてるんだとばかり」
「といっても、全然怖くなかったけど」
「まあ…、キノコだからな」
そう話す男衆の面々の表情は微妙だ。
魔獣や魔物が闊歩する世界だし────実際に被害に遭ったならともかく、言伝に聞いただけでは恐怖を感じるのは難しいのかもしれない。
「大おばあさん…が、“お化け茸”のことを話していたんですか?」
どう話していたのか興味をそそられて、私は村長さんに訊ねた。
「ああ。こいつらが言う“大ばあちゃん”とは、ワシの祖母のことなんだが────ワシも小さい頃、その“お化け茸”とやらのことをよく聞かされたよ」
「どんな風に話されていたんですか?」
「ワシが話すよりも、直接聞いた方が早い。────おーい、誰か、ばあちゃんを呼んできてくれ!」
しばらくしてやってきたのは、60歳は越えていそうな───真っ白な髪を項でお団子にした小柄なお婆さんだった。
お婆さんは、部屋の中の様子を見るなり、華麗な足捌きでレド様と私の前まで詰め寄ると、勢いよく頭を下げた。
「うちの悪ガキたちが本当に申し訳ない!」
「は?」
「え?」
お婆さんに脈絡もなく謝罪されて、レド様も私も面食らう。
「え───ちょっと、大ばあちゃん?」
「何で謝ってんの?」
「おだまり。で?───あんたたち、今度は何をやらかしたんだい?」
お婆さんにじろりと睨まれて、男衆の面々は慌てて弁解する。
「いやいや、何もやらかしてないよ!」
「そうだよ!なんでオレたちが何かやらかしたことになってんの?!」
「嘘をつくんじゃない。これまで、行商人や冒険者にしつこく付きまとって旅の話をせがんだり、冒険者の剣と盾を勝手に持ち出して騎士ごっこをしようとしたり────
「いや、それ、いつの話?」
「子供の頃のことだろ」
「そうだよ。今はそんなことしてないよ」
「というか、するわけない」
見る限り、この村の男衆は二十代から三十代で構成されていて、漏れなく成人している。
だけど、きっと────お婆さんにとっては、彼らはいつまで経っても子供のままなのだろう。
小柄なお婆さんに睨まれて、屈強な男性たちが縮こまる姿に、思わず笑みが零れる。
「ふふ…、誤解させてしまってすみません───お婆さん。今日は“お化け茸”についてお話を伺いたくて、お呼び立てしたんです」
私がそう言うと、お婆さんは顰めていた表情を緩めた。
「なんだ、そうかい。みっともないところを見せて、すまんかったね」
「いえ」
「それで────“お化け茸”のことを聞きたいって?」
「はい。お婆さんは、“お化け茸”のことをご存じなんですか?」
「ああ。わたしが子供の頃に出たことがあってね……」
お婆さんが語ったところによると────
お婆さんは、この村の出身で────お婆さんがまだ十に満たない時分に、狩りに出かけた当時の男衆が、村に隣接する森の中で、倒れている一人の男に出くわしたのだという。
「この村に運び込まれたんだけど、その男の胸や腹には大きなキノコが生えていてね。それがとにかく異様で、しばらくは自分にもキノコが生えてきたらどうしようって怯えたもんさ」
「……その人はどうなったんですか?」
「まだ息があったから、あまり使っていない納屋に大人たちが運んでいくところまでは見たけど────わたしは子供だったから近寄らせてもらえんかった。後になって、その男は死んだと聞かされたよ。しかも、その男、どっかから逃げてきた盗賊団の一人だったらしくてね」
「……その男の仲間たちは?」
「まだその男がただの旅人だと思われていたときに、一緒に旅する仲間がいるはずだということで、この辺りの村々の男衆と総出で、付近の森を探索したらしいが────そのときは仲間も馬車も馬も見つからんかった。
その際に、“お化け茸”に遭遇したんだそうだ。あの男はその“お化け茸”にキノコを植え付けられたに違いないってなってね」
「その“お化け茸”は討伐できたんですか?」
「男衆は初めて見る異様な魔物に動けなかったみたいで、その間に逃げられてしまったとのことだよ」
「……ダルの村の村長さんには、男衆が“お化け茸”を焼却処分した記憶があるみたいなのですが」
村長さんとお婆さんの年齢的に、おそらく同じ出来事のはずだ。
「ああ、それは────その後すぐにやってきた行商人の護衛をしていた冒険者の中に、たまたま“お化け茸”のことを知っている人がいてね。ちょうど、ダルの村の近くの森で、まだ動き出す前の“お化け茸”が見つかったもんで、その冒険者に燃やした方がいいって言われて、男衆が燃やしに行ったんだよ」
「被害者は、他に出なかったんですか?」
「ああ。幸いなことにね」
お婆さんの答えで、腑に落ちた。
村民や町民に一人でも被害が出ていたら、常に警戒するとまではいかなくても、概要が語り継がれていたに違いない。
「先程、探索したときは残りの盗賊を見つけられなかったというようなことを仰っていましたが────後で見つかった、ということですか?」
「それがね…、しばらくして森の奥に入った隣町の男衆たちが、馬車の残骸と造りかけの集落を見つけたらしいんだけどね────そのあちこちで、盗賊と見られる連中が死んでいたんだそうだよ」
「……“お化け茸”にやられた───ということですか?」
「いや…、手足をもがれていたり、胴体を食い荒らされていたそうだから────おそらく、魔獣にやられたんじゃないかって話だよ」
「魔獣に?」
「ああ。足跡や潰された馬車と小屋の有様から見て、かなり大きな魔獣だったんじゃないかって言ってたね。それと、その魔獣の毛がそこいらに落ちてたらしいんだけど、それが硬くて長くて真っ黒で────地面や木片に染み込んでいた血の跡と相まって、すごく異様だったみたいでね。怖いもの知らずの男衆がひどく怯えていたのが、とにかく怖かったよ」
「っ!」
真っ黒な毛色の…、巨大な魔獣────?
私は、レド様や仲間たちと視線を交わす。
お婆さんの口振りから、おそらく“それ”は討伐されていない────
「それで…、どうなったんですか?」
「慌てて領主様に早馬を出したんだけど、それなりに時間がかかるからね。ガイラムの冒険者ギルドに駆け込んで、冒険者を臨時で雇い入れようとしたものの、当時は今ほど冒険者はいなかったし、ちょうど“膨張期”だったこともあって、出払っていてね。どうしようもできなくて、しばらく村や町の門を閉ざして引き篭るしかなかったんだ」
お婆さんが言葉を切ったとろこで、レド様が口を挟んだ。
「それでは、領軍が派遣されたのか?」
「いや。ここの領軍は“大掃討”の方へ行っていたからね。すぐには来られないって言われて────しまいには辺境伯にまで話がいって、他の領が軍をよこしてくれたんだ」
この国では、基本、各領に軍が置かれており────皇都を除き、国を四分割する形で4つの地方に分けられ、それぞれの地方の国境に辺境伯家が置かれていて────有事の際は、辺境伯がその地方に属する領軍を統括することになっている。
「だけど、その魔獣はついぞ見つからずじまいでね。冒険者を雇い入れて、しばらく警戒してたんだよ。あのときは大人たちもピリピリしていて、子供心にも居心地が悪かったね」
マイコニドの件が伝えられていないのは、被害者が出なかったからだけでなく────すぐに、その魔獣の件に関心が移ってしまったせいもあったのだろう。
黒い魔獣の方は、おそらく実物が目撃されていないということと、その後は被害がなかったから伝わらなかった────というところか。
もしくは────この辺りでは、15年ほど前に出現した魔獣がかなりの強敵で、その大がかりな討伐が未だに語り草となっているから、上書きされてしまったとも考えられる。
「これらの出来事は、何年前になりますか?」
「そうさね…、わたしが十になるかならないかの頃のことだから────かれこれ、70年くらい前になるかね」
「70年……」
70年も前に【
その可能性に、私は寒気を覚えずにいられなかった。