コントラクト・ガーディアン─Over the World─   作:tea4

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第四章―知られざる因果―#4

 

 見送ってくれると言うロンナ姉さんたちを伴って馬車に戻ると、馬や精霊獣たちは馬車の周囲で、仲間たちは馬車の前に置いたイス代わりの荷箱に座って、それぞれ寛いでいた。

 

 ノルン、ネロ、ヴァイスは、どうやらキャビンの中にいるようだ。

 

 

「ラギ、ヴィド、久しぶり~!」

「げっ、ロンナ姉…!」

「なんで?!」

 

 駆け寄るロンナ姉さんに、ラギとヴィドは跳び上がるようにして荷箱から立って、踵を返す。

 

「ちょっと、何で逃げるのよ~!」

「だって、ロンナ姉、抱きつくから!」

「わあっ、来ないで!」

 

 なるほど───ラギとヴィドは、ロンナ姉さんのこと、それで苦手なのか…。まあ、ラギもヴィドも思春期の男の子だもんね。

 

「ロンナ、やめろ。ラギもヴィドも嫌がってるだろ」

「そうだよ。可愛くてしかたがないんだろうけど、二人は嫌がってるんだから我慢した方がいい」

 

 ロンナ姉さんを止めようとしたとき、見かねたモル兄さんとナリム兄さんが先に止めてくれた。

 

 ロンナ姉さんは、しぶしぶ足を止め、拗ねた表情でラグ兄さんたちの許へと戻る。

 

「助かったよ、モル兄、ナリム兄」

「ありがとう、モル兄ちゃん、ナリム兄ちゃん」

 

 心底ほっとした顔で、ラギとヴィドがお礼を口にする。

 

 そんな二人の様子に、アーシャは不思議そうに首を傾げる。

 

「なんでロンナ姉さんに抱きつかれるのがイヤなの?」

「だって、硬い胸当てつけた状態で力いっぱい抱き締められるんだぞ」

「痛いし苦しいし、何ていうか────オーガに抱き締められている気分になるんだ……」

「そうそう。どうせ抱き締めてもらうんだったら、ロンナ姉じゃなくてリゼ姉の方が────」

 

 ラギはそこまで言って、レド様辺りから漂う冷気に気づいて、慌てて口を噤む。ええっと、まあ、ラギも思春期の男の子だもんね…。

 

「わたし、ロンナ姉さんに抱きしめられて、痛いとか苦しいとか思ったことないよ?」

「そりゃ、アーシャは女の子だもの。力いっぱい抱き締めたりしないよ」

 

「……男にも手加減してくれよ」

 

 ラギは絡まれたくないのか、ロンナ姉さんに聞こえないよう小声で突っ込む。

 

「それにしても、ヴィド────オーガに抱き締められている気分ってひどくない?」

 

 恨めし気なロンナ姉さんに返したのはヴィドではなく、モル兄さんとナリム兄さんだ。

 

「いや、ひどくないだろ。オレだって、何度骨を折られると思ったことか……」

「成人してからは抱き着かれることもなくなったから良かったけど────オレなんか、もしかしたら成人する前に死ぬかもって思ってたよ」

 

 ………そこまで?────まあ、確かに、ロンナ姉さんは力持ちだなぁと思ったことがあったな。

 

「そんなに力が強いのか?」

 

 不意にレド様が口を挟んだ。

 

「ああ。オレたちよりも強いんじゃないかってくらいだ」

 

 モル兄さんが答える。

 

 今年22になるモル兄さんは、レド様と2歳しか違わない。年が近いことに加えて、レド様の身分は明かしていないこともあり、初対面からタメ口だ。

 

 体格に恵まれたモル兄さんとナリム兄さんは、大柄で上背があるだけでなく────盾や斧を使うだけあって、腕も筋肉で覆われていて太い。本当にこの二人よりも強いのなら、相当な腕力ということになる。

 

「それでは、弓矢は特別なものを使っているのか?普通の弓矢では耐えきれないだろう?」

 

 レド様は、ロンナ姉さんの肩から覗いている弓と矢羽根を見遣って、訊ねる。

 

「そうなんだけど────特注して作ってもらう余裕はないし、普通の弓矢を使うしかなくてね…」

 

 レド様が扱うような───頑丈な弓は造られているが、屈強な男性が扱うことが多く、大抵は長弓である上に重量がある。小柄なロンナ姉さんには、扱い辛いだろう。

 

「力いっぱい引くと弦が切れちゃうし、かといって丈夫な弦を張っても、弓の方が耐えられないし…。矢もすぐにダメになっちゃうし…」

 

 ロンナ姉さんは溜息を()く。

 

「この力を活かして剣士かタンクになれたらよかったんだけど、背が低いから諦めるしかなかったのよね…」

 

 ロンナ姉さんの身長はラナ姉さんと同じくらいで、おそらく140cmを超す程度だ。

 

 その身長と肩幅では、両手剣や盾を背中に括り付けるのは難しい。それに、魔物と魔獣の進行を阻むタンク役には、やはりそれなりの体格が必要となる。

 

 片手剣を使うことにして腰に提げるのも、よほど工夫しないと歩きにくくなりそうだし。

 

 まあ、それこそ背負うことにすればいいのだとしても、そもそも片手剣では、よほど質のいい剣でない限り、ロンナ姉さんの力を発揮できそうにない。

 

「そうなのか……」

 

レド様はしばし考え込んだ後、「少しだけ待っていてくれ」と言い置いて、馬車のトランクルームに入っていった。レナスが付き従う。

 

 レド様の行動の意味を察しつつ、待っていると────レド様は、弓と矢筒を手に戻ってきた。

 

 それは、いつもの愛用のものではなく、人目があるときに用いるべく創ったものだった。

 

 レド様が使うことを想定しているため、頑丈な弓に弦が硬く張ってあって、専用の矢も通常のものより太く丈夫で────大きさは、馬上で使えるよう、短弓に近い。

 

「これを引けるか?」

 

 ロンナ姉さんはちょっと面喰いながらも、弓を受け取った。そして、左手で弓の中心───弓束を掴んで、右手で弦を引いた。直線だった弦が、指に引っ張られて折れ曲がる。

 

「ちょっと…、いや、かなり硬いけど、引けないことないわ」

 

 ついさっきの会話から予想はできていたものの、常人では僅かに撓む程度にしか引けない弓を、小柄なロンナ姉さんがそこまで引けたのを目の当たりにして、驚かずにいられなかった。

 

 その原因に興味を持った私は、こっそり【心眼(インサイト・アイズ)】を発動させて視てみる。

 

 やはりというべきか────原因は、魔力のようだ。

 

 ロンナ姉さんの魔力量は多い方だが、人並み外れているというほどではない。

 だけど、その魔力が肉体に一体化するように混ざり込んでいて────まるで、【魔力結合】のような状態になっている。

 

 おそらく、ロンナ姉さんは力が強いだけじゃない。余程の攻撃でなければダメージも受けないはずだ。

 

 道理で、成人前とはいえ、屈強なモル兄さんとナリム兄さんの骨が折れそうになるくらい、抱き締められるわけだ。

 

≪リゼ───これをロンナに譲ってもいいか?≫

 

 レド様の申し出に、私は考えを廻らす。

 

 この弓矢は、【最適化(オプティマイズ)】をせずに調整しながら創ったために、それなりに手間をかけたものの、一度創ったものだ。同じものなら、記憶を基にすぐに創れるし────支給品の弓矢などを創り変えるだけなら、魔力もそこまで使わない。

 

 

 私が【防衛(プロテクション)】を施しているので、頑丈すぎることをちょっと奇異に思われるかもしれないけど────古代魔術帝国仕様にはなっていないから、そこまで違和感は持たれないだろう。

 

 それに────この(やじり)は【魔剣】と同様になっていて、もしエルフだった記憶を持つ魔物や魔獣と遭遇しても、【結界】を破れる。

 

 ロンナ姉さんに弓矢を渡しても大丈夫だと判断して、私はレド様に返す。

 

≪はい、大丈夫です≫

 

 私の答えを受けて、レド様は手に持ったままだった矢筒をロンナ姉さんに差し出した。

 

「それでは、その弓は譲るから、よかったら使ってくれ。これは専用の矢だ。30本入っている」

「えっ、いいの…?!」

 

 ロンナ姉さんの表情が、喜色に輝いた。

 

「ああ」

「どうもありがとう!うわ~、嬉しい!ホントにありがとう…!」

 

 ロンナ姉さんは弓と矢筒を抱えて、言葉通り嬉しそうに破顔した。

 

「いいな…、ロンナの奴」

「あんないい弓、羨ましい…」

 

 モル兄さんとナリム兄さんが、小声で呟くのが聞こえた。

 

「モル兄さんもナリム兄さんも、今の得物には満足していないの?」

 

 私がそう訊くと、つい零してしまっただけのようで、一瞬ばつが悪そうな表情を浮かべたが、ちょっと躊躇いがちに答える。

 

「そろそろ新調したいとは思っているんだけど、なかなか気に入るものに出会えなくてな。『お、これは』と思っても、予算オーバーだったり……」

「オレも」

 

 レド様の方を窺うと、私たちの会話を聴いていたらしく、頷いてくれる。

 

「じゃあ、ちょっと待ってて」

 

 私は二人にそう言い置いて、同じように馬車のトランクルームへと入る。

 

 ジグとミュリアが続いて入ってくるのを後目(しりめ)に、私はノルンに支給品の戦斧を取り寄せてもらう。そして、【防衛(プロテクション)】を施した。

 

「リゼラ様、お持ちします」

「ありがとう。それじゃ、お願い」

 

 ジグに戦斧を渡して、今度はアイテムボックスから盾を取り出す。

 

 それは中央に相手の剣身を嵌め込むためのフックがついた、“ソードブレイカー”と呼ばれるタイプのもので、仲間たちに持たせる盾を創った際の試作品だ。

 

 一見、黒鉄(ブラックアイアン)製のよくある盾だが、裏側には魔玄の鞣革が貼られている上に、私が【防衛(プロテクション)】を施している。

 

「リゼラ様、それは私がお持ちします」

「え?」

 

 ミュリアに言われて、私は眼を瞬かせる。いや、これ以上は取り寄せるものもないから、別に大丈夫なんだけど…。

 

「私がお持ちしたいのです」

「ええっと…、それじゃ、お願い」

 

 ミュリアに真顔で押し切られ、お礼と共に盾を手渡す。

 

 戦斧を抱えるジグと盾を抱えるミュリアを伴って、モル兄さんとナリム兄さんのところに戻ると、案の定というべきか、二人は何だか微妙な表情だ。

 

 まあ、そうだよね…。他人に荷物を持たせて、自分は手持ち無沙汰で戻ってくるなんて、何様?って思われても仕方がない。

 

「あー…、もしかして、その二人もリゼの崇拝者なのか?」

「え?」

「また増えたんだ……」

 

 モル兄さんとナリム兄さんの口調は呆れ気味だったけれど、どうやら私が思っているような意味合いではなさそうだ。

 

 というか────二人の言い分だと、“私の崇拝者”とやらがいるってこと?

 多分、共通の知り合いのはずだよね。

 

 誰を想定しているのか訊こうかと思ったけど────レド様が険しい表情で聞き耳を立てておられるし、ここはスルーしよう…。

 

「ええっと…、モル兄さん、ナリム兄さん───よかったら、これ使って」

 

 ジグがナリム兄さんに戦斧を、ミュリアがモル兄さんに盾を渡した。

 

「使ってって…、これ────貼ってあるの、魔玄だろ?値が張るものじゃないのか?」

「こっちも業物だよね。こんないいもの、ほいほいあげちゃっていいの?」

 

 モル兄さんもナリム兄さんも、欲しいけどもらっていいのか───という、複雑な表情だ。

 

「心配しなくても大丈夫だよ。この盾は予備としてとっておいたもので、魔玄は自前のものだったから大して高価なものではないし────戦斧も、私の仲間には使い手はいなくて、しまわれていたものなんだ。だから、遠慮なく受け取って」

「……そうなのか?」

 

 モル兄さんとナリム兄さんは顔を見合わせ、決意したような表情をした後、私に視線を戻す。

 

「それなら…、遠慮なく使わせてもらう。────ありがとうな」

「オレも、ありがたく使わせてもらうよ。────どうもありがとう、リゼ」

「どういたしまして」

 

「よかったね、モル、ナリム」

「ああ!」

「うん。────ロンナも、よかったね」

 

 ロンナ姉さん、モル兄さん、ナリム兄さんは、新たな得物を手に、嬉しそうに笑い合う。

 

≪ありがとうございます、レド様≫

≪リゼの兄姉なら、俺にとっても身内だからな≫

 

 

◇◇◇

 

 

「今日は久しぶりに会えて嬉しかったよ───ロンナ姉さん、モル兄さん、ナリム兄さん」

 

 私の言葉に、三人はそれぞれ笑みを浮かべた。

 

「あたしもよ!久しぶりに会えて嬉しかったわ」

「オレたちも会えて嬉しかったよ」

「リゼとはめったに会えないからな」

 

 なかなかタイミングが合わなくて、ロンナ姉さんたちが孤児院に顔を出してくれたとき、私は皇都を出ていることが多かったので、こうして話ができたのは数年振りだ。

 

「あ───そうだ!」

 

 アーシャが不意に声を上げた。

 

「あのね、リゼ姉さんが孤児院をキレイにしてくれたんだよ!」

「そうそう!部屋も全部使えるようになってさ」

「ちゃんとベッドで寝られるようになったんだ」

「だから、もうダイニングテーブルで寝なくても大丈夫だからね」

 

「え、そうなの?」

「じゃあ、この仕事が終わったら、久しぶりに皇都に戻るか」

「そうしよう」

 

 ベッドの数には限りがあるものの、孤児院には来客用に布団一式を何セットか備えてある。

 

 二段ベッドとテーブルの間にシングルサイズの布団を一枚敷くことができるから、ロンナ姉さんたちが泊まることになっても大丈夫なはずだ。

 

 これからは遠慮なく孤児院に帰れると知って嬉しそうなロンナ姉さんたちに、私も嬉しくなる。

 

「リゼ───いつも孤児院のためにいろいろしてくれて、ありがとうな」

「みんな、いつ行っても幸せそうにしていて────本当に感謝しているよ」

「ううん。兄さんたちこそ、あの子たちのことを気にかけてくれてありがとう」

 

 子供たちは、兄さんたちが訪れるのをすごく喜んでいるみたいだし。

 

「それにしても、安心したわ」

 

 ロンナ姉さんがしみじみ呟いて、安堵の溜息らしきものを()く。

 

「リゼってば孤児院のことにかまけてばかりで、自分のことはおろそかにしてるんじゃないかって心配してたのよね。それが、知らないうちに恋人を作っていて、結婚の約束までしてるんだもん」

「ホント、いつの間にって感じだよ」

「しかも、同じSランカーとはね」

「まあ、リゼの相手はそれくらいじゃなきゃ務まらないよな」

「たしかに」

 

 モル兄さんとナリム兄さんは、二人で納得したように頷く。

 

「ね、ね、いつどこで出会ったの?一緒に依頼を受けたとか、そういう感じ?」

「ええっと…、多分、そのうち判ると思う……」

 

 もうちょっとしたら、この辺りにも噂が流れてくるだろうし…。

 

「さっきも言ったけど────リゼ、成人と婚約、ホントにおめでとう!」

「「おめでとう!」」

「ありがとう────ロンナ姉さん、モル兄さん、ナリム兄さん」

 

「あ、成人祝い、ゼドたちに預けてあるからね!」

「“大掃討”で二人に会ったら、受け取ってくれ」

「解った」

 

 ありがとう────と、私は感謝の気持ちをもう一度言葉にして、その気持ちに笑みを零す。

 

「それじゃ、私たちは行くね」

「気をつけてな。────盾、ホントにありがとうな」

「戦斧、ありがとう。大事に使わせてもらうから」

「どういたしまして。────兄さんたちも、気を付けてね」

 

 私たちが言葉を交わす傍らで、ロンナ姉さんがレド様にお礼の言葉を述べる。

 

「アレドさん、弓矢、どうもありがとう」

「ああ。気に入ってくれたのなら、よかった。存分に役立ててくれ」

 

 鷹揚に頷くレド様に、三人の中で一番年長のナリム兄さんが頭を下げる。

 

「アレドさん───リゼのこと、どうかよろしくお願いします。それに、ラギとヴィド、アーシャのことも」

「任せてくれ」

 

 レド様は力強い声音で、当然のごとく、そう応えてくれた。

 

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