コントラクト・ガーディアン─Over the World─ 作:tea4
二つの細った月を背に聳え立つ、ガイラムの街を囲う無機質な壁が視界に入ったところで支道から外れて、ノワールたちと馬車を停める。
レニに乗ったまま、レド様は顔を廻らせて【神眼】で辺りを探る。
「魔獣や魔物、それにマイコニドらしきものは見当たらないが────向こうに、野営している一団がいるな……」
支道の反対側に広がる森に視線を留め、レド様が呟く。
こういった頑丈な外壁があるような街は明確な門限があるから、門限に間に合わなかった商隊や旅団が野営することは珍しくはないのだけれど────
「魔獣や魔物、盗賊を警戒して、寄り集まって移動するのが一般的なんだよな?」
レド様が誰ともなく訊ね、同じくアスワドに乗ったままのディンド卿が答える。
「仰る通りです」
「恰好から見るに、野営しているのは冒険者みたいなんだが────小さなテントが一つだけで、5人しかいないようなんだ」
「馬車や馬は近くに停泊していますか?」
「いや、見当たらない」
となると、行商人とその護衛という線はないな。
それなら、考えられるのは────
「宿に泊まれない事情があるのかもしれませんね」
「宿に泊まれない事情?」
「ええ。宿に空きがないとか、宿代を払うにはお金が足りないなど───何かやむを得ない事情があって、街から出て仕方なく野営をしているという場合です」
小さな町や村なら集落内の空き地などで野営させてもらえるが、隅々まで整備されたような街中には野営するような場所はなく、街の外に出るしかない。
「なるほど。そういうこともあるのか」
エデル───いや、イダルの報告では、例年通り、実力のある冒険者はこぞって“大掃討”に参加していて、残っている冒険者はそれほど多くないみたいだし、滞在している行商人も数えるほどで、劇団に至っては一つも滞在していないとのことだから────宿に空きがないということもなさそうだ。
お金の問題である可能性の方が高いな。
「性根が目に見えて濁っているようなことがないのならば、そこまで気にする必要はないかと思います」
「……疲れているのか、曇ってはいるが────汚く濁ってはいないな」
もしかしたら、連日の野営を余儀なくされて、よく休めていないのかもしれない。
「では、今夜はここで野営をする」
◇◇◇
70年前に現れたという【
今日は想定していたよりも、到着が遅くなってしまったので、夕食は作り置きを食べることにした。
作り置きのストックはまだまだあるし、カデアが毎日のように料理を作って共通のアイテムボックスへと入れてくれるので、無くなる心配はない。
「今日はカデアのミートパイか」
ミュリアとノルンと共に、切り分けたミートパイを載せた皿をテーブル代わりのトランクに並べていると、私の手元を覗き込んだレド様が、弾んだ声音で呟いた。
嬉しそうなレド様に、笑みが零れる。
「ふふ…、それと野菜スープです。デザートもありますからね」
デザートはマーデュの実のシロップ漬けだ。
お茶はハーブティーでいいかな────なんて考えていたときだった。
不意に足元で伏せていたヴァイスがむくりと身体を起こした。その背で眠っていたネロも頭を上げる。
同時に、ノワールを始めとした馬型の精霊獣が、馬車の逆側に張ったテントから飛び出した。一泊遅れて、レニとバジ、ブランとグレナが飛び出す。
彼らの視線の先は────支道の反対側に広がる森だ。
「レド様!」
レド様が【神眼】を発動させる。すぐさま、私も【
「ノルン!」
「はい、
ノルンがそう言い終えた瞬間、レド様の【千里眼】が森の中を移動する大きな影を捉えた。
シルエットからするとオーガだ。それも、巨大化している。ということは、変異種か────あるいは魔獣か。
他に魔物らしき影は見当たらない。
「まずいな、冒険者の方へ向かっている…!」
向こうで野営をしている冒険者の中に、レド様や私を超える魔力量の持ち主はいない。
それなのに向こうの冒険者たちを狙うのは────こちらには【結界】を張ってあるから?それとも、戦力的に敵いそうにないから?
冒険者たちには異変に気づいている様子はない。とにかく、助けに行かなければ────
「リゼ、行くぞ!」
「はい!」
レド様が大剣を取り寄せて背負う。私も【夜天七星】の対の小太刀を取り寄せて、腰に帯びる。
「ミュリア、ヴァルト、セレナ───共に来てくれ!」
「「御意!」」
「はい…!」
レド様に呼ばれて、後方で様子を窺っていた仲間たちの中からセレナさんが踊り出る。
セレナさんはこちらに駆け寄りながら、胸元の【フロスティ・メイデン】を毟り取って杖に変える。ヴァルトも両手剣を取り寄せた。
「ヴァイス、一緒に来て!」
私が呼ぶと、ヴァイスがこちらに向かって踏み出す。ネロが、ヴァイスの背から飛び降りた。
「ディンド、後を頼む!」
「はっ!」
レド様は言及しなかったが、ジグとレナスが当然のように奔り出した私たちと並走する。
私たちは森には入らずに、ガイラムの外壁に沿って奔る。
遠回りにはなるが、森の中を進むには張り出した枝を掃い、道なき道を進まなければならなくなる。結果的に、冒険者たちが野営している木々を隔てた空き地へと辿り着くには、この方が早い。
「急ぐぞ!」
レド様が【
【
「ヴァルト、セレナ、俺たちは先に行く!」
ヴァルトとセレナさんの返答を背で受け、私たちは先を急いだ。
────見えた!
森と石壁の合間を通り抜け、空き地へと辿り着く。
目に入ったのは、小さなテントと燃え盛る焚火と────焚火に背を向け座り込む一人の少年と、その少年を見下ろす3mを超す巨体のオーガ。
他の4人は、オーガから逃げようとしたものの逃げ遅れた少年に気づいたらしく、焚火から少し離れた位置で立ち止まっている。
オーガは巨体化しているが、魔獣にまでは至っていないようだ。
オーガの変異種が両手を組んで振りかぶり、レド様が叫ぶ。
「ミュリア!」
ミュリアは、ベルトに提げた短杖を掴んで引き抜く。
持ち手を握る掌から魔力が流れ込み、ミュリアが短杖を横薙ぎに振ると杖から魔力の塊が放たれた。それは風となって、まるで弾丸のように空気を切り裂きながらオーガの胴体へと向かう。
腹部を強かに叩き付けられたオーガは、その衝撃でたたらを踏む。
小さな球状の
風を起こす魔術式が仕込まれているが、セレナさんの【フロスティ・メイデン】とは違って、ノラディス子爵家より与えられた旋風の魔術陣と私があげた短杖とは別物だ。
始めは、持ち替える手間を考えて、片手剣に魔術式を仕込んでみたけれど────ミュリアとしては、片手剣と短杖を持ち替えることによって切り替える方がやりやすいようなので、新たな杖を創り上げた。
既存の魔術陣と短杖を創り変えることにしなかったのは、その状態のまま取っておきたいとミュリアが希望したからだ。
【エアリエル】は、持ち手を握ってから振るまでの時間によって、魔術の規模が決まる。振るまでの時間が開けば開くほど────つまりは、籠める魔力が多ければ多いほど、威力が増すようになっている。
ジグが、へたり込む少年の襟首を掴んで、後方へと放り投げる。
オーガは浮き上がっていた左足で再び地面を踏みしめると、振りかぶったままだった両手をジグに向かって振り下ろす。
私はそこに割って入り、その太く毛深い両腕を切り落とすべく、対の小太刀を抜き放つ。
痛みからか、オーガが短くなった両腕を振り上げ、咆哮を上げる。
不意に、鈍い光を帯びた何かがオーガの胴を横切った。端まで行き着き脇腹から飛び出たそれは、レド様の大剣だ。
真っ二つに切り離されたオーガの身体が崩れ落ち、大剣を手にしたレド様の姿が露になる。
土煙を上げながら地面にのめり込んだオーガの首を、すかさずレナスが斬り落とした。
オーガが絶命していることを確かめ、周囲に魔物や魔獣がいないことを確認して、私は振り返った。
オーガの変異種に襲われた冒険者たちは、未だ呆然としている。
見る限り、5人とも私と同年代で、一番年長と思しき男性でも成人したかしないかといったところだ。
私が口を開いたとき、ヴァルトとセレナさんが駆け込んできた。
「あー…、終わっちまいましたか」
地に伏せるオーガの巨体を見て、ヴァルトが残念そうに呟く。
そんなヴァルトにセレナさんと苦笑してから、私は改めて口を開いた。
「ケガはありませんか?」
一番年長の男性冒険者が我に返って、答えた。
「は、はい。襲われる前に倒してくれたので…。────あの、あなたたちは…?」
「私はSランカー冒険者のリゼラです。向こうで仲間たちと共に野営をしていたのですが、異変を感じ取って馬車の上から警戒していたところ、あのオーガが貴方たちの方へ向かったのが見えて駆け付けたんです」
「………もしかして、“双剣のリゼラ”?」
「ええ。そう呼ばれています」
レド様が近寄ってきたのに気づいて、私はそちらに顔を向ける。
「アレド、この人たちを合流させても構いませんか?」
「ああ、許可する」
私は再び冒険者たちへと振り向く。
「他に魔物がいないとも限りません。今夜は私たちと共に野営しましょう」
「え、いいのですか…?!」
私がそう告げると、冒険者たちは明らかに安堵の表情を浮かべた。
「ヴァルト、セレナ───俺たちは周囲を探索してくる。お前たちはここに残って、彼らの撤収作業を手伝い、俺たちの野営場所へと案内してやってくれ」
レド様の言葉に二人は頷いた。まあ、ヴァルトのはまたもや残念そうではあったけど。
◇◇◇
ディンド卿に【
とりあえず、オーガの変異種が現れた地点へと向かう。
「さて、ここからどう探す?」
ここらはちょうど背の高い木々が疎らに立ち、下草もろくに生えておらず、折れた枝や踏まれた下草などといった判りやすい痕跡は見当たらないため、あの変異種がどの方角から来たのか判断しようがなかった。
前世の世界の夜よりは明るいとはいえ、広がる枝葉に月明りが遮られた森の中は視界が悪く、ランタンの灯りだけでは、些細な痕跡を見つけるのは難しい。
ヴァルトがいてくれたなら、【直観】に頼りたいところではあるが────
「そうですね…、まずは私が【測地】で探ってみます」
状況を魔素から読み取る【測地】ならば、僅かな痕跡でも見つけられる可能性がある。
最終的にはレド様の【神眼】を使っていただくしかないにしても、方角だけでも見定めたい。
「我が姫───先程の“あれ”がどこからやってきたのかを探りたいのか?」
【測地】を発動させるべく、跪こうとしたとき、ヴァイスが口を挟んだ。
「そうだけど…」
「ならば、我が匂いを辿ろうか?」
ヴァイスの提案に、私は眼を瞬かせた。
ヴァイスは狼型の精霊獣だ。狼であったときの身体を再現しているのだから、当然、嗅覚も優れている。
能力や魔術を使うことしか考えていなかったことに気づいて、視野が狭くなっていたことを自覚する。
「お願いできる?」
「勿論だ。任せてくれ、我が姫」
ヴァイスは、嬉しそうに引き受けてくれた。
ヴァイスに先導されるがまま、私たちは森の中を進む。方角としては、私たちが辿ってきた支道とは逆方向に向かっている。
「あの奥だな。匂いが強く残っている」
ヴァイスは一度立ち止まると、右方向に鼻先を向けた。
「魔物の気配は感じる?」
「いや…、魔物の───生き物の気配は感じない」
「確かに、生きているものはいないな」
【神眼】で視ているらしいレド様が、ヴァイスの言葉に同意する。
「……レド様、【
「ああ」
私は【
そして────レド様の視ていたものを眼にして、息を呑む。そこに広がる光景は予想していたものではあった。
マイコニドが発生した場所と同じく、そこには小さな泉があって、魔物や動物の水場となっていたようだ。
水場は往々にして魔物の餌場になり得る。この泉も例に漏れず、あの変異種の餌場だったと思われる。
コカトリスやブラッディベア、オークと思しき残骸が、泉を囲うようにして転がっている。
それと、直角と言っていいほど折れ曲がった頑丈そうな太い角を持つ────幾つものオーガの残骸が。
「共食い……」
それは、稀に起こる現象だ。そう…、たとえば、食糧難などに────