コントラクト・ガーディアン─Over the World─   作:tea4

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第五章―合縁と奇縁―#1

 

「お久しぶりです、リゼラさん」

「ご無沙汰しています、ネイロさん」

 

 ネイロさんは、ガイラムの街の冒険者ギルドを統括する、ギルドマスターだ。

 

 冒険者上がりではあるが、現役時代は斥候役を担っていたらしく────ガレスさんとは対照的な線の細い壮年の男性で、右眼に片眼鏡(モノクル)をかけている。

 

 ネイロさんはレド様を一瞥して、私に視線を戻す。

 

「そちらが、例の…、新たにSランカーとなった方ですか」

 

 レド様は、念のため【偽装(フェイント)】を落とし込んだイヤーカフ型の魔導機構で、右眼を銀色に装っているが――――すでにガイラムの冒険者ギルドには、スタンピードの一件だけでなく、私が第二皇子の親衛騎士となって婚約したことや、新たなSランカーが誕生したという情報が、併せて伝わっているとのことなので、察するのは容易い。

 

「はい。アレドと名乗っています。────アレド、こちらはガイラム支部のギルドマスター、ネイロさんです」

 

「アレドだ。よろしく頼む」

「ネイロといいます。どうぞ、よろしく」

 

 ネイロさんはレド様と言葉を交わすと、共に来た冒険者たちを振り返る。

 

「私は、リゼラさんたちに詳しい事情を聴いてから向かいます。先に現場へと行って作業を開始してください」

「でも…、ギルマスが来ないなら、誰が指示を出すんだ?」

 

「それなら、現場で待っている俺の仲間────Bランカーのディドルがそういった采配を得意としている。彼に従ってくれ」

 

「この方の言う通りに」

「わかった」

 

 レド様の言葉をネイロさんが後押ししてくれたので、疑問を呈した冒険者はすんなり頷いた。他の冒険者たちも反対意見はないようだ。

 

「ヴァルト、セレナ、ハルド───冒険者たちを現場まで案内してやってくれ。それと、ディドルに冒険者たちの指揮を執るよう伝えてくれ」

「解りました」

 

 ヴァルトが応え、セレナさんとハルドが頷く。三人は冒険者たちを先導して歩き始めた。

 

 今回、現場となる空き地までの経路に荷馬車が入るのは難しいため、人力で動かす二輪の荷車で運ぶ。数台の荷車を手分けして曳きながら、冒険者たちは遠ざかっていった。

 

 ヴァルトたちや冒険者の一団が去ると、この場にいるのは、レド様と私、ジグとレナス、ミュリアとアーシャ────そして、Cランクパーティー『アドラムの絆』、ネイロさんだけとなった。

 

 ネイロさんはキドたち『アドラムの絆』を一瞥したが、彼らがこの場に残ったことは特に言及せず、私に勧められるがまま、イス代わりの荷箱に腰を下ろした。

 

「さて───詳細を聴かせてもらえますか?」

 

 レド様の方を伺うと頷かれたので、私は発端から語るべく口を開いた。

 

 

◇◇◇

 

 

「では、貴女がたが討伐したその変異種は、魔物が減少しているからこそ出現した───と?」

「ええ、そう考えています。魔物の減少に伴い食糧が不足したために、集落を築くどころか群れを成すこともできず、少ない食糧を取り合った挙句、共食いを引き起こし────勝ち残ったものに食糧が集中した結果、変異種に成れるほどの魔力量に達したのではないか、と」

「なるほど…」

 

 ネイロさんは唇に手を当て、眉を寄せた。

 

「これは頭の痛い問題ですね…。魔物の減少により仕事が減って、現在、冒険者の生活が成り立たなくなってきています。彼らが生活のために仕事を求めて、街を離れるのは仕方がないことだと思っていましたが――――これでは、また同様の現象が起きた場合、討伐が難しくなる。しかし、だからと言って、引き留めたところで立ち行かない……」

 

 ネイロさんが沈痛の面持ちで、溜息と共に吐露する。

 

 そんなネイロさんに問題を増やすようで気が引けたものの、マイコニドの件を報告するべく、私は重い口を開いた。

 

「もう一つ、報告しておくことがあります。ダルの村付近の森で、マイコニドが発生しました」

 

「えっ」

「マイコニドが?!」

 

 驚いたように声を上げたのは、ネイロさんではなく────『アドラムの絆』の面々だ。皆一様に、愕然とした表情を浮かべている。

 

 その反応に疑問を覚え、私は問いかけた。

 

「“マイコニド”を知っているのですか?」

 

 答えたのは、やはりキドだ。

 

「…はい。最初はすごく大きなただのキノコだけど、育つと歩き回るようになるっていうキノコの魔物ですよね?」

「ええ、そう言われていますね」

「それなら…、見たことはないけど、叔父から聞いたことがあります」

 

「叔父さんに?」

「オレの叔父は冒険者だったので、いろんなことを知ってるんです。今は解散しちゃってるから知らないかもしれないけど、『荒野の一滴』っていう、結構有名だったパーティーに入ってて────」

 

 キドの口から、思わぬ名が出て驚く。『荒野の一滴』とは、ガレスさんが率いていたパーティーだ。

 

「『荒野の一滴』のメンバーだったんですか?」 

「知ってるんですか?」

「ええ。パーティーリーダーだった方と懇意にさせてもらっているので」

 

 キドだけでなく、他のメンバーも目に見えて表情を緩める。私が『荒野の一滴』を知っていたのが、嬉しいようだ。

 

 その様子は、微笑ましくはあるが────

 

「それなら────マイコニドの対処法も聞かされていた?」

 

 私がそう訊くと、キドたちは、はっとしたように表情を強張らせた。

 

「……はい、聴いてました」

 

 では、彼らが任務放棄しなければ、ボルさんたちがマイコニドの被害に遭うことは防げていたかもしれないということか────

 

「あ、あの…、ダルの村の人たちは大丈夫だったんですか?」

「⋅⋅⋅⋅⋅⋅薪の調達に出ていたボルさんたち男衆が“マイコニドの毒”を少し吸ってしまいましたが────近くを通りかかった私たちが異変に気づき、すぐに処置できたので事なきを得ました」

 

 安堵したのか、キドたちの強張っていた表情が少しだけ緩む。

 

 私たちの話を黙って聞いていたネイロさんが、不意に声を上げた。

 

「マイコニド────思い出しました。“お化け茸”や“歩く茸”との異名を持ち、毒を吐く魔物の一種でしたね。確か…、魔物図鑑には焼却処分が最善の対処法だと書かれていたはずです」

 

 ああ、そういえば冒険者ギルド監修の魔物図鑑にも載っていたっけ。

 

 マイコニドの生態については詳細が判っていないため、二足歩行の茸の寄せ集めみたいな魔物の図に申し訳程度の説明文が添えてあって────対処法も簡単に記されていた。

 

「リゼラさんが居合わせたのなら、すでに対処済みと考えてよろしいのですか?」

 

 ネイロさんに訊ねられ、私は頷く。

 

「はい。焼却処理と周辺の探索は勿論────この支道を辿りがてら、近隣の村や町への注意喚起、付近の探索を済ませてあります」

「それは有難い。本当に…、貴女は頼りになる」

 

 ネイロさんの言葉には感情が籠っていて────そう思ってもらえて嬉しくはあるものの、何だか大袈裟な気もして、ちょっといたたまれなくなる。

 

「しかし────それなら、ますます警戒は解けないということになりますね。どうしたものか……」

 

 再び眉根を寄せたネイロさんに、レド様が問いかける。

 

「今、ガイラムに滞在する冒険者の状況はどうなっている?」

「“膨張期”に備えて残ってくれていたBランカーたちは、すでに仕事を求めて────主に“大掃討”の参加を決め、街から出ていきました。

現在、街に滞在しているのはCランク以下のパーティーとまだ魔物討伐には参加できない低ランカーのみです。

『アドラムの絆』を除く、残る2つのCランクパーティーも街を離れるべく、同行可能な行商人あるいは商隊を待っている状態です」

「そうか……」

 

 レド様はそう呟いて、しばし考え込む。

 

「その2つのCランクパーティーは、どんな内容でも仕事があれば残ってくれそうか?」

「……残ってくれると思います」

「そうか。ならば────俺が、ガイラムの街周辺の警戒任務を依頼しよう」

 

 レド様の言葉に、ネイロさんが軽く眼を見開く。

 

「警戒任務、ですか?」

「ああ。定期的に周辺を見回ってもらい、何も起きなくとも────そうだな…、任務に当たった時間で換算して、報酬を出す。魔物と遭遇して討伐した場合は、報酬を上乗せする。これなら、彼らに仕事を与えられるし、少なくともこの周辺で変異種や魔獣が出現することは防げる」

 

「それは────こちらとしては、すごく助かります。ですが…、貴方の身銭を切ることになるのでは?」

 

 レド様は小さな溜息を()いてから、その問いに答える。

 

「本来なら、街や村の防衛は領軍───()いては辺境伯の領分だ。この領を治める貴族家へ訴えるべきところだが、おそらく訴えても適切な対応は望めないだろう」

 

 この領を治めているのは、ベイラリオ侯爵家傘下の貴族家だ。

 

 例に漏れず、当主には貴族としての責務を全うしようという気概はないらしく────そのために“大掃討”への領軍の協力が当てにできず、レド様が派遣されることになったのだ。

 

「だからといって、統治する貴族家を差し置いて、国が直接介入することもできないからな…。だが、俺個人の依頼とするなら、咎められることはないはずだ」

 

 咎められるどころか、レド様が身銭を切ったと知れば、皇妃一派は喜ぶだろう。あいつら皆まとめて、本当に呪われて欲しい。

 

「勿論、資産は無尽蔵ではないから、期間は限定させてもらう。他に、もっと良い方法があるかもしれないが────俺は、これから“大掃討”に参加することになっている。街の状況などを調べ上げて、きちんとした対策を練っている時間がない。すまないな」

 

「いえ───街や冒険者たちのことを考えていただけるだけで、とても有難いです」

 

 ネイロさんの表情が和らいだものに変わる。

 

「俺では、冒険者たちにどれくらいの報酬を出せば生活できるのか見当がつかない。報酬額など、依頼に関わる細かい条件は任せてもいいか?」

「ええ、勿論です。すぐに街に戻って、さっそく草案を作成します」

 

「リゼ、最終確認を頼んでもいいか?」

「はい。お任せください」

 

 

◇◇◇

 

 

「それでは、私は街に────」

「待ってください、ネイロさん。その前に、一つだけ、お伺いしてもいいですか?」

「何ですか?」

「ダルの村の護衛依頼はどうなっていますか?」

 

「街を出る予定のCランクパーティーの一つが引き受けてもいいと言っていたのですが────状況が変わると知ったら、撤回するかもしれません」

「そうですか……」

 

 護衛任務を引き受けてもらえないのは、ダルの村の観点からすると困るものの、ガイラムの街としてはCランクパーティーが留まるのは望ましいことだろう。

 

 ……どうしたものかな。

 

「あの…っ」

 

 不意に割り込んだ声に、反射的に振り向くと、そこには、『アドラムの絆』の面々が、一様に表情を引き締めて並んでいた。

 

「ダルの村の護衛依頼────もし、そのCランクパーティーが断ったら…、オレたちに受けさせてもらえませんか?」

 

 これは、ガイラムのギルドマスターであるネイロさんが答えるべき案件だ。

 

 ちらりとネイロさんを窺うと、ネイロさんは明らかに冷たい空気を纏っている。

 

「………一度任務放棄した貴方たちに、ですか?」

 

 ネイロさんの厳しい声色に一瞬怯んだ様子を見せたが、キドは表情を引き締め直して再び口を開く。

 

「あの任務放棄で、オレたちが信頼を失ってしまったのはわかってます。きっと、ダルの村の人たちもオレたちがまた任務放棄するんじゃないかって疑うだろうし、雑用を嫌がって出て行ったオレたちが歓迎されないってわかってます。

だけど────この時期にダルの村を護衛のいない状態にしてしまったのはオレたちの責任です。だから、お願いします!他に護衛を引き受けるパーティーがいないのなら、オレたちにやらせてください…!」

「「「「お願いします!」」」」

 

 キドとその仲間たちが、腰を折って深々と頭を下げる。

 

「………マイコニドや変異種が出現する可能性があるといっても、状況はさほど変わりません。魔物を討伐するより、貴方たちが嫌いな雑用をこなす方が多くなります。それでも────今度は放棄せずに、務め上げることができるのですか?」

 

 キドたちの言動に、その纏う空気が幾分和らぎはしたが、ネイロさんの声音は依然として冷たく響く。

 

「オレたちは────幼いころから魔物討伐や狩りのために剣や弓の修行をしていましたが、男衆や狩人衆の仕事を経験する前に故郷を出て、冒険者になりました。早くから剣や弓の修行をしてきたオレたちは、同じ年頃の冒険者よりも戦えて────苦労することもないまま、ランクもすんなり上がり続けて…、いつからか、自分たちは特別な存在なのだと思うようになっていました。雑用なんかオレたちのすることじゃない────そんな風に思っていたんです……」

 

 恥じているのか、キドたちは俯く。

 

「一度くらい任務を放棄したとしても、実力のあるオレたちなら、他にもっといい依頼を回してもらえると────そう思ってました。だけど────それは思い上がりでした…。

いい仕事を優先的に回してもらえないどころか、仕事自体にありつけなくなって────宿に泊まることも、ろくに食事をとることもできなくなって…、仕事をもらえる有難みが身に沁みました。オレたちは────雑用だとしても、任せてもらえるなら、精一杯やろうと決めています」

 

「………」

 

「それに、野営をするようになって────護衛の重要性もわかりました。

はじめは、魔物も減ってるし、オレたちだけで野営することに何の心配もしていませんでした。でも、一度ゴブリンに襲われてから、ちょっとの物音でも気になるようになってしまって────交代で見張りをしていても、あんまり眠れなくなりました。昨日、ここで一緒に野営させてもらって、すごく安心して…、ホントにひさしぶりに眠れたんです。

こっちに来るために自分たちのテントを片づけたときも、ヴァルトさんたちに周りを見張っていてもらえて、片づけに集中できました。

そのときに…、たとえ魔物が出なかったとしても、オレたちが見張っていたら、きっと、ボルさんたちも木を切ったり木の実を採ることに集中できて助かったんだろうなって思ったんです……」

 

 項垂(うなだ)れながらも、訥々と心情を語るキドの声音には、実感が籠っていた。

 

 同じように項垂れている『アドラムの絆』のメンバーたちも、キドの言葉に共感していることが覗えた。

 

 私は、仕事を回してもらえるようギルドに掛け合うという、先程の約束を守るべく、口を挟んだ。

 

「ネイロさん、彼らが仕事をもらえる有難みを実感しているというのは、本当だと思います。今朝、食糧を分ける代わりに雑用を手伝ってもらったのですが────私が見ていた限りでは、手を抜くことなく、真面目にこなしていました。

どうか、一度だけでも、信じてあげてくれませんか?」

 

「………確かに、彼らは反省しているように思えます。ですが────私が良くても、ダルの村の住民がどう思うか、です。

小さな村や町の護衛任務というのは、冒険者にとってはランクを上げるための通過儀礼のようなもので侮られがちですが、依頼主たちからしてみれば命綱のようなものです。

一度投げ出した彼らを、ダルの村の住民が受け入れてくれるかどうかが、問題なのです」

 

 それは、ネイロさんの言う通りだ。

 

 村長さんに関しては、キドたちに同情的だったから、真摯に詫びればチャンスを与えてくれるのではないかと思う。

 

 ボルさんは────かなり怒っていたから、難しいかな…。

 ただ、キドたちの実力は認めていた。真摯に謝った上で、護衛も雑用も真面目にこなしていれば、いずれ態度を和らげてくれる可能性はある。

 

 男衆だけでなく、その奥さんたちや子供たちだって、マイコニドの件では肝を冷やしただろうから、その分だけキドたちを良く思っていないと考えられる。

 

 他の村人も、キドたちの無責任な行動のせいで不安にさせられて、怒っているかもしれない。

 

 だけど────キドの言う通り、このまま冒険者が不在の状態でいるよりは、彼らが滞在してくれる方がずっといい。

 

「それなら…、彼らを指導できる、ベテランの冒険者に引率してもらうのはどうですか?そうしたら、ダルの村側も幾分かは安心してくれるのではないかと思います」

 

 私がそう提案すると、ネイロさんは首を横に振った。

 

「それは無理です。現在、ガイラムには彼らを指導できるような冒険者は滞在していません」

 

「いえ────彼らを指導できそうなベテラン冒険者が、この街に到着したみたいですよ」

 

 私の言葉を受けて気配を消すことを止めたその人が、ネイロさんの背後に立つ。ネイロさんは、突然現れた気配に、慌てて振り返った。

 

 そこには、色が抜けて白髪となった長い髪を編んで背に垂らした、老齢と言っていい年齢の女性が佇んでいた。

 

 革製の胸当てと肩当を身に着け、短弓を背負い腰には片手剣と短剣を佩いていて────老齢の女性には似つかわしくない、冒険者としての出で立ちだ。

 

「もし…、差し迫った予定がないのなら、どうか彼らを引率してあげてくれませんか────アノラさん」

 

 私のお願いに、白髪の女冒険者───アノラさんは、にやりと笑った。

 

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