コントラクト・ガーディアン─Over the World─ 作:tea4
前の更新から2ヵ月以上も間が開いてしまいまして、まことに申し訳ありません。
今回の投稿は、第五章の終わりまでの4話分となります。一場面でも楽しんでいただけたら幸いです。
「……アノラ様がここに?」
おそらくファルリエム辺境伯に引き合わされているはずだと、昼食を摂りに戻ったディンド卿にアノラさんの名を出したら、予想通りの反応を示した。
「やはり、ディンドもアノラ女史と知り合いだったか」
「“アノラ女史”?────そうか…、“一度目の人生”では、アノラ様がビゲラブナに追い出されることはなかっただろうから────ルガレド様とも交流があったのですね?」
さすが、ディンド卿。察しが早い。
「その通りだ。“護国の将軍”となった俺の指南をしてくれていた。────今世では、アノラ女史はビゲラブナによって追い出されたのだな…」
「そう聞いております」
それで、アノラさんは冒険者をしてたんだ。
「ディンドはアノラ女史を様付けで呼んでいるようだが、ただ爺様に引き合わされただけではないのか?」
「最初の出会いは引き合わされただけでしたが────ある時期から、アノラ様はファルリエム辺境伯領に身を寄せておりましたので」
「……そうなのか?」
初めて知る事実に、レド様と私は揃って眼を見開いた。
「はい。……義姉上がお亡くなりになったのを伝え聞き、伯父上を訪ねて来られまして────残されたルガレド様を案じる伯父上を慮り、そのまま辺境伯領に滞在して、伯父上が皇都に出向く際には留守を預かると申し出てくださったのです」
「……いつだったか、俺が辺境伯領を空けて大丈夫なのかと訊ねたときに、爺様は『信頼できる者に任せてあるから大丈夫だ』と言っていたが────あれは、アノラ女史のことだったのか」
言われてみれば、レド様のお話を聞く限りでは、ファルリエム辺境伯はレド様にしょっちゅう会いに来られているようだった。
その間、辺境伯領は当主不在となる。次期辺境伯であるディンド卿が留守を預かるにしても、セアラ様が亡くなった当時は未成年だったはずだし────いくらレド様が心配でも、誰かしら任せるに足る人物がいなければ、そう頻繁に辺境伯領を空けることなど出来なかっただろう。
「アノラ様は、俺が成人して留守を任されることになってからは、指南と補佐を担ってくれ────あの方がいてくれたからこそ…、当主不在の中、ミアトリディニア帝国の奇襲に耐えて態勢を調え直し、領軍の召集をかけることができたのです。配下が精鋭ぞろいだったとはいえ、実質的にあれが初陣だった俺だけでは、伯父上が戻られるまで持ち堪えることなどできなかったでしょう」
「そうだったのか……」
つまりは────アノラさんがいなければ、この国はミアトリディニアに蹂躙されていたかもしれない、ということだ。
いや、その場合はファルリエム辺境伯は辺境伯領を離れられなかっただろうから、それは何とかなったかもしれない。
アノラさんがファルリエム辺境伯領にいたことで、救われたのは────私だ。
アノラさんがいなければ、8年前のあの日、ファルリエム辺境伯が通りかかることはなく、あの場に駆け付けてくれることもなかった。
おそらく…、いや、確実に私はあの魔獣に殺されていた。
そして────エルフとしての記憶を持つ、あの魔獣による被害が拡大していたはずだ。
「本当に────アノラ女史には感謝しなければいけないな……」
私の心情を代弁するかのようなタイミングで、レド様が呟く。
「アノラ女史がいなければ…、爺様が頻繁に俺の許を訪れることはなく────俺はきっと…、寂しい思いを抱えて幼少期を過ごしていただろう」
ラムルとカデア、シェラさんがお傍にいたとはいえ────母親を亡くしたレド様には、祖父であるファルリエム辺境伯との交流は掛け替えのないものだったに違いない。
レド様のためにも、アノラさんがファルリエム辺境伯領に留まってくれて、本当に良かった。私は、アノラさんに心から感謝する。
「………アノラ様は、どんなご様子でしたか?」
ディンド卿が、少し躊躇いがちに訊ねた。
「飄々とした感じだったが────何故だ?」
「いえ…、アノラ様は決して表には出しませんでしたが、戦禍を気に病んでおられたようでしたので……」
8年前の───ミアトリディニアとの会戦では、かなりの犠牲者が出たと聞く。表舞台には立つことのない“影”すら動員して────壊滅した、とも。
ファルリエム辺境伯も、お命を落とされた。
「────アノラ女史は、リゼの冒険者としての師なのだそうだ」
「…っそうなのですか?」
「え、ぁ、はい」
唐突なレド様の発言に虚を衝かれ、ディンド卿の勢いにたじろぎつつ、私はその問いに肯いた。
「では────辺境伯領を離れたアノラ様はリゼラ様と出逢われ…、しばらく共に過ごされたのですね」
時期的に、そのはずだ。
「はい。一年にも満たない期間でしたが」
「そうでしたか……」
冒険者として活動していたと知ってディンド卿が安堵するくらい、アノラさんは気落ちしていたのかな。
冒険者ギルドで、ガレスさんにアノラさんと引き合わされたときのことを思い返してみる。
言われてみれば────あのときのアノラさんの双眸は、どこか陰りを帯びていた。
何かあったのかなと思ったものの、初対面だったし、誰しも触れられたくないこともあるだろうからと、追及はしなかったけれど。
共に行動するようになってからは、そんな風に感じたことはなかったので、忘れていた。
「それにしても────不思議な縁ですね。“一度目の人生”でルガレド様の師であったアノラ様が、今世では俺の将としての師であり、リゼラ様の冒険者としての師であるとは」
ディンド卿が、感慨深げに呟く。
「そうだな。俺も同じことを思っていた」
レド様が口元を緩め、頷いた。私も同じ思いだ。
「それに…、リゼラ様がアノラ様に師事されたと知って、納得しました」
「リゼが指揮した集落潰しの件か?」
「はい」
「その件については、俺もレナスとアーシャから詳細を聴いているが────他の冒険者とは、どう違うんだ?」
「俺は、傭兵をする前後の冒険者生活で、何度か集落潰しに参加しておりますが────どの冒険者も、参加するパーティーのランクと数、魔物の大雑把な数を確認するのみで、後はただ突入の合図をするだけでした。作戦も何もあったものではなかった。集団戦闘の指揮を執る訓練を受けているわけではないので、当然です。
ですが────リゼラ様は、敵味方の数のみならず、集落の形態と魔物の状態、味方のコンディションに至るまで確認していました。双方の戦力と地形の把握は、指揮官ならば必ずすべきことです」
言われてみれば、これまで参加した魔獣討伐や集落潰しで状況を細かく確認していたリーダーは、アノラさんの他にはいなかったかもしれない。
ディンド卿が、レド様から私へと視線を移す。
「リゼラ様は俺の通称を知って、俺が傭兵上がりであることに思い当たったのではないですか?」
「はい。“戦闘狂のディドル”は詳細が出回っていましたから、すぐに判りました」
「そんなに有名だったのか?」
レド様が私に訊ねる。
「そうですね。現地だけにとどまらず────商人たちの間でも、『ドルマで護衛を依頼するなら、バルドア傭兵団の“戦闘狂のディドル”率いる部隊を名指ししろ』と謂われていたくらいです」
「そうなのか…」
レド様の表情には、驚きだけでなく誇らしさも混じっていた。そんなレド様に照れたような表情を一瞬だけ見せてから、ディンド卿は続ける。
「あのとき…、貴女は、『黄金の鳥』にサポーター二人をつけ、俺を組み合わせた。あれは、集落を見張るために野営をした『黄金の鳥』のコンディションを慮ったのではないですか?もし、『黄金の鳥』の誰かが疲労から動きが鈍くなっても、臨機応変にサポートできるように───と」
「ええ、その通りです」
「俺たちに一番近い出入り口を任せたのも、『黄金の鳥』が移動で少しでも消耗することを避けたのですよね?」
「そうです」
さすがというべきか────ディンド卿は、私の考えをちゃんと察していたようだ。
「その気遣いに加えて、三方から同時に突入しての奇襲────果ては、常に戦場全体を見定め、戦況の調整までしていた。とてもではないが、何の訓練も受けていない一介の冒険者のやり方とは思えませんでした」
「ああ、それはワシも感じました」
黙って私たちの話を聴いていたヴァルトが、口を挟んだ。
「ギルマスとの遣り取りからして、何だか冒険者というより“騎士や兵を率いる将”といった風情でした」
「もしかして…、それでヴァルトは私を“隊長さん”と呼ぶことにしたのですか?」
「その通りです」
ヴァルトは頷くと、再び口を開いて────
「ワシは、あの集落潰しでのリゼラ様の振る舞いを見て…、主殿に仕えてみようという気になったのです」
あのときの直感は間違ってなかった───と得意げに笑った。
◇◇◇
「こちらが、警戒任務の草案となります」
昼食を終えたところにネイロさんが書類を手に戻ってきたため、食器を下げてもらって、そのまま話し合いへと入った。
「CランクパーティーとDランクパーティーで組み、それにチームもしくはソロを加えて1グループとして────1グループ、午前と午後に1回ずつの巡回で、1回につき最短2時間の想定───か。
これは、1パーティーにつき、1時間の従事でこの金額ということだよな。これの4倍が1日の最低金額か…。この金額で、本当に生活できるのか?」
ネイロさんが設定した金額は、予算は勿論、レド様の想定よりもかなり下回っていたようで────レド様が驚きの滲んだ声音で訊く。
「ガイラムは近くに複数の農村がありますし、魔物も適度に出現しますから、輸送費用が掛からない分だけ、食材も安価で手に入ります。よって食事代はそこまでかかりません。
宿代と装備の維持費についても、冒険者ギルドと提携する宿屋や武具工房、防具工房を利用するなら、相場よりも安く済みます。それに、装備に関しては、費用が掛かるのは魔物との戦闘での損傷であることが大抵ですから────その場合は、余程の損傷でない限り、上乗せされる報酬と遺体の売却金で、十分賄えるはずです」
「そうなのか?」
レド様はそれでも安すぎるという思いが消えないようで、釈然としない表情のまま、ネイロさんが作成した草案を私に手渡した。
すぐに文面に眼を通す。ネイロさんの文字は整っていて読みやすく───かつ文章も簡潔に書かれていて、内容がすんなりと頭に入ってくる。
まずは概要を読み込み、次にパーティー、チーム、ソロ───それぞれの基本給、それから魔物、変異種、魔獣討伐の報酬額を確認する。
ネイロさんは、先程レド様が口にした想定に基づいて、最低限の合計金額だけでなく、討伐があった場合を勘案しての合計金額も数パターン列挙してくれていた。
「妥当な金額だと思います」
「では、別に、俺に遠慮して低く設定したわけではないのか……」
レド様は、返したネイロさんの草案をもう一度眺めて、呟く。
「────アレドさん」
ネイロさんが、ちょっと緊張した面持ちで口を開いた。
「もし…、ご予算に余裕があって、もう少し出していただけるのならば────まだ魔物討伐に従事できない低ランカーを任務に参加させても、よろしいでしょうか?」
「これを機に、魔物討伐を経験させたいのだな?」
「はい。Dランカーたちにも経験を積ませたいので、戦闘は彼らが中心になるとは思いますが────警戒の仕方や魔物との戦闘を見学するだけでも為になると思うのです」
「それは、とてもいい考えだ。────現在、魔物討伐に従事できない低ランカーはどれくらいいる?」
ネイロさんは答える代わりに、羊皮紙を一枚差し出した。
「低ランカーを加えた場合の概要と概算は、こちらに」
あらかじめ用意していたところを見ると、ネイロさんは、レド様の反応次第で提案するつもりだったのだろう。
「………不測の事態が起こったとしても、予算を大幅に上回ることはなさそうだな。条件も問題ない」
先程同様、レド様に新たな草案を渡され、私は素早く眼を通して肯く。
「問題点は見当たりません」
「では────決まりだ。この案でいこう」
話し合いが済んで、ネイロさんが現場に赴いている間に、レド様と私はキャビンに籠って依頼書を作成することにした。
ネイロさんの予想通り、例のCランクパーティーは前言を撤回したらしく、ダルの村の護衛任務はアノラさん率いる『アドラムの絆』が引き受けることになったので、私も依頼を出す必要がある。
壁付けしたソファの合間に、このキャビンで使うことを想定して創っておいた、一本足に長方形の天板が載ったテーブルを取り寄せた。
レド様と私が並んでソファに座ると、向かい側のソファにジグとレナスが座る。
「………ここの天井はセアラ邸の厨房と同じ仕様なんだから、お前たちは屋上から警護すればいいのではないか?」
「ルガレド様を警護するだけなら屋上からでも十分ですが、リゼラ様をルガレド様からお護りするためには、この方が効率的ですので」
「………ノルンもいるんだし、そんな警戒は不要だろう」
「いえ、必要です」
三人の遣り取りに苦笑していると、レド様とは反対隣りに座ったノルンが、私にぴったりとくっついて微かな笑い声を零した。
私の視線に気づいたノルンは、顔を上げて嬉しそうな笑みを浮かべる。
ここのところ、ノルンは、人目を気にしてキャビンに籠り気味だ。
ノルンは分類としては妖精ではあるが、精霊獣同様に姿をくらませることはできる。
でも、そうすると────私たちは、ノルンが存在しない振りをしなければならない。短時間ならともかく、長時間、すぐ傍にいるのに無視され続けるというのは、気が滅入るだろう。
それなら、ネロと一緒にキャビンにいてもらった方がいいと考えたのだけど────それはそれで、寂しい思いをさせてしまっているはずだ。
早急にどうにかしないとな────私はそんなことを考えながらノルンに笑みを返して、筆記具の入った中型トランクを取り寄せた。太線用の羽根ペンと黒のインクを取り出して、ネイロさんから預かった用紙の横に置く。
インク壺の蓋を開けてペン先を浸したとき、レド様がネイロさんの草案をじっと見つめていることに気づいた。
「レド様?何か気になる点でもあるのですか?」
私が訊ねると、レド様は我に返ったようで、首を横に振る。
「いや、問題はない。────依頼書の書き方だが、ギルドのボードに貼り付けてあった依頼書と同じように書けばいいんだったよな?」
「はい。概要と報酬額を箇条書きにして、最後に依頼主の署名がしてあれば大丈夫です。公的文書のように定型文があるわけではないので、その形式さえ守っていれば受理してもらえます」
「公的文書……」
「レド様?」
「あ、すまない。それで、今回作成するのは一枚だけでいいんだよな?」
「はい。ボードに貼り付けて募集するような依頼なら、2枚作成しなければなりませんが─────今回のケースは、1枚だけで充分です」
ちなみに、依頼主が文字を読み書きできない場合は、受付での口頭の申し込みとなる。読み書きのできるギルド職員が代筆して、書類に起こす。
「解った。ありがとう、リゼ」
「いえ。何か不明なことがあれば、訊いてください」
「ああ」
レド様は頷いて、コートの内ポケットからペンケースを抜き取る。子供たちがお祝いに贈った木彫りのペンケースだ。インクを取り寄せ、ペンケースから私が差し上げた携帯用のペンを取り出す。
その光景に何となく嬉しくなりつつ、私は依頼書の作成に没頭した。
覗き込むノルンと共に、書き上げた依頼書を見直す。
誤字脱字も見当たらないし、文法が間違っている個所も、書き漏らしもないことを確かめると、私は依頼書をテーブルに置いて顔を上げる。
レド様の方を窺うと、レド様は先程と同じようにネイロさんの草案を見つめていた。
「レド様…?」
「リゼ───ネイロの出自について…、何か聞いているか?」
「……はい。ネイロさんは下級貴族の出だと聞いています。生家が没落して、冒険者となって身を立てたと」
「そうか……」
レド様は少しだけ間を空けて、口を開いた。
「前の人生での俺には三人の側近がついていたんだが────そのうちの一人は、武力を見込んで取り立てた。そいつは貴族の出ではあったものの、ずっと武芸一辺倒だったらしくてな。俺の側近となるにあたって、事務仕事も覚えなくてはならなかった。そいつには皇城で文官をしている年の離れた兄がいて────書類を作成する際には、その兄が作成してくれたという、用途に合わせた文例を参考にしていたんだ」
「……その文官をしていたというお兄さんが、ネイロさんだった───と?」
「直接は会ったことがなかったから、おそらく、ではあるが。────この文字、ちょっと癖があるだろう?その文例でも、そうだった」
私の右隣に座るレド様の表情は、眼帯に隠れていて読み取れない。だけど、その声音はどこか陰りを感じさせた。
「……確かに、ネイロさんには年の離れた異母弟がいます」
「っ知っているのか?」
「はい」
私は頷いて、続ける。
「ネイロさんの父親と継母が相次いで亡くなったとき、その異母弟はまだ幼く────当時、一介の冒険者として糊口を凌いでいたネイロさんでは育てることが難しかったため、孤児院に預けるしかなかったんです」
「もしかして、その孤児院というのは────」
「ええ。私の所有する、あの孤児院です」
「では……」
「ラナ姉さん同様、共に育った仲です。現在は独立し、冒険者をしています」
「……年齢は?」
「18歳になります」
「……名前は?」
「ノイル、といいます」
「ノイル────ロンナたちとパーティーを組んでいた男か。今は“大掃討”に参加しているはずだという…」
「はい」
レド様は眉を寄せて、言葉を零した。
「年齢は同じだが、名が違う…。────アルスではない、のか……?」
名前が違う?
「その側近の名は“アルス”さん、というのですね?」
「ああ…」
「ノイル兄さんが生まれたときには、生家はすでに没落していたと聞いています。名づけは環境にも影響されるものですし、今世では違う名前を付けられていてもおかしくないと思います」
ただ───ヴァイスによれば、魂魄と肉体の組み合わせは偶発的に決まるようだから、生まれた状況が変わったことで宿る魂魄も違っていたら、レド様の想定通りに“ネイロさんの弟”が“アルス”さんだったのだとしても、今世では“別人”だという可能性もある。
そんな考えが過ったものの────
「……そうか、そうだな…」
そう呟いたレド様には何となく告げることができずに、私は口を噤んだ。